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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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 日本一長い時代小説を目指して
ちなみに日ほ本一長い歴史小説と言われているのは、山岡荘八先生の「徳川家康」で、四百字の原稿用紙で17、482枚。
文字数は単純計算すると6、992、800字です。
鐘巻兵庫131話終了時点で約401万文字ですから、今のペース年55万文字で書くと、目標達成は2025年5月頃でしょうか。
そこまで長生きできれば良いのですが。

鐘巻兵庫無頼控え ←連載中
 
湯上り侍無頼控え ←連載終了

駄文創作の徒然 ←たま~に
小説を書くことで体験する事柄を綴ります。 

馬鹿な話 ←たま~に
日々思いついた身近な題材を選び、少の偏見を込め綴ります。

鼻歌 100曲作りました。興味無くても聞いてください。
      珠玉の鼻歌100曲のメドレー

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Posted on 2031/04/30 Wed. 09:34 [edit]

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【鐘巻兵庫 第132話 宗旨替え(その13)】 

 そして、お琴に
「産婆さんが来ていましたが、お仙さんの具合は・・・」
「腹の子は元気だそうで、数日中には産まれるだろうとのことでした」
「それは良かった。それでお琴は?・・」
「私は来月以降ですよ」
「年内まだまだ続くようなので、宜しく頼みます」
「お祖母ちゃんが居るので助かります」
「それでは、妹たちと少し遊んで戻ります」
「皆喜びますので、ごゆっくり」

 兵庫が広間に行くと女の子たちが静かに遊んでいた。
そして、その様子を水練を見ていた嘉平と高次郎が見ていた。
「いやに静かだな」
「お仙様がお休みできなくなるので・・」
「未だ、陽が高い。静かすぎるのも良くない。子供たちの遊ぶ声を腹の子にも聞かせ、生まれて来るのを待って居ることを教えて上げなさい。ところで何をしたいのかな」
「今日は、お箏の練習をする日です」
「そうか、それでは真面目にお琴の練習をしなさい。お仙さんは三味線など音曲に理解のある方ですからね」
 暫くして納戸から持ちだされて来た十三絃がお玉により調律され、お玉の指導のもとで箏の練習が始められていった。
「それぐらいの音なら練習でも気に成らないでしょう。お仙さんに暫く箏の練習をすることを断って来ます」
 お仙の部屋に行った兵庫は直ぐに戻って来た。
その笑顔に子供たちも笑顔で返した。
「お玉、後でお玉が弾くのを聞きたいと言っていたよ」
それだけ伝え、兵庫は神田庵に戻っていった。

 兵庫が去り、女の子たちの稽古が終わると締めにお玉が箏を弾き始めた。
広間から流れ出る箏の音は聞く者に弾く者の姿を思い浮かべさすものだが、眼前でお玉が弾く様子を見る嘉平はただ驚くばかりだった。
 どのように浮浪だったお玉に授けられたのかを知らなくては養育所にやって来た意味がない。
嘉平はここの留守居である若い甚八郎の部屋の廊下までやって来て座った。
但馬屋の隠居である嘉平は自分の家では遠慮する必要は無い。廊下に座ることなどまず無いのだが、養育所では幼い子供までが主の部屋に入る前に一旦座るのを何度も見ており、自然と座ったのだ。
「何でしょうか、お入りください」と甚八郎から声を掛けられても、嘉平は座ったままで尋ねた。
「男の子たちに水練を教えて居るのは先ほど外で拝見しました。女の子の中に一人お玉の箏の腕前がずぬけて居ましたがその訳は・・」
「箏を教えたのは鐘巻先生の奥様ですが直伝は多くはありません。私の妻、同僚の妻二人と子供たちではお玉、小夜、千夏などです。もしかするとご存知の千葉佐那殿も駒形に通い手ほどきを受けて居ました。その中でもお玉の技量は別格の様で、もう少し大きく成れば、まだ成長するとのことで御座います」
「もう少し大きく成ればですが、駒形には十一歳の男の子達が学びと修行をしていました。押上の養育所は幼い男女が居るようですが、その辺りのことを教えて頂けませんか」
「養育所の子供たちは約百人と増えたため、現在は六ケ所に分かれて学んで居ます。ここが七歳以下の男女十五人が身体づくりに心がけながら、行儀作法と仮名文字、算盤、さらに上に上がる子にはその支度です。私が同じ年だった頃より学んで居ると思います」
「それに不平不満は無いのですか」
「浮浪の子供たちは学ぶことが出来なかったために己の知識が無いことを知って居ます。ですから、その遅れを取り戻す機会を与えればどん欲に学びます」
「なるほど、飢えて居たのは腹だけでは無かったと云うことですか」
「はい、ただ腹を満たすために子供たちは全力を尽くして生きてきたため、学問に飢えていることさえ、養育所にきても暫くは気付きませんでした」
「なるほど、“衣食足りて礼節を知る”の格言通りでしたか」
「ただ、ここには世の中とは違い、学ぶことを邪魔するような者は居ませんので、習得は早いです。あとは世の中に出て、簡単に世の中の朱に染まらないように、仕上げは先生と奥様のちかくで暫く過ごさせることでしょうか」
「最後は鐘巻ご夫妻ですか」
「誰よりも信頼されていますからね」
嘉平はそれ以上の質問はせずに、頷いた。
それは兵庫を信頼し水に浮いた幼子を見せられたばかりだったからだ。

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Posted on 2020/01/21 Tue. 04:01 [edit]

【鐘巻兵庫 第132話 宗旨替え(その12)】 

 程なくして、戸口に兵庫が姿を見せ、帳場に居る嘉平と高次郎を見て
「お待たせしました」
「ここを去りがたく、余韻を味わって居るところです」
「内藤さん、何か知らせが入って居ますか」
「押上に行けば解かることですが、常吉さんの奥さんが押上に入りました」
「お仙さん、おめでたですか。志津の話では今年は十人位居るそうですから、内藤さんも楽しみですね」
「この歳になって、有難いことです」
「それでは、押上に行って来ます」
 
 程なくして兵庫は嘉平と高次郎を押上に案内し、留守居の根津甚八郎夫妻に合わせた。
「私はお仙さんに挨拶し、暫く子供たちと遊んでから戻ります。また明日の午後に参りますので、嘉平さんと高次郎さんはそれまで遊んでいて下さい」

 兵庫がお仙の部屋近くまで行くと中から女の子たちの声が聞こえて来た。
部屋の中では、お仙が生まれて来る赤子に着せる肌着の入った行李の紐を解いて居た。
「先生、お世話に成りに参ります」
「元気な子を産んで下さい」
「有り難うございます」

 そして、兵庫は男の子たちが遊ぶ庭に下りた。
「兄上」の声が飛び交い、座敷に居る嘉平に届いた。
「御迷惑でしょうが、明日の昼過ぎまで、気ままに過ごさせて貰います」
「何かお気づきのことが在りましたら、教えて下さい」
「手前どものような俗も俗の者の話など、ここの方々には無用でございます。手前どもの方が何か身に付けられればと思っています。それでは俗を清めに行って参ります」
 嘉平が上がったきた表口に戻って行くと、女の子が板の間に座り誰か来るのを待って居る様子だった。
嘉平に気付いた女の子が
「嘉平様、高次郎様、お出かけですか」
「様子を見て回るだけです」
「午後の日差しが強いので羽目に掛かっている笠をお使いください」
「男の子たちの声が聞こえなくなったが・・・」
「恐らく水練の用意のため、道場口に入って支度して居るからだと思います」
「水練も教えて居るのか」
「はい」
 そこに婆さんが入って来た。
「お産婆様、お待ちして居ました」
「お玉ちゃん、お仙さんは、いつもの部屋か」
「はい」
産婆のお梅が慣れた様子で奥に消えて行くのを嘉平は見ていたが、
「お玉ちゃん、水練はどこでやるのかな」
「前の北十間川です」
「皆、泳げるのか」
「今年始めた子が殆どですから上手では在りません。今は浮くことを覚えることを始めています」
 話していると子供たちの声が表の通りの方から聞こえて来た。
「百聞は一見に如かずです。高次郎見に行きましょう」

 表口から通りに出た嘉平が見たのは、薄物を着た大人、総勢四人に前後を守られ土手を下りて行く素っ裸の男の子たち七人の姿だった。
 北十間川は人工の堀だが、川と土手の境には満潮時にも隠れない長さの土留めの杭が打ち込まれている。
先頭の男が川岸まで下りると、着ていた薄物を脱ぎ土手に生える草の上に置いた。
そして下帯一本に成ると係留されている船の上に飛び降りた。
「あっ、鐘巻様ですよ」と高次郎が声を挙げた。
 船上に下り立った兵庫は岸辺に居る男から、一人一人受け取りながら船に下ろしていった。
子どもたち全員が下りると大人たちも船に乗り込んだ。
「今日も浮身をやる。大助手本を見せなさい」と保安方の山口が命じた。
「はい」
大助は船べりを掴みながら跨ぎ、足から静かに浸かっていった。
そして手を離すと船を蹴り仰向けに離れて浮いて見せた。
「今日は皆の兄上が傍にいてくれるので、恐れず力を抜き浮いてみなさい。先生、お願いします」
 兵庫が川に足から飛び込み、大助に寄り
「上手く成ったな。皆にもコツを教えてあげるのだぞ」
「はい」
 兵庫は大助を船に上げると、山口が
「次は源五郎だ」
源五郎が船の脇に居る兵庫に向かって両手を差し出して来た。
兵庫は源五郎の脇の下に両手を差し込み持ち上げ、静かに水面に下ろした。
「私が源五郎の腰と頭を支え浮かばせます。私の掌(てのひら)に乗っている源五郎の頭と腰で同じように感じるように姿勢を保ちなさい。分かったな」
「はい」
 兵庫は源五郎を支える手を徐々に沈めて行くと、頭が沈むのが怖いのかどうしても頭を上げる様に成って来た。
「源五郎、人は寝れば浮かぶように出来ています。起きようとしては駄目です。私を信じて寝なさい」
「源五郎、私も最初は怖かったけど、水を枕にすると浮かんだよ」と大助が励ました。
すると不思議なことに、源五郎の身体から力が抜け、兵庫の掌に乗る源五郎の目方が無くなっていった。
「よし、会得したな。もう一度だ」
兵庫はこうして既に浮身を会得して居た大助を除く六人の幼さない男の子に浮身を会得させると、後を山口、橋詰の保安方と魚屋に成った仁吉に任せ母屋に戻った。

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Posted on 2020/01/20 Mon. 04:01 [edit]

【鐘巻兵庫 第132話 宗旨替え(その11)】 

 それとは真逆で駒形に戻った嘉平は子供たちの勉学の様子に興味を示したのか、講義と自習が終わるまで付き合い、内藤の所に戻って来た。
「内藤様、子供たちは本当に浮浪の出ですか」
「そうは見えない、思えないですか。褒め言葉と伺っておきます。人は生まれではなく育ちだと云うことに成りますか。まだ育ちざかりですので・・・どうなりますか」
「それにしてもしっかりし過ぎています。まるで侍の子の様です」
「そうですよ、養育所の子は全員が午前は侍の子として育てられながら、午後は実業も学ぶようにさせています。ちなみに子供たちの姓は皆おなじ鐘巻で、養子に成って居ます」
「子どもたちの人数は凡そ百人とのことですが、その全員が鐘巻姓ですか・・・そう言えば、兄上と呼ばれて居たような・・お子なら父上と呼ぶはずですが・・・」
「そうなのです。ただ鐘巻様の奥様は母上と呼ばれています。甘えたいからでしょうね。父上と呼ばないのは遊び友達でも在るからでしょうか。仲の良い兄弟ですよ」

 二人が話していると、幼子の声が食事の場から聞こえて来た。
「あれは?」
「この近くで働く片親の家族の子を預かって居るのです。子どもの数は変わりますが世話人はその家族の中から二人に頼んで居ます。食事の時間はここの子供たちとは若干ずらしています」
「食事の時間をずらすと云うことは、人数とか仕事の都合ですか」
「卯吉さん、今日の昼飯は何人分ですか」
「昼は三十五人分です」と直ぐに返事が返って来た。
「と云うことで一度に食べるには場所の問題もあります。また隣の薬屋は客商売ですから、交代で食べています。そうは言ってもだらだら食べられては片付きませんので大きくはずれません」
「それでは隣の薬屋を見に行って来ます」
「鐘巻さんが迎えに来るまで一刻程でしょうから、見て、聞いておいて下さい」
「嘉平は表口から、客の様に継志堂に入って行った」
「いらっしゃいませ。・・・あっ嘉平さんでしたか。上客が来たと思ったら・・」
常八がぼやいた。
「養育所が薬屋を営むと云うのが解さないのですが・・何か訳でも有るのですか」
「有ります。簡単に云うと養育所が薬屋を丸ごと買ったのです」
「なるほど、薬屋の主が変わっただけと云うことですか」
「そうなります」
「儲かる薬屋を売りに出すとは、何か訳ありでしょうな」
「はい、前の主が御法度に手を染めたため、闕所になったのです。連座で牢に入って居た私どもにも鐘巻先生が声を掛けてくれたので路頭に迷うことなく暮らすことができるようになりました。感謝しても仕切れませんが、養育所に居る大人たちの殆どが、鐘巻先生に生きる道を示して頂いた者たちです。皆、薬の効かない者たちでしたが・・鐘巻先生は不思議な方です」

 この後、子供たちと昼飯を食べた後、但馬屋嘉平は子供たちが動き出すのを待って居た。
そして子供たちが動き始めた。
先ず動き始めたのは保安方と出て行く数人の子供たちがいた。
「内藤様、外に出かけた者は何処へ行くのですか」
「それは経師の仕事を為吉さんに習いにです。昨日まではここで出来たのですが、田原町に移ったのです」
「経師屋為吉さんといえば・・」
「初代の子で三代目です。二代目はお弟子さんで内神田の三河町に暖簾を出しています」
「どんな縁で養育所に・・」
「それは、為吉さんの私事で触れないことに成って居ます。ただ二代目とは諍(いさか)いは在りませんので・・」と内藤は応じ、席を外した。

嘉平は引き続き部屋に残り、次の子供たちが裏から薬屋へ行くのを見、さらにこの家の二階に上がって行く者たちも見送った。そして観太が立ち、新築した建屋の棚に置かれていた細工物や道具を持ち出し床に置いた。同じことをする者が三人居た。
暫くして、二階から大人が同じ様な細工物を持って下りて来て三人にと向かい合った。
 嘉平はその様子を見ていたが、部屋から出て表の帳場に座を移した。
そこには暖簾を下ろした店の番をしながら書き物をする内藤が居た。

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Posted on 2020/01/19 Sun. 04:01 [edit]

【鐘巻兵庫 第132話 宗旨替え(その10)】 

 明けて嘉永七年七月十九日(1854-8-12)、兵庫は稽古着に着替え、剣術道具を身に付け、草鞋を履くと面を抱えて出て行こうとした。
「先生、どちらへ」
神田庵の木戸を開け、通りの履き掃除をしていた勘三郎が聞いた。
「急な話ですが駒形に来ている爺さんを押上まで送り迎えする羽目に成ったのです」
「昨夕の使いはその用でしたか、私たちとの稽古は・・」
「私は暇でしょうから、戻ったら・・・」
「分かりました。今は頭に“叩かれずに済んだな”と喜ばせておきます」

 兵庫が駒形にやって来ると、新藤と金子に前後を警護され、押上に向かう子供たちとすれ違った。
そして駒形の養育所に入ると、嘉平と高次郎が草鞋を履き待って居た。
「お待たせしました。・・内藤さん、行って来ます」と奥に声を掛けると
「頼みます」と帰って来た。
「それでは行きましょう。のんびりしていると子供たちの帰りとすれ違いますよ」
養育所の外に出ると、兵庫が
「先を歩いて下さい」
「それは出来ません。お侍の前を歩くなどもってのほかです」
「私のお役は警護です。目の前に守る者を置いておきたいのです。少し離れてついて行きますので気にせずに歩いて下さい。道案内は後ろから声でします」

 押上に行く目的ははっきりしている嘉平の足取りは淀みなく歩を刻んでいった。
吾妻橋を渡る時も川の流れを見ることも無く渡り切り、暫くして中之郷の養育所に差し掛かった。
「ここが四泊目の中之郷の養育所です」
「なるほど、奥から子供たちの気合が聞こえてきますな」
「ここには小さいですが道場がありますから」
 止まることなく歩き続けた嘉平は掛け声が聞こえて来る所までやって来た。
「もう直ぐですね」
「はいあと三町ほど歩いた所です」
「そんなに離れて居るのですか」
「押上の道場には屋根が無いので遠くまで音が届くのです」
 こうして嘉平は周りが心配するほど遅れずに押上につき、十軒店の道場口から養育所内に入って行った。
 そこは嘉平の知るどの道場より活気が有り、その主役は子供たちだった。
「嘉平さん、お供の方。すきな所の縁台に座り見て下さい」
「観太は何処に居ますか」
「観太は・・中ほどで大人と稽古をしています。観太の面金には白の布切れが付いています。前垂れには名前が書いてありますので探して下さい」
「分かりました」
嘉平はさほど苦労することなく観太を探し出すと
「観太!頑張れ」と声を掛けた。
観太は気合を挙げ、応えた。

 一方、兵庫は稽古している甚八郎を道場の隅に呼び出し、連れて来た年寄りの話を聞かせた。
そして今日の昼過ぎから明日の昼過ぎまで預かるように頼んだ。
「分かりました。明日泊まるのは向島で明後日が中之郷ですね」
「その移動には私が護衛を兼ね行いますので、今日事前に向島に知らせておいて下さい」
「分かりました。それにしても他人の賭けに付き合って何かご利益でも有るのですか」
「そこが問題ですが、金持ちの隠居に付き合ってくたびれもうけで終わるとも思えないので・・・在るがままでよいので付き合ってやって下さい」
「分かりました」

 暫く稽古を見ていた嘉平に、甚八郎と話を終えた兵庫が近づいてきた。
「嘉平さん、戻る時刻に成りましたよ」
後ろ髪を引かれながらも立ち上がった嘉平は押上の養育所を出て駒形への道を歩み始めた。
兵庫はその後姿に何か期待するものが沸き上がるのを覚えた。

 駒形近くまで来て嘉平は後ろから迫って来る子供たちの声を聴き、足を速めた。
子どもたちは嘉平との距離を縮めて入ったが抜くことはせず、僅かの距離を保ち駒形の養育所についた。
「それでは、また午後に会いましょう」とひと声残し、兵庫は神田庵に戻っていった。

 神田庵に戻った兵庫に朝食後の仕事はやはり無かった。
保安方の勘三郎と富五郎を一人ずつ呼び、中庭で朝に出来なかった稽古をして埋め合わせをしたが、それも済むと、兵庫は眠るわが子・つぼみに寄り添い時の流れるのを待って居た。

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Posted on 2020/01/18 Sat. 04:01 [edit]