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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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 日本一長い時代小説を目指して
ちなみに日ほ本一長い歴史小説と言われているのは、山岡荘八先生の「徳川家康」で、四百字の原稿用紙で17、482枚。
文字数は単純計算すると6、992、800字です。
鐘巻兵庫119話終了時点で約362万文字ですから、今のペース年55万文字で書くと、目標達成は2025年5頃でしょうか。
そこまで長生きできれば良いのですが。

鐘巻兵庫無頼控え ←連載中
 
湯上り侍無頼控え ←連載終了

駄文創作の徒然 ←たま~に
小説を書くことで体験する事柄を綴ります。 

馬鹿な話 ←たま~に
日々思いついた身近な題材を選び、少の偏見を込め綴ります。

鼻歌 100曲作りました。興味無くても聞いてください。
      珠玉の鼻歌100曲のメドレー

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Posted on 2031/04/30 Wed. 09:34 [edit]

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【鐘巻兵庫 第123話 微笑み(その23)】 

 この日、兵庫自身にとってはこれ以上のことは起こらず暮れた。
そして芝居見物に出かける嘉永七年四月二十五日(1854-5-21)が明けた。
忙しさが感じられる中、兵庫と云うより男たちは早めの身支度をさせられ部屋から追い出された。
身の置き場を求めて表出入口に行くと、そこには泉喜十郎、左馬之助親子が保安方の勘三郎と富五郎と話してた。
「鐘巻さんも追い出されましたか」
「そうですが、追い出され無くても、とても同室しては居られませんよ」
「そりゃそうだ。鐘巻さんの部屋には色っぽいのが押し掛けるから、目のやり場に困るからな」
「芝居見物以上ですね」と勘三郎が本音を漏らした。
「その点、男は着流しのままですから、狭い枡席の中でも気は楽で、芝居見物に専念できます」
「芝居見物は女の苦行ですな」
「それでも、家に押し込められて居るよりは良いと思って居るのかもしれませんよ」
「家の中に居る者に櫛簪でもないだろうと渋って来たら、ため込んだ己の金で買いおった」「ここに居る分には金が掛からないからですよ。しかし、そう遠くはない将来、ここを出て自立しなければなりませんので、女たちには、そのことを忘れられては困ります」
と跡取りの左馬之助が言った。
「分かって居ると思いますよ。皆さんはご存知ないでしょうが、買った櫛簪などは最初に吉原から来た娘が嫁いだ小間物屋の元吉が持ち込んだ物だそうですよ。“損は今回だけです”と言ったそうです。真面目な男で嘘はつかずに吉原を出て来た娘を嫁にしたのですから、お買い得だから買ったのでしょう。これまで質素に来た者が急に浪費家に成れませんからね」と兵庫が女の願いと男の願いの音頭をとった。
「己の貯えた金を使うのは仕方あるまい。侍は腰回りの物に、女は頭に乗せる物に金を使う生き物だからな」
「どっちもどっちですね。その点、私は腰にも頭にも。近頃は履物に金を使って居ますが暫くすると梅雨ですね。草履を懐に入れて歩くのは粋じゃ在りませんね」
と、富五郎が仲間に加わった。

 男たちが、取り留めも無い話を続けて居ると、お膳、七輪、湯沸かしを持った子供たちがやって来た。
「朝はこちらでお願い致します」と云い、膳などを置くと戻っていった。
その朝飯を食べて居ると、表口から市村座の楽太郎が入って来た。
「又四郎さんをお迎えに参りました」
「少し待ってください。食べ終わったら来るでしょう」
 そしてやって来た又四郎が
「お姉さんたちが、どれが似合うか聞きに来るので疲れました」
「仕方ないだろう、奥に居る男は佐吉爺さんと又四郎と千丸だけなのだから」
「はい、千丸は応えられないし、御爺様は“何でも似合うと”しか応えないので私が櫛と簪の組み合わせや挿し方まで応えました」
「それは大変だったな。今日は送れぬので楽太郎さんと先にいってくれ。私は後ほど客として入るからな」
「私は黒子に成って舞台から皆さんをお迎えします」
 又四郎と楽太郎が神田庵を出て行った後も、女たちは姿を見せず、笑い声が兵庫等の待つ表口に届いていた。

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Posted on 2019/06/18 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第123話 微笑み(その22)】 

昼を食べ終わった兵庫は、駒形の帳場から暖簾越しに長い午後が過ぎて行くのを眺めて居ると、三つの影が暖簾の外で止まり、小さな影を先頭に次々に入って来た。
観太、小助、茂吉の三人だった。
 観太はここ駒形の住人だが、凡そ十日前にやって来た近藤勇に修行の目的で預けていた。
これは表向きの話だが、道場破りに困った試衛館を預かるようになった近藤から兵庫か山中碁四郎のどちらかの派遣を頼まれた。しかし受けられず代わりに子供の観太を送ったのだ。
尤も観太を受け入れたのは観太との一本勝負で負けた沖田総司が観太に勝ちたいと近藤に願い出たため、やむなくこれを近藤が受け入れたのだ。

「兄上、ただ今戻りました」
「たくましく成ったな。自慢話を自ら語るのは気恥ずかしいだろう。話は茂吉さんから聞くので着替え、裏庭に行き仲間に話しなさい」
「はい」と観太は笑み満々で二階に駆け上がっていった。
それを見送った茂吉が
「先生のお見通しの通り観太さんは活躍しましたよ」
「聞かせて下さい」
「その前に私の用は取り敢えず終えましたので、その話も合わせて茂吉さんから聞いて下さい」
「そうですか。小助さん、ご苦労でした」
「小助さん、有り難うございました」
兵庫に労われ、茂吉に礼を云われた小助は笑みを返し、聖天町に戻っていった。

「先生、観太ですがもっぱら沖田総司さんとの稽古に明け暮れて居ました」
「そうでしたか。他流試合の者は来ませんでしたか」
「勿論来ました。道場破りが来ると、近藤先生が“天然理心流は無骨な剣法ゆえ、他流試合は遠慮して居ますが、子供には危険なので教えて居ませんので、それで良ければ天然理心流の一端をお見せすることが出来ると思います。それでも良ければ・・・と相手に投げかけました。折角来たのだからと観太と竹刀を交えた者は観太に勝ちきれずに、何とか一本を取ると、観太を誉めて帰って行きました」
「何となく思い浮かびますが十日ほどで戻って来るとは思いませんでした」
「それは、観太のことですが、強い子供が居ると云う評判が立ち、道場に通う子供が増えて来ました。道場破りは子供たちの前で負けるのが嫌なのか観太との試合を遠慮する者ばかりになったことと、沖田さんと云う跡取りが出来たからです」
「十日ほどで跡取りを作りましたか。沖田さんの資質も良かったのでしょうが、観太も立派なものです」
「それと、別件の試衛館を集積地にした棒手振り商いですが、村次と谷蔵そして甲州街道を見て来た鎌吉の三人が小助さんより各市場からでの仕入れ方、凡その相場、売値の決め方、回り方、客に知らせる売り声の掛け方など教わりました。それぞれが一人で回り、四百文の仕入れを少しばかりですが増やして戻って来ました。暫くは売れ残りが道場の飯のおかずに成ります」
「それで茂吉さんは何を」
「私ですか、ご尤もなお尋ねですが、昔、包丁仕事をして居たのを思い出しまして、道場の食客兼賄い人になっています」
「それは全く気づきませんでした。御見それいたしました」
「それが分かって頂けない者が居るのです」
「近藤さんか」
「はい、但し大先生の方です」
「それは難敵ですが、どの様に分かって頂けないのですか」
「私は養育所と同じように皆さんに滋養を付けて頂こうと、魚介を日々出すようにしたのです」
「それは結構なことではありませんか」
「しかし大先生は、“茂吉お前は魚介など高い飯を食わせ、この道場を破産させるつもりか”とおっしゃるのです」
「魚介は血肉骨の源で強い体躯を作るのに欠かせませんと、こちらで聞かされた能書きを返すと、愚か者、牛馬は草だけであれほど大きな体躯をしているではないかと返されてしまいました」
「面白い先生ですね。今日明日は無理ですが明後日にでも観太がお世話になったお礼を言いに伺う事にします」
「お願いします。追い出されたくないので」
「市ヶ谷が住みよいのなら、それが叶う様に後押ししますよ」
「明後日ですね。お待ちしております」
 茂吉は来た目的を果たしたのだろう、上機嫌で市ヶ谷へと戻っていった。

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Posted on 2019/06/17 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第123話 微笑み(その21)】 

 駒形に居る男たちの仕事が時の経過を待つことに成って居た頃、明日、芝居見物に行く女たちが居る神田庵では、見物する身でありながら見物されることを願う女心が火花を散らしていた。
 それは先ず着て行く衣装選びだった。
特に吉原から来た十二人の内、二十歳未満の七人は振袖を許されたが、残りの五人は大人造りと云うことで派手すぎる物は避ける様に志津から言われて居るため苦労して居たのだ。
実は誰しもが振袖を着たいのだ。
と云うのは浮浪暮らしの中では着られぬままに吉原に売られてしまっており、実生活では振袖を着て出歩くことがなかったからだ。
それと振り袖姿の方が若く見られこともあるからだった。
 もちろん吉原での振袖新造の時代には着ているのだが、神田庵に来た時の荷の中に振袖は入って居なかった。
と云うことで志津の部屋には養育所の営む古着屋・やなぎやから多量の着物が持ち込まれていた。その中には振袖も在ったのだ。

 着ていくものに目鼻を付けた者から、今度は髪の結い直しの前に湯屋に出かけていった。
着ていくものに戸惑いの在る者もいた。
 深川で仲居をしていておみよで、息子の永吉を深川の子供預かり所に預けていたがおみよ自身が病に伏すように成ってしまった。
その後仲居などの人手不足に困って居た養育所に親子ともども引き取られ子供は中之郷で勉強を、おみよは神田庵に入り、将来飲食業で働くことになる女たちに仲居の仕事を指導していた。
 貯えの無いおみよは外出着と云うものを持って居なかったのだ。相談の上多少支払うことで自分の物になる色留袖が用意された。
着物の他に帯、櫛、簪も用意され、借りるなり買うなりして用意が進められていった。

 湯屋から戻った女たちは、結い上げる前に髪を乾かし、櫛を入れておく必要があった。
明日、神田庵から芝居見物に出かける女は十七人も居るのだ。
全員の髪を一から結い直すわけにはいかない。寝崩れを直す程度にしたいのだ。

 神田庵の中では明日を迎えるための支度のために交わす女たちの言葉や笑い声で満ちていた。

 そして昼前に神田庵の勝手口に、聖天町の棒手振りが荷を担いでやってきた。
「仕出し弁当をお届けに参りました」
「有り難うございます。鎌之助さん。台所に下ろして下さい」
 台所に下ろされ積まれた弁当の数は住人・四十二人から駒形に居る三人と赤子・千丸の分を除いた三十八人分だった。
だが、聖天町の喜楽が作った弁当の数は凡そ百五十食だった。
喜楽だけではこれだけの量は造れない。
先ず飯を十五升炊けないので駒形と神田庵が飯炊きを手伝った他に、神田庵の次に芝居見物をする駒形の賄い方が喜楽の手伝いに出ていた。
 また、最初に芝居見物をした神田庵は、喜楽の運営が落ち着くまで喜楽の手助けを請け負うことに成った。
 そのような約束事が取り交わされていることを知ってか知らずか、駒形に居る兵庫等は届けられた仕出し弁当を食べていた。

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Posted on 2019/06/16 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第123話 微笑み(その20)】 

 夕食自体は養育所全体のことであり、また決まり事も有るため配膳、食事、後片付けは何時ものように、いつもより手際よく行われていった。
それが顕著だったのが兵庫の部屋の隣の佐吉の部屋で夕食を摂ることに成った吉原から来た女たちの行動だった。
 食事中に又四郎が女たちの様子を観察すると云うことで、夕食の席を佐吉の部屋にしたのだが、部屋に集まった女の人数は十二人も居た。
食事中、女たちは逆に又四郎を観察していたのだ。
食後、女の一人が
「又四郎さん、食事中に一度も私のことを見てくれませんでした」
「私のことも」「私のことも」・・・
「はい、確かに見ませんでした。それは皆さんが怖い顔をして私のことを見て居ると感じたからです。私は優しい顔を描きたいのですからね。もし優しい顔を見せてくれるのなら、後片付けを済ませ部屋に来て下さい」
 女たちもただ肖像画を描いて貰うのが望みではなく、己と分かる美しい肖像を描いて貰いたいのだ。“王昭君”の悲劇は味わいたくないと云うのが女たちの共通した思いだった。

 片付けを済ませた女たちが兵庫の部屋の前廊下を通り隣の佐助の部屋へ行く様子がしばらく続いて居た。
その中には少なからず養育所の娘たちの姿も見られた。
こうして女たちの夢と共にその日は暮れて行った。

 明けて嘉永七年四月二十四日(1854-5-20)、明日芝居見物に行く女たちにとっては支度をする残された一日だった。
朝食後出かける兵庫に志津が
「済みませんね。ご不自由をお掛けして」と謝った。
「皆の楽しみです。思う存分支度を楽しんで下さい」
 志津と共に部屋を出た兵庫が表口に行くと、見送りの娘たち、既に土間に下り待って居る又四郎、又四郎を迎えに来た市村座の楽太郎が居た。
母屋の外に出て、保安方の勘三郎と富五郎に、
「戻るのは夕方に成ります。宜しく頼みます」と云い神田庵を出た。
 又四郎を市村座に預けた兵庫は暫くして駒形の養育所に入った。
そこには一足先に神田庵を出ていた泉喜十郎、左馬之助親子が帳場に居た。
「早々に追い出されました」と喜十郎がいった。
「似たようなものです。昼はこちらに頼んであるので戻る必要は無いそうです」
そして帳場に内藤が出て来た。
「その昼飯は聖天町から届けられる仕出し弁当ですよ。明日に備えてのことだそうだ」
「芝居見物が終わるまで、似たような日が続きそうですね」
「芝居見物が終わるまでは、いや終わっても暫くはそれなりに扱ってもらえるだろう」
「そうですね。養育所では女も男と同じだけ稼ぐので、男の影が薄くなり始めたような気がしなすね」
泉親子の話に兵庫も内藤も頷いていた。
こうして男たちは時が早く経つのを願いなら何するではなく帳場で過ごしていた。

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Posted on 2019/06/15 Sat. 05:48 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学