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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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書斎3 

 日本一長い時代小説を目指して
ちなみに日ほ本一長い歴史小説と言われているのは、山岡荘八先生の「徳川家康」で、四百字の原稿用紙で17、482枚。
文字数は単純計算すると6、992、800字です。
鐘巻兵庫119話終了時点で約362万文字ですから、今のペース年55万文字で書くと、目標達成は2025年5頃でしょうか。
そこまで長生きできれば良いのですが。

鐘巻兵庫無頼控え ←連載中
 
湯上り侍無頼控え ←連載終了

駄文創作の徒然 ←たま~に
小説を書くことで体験する事柄を綴ります。 

馬鹿な話 ←たま~に
日々思いついた身近な題材を選び、少の偏見を込め綴ります。

鼻歌 100曲作りました。興味無くても聞いてください。
      珠玉の鼻歌100曲のメドレー

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Posted on 2031/04/30 Wed. 09:34 [edit]

3LDK  /  TB: 0  /  CM: 31

10連休に備えて 

平成と令和を結ぶ十連休を前に準備をすることをおすすめします。
勤勉な日本人には不慣れな長い連休ですから
事前に短い休日を取り、休みに慣れておいて下さい。
365日連休に慣れた私が昔使った裏技です。

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Posted on 2019/04/24 Wed. 04:01 [edit]

馬鹿な話  /  TB: 0  /  CM: 0

【鐘巻兵庫 第121話 波紋(その13)】 

 翌四月二日、兵庫は一旦駒形に寄り、異変の無いことを確かめ予定の高田寺の昇龍院に向かった。
昇龍院には養育所の者以外に一時的に預かって居る元旗本の部屋住みで、その家から籍を抜いた十三人と、今は江川家の家臣となった間瀬が泊り、時の来るのを待って居る。
 時の来る日とは、旗本籍から抜ける届け出が正式に受理された証が江川家に届く日のことである。
武家社会の古い因習・“忠臣は二君に仕えず”が新事態の勃発に際し、家を超えた移籍を困難にしていたのだ。
例えば旗本同士での人事の交流も無かった。
国の問題に際しても、この国は一国ではなかった。城の数以上に藩と呼ばれる国が在ったのだ。
勢い幕府はその任を藩や旗本に丸投げするが、手が足らなかったり、不慣れだったりで単なる間に合わせの手当てで終わってしまう。
今回は、その因習を破る試みで、一旦出家を名目に旗本籍から除籍し、後に還俗し家を構え新しい主に仕官する段取りなのだ。
それゆえ、この届け出の緊急性を関係者は承知しており持ち回りで処理され、届く日は迫っていた。

 その知らせを待ちながら十三人は、仕事の技に先んじて暮らしの技を身に付けることに励んでいた。
それは飯炊き、料理、草鞋作りだが高禄は望めない者にとって出費を抑える必要な技でもあった。

 そして時が流れた四月三日の昼を過ぎになって、昇龍院に元御家人の部屋住みから出家し、その後江川家の家臣となった足立庄三が姿を見せた。
「皆さん、殿様がお城に上がって居ます。午後お戻りに成りますので本所の屋敷でお待ちしましょう」
「先生、帰りに駒形に寄りますのでそちらで、お話をお足しますので、お待ち下さい」
「そうするよ」
 暫くして各々が持てる一張羅を来て昇龍院を出て行った。

 それから一刻以上たって駒形の戸が開き足立が入って来た。
「先生、明日神奈川宿に戻ることに成りました。十三人はその支度のために昇龍院に戻りました。山中先生にも伝えて在ります」

 四月四日、山中碁四郎の船宿浮橋には十三人とその見送りの家族が集まっていた。
十三人の荷を積んだ船に旅発つ十三人と船頭を引き受けた銀太、碁四郎、兵庫が乗り込み見送られ船出していった。
 船は大川に出ると向かい側に向かい堅川と交差する辺りで待って居ると、一層の船が近づいて来た。
江川太郎左衛門と近習役を仰せつかった足立ら三人と船頭二人が乗っていた。
「鐘巻先生、山中先生、こちらにお移り下さい。お殿様がお話を・・・船頭は私どもが引き受けます」
船が横付けされ、それを押さえている間に乗り移りが行われ、江川の乗った船を先頭にして離れていった。
「こちらに移って貰ったのは、願いが有り聞いて貰いたかったからです」
「出来ることでしたら宜しいのですが」
「それが正直言って楽な仕事ではなく、また報われぬものと思われる」
「だから、私どもに・・・」
「そういうことになるが、実は引き受けられる者が居ないのが本音だ」
「兵さん面白そうですね」
「碁四郎さん、江川様の仕事です。江戸と云うことは考えられないぞ」
「でも、船に乗って異国へ行って来いとは言わないでしょう」
「あっはっはっは~・・お察しの通り江戸ではない。行先は甲斐で、暫く留まり様子を見て来て欲しいのだが」
「甲府には勤番が在るのになぜ・・・」
「あそこも天領で、代官が力を合わせないと越境して悪さをする博徒たちを捕らえられないのだ」
「相手は博徒か・・・」
 この話は神奈川宿の船着き場に着くまで続けられ、話の最後に江川が、
「その気になったら、本所に出向いて用人の早川に聞いて貰いたい。話せなかったことも伝えて在りますよ」
「留守が長くなりそうなので、その手当てが出来てから尋ねることにします」
「博徒は居なくならぬのでいつでも構わぬ」

 神奈川宿に着き、十三人と荷を下ろし終えると、別れを告げ兵庫、碁四郎、銀太は空になった船に乗り込み、沖に漕ぎだした。
その三人を岸の男たちがいつまでも見送っていた。

 思えばアメリカ国の黒船が訪れた波紋は幕府に先ず届き、幕府を震わせた。
幕府が動いたことで新しい波紋を全国へ広げたのだろう。
兵庫等は身近で起こる波紋の余波に立ち向かい鎮めてきた。
しかし、黒船が起こした波紋は容易には鎮まらないでいる。
鎮めることが出来るか否かは分らないが、兵庫にとっては合計二十二人に仕事を与えることに成った黒船の波紋に感謝の思いさえ浮かんで来ていた。

第121話 波紋 完
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Posted on 2019/04/23 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第121話 波紋(その12)】 

 牢屋敷から出た兵庫はそこで斎藤と供の三人と別れ、練兵館に向かった。
練兵館に着いた兵庫は、
「鐘巻兵庫と申します。斎藤弥九郎先生の使いで、桂小五郎殿に伝えることが在り参りました」と告げると直ぐに道場の上座近くに案内された。
 そこに面を外した武士二人がやって来て座り、端正な容姿の侍が、
「桂小五郎と申します。先生からのお使いと伺いましたが」
「鐘巻兵庫と申します。先ほど伝馬町の牢屋敷で斎藤先生とお会いし承ったことで御座います。去る三月二十七日夜、伊豆下田に停泊中のアメリカ国の船に、長州藩の吉田虎次郎殿、供の金子重之輔殿の二人が乗り込み密航を企てたが果たせず幕吏に捕らわれたよし。先ほど伝馬町の牢屋敷に護送され、吉田殿は揚屋に、金子殿は大牢に入りました。これが斎藤先生からの言伝で御座います。なお、私は吉田殿に合う事が出来、吉田殿より頼みを伺ってまいりました。頼みとは劣悪な大牢に入れられた金子殿に何がしかの差し入れを頼みたいとのことでした」
「確かに伺いました。御役目有り難うございました」
「それでは・・」
「鐘巻先生、斎藤新太郎と申します。父より地天流の御高名を伺っております。一手御指南をお願い出来ませんか」
「お願いするのは私の方です」

 新太郎と向かい合った兵庫は負けてもいいとは思わなかった。それは兵庫に剣客の気持ちを目覚めさせる相手だったからだ。
竹刀を打ち合わせる音、気合が道場内に響き渡った。
兵庫は徹底的に受けた。それは神道無念流の手筋を一つでも多く見届けようとしたからだ。
勝負は続けられたが勝負がつかぬまま、新太郎が引いた。
「これほど受けられた記憶が在りません」
「神道無念流を見たかったのですが、それでも時が足らなかったようで残念でした」
「こちらも地天流の目釘外しを見たかったです。ただし印字打ちは結構ですが」
「お付き合いいただき有り難うございました」
兵庫は、知らせを受けた桂の様子から、それ以上の長居はせずに練兵館を出た。

 兵庫の足は、知らせを待って居る者たちが居る昇龍院に向かっていた。
その昇龍院では残った碁四郎と坊主になる気のない者たちが、遠国・長州藩の侍が伊豆下田までわざわざ出て来て、異国船に乗り込んだことことに驚きを隠さず、色んな言葉が飛び交った。
そして話が尽きたところで、
「奴らは馬鹿者だと思いますか」と碁四郎の一言が話に火を付けた。
「馬鹿者ではない。馬鹿者と親から言われ続けられたわしらがいかないのだから」
「それでは大馬鹿ものではないか」
「いや、大馬鹿者に異国船が伊豆の下田に生きて居ると教える者が居るはずがない」
「だいたい伊豆の下田が何処に在るかも知らぬだろう」
「と云うことは賢いか賢すぎるかのどちらか、かな?」
 この話に花が咲くかと思ったところに兵庫が戻って来た
「兵さん、吉田虎次郎とはどの様な男でしたか」
「一本気な学者だな。斎藤先生に頼まれ練兵館に寄り、長州藩の桂小五郎に吉田が伊豆下田で異国船に乗り込み密出国を試みたが、叶わずで捕らえられ伝馬町に居ることを伝えた。驚きはしなかったが、尋常の反応ではなかったよ」
「これで、吉田虎次郎は賢い男であることが判った。これから異国船の周りに色々な賢い者たちが集まり、騒動を起こすでしょう。そう云う者に応じるには知恵が必要になると思うのでよく観察することですね」と碁四郎が言った。
「山中先生、“色々な賢い者たち”とは何ですか」とこの中に一人居た九人組の間瀬が尋ねた。
「色々な考えを持つ者たちが居ると云うことです。今回の吉田虎次郎は密出国を企てたようですが、その狙い・考えたことは何だと思いますか。間瀬さん、虎次郎の身になって考えてみてください」
「えっ、・・・・・・あっ、・・・もしかして先日の近藤先生の講義・海国図志のなかで“夷の長技を師とし以て夷を制す”を狙い、アメリカ国に渡り夷の長技を習い、日本に戻ろうとしたのでしょうか」
「虎次郎がそう考えたかは確かで在りませんが、間瀬さんはその考えにたどり着きましたね」
驚きの目出も名から見られた間瀬は赤面した。
 兵庫はこの日起きたことを駒形の内藤に告げ、神田庵に戻った。

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Posted on 2019/04/22 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第121話 波紋(その11)】 

 昨日、剣術の師であった男谷と手荒な縁切りをした十三人、親もそれを止めなかったのだから兵庫たちにも言えぬ因縁が在ったのかもしれない。
 一夜明けて 嘉永七年四月一日(1854-4-27)、十三人は朝食後、揃って庭に下りた。
庭には筵(むしろ)が敷かれ、稲わらが積まれていた。
十三人は修行のために寺に入ったのだが、それは武家社会の因習と別れると同時に新しい暮らしに踏み出すためでもあった。
新しい暮らしとは、旗本の部屋住みから、主を変え海防警護の任に就くことだが、その任を果たすためには長い海浜沿い道を歩かねばならないのだ。
金さえあれば消耗する草鞋も買えばよいのだが、未だ俸給を貰って居ない。手持ちの金を消耗品の草鞋に使い続ける訳にはいかないのだ。
 後からやって来た九人は、その苦労が在ることを知っていたかのように鍋釜、七輪などを持参し、各々が作った草鞋を腰に下げていた。
十三人は先着して江川家に入ったが、その先着の利は生かされなかったのだ。
 親の籍を抜け、今は僧籍の止まり木に居るが、現実は江川家の家来で遅れた分を取り戻すために短い日数を与えられただけなのだ。
十三人は引率して来た間瀬や昇龍院の者から新生活のための技などを学ぶことに成った。

 その日の午後、斎藤弥九郎の供として伊豆方面に出かけていた田口小次郎が山中碁四郎に伴われ姿を見せた。
「おお、伊豆から戻って来たか」
「はい、未だ御用の途中で御座います。ただ今、伊豆下田でアメリカ国の船に乗り込み密出国を試みた容疑で捕らえた二人を伝馬町まで護送してきたところで御座います。二人は長州藩士吉田虎次郎とその中間で御座います」
「長州・・ここに来たのは斎藤先生の用か」
「はい、御推察の通りで伝馬町でお待ちで御座います」

 斎藤弥九郎は江戸三大道場練兵館(神道無念流)の道場主で道場は九段下神田俎橋辺り(現在の靖国神社境内)にある。
そして道場には多くの長州藩士が稽古に来ていて、その中には桂小五郎も居た。
斎藤と長州とは縁が深い間柄だったのだ。

 分かりました直ぐ支度します。
伝馬町に入った兵庫と田口を斎藤と供の繩倉伝八郎、浜田要が迎えた。
「長州の者が捕らえられたそうですね」
「その捕らえられた者だが下士の人望を集めている吉田虎次郎と云う学者肌の人物だ。ただ国禁を犯すことも厭わない者だけに、話し合うのが難しい男らしい」
「学者らしい学者ですね。それで私に何を」
「練兵館に行って長州の桂小五郎に、吉田虎次郎と供の金子が先月二十七日の夜に下田に停泊中のアメリカ船に乗り込み捕らえられ、いま伝馬町の牢にいることを告げて貰いたい。いない時は倅・新太郎にたのむ。わしは神奈川に戻らねばならぬので・・・」
「その吉田さんに会えますか」
「ちょっと待ってくれ。頼んで来る」
 待たずして兵庫は牢屋敷の揚屋にいれられた吉田虎次郎と牢格子を挟んで会って居た。
「鐘巻と申します。これから長州の方が居られる練兵館に参りますが何か伝えることが御座いますか」
「金子重之輔はどうなって居る」
「金子殿はお供の方ですか」
「そうだ」
「あなたよりひどい所で耐えていると思います。お供の方の方がひどい扱いされることに気が付かないとは、あなたはただの学者ですね。もし生き永らえたら役に立たない侍より草莽(そうもう)を大切にして下さい」
「草莽か・・・練兵館に居る者に金子への差し入れを頼むと伝えて下さい」
「分かりました。伝えます」
「一つ聞かせて下さい」
「何でしょうか」
「鐘巻殿は何をなされているお方ですか」
「己が役に立たない侍と気付き、今は浮浪の子供たちに寝床と食事を与え、読み書き、生きる技を教え自活させる養育所を開いて居ます」
「そのあなたが何故ここに居るのですか」
「黒船が起こした波紋があなたに伝わりここに導いたように、私にも届き導かれたのです」
 牢屋敷の係の者がやって来て兵庫に目配せをした。
「それでは」
「有り難うございました」
これが吉田松陰と知られるようになる虎次郎を兵庫が見る最後になった。

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Posted on 2019/04/21 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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