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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【湯上り侍無頼控え 七話 水商売(その33)】 

一夜明けた二十九日、湯上りの碁四郎は朝飯を食わずに浮橋を出た。
粋な姿に二本差した背中には、やぼな葛籠が背負われていた。
昨晩の水商売で貸した角樽を引き取りに千葉道場へと向かっていた。
途中、日本橋横山町の通りを歩き、白子屋の前に差し掛かると、丁寧に掃いた箒目の道が延びていた。
碁四郎は足跡を付けながら、これなら白子屋が潰れることはないと思った。
火事の時走った道を辿りながら、一石橋を渡り日本橋南の掘割を歩く碁四郎の目に見慣れた西の丸の甍は見えなかった。
 桶町の千葉道場についた碁四郎、既に開いていた門より入り勝手口へと回り、朝の勝手場に居た下女に、
「山中碁四郎と申します。昨晩、大川でお貸しした角樽を引き取りに参りました」
「お千さん。聞いているかい」
「いいや」
「昨晩の船には先生と呼ばれるお方と、佐那と呼ばれた娘殿が乗っておられました。お調べ下さい」
「相手が二本差した侍、無碍にも出来ず下女の一人が奥へと消えていった」
暫らく待たされ、消えた下女と稽古着姿の女がそれぞれ両手に角樽を下げ、碁四郎の前に現れた。
「昨晩は有難う御座いました。引き取らせてもらいます」
碁四郎が背負っていた葛籠を下ろし、蓋を開け角樽四つを仕舞い込み、背負おうとすると後ろから
「山中様。お待ち下さい。一手御指南頂きたいのですが」
葛籠をおろした碁四郎は土間から板の間の上の佐那を見上げた。
「鬼小町殿に教えるほどの腕では御座いませんので・・・」
「山中様は以前、あちこちで道場破りをなさっていたお方でしょう。ご遠慮なさらずお上がり下さい」
悪事千里を走ると言うが、碁四郎が寺修業を終え屋敷に戻った後、それまでに溜まった鬱憤を晴らすように道場荒らしを繰り返したことがあり、その噂が門弟の多い千葉道場まで届いていたようだった。
「それでは」
碁四郎は葛籠を隅におくと上がった。
廊下を何度か曲がり、暗い道場へと案内された碁四郎に
「竹刀をお取り下さい」
竹刀入れに無造作に入れられた物の中から一本選んだ碁四郎が道場の中程へ進み佐那に面し一礼した。
一礼を返した佐那から甲高い気合いが出ると同時に碁四郎の気合いが佐那の気合いに覆いかぶさった。
この二人の気合いは道場奥に居た、佐那の父であり道場主の定吉、そして兄の重太郎にも届いていた。
竹刀の先を上下に小さく動かし拍子を取りながら、正眼に構えた佐那が無造作に碁四郎の間合いに足を踏み入れてきた。
佐那の小刻み振る竹刀が水平になった一瞬、碁四郎の気合いが飛び竹刀が突き出されていった。
佐那が苦痛の顔を見せ後ずさっていくと
「大川で船頭が味わった痛さですよ」
そう言い残すと、碁四郎は竹刀を元に戻し、道場を出て行った。
気合いが飛んだ後、竹刀を打ち合わせる音が聞こえてこない、あまりにも静かなのを訝った兄・重太郎が道場に出てみると、佐那が武者窓から外を見、去っていく碁四郎を見送っていた。
「どうした。佐那」
重太郎は振り返った佐那の顔や手を見ながらたずねた。
「恐ろしい突きでした」
「突かれたのか」
「はい、この竹刀の先を。耐えられず柄頭が私の鳩尾を打ちました」
佐那が指差す竹刀の先を見ながら
「なんという奴だ。真剣では出来ぬ技ではないか」
「そうですが・・・」
佐那は竹刀剣術で有頂天になっている北辰一刀流が笑われたような気がしたが、それは口には出せなかった。

 浮橋に戻った碁四郎は三途丸から看板・屋形を取り外しながら考えていた。
今年の水商売は思った以上の成果を上げられたが、来年はどうだろうか。
客を相手の水商売。
来年は三途丸を真似た、いや更に磨きを掛けた舟商売をする者に負けるかもしれない。
それは吾が夜の春に浮かれていた白子屋の衰退が教えてくれた。明日は分からないのだ。
世の中は日々変わるのだ。
人が変えることもあれば、天が変えることも在る。
栄枯盛衰は夜の習い。
何をしていようと、危ういのだ。
船宿も、栄華に興じている剣術道場とて同じだろう。
「所詮この世は水商売か」
ぽつりと碁四郎は呟いた。

七話 水商売 完

Posted on 2011/04/05 Tue. 11:36 [edit]

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janre 小説・文学

【湯上り侍無頼控え 七話 水商売(その32)】 

倒された船頭は驚く間もなかったが、屋根船に乗って居た侍は、耳脇を竿竹が突き抜けたのを見せられ、一瞬言葉を失っていたが、吾に返り
「無礼者!」
「喧嘩をさせたのはそちらのお方。喧嘩する者の近くに居れば多少のことは御座います。ご勘弁を」
「菊次郎。赦してやれ」
「先生が、そう申されるのなら・・・」
竿を屋根に乗せ、両手で艪を持った碁四郎が船を操り離れた舟を寄せると
「皆さん、冷たい湧水八文、砂糖を入れると倍の十六文、麦湯は十二文、酒は羽衣酒一升6百文です」
「それでは、酒二升と水一升、麦湯一升貰おうか」
「入れ物はお持ちですか?」
「小さい物はあるが、一升入るような物は持ち合わせてはおらぬ」
お末が碁四郎を見た。
「それでは、角をお貸しします。後ほど取りにお伺い致しますが、どちら様でしょうか」
「桶町の千葉だ」
「桶町からでしたか。さしずめそこのお嬢様は鬼小町さんでしょうか」
「お主、佐那を知っているのか」
「いえ、先日御城が燃えた折、武者窓から、外を見られておられた方によく似ておられましたので・・」
「お主、出は侍か」
「はい、たまにその様な格好も致します」
「そうか、名は」
「山中碁四郎と申します」
「どこかで聞いたような名だな」
「お弟子が千人を超えますと、似たような名前の方も居られるでしょう」
この間、お末とおよしが角樽に冷えた五合徳利の酒二本を移し、そして同じく角樽に水と、麦湯満たしていた。
「お代は〆て、千四百文です」
「千四百なら一分で足りるな」
「はい、一分は千六百文でお願いしていますので、すえ、二百御釣りを」
四つの角樽が渡され、一分が支払われ、釣が渡されようとした。
「釣はよい。桶町まで樽を引き取りに来る、足代にしてくれ」
「それはどうも、明日朝、早いうちにお伺いします」
その夜、暫らくして残っていた酒が売り切れ、三途丸の行灯の灯が消えた。
碁四郎は三途丸を母と爺様の乗る船に横付けし、お末、およしと共に乗り移った。
そこには、後からやってきた庄左衛門や、浮橋を番頭に任せたお静と大女将のお蔦も乗って居た。
「碁四郎。水商売はどうでした」
「はい、母上。ひゃっこいだけでも・・・二両ほど、酒は四斗樽に入っていた三斗五升ほどを一升六百文で売り切りましたので二十一貫文、麦湯も半分は売りましたので元は取ったでしょう」
「水で二両は幾ら何でも・・」
「お母様、水一杯に一両払ったお大尽が居ましたから。あそこに」
およしが煌々と灯りを点す船を指差した。
「あれは花魁船だな。良いところに目をつけたな」
「爺様。この髷が修業の証です」
「侍のくせに本多髷など結い居って・・・」
「爺様、父・源太夫も私と同じ歳の頃はこの髷だったそうですよ。大女将そうでしたね」
「碁四郎さんより似合っていたけどね」
「それは未だ私の修業が足りないからですね」
「もう修業などしなくてもいいですよ。旦那様」
「そうですよ、碁四郎。人の親になるのですからね」
「分かりました。花火を見ましょう」
「はっはっはっは~・・・」

Posted on 2011/04/05 Tue. 10:46 [edit]

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janre 小説・文学

【湯上り侍無頼控え 七話 水商売(その31)】 

「花火より、面白かった」
「酒はどのぐらい残っていますか」
「五合徳利五本と、樽の中に一升ぐらいです」
「よし、もうひと頑張りしてから、行灯の火を消し花火を見ましょう」
舟が吾妻橋で下ってきた時、
「あそこの屋根船はお武家様が乗っていますよ」
およしが指差した方を見ると、きちんと向かい合って座る十人ほど乗せた二挺艪が大川の中程を上ってきていた。
座が乱れておらず、背筋を伸ばした者達が乗って居るのをみて、碁四郎
「侍は、江戸っ子ほど気前は良くないが、残り物を売るにはいいだろう」
碁四郎は川を横切るように舟を走らせ、少しずつ向きを上に向けながら、二挺艪の屋根船が追いつくのを待った。
その船が三途丸に並びかけようとした時、娘二人が声を掛けた。
「ひゃっこい・お酒・麦湯はいかがですか」
そして屋根船の向こう側から
「お武家様、手前どもの酒、水を・・・」
よく見ると、昼間客争いをして負けたふねだった
「今度は、こっちが早かったぞ、遠慮しろ」
「何を言っている。どっちの酒を飲むかは客が選ぶものだ。手前どもの酒を」
「こちらのお酒は冷やしてありますから美味しいですよ」
お末の声だった。
「お武家様、安くしますんで、手前どもの酒を・・」
「こちらのお酒は濁り酒とは違い正真正銘の清酒羽衣ですよ」
「おい女、わしの酒にけちをつけるのか」
喧嘩が始まりそうなのを見て
「どちらでもよいが、喧嘩で勝った者から買おう」
屋形の中央に座した侍の声だった。
「喧嘩するまでもなく、私の方が強いです。怪我をさせたくありませんので私の方の清酒を選んで下さい」
「青二才、言わせておけば・・・船の喧嘩でわしは負けたことはねぇ」
そう言うが早いか、挟んだ屋根船の上から竿を碁四郎目がけて突き出してきた。
碁四郎、少しばかり体を開きながら、突きを外すと、左手で艪を持ち、右手を己の屋根に乗せてある竿に伸ばした。
相手の船頭が竿を横殴りに振り二度目の攻撃をしてきたのを、竿で受けると大きな音がした。
「おお、なかなかやるではないか」
屋形の中の武士が、喧嘩を面白がって見始めた。
その時、気合いとともに碁四郎の竿が突き出された。
竿は侍達が乗った屋形船の中を抜け、向こう側に船を寄せていた船頭の鳩尾をついた。
竿が素早く碁四郎の手元に引かれると、船頭の体が船の中に崩れ落ちていった。

Posted on 2011/04/05 Tue. 09:16 [edit]

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janre 小説・文学

【湯上り侍無頼控え 七話 水商売(その30)】 

碁四郎は川上に舳先(へさき)を向けた屋形船の右側に三途丸を横付けした。
屋形の中にはお大尽に花魁(おいらん)と二人の禿(かむろ)が乗って居た。
その禿の一人は豪華な蒔絵の屠蘇(とそ)をお末に差し出し
「ひゃっこいを・・・」
お末が受け取り、屠蘇の蓋をとるとおよしが柄杓で汲んだひゃっこいを注ぎ入れた。
そして、禿に戻すと、もう一人の禿がおよしに一両を手渡した。
「先生。お釣が足りません」
およしの何気ない言葉がお大尽の耳に入り、屋形から顔を出したお大尽、先生と呼ばれた船頭の碁四郎を見た。
「お大尽、後ほど八文頂に参ります。およし、お返ししなさい」
「お若い先生ですな。何の先生ですか」
お大尽の問い掛けに碁四郎、少し間を置き
「出来れば今宵は、酔狂な人が世に居ることを教えたいものです」
「それでしたら、叶えましょう。娘さん、お釣はいりませんよ。これでよいかな、先生」
「有難う御座います。教えることが出来ました。そのひゃっこいは美味しいです。冷たいうちに飲んで下さい。では」
碁四郎が舟を押さえていた竿を外すと三途丸がゆっくりと流れ下り始め屋形船と離れていった。
「水一杯で一両ですか」
「はい、私たちが売ったのは水ではなく、あの人が花魁に気風の良いお大尽であることを見せる機会を売ったのです」
三途丸が新しい客を求めて下っていると、後ろを向いて花火を見ていたお末が
「また、あの舟が・・・」
碁四郎が振り向くと御囲い舟の一艘が白波をたて追ってきた。
「水でも何でも、お大尽のお使いでしたら一両と言いなさい。そうでないとお大尽の顔を潰しますからね」
「分かりました」
「待ってくれ。水をもう一杯」
碁四郎が舟の向きを上に向け泊まると、声を掛けた舟も向きを変えながら碁四郎の舟の脇に付けた。
「御大尽さまのお使いですか」
「そうだ」
お末の問いに使いの男が応え、先程見た屠蘇を出した。
その屠蘇にひゃっこいを満たすおよし、そしてお末が
「一両でございます」
「なに!」
「先程、お大尽様は一杯の水に一両払ってくれました。今度、八文では花魁に笑われてしまいますよ」
「・・・分かった」
そう言うと使いは懐から財布を出し逆さまにした。
手に落ちたのは二分少々
「足らねぇ」
「それで構わぬ。だがお大尽には一両取られたと言いなさい。本当のお大尽なら一両寄越すでしょう」
「すまねぇ。そうさせてもらうぜ。先生」
御囲い舟が去り、三途丸は向きを変えつつ川下に流され始めた。

Posted on 2011/04/05 Tue. 08:37 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 七話 水商売(その29)】 

 夜の水商売では酒を飲む客が多いだろうと、酒を冷やす徳利や大口の客用にと角樽、屠蘇、猪口などが乗せられた。
勿論、ひゃっこいの水も替えられた。
三途丸に灯が点され、加わったおよしも乗せ船着場を出たのは凡そ七つ半であった。
およしが乗ったために、はみ出た麦湯の樽が屋根の外、碁四郎の足元近くに置かれた。
大川に浮かぶ船の数は暗くなるにつれ増え始めていた。
それも花火が向島で打ち上げられるため、両国橋の北から浅草は今戸町辺りまでの間が混雑することになった。
大事な娘二人を乗せた三途丸、碁四郎は静かに漕ぎ上げながら、人の多く乗った屋形船や大船を巡っていった。
着飾った娘二人の声に、三度に一度は客がついた。
陽が沈み暗くなると三途丸の行灯(あんどん)に書かれた“ひゃっこい・酒・むぎゆ”の文字が目立ち始めたこともあり、小舟を漕ぎ寄せる客も出てきた。
花火が上がり始め、“たまや~”の声が川面をわたり聞こえてくる。
玉屋は十年ほど前、火災を起こしたため江戸処払いを命じられていて、この時、実際に花火を打ち上げていたのは鍵屋だったのだが、江戸っ子は玉屋が好きだった。
また碁四郎が舟を漕いでいる間は花火見物、泊まれば水商売を楽しむお末とおよしでもあった。
三途丸が吾妻橋を潜ると、前方に煌々と灯を点す船が目に入った。
碁四郎の艪を漕ぐ手に力が入り始めた。
辺りの屋形船に眼もくれずに漕ぎ上げていくのは、直ぐに娘二人にも分かった。
「旦那様」
「先生」
ほぼ同時に二人の口から声が出た。
「あの、灯りをつけた屋形船にはおそらくお大尽が花魁と乗っていますから、上手く行けば美味しい話になりますよ」
「花魁、見たい」
「廻りには御囲い舟が居ますので近寄れないかもしれませんよ」
「まるでお殿様のようですね」
「それ以上かもしれませんよ」
碁四郎が船に近づき、御囲い舟の外側を浅草側からゆっくりと回り始め、上流で向島へ向きを変え大川を横切りながら下り、三途丸を花火とお大尽の乗る屋形船の間に漕ぎいれていった。
三途丸が屋形船より下ったところで
「駄目だったようですね」
碁四郎が呟いた。
「いいえ旦那様、あの囲い舟が来ますよ」
花魁を見続けていたおよしが気が付き言った。
碁四郎が漕ぐのを止めて振り向くと、御囲い舟の一艘が近づき、声が掛かった。
「御大尽がひゃっこいを飲みたいそうだ」
「直ぐに、参ります」
近くで花魁が見られると二人の目が輝いた。

Posted on 2011/04/05 Tue. 07:56 [edit]

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