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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第81話 女三人(その24)】 

 御練の先頭を歩く志津が、家の奥行きに相当する三十間を歩き、家の裏側に消えていくと、幸兵衛が、
「大したものだ」
「えっ? 何がですか」
「何がって、皆様方ですよ」
「それはどうも、今此処に来ている者の多くが辛い過去を経験しており、独自では暮らしが出来ない人たちでした。しかし、そうした人たちが一緒に暮らす場と仕事を得ると助け合うことを始める様になりました。助け合うことに必要なことは互いに信頼することです。此処にいる凡そ六十人は信頼でつながっているのです」
「金でのつながりでは無いのですか」
「実はそれが無くては始まりませんが、それだけでは寂しいでしょう。皆、寂しいのは嫌なのですよ」
「何となくですが、分かる気もします」
「志津が戻って来ました。お茶でも淹れて貰いましょうか?」
「宜しいのですか」
「草刈りをしない私がお茶を飲むには、脇に幸兵衛殿が居てくれた方がよいのです」
「私を出しに使うおつもりですか」
「嫌ですか」
「これからも出しにお使いください」

 薙ぎ払われた草地の至る所に筵やゴザが敷かれた。
その一つに兵庫夫妻と名主の幸兵衛が座った。
茶は未婚の女、お美代十七歳から、中西久美、中西岸、山内八重、お松、お竹、千夏、小夜、お玉、お鶴三歳までの十人が何組かに分かれ淹れて回った。
兵庫のところには小夜とお玉がお盆を持ってやって来た。
「此方は名主の幸兵衛様です」
「幸兵衛様、お取りください」と茶碗を置く平らなところが無いため、お盆に茶碗を乗せたまま差し出した。
「有難う。二人は幾つかな」
「小夜、九歳です」「お玉、五歳です」
「二人とも賢いな」
「有難う御座います。母上様、兄上様もお取りください」
二人が茶を取ると小夜とお玉は給茶の場所に戻って行った。
そして、皆が一服した所で、
「幸兵衛殿、皆に顔を見せてあげて下さい」と云い立ち上がった。
兵庫と志津、客人が立ったことで、皆が立ち上がった
「皆さん、集まって下さい」と兵庫が叫んだ。
そして集まった者たちに、
「此方のお方は、この辺りの名主の幸兵衛殿です。幸兵衛殿のご厚意で、家と敷地二反歩を譲り受けました。皆さんからもお礼を言って下さい」と云い
「有難う御座います」と続け兵庫は幸兵衛に頭を下げると皆が習い発声し頭を下げた。
ここで気分を良くした幸兵衛は用を思い出したのか帰っていった。

 幸兵衛を見送った後、今度は志津が、
「皆さん、お気づきの事とは思いますが、目出度い話をお伝えします。一つ目は浪江さんです。この度、山中様のところで働いて居ます銀太さんと結ばれました。次は八木紗江様ですが近藤小六さまとの縁組が整い八月頃に婚儀を行う予定です。三組目は北島縫様と村上茂三郎様で、この家が近日中にお二人の新居に成ります。お身内の方、宜しくお願いします。只今三組の縁組を紹介しましたが、これらは皆、女が先に動いたのです。この女三人に私はよくやったねと云いたいです。ちなみに私も旦那様の所に押し掛けました」
 女三人が呼ばれ志津の脇に並んだ。
その三人と志津に若い女たちの目が注がれた。

第八十一話 女三人 完

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Posted on 2016/02/18 Thu. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第81話 女三人(その23)】 

 百姓の朝は早い。
兵庫たちは大八を牽いて来た時から見られていた。
草を刈り始めたのを見て、名主が頼んだのだろうと思い、放っておいたら、稽古着姿の子供たちが来て賑やかになった。何か変だと思い、今度は名主に御注進した。
「あそこは、押上の鐘巻様にお譲りしました。後ほど見に行きます。ご苦労さんでした」

 時が経つにつれて、向島の荒れた家を囲うようにできた荒れ地に人が集まって来た。それと入れ替わる様に朝飯が未だな者が一旦押上に行き、又、戻って来た。
こうして働く男たちに朝食の世話を終えると、押上の女たちも出かける支度を始めた。
そして五つ(8時頃)の鐘が鳴り更に半刻(1時間)も経つと、草刈り場にこの日顔を見せた者が出そろった。
総勢を言えば、女子供を含め六十人程だが、草刈りに専念したのは大人の男で三十人程だった。
草刈りということで集まったのだが、女たちにはその気配が全くと言ってよいほど見えない。女たちは派手ではないが着飾って居たのだ。
養育所と何らかの関係を持つことに成った女たちは何らかの不幸に遭い自立が困難なためやって来た。そこから脱するには自分たちの将来を託す男を探すか、あるいは見初められなければならない。こんな意識が養育所で暮らす中で、幼くして芽生えているのだ。
時の流れの中で努力したことが、子供たちの親に多少なりとも余裕をもたらした。
息子の嫁や、娘の嫁ぎ先を考えられるようになってきていた。
そんな時に、二反歩の草刈りをすることが決まった。
兵庫と志津はこの草刈りの機会を今後の事に生かそうと考えたのだ。
具体的には草刈りの場を、娘たちの顔見世の場にする事にしたのだ。
志津から娘たちの母親に、
「明日の草刈りには、旦那様が声を掛けた若者たちが集まります。年頃の娘や数年で年頃になる娘たちを見せて置いたらどうですか」に投げ掛けておいたのだ。

 女たちが顔見世場に着くのを兵庫が迎えていると、そこに名主が様子を見にやって来た。
「幸兵衛殿、早速、共に生きている者の手を借り草刈りを始めました。これが妻の志津で御座います」
「志津で御座います。此度は格別なご配慮をして頂き皆喜んでおります。此処に住む者たちが必ずや村の為に働くことで、幸兵衛様へのお礼をさせて頂きます」
幸兵衛は美しい志津を見て幻覚に襲われたかのようだった。

「旦那様、女衆が激励に来たと、先触れして頂けませんか」
「分かりました」
兵庫は家の周りに出来た道を歩きながら、若い独り者が草を刈って居ると
「今から娘たちが、激励に廻りますので、良い所を見せるなり、礼を言うなり顔を見せてあげて下さい」と言って、家を一周して戻って来ると、女たちは既に回り始めて居た。
志津の後ろには養育所に保護された女の子が、その後に続くのが水野家の女、山内家の女、中西家の女、北島家の女、小菊と手をつなぐお鶴、最後はあの浪江だった。

 兵庫は弱い者たちに幅広く声を掛け、兵庫の方からは縁を切らないことを実践したのだ。
草を刈る男の中には医師・服部仲明の所で医学、薬学を学ぶ若者、養育所を出た山内家の男、先日養育所から独立した仙吉、縁あって浪江の夫となった船頭の銀太も居た。
草刈りは皆が集まるための口実に過ぎなく成って居た。
力を合わせることの大切さを教える場と成って、それが生えた草を薙ぎ払って行った。
その様子を幸兵衛とその脇に立った兵庫が見ていた。

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Posted on 2016/02/17 Wed. 04:01 [edit]

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【鐘巻兵庫 第81話 女三人(その22)】 

 茂吉こと村上茂三郎にとって七月五日の朝も昨日同様早く訪れた。
と云うのは、昨晩兵庫が外出し草刈りの人手を頼んで居た頃、茂三郎は志津に呼ばれ、茂三郎を想って居る北島縫と一緒になる様にと引導を渡されて居たのだ。ただ、このことは身内以外には知らされて居ないのでいつもと変わらぬ接し方をするように言われた。
そうしたなかで、茂三郎、縫の住む家の草刈りを、皆の手を借りて行うので、後々の事も考え人一倍精を出すようにと言われた。
言われなくても手を抜くなどしないのだが、それは兵庫が頭を下げて頼んだ者も手を抜くことはしないので、よくやったと認められるには一層の働きをしないと目立たないのだ。

 茂三郎は養育所内の手斧、草刈り鎌、深く根を張った草を取るための鋤・鍬、掘り起こした地を固める胴突き、刈り取った草を入れ運ぶ背負い篭、他には敷地の縄張の為の杭と縄、杭を打ち込む槌などを用意していた。
 そうこうしている内に野良着か稽古着姿の男たちが出て来た。そして早々に千丸の汚れ物を洗濯し干し終えた兵庫が表口にやって来た。
大八車が引き出され、茂三郎が用意した物が積み込まれていった。
そして、明け六つの鐘が鳴ると養育所の男たちが向島へ草刈りに向った。
しかし、外から剣術の朝稽古にやって来る者の為に、剣術方の根津甚八郎、近藤小六と常吉を残したため向ったのは、兵庫、茂三郎、佐吉、水野賢太郎・粟吉親子と子供の象二郎と僅か六人だった。
これに途中で草刈り道具を入れた籠を担いだ鍛冶屋の辰五郎と飾り職人の栄吉の二人が加わった。

 ほどなくして八人は草生した一角が見える所にやって来た。
「あそこです」と兵庫が指さした。
「草刈りと云うよりは開墾と言った方が良さそうですね」と茂三郎が言えば
「僅か二反歩の開墾では物足りないでしょうが、言って在る様に今日中に片付けたいので、先ずは朝飯まで休み無しで頼みます」
そして、家の入口と思える、生け垣が途切れた所にやって来て、歩くのを止めた。
家はほぼ南北の道の東側にあった。
「現在の家の敷地は間口十間、奥行き三十間の一反歩だそうです。今回の草刈りは家の外に広がる草地と刈ることにします。役割は私と茂三郎さんが家の北側、栄吉さんと辰五郎さんが家の南側、水野さん親子は母屋までの道を切り開き、家の中を見て人が住めるようにすることを考えて下さい。佐吉爺さんは残す庭木の手入れ、象二郎は私や茂三郎さんが借り残した草を刈って下さい。外は家の生け垣に沿って一人が三尺巾で奥に向って刈り、残りがその外側を刈ります。先ずは三寸以下に刈り倒しましょう」

 こうして草刈りが始められた。
子供の背丈以上に伸びた雑草の中に幅三尺ほどの道を切り開く茂三郎の働きには目を見張るものが在った。鎌が振られる度に薙ぎ払われた草が倒れて行く。その速さが南側を請け負った辰五郎の凡そ倍だったことが、四半刻ほど経ってから駒形の子供たちと継志堂の者がやって来たことで分かった。それは茂三郎と辰五郎が草を刈って作った道に、応援の草刈り人を持つ鎌が互いに届かないように間隔を取り配置した時に茂三郎の方に倍の人が入ったからだ。
只このことに気が付いたのは兵庫だけだった。

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Posted on 2016/02/16 Tue. 04:01 [edit]

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【鐘巻兵庫 第81話 女三人(その21)】 

 少し待たされ娘の案内で初老の男が羽織の紐を結びながらやって来た。
それは待たせたことの言い訳か忙しさを演じる様に、突っかけた草履でせかせかと地をこする音を立てながらだった。
「鐘巻様、お待たせしまして、申し訳ございません。幸兵衛でございます」
「お忙しい所、こちらこそ申し訳ありません。拙者鐘巻兵庫と申し、押上にて養育所を開く傍ら、賄費用を稼ぐために剣術道場や十軒店と称し身近な物を商って居ります。参ったのは子供たちを世話する者たちの住まいを建てる土地を求めるためで御座います。こちらには使われて居ない廃屋が在ると聞き先程見て参りました。噂などは聞いて知って居ますが、知った上で住まいとして使いたく、お譲り頂けないでしょうか」
「あの家があのように打ち捨てられている訳を知った上で買いたいと仰るのですか」
「はい、住むのは肝の座った侍夫婦で御座います」
「売るのは構いませんが、後に気に入らないと言われても引き取ることは出来ませんのでそれでよろしければですが」
「それで構いませんので、売って頂ける範囲に杭を打ち囲って頂けませんか。ご指示いただければ、此方で草を刈り杭を打っても構いません」
「区切りよくしたいので少し広くなっても宜しいでしょうか」
「それは望む所ですが、支払いが可能な範囲でお願いします」
「その心配は無用です。お金は頂きません。その代わりに廻りの田畑に害を及ぼす虫などが出ないように草は刈って下さい」
「それでしたら、一町歩でも二町歩でも構いません」
「それは無理ですが、あの家の敷地は元々間口十間、奥行き三十間の一反ですが、皆が近寄らなくなったため回りも荒れてしまって居ます。ですから間口の両側を各二間半ずつ増やし十五間とし、奥行きは奥に十間増やし四十間にし、二反の敷地をお譲りします」
「有難う御座います。明日より草刈りを始めさせて貰います」

 訳ありの家と土地だが、名主・幸兵衛から草刈りを条件に二反歩の家付き土地を手に入れた兵庫は素早く動いた。試されていると感じたからだ。
二反の土地を只でくれるには訳が在る。その訳が何であろうと貰ったままで放置したら期待を裏切ることになる。それは兵庫の評判を落し、養育所、十軒店、道場の評判も落しかねない。これは二反の土地を正価で買うより高く付きかねないのだ。

 兎に角、人を集めなければならなかった。二反は六百坪である。生えた草を根っこから抜くと成ると大変なのだ。兵庫は明日一日で、名主・幸兵衛が満足する草むしりをやり遂げる必要があるのだ。
兵庫夜まで人に声を掛けて回った。

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Posted on 2016/02/15 Mon. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第81話 女三人(その20)】 

 北島縫と村上茂三郎の為に家を建てさせたらと云う志津の言葉に乗せられ、兵庫が養育所を出た。家を建てさせる目的は縫に茂三郎の子を産んで貰おうと考えての事だが、縫が養育所には居る時に確かめた歳は四十五だった。無理だと思ったのだが志津がそう云う裏には何か確信めいたものが在る様に思えた。志津と縫は同じ母屋で暮らしているから日頃の暮らしの中に男では気づかない縫に残る女を確かめたのだろう。また、その縫に残る女が茂吉に目を付けさせたのだろう。
 兵庫は普門院東脇に鍛冶屋と飾り職を営む、辰五郎と栄吉の家にやって来た。
辰五郎には縫の娘・染、栄吉には同じく娘の花代が嫁いでいる。
庭に入ると、開け放たれた部屋に栄吉と花代が、もう一つの部屋にはお染が兵庫を見た。
「花代さん、お染さん。母上様の事で少し話が在りますので聞いて下さい」
花代とお染が立ち上がった。
鎚音が止み鍛冶場から辰五郎が顔を見せた。
栄吉さん、辰五郎さんお二人を少し借ります。
 兵庫は後ろについて来る二人に、
「既に聞かれたかもしれませんが、北島盛之助殿と倅鎌太郎殿の侍としての名誉が回復しました。公には切腹と書き改められたとのことです」
「そのことは聞きましたが、私たちは以前の嫁ぎ先には戻りませんよ」
「話はその様なことでは在りませんが、その心配が無きにしも非ずですか。もし話が持ち込まれても、行先は教えませんので心配しないで下さい」
「お願いします。それでお話とは?」
「縫殿が象二郎の行く末の為には父親が必要との想いから嫁ぐことを決めたようです」
「えっ、何方の所へ・・」
「茂吉さんですが、茂吉さんが村上茂三郎と云う武士だと知り決めたようです。しかし、茂三郎殿は縫殿の気持ちを知っては居ません」
「母上なら何とかしますよ」
「それで相談なのですが、志津の話では縫殿は村上殿の子を産むつもりだと云うのです。そのために花代殿とお染殿に母の為に家を建てさせろと、それで頼みに来たのです。ただ、縫殿に残された時間は長くはないと思うので私は空家を探し一日でも早く使って貰うつもりです」
「姉上」とお染が花代を呼び兵庫から離れ背を向けた。
「姉上、私達が押上を出た時は、まで母上様の月のものは有りましたよね」
「はい、きっと、同じ母屋に住む志津様も気づかれたのでしょう」
「さすが、奥様ですね」
などと男には聞こえないように話し、振り返った。
「先生、家を建てる話、旦那様に話してみます。先生の空家探しもお願いします」
「見つかったら、案内しますので、住みやすいようにしてあげて下さい」
「分かりました」
「それでは、探しに行って来ます」

 二人と分かれた兵庫の足は北十間川を渡り向島の道を歩いていた。
兵庫には思い当たる空家が在った。
 それは、昨年暮れ近くに札差山倉屋の身代わりに成り拉致され、連れ込まれた農家だった。
そこは悲劇の場所に成り多くの有志の者が死んでいった。
その死が兵庫に有志の者の志を引き継がせて出来たのが継志館養育所なのだ。
 案の定、多くの者が死んだ家は打ち捨てられたままで夏草に埋もれ掛かって居た。
家を見つけた兵庫は、今度は人を探し田の草を取る男に声を掛けた。
「あの草生した空家の持ち主は誰ですか」
「名主の幸兵衛様のだ」
「その名主の家はどの辺りですか」
指差した。
名主の家は大きいから直ぐに見つかった。
 稽古着姿に二本差した兵庫が庭に入って行くと働く女たちの目が集まった。
兵庫はその中で一番近くに居た娘に
「北十間川の向こうで養育所を開いて居る鐘巻兵庫と申します。名主の幸兵衛殿にお会いしたいのですが」
「鐘巻様ですね。お待ちください」

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Posted on 2016/02/14 Sun. 04:01 [edit]

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