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洗心湯屋

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【鐘巻兵庫 第86話 餞別(その25)】 

 通された部屋は兵庫がこれまでに入ったことのある客間で八畳間だった。
上座に仲人夫妻、左右に分かれた鐘巻家と八角屋の夫婦が向かい合った。
庫次郎は兵庫と志津の間に座り、向かいの政右衛門と登勢の間には空いた座布団が置かれていた。
茶が出され、雑談をしながら一服を済ませた。
話が途切れた所で、仲人役の吉衛門が兵庫を見た。
兵庫は頷いて返すと、吉衛門は政右衛門を見た。
政右衛門も頷き、儀式を促した。

「かねてより鐘巻兵庫様と志津様のお子、庫次郎さんを八角屋政右衛門様、登勢様に養子として出す話が進められていました。ご両家における話が纏まり、手前どもに名誉ある仲立ちのお話を頂きました。私どもで縁組の届け出の証を作るため・・・」と吉右衛門は事前に用意した書付を取り出し、両家の在所や氏名などが先ず確かめられていった。
届け出に必要な事項を確かめ終えた。
既にこの時点で届け出の書付は出来ていて、残るは三者の爪印を押すまでに成って居たのだ。
そのうえで吉右衛門は子供・庫次郎のために儀式を始めた。
「鐘巻庫次郎、先ず、お前をこれまで、立派に育ててくれたご両親様にお礼を言いなさい」
庫次郎は吉衛門に分かったとでも言うように一礼を返し、志津の後ろを通り下座に移り、兵庫と志津に向かい手を付き頭を下げた。
「父上様、母上様。私がこれまでに成れましたのは皆、ご両親様のお蔭です。このご恩を忘れずに、励み、役に立てる人となることでご恩のお返しします。有り難うございました」
「庫次郎、これよりは商いについて学ばねばならない。それが出来るだけの力は持っています。頑張りなさい」
「はい父上様」
「庫次郎、早く友達を作り遊びなさい。遊びが道場ですよ」
「はい、母上様」
父には学べと言われ、母からは遊べと言われたが別に迷うことではなかった。養育所時代にも必ずしも兵庫や志津からではなかったが、学べと遊べは言われて来たことだったからだ。
「それでは庫次郎、今度はこれからお前の父母となり育ててくれる政右衛門殿と登勢殿に挨拶をしなさい」
庫次郎は少し体の向きを変え政右衛門殿と登勢殿に手を付き頭を下げた。
「父上様、母上様。不束者ですがご両親様の教えに従い励みますのでよろしくお願いいたします」とたどたどしく言った。
 子供たちの挨拶は駒形で、今は去った奥村弥太郎の妻・志乃から教えられたものだった。
それは、いつかは養育所を出て行かねばならない。その時のためだった。
「庫次郎、父も母もお前が元気に育ってくれることを願っています。やりたいことが在れば遠慮せずに言いなさい。友達は明日にでも呼んで引き合わせますよ。先ずは木場の暮らしに成れることから始めなさい」
「有り難うございます」
「よろしくお願いします」と兵庫が口添えした。
「それでは、庫次郎、ご両親様の間に座りなさい」
庫次郎は登勢の後ろを通り空いている座布団の上に座った。
「これにて、縁組相成りました」と吉右衛門が言い、皆が頭を下げた。
儀式は、物心が付いている元服前の庫次郎を儀式の主役にすることで、立場を自覚させるための者だった。

 縁組の座がそれを祝う宴席に変えられていった。
一旦部屋を抜け出した庫次郎と登勢が戻って来た。
庫次郎は袴を脱ぎ、鐘巻家の紋・丸に並び矢の羽織から八角屋の半纏姿になって戻って来た。
そして宴席には使用人・四人の席も出来ていた。部屋に入れない使用人や常吉、乙次郎たちにも同じ料理が用意されていた。
宴が始まり、時が流れて、宴もお開きとなった。
八角屋の店先に、兵庫、志津、吉衛門、おふじ、常吉、乙次郎とそれを見送る政右衛門、登勢の間の庫次郎、そして使用人がいた。
「それでは」と兵庫が云い、頭を下げると皆が頭を下げた。
ただ、それだけで兵庫は庫次郎に背を向けた。
見送る庫次郎の目に涙が溢れ出ていた。
その涙が、別れを惜しむ庫次郎から世話になった兵庫と志津への餞別だった。

第八十六話 餞別 完
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Posted on 2016/06/05 Sun. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第86話 餞別(その24)】 

 吉衛門屋敷で段取りを話しながら寛(くつろ)いで居ると、亀戸は大横川の船着き場に船が着いたと知らせが届き、兵庫たちは腰を上げた。
兵庫、庫次郎、志津と長持を運ぶ常吉と乙次郎、そして仲人役の吉衛門・ふじ夫妻、見送りの源次郎とお道が船着き場に着くと、船頭は山中碁四郎と銀太だった。
先ず長持が運び込まれ続いて源次郎の手を借りて、おふじと吉衛門が、兵庫の手を借りた志津が乗り込んだ。身軽な庫次郎が飛び乗ると船は船着き場を離れ南へと向かって滑り始めた。
 船は交差する堅川を横切り更に進み小名木川まで出て西に曲がった。交差する横川まで進み、そこで南へと曲がり進むと木置き場が散在する所謂木場に着く。八角屋の営む木場町は木場の南に在った。

 兵庫たちが乗った船が木場町の材木問屋・八角屋が特設した船着き場に横付けされた。
船着き場は太い丸太を束ねた浮桟橋で、船から乗り移り易くするため、その上に簀子(すのこ)が固定され、更にそこから陸へ上がるための真新しい幅広だが手すりの無い階段が設けられていた。その時、水面と陸上との段差はおよそ五尺もあった。

 陸の上には、八角屋の主・政右衛門と妻・登勢と使用人が出迎えていた。
船頭の碁四郎と銀太が船から船着き場に下り、船を押さえた。
兵庫が立ち上がり、
「おふじ様、私が付き添いますのでお降りください」と兵庫が促したが怖がって船から降りるのを拒んだ。
「それでは私からにしましょう。旦那様、私をお玉だと思って抱いて上がってください」
と云い、にこっと笑った。
「仕方がない。庫次郎は私に少し遅れて続きなさい」
「はい」
兵庫は志津の手を取り立ち上がらせると志津の背に手を回し少し屈むと、志津が兵庫の首に手を回した。次の瞬間、志津は抱き上げられていた。兵庫は船べりを跨ぎ船着き場に下り、そのまま階段を上り、上陸すると志津を下した。その間少しばかり志津の裾が乱れ、裏地を見せた。
 大人の女を抱えて船から陸に上がることなど、聞いたことも見たこともないから、皆が目を見張ったがその目は志津に釘付けされた。
そこに庫次郎が上がって来た。
「母と待って居なさい」一言いうと、兵庫は船着き場に飛び降りた。
そして船に乗り込むと、
「おふじ様」と手を差し伸べた。
今度は拒まず自ら兵庫の手を握り立ち上がった。
志津の時と同じようにおふじを抱え上げた兵庫が、
「常吉さん、乙次郎さん。吉右衛門さんを頼みます」
そう言い残すと兵庫は、志津の時と同じようにおふじを上陸させた。
そして、吉右衛門も上がって来た。
五人が政右衛門と同じ地を踏み、長持も上げられ、常吉と乙次郎も上がった。
兵庫は船に向かって。
「山中さん、銀太さん有り難うございました。帰りは駕籠にします」
「えっ? 山中様??」と政右衛門が船を見た。
そこには先日、武家姿で在った時とは全く違う船頭姿の碁四郎が笑っていた。
信じられない様子の政右衛門にも見送られ、兵庫等を運んだ船は船着き場を離れていった。

 改めて八角屋側と船に乗って来た者たちがが向かい合った。
「お待ちしておりました。私が八角屋政右衛門、これが登勢、あれらが手前どもの使用人で御座います」と紹介し頭を下げた。
「お出迎え有り難うございます。それでは私、鐘巻兵庫が、こちらの案内をさせていただきます。こちらが仲人をお願いしました堀川吉衛門殿と奥様のおふじ様です。これが妻の志津とあれが・・・」
「私は庫次郎と申します。よろしくお願いいたします」
庫次郎が頭を下げると、それに合わせ兵庫等も頭を下げた。
「家が狭いもので、外での挨拶となりました。どうぞお上がりください」
吉衛門、登勢、兵庫、庫次郎、志津の順で五人が家の中に消えて行った。

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Posted on 2016/06/04 Sat. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第86話 餞別(その23)】 

 嘉永六年七月二十一日の朝が明け、いつものように稽古、朝飯と過ぎて行った。
ただ、庫次郎にとっては一つ一つが最後になるものだった。
昼食が終わると庫次郎の日常は終わり、庫次郎は私物の他に専用を許されていた物を長持に納めるために広間に持ち込んでいた。
それは、剣術の稽古着、防具、竹刀、木刀、新しい草鞋と草鞋を作るために自分で綯った縄。算盤、筆に硯、墨、手習い帳などの学問用具。そして衣類に履物、笠、風呂敷などが長持の周りに置かれた。
 これらは志津と手伝いに来た娘たちにより長持に納められた。
そして、兵庫と庫次郎が志津の手助けで支度に入った。
男二人の支度は直ぐに終わったが、続いて志津がお琴の手を借り支度に入った。
志津の支度は押上出発の時刻八つの鐘が鳴って漸くして終わり、出てきた。
祝い事だから色留袖を着てはいたが、贅沢な絹ではなく綿だった。
飾りと云えば髪を結い直し薄化粧したうえで、普段はしなくなっていた紅を差した程度、簪(かんざし)も何と渋い鉄簪だった。
それは贅沢は許されない養育所の母の姿であり、侍とはいえ浪人同様の若い夫・兵庫の妻の姿でもあった。
しかし、美しかった。
待たされた甲斐も在った。

 志津の動きが子供たちを表口に向かわせた。その子供たちの動きが出発を待って居た大人たちにも伝わり、兵庫、志津、庫次郎を見送るため表口に人が集まった。

 最初に出てきたのは兵庫だが、その姿は多少畏まる用事見せてきたもので目新しくは無い。しいて言えば剣客としての下げ緒の掛け回しである。兵庫は襲われることを常々考えている。事実これまでに何度も襲われている。その時下げ緒は邪魔なのだ。その邪魔な長い下げ緒を栗型辺りに畳んだり、巻き付けているなどは問題外で、それゆえに邪魔な下げ緒に存在感を与える取り回しこそが武人である兵庫の作法なのだ。
しかし、そのようなことは前列を占めている女、子供には興味のないことだった。

 次に現れたのは庫次郎だった。
刀の代わりにセンス一本だが、着ている物は兵庫とほぼ同じ姿で紋付の紋も同じ丸に並び矢だった。男の子たちの目が注がれたのは言うまでもない。
今日の主役である庫次郎には誰もが目を向けた。

 そして志津が表に出て来た。男も女も子供さえも目を向けた。
誰もが先ず顔に見とれる。まさに天性の美なのだが、その美が志津の移動に連れて志津
全体に及ぶのだ。それは着て居る物によるのではなく、何気ない仕草、立ち振る舞い。言い換えれば志津は壁に写る影さえ美しいのだ。女たちは志津の化粧、気付け、所作を学ぶために見送ったと云っても過言ではなかった。

 兵庫、庫次郎、志津そして長持は待ち合わせ場所である亀戸の堀川吉衛門屋敷に人目を惹きながら向かった。
誰もが認める強い兵庫を父とし、また誰よりも美しい志津を母とし、その間に挟まれ歩く庫次郎にこれ以上の心地よさは考えられなかった。
庫次郎はその心地よさを味わいながら、親との別れに向かい歩いた。
昨夜、庫次郎は兵庫や志津との別れが出来なければ、新しい巡り合いは出来ないことを教えられ、納得いくまで寝床で話し合っていた。
歩く庫次郎の顔に憂いの影は無く、待ち合わせ場所である堀川吉衛門屋敷に着いた。

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Posted on 2016/06/03 Fri. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第86話 餞別(その22)】 

 夜、十軒店が店仕舞した後、養育所に住む者たち全員が広間に集められた。
「お疲れのところ、お集まりいただき有り難うございます。話は明日の金太の縁組のことですが、日中は皆さんも忙しいので今晩、改めて縁組の話をし金太より挨拶を致します。お話をする前に、金太の名を今より私の名の一字を与え庫次郎に改め、明日は鐘巻庫次郎として養子先に参ります」
と云い、兵庫は庫次郎を見た。
庫次郎は喜びを顔に表し、
「父上様、有り難うございます。庫次郎の名を汚さぬように致します」と応えた。
「庫次郎という名が私からの餞別です」
「それでは私からの餞別を上げます」と志津が云い、袂(たもと)から小さな、色鮮やかな物を取り出した。
「これは、お守りです。中に入って居る物は浮浪していた時の髪の毛と爪と着ていたものの端切れです。皆、覚えていますね。駒形の祠(ほこら)に納めておいたものから分けて入れてあります。辛いことが起きた時に、もっと辛い時を生き抜いて来たことを思い出し、負けない気持ちを奮い立てるためです。お守りの袋は私が着ていた物で作りました」
志津はそのお守りを庫次郎の首にかけてあげた
「母上様。有り難うございます。大切に致します」
名前にしても、お守りにしても、それを見ていた子供たちにとっては羨望の的となった。
まなざしが貰った庫次郎から兵庫や志津に向かい、悲しい顔を見せる者も居た。
「言うのを忘れました、お守りはみんなの分も作るつもりです」と云い、志津は兵庫を見た。
「名前を変えるのは人生の節目や何か起きた時です。正三が文吉になったように。また、いずれ皆もここを出て行くか元服します。その時には考えてあげます。それでいいね」
「はい」
「それでは、既にご存知のことでもありますが改めて、庫次郎の養子先についてお話します。木場町で材木問屋を営む八角屋政右衛門殿と登勢ご夫婦が庫次郎の両親となります。商いは堅実で評判も良いので、受けることにいたしました。なお、養育所から養子に入るのではなく、私と志津の子として入ることに成りました。内輪の催しにするということで、仲人を亀戸の吉衛門殿とおふじ様にお願い致しました。明日は私と志津と庫次郎の三人、仲人のお二人で参ります。明日に成りますと挨拶もままならぬことも生じかねませんのでこの場にて庫次郎に挨拶させます」

 庫次郎が手を付き一礼し、手を付いたまま顔を上げた。
「私はこれまで金太として皆様に育てて頂きました。そのご恩に何も報いることも出来ずにここを出て行くことに成りました。いつの日か庫次郎としてお返しが出来る日が来ることを願っています。有り難うございました」
庫次郎は一言一言確かめながら話し終わり、頭を下げ、上げることが出来なかった。
「皆さん、これにて挨拶を終わらせてもらいます。有り難うございました」
兵庫が言うと、広間から集まった者たちが出て行った。
兵庫と志津は最後に出ていく者を見送ると立ち上がった。志津は千丸を抱き、兵庫は泣きじゃくる庫次郎を抱え上げた。
自分たちの部屋に向かいながら、
「庫次郎、明日は泣くな、祝いだからな」
頷くのが兵庫の肩に乗せた顎が食い込み伝わって来た。

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Posted on 2016/06/02 Thu. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第86話 餞別(その21)】 

 兵庫は背後に控える子供たちに振り返り、
「いまより、ここで竹刀を打ち合わせ、気合をあげます。子供たちは相手を選びなさい。文吉の相手は私です」
子供九人と兵庫の十人が気合いと共に竹刀を数度打ち合わせ、その最後にひと際高い気合と共に竹刀を打ち合わせた。
朝の静かな町内に甲高い気合と竹刀の音にご近所が顔を見せた。
そこで兵庫が、
「涛屋殿、邪気払い済みました。失礼します」
「どうも・・」重吉は今のが邪気払い?、今一つ合点がいかないが、子供たちを見送る重吉以下男たちの顔は似合わない笑みをたたえていた。
そして、去っていく子供たちに重吉が深々と頭を下げると背後の男たちも頭を下げた。
更に、顔を見せた近所の者にまで頭を下げたのだ。

「飯を食べたら、仕事だ」
使用人に対しても、穏やかな物言いだった。
これらは町の者が知る永代の重吉一家の者の姿ではなかった。
やはり、邪気は払われていたのだ。

 これまでの重吉の悪行を知る町の者の信頼を取り戻すのは大変だが、全うな人間に変わろうとする重吉等へ無邪気な子供たちを絡ませ、子供が怖がらない重吉の姿を、町の者見せる演出を兵庫がしたのだった。
また、評判の良い材木問屋の八角屋と涛屋の間で商いを始めさせることで、涛屋の信用を取り戻させようと兵庫はしていた。
木場周辺から荒くれを無くすことはまず出来ない。
兵庫の狙いはその荒くれの集まりともいえる涛屋を、道理をわきまえた荒くれに変えようとしたのだ。
それが、養子として木場の材木問屋に行く金太への兵庫からの餞別でもあった。

 養育所への帰り道、兵庫は保安方の四人に子供たちを頼み、一行から抜けた。
兵庫が寄ったのは八角屋だった。
主の政右衛門を帳場に呼び出した。
「朝早くから、道場破りですか」
稽古着に竹刀を持った兵庫への挨拶だった。
「すみません、金太のことでお願いが在り参りました」
「なんですか」
「実は金太へ私からの餞別を送りたいのですが物ではなく身から離れないものを考えたのです。こちら様にもお考えが在ると思いますので、出来れば元服するまでは使わせて欲しいのですが・・・」
「何でしょうか」
「実は・・・」と小声になった。
「・・・・・」
二人の話が聞こえなく成っていたが、話がまとまったのか
「分かりました。金太さんも喜ぶでしょう。奥様が金太さんに渡す餞別も知りたいものです」
「私もです。それでは、お邪魔しました」
涛屋を飛び出した、兵庫の足は速い。
前を行く一行が堅川を渡る頃にはその後ろ間近に迫っていた。
そして、大人たちの気合と竹刀を打ち合う音が聞こえる養育所に着いた。
暫くして、面・籠手・胴の防具を付けた子供たちが加わり、いつもの稽古景色に変わって行った。

 この日、養育所は平穏のまま過ぎて行ったが、そうした中、金太の晴れ着が届けられた。
武家である鐘巻家の者として養子に行くため晴れ着は全てが武家仕立てだった。
紋付袴姿に着替えさせられた金太嬉しさを隠さなかった。
紋が兵庫と同じ丸に並び矢だったからだ。
「金太、よく似合っていますよ。でも皆さんへのお披露目は明日にしますからね」
縁組への支度はほぼ整えられた。

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Posted on 2016/06/01 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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