07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第88話 蛇の道は蛇(その26)】 

 湯屋から戻ると、駒形からきた子供たちは、昔の浮浪仲間と別れを惜しみ、保安方と駒形へ戻って行き、象二郎も迎えに来ていた義父・村上茂三郎と向島に帰って行った。
兵庫は、風呂に入りさっぱりしたが、ざんばら髪の男の子を広間に集めた。
この時浮浪仲間の女の子たちは、浮浪時の男姿から女姿になるため、志津やお琴らと別の部屋に閉じこもって居て広間には居なかった。

「みな自分の正確な歳は分からないかもしれませんが、自分たちが思って居る歳の順に並びなさい」と兵庫は男の子たちに言った。
男の子七人はほぼ背の高さ順にならんで見せた。
兵庫は文机に紙を置き、
「それでは名を書き留めるので、親が付けた名前か、それが分からなければ普段呼ばれている名を、私が指さしたら教えて下さい。」
兵庫は佐助と呼ばれていた子を指さした
「佐助だ」
「はい、次」
「うめだ」
「はい、次」と繰り返し聞き取った七人の名は
佐助、うめ、とみ、あき、てる、せん、ちょう だった。
「皆に聞くが、佐助を除いて残りの六人の名は仲間同士で呼び合うには問題ないが、届け出をする時、このままでは女と思われおそれが在りますので、男名に着く太郎、次郎、三郎などを付けて届け出の名前としていいですか。佐助はそのままで、うめは梅次郎、とみは富三郎、秋四郎、輝五郎、仙六郎、長七郎と云う具合です」
「おれはそれで良い」
「俺も」「俺も」「俺も」と了解してくれた。
「有り難う。ところで自分の本当の歳を知っている者は居ますか」
子供たちは互いに顔を見合わせたが自分の歳を知る者は居なかった。
「先生」と佐助が兵庫を呼んだ。
「何だ」
「俺が持っているこれは何ですか」と首に掛けていた物を外して兵庫に渡した。
それは小袋に紐を付けたお守りのような物だった。
開けると汗染みの付いた紙が出て来た。それには仮名で“さすけ、てんぽ十四ねん五がつ”と書かれていた。
「これは佐助の身内が書いたものです。名前は佐助で生まれたのは天保十四年五月ですから、今年、十一歳(かぞえ)です。他には何も書いて居ないから何も分からないです。他に思い出すことは在りますか」
「ばあちゃんが死んで一人に成ったことだけだ」
「そうか、苦労したな」
 廊下に女の子の声が聞こえて来た。
「皆の歳は佐助を十一歳として私が決めます」その声は男の子たちには伝わらなかったかもしれない。
部屋に入って来た女の子に目を見張っていたからだった。
髷は結っていなかったが、ムダ毛は剃られ現れた髪を束ね、少しばかり化粧をしてもらっていただけだが、ついさっきまでは髪を乱し、顔をわざわざ汚していた姿とは全く変わっていたからだった。
板木が打たれ、夕食の支度が出来たことを知らせた。
 子供たちの夕飯は簡単だった。少し前に深川の葦原の中で腹いっぱい握り飯を食べたばかりで、まだ食べ残しが在ったからだ。それに追加されたのは魚の干物を焼いた物、味噌汁、香の物、菜類の煮物で、箸使いに慣れていない子供たちの新しい生活が始まった。

 そして、広間が連れて来られた子供十人が一緒に寝る最後の場所になった。
明日からは、男は駒形、女は押上と別れて修行することに成るからだった。
やわらかい布団の上。蚊の飛ばない蚊帳の中は、葦を倒し枯草を敷いた寝床と比べ心地よい。
部屋の灯りが消されると、子供たちを深い眠りに落ちて行った。

第八十八話 蛇の道は蛇 完

 ←ボタンを押す。情けは人のためならず。

Posted on 2016/07/24 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第88話 蛇の道は蛇(その25)】 

 葦原から抜け出した所で、おろち丸が、堤の上で待って居る皆に向かって、
「先生、皆、養育所に入ると云っています」
これを聞き、保安方の一人が涛屋へ戻って行った。娘三人を載せる駕籠三挺を頼むためだった
「よくやった」
「よくやったのはお玉です。マムシの巣穴でも見つけたようで、一匹捕まえて皆に見せたら蛇との同居は嫌ということになりました。先生、そのマムシをお玉が握ったまま寄越しませんので、お玉を抱き上げるのは危なくて私には無理です。下りてきてください」
 兵庫は堤下まで下りると蛇を握るお玉の右手のこぶしに被せるようにして、蛇を握り
「お玉、蛇を離しても平気だよ」
と云うと、やっとお玉は兵庫の掌の中で手を開いた。
そして、お玉は涙を流した。
マムシ・毒と云う言葉が蛇を安易に話すことを躊躇わせたのだ。一番安全なのは握り続けることだった。
お玉はその重圧から解き放たれてやっと涙を流したのだ。
「よく頑張った。負んぶだ、と兵庫は腰を落とした」
おろち丸と観太を下に残し兵庫等は背にお玉、片手にマムシを掴み、堤の上へ登って行った。

 葦原から最初に姿を見せたのは、やはり佐助だった。
続いて男二人が佐助の両脇に立った。この三人は風呂敷包を二つずつ持っていた。
そして華やかな色柄の着物を着て、荷物を持たない娘が三人出てきて、男の後ろに隠れるように立った。
手荷物は前の男に託したようだ。
そして風呂敷包を一つずつ持った男が四人出てきて女の後ろに立った。
皆が、手土産として渡した着物を着ていた。
 兵庫が勢ぞろいした子供たちに、
「もうすぐ、娘さんを押上まで乗せて行く駕籠が来ます。娘さんはそこで髪、身体を洗い、髪を結い直します。男は保安方と湯屋に行き、積年の汚れ垢を落とします。浮浪と別れて貰います。それでは皆を浮浪生活から養育所に入る決心をさせたこのマムシを離します」
 兵庫はマムシを子供たちの向こう側に投げた。
空を飛ぶマムシを皆の目が追ったがマムシは追うものが他にもいた。草地に落ちる前に鷹に攫われたのだ。
兵庫は土手の小石を拾うと舞い上がり始めた鷹に向かって立て続けに小石を投げた。その内の一つが当たり、鷹は驚きマムシを離し、弁天の木の梢に留まった。
深川洲崎十万坪(江戸名所百景、深川洲崎十万坪)
「見ましたか。あの鳥は鷹ですが、やったことは鳶の真似でした。皆は鷹に成らなければなりません。そのためには、自分で人として生きて行く力を身に付けなければいけません。まだ間に合いますから、これまで食べ物を求めてきた時を使い、体の鍛錬、手習いさらには学問、芸事に励んでください。食べることと寝ることなど暮らしのことは養育所で全て面倒を見ます。駕籠が来たようです。ここまで昇って来なさい」

 十人の子供たちが堤の上に立つと、
「女の子はここに来なさい。私が姉さん被りをしてあげますので、手拭いを出しなさい」
今まで男を装っていた娘たちが、急に娘に成りきることは難しいが、汚れの無い着物を着た後、気に成るのは髪の乱れである。
その気持ちを汲んだ兵庫の一言が娘たちに受け入れられ、女の意識を高めさせ歩み寄らせた。
兵庫は慣れた手つきで頭に姉さん被りを施した後、決まらない帯を締め直してあげた。
そして娘たちは駕籠に乗った。

「常吉さん。私たちは弁天から北へ、押上に戻ります。涛屋に首尾を話し礼を言い、保安方全員を引き揚げさせてください。帰りに浮橋、駒形にも寄り、仲間が十人増えそうだと伝え戻ってください」
「分かりました」

一行が押上に戻ったのは七つの鐘が鳴る少し前だった。
母屋の土間に入った子供たちは板の間に積み上げられている米俵を見て言葉を失っていた。
そこに兵庫の妻・志津が千夏と小夜を連れ出て来た。
「みんなよく来てくれました」
「皆のお母様に成ってくれるんだよ」とお玉が云った。
「お玉、それは、皆が養育所に住み、生きるための修行をする決意が出来てからですよ」
「娘たちはこの家の風呂に入るので上がりなさい。男の子は皆で外の風呂屋に行くぞ」
首に手拭い、ぬか袋を持って子供たちと兵庫が、亀戸の風呂屋に向かった。
 風呂屋に着くと湯賃の他に水を多く使うと云い一朱を上乗せし、湯屋の親父の曇っていた顔を晴らさせた。
あとは子供たちが子供たちの面倒を見た。兵庫はただその様子を見ているだけだった。

 ←ボタンを押す。情けは人のためならず。

Posted on 2016/07/23 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第88話 蛇の道は蛇(その24)】 

 佐助に案内され葦原の中に入り込んだおろち丸、観太とお玉は佐助の仲間たちに好意的に迎え入れられていた。
腹いっぱい食べた記憶などない子供たちの胃は小さく、一食分の握り飯でも満腹になるのだが、食べきれない二食分の握り飯を離そうとはしなかった。
そんな子供たちにおろち丸は話し始めた。
「会いに来たのは、皆を養育所に来てもらうためです。心配でしょうが、これまでに逃げ出したくなるようなことは起きてはいません。何か言えば言うほど嘘に聞こえるかも知れないが、普通の町の子より良い暮らしをさせて貰っている。それはお玉を見れば判るだろう。今年の正月、飢えと寒さでお玉は死ぬと思って居たが、今では肉も付き、ここの誰よりも色つやが良いだろう。私は最初の内は飯だけ食わせて貰い、寝るのは安心して眠れる外だった。先生は侍だが、威張ることは無い。いつも弱い者の味方だ。嘘じゃねぇ」
「おろち丸、俺はお前が嘘をつくとは思って居ないが、疑ることが身に付いているのが俺たちだ。見たことを信じる。だから着ている物を脱ぎ、お前の身体を見せてくれ」
「折檻されているとでも云うのか。折檻はされていないが俺や観太の体には打ち身の跡が残っている。毎日、剣術の稽古をしているからな。しかし、お玉には何にもないはずだ。蚊に食われた後もないだろう」
そう云うと、おろち丸と観太は稽古着を脱いだ。
二人の体は引き締まり子供ながらたくましさの片りんを見せていた。そしてうっすらとあざも見えた。
「俺は、おろち丸を信じるが、弱い女を残しては行けない。女に聞いてくれ」と佐助が言った
三人の女は黙っていたが、暫くして一人が口を開いた。
「お玉が綺麗に育てられているのは分かるけど、それは高く売るためかもしれない」と呟くように言った。
実は女三人は、ちょっと見ただけでは女とは思えない。女を隠すために男のような格好と振る舞いをしていたのだ。
「養育所と云う看板はお上の許しを得て掲げた物ですから、そのような悪事はしないと思います。むしろ養育所には俺たちのような浮浪の子供の他に女衒から逃れた女が四人と、暮らしに困った浪人家族がこれまでに、奥村先生ご一家、山内様ご一家、水野様ご一家、中西様ご一家、北島様ご一家、八木様ご一家、近藤様ご一家の七家が入り、今は三家が残っています。他に一時的に暮らしのためや行儀見習いで預かった子もいました。養育所を出て行った人の中に悪いことを言う人は一人も居ませんでした。第一養育所に居る子供で女は数人で男はその何倍も居ます。売れない男を何のために養い勉強させて居るのですか」
と、おろち丸は何とか説得しようと、話を続けていた。
それに反して、お玉は連れて来られたみすぼらしい雨露も凌げそうもないない葦を敷き詰め、葦で造った隠家を物珍しそうに見回っていた。
「今日はもう話しても無駄だ。お玉、帰ります」と、おろち丸が呼んだ。
「は~い」とやって来たお玉の手になんと・・蛇が握られていた
「お玉、それはマムシだ。そのまま離すな。噛まれると死ぬぞ。お玉、俺に寄越すんだ」とおろち丸が云った。
「いや、蛇さんならまだ居たよ。自分で捕まえなさい」
「佐助。この辺りにマムシの巣が在るようだぞ。噛まれてからでは遅い。一旦退いてはどうだ。俺らは引き揚げる」
おろち丸はお玉の空いている手を牽きながら、連れて来られた道を引き返し始めた。
「きゃ~、蛇が居る。ここ嫌だ、養育所に行く」
「私も」「私も」「俺もだ」
「分かった、全員で養育所に移ることにする。おろち丸、外で待って居てくれ」
「分かった。待って居るぞ」

 ←ボタンを押す。情けは人のためならず。

Posted on 2016/07/22 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第88話 蛇の道は蛇(その23)】 

 洲崎十万坪に潜んでいると思われる浮浪の子供たちを呼び出すことに成った。
「私が、佐助と叫んだら、皆も佐助と叫んでくれ。俺が名乗ったら、続いて観太も名乗ってくれ」文吉が呼び出す段取りを周知させた。
「分かった」
そして弁天からに十間ほど離れたところで文吉は足を止め、十万坪に向かって叫んだ
「さすけ~~~」の呼び声に
「さすけ~~~」の声が後を追い叫ばれた。
「おろち丸だ~~」
「観太だ~~」
「話が在る、出てきてくれ~」

 この呼び出しが二十間の間隔を置いて堤が終わる所まで繰り返されたが、反応は無かった。
返しの呼び出しには兵庫も加わり、観太に続いて
「養育所の鐘巻です」と声を上げたが、佐助が出てくることは無く、突き当りの弁天まで戻って来てしまった。
そして二往復目の呼び出しが始まり、堤の中ほどまで来た時、兵庫の声に続いて
「おたまだよ~~~。カエデちゃん、アヤメちゃん、スミレちゃん。あいたいよ~~~~」
「話が在る。出てきてくれ」
 見下ろしていると葦の穂先に不自然な動きが生じた」
そして、ほぼ文吉と同じくらいの子供が姿を現した。
「佐助!」子供たちが叫んだ。
「おろち丸、話とは何だ」
「話の前に、飯を持って来た。俺と観太とお玉で持って行くが良いか」
「それならかまわねぇ」
「飯は皆が握り飯を持って来た、足りるはずだが、何人いる」
「十人だ」
「観太、飯をあと七包と水を集めておいてくれ。俺はお玉を預けてくる」
「分かった」
 お玉が一人で佐助の居るところまで荒れた道なき道を下りるのは危うい。
おろち丸(文吉)がお玉に背を向けると、お玉はその背に飛び乗るようにしがみついた。
おろち丸は殆ど足を運ぶことなく滑り降りて行くと、なぎ倒された草の道が出来た。
佐助の所まで下りたおろち丸が、
「まず、お玉を頼む」と背を向けると、佐助がお玉をおろち丸の背から剥がし、足元に下ろした。
おろち丸は腰に巻いて来た風呂敷を解き、また下げていた水の入った竹筒を佐助に手渡した。
「お玉も、渡しなさい。あと八人分が来るから人を呼んでおいてくれ」
こうして手土産として持って来た飯、包んでいた風呂敷と水が十人に渡された。
「話を聞かせてくれ」
「土手の上、に居る真ん中に居るのは、俺たちを引き取ってくれた養育所の鐘巻先生です。深川に浮浪の子供たちが居ると聞き、引き取るために数日前から町中で接触を試みてきたが上手く行かず、俺と観太に相談が在った」
「それで、ここに目星を付けたのか」
「そうだ、先生や奥様、それと我々を守ってくれる、地天の半纏を着ている保安方の大人は皆良い人ばかりだ。これから冬が来る。お玉がそうだったが弱い者は命を失う危険もある。信用できる人だ。来れば、学問や仕事を教えて貰える他に、芸事も習える。佐助のためだけじゃない。お前の仲間のためだ。皆を説得して欲しい」
「分かった飯を食いながら、同じ話を仲間に聞かせてくれ」
「そうさせて貰う。その前に養育所に来る来ないに関わらず皆に着物、帯、手拭い、藁草履を渡すことに成って居る。観太、荷物を取りに行ってくれ」
「待て、荷物は投げさせてくれ」
「分かった」おろち丸は振り返り土手の上に居る者たちを見た。
「兄上、手土産の残りの物を、まとめてここに投げ落として下さい。私たちは飯を食いながら皆と話し合うため奥に行きます」
「分かった」
と兵庫の返事があり、そして、風呂敷包が二つ投げ落とされた。
その荷をおろち丸と観太が持つと、佐助はお玉を戻そうと
「お玉、お前はもういい、心配するから戻りなさい」と云い、土手の上まで登る様に軽く尻を叩いた。お玉を質に取るような形にはしたくなかったのだ。
「いや! お玉は皆と会ってお話をしたいの」と駄々をこね始めた。
お玉の駄々を止めさせることが出来るのは母親役の志津一人しかいない。
兵庫は、お玉の安全は保障されたと思い、
「お玉の好きなようにさせてあげなさい」と一緒に入ることを許るした。
お玉は佐助に抱かれて葦の中に消えて行った。

 ←ボタンを押す。情けは人のためならず。

Posted on 2016/07/21 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第88話 蛇の道は蛇(その22)】 

 涛屋に入った兵庫は、重吉と鬼吉に押上で決めたことを話そうとしたら、一枝が茶を淹(い)れてやって来た。
「鐘巻様、お陰様で胃袋を掴むことが出来ました」と一枝が暗に重吉と正式に一緒になったことをほのめかした。
「えっ・・そうですか。それはそれは重吉殿、一枝殿おめでとう御座います」
「一つ家に居ればなるようになっただけですよ。たいして目出度くありませんよ」
「いや、目出度いことです」
「実情は大して変わっちゃいませんけど」
重吉にすれば一枝が妾でも妻でも同じことなのだ。
「大きく変わったのですよ。今までのままだったら、連れて来た子供たちはこの家には入れません。それが入れるようになったのです。子供が入れると云う事は誰でも入れると云う事です。店に貼られていた見えない封印が無くなったのです。きっと商いも増えると思いますよ」と他人が重吉を見る目が変わることを言った。
「それは気が付きませんでした」
「長年かけて涛屋に、また永代の重吉と云う名に染み付いた汚れを取り除くのは簡単ではないでしょうが、永代の町の為に成ることをし続けることです」
「それで私の汚名が消えますか」
「もうすぐ、半年前は浮浪だった子が戻ってきます。その影が残っているか見て下さい。すっかり消え去っていますから」
「分かりました。それでは本題をお聞かせください」
「今日参りましたのは、永代寺の浮浪の子との接触に手詰まり感が在るため、“蛇の道は蛇”と申しますので、昔、浮浪だった子供たちに、どうしたら会えるか聞いたのです。私たちの思わぬ場所が指摘されましたのでその場所を確かめに行くのです」
「それで、思わぬ場所とはどこですか」
「深川洲崎十万坪です」
「あそこは江戸百景に載るほどの荒涼とした所で人の住める所では在りませんが、だからこそ浮浪の子には安心して住めるということですか・・・」
「そう云う事でしょう」

 兵庫が、今日行う段取りを重吉と鬼吉に話し終え、世間話をしていると子供たちが戻って来た声が外から聞こえた。
そして、暖簾が動き常吉が覗いた。
「皆を中に入れて下さい」と兵庫が促した。
土間を埋め尽くすように並んだ子供たちが、帳場に座っている重吉と隣に座る一枝を見ていた。
「皆さん、これからお世話に成る方を改めて紹介します。涛屋の主の重吉殿と奥様の一枝殿です。お玉ご挨拶の音頭を取りなさい」
一番前のお玉が更に一歩前に出た。
「不束者ですが、末永く」とお玉が云うと、続いて
「お願いいたします」が唱和された。
「あら、私はまだ旦那様にご挨拶していなかったわ。旦那様、末永くよろしくお願いいたします」と一枝が子供たちの目の前で頭を下げて見せた。
「こんなに多くの目の前で・・・もう逃げられそうもないな。もう、年貢を納めることにするよ。わしのことも頼む」と重吉が応え、二人の婚儀が成ったことを披露した。

 子供たちは家には上がらず、兵庫、保安方の常吉と乙次郎に前後を守られ涛屋を出て、深川洲崎十万坪を目指した。
洲崎は深川木場の南の堤の外、海に向かって広がる荒地と湿地で潮が引けば干潟も生じる、十万坪と呼ばれる広大な、未利用な荒地である。
 その十万坪を見渡す堤の上に一行がやって来た
子供たちは土手に生える草、その下に広がる葦原の様子を見ながら歩き続け、道の突き当りに在る弁天様まで来て歩みを止めた。
「変わった様子は見当たらなかったか?」と兵庫が聞いた。
「何か所も在りましたが、ほとんどが“おとり”です。おとりには罠が仕掛けられることも有るので用心しないと」
「今日は堤の上から声を掛けるだけにする、佐助が居ることにして名を呼びながら、ここを往復することにします」

 ←ボタンを押す。情けは人のためならず。

Posted on 2016/07/20 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学