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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【湯上り侍無頼控え 八話 忘れもの(その8)】 

河口の豊海橋を潜り日本橋川に入った舟が新堀町の掘割を抜けると、建ち並ぶ倉の白壁が水面に揺らぐ小網町三丁目の行徳河岸が見えてきた。
「作次気をつけろ。行徳船のやつらは気が荒いからな」
「分かってますよ。この舟ではとても勝てませんからね」
その行徳河岸からは下総へ行く旅人や小荷駄を乗せた行徳船が動き出し、周りの小舟が避けるように水路を空けていた。
碁四郎の乗った船も川岸により、行徳船が通り過ぎるのを待っていた。
その行徳船が迫った時、碁四郎の目がその船に乗る一人の男に釘付けされた。
「服部先生・・」
この呟きは声には成らなかった。
また、服部と呼ばれた男の目も碁四郎に釘付けされていた。
船がすれ違う寸前、碁四郎が頭を下げると、服部も会釈をかえしたが、そのことに気が付く者もなく、碁四郎の乗った平田舟は日本橋川を上っていった。
「あの江戸橋の手前を北に入った掘割が塩河岸です」
舟が掘割に入ると、作次が
「相良屋の屋根看板が見えますぜ」
「岸の塩船に付けて下さい。私が上がり店の者を呼びますから」
この時、中潮の引き潮で、川面から陸まで五尺ほどあった。
舟が塩船に近づくと、碁四郎が平田舟の床を蹴り、塩船に飛び移った。
そしてその勢いを緩める事無く、塩船の床を蹴り舫い杭の上に飛び乗り、更に杭を蹴り陸に飛び上がった。
その見事さを見ていた磯吉が感心しながら
「二本差したまま、身が軽いもんだ。まるで義経だね」

 暫らくして碁四郎と相良屋の隠居吉衛門が平田舟の見える岸の上に立った。
「磯吉さん。私の爺様です」
「これはどうも、浦島の船頭の磯吉です」
「孫の世話、これからもお願いしますよ」
「世話?・・とんでもねえ。面倒見てもらっているのは、こっちの方ですよ」
そうこうしている内に屈強な男達が、長持ちや長柄物を運んできた。
「あの舟に下ろして下さい」
碁四郎の声で、若者四人が塩船に飛び降りた。
陸から塩船へ、そして平田舟へと手渡しされた碁四郎の荷物が、あっという間に積み込まれてしまった。
「爺様、長い間預かって頂き有難う御座いました」
碁四郎が吉衛門に礼を言い頭を下げると
「碁四郎さんや、まだ残っているよ」
「えっ?・・・私が屋敷から持ち出し、こちらに預けた物はこれだけのはずですが」
「そうかも知れぬが、お前の母の忘れ物がある。倅が引き取るのが良いのではありませんか」
碁四郎の母・お絹は山中家を出、碁四郎を寺修業に預けると暫らくして、米問屋河田屋の後添いに入った。
この時、前夫・山中源太夫や碁四郎と縁のある物は全て、実家に預けて嫁いでいった。
「あ~・・、確か大八に二台分ありましたね」
「覚えているか。あの時のままだよ」
「分かりました。私が引き取ります」
「そうしておくれ」
「済みません。母の分が残っていました。もうひと働きお願いします」

こうして浮橋の船着場についた舟には、長持ちが五棹、刀箪笥の他、箱に収まらない槍などの柄、棒、弓が積まれていた。
荷揚げは戻ってきていた船頭衆の助けを借り、ひとまず部屋に納められた。
所狭しと置かれた長持ちを見せられたお静、ため息をつきながら
「こんなに大きな忘れ物があったのですね」
「はい、これから全て開け、忘れていたものを少しずつ取り戻すことにします」
「そうして下さい。それと取り戻しましたら少しずつ納戸の方へまたしまってくださいね」
「はい、そうします」
その時、碁四郎の腹が大きな鳴き声をあげた。
「あらもうそんな時ですか、旦那様のお腹は物忘れをしないのですね」
そういうと、お静は碁四郎の晩飯の支度をしに部屋を出ていった。
一人残された碁四郎も、忘れ物のあまりの多さに、あらためて大きなため息をついた。

【湯上り侍無頼控え 八話 完】
次回からはこの流れを引き継ぎ、九話「霞塵流」を書いています。

Posted on 2011/04/06 Wed. 09:25 [edit]

thread: 幕末物語

janre 小説・文学

【湯上り侍無頼控え 八話 忘れもの(その7)】 

碁四郎が陸伝いに深川六間掘りの浦島までやってくると、掘割では磯吉が船の手入れをしていた。
「磯吉さん、仕事です。上がって下さい」
暖簾を潜り入って行くと、又やってきた碁四郎に、女将のおりょうは喜んで
「お早いお戻りでございますね」
「仕事の頼みで参りました」
「それじゃ~磯吉を・・」
「外であいましたので、間も無くやってきます」
その言葉どおり、磯吉はやってきた。
「磯吉さん。爺様の家に預けてある私の荷を浮橋まで運んでもらいたいのですが」
「分かりました。それで、爺様の家は何処で、荷はどれほどありますか」
「日本橋の塩河岸の塩問屋相良屋に長持ち二棹に槍や弓などです」
「旦那の実家は米問屋ではなかったのですか」
「違います。私の実家は番町の屋敷です。塩問屋生まれの母が番町の屋敷で私を産んだ後、二年ほど前に米問屋の後添いになったのです」
「そういう事情でしたか。それにしても塩問屋に米問屋とは羨ましいですな。」
「そうですか、毎日塩むすびを食わされるのは嫌ですよ」
「米と塩で塩むすびですか。たしかに嫌に成りますな」
「冗談言わないで、この仕事引き受けられるのかい」
「へい、平田船で間に合いそうです。あっしは荷運びの船頭をもう一人呼んできます」
磯吉が姿を消した所で碁四郎、懐の財布から小判を出し
「今日の分はこれでお願いします」
「こんなにはかかりませんよ」
「そうかもしれません御祝儀含みです。磯吉さんに頼み、行き先別、舟別に船賃などを決め張り出して、客が頼みやすくして下さい」
「ちなみに、浮橋では浅草までいくらですか」
「確か乗合船、二人船頭で片道、百文ですが、川の流れを見て五十文から二百文まで変えているようです。山谷掘りは乗り合いでも三百ですね」
「浦島からだと、あと五十は乗せられそうですね」
「そんな按配でしょうがこの辺りの船宿がどうなっているかも見て決めて下さい」
「わかりました。その辺は磯吉さんが心得ているでしょうから、相談して決めます」

 その磯吉ともう一人の船頭・作次の漕ぐ平田舟に乗った碁四郎が六間掘りを南の小名木川に向かい進みだした。
程なくして舟が小名木川に出ると、舵を西の大川に取り舟を進めていた磯吉が
「旦那はつえそうですな」
「私より強い人は沢山いますよ。私は負けると分かる喧嘩はしないようにしています。ですから、これまでに何度も逃げましたよ。逃げ足は速いですよ」
「そうですかい。負けてから逃げるわしらの喧嘩よりはいいかもしれませんな」
「喧嘩をせずに勝てるようになれればよいのですがね」
舟が大川に出、川を下りながら少しずつ中流へ、そして日本橋側へと進んでいった。
水運を引き入れる大名屋敷を見ながら下り、永代橋を潜ると日本橋川が大川へ注ぐ河口にやってきた。

Posted on 2011/04/06 Wed. 08:27 [edit]

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janre 小説・文学

【湯上り侍無頼控え 八話 忘れもの(その6)】 

浮橋に戻った碁四郎が昼部屋でくつろいでいると、お静がやってきた。
「おりょうさんは如何でしたか」
「様子は変わって居ませんでした。船宿稼業がいまひとつなので、そちらの手助けがこれからも必用のようでした」
「そうでしたか。これで取り敢えず忘れものは無くなりましたね」
静の安堵した問い掛けに碁四郎はほんの少し間をおき、言い辛そうに口を開いた。 
「それが、まだ在るのです」
「えっ、何処の誰と?」
お静は険しくなった顔を見せ問いただしてきた。
「何処の誰ではありません。爺様に預けてある荷物ですよ」
「荷物でしたか。驚かさないで下さい」
「早とちりしたのは、お静ですよ。しかし・・・」
「どうしたのですか。一家を構えたのですから、早々に引き取られたら如何ですか」
「それが・・」と言い、碁四郎は部屋を見回した。
「分かりました。富士の湯の二階に運び入れなかったのですから、この部屋にも収まらないのですね」
「入るには入りますが・・・息苦しくなりますね」
「旦那様、浮橋には部屋が人様に貸せるほどあるのですよ。ご心配なさらず運び込んで下さい」
「色気のない物ばかり入れるのですから使いにくい部屋で構いません」
「遠慮なさることはありませんよ。隣の部屋の物を納戸に移しますので使って下さいませ」
「そうですか、重い物は私が動かします、お静は指図してくれればいいですよ」
こうして隣の部屋の主だったものが納戸へ移り空き部屋になった。
「部屋は掃除しておきますから、旦那様は荷を引き取りに行って下さい」
「はい、ところで今、船頭衆は空いていますか」
「船で運ぶのですか」
「はい、長持ちが幾つかありますので・・・」
「そうですか。しかし、困りました、船頭衆は皆出払っています」
碁四郎は静の困った様子を見ながら、顔をほころばせた。
「旦那様は意地悪ですね」
「この仕事、浦島にやらせてはいけませんか」
「最初からその魂胆でしたね。忘れ物を運ばせるには忘れ者を置いてきた浦島に任せるのがよさそうですね」
「それでは、頼みに行ってきます」
「待って下さい」
お静は手許箪笥の引き出しを開け、中から小判一枚取り出した。
「お使い下さい」
「こんなに」
「はい、座敷貸しだけでは苦しいでしょう」
「そうでしたね。何とかしないといけませんね」
「はい、この引き出しのなかのお金は旦那様のものですから、必要な時に気兼ねなくお使い下さいませ」
「分かりました。それでは行ってきます」

Posted on 2011/04/06 Wed. 07:25 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 八話 忘れもの(その5)】 

碁四郎が深川六間掘りの船宿・浦島を訪れたのは翌日の十日だった。
「碁四郎さんにまた会えるとは思っていませんでしたよ」
「私もですが、もしかするとここに忘れものがあるのではないかと思いまして・・・」
「それでご両親に頼んだのですか」
「はい、直接来ることも考えたのですが、忘れものが無い時に忘れものを残すことになっては困ると思ったのです」
「今日来たのはその心配が無くなったからですか」
「そうですが、お願いがあるのです」
「改まって、何ですか」
「腹の子を産んで欲しいのです」
「実はね、私自身、子が出来たらしいと気が付いたのは先日だったんですよ。どうしたものかと思っていたら、昨日ご両親様がこられてそのことを聞かれ、それも碁四郎さんが気遣ってのことと知り嬉しかったですよ。この子は何があっても産もうと思いました」
「それは良かったです。私も腹の子の親としてこれから、子が一人前になるまで出来ることは何でもします」
「そのことは昨日ご両親様からも聞かされております」
「そうですか。それでは、家業の方は如何ですか」
「私は元々、ご法度の女髪結いで船宿の主になってしまっただけ。座敷を貸すだけで船の方が駄目なんですよ」
「船の数と船頭は・・・」
「ちょっと待っておくれ。船頭の磯吉さんを呼んでくるから」
暫らくしてやってきた磯吉は白髪が少し混じり始めた男だった。
「浦島の船で使えるのは十人ほど乗れる屋根舟二艘に平田舟二艘、猪牙が三艘です。船頭は私の他、頼めば来るのが二人でしょうか」
「それでは船頭衆が足りませんね。増やす算段はありますか」
「そうですな、仕事があっても無くても月に一分を宛がえば無理を言えます。あるいは仕事を頼む度に日に四百から5百出せば、持ち舟を動かすだけの船頭は集められます」
「船はどれぐらい動いていますか」
「花火の日は皆動きましたが、今は動いて居ませんね」
「客筋は?」
「粋客が少なく、観音などの参り客、釣客とか重荷を持った客を乗せています」
「女将は先代から船宿を継ぎましたが、中のことは兎も角、外の仕事には長けておりません。磯吉殿は先代よりの長い付き合いと聞きます。外を仕切って頂けませんか」
「お願いします。磯吉さん」
女将のおりょうも手を付いて頼んだ。
「私に何が出来るんですかね」
「先ずは船頭衆を引きとめて下さい。仕事の時は日当四百五十払いますよ」
「客は集まりますか」
「急には無理でしょうが、客寄せに四満六千日、鯊釣舟、恵方詣でなどの幟を浮橋で作っていますので、出来上がったらお分けします。磯吉殿には来年も客が来てくれるように、船頭衆の躾をお願いします」
「相手が船、船頭、釣り場でしたら何とかなりますので、お手伝いいたします」
「そうかい。助かりますよ、磯吉さん」

この日、碁四郎はおりょうに腹の子が己の子と認めることで安心して産んでもらうことを頼み、また行く末の自立を援けるため、芳しくない船宿稼業の手助けをすることの約束もした。

Posted on 2011/04/06 Wed. 06:24 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 八話 忘れもの(その4)】 

数日経った九日の午後、碁四郎が富士の湯の二階で、爺さん相手に碁を打っていると浮橋から母・絹がやってきたと連絡が入った。
早々に勝負を切り上げ戻って来ると、部屋には母と静にお蔦の三人が笑い顔で話をしていた。
「あれ? 庄左衛門殿は」
「旦那様は顔を見られるのが照れくさいのでここには来なかったのですよ」
「なるほど、母上のお顔も上首尾のご様子ですね」
「河田屋さんもご一緒だったのですか?」
お絹が一人で来たと思っていたお静が尋ねた。
「それは・・・母上から聞いて下さい」
「実は、浦島には旦那様と・・・」
少々照れ気味な素振りを見せるお絹だった。
「なるほど、上首尾とはそちらですか。仲の良いことでいらっしゃいますね」
「大女将、冷やかさないで下さい。碁四郎に唆(そそのか)されてしまったのですから」
「これはまた、碁四郎さんの親孝行でしたか」
「その親孝行を手伝わされた河田屋さんはどちらへ。外で待たせておられるのですか」
「いいえ、森田町の札差大黒屋に挨拶に行くと申しておりました」
「えっ、大国屋」
「なんですか?碁四郎」
「父上は五十年前札差の大国屋、今のご隠居から毟り取った金で、この浮橋を買い大女将に譲ったのです。今は私が・・引き継ぎましたが、その大国屋と母上が嫁いだ河田屋と縁があるとは因縁ですね」
「そうだったのかい。でも難しく言わないでおくれ。米問屋と札差の付き合いなんてよくある話なんだからね」
「そうですよ、旦那様。それよりどう身を処するおつもりですか」
「えっ身を処する・・・・母上。どこまで話をしたのですか」
「碁四郎。隠し事はいつか露見するものですよ。それなら最初から正直に話す方が良いでしょう」
「それで、やはり身を処す必用があるのですね」
「おりょうさんには子どもが出来ているそうです。おそらくお前の子だと言っていましたよ」
「おそらくですか」
「おりょうさんは馬喰町の旅籠鶴屋の跡取りの亀吉とかいう若い者と宇野とかいう浪人との仲も話してくれたよ。ただ、二人を相手にする時には封印をしていたそうだよ」
「封印?ですか」
「変なことを聞き返すんじゃないよ」
当時も色々と避妊の仕方はあったようで、封印とはそのことを言ったのだ。
「そうでしたか。子が出来ていましたか」
碁四郎は悩む様子を見せず笑みさえ浮かべて女三人を見た。
「碁四郎。少しは申し訳ない顔をするものですよ」
「そうですが。あのことは静と一緒になる前のことで、おりょうさんと変なことに成ったことは静も知っています。母上が行ってくれたことでおりょうさんは安心して子を産めるでしょう」
「母上様。おりょうさんは中々のお方ですから、旦那様がおりょうさんを選べば、私とおりょうさんは立場が逆になっていたのです」
「そんなことは無いだろうけど、お静さんがそういうなら今回のことは赦してあげるけど、二度とするんじゃないよ」
「母上。肝に銘じますが、私は父の子でもありますから」
「お静さん。こういう子だからね。目を離すんじゃないよ」
「はい。母上様」
「それでは私は近々、浦島に行く末のことを少し話して参ります」
「そうだね。おりょうさんは兎も角、産まれてくる子に罪はないし、私の孫でもあるんだからね」
碁四郎が湯屋から呼び戻された用事が終わり雑談に花を咲かせていると、番頭の幸吉が部屋にやってきた。
「河田屋の庄左衛門様がお見えに成りました」
「それじゃ帰るけど、碁四郎、もう一人身じゃないんだから、悪所なんぞに行くんじゃないよ」
「母上。ご懸念には及びません。財布には滅多に小判は入れて歩きませんので」
「そうかい、それも寂しいね。お小遣いあげようか」
「結構ですよ。懐が寂しい方が知恵の湧きが良いですから。それで稼ぎます」
「遠慮しなくてもいいのに」
「それより、新しい孫が出来ているのですから、そちらに役立てて下さい」
「そうだった、そうだったね」
お絹は重い腰を上げると、今度はそそくさと亭主庄左衛門の待つ帳場へと出て行った。

Posted on 2011/04/05 Tue. 19:57 [edit]

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