07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第89話 実り(その34)】 

 嘉永六年八月十日、朝稽古に外からやって来る子供たちが増えていた。
そのため兵庫は子供たちの朝稽古が終わると、集めた。
「今日の昼前と、午後の稽古の代わりに、向島で稲刈りの体験をします。養育所の子供たちは全員、稲刈りに出かけますので、もし都合が付けば、外から稽古に来られる方々も参加して下さい」と告げた。
そして、朝食が終わり四半刻も経つと駒形から男の子がやって来た。
大人たちは稲刈り場で使う道具、むしろ、湯飲み茶わん、薬缶、七輪などの他、薬箱、釣竿、魚籠などを台八車に積み込んでいた。そして、足の遅い年寄り等、第一陣が向島に向かって動き始めた。

 暫くすると外からやって来る子供たちの流れが止まった。
兵庫は養育所の留守番として剣術師範代の甚八郎と保安方の常吉を残し、稲刈りに向かった。
兵庫を先頭に集団は秩序だって動き始め、そして向島の休息地になっている村上茂三郎の屋敷に着いた。
 名主の幸兵衛はすでに来ていて、休むことなく稲刈りの段取り説明が行われた。
「時間は十分ありますので、先ず、大人に稲刈りを教えます。今のところ村上様と辰五郎さんが出来ることを確かめましたが、他に居られますか」と云い、幸兵衛はやって来た者たちを見回した。
恐る恐る手を挙げたのが、後ろの方に立っていた、普段目立たない、中西貫太郎の妻・きねだった。
「お~、これは助かります。お名前は」
「きねで御座います」
「それでは、きね様が女子衆に、村上様と辰五郎さんと私が男衆に、刈った稲の束ね方を伝授します。 これを覚えてから鎌を持って田んぼに行ってください。慌てずに刈る稲はこの家の向かい側の田です。豊作でいくらでもありますからね」

 暫くして稲の束ね方を覚えた男たちが鎌を持って田に向かい、刈り、用意した稲わらで束ねて行った。
大人が刈っていると、大きな男の子が鎌を持って田に入って来た。
「気を付けて刈りなさい」と大人が注意させ、子供たちの稲刈りが始まった。
そして、
「鎌が無い」と騒ぎ始めた。
稲刈りに来た人数は用意した鎌の数の何倍も居たのだ。
「こっちに来なさい」と兵庫が呼んだ。
やって来た子供たちに、
「鎌を渡すから気を付けて扱いなさい。十束作ったら交代です。鎌は大人に返しなさい。出来た稲の束は、干しますので、あそこの稲架(はさ)まで運びなさい」
こうして子供たちや女たちも、稲を刈り、それを束ね、稲架(はさ)まで運び、掛けることを体験した。
鎌が大人の男に戻ると、黄金の実りを刈り取る速さが増した。
刈り取り束ねられた稲束を子供たちの群れが干場へ運んだ。
その子供たちの中には、色々な訳が在って養育所の道場を選んだ武家の子息や、今日知り合ったばかりの百姓の子供たちも居た。
兵庫は子供たちの楽しそうな声を聞き、養育所も実りの秋を迎えていることを感じていた。

第八十九話 実り 完

 ←ボタンを押す。情けは人のためならず。

Posted on 2016/08/28 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第89話 実り(その33)】 

 兵庫が自室で稽古着に着替え乍ら、逸見与八郎との首尾を志津に話し、この一件については相手の緊張が解け、ゆるみが出るまで待つことを伝えた。
「そうして下さい。何故か急に入門の子が増えました」
「分かりませんので甚八郎さんにお任せしましたが、少しは旦那様も本業に精を出していただかないと、甚八郎さん一人では気の毒ですよ」
「気の毒なほど入門者が来たのですか」
「近くのお屋敷から、気持ちの優しい子供たちが・・・」
「気持ちの優しい子供たちとは、どういう事ですか」
他の道場に通われた子が、そこでは付いていけなくて止めていたのが、こちらにやって来たのです。
「どういう事ですか」
「深川から来た何も知らない子供たちへの教え方が良いとの評判が、朝稽古に来られる方から口コミで広がった様です」
「深川から来た子が稽古を始めたのは今朝からですよ。半日も立たないうちに口コミが広がったのですか」
「それだけ、我が子の行く末を心配成されている親御さんが多いと云う事ですよ」
「分かってきました。道場に行ってきます」
「怖がられますから、お玉か佐助坊を抱いていくといいですよ」
「千丸に泣かれたことを思い出しました。ご忠告、どうも」
兵庫はお世辞にも良い男とは言えない強面のお兄さんなのだ。我が子を抱いても当初は泣かれていたのだ。

 兵庫がお玉と佐助坊を抱き道場に向かうと、道場を埋め尽くすと言っていいほど子供たちが居た。
象二郎が向島に引っ越したたことで、足が遠のいていた武家の子息が、象二郎が再び通い始めたことで戻って来ていた。他に、志津から聞かされた剣術が不得手な子供の姿が見られた。
そして、道場を取り囲むように置かれている、縁台に二人の女が座り稽古を見ていた。
その稽古で指導する師範代の根津甚八郎が、から通う未熟な子を集めて、集団で竹刀を振らせ、籠手、胴。面を打たせるのを繰り返していた。

 兵庫が道場に近づき歩みを止めると、
「やめ!」の声を甚八郎が挙げた。
「あちらのお方が、鐘巻先生です」
始めて兵庫を見る子供たちと、親が頭を下げた。
兵庫は抱いていた、お玉そして佐助坊を下ろし手を繋がせ、指さした。
指は志津の部屋の方向だった。
 お玉が佐助坊の手を引き道場から離れて行くのを子供たちが見ていた。
道場と庭の明確な境は無いが、道場には用も無い女の子や幼児が近づくところでは無いというのが通り相場なのだが、そこに道場主が連れてくるのだからこの道場の異質な面が、所謂道場を知る者にはよくわかる。
 しかし従前の道場には馴染めず、異質の道場に来る者が居た。
「皆さんいらっしゃい。鐘巻です。ここの道場は強い者も弱い者も、ともに上達することが出来る道場を目指しています。そのためには苦しい中にも楽しい面もないと叶いません。
楽しいことは助け合うことで生まれると考えています。明日は五つ半頃、この道場から外に出てもっと広い道場で助け合います。稲刈りを向島の田で行います。都合の付く方は参加して下さい。百姓仕事には体を鍛える普段使わない動きが沢山入っていますよ。お昼はこちらで用意します。それでは、稽古を始めて下さい」
「先生、利助と芳次郎をお願いします」と甚八郎は抜きんでて大きい二人を兵庫に向けて押し出した。
これに二人の女が反応した。我が子の様だった。
「分かりました」
兵庫は二人の顔に腫れが在るのを見て、虐められてきたと思った
今でも在るのだが、道場での虐めは在った。特に陰湿なのが身分さによる虐めで後難を考えると抵抗できないものだった。
「利助に芳次郎、今から私と師範代が一本打ち合います。おなじことを二人でやり、今までの嫌な痛みと、これからの心地よい痛みを乗せ代えるのです。分かったな」
「はい」「はい」
「甚八郎、覚悟しろ」
「先生も」
互いに素面の二人が向かい合い上段に構えた。
「えい!」「とぉ~」
バシッ と激しい音が一つして終わった。
 それを見て利助と芳次郎も素面のまま同じように打ち合った。
「どうだ、気が晴れただろう」
「はい」「はい」と応え、少しばかり赤くなったおでこを押さえ笑った。
「よし稽古を付けてあげます。先ず利助、かって来なさい」
こうして兵庫は利助と芳次郎のこれまでの修行の程を確かめた。
二人は防具を着けていない兵庫に竹刀を有効に当てることは出来なかったが、修行をしっかりしてきたことを示した。
何よりも二人の剣術を見て驚いていたのは二人の母だったようだ。
この二人に限っては剣術が弱くて虐められたのではなく、立場が弱いため虐められて来た様だった。
この後兵庫は防具を着け、稽古が終わるまで子供たちに叩かれていた。

 ←ボタンを押す。情けは人のためならず

Posted on 2016/08/27 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第89話 実り(その32)】 

 少々待たされたが、侍が一人刀を携え出てきた。
立派な衣服、座り皺の無い袴が待たされた訳が着替えだったと思わせた。
「間違いありません」と網吉が兵庫の後ろから小声で知らせた。
「ご多用のところ、押しかけ申し訳ございません。私は鐘巻兵庫、こちらは山中碁四郎と申します。参った要件とは、先日五日の夕七つごろ、永代寺門前町にて貴公と連れの者が狼藉を働き、止めに入ったこれなる網吉を風呂叩きにした上に、地天の半纏を奪い去った
ことにつき・・」
「知らぬ、人違いだ。引き取って頂きたい」
「場所が場所だけに多くの証人が居ますが、あくまでも白を切りますか」
「迷惑な話。証人が居るのなら連れて参られよ。失礼する」
と与八郎は引き下がってしまった。

 逸見屋敷を出た兵庫は、碁四郎に
「無駄足を踏ませて申し訳ない。私たちは永代寺門前町に行き、逸見が撒いた鼻薬と脅しを確かめてきます」
「網吉さん。町の人に裏切られたとしても、怒っちゃだめですよ」
と、碁四郎はこれから起こることを暗示した。
「山中先生。分かっています」

 永代寺門前町に入ると網吉の足は迷わず土産物屋・永楽屋に入った。
「お里さん、昨日、奴らが来て回ったと思うのだが、聞かせて貰えませんか」
「網吉さんが、お祝いで戻った後にあの五人が来て、先日は迷惑を掛けて申し訳なかった。二度としないので、無かったことにしてくれって言い、一分を無理やり置いていったよ」
網吉には身を挺して町の保安に働いて来た自負が在った。網吉は好いたお里が、無理やり置いていったとはいえ受け取ったことにがっかりさせられた。
「そうかい、有り難く貰っておきな」と云い、網吉は店の外に出た。
その網吉に、兵庫が
「一分でしたか」
「聞こえましたか」
「いいえ、お里さんの口先が“ぶ”と尖がって居ました。この辺りに十両ほど使った様ですね」
「そうなりますかね。戻りましょう」と網吉が言った。
「帰りますか」兵庫が確かめるように言った。
「今ここに、私が居続けては、皆さんに気まずい思いをさせますよ」
網吉はお里の店が、逸見等の金と脅しに屈したことで、他の店まで確かめ必要はないと感じたのだろう。
「帰りましょう」兵庫が言った。
「先生、このままで済ますわけではないですよね」と網吉の思いを代弁して鬼吉が訪ねた。
「しませんよ。しかし、ここは鳥居の内側ですから、仕返しなどと云ったことは考えない方がいいですよ」
「それじゃ、早く、鳥居の外に出ましょう」と網吉は永楽屋に背を向けた。

 四人は小名木川を渡り、更に堅川を渡った。
「先生、そろそろどう仕返しするのか教えて下さいよ」
「あまり褒められたことでは無いのですが、相手が網吉さんにしたことと同じことを五人に一人ずつやって返すのです。ただし極力他人に知られることなく行い、やっつけた相手には網吉さんの顔を見せるとか名乗るのです。何か言って来たら知らぬ存ぜぬ、証拠を持って来いとお返しするのは如何ですか」
「そいつはいい。洒落が効いてる」
「しかし、地天の半纏の仕返しは出来て居ないような気がします。大怪我をさせるわけではないので私のように数日経てば痕は残らねぇ。半纏が泣いていますよ」
「半纏の仕返しとして、何か盗るのはいけません。数日では癒えない心の傷を与えましょう」
「心の傷???何ですか」
「少しばかり髷を短くしてやりましょう。二寸も短くすれば年内は戻らないでしょう」
「それは良い、悪所通いも出来ずに過ごさせてやれば、逸見の親から礼を言われるかもしれませんよ」
「それで、今晩からやりますか」
「今は用心しています。こちらが諦めたと思わせてからです。その間に連れの四人のことを調べ上げましょう」
「分かりました」

 三人が押上に戻ると常吉と乙次郎が出迎えた。
「鬼吉さん、網吉さん。事の次第をお二方に話しておいてください」
「分かりました」

 ←ボタンを押す。情けは人のためならず。

Posted on 2016/08/26 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第89話 実り(その31)】 

 待って居た碁四郎が、「段取りは」と聞いて来た。
「逸見与八郎を呼び出し、網吉さんに本人か否かを確認後、五日の夕刻に永代寺門前町で起きた事件のことを話し相手の反応を見ます。男谷から色々と話を聞かされていると思うので、こちらの思い通りにはいかないので今日は無駄足を踏むような気がしています」
「示談金百両と吹っ掛けましたからね。申し訳ございません。謝ります。支払いますとはいかないでしょうね」と碁四郎が補足した。
「えっ! 百両も吹っ掛けたのですか。先生、払う訳ないでしょう」と鬼吉が呆れた様子で言った。
「それでは、網吉さん、口先だけの謝罪の他、示談金いくらなら許しますか」
「そうだな・・じゅ・・十両は・・」
「鬼吉さん、十両なら払いますか」
鬼吉は口には出さず、首を横に振った。
「どうせだめなら、高く売った方がいいでしょう?」
「兵さん、話はその辺で止め、早く無駄足を踏みに行きましょう」
「そうしましょう」

 浮橋を出た四人は大川を渡り本所に入ると堅川沿いを三つ目橋まで行き、堅川を渡り南下して行くと馴染みの遠山金四郎の下屋敷がある。その門前を過ぎ更に行くと細川若狭守の下屋敷にぶつかる。この辺りが富川町である。
兵庫は事前に江戸切絵図で逸見家の所在を調べてあったが、直接行かずに辻番に立ち寄った。
「お尋ねします。この近くに逸見様のお屋敷が在ると聞き参りましたが、不案内なもので、お教え願います」と懐の財布を出しながら尋ねた。
「逸見様の屋敷はこの道を西に行き、突き当たる直前の左側で御座います」
兵庫は辻番の指さす方向を見ながら、
「分かりました」と四文銭を大事そうに一枚出し渡した。
「それと」と云いまた財布に指を突っ込み
「会いたくない人が居るのですが、確かお名は与八郎殿。いま行ったら居ますかね」
「お気の毒ですが居ますね。あの方が出かけるのは夕方からで、戻られるのは夜遅く。締め出されて、ここに泊まったことも在ります」
「いますか」と云いながらまた波銭を壱枚だし渡し、また財布に指を突っ込みながら
「あの方はヤットウが得意で、弱い者を見つけると乱暴をするのです。破門されないようですがどこの道場ですかね」
「本所の男谷道場ですよ。そう言えば、昨日男谷先生が来ていました。帰り際に怒鳴り声をあげて追い出しましたから、もしかすると破門されたのかもしれませんよ」
「昨日ですか」と云いまた波銭一枚を渡し、さらに財布に指を突っ込み
「これから行きますが、与八郎殿がもう腹を立てて居ないことを祈ってください」と一枚渡した。
「分かりました。祈っていますよ。ご利益在ったら、帰りに寄って下さい」
「分かりました」

 逸見の屋敷に向かい歩き始めた兵庫に、
「勉強に成りました。破門されたとすればそれなりの訳も聞かされたでしょうね」
「武士の情けで私が言ったことは、伝えてくれたでしょう」

 そして兵庫は逸見家の門を叩いた。
「鐘巻と申します。逸見与八郎殿にお願いの儀が在り罷り越しました。お取次ぎください」
逸見家は金貸しをやっていたためか、顔を見せた門番は屈強な男だった。
「鐘巻様、与八郎様へのお願いと聞こえましたが間違いありませんか」
「はい、初対面で、今後のことも在りますので、顔を合わせるだけでも宜しいのですが」
「分かりました。そちら様は?」
「山中碁四郎と申し、鐘巻と同じ用件で御座います」
門番は頷くと、四人を門内に入れ、
「暫くお待ちください」と云い、玄関まで行き、掛けてある板木を二度打った。
直ぐに女が出てきて、客と目を合わせると会釈し、門番から用件を聞き、引き下がった。

 ←ボタンを押す。情けは人のためならず。

Posted on 2016/08/25 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第89話 実り(その30)】 

 子供たちの朝稽古が終わった。駒形に戻ることになり、子供たちは道場口へと飛んで行った。
子供たちが居なくなったところで兵庫は山中碁四郎と保安方の四人を集めた。
「地天の半纏を奪った者の名が、昨日新門からもたらされました。昨日山中さんと少し動き後々のもめ事が起きづらくしました。本日、午後、話し合いに出かけます。私と山中さんで伺いますが、私の供に相手の顔を知っている網吉さん、山中さんの供には・」
「私が」と鬼吉が名乗り出た。
「それでは鬼吉さんお願いします。詳しいことは後ほど話しますので、子供たちと駒形に戻り、また来てください」

 駒形の子供たちが帰った後も暫く大人たちの稽古が続けられていたが、それも一人、二人と抜けて行き、養育所の者だけに成ると朝稽古は終わった。
この日、昨日の婚儀の流れで、養育所内に色々と初めての出来事が生じていた。
その一つが、鐘巻家の朝食の席に近藤綾と八木文が加わったことだ。昨日まではそれぞれの家で食事をしていたのだが、結婚した近藤小六・(八木)紗江に水入らずの暮らしをさせるため、姑の二人は養育所の子供たちと暮らすことに成ったのだ。それは鐘巻家の一員となったことを意味していた。
朝の食事は女の子たち八人に兵庫・志津夫妻に千丸、彦次郎と佐吉、綾と文だが、午後の食事は男の子十五人の他、象二郎や保安方が加わるから、その食事風景は見ていて飽きない。それが大人に力を与えるのは家族の一員となることでさらに増すことを兵庫は期待した。

 時が流れ駒形から子供たちが再びやって来た。これまでなら勉学等は短く遊びが長かったのだが、深川から来た子供たちは学ばねばならぬことがあまりにも多いため、その近くで他の子供たちが遊ぶ姿を見せることは出来ない。だから未学習の者とは部屋を換えて水準の高い学問をさせられた。それには村上茂三郎の子となった象二郎も参加した。

 そうした中、向島の村名主の幸兵衛がやって来た。
茶を点てる稽古場と成って居た志津の部屋に通された幸兵衛が子供の点てた茶を飲んでいるところに薪を割っていた兵庫が来訪を聞き入って来た。
「いらっしゃいませ。わざわざお運び頂き恐縮です」
「村上様から象二郎殿に稲刈りをさせたいと云うお話が在り明日行うのですが、養育所にも声を掛ければ子供の他に屈強な男が何人か付いてくると教えて頂き、やって来た次第です」
「それは、有り難い話です。出来るだけ大勢で押しかけますのでよろしくお願いします」
「それでお礼は、米でも金でもなく藁で良いと伺っているのですが本当ですか」
「はい、子供たちに手仕事を教えるためですが、自分の履く草履や草鞋は自分で作らせます。出来の良い物は雑貨屋で売り銭に成ります。銭で貰うより子供たちを育てられるのです」
「そう言えば、子供たちですが、女の子は茶の稽古の様ですが、男の子は居ないのですか。静かですが」
「六日の日に、十人の新しい子供たちが仲間に加わったのです。今は、勉学をしているのです」
「そうですか・・・」幸兵衛は何か言いたそうだったが、「それでは明日、村上様の所に出来れば、今頃の時刻にお集まりください」と云い帰っていった。

時が流れ、昼食も終わった所で兵庫が、
「明日は、向島で稲刈りを行います。養育所の子供たちと保安方の他、誰でも都合の付く方の参加が在るでしょう。一年を通じてこの時期でしか経験が出来ないことですから、この機会に仕事を体験して下さい」

 暫くして、兵庫は武家姿に着替え直すと鬼吉と網吉を伴い養育所を出た。
供の二人は腰に黒漆塗り鍔付きの脇差に似せた木刀を差していた。
行先を知る者は志津と根津甚八郎の他、見送りに出た残りの保安方の常吉と乙次郎だけだった。
三人は四半刻足らず歩き、山中碁四郎の営む船宿浮橋に入った。

 ←ボタンを押す。情けは人のためならず。

Posted on 2016/08/24 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学