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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第93話 隠れ蓑(その16)】 

 黒鍬組の鈴木栄吉と鈴木宗一郎を見送った兵庫が道場に戻ると、一人稽古仕度をしていない新助が歩み寄って来た。
「今の二人は私の縁者ですか」
「新助さんとも同姓ですから、分かりましたか」
「はい、それにしてもあの二人、こちらの方に比べてあまりにも弱いのには驚きました。本当に縁者を失うところでした。刺客に行くのを止めてくれて感謝します」
「止めたのは私ではなく、新助さんなのです。あなたを見張りに行った子供たちが新助さんは良い人だと言ったのです。そこで矢五郎さんが山中碁四郎さんを動かし、それが私に伝わったのですよ。新助さんには明日、もうひと働きして貰いますのでよろしく頼みます」

 嘉永六年八月二十五日(1853-9-27)昼四つ半ごろ、兵庫は新助の他、押上に居る主だった男達を広間に集めた。
「これから新助さんに、逸見殿以下四人の殺害を依頼した者に会いに行って頂き、逸見殿殺害は不首尾に終わったことを伝えて貰います。この時、依頼金の内不首尾に終わった逸見殿の分、七両を返却します。矢五郎殿、事件の解決とは程遠いのですが、新たな死人が出ずに済んだことと、今後、同様の事件は起こさないこともほぼ約束されましたので、締めたいのですが如何でしょうか」
「確かに事件の解決とは言えないですが、わしがこの事件に首を突っ込んだのは隠れ蓑の謎を調べるためだった。それが朧気だが分かった。奉行所を辞めた今となっては、犯人捜しは奉行所に任せるよ」
 そこにお松がやって来た。
「お話し中申し訳ございません。中川様に南町の坂牧様がお待ちです。お話が済んでからで良いそうです」
「話は済んだので行くと言って下さい」
「分かりました」

 暫くして中川矢五郎は坂牧と養育所を出て行った。
「坂牧さん、何か隠れ蓑の糸口が見つかりましたか」と矢五郎が先手を取った。
「この顔を見れば判るでしょう」
「だいぶ無精髭が伸びているな。ご苦労だったな」
「くたびれもうけだったが、矢五郎さんの顔色はいいですね」
「ああ、屋敷で茶でも飲みながら話してやる。だが、犯人捜しはしないでくれ。喜ぶ者は居ないからな」
「分かった。早くすっきりして髭を剃りたいのだ」

 矢五郎が出て行った後、新助が依頼者に会うため出かけることに成ったが、常吉の付き添いを断った。
「新助さん昼間とはいえ危害を加えられる恐れが在る。近づかず離れている。万が一のためですから・・」
新助は兵庫の言葉を最後まで聞かずに首を横に振った。
「訳が在るのなら無理は云いませんが、代わりに一つ教えて欲しい」
「何でしょうか」
「依頼人は新助さんに頼めば願い事が適うことをどうして知ったのですか」
「江戸市中には一族の屋敷が何箇所かあるそうです。その近くには縁者とを結ぶ稲荷が御座います。その稲荷を使う縁者は私一人では在りません。時には顔を合わせることも在り、互いに身の上を知ることも在りました。その中に依頼人が居たのです」
「なるほど、それなら何故自分で頼まないのですか」
「悪事ですから、無関係な私を仲介させたのです」
「分かりました。一人で出かけて下さい。これが七両です」と懐から出して渡した。

 出かけた新助が戻るまで半刻ほどだった。
その新助が、「七両は戻されてしまいました」と懐から出した金を兵庫に戻した。
「戻されたと云うことは、一度は受け取ったと云う事ですか」
「はい、飯を食いながら世間話のついでに、富川町を出て押上で養育所を開いている・・と言ったところで、“鐘巻先生の所か”・・と口を挟んできました。そうですと返事をしたら、渡した金を置いて店を飛び出していきました」
「留五郎さんが事件に噛んでいることは何となく感じていたのです。しかし、どうして新助さんと同じ裏店に住んで居たのか分からなかったのです。新助さんと縁戚だったとは考えが及びませんでしたからね」
兵庫は新助と話すことで、疑問点を減らしていった。

 そして夕方になって、神門辰五郎が孫三郎と留五郎を伴いやって来た。
兵庫の部屋に通された神門辰五郎と連れの二人が頭を下げた。
「鐘巻様、この度は誠に申し訳ないことを致しました。皆、私が悪かったのです。私があの四人が静かにしてくれればとぼやいたのを、二人が曲解し、ご存知のようなことをしでかしたのです。取り返しのつかないことですが、亡くなった者の供養を致しますのでお許しください」
「良いお身内をお持ちですね。あまり叱らないで下さい」
「有り難うございます。それで、どのように事件を納めるおつもりですか」
「今回の事件は奉行所では隠れ蓑と呼ばれるものだそうです。そして隠れ蓑のまま幕を閉じそうです。私たちも閉じました。三人の墓が出来たらお参りさせて貰います」
新門は、大事に成らずに済むことに安堵して帰って行った。
兵庫は「隠れ蓑か」と呟いた。
「どなたが着ているのですか」と志津が話しかけてきた。
「着ているというより、本人が知らないうちに着せられていると云った方が・・」
兵庫は、男谷精一郎のことを思って居た。

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Posted on 2017/01/29 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第93話 隠れ蓑(その15)】 

 道場にそれぞれの身支度をした者が集まり、見知らぬ二人と話し合っている兵庫の前に並んだ。
「皆さん、こちらの方は鈴木栄吉さんと鈴木宗一郎さんです」
「二人とも鈴木ですので、栄吉や宗一郎と呼んで下さい。これまで冨田流を習ったと云う身内が師匠でしたが、ふとしたことで高名な鐘巻先生にお会い出来ましたので、井の中の蛙に成らないように教えを請いに参りました」
「多くの方々と稽古をすることは良いことです。私は板橋での修行では猫や蛙からも学びました。ここの子供たちの思わぬ反撃からも学んでいます。稽古では学んだことが多い方が勝ちです。それでは学びましょう」
「先生」と栄吉が
「何でしょうか」
「実は、屋敷でやらねばならぬ用を放って出てきました。早く帰らねばなりませんので、出来れば今日屋敷でお会いした旅支度を為されていた方と手合わせをお願いしたいのです」
「二人とも当方の師範代です。得るものが在れば宜しいのですが・・坂崎さん、根津さん、ご使命です。時が許す間、立ち会ってください。先ず根津さんお願いします」
名指しされた根津が道場に進み出て行くと、合わせるように一人が出てきた。
「根津甚八郎です。お願いします」
「鈴木宗一郎です。お願いします」
「はじめ」兵庫が声を掛けた。
本数を決めない立ち合いだが、誰しもが一本目を先取したいので、用心深く間合いを詰めて行った。
養育所で稽古する強者は間合いを詰める時、先ず兵庫の間合いまで詰める。
兵庫以上の者は滅多に居ないからだ。
先取の一本は譲らぬと道場に立った甚八郎だが、宗一郎と向かい合って居る内にその気持ちが薄れて行った。
と云うより、先手を取るより後手をと考えを変えたのだ。
我が身を不利な方に置く方が、師である兵庫が言う、学ぶことが多いと思ったからだった。
二人の間合いは兵庫の間合いから甚八郎間合いに入り、そして更に詰まって行った。
常吉、乙次郎そして鬼吉の間合いに入っても打ち込んで来る様子を見せなかった。
と云うより、下がり始めたのだ。
その足運びも悪かった。
甚八郎は剣先を下げて誘うと、宗一郎は竹刀を振り上げて打ち込もうとした。
甚八郎はその籠手を打った。
「参った」と云い、引き下がった。

 次に道場に立った栄吉は侍として恥ずかしくない腕前だったが、全く歯が立たず引き下がった。
 養育所を出て行く二人を兵庫が見送った。
「鐘巻先生は命の恩人でした」
「それを確かめに来たのですか」
「はい、逸見殿は宗一郎が話し掛け、隙を見て私が刺すつもりでした」
「ところでやくざ者三人は皆さんの仕事ですか」
「いいえ、町人を相手にするのは中間小者です」
「黒鍬の血筋に中間小者が居るのですか」
「一旦黒鍬から出た者が戻ることが在るのですが、その時は侍身分ではなくなります」
「なるほど、そのために隠れ蓑を使うこともあったのですか」
「元々は縁者を助けるための仕掛けだったと聞いています。それが・・・」
「誰にも事情が生じるものです。生き残るためには変化に対応していかねばならなかったのでしょう」
「そうですが、人を殺めてまで生き残る事情はありません。昔の互助に戻る時が来たことに気づかされました」
「それは良かったです。相談しに行った甲斐がありました」

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Posted on 2017/01/28 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第93話 隠れ蓑(その14)】 

「次に新助殿が稲荷に届けた依頼のため三人が殺されたとことを認めますか」
「はい」
「依頼したことは新助殿自信の願いですか」
「いいえ」
「それでは誰の願いですか」
「・・・」
「私たちは新助殿をここ数日の間、見張って居ましたので、何をしたかは分かって居ます。ですから、先ほど新助殿と遠縁の鈴木姓の方に会って来ました。見た感じでは倅殿たちを逸見さんへの刺客として板橋に向かわせる直前でした。弟子の逸見を討たせるわけにはいきませんので、談判して刺客を止めさせました。もし止めなかったら、若い刺客たちは用を果たさず板橋で死んだでしょう。新助殿、逸見を殺すことを頼んだ者は貴方の遠縁の者が死んでも悲しみません。それどころか目的を果たさねば刺客代金七両を返せと言うかもしれません。もう名は聞きませんので、その人に刺客は果たせなくなったことを告げ、七両は私が用意しますので、返して下さい。これで如何ですか」
「分かりました。明日の昼前に会うことに成って居ますので、その時伝え、金を返します」
「常吉さん、そういう事ですので、戻る時にお願いしたことは取り消します。ただ、あす、新助さんに危害が及ばないように出会い場所の近くまで付き添って下さい」
「分かりました」
「それでは、新助殿のここでの役割を決めます。経師屋の経験が長いのでその仕事と、経師の仕事を経験したい子供の教育をお願いします」
「鐘巻様、そのためには道具がないと、取りに行きたいのですが」
「富川町に在る物は皆持って来たはずだが・・」と乙次郎が首を捻った。
「道具は店に置いてあるのです」
「店に?」
「父の店でしたが、一番弟子の益吉さんに私を育てることを頼み、店を譲ったのです。そこに置いてあります」
「その店は何処ですか」
「内神田の三河町二丁目に経師・為吉の看板と暖簾を出しています」
「看板と暖簾、表店か」
「はい」
「それなら何故深川くんだりまで落ちてきたのだ」
「それは店を継いだ二代目為吉さんが嫁を貰い、子が出来て・・そんなに広い家ではないので、父の残した物を納める納戸だけを確保して貰う事で家を出たのです。日本橋地区は家賃が高いので深川へ、それも困った時に願いを頼める稲荷の在る富川町にしたのです」
「内神田なら遠くは無い、今から取りに行こう」
「もし私を、こちら様で使って頂けるのでしたら、父の荷物も運び出したいのです。それには大八車が三・四台は必要です。出来れば一回の引っ越しで済ませ独立したいので・・・」
「荷物が多い事情は分かりましたが、他に独立したい事情はありますか」と兵庫が尋ねた。
「実は、私は殆ど仕事をさせて貰って居ません。しかし、暮らせるだけの賃金は頂いていました。益吉さんには十分してもらいましたのでそろそろ・・」
「分かりました。引っ越しは後日として、荷物が在るようですから、取り敢えず住処は中之郷元町の屋敷にしましょう。それまではここで、子供たちと暮らして下さい」
「有り難うございます」

 新助との話が終わると、大人は各々の役割に散って行った。
そうした中で、二人の侍がやって来た。その姿は稽古着姿で、表口に立ち掛かって居る看板を読んだ。
「地天流墨東館剣術指南と書いてある、ここで間違いない」と表口から入って行った。
そして母屋の入口から入り、中に向かって
「たのもう~」と大声を上げた。
その声に台所で働いて居たお松が出て、座り、見慣れぬ二人に
「剣術の稽古をお望みでしたら、道場は裏庭ですのでお廻りください」と教えた。
「初めてで勝手が分からず、お手間を取らせました」と二人は出て行った。

 そして二人が見たものは、小石一つ無い広がる庭で遊ぶ子供たちだった。
そして誰かが、
「兄上、お客様ですと」叫んだ。
兵庫が見た客は黒鍬屋敷で会った鈴木栄吉と同席していた者だった。
「鐘巻先生、稽古に参りました。これは鈴木宗一郎です」
「支度しますので少々お待ちください」と云い更に
「稽古だ!」と大声を上げた。
この日の午後は皆が外出したため稽古着を着ている者が一人も居なかった。
それどころか子供たちの稽古着は駒形に在るのだ。それでも子供たちは道場口に走った。

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Posted on 2017/01/27 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第93話 隠れ蓑(その13)】 

 兵庫が頭を下げるのに合わせ、碁四郎以下も倣った。
「鐘巻兵庫と申します。突然押しかけましたことをお詫びいたします」
「鈴木仙太郎と申す。当方の者が板橋に居られる逸見殿に会いに行くとの話だが、調べたが居らなかった。何かの間違いでは在りませんか」
「そうですか。それなら宜しいのですが、もしものことが在るといけませんので、少し話をする時を頂けますか」
「それはご丁寧に、伺わせて頂きます」
「先ず逸見与八郎のことですが、先日、突然斬りかかられ咄嗟の抜き打ちで賊の小手を斬り落とし難を逃れた者です。奉行所の検分においても証人も多く咎なしとなりました。与八郎は逸見家の嫡男ですが、襲われたのは武門の意地からと理解し、今後も襲われると思い、お家に迷惑が掛からぬように自ら廃嫡願い出たのです。その廃嫡の届けがお上に受理される間、私らが開設した養育所で身柄を預かりました。短い間でしたが与八郎は私の地天流剣術道場で修行をした弟子なのです」
ここまで話し、兵庫は出されていた茶を一口飲み様子を窺った。
明らかに前に座る四人の内二人に変化が見えた。恐らく目の前に居るのが地天流・鐘巻兵庫と知ったためだろう。兵庫の人斬りとしての悪名は、斬られる側に知られていたのだ
「実は、ここに参ったのは逸見が、こちらの方に狙われるという確かな情報を得たため、示談の相談をしにきたのです。黒鍬組と地天流とが斬り合う謂れは無いのです。斬り合うのなら逸見と逸見に遺恨を持つ者が直接すればよい話です。示談の話に乗って頂けませんか」
「参考までに示談の内容を話してもらえぬか」
「分かりました。先ず、土産話からですが三人を晒したことは不問にする。それとやり残した逸見殺害分の七両の返金は不要です」
「随分と子細なことまでご存知な様子。土産は受け取る。そちらは何を取るのか聞きたい」
「今回、四人の殺害を依頼した縁者の詮索をしないこと。逸見与八郎に手出しをせぬこと。代わりに・・・いや、これ以上手を汚させず私がやりましょう」
「それだけか。他にはないのか」
「それでは、差し出がましい事ですが忠告を一つ致しますが宜しいですか」
「聞きましょう」
「以後、晒者のような事件は起こさない方が良いかと思います。私たちがここにたどり着いたのですから」
「そうだな。この示談話は受けるが、もし受けぬ時は如何いたすつもりだった」
「出来るか否かは別として、ほころびの出た隠れ蓑を脱がせるだけです。善を為しほころびを繕って下さい」
「隠れ蓑のことを知って居るのか、分かった、忠告を聞き入れよう」
「無礼の段についてはお許しください。ご多用中のところ失礼いたしました。引き揚げさせていただきます」と一同が頭を下げたところで、
「あの~鈴木栄吉ですが」と声が掛かった。
「何でしょうか」と浮かした腰を下ろした。
「押上の道場のことですが、入門、稽古料は如何程でしょうか」
「頂いたことも在りましたが、今は無料です。庭道場ですから雨が降ったら休みになります。皆が揃うのは明け六つ過ぎからの朝稽古ですが、そのほかの時刻でも誰かが居ますので、都合のつく時にお越しください」
栄吉に喜びの笑みが浮かんだ。

 四人が黒鍬屋敷の外に出ると、待って居た常吉が駆け寄って来た。
「これ以上誰も死なずに済みそうです。聞きたいことが在るので留五郎さんを探し押上に来てもらってください。無理矢理ではなく、あくまでも自由意思ですよ」
「分かりました。新助を保護しましたので留五郎ことを聞いてから動きます。それと富川町の裏店は引き払いましたが、今月一杯使用できます」

 二つ目橋を渡ると碁四郎は浮橋に、兵庫等は押上へと戻った。
子供たちと道場で遊んでいた新助が広間に呼ばれた。
新助は広間に居る誰より痩せていた。その畏まる新助に兵庫が、
「私たちは新助殿を助けるために保護しました。助けるためには真実を知らないと出来ないのです。ですから答えにくいことも尋ねますが正直に応えて下さい。いいですね」
「はい」
「先ず事件とは直接関係のない、ご両親と新助殿の年齢です」
「父は鈴木為吉と申し経師屋をしていましたが、私が十歳の時に亡くなりました。母のことは聞いて居ませんので分かりません。私の歳は二十七才で商いは経師屋の手伝いをしています」

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Posted on 2017/01/26 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第93話 隠れ蓑(その12)】 

 碁四郎の返事をまともに受け取るほど矢五郎は甘くはないが、黒鍬の刺客を追跡するのを坂崎と根津に任せておいて良いものか不安が在った。
矢五郎は碁四郎を探す間に、黒鍬組を屋敷前の林町の店の中から見張る、坂崎と根津そして刺客の人数を兵庫に知らせる観太に出会って居て、兵庫の腹積もりを聞いていた。
兵庫は刺客の人数によって助っ人を追加するとは言っていたが、その助っ人を人には任せず、兵庫と碁四郎に成ることは考えるまでもなかった。

 本来なら真の依頼人と逸見たちの争いになるべきところ、黒鍬組と養育所の者との代理の争いとなり、これが明るみに出れば、きつい裁きが待って居る。
それだけは避けたいと思って居た。
だが、裏で金の受け渡しをしながら、三人を誅殺と称し晒した者たちの存在を知りながら放置も出来ない。
迷っていた矢五郎が、
「山中さん。新助が先ほど回向院で新門の留五郎と会っていたよ。何を話したかは知らぬが留五郎は意気揚々に反し新助は肩を落としていたよ。逸見を助けるのに異存はないが、懲らしめる相手が違うような気がしてならぬ。それと、山中さんが連れてきた子供三人が新助さんは良い人だと言っていたよ」

 もしかすると、と考えていたことだが留五郎が新助と会っていたことで、四人の殺害を新助に依頼したのは留五郎だったことに成る。留五郎にも訳有ってのことだろうが、新助と留五郎のどちらが悪党かと聞かれれば、答えは留五郎なのだ。
留五郎が金を使って殺害を頼まなければやくざ者の三人は晒されることは無かったのだ。

「矢五郎殿の話を聞かされると、黒鍬と戦う気力が萎えてしまいますよ。作戦を変えることにしたいので、鐘巻さんを呼びましょう。近くに観太がいるはずですから、使いに出して下さい。わたしは着替え直し黒鍬組と談判する支度をします。待ち合わせはここ武蔵屋にします」
「黒鍬と談判か・・互いに闇討ちし合うよりは良いだろう。直ぐに使いを出す」と云い矢五郎は林町へと歩いていった。

 観太の知らせを受けた兵庫が、保安方の三人と矢五郎と暮らすことに成って居る子供三人を連れ、武蔵屋にやって来た。
「矢五郎さん、新助さんを養育所で保護しましょう。保安方二人と子供を連れ長屋に戻って下さい」
「新助も醜い大人との付き合いで疲れたろう。養育所で休ませるのは良い考えだ」
と云い、保安方の乙次郎と鬼吉そして子供三人を連れ、武蔵屋を出て行った、
「さて、黒鍬との談判ですが碁四郎さん、土産は何ですか」
「一つは、三人を晒したことは不問にする。二つは七両の返金は不要です」
「要求は?」
「今回、四人の殺害を依頼をしたお仲間の詮索をしないこと。逸見与八郎に手出しをせぬこと。代わりに一人対価無しで誅殺すること。」
「相手が受けぬ時は」
「隠れ蓑が脱がされる恐れが生じるかもしれぬことを伝えます」
「死ぬのは一人ですか」
「はい、談判先でもめ事が起こらなければ」と碁四郎が同田貫を引き付けた。
「それでは行きますか。常吉さんはここで半刻ほど待って居て下さい」

 兵庫、碁四郎、坂崎、根津の四人が黒鍬組屋敷の門に立ち、戸を叩いた。
直ぐに年寄りが出て来て、
「どちら様でしょうか」
「拙者は押上に養育所を開く鐘巻兵庫と申します。板橋の逸見殿に会いに行かれる方にお会いしたいのです。そのことに関して火急の用で参りました」
「鐘巻様ですね。お連れのお方は?」
「旅仕度をしています二人は、坂崎新之丞と根津甚八郎と申し、こちら様が既に板橋に向かって居る時は用を知らせに追う者たちです。こちらは山中碁四郎と申し、このたびの用を持ち込んだ者で御座います」
「それではお入り下さい。なお、板橋の逸見様に会いに行く者の名が分かりませんので、お待たせすることに成ると思いますがお許しください」
「分かりました。宜しくお願いします」

 四人が通された部屋は比較的大きな建屋内の八畳ほどの客間だった。
待たされた。
部屋に近づく物音が聞こえたのは凡そ四半刻経ってからだった。
廊下に複数人の足音がして、閉め切られていた障子の外で止まり、その影が障子に映った。
立った者の両脇に跪く者の手が障子に延びると、
「失礼する」と声が掛かり、障子が開けられた。
入って来たのは四人で部屋の右側に座って居た兵庫等に合わせるように対座した。

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Posted on 2017/01/25 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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