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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その11)】 

 一方、了源寺の参道に建つ茶店を見張る二人は、暮れ六つの鐘が鳴ってから四半刻(約30分)ほど待たされたが、待った甲斐が在って、提灯をぶら下げた男が出て来て傘を開かせた。
「半蔵に間違いない。万吉さん、こそ泥の方頼みますよ」
「任せておけ」
 半蔵が参道を出て阿部川町方向に曲がったところで、留吉が軒下を出て追った。
万吉は茶店に向かい、くぐり戸を押す力を増していくと湿気で動きが重く成って居た戸が開き、灯る明かりが見えた。素早く中に入り戸を閉めた。
万吉は上がると一つ灯る行灯(あんどん)を持って奥に向かって廊下を進んでいった。
奥には三部屋あり、布団が五組ずつ置かれた二部屋が続き、一番奥の部屋小奇麗に片付けられていた。
奥の部屋に入った万吉が押入れを開けると木箱が在った。
頂きと思い蓋を開けたが、中には一握り程度の一朱銀と銭が入っているだけだった。
万吉はこそ泥するのを止め、蓋を閉め、押入れを閉め部屋を出、行灯を元の位置に戻し、何事も無かったかのようにして茶店を出て、潜んでいた軒下に戻った。

 一方、半蔵を追った留吉は驚かされた。なんと半蔵が向かった先は、矢五郎の指示で嫌嫌ながら茶店の婆さんの行先を確かめた、その裏長屋で、しかも婆さんの家に入ったからだ。
何の用で半蔵が婆さんの家に来たのかは分からないが、暫くして家を出て行く半蔵を戸口で見送る婆さんが「半蔵」と呼んだのだ。
茶店では“半蔵様”と他人行儀だったのだが、「親子か?」と留吉は呟いた。

 それから暫くすると茶店の様子を窺っていた万吉は、提灯をぶら下げた半蔵が戻り茶店に入るのを見、そして半蔵の後を追った留吉が万吉の潜む軒下に戻って来た。
更に時が経ち半蔵の子分・十人が戻り、茶店に姿を消した。最後に少々足取りのおぼつかなくなった仁吉、心太、三五郎が了源寺の参道入口に姿を見せた。それを見て、万吉と留吉は潜んでいた暗闇を出て行った。

 分かれて行動していた者たちが凡そ一刻(2時間)後には一緒になった。
「万吉、留吉、何か在ったか」
「はい、兄さんたちには、屋敷に戻って矢五郎旦那に話すのを聞いてください」
「そうか、貧乏くじではなかったようだな」
「はい、兄さんたちは?」
「特に良い話はないが、久しぶりにいい酒を飲めた気がするよ」
「あっ、仁吉さん、私の巾着返して下さい」
「覚えていたか。一文も使って居ないから安心しろ」
本所中之郷元町への帰り道、町の灯が五人の男たちの満足した顔を照らしていた。

 屋敷に戻った五人は広間で中川矢五郎を囲んだ。
「明朝、鐘巻さんに会うので進展が在ったことを聞かせてくれ」
「万吉、留吉、お前たちから話せ」
「茶屋から半蔵が出て、空き家に成ったので私が忍び込み、部屋の様子を確かめてきました」
「それはでかした」
「茶店の奥には、三部屋あり一番奥が半蔵の部屋でした。気になったのが押入れの中の金箱に大した金が残って居なかったのです。それは出かけた半蔵を追った留吉がなにか掴んだようなので聞いてください」
「それでは留吉聞かせてくれ」
「はい、茶店を空にして半蔵が向かった先が、茶店の婆さんの家でした。確かでは在りませんが、親子ではないかと感じました」
「これで金の在り場所が、金箱の他に半蔵が肌身離さず持っているか婆さんの所になったな。明日の押し込み先が増えるかもしれぬな。仁吉、酒を飲んでいるようだが何か得る者が在ったか」
「その事でしたら心太が・・」
「わたしら四人が、以前よたって鐘巻先生らに絡んだことが在りました。その時のわたしらは東都組の者と似たり寄ったりでした。そんなわたしらを鐘巻先生が拾って下さった。今晩、東都組の悪を見ながら飲んでいて、わたしは思ったのです。半蔵に拾われ悪事をさせられ生きる東都組の者が気晴らしで飲む酒と、わたしらが飲む酒は同じものですが、わたしは久しぶりに旨い酒を楽しめたのです」
「それは良かったな。聞いた話は明日、鐘巻さんに話しておきます。皆、良い仕事をしたと喜んで貰えるはずだ」
これで矢五郎は話を閉めたのだが、話し足りない様子を見せながら五人は広間から出て行った。

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Posted on 2017/03/30 Thu. 04:01 [edit]

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【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その10)】 

 矢五郎が去り、残された仁吉、心太、三五郎、万吉、留吉の五人は、茶店から男たちが出てくるのを待った。日が没し小雨が降る参道は暗さを増していくなか、軒下で待つ男たちは時の流れの遅さを感じさせられていた。
 それは茶店の中に居る十人の子分たちも同じだった。行燈(あんどん)の明かり一つが点る部屋の中に座らされ、与えられた仕事が出来なかった伊佐次と忠治が半蔵に言い訳しているのを聞かされていたのだ。
「強い侍が用心棒に成って居てやられたのは仕方がない。それなら何故、わしらに助けを頼みに帰って来なかったのだ」と半蔵が語気を荒げた。
「午前中に戻っても、未だ皆が戻っては居ないと思い調べていたんですよ」
「何をだ」
「用心棒が侍なら、雇った店の主も侍だったんですよ。だからその侍のことを調べたんですよ。分かったのは侍の名は鐘巻兵庫で、悪党切りで恐れられているとのことだったんですよ。嘘だと云うのなら、浅草で古参の悪党に聞いて下さいよ。特に駒形界隈で悪さをすると仕返しをされると聞かされたんで、怖くなって帰れなくなったんですよ」
「帰れねぇとはどういう事だ。ここを知られたと云う事か」
「縛り上げられていて仕方がなかったんですよ」
「お前たちが喋らなくても、軒賃を頂いている店の者が話すだろうから、調べれば判ることだ。明日、俺が様子を見に行ってくる。それでは、今日の分け前だ」と云い、皆に一朱ずつ手渡し、「わしらは悪党だ。悪党切りを恐れていては、明日から御飯(おまんま)の食い上げだ。臆病風を吹っ飛ばして来い」と更に一朱ずつ渡した。

 茶店のくぐり戸が開き、男たちが出て来た。そして戸が閉められた
「十人だ。留、お前はここに残り十一人目を、わしらが戻るまで見張って居ろ」
「貧乏くじですか」
「そうとは限らん。半蔵が動けば当たりくじになる。親の総取りだぞ」
「兄さん方、半蔵は動かないというより、動けませんよ」
「どうしてだ」
「茶店を空き家にしたら、俺が泥棒に入るからな」
「なるほど。それではもう一人残そう」
「何のため?」
「一人・留吉は半蔵の行き先の確認のため。もう一人・万吉はこそ泥だが、すぐ戻るかもしれないので素早く動き、金が見付からなくても早めに退散しろ。分かったな」
「分かって居ます」
「それでは、お前らの有り金を出せ。足らなくなると仕事に差支(さしつか)えるからな」
「私は半蔵が出たら追います。もし半蔵が店に入ったらこっちも入らなければならねぇ。金が無いと仕事に差支えますので万吉兄ぃお願いします」
しぶしぶ万吉が懐から巾着を出し、
「使った分は返して下さいよ」
「減った分は内藤さんから直接貰ってくれ」
と云い、残りの三人が十人の後を追って、軒下から出て行った。

 東都組の十人は茶店を出ると、阿部川町を横切るように新堀川まで進み、堀沿いを北へ菊屋橋まで、橋を渡り門跡前を通りそして田原町と迷うことなく足を運んで、西仲町の飯屋に入った。
「あの店なら、足が出ることはねぇ」と仁吉が云い、暖簾の外まで行ったが先着の十人の一分が未だ入りきって居なかったため暖簾の外で待たされた。
この時代、風呂屋や込み合う店に上がる時は下足や傘を預けることが多く、下足番が居たのだ。
 十人と少し間を空け、仁吉、心太、三五郎が店内の土間に入った。
「三人様ですか」
仁吉は頷き、まず傘を渡し、下駄を脱ぎ。板の間下に置かれている簀子に上がり、更に板の間に上がった。

 その板の間は客が座る所には薄縁(うすべり)が敷かれており、給仕の者が歩く所は床のままだった。
なお、固定の膳などは無く、大衆飯屋の食事などは折敷で運ばれてくるためそれを床に置いたのだ。現代ではこのような食事の経験はピクニックなどで芝生の上に座り食べる時ぐらいに成ってしまった。

 東都組の十人は夕飯を食べていなかったのか酒の他に飯も頼んでいたが、それを見張る三人は酒とつまみに焼き干物、ナスの漬物などを頼みながら、飯屋で五つ(午後八時)の鐘が鳴るまで居座ったが、特に変わったことは起こらず、店を出た。

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Posted on 2017/03/29 Wed. 04:01 [edit]

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【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その9)】 

 半蔵の子分・ならず者の八人が出て行き暫くすると暮れ六つの鐘が鳴った。
それが切っ掛けか、奥から月代を綺麗に剃り、髷をいなせに曲げた男が出て来た。
「婆さん、今日はもういいぞ」
「はい、半蔵様」
そして婆さんが留吉の所へやって来た。
「お客様、この茶店は了源寺さんの門の開閉と合わせておりますので、間もなく閉めます。雨が降っておりますが・・・」
「分かった。やっぱり止まなかったが、いくらか小止みに成ったので雨宿りはこれまでとするよ」と留吉は素直に銭を置き店から雨の中へ出て行った。
雨具の用意はしてきたのだが、少しでも長く茶店に居座るため雨具を仲間に預け、雨宿りのため茶店に入った様に思わせたのだ。

 最後の客が出て行くと婆さんは、茶店の中に明かりを一つ残して消し、外に出た。そして茶店の脇に格納されていた雨戸を運んできて、表開口部の敷居に嵌め、滑らし、六枚の雨戸を入れ、閉め切った。
その様子を了源寺の境内から出て来た者たちも見ていたが、締め出された格好になった婆さんが何処から入るのかが関心ごとだった。
皆が見ていると婆さんは、今、閉めた雨戸の右から三番目の前に行き、戸を押すと戸が開いた。暗くて同じように見えた雨戸だが、くぐり戸が設けられていたのだ。
暗い茶店の中に入った婆さんに明かりの光が当たり動くのが、開けっ放しのくぐり戸から見えた。その動きがくぐり戸に近づき、風呂敷包を持った婆さんが出て来て戸を閉めると茶店から離れていった。
「万吉、婆さんがどこに帰るか確かめてこい」
「婆さんをですか?」
「坊主が関係ないと云っても、鵜呑みにしてはいかん。無駄足を惜しんで後悔することが在るのだ」
「分かりました」と万吉が婆さんを追った。
「留吉、鍵が掛かっているか確かめて・・・」と矢五郎が行った時、先ほど茶店から出て行った男たちが戻って来た。
その人数は十人に成って居た。
「皆さん、東都組は今の十人と、色男の半蔵を合わせた十一人です」と留吉が先ほど茶店で見聞きしたことを元に言った。
「色男? 見たのか」
「はい、月代も髭もきちんと剃った男でした。区別はつきます」
「そうか、それは収穫だった」と矢五郎が褒めた。
しばらく沈黙が続いた。
「人数と半蔵の顔が判りました。あと何を?」と仁吉が矢五郎に尋ねた。
「万吉が戻ったら話す」
その万吉が戻って来た。
「何処だった」
「目と鼻の先の阿部川町の裏店で、木戸を入った右側の長屋の最初の角部屋でした。二部屋ですよ。茶店の婆さんとしては上等な長屋でした」
「婆さんは半蔵が悪党だと知って雇われているのだ。半蔵としては止められては困るのだ。店を閉じたら茶店を借りられなくなるからな」
「なるほどね」
「ところで、若い者が宵の口から閉じこもるわけはない。必ず出てくるから手分けして、茶店に戻るまでの金の使い方を見届けてくれ。金は在るか」
「旦那、私らも若いのです。その辺の抜かりは御座いません。と云っても」
「そうか、後は頼む」
参道の店は茶店同様、了源寺の門が閉まると、店の暖簾を仕舞う。その店の軒かげに身を潜めていた六人から一人が抜け出て傘を広げた。
中川矢五郎だった。

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Posted on 2017/03/28 Tue. 04:01 [edit]

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【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その8)】 

 土産の団子を持って碁四郎、矢五郎、心太の三人が駒形に着いたのは予定の七つ(午後4時)前だったが、被害を確かめに行った乙次郎も既に戻っていた。
留守番の内藤虎之助も加わり、話が始められようとした。
鐘巻さん、継志堂を加えませんか。
「東都組の者に顔を見られているので、用心のため使わないことにします」
「逆恨みの的になっては気の毒ですね」と同意した。
「それでは、碁四郎さん。了源寺の和尚との話を聞かせて下さい」
「結論から言いますと、押し込みの日は明日の夜半に成ります。寺の門が暮れ六つに閉まりますのでそれまでに入り庫裏に行って下さい。それから和尚からの情報ですが、半蔵の仲間以外で茶店に居る者は通いの年寄りだけだそうです。帰りに寄ってみましたが、婆様も一人だと云って居ました。他にもありますが、それは半蔵らを追い出した後のことなので、事が成就した後、庫裏に戻った時に話します。以上です」
「矢五郎殿、東都組の勢力は如何でしたか」
「十人は居るとの話でしたが、確かめられたのは七人までです。半蔵も姿を見せなかったのですが、婆さんの話ではいなせな良い男だそうです」
「時間はまだ在ります。明日は人を増やし調べましょう。乙次郎さん東都組の無法について話して下さい」
「東都組は案の定、駒形ばかりでなく北は三間町から南は諏訪町まで軒並み軒賃を取られていました。凡そ百軒は被害に在って居ます。軒賃は間口一間あたり一分前後ですから少なく見積もっても月、五十両は稼いでいるでしょう。先月から取られている所が多いので半蔵の金箱には百両は入ったはずです。幾ら残って居るかは明日のお楽しみです」
「お聞きのように、東都組をつぶす大義は在りますので、明日の夜、流れ星に押し入らせます。今、考えています流れ星の押し込み隊は打撃班が私、碁四郎さん、坂崎さん、根津さん、近藤さん、捕縛班が矢五郎殿、北村殿、常吉さん、乙次郎さん、鬼吉さん、見張り班が仁吉さん、心太さん、三五郎さん、万吉さん、団吉さんとしますが、明日、さらに追加するかも知れません。なお、班を分けましたが最初は打撃に加わるなど傍観しないように動いて下さい」
「兵さん、暗い中ですることで間違いも生じやすいから分けた三班から一人ずつ選び三人一組にしたらどうですか。例えば兵さんと鬼吉さんと三五郎さんですが」
「良さそうですね、それは全員が揃った時に決めましょう」
「先生、婆さんが通いだそうですから、帰る時どこから出てくるか確かめておいた方が・・」
「心太、お主素質が在るな。わしも行く、若い悪が暮れ六つで閉じこもる訳がない、酔って帰って来てどこから入るかも確かめておくことにしよう」と矢五郎も同意した。
「暮れ六つまでは未だ間が在ります。夕飯を食い、それと雨も降りそうですからその支度もしてから確かめに言って下さい。ほかに捕縄と灯りの用意を乙次郎さん頼みます。これで良ければ飯を食いに戻りましょう」

 駒形の帰路、小雨が降り始めた。それにも関わらず夕食後、了源寺門前町の茶店の最検分に矢五郎、心太以外に仁吉、三五郎、万吉、留吉が願い出たのだ。
新たな四人の参加により時間を置きながら一人ずつ茶店の客と成り東都組の人数が分かったのだ。
それはそろそろ暮れ六つの鐘が鳴るころ、茶店に入っていた留吉が店の奥からの声を聞いたのだ。
「駒形に行った伊佐次と忠治が戻って居ないが、またしくじったのだろう。行くところはねぇ。そこいらの軒下で雨宿りでもしているのだろう。許してやると云い、皆で探し連れてこい」と恐らく親分・半蔵の指図だった。
そして、出て来たのが八人だったのだ。
これで、東都組が半蔵を含めて十一人だということになったのだ。

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Posted on 2017/03/27 Mon. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その7)】 

 碁四郎は通された殺風景な部屋の様子を見ていると、小声だが通る話が聞こえて来た。
和尚の部屋はどうやら隣りのようだった。
待たされることは無く、背後に足音がし、一人は止まり、一人は通り抜け上り口の方に向かった
部屋に入る音を背に兵庫は上座に向かって頭を下げた。
その上座に足音の主が座るのを待って、ゆっくりと頭を上げると細身のやや老いた和尚と目が合った。
「山中様、当山の快延で御座います。何か願い事があると伺いましたが・・」
碁四郎はおとないを入れた時、門前払いをされないように、旗本、大番組頭、山中武左衛門の弟・碁四郎と名乗っていた。そして、それなりに身なりも整えて来たのだ。
「拙者、先ほど名乗りましたことに偽りは在りませんが、故合って市井で暮らす者で御座います。同じように市井で暮らす友・鐘巻兵庫より、世話に成ります市井より不届きな振る舞いを致す者たちが現れ難渋しているとの声を聞き、参りました」
「俗から離れすぎたようです。その様な声が拙僧には届かなくなりました。不届きとはどのようなことか、また山中様に出来ないことを拙僧に出来るのでしょうか」
「それでは、鐘巻殿より聞き申しましたことをお話いたします。先ず不届きな所業とはならず者が商家に対し軒賃と称し、月々金をせびることで御座います」
「山中様、それでしたら町方のお役人に願い出れば宜しいのではありませんか」
「左様で御座いますが、それが出来ぬ訳が二つ御座います」
「何でしょうか」
「一つは、後難を恐れ訴えが出ないこと。二つ目は訴えが出たとしても不届き者たちが参道に面した家に住まいしているため、寺社への遠慮かと思われます」
「その寺社がこの寺か」
「はい、左様で御座います」
快延は目を閉じ暫く瞑想していたが
「坊主には何も良い手立てが浮かばぬが・・・」
「御坊、町方も寺社にも頼らず不届き者を取り除く手立てが御座います。それにはわれらの願いを聞き届けて頂きたいのです」
「願いを聞く前に取り除くとは殺生ではあるまいな」
「いいえ、言葉は通じませんので殴りますから瘤は出来ます」
「分かった。拙僧は何をすればよいのだ」
「参道沿いの茶店に押し込むため、その当日寺内に十数人が潜むことをお許し願いたいのです」
「寺でなければならぬのか」
「はい。寺の表通りを見通せるところに辻番所あり、夜分に大人数が行き来するのは避けたいのです」
「分かった。それで押し込むのはいつなのだ」
「明日の夜半ごろにしたいのですが・・・」
「急いでおるな」
「はい、被害が広がっている様子なので」
「分かった。当日、暮れ六つに門が閉まる前に、私の客として寺内に入りここで時を待ちなさい」
「有り難うございます。首尾よく行きました折には町の者より浄財を集めお礼に伺います」
「実は、その浄財で悩んで居ったのだ。参道の両側は寺領でそれなりのものを頂いておるが、茶店の主が代わってからただでさえ多くは無い参詣の足が遠のき困って居たところだ」
「それでは代わった茶店の主をご存知でしたか」
「一応、挨拶に来たから半蔵のことは知って居たが、手広く他の町の者まで困らせていたとは知らなんだ。今度はこちらからの頼みだが聞いて貰えぬか」
「出来ることでしたら労は惜しみません」
「それでは、半蔵の代わりに悪事を働かぬ新しい茶店の主を探して貰いたい。ただし善良だけではだめだ。簡単に追い出されない気骨のある者を頼む」
「分かりました。いま茶店で半蔵の仲間以外で真面目に働いて居る者は居ますか」
「ひとり切り盛りしている年寄りが通ってきている。出来れば使い続けて貰いたい」
「そうします。それでは茶店によって帰ります」
「明日、待って居るからな」
「分かりました。この格好では参りませんので門前払いしないで下さい」
「それほど変わるのか。楽しみにしているぞ」

 庫裏から出て来る碁四郎を矢五郎が待って居た。
「首尾は」
「上々、明日の夜です。暫く店を閉めることに成るかもしれませんので団子でも食って帰りましょう。今日は持って居ますから」
と、懐を叩いて見せた。
 
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Posted on 2017/03/26 Sun. 04:01 [edit]

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