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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その21)】 

 庭から子供たちの声が聞こえてきたため、兵庫は道場口から入って行った。
道場に敷かれた畳の上をお玉と猪瀬鈴、多美の幼い姉妹が走って居た。そしてその姿が母屋の影に消えた。そして再び姿を見せたのだが兵庫は首を捻った。
 敷かれた畳が全貌出来る所まで進み謎が解けた。畳がコの字型に敷かれて居ると思って居たのだがロの字と閉じていたため、子供たちは畳の道をぐるぐる回ることが出来たのだった。
 楽しそうに遊ぶ女の子がいる反面、男の子の姿が無かった。
「お玉、男の子は?」
「さっきまで広間で遊んで・・居なくなっちゃった。鈴ちゃん、多美ちゃん知ってる?」
多美が頷いた。
「何処?」
多美は畳の上で転んで、指さした。指の先は縁の下だった。
「縁の下か」
多美がコックリをした。
 縁の下には入れるのは廊下の下までで、その奥には容易に入れない様に侵入防止の板が張られていて猫でもない限り無理だと兵庫は思って居た。
何処から入ったのか、しかも十人以上・・・と思い多美の目線迄しゃがんでみた。
「お部屋に出て来た」とお玉が叫んだ
視線の中に、こちらを見ている大助の頭が、そして上半身が現れ、立った。
兵庫が立ち上がると畳が無くなった床から、小さい子順に顔を見せ、床の上に姿を見せた。
広間の床板が剥がされていて、そこが床下への出入り口になって居たのだ。
観太、佐助が出て来たところで、兵庫が、縁先から
「皆揃っているか」と声を掛けた。
「はい」
「何か見つけたか」
「フクが赤ちゃんを産んでいた」と大助が応えた
フクは今年の春先に乳離れした猫で、秋の暮れには子を産むものかと思って居ると
「見たい」とお玉が兵庫にせがんだ
「見たい」「見たい」と鈴と多美もせがんだ。
「床の下に入っても良いか、母上に聞いて来なさい」
幼子三人が志津の部屋の縁側まで駆けて行き、上がり部屋の中に消えた。
そして、志津と四人でやって来たのだが、その途中
「おフクちゃんが赤ちゃんを産んだんだよ」の声が母屋内に広がった。
兵庫が広間に上がり外された床板から見える床下を見ていると、養育所の残りの女の子までやって来た。
「大助、赤ちゃんは何匹でしたか」と志津が聞いた。
「四匹」
「千夏、猫の寝床を造るので、一尺より大きな笊(ざる)と、笠にするそれより大きな笊を古い物の中から選び持って来なさい。観太は笊に入れる稲わらを持って来なさい」
こうして笊に藁を敷き詰めた猫の寝床が出来た。
「この中に猫親子を入れたら、もう一つの笊を被せてあげなさい。それで猫は安心しますからね」
「それでは佐助、床下に下りてこの笊に猫の親子を入れて持って来なさい」
「母上、触ろうとしたらフクが唸りました。大助でも駄目でした」
「私には蘭丸の臭いが付いているから・・・ふくが赤ちゃんの時から世話をして来たお玉ちゃんなら・・」と大助がお玉を見た。
「お玉行くかい」
「何処か分からないから、誰か一緒に行って欲しい」
「それでは、観太行ってあげなさい」
観太は自力で下りたが、お玉は兵庫に下ろして貰った。
暫くして床下から猫の泣き声と「大丈夫だよ」とお玉の気遣う声が近づいてきて、笊が笊を被った猫の寝床が床板の外された所から出て来た。
それを志津が受け取り、兵庫がお玉を引き上げた。観太が上がると外されていた床板が嵌められていった。
鈴と多美が志津を挟むと猫を見ていない女の子たちが笊を囲んだ。
「声を上げると赤ちゃんが驚くから静かに見るのですよ」
衆目を集め笊の笠が静かに外されると乳を吸わせている母猫が目を開けたが、子猫から乳を奪うようなことはせず目を閉じた。
志津も、外していた笠を被せた。
女の子の目に優しさが宿っていた。

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Posted on 2017/04/27 Thu. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その20)】 

 廊下に上がった兵庫が、
「皆、廊下に上がり、畳がどのように敷かれて居るのか見ておきなさい」
子供たちが皆廊下に上がった。
「今日は、広間の畳を全部 出します。畳は見た目は同じように見えますが、みな少しずつ大きさが違って居ます。ですから畳を取り出したら元の場所に戻さないと、納まらなくなります。元に戻すために畳には名前が付いています。鬼吉さん部屋の隅の畳を一枚、剥がして裏返して下さい」
言われるままに鬼吉が隅の畳を上げ、裏返しにすると、畳の中央に“甲一・一”、畳の端に“西”と墨で書かれていた。
「これが何を意味するかは、もう一枚畳を裏返せば解けます。長七郎一枚目と離れたところの畳を選びなさい」
「はい」と応えた長七郎は広間の奥へと入って行っていつも兵庫と志津が座る畳の上に立った。
鬼吉がその畳をめくり上げ裏を出すとそこには“甲二・十”、畳の端に“西”と書かれていた。
「大体分かりました。先ず“甲”はこの広間の畳であることを示しているのだと思います。甲は苗字で、鐘巻と同じです。“西”は畳の向きで西と書かれた畳の端を西側に向けて敷くことでしょう。“二・十”は部屋の西側から二番目で部屋の入口から十番目を意味するのだと思います。これが名前です」それでは次に選ばれろ畳の裏に書かれていることを当ててみよう。亀次郎、選びなさい」
「はい」と亀次郎が次の畳を選んだ。
「この畳もこの部屋のものだから・・苗字は何かな」
「甲」「甲」「甲です」
「それではこの畳の裏のこの辺には何と書かれているかな」
「西」「西」「西です」
「最後に名前ですが、西から三番目で入口から・・」
子供たちは、選ばれた畳が何番目かを数え、
「三・七」「三・七」「三・七」と叫んだ。
「私も“三・七”だと思います」
鬼吉が畳を剥がし裏を見せた。
子供たちの顔に笑みが生じた。

 それではこれから畳を運び出し、道場に並べて貰います。私は、彦四郎屋敷に行って来ますので鬼吉さんの指示に従い、お月見の席を造って下さい。後で志津が何か言ったら聞いてあげて下さい。
「分かりました」
兵庫は、部屋に戻り志津に状況を話、彦四郎屋敷に向かった。
屋敷の開かれた門外まで来ると、槌を打つ音と話声が聞こえて来た。
“来ているな”と思い門内に入ると案の定、彦次郎に継手を教わる粟吉が居た。
目を合わせたが、互いに会釈をするだけに留め兵庫は庭番を探しに庭内に入って行った。奥まで行くと、仁吉と佐吉が昨日掘った穴を埋め戻し、更に胴突きでこれから建てる道場の地固めをしていた。
「離れに北村さんは居ますか」
「いいえ、奥様は十軒店へ、北島様は駒形に行かれています」
「それでは駒形へ行って来ます」
兵庫は戻りながら彦四郎の部屋の様子が伺える道へ入って行った。
「鐘巻様、何か」と声を掛けて来たのは彦四郎自身だった。
「寄ったのは矢五郎殿とお話をと・・」
「父は、雪駄を減らしに出かけています」
「それは足が良くなった証で結構ですね。私は駒形に行って来ます」

 駒形の経師屋為吉の暖簾をくぐると、暖簾通り帳場には為吉が居て、北村徳三郎と掛け軸を広げ話をしていた。
「やって居ますね」
「先日、四十両もの注文を取り付けたのを目の当たりにして、心を入れ替え勉強することにしました」
「有り難うございます。話を続けて下さい」と云い、二人に背を向けた。
「先生、お土産です」と為吉が引き留めた。
振り返った兵庫に、
「これに合った千丸ちゃんの絵を描いて貰い持って来て下さい。直ぐに仕上げますので」と云い、紅漆の小さな衝立を差し出した。
「これは良いですね。早速戻り又四郎に頼みます。有り難うございました」
何をしに押上を出て来たのか、兵庫は押上に戻った。

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Posted on 2017/04/26 Wed. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その19)】 

 お玉には志津の云うことが理解出来なかったが、志津と七草を摘みに出かけることを仲間の女の子に告げた。
暫くして、母屋の広間から女の子の声が庭に漏れ始めた。
「ハギの花、ヲバナ、クズはな、ナデシコの花、ヲミナヘシ、またフヂハカマ、アサガオの花」と、山上憶良の歌が繰り返された。そして、皆の声が合うようになると声が遠ざかって行った。
兵庫は女の子が秋の七草を摘みに出かけると思った。ただその時、保安方の乙次郎が道場口から顔を見せ、
「先生、女の子が出かけるようですが、頼まれて居ますか」
「いいえ」
そして常吉が乙次郎の背後に顔を見せ、
「先生、奥様が外に出られました」と一言いい、姿を消した。
その後を、乙次郎が追った。そして兵庫も追うと、男の子たちも追った。

 道場口から外に出た者たちが見たものは、表口に千丸を抱いて立つ志津の姿だった。
その志津に一番早く駆け寄ったのは大助だった。
「母上様、女の子の味方をして、兄上を取っちゃうなんてずるいです」
「女の子たちは今夜のお月見を楽しくするために月見飾りを摘みに行くのです。戻ったら、お料理の手伝いも、暗くなったら箏や鼓、踊りも、お茶を点てる子も居るのです。男の子たちにはお月見を皆で楽しめる良い舞台を作って欲しいです」
男の子たちを代表して言ってみたが、母の言葉に大助は言い返せなかった。
「大助、母上からの頼みだ、皆で考えなさい。月見飾りを摘んで帰ったら、手伝うからな」
「分かりました」
「男の子たちは、月見飾りを摘みに行く者たちを見送った。

 積んだ花を入れる手桶を下げた兵庫は、女の子たちの行きつ戻りつに応じながら歩かされた。途中の道で、辰五郎と栄吉の小屋に寄り、亀戸の吉衛門屋敷ではお道の案内で子供たちは草花を採集した。
 子供たちが月見飾りを集めている間じゅう、兵庫は志津が子供たちに与えた月見の舞台造りについて考えて居た。その考えが思いつかないうちに、手桶一杯の草花を土産に押上に戻って来た。
「兄上様、有り難うございました」の声で解放された兵庫は、道場口から男の子が待つ道場へと向かった。

 そして男の子たちは兵庫が戻って来るのを待って居た。
「兄上、十三夜のお月様はどっちから昇るのですか」
「昇るのは東の方角からだが、十三夜は暗くなる前に上っているから、お月見をする頃にはあの辺り」とかなり高い天空を指さした。
「兄上、母上様がご飯を食べる所からではお月様は見えませんね」
「よく気が付いたな。部屋の中からでは月見は出来ません。高く昇った月の明かりが差し込むのは廊下までですから、月見をするには廊下に出ないと出来ないでしょう」
「皆が廊下に並んで眺めるのですか。お箏も踊りもお茶も皆、廊下でするのですか」
「それは出来ないな。どこなら出来る」
「お庭」「お庭」が連呼された。
「よし、月見の舞台は、ここ道場にしましょう。筵では寂しいので広間の畳を敷き詰めましょう」
「やったー」
「それで女の子の用意が出来るか母上に聞いて来なさい」
男の子たちが志津の部屋の前庭に向かって走った。

 兵庫と子供たちのやり取りを一部始終見聞きしていた鬼吉が、
「庭に畳を敷くのですか」
「畳を白布で覆い、逆さ屏風を立てれば、切腹の場にもなりますよ」
「止めて下さいよ。それで畳は広間の物に成りますが、いつ敷きますか」
「夕食もここで食べましょう。畳の敷き方ですが、着座席は片仮名のコの字型で月の昇る東側を開けて下さい。コの字の大きさは一辺を畳八枚にして下さい。他に舞台を六畳、月見飾り置き場には縁台を使いましょう。不具合が生じたら、その時考えましょう」

 子供たちが戻って来た。
「母上が、お願いしますって言ってました」
「それでは、今から広間の畳を道場に移しますので手伝って下さい」
道場に居た者が広間の廊下に向かて移動し始めた。

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Posted on 2017/04/25 Tue. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その18)】 

 大人数での昼飯が始まろうとしていた。その食事の前に兵庫が、
「私の急ぎの仕事は終えました」と一言いい、食事が始まった。
この一言は子供たちにとっては、兵庫と云う遊び相手、相談相手が居るということを意味していた。今日は非日常の十三夜を楽しむ日、先月の十五夜の時は、庭に蚊帳を吊り、その中に布団を敷き、雲に隠れて姿を見せない月の出を待った。今日の月見でも何かするのではないかと思う期待が子供たち、特に男の子に在った。

 食後、子供たちは膳を下げるなどの後片付けをするため全員が広間から居なくなった。
その中には、赤松又四郎の他に、客人の菱屋の子・千賀や峰吉も入って居た。
広間に残っている大人の中に居るよりは、子供たちと同じ行動を取った方が片付け仕事の後、外での遊びのことも考えてのことか、確かではないが、聞こえてくる子供たちの声は笑いに包まれていた
「良いもんですな」と絵師の大神田太白が呟いた。
「何がですか」と兵庫が尋ねた。
「養育、子を育てることですよ。今まで気が付きませんでした。女は子育てを半ば独占出来て得ですな」
「太白先生、赤子を女が独占出来るのはせいぜい一年です。歩き始めた後は男の心がけ次第だと思いますが」
「そうかも知れぬが、子が居なくては始まらぬな」
「太白先生はまだお若いです。そのお優しい心が在れば、授かる日も遠からず参ります。今は又四郎のことをお願いいたします」
「そうだった。わしには又四郎が居た。頼りない親代わりで、芸ではわしが又四郎に育てられているがな」

 大人たちが広間で食後の話に花を咲かせていると、広間の庭先に男の子たちが姿を見せ始め、時折中を覗く様子を見せた。
「旦那様、男の子たちが呼んでいますよ」
「それでは、足が痺れてきましたので失礼します」
兵庫が立ち上がると、佐吉や彦次郎も続き部屋から出て行った。

 広間に残ったのは、志津、近藤綾、八木文と菱屋の妻・千春と男は一人太白だけだった。
その太白に、志津が
「旦那様からですが、向島の村上様の敷地内に長屋が建ったそうです。部屋数はふた間です。今の彦四郎屋敷内の部屋より落ち着くのではないかと・・・宜しければ又四郎と移られてはどうかとのことでした。如何致しますか」
「確かに、落ち着きそうですが、又四郎は承知しているのですか」
「以前、奥絵師の元での修行で教えられるのは、流派の決まり事だけで、進みたい道とは違って居たようです。太白先生は又四郎の力を引き出そうとしているのでしょうか。又四郎は満足していました。それと、向島は又四郎が己に絵の才が在ることを旦那様に示したところです。又四郎には良い記憶しか在りませんよ」
「そう云う事でしたら、私に異存は御座いません」
「引っ越しは何時からでも良いのですが、今の仕事が一段落した後にしますか」
「そうですね、そうさせて貰います」
そこに、又四郎と千春の娘・千賀がやって来た。
「さて、くつろいだところで、また、窮屈になって頂きます」と太白が仕事を始めることを告げた。
太白は千春と、又四郎は千賀と絵を仕上げる部屋に向かった。

 それを待って居たのか、お玉が広間にやって来た。
「母上様、月見飾りは“ハギの花、ヲバナ、クズはな、ナデシコの花、ヲミナヘシ、またフヂハカマ、アサガオの花”で宜しいのでしょうか」
「それで、構いませんが、全部そろえる必要は在りません。見つかった物だけでいいですからね」
「はい、母上様。十五夜の日に回った所に皆で行って、探して参ります」
「保安方を一人お願いしなさい」
「兄上様ではいけませんか」
「構いませんが、ここに居ない兄上を、男の子は放って置くと思いますか。少し出遅れたようですよ」
「男の子は片付ければ終わりだけど、女の子は次の食事の支度が在るから、出遅れるのは仕方がないの」お玉がべそをかいた。
「分かって居ますよ。それでは私と行きましょう」
「母上様、駄目です。母上様が出かける時は兄上がご一緒する決まりですよ」
「そう、私が決まりを破ろうとしても旦那様はそれを許しません。だから安心しなさい」

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Posted on 2017/04/24 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その17)】 

 根を莚(むしろ)で包み、荒縄で縛った柿の木が、他の庭番方の手助けを貰い苦労の末に大八車に乗った。柿の木は兵庫と常吉、乙次郎の三人で運ぶことにした兵庫は、彦四郎を訪ねた。
「お騒がせしています」
「何も手伝えないのが心苦しいです」
「その様なことは在りません。彦四郎殿が居られるから、この屋敷の平穏が保たれていると思って居ます」
「“斬られ”の冠はすぐに忘れられてしまいますよ。何とか他のことでお役に立ちたいものです」
「子供たちから聞いているかもしれませんが、今夕、十三夜の真似ごとをします。お呼びいたしませんが、こちらの屋敷は押上とは異なり、月の昇る東側に廊下が在りますので、部屋からも月見を楽しめると思います。月見を出汁に使い酒を振る舞い、庭番方を労って下さい」
「有難いお言葉、便乗させてもらいます」

 彦四郎屋敷を出た兵庫、常吉、乙次郎が押上の十軒店に差し掛かると、茶店から常吉の女房・お仙が出て来た。
「先生、奥様からですが、“気を利かしてお月見飾りを取って来ない様に”との言伝でございます」
「分かりました」
一旦止まった大八車だが、直ぐに動き出した。
「先生、気を利かすなとはどういうことですか」
「子供たちが月見飾りを採集に行く楽しみを取るなと云うことですよ」
「なるほどね。ところで、月見飾りがどのようなものかご存知なんですか」
「それを聞かれると少々・・・例えば秋の七草を読んだ山上憶良の歌がありますが、“ハギの花、ヲバナ、クズはな、??・・”と不確かで、また確かだとしてもそれは言葉だけで、実際の花がどのようなものかはハテナなのです」
「子供たちが七草を採集に行くと云うことは、それを知って居ると云うことですか」
「先月の十五夜の日に七草を集めて、覚えていましたからね。私はそんな子供たちを見て、楽しんでいただけで七草自体の記憶に薄いのです」

 三人は道野辺に生える草を見ながら向島の村上屋敷までやって来た。
朝稽古に参加した村上茂三郎は兵庫から、柿の木を持ってくることを聞かされていてそれを植える場所に穴を掘って待って居た。
 昨日子供たちが掘った穴は敷地の外周で生垣を造るためだったが、柿を植える穴は敷地のだいぶ内側だった。
「ここなら、柿の木が育って枝を伸ばしても、外から取られることは在りませんね」
「それにしてもこの柿の木は枝も根も見事に切られていますね」
「はい、実った柿はダルマ柿です」
笑いが起こり、四人は柿の木を掘られていた穴に植え、水を運び地を潤した。
掘り出すのには苦労したが、植えるのは楽だった。

「湯殿はどうですか」
「今日、水を張り沸かすことに成って居ます。今日は風呂につかり、明日は水を抜き特に問題が無ければ出来上がっている戸を付けて出来上がりです」
「そうなると、裏長屋に娘たちも引っ越してきますね」
「はい、四軒長屋を二棟建てました。新発田から来た三家には話をしてありますが山内家は乗り気だったのですが、了源寺の茶店へ居を構えましたので、用意した二軒が空いて居ます。その二軒は鐘巻様に預けますので住人を決めて下さい。ちなみに、新発田以外で私の方で考えている方は栄吉さんご夫婦と辰五郎さんご夫婦ですので他の方を選んでください」
「分かりました。少しばかり辺鄙な所ですから、隠居か近くの養育所で仕事をする者に当ってみます」
「お願いいたします」

 押上からの帰り道、
「乙次郎さん、亀戸から向島に引っ越す気持ちは在りませんか」と早速尋ねた。
「先生、私で構わないのですか」
「入って貰えれば、押上と向島の連絡が保ちやすいので、私からのお願いです」
「有り難うございます。私も村上様の所でしたら、お美代を家に残しても安心して留守に出来ます」
「決まりましたね」と常吉が云った。
兵庫は、残りの一軒に 誰に入って貰うか考えながら、予定通り昼前に押上の養育所に戻った。

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Posted on 2017/04/23 Sun. 04:01 [edit]

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