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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その25)】 

 子供たちは家の中を通り表の土間に向かい、フクがやって来るのを待った。そしてやって来たフクがにゃ~と鳴くと、土間に置かれた猫の寝床の中から子猫がにゃ~と返事をした。フクは最後の子猫を咥えると土間から出て行った。
 廊下まで戻った子供たちは、そこに留まらず庭に下り宴席に戻り、子猫を運んでくるフクを待った。そのフクが最後の子猫を咥えて縁の下に消えていくのを見送った。
それは大人も同じだった。

「しいわく、こうげんれいしょく、すくないかなじん」
突然、男の子たちが論語の素読を再開した。これには大人たちも苦笑したが、それも暫くして夜五つ(8時頃)の鐘が鳴り終わった。子供たちの就寝時刻が近づいたためだった。
子供たちの純心な振る舞いに触れた来客は子供たちに見送られて帰って行った。
その顔には来た時とは違い子供たちの優しさが映っていた。

 月が高く昇り、世間ではこれからが月見となる所だが、養育所では月明かりの下、全員で片付けが始められた。子供たちは庭に敷かれた畳片付け以外の仕事をするため暫くすると姿が宴席の場から消えた。それを待って男たちが畳を叩き汚れを落とし縁側へ運ぶと、畳の裏の在所が確認され仕分けされ、広間の奥から敷き詰められていった。

 手伝いを終えた子供たちが己の布団を畳が敷かれた広間に持って来て敷いていった。そして布団に潜り込み布団に耳を付けた。それは床下の猫の親子の様子を感じ取ろうとしたのだろう。暫く布団が動いていたが、それも止み子供たちの夢の中に十三夜が育まれていった。

 兵庫が縁側に出て月を見ていると、彦次郎がやって来た。
「先生、あすから道場の解体を始めますので、子供たちにも見せてあげて下さい」
「彦四郎屋敷の侍長屋の方は直りましたか」
「はい、切られた柱は粟吉さんたちの手を借り皆つなぎ直しました」
「分かりました。それで解体にはどれほど掛かりますか」
「人足とお天気に寄りますが、戸・障子を外し運ぶのに一日、二階と一階の床板外しに一日、屋根瓦下ろしに一日、骨組みの解体に二日程度、礎石運びが一日、正味六日も在ればなんとかなるでしょう」
「分かりました。明日、子供たちを連れ駒形へ参ります」
「お願いします」
「こちらこそ、頼みます」
 彦次郎が去っていくと、代わりに志津が部屋から出て来た。
「やっと千丸が寝付いてくれました。彦次郎さんは何の用でしたか」
「明日より、道場の解体を始めるので子供たちにも見せて欲しいとわざわざ教えてくれました。六日ほどかかる予定です」
「そうですか。道場は子供たちにとって成長の原点の役割を果たしてくれました。今度の移築は復習する機会子供たちに与えてくれるでしょう。一歩・二歩と前へ歩んでくれることでしょう」
「“前へ”ですか。嬉しい言葉です。私も遅れないように子供たちと前へ歩みたいですね」
「私もお供させて下さい」

第九十七話 前へ 完

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Posted on 2017/05/01 Mon. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その24)】 

 月見の宴であったが、花見の時と同じで月は宴席を照らす脇役に徹していた。
主役は子供たちだった。
来賓を箏・太鼓・鼓で招き入れ、子供たちが作り上げた味噌田楽でもてなし、薙刀で兵庫に挑む女子の姿、実用的な金種計算を披露し、耳、口、目、脳を快く刺激させ次は何かと思わせた。
 席に戻り味噌田楽の串に残っていた茄子にかぶりつき串を引き抜いた時、
「兄上様」と声がかかった。
口にくわえた茄子に返事を妨げられ、味わうこともなく飲み込んだ。
「何ですか、千夏」
「ここでは、女の子は女の子の、男の子は男の子の習い事をしています。だからその事を“私は出来ます”と一人では手を上げにくいのです。みんなでやっても良いですか」
「構いません、賑やかでよいでしょう。何をしますか」
「普段遊びでしていることですが百人一首を最初から最後の百番まで順に女の子が諳(そら)んじます。ただし多美ちゃんと鈴ちゃんはここに勉強に来ている猪瀬家の方なので多美ちゃんが始めの一番を鈴ちゃんがお終りの百番を言います」

 千夏に促され、多美が少々たどたどしく
「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」と無事諳んじると続いてお玉が「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天の香具山」と諳んじ、その後を小夜、千夏、すみれ、あやめ、かえでと諳んじ、またお玉に戻った。
これを普段遊びにしていなければとても出来ない速さで繰り返し進み、九十八番目をお玉、九十九番目を小夜が諳んじた。そして待ち続けた鈴が、
「百敷や 古き軒端の しのぶにも なほ余りある 昔なりけり」と締め拍手を誘った。

 これには男の子たちも黙ってはいられなかった。
「兄上、論語の素読を皆にさせて下さい」と観太が頼んだ。
「構わぬが、長くなるので里仁(りじん)第四までにしなさい」
「それでは孔子様に申し訳ありません。堯曰(ぎょうえつ)第二十までです」
「孔子様のことを考える前にお客様のことも考えなさい」
観太が膨れた。
「鐘巻様、兄弟喧嘩はいけません。今日はお子様方の成長を拝見しに参りましたので、好きなようにさせてあげて下さい」と山倉屋が取り持った。
「分かりました」
これで男の子たちは意気込んだ。
「しいわく、まなびてときにこれをならう。またよろこばしからずや。ともあり、えんぽうよりきたる。またたのしからずや。ひとしらずしていきどおらず、またくんしならずや」と観太がよどみなく始め、引き継いだ音吉が「ゆうしいわく、その人ひととなりやこうていにして、かみをおかすをこのむものはすくなし。かみをおかすことをこのまずして、らんをなすをこのむものはいまだこれあらざるなり。くんしはもとをつとむ。もとたちてみちしょうず。こうていなるものは、それじんのもとたるか」と進んだ時、
「きゃ~、おふくが赤ちゃんをたべちゃう」とお玉が絶叫し、立ち上がった。
素読が途絶え、皆がお玉の指さす方向を見た。
十三夜の月に照らされて三毛猫が何かを咥えて母屋に向かい縁の下に入って行った。
泣きじゃくるお玉に、鈴や多美まで泣き出した。
「お玉、フクは引っ越しをしただけですよ」
「引っ越し?」
「フクには手がないから赤ちゃんを運ぶのに口を使うのですよ。土間に行って猫ちゃんの寝床を見に行きなさい。未だ赤ちゃんが居れば迎えに来ますよ。でも邪魔しては駄目ですよ。フクが赤ちゃんを育てるのに安心できるのは、今は床下なのです。分かりましたね」
頷いたお玉は、涙を拭きながら母屋に向かい、縁側から上がり猫の寝床を置いてある表の土間に向かった。これには女の子も男の子もついて行った。

 宴席から子供たちが消えた。
「いや~良いものを見せて頂きました。浅草で拝見した時には人を疑い、他人を気遣うことも出来なかった。それが猫のことで涙を流すまでになったとは。今宵の名月が目に入らなかったのは、すみわたった子供たちの心が勝ったからでしょうな」と大黒屋又五郎が言った。
子供たちの話に花を咲かせていると、縁側に子供たちが戻って来た。それに少し遅れて猫のフクが子猫を咥えて庭を回ってやって来た。
「フクちゃん。残りはあと一匹だよ、頑張れ」とお玉が云うと、鈴も多美も「頑張れ」と励ました。フクが縁の下に消えても子供たちは動かなかった。暫くしてフクが縁の下から出て来て庭を回り消えた。

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Posted on 2017/04/30 Sun. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その23)】 

 暮れ六つの鐘が鳴った時、十三夜の月見の宴席、庭に敷かれた畳に座る者はまだ居なかった。
既に月は昇っており、それを迎える月見飾りと供え物は、縁台に敷かれた緋毛氈の上に置かれていた。
そして花道の中央、舞台となる三畳には箏、太鼓、鼓が置かれていた。
更に花道を造る畳の前には七輪が七つ置かれ、その一つに掛けられた薬缶からは湯気が立っていた。
 外で鐘が鳴るのを待って居た子供たちが、道場口から入って来て、女の子は北側、男の子は南側の席に着いて行った。
ただ花道を通ってお玉は箏、小夜は太鼓、千夏は鼓の席に着いた。
子供はみなが武家の身拵えをし、それが背筋を立たせていた。
 箏の調が流れ始め、太鼓、鼓も打たれた。
これが合図だったのか、養育所で働く大人たちや肖像画を描いて貰うためにやって来た菱屋の者が、現れ、あらかじめ決められていた席について行った。

 箏の調子が変わった。それはやはり合図だった。
兵庫の部屋から兵庫、千丸を抱いた志津に続き、札差山倉屋五郎右衛門、元亀戸町名主の堀川吉衛門・ふじ夫妻、跡取りの源次郎・道夫妻、花川戸の運送業大黒屋又五郎、続いて養育所の共同発起人である山中碁四郎・静夫妻、内藤虎之助・雪夫妻が出て来て、庭に下りた。
来賓が席に着いたところで兵庫はお玉に、もういいよとでもいうように頷いて見せると箏の音が止まり、お玉、小夜、千夏は楽器を置き、七輪の前に移った。自席に居たかえで、あやめ。すみれも七輪前に移動し、七輪脇に置かれていた皿の物を取り、七輪に乗せていった。

「本日十三夜の月を愛でる宵に、足をお運び頂きました方々に養育所を代表し御礼申し上げます。私からの型式ばった言葉より、養育所の子供たちの成長をご覧いただく嗜好に致しました。先ずは料理を出しますので、酒は手酌でお願いします」
恵も癒えぬ味噌の焦げる香りが流れ始めた。
「おお、味噌田楽だ」
月明かりだけで、子供たちが何を作って居るのかは分からなかったが、運ばれてくる前に分かった。
暫くして皿に二本の串に刺された味噌田楽が、来賓に配られ、少し遅れて大人たちに、子供たちにも配られ始めた。
「誰か、ここで見せられる芸は在るか」と兵庫が尋ねた。
「兄上様、私が」と声を上げたのはかえでだった。
「何を見せて貰えるのだ」
「薙刀です」
兵庫は隣に座る志津を見たが、志津が
「折角ですから、相手をしてあげたら如何ですか」とそっけない。
「よし、相手をしましょう」と兵庫は裸足で、畳に囲まれた七間四方の道場に出た。
かえでが持って来たのは兵庫の竹刀と薙刀代わりの長さ六尺程の竹竿だった。
この試合は誰しもが注目した。もはや月を眺める者は居なかった。
正眼に構える兵庫に対しかえでは八相に構え向かい合ったのは一瞬で、かえでは打ちかかった。兵庫が弾けば、それを利用して素早く薙刀を回し、石突き側を突き出した。兵庫はその柄に竹刀を当てながら動きを制し、かえでの手元近くまで踏み込んで笑った。
「参りました」
「静流ならぬ志津流ですね。稽古を続けたいのなら道具を買ってあげます」
「いいです。男の子に嫌われますから。今日で止め、明日からはお料理や裁縫に励みます」
「そうか、ちょっと惜しい気もしますが、いいのか」
「はい、母上様のように強いお方を探せば済むことですから」
「参った」
「勝った~」
笑いが起こった。
兵庫が竹刀を返すと席に戻って行った。
「次は男の子だ。何か覚えたことがあるか」
「兄上、銭ではなくて穴が開いて居ない金の算盤計算ができるようになりました。三桁なら暗算でも・・」とっただった。
「それはすごいな、秋四郎は一月前までは金銀とは縁の無い暮らしをしていました」
「今も、金銀を持って居ません」
笑いを誘った。
「それでは百二十三朱は何両何分何朱になる」
秋四郎は算盤を弾く仕草を見せていたが
「たぶん七両二分三朱です」
兵庫が源次郎を見ると頷いた。
「正解だ。頑張ったな」

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Posted on 2017/04/29 Sat. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その22)】 

 志津が立ち上がると、猫の親子が入って居る笊を兵庫に渡し、
「旦那様、この寝床を静かな所に隠してあげて下さい」と云い、畳全てが取り除かれ板敷となった広間を出て行った。
 兵庫は、迷うことなくこの家の表玄関ともいえる表出入り口、土間から上がる板の間にやってきた。
この板の間は広く、以前は作業場に使ったことも在るが、現在は大量に買った米が俵状態で積み上げられている。それを隠すために衝立障子が置かれているのだ。
この現状での使われ方がこの場所が滅多に人目に触れない所であることを意味していた。
この出入り口を使う者は客だが、養育所に表口から入る客は滅多に来ないからだ。

 兵庫はその衝立障子に囲まれた中に猫の寝床をと考えたが、お玉に
「この笊を持って待って居なさい」
と云い土間に下りた。

 兵庫は土間の隅に薪の束二つを並べ、その間にお玉から受け取った寝床を置き挟んだ。
これで親猫が出入りするたびに寝床が動くことが無くなることを確かめ笊を覆っていたもう一つの笊を取った。
子猫は乳を吸うのを止め、眠っていた。それを子供たちが見たところで、兵庫は取った笊がこんどは寝床の屋根に成るよう薪束の上に置いた。
「さあ、猫ちゃんはお終いにして、お月見の準備です」

 兵庫は改めて月見の席を検分した。月見の席は庭に一辺七枚の畳をロの字型に敷いたものに、兵庫が座るであろう席の向かい側に更に畳二枚を加え、三畳の小さな舞台が出来ていた。
「今日のお月見は、日ごろお世話になって居る皆さんに、鐘巻姓の子供たちは、男の子も含めて、何かここに来てから身に付けたことを披露して楽しんで貰うことにします」
「兄上、毎日している剣術でもいいですか」
「良いですよ。相手が居なければ指名して貰って結構です」
「練習しなければ」と男の子にざわめきが起こった。
「何人来るか分かりませんので、子供たちは下座から一畳に三人座るようにして下さい。女の子は北側、男の子は南側」と云い、兵庫自身は西側の中央に座った。
この時北側には下座からお玉・多美・鈴・小夜・千夏・すみれ・あやめ・かえでの八人が、南側には下座から大助・音吉・観太・亀次郎・熊五郎。寅次郎・長七郎・仙六郎・輝五郎・秋四郎・富三郎・梅次郎・佐助の十三人で、まるまる空いた畳が北に四畳、南に二畳在った。
「食後、片付けが終わったら披露して貰いますので準備しておいて下さい。私は見て貰える方々に声を掛けてきます」

 兵庫が戻って来たのは夕飯が始まる夕七つの鐘が鳴った後だった。
これまでに食事を外で食べることは花見などであったが、それは名所に行ってなどで、庭に畳を敷いて食べるのは初めてであった。
お月見をすることは知らされていたが、広間の畳をお月見のために庭に敷くことは兵庫の思い付きで事前に知らされて居なかった。
 彦四郎屋敷から戻って来た彦次郎や佐吉、この家の中に居ながら肖像画を仕上げるために働いて居た太白や又四郎そして書かれている菱屋の一家三人も、お月見の奇抜な思い付きに呆れたり感心したりしていた。
 そして、夕食は場所が違っただけでいつもと大差なく終わり、片付けられた。

月見の宴は暮れ六つの鐘が鳴って暫くしたら始められることに成って居た。
その舞台造りに子供たちが働いた。

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Posted on 2017/04/28 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第97話 前へ(その21)】 

 庭から子供たちの声が聞こえてきたため、兵庫は道場口から入って行った。
道場に敷かれた畳の上をお玉と猪瀬鈴、多美の幼い姉妹が走って居た。そしてその姿が母屋の影に消えた。そして再び姿を見せたのだが兵庫は首を捻った。
 敷かれた畳が全貌出来る所まで進み謎が解けた。畳がコの字型に敷かれて居ると思って居たのだがロの字と閉じていたため、子供たちは畳の道をぐるぐる回ることが出来たのだった。
 楽しそうに遊ぶ女の子がいる反面、男の子の姿が無かった。
「お玉、男の子は?」
「さっきまで広間で遊んで・・居なくなっちゃった。鈴ちゃん、多美ちゃん知ってる?」
多美が頷いた。
「何処?」
多美は畳の上で転んで、指さした。指の先は縁の下だった。
「縁の下か」
多美がコックリをした。
 縁の下には入れるのは廊下の下までで、その奥には容易に入れない様に侵入防止の板が張られていて猫でもない限り無理だと兵庫は思って居た。
何処から入ったのか、しかも十人以上・・・と思い多美の目線迄しゃがんでみた。
「お部屋に出て来た」とお玉が叫んだ
視線の中に、こちらを見ている大助の頭が、そして上半身が現れ、立った。
兵庫が立ち上がると畳が無くなった床から、小さい子順に顔を見せ、床の上に姿を見せた。
広間の床板が剥がされていて、そこが床下への出入り口になって居たのだ。
観太、佐助が出て来たところで、兵庫が、縁先から
「皆揃っているか」と声を掛けた。
「はい」
「何か見つけたか」
「フクが赤ちゃんを産んでいた」と大助が応えた
フクは今年の春先に乳離れした猫で、秋の暮れには子を産むものかと思って居ると
「見たい」とお玉が兵庫にせがんだ
「見たい」「見たい」と鈴と多美もせがんだ。
「床の下に入っても良いか、母上に聞いて来なさい」
幼子三人が志津の部屋の縁側まで駆けて行き、上がり部屋の中に消えた。
そして、志津と四人でやって来たのだが、その途中
「おフクちゃんが赤ちゃんを産んだんだよ」の声が母屋内に広がった。
兵庫が広間に上がり外された床板から見える床下を見ていると、養育所の残りの女の子までやって来た。
「大助、赤ちゃんは何匹でしたか」と志津が聞いた。
「四匹」
「千夏、猫の寝床を造るので、一尺より大きな笊(ざる)と、笠にするそれより大きな笊を古い物の中から選び持って来なさい。観太は笊に入れる稲わらを持って来なさい」
こうして笊に藁を敷き詰めた猫の寝床が出来た。
「この中に猫親子を入れたら、もう一つの笊を被せてあげなさい。それで猫は安心しますからね」
「それでは佐助、床下に下りてこの笊に猫の親子を入れて持って来なさい」
「母上、触ろうとしたらフクが唸りました。大助でも駄目でした」
「私には蘭丸の臭いが付いているから・・・ふくが赤ちゃんの時から世話をして来たお玉ちゃんなら・・」と大助がお玉を見た。
「お玉行くかい」
「何処か分からないから、誰か一緒に行って欲しい」
「それでは、観太行ってあげなさい」
観太は自力で下りたが、お玉は兵庫に下ろして貰った。
暫くして床下から猫の泣き声と「大丈夫だよ」とお玉の気遣う声が近づいてきて、笊が笊を被った猫の寝床が床板の外された所から出て来た。
それを志津が受け取り、兵庫がお玉を引き上げた。観太が上がると外されていた床板が嵌められていった。
鈴と多美が志津を挟むと猫を見ていない女の子たちが笊を囲んだ。
「声を上げると赤ちゃんが驚くから静かに見るのですよ」
衆目を集め笊の笠が静かに外されると乳を吸わせている母猫が目を開けたが、子猫から乳を奪うようなことはせず目を閉じた。
志津も、外していた笠を被せた。
女の子の目に優しさが宿っていた。

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Posted on 2017/04/27 Thu. 04:01 [edit]

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