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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第98話 残月(その21)】 

 兵庫等の後を付ける二人の男を更に付けて来た常吉は、男たちの後方右側に在る全性寺入口の木陰から、立ち止まっている男たちが動き始めるのを待って居た。
男たちが窺っている最教寺と大雲寺の狭間の道は、寺の奥行、凡そ一町(108m)ほどで、その間に枝分かれする道は無い。
 男たちは道の先、寺が切れるところで兵庫や駕籠が右に曲がるのを見て、やっと狭間の道に姿を消した。
それを見て常吉は、先程まで男たちが様子を見ていた所まで一気に走り、狭間の道を覗き込み、直ぐに狭間の道に入って行った。
兵庫等を見失う事を恐れたのか、男たちは駆けていた。その後ろ姿を常吉が速足で追った。
男たちが、兵庫が曲がった道に近づいた時、男たちの前方に追っていた兵庫、駕籠に乗っていた竜三郎や矢五郎が姿を見せ、前方を塞いだのだ。
男たちは走るのを止め、そして振り返り常吉がやって来るのを見て、嵌められたことに気が付いた。
その男たちに向かって「鐘巻兵庫です。何か用ですか」と声を掛け、詰め寄り始めた。
ならず者たちに人斬りとして知られている鐘巻兵庫の名に、男たちは踵を返した。が、常吉に逃げ場を塞がれていた。
「観念しろ」と常吉の声に、二人は抜刀し常吉に向かって走った。
常吉は木刀を構え、先頭の男の動きに合わせ前を塞ぎ、間合いが詰まった所で気合を掛けた。それに怯(ひる)んだのか男は戦う意思を捨てたかのように、また近づくなとでも云うように、脇差を持つ右手を伸ばし、常吉に向けながら右脇をすり抜けようとした。
常吉の木刀が一閃すると、伸びきった男の小手を打ち脇差を落とさせた。それが男の逃げ足を乱れさせ、後ろから逃げて来る男の前に斜行させた。
その時、追いついていた兵庫が後ろを逃げる男の背後を押すと、つんのめりながら前に斜行して来た男にぶつかり、二人は重なり合って倒れた。
「怪我をしたくなければ抵抗するな」
二人が観念したのを伝えるかのように暮れ六つの鐘が鳴り、兵庫等には夕飯を食べていないことを思い出させた。

 二人は縛られ目隠し、猿ぐつわを噛まされ駕籠に乗せられた。そして少しばかり回り道をしながら押上の養育所に駕籠ごと入った。
駕籠より先に矢五郎は養育所に入り、子供たちには声を立てぬよう言い、出て来ぬように志津の部屋に閉じ込めた。そして、足を折った勘三郎と富五郎に連れて来る二人の首実検を頼んでいた。
「分かりました」
そして駕籠に乗ったまま部屋に運ばれて来た男二人の首実検が行われた。
一人は仲間で総三郎という男で、もう一人は知らぬ者だった。
首実検を済ませた二人の男は、駕籠を下りることなく、兵庫と常吉の護衛、矢五郎と竜三郎の付き添いで中之郷養育所に運ばれた。

 広間に入った兵庫、常吉と拉致した二人それと矢五郎と竜三郎、さらに兵庫等の後を付けていた者を更に付けていた万吉が戻って来ていた。
その七人が、押上が用意した弁当、あるいは中之郷が用意した夕膳を食べ終わるのを、既に食事を済ませた者たちが見ていた。
矢五郎が食後の茶を飲み干し、茶碗が膳に置かれた。
「私の両脇に座る方は、竜三郎さんが半蔵亡き後に集めた軒賃を返却しに三軒の商家を巡り、ここに戻って来た時、門外まで付いて来られた六人の中のお二人です。誘い出しに乗ってくれましたので拉致しました。拉致した目的は無理矢理自白させるためではなく、相手の数を減らすことで、戦いが生じた時に大怪我をさせないためです。ですから、乱暴しない様にしてください」
「乱暴はしませんが、おい、てめぇと呼ぶのは品が悪くなりますので、せめて名前だけでも聞いて頂けませんか」
「そうですね。お二人さん、嘘でも構いませんので呼び名を教えて貰えませんか」
「あっしは、おいです」
「あっしは、てめぇです」とまだ威勢を張って見せた。
「そういうことですの宜しくお願いします。 ところで、万吉さん、戻りが早いと云う事は付けて行った男は浅草ですね」
「はい、入谷の繁蔵と云う新参者の一家でした。話では縄張りは狭い御切手町(ごきってまち)だけだそうです」
「それで縄張りを広げるのに、荒っぽい手段をとっていると云う事ですか。てめぇさんの親分は繁蔵ですね」と話を向けた。

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Posted on 2017/05/23 Tue. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第98話 残月(その20)】 

 広間では屋敷に閉じ込められ暇を持て余した者たちが、戻って来た兵庫、竜三郎そして常吉と対座していると、足音がして矢五郎がやって来た。
「待たせて済まぬ。わしも待たされていたのだ」と云いながら座に着いた。
「待たされた甲斐が在ったような顔ですが、美人でも見ましたか」と兵庫が誘った。
「奴らの世界では美人かも知れぬ。柄の悪いのが六人もやって来て門に掛けられている看板を見て帰ったぞ」
「相手は沢山いるようですね。これからは一人で外出はしないで下さい。特に元東都組の方々には出かける時、護衛を付けます。ただし身を守るのは己自身だと思い、木刀の振り方など坂崎さんの指導を受けて下さい」
「鐘巻さんの方の首尾はどうでしたか」と彦四郎が尋ねた、
「三か所に寄り、金は返し、その受取証を受け取りました。それは良いのですが、定廻りの久坂さんが半蔵の母親の家で手に入れた金が、同時に手に入れた借入帳に従い戻されて居ないようです。今日回った所には返されて居ませんので、矢五郎さん、久坂さんと会い、金が何処に行ったのか確かめて下さい」
「分かった。手違いなら良いのだが・・・それと、内藤さんから返却資金として一分銀を十両分、一朱銀を五両分、前借してあります。その中から、本日お貸しした六分二朱を返して貰いました」
「明日の午後は久八さんと回ります。鎖を竜三郎さんから引きついてください」
「分かりました」
「屋敷の門前まで付けて来た者は、今、三五郎さんと万吉さんが追って居るはずです。二人が戻るのは日が暮れてからのような気がしますので、私と常吉さんは押上に戻ります」
「鐘巻さん、奥様から用心のため子供たちは全員押上に泊めるとの連絡です」
「分かりました」
「悪党を近づけさせぬように、帰る時は裏口からにして下さい」
「そうですね。柄の悪いのが六人も来たとなると、表門には見張りが残っているかもしれませんからね。それでは用心のため暫くの間、この屋敷から押上の養育所に向かう者は直接行かず、押上村に入ったら最教寺と大雲寺の門前通りに道を変え、その後逃げ場のない最教寺と大雲寺の間の道を通るようにして、もしつけて来る者が居たら挟み撃ちにして拉致し、相手の頭数を減らしましょう」
「それは良い。あそこに誘い込めれば逃げられぬ」と矢五郎が太鼓判を押した。
「先生、裏口から出るのを止め表口から出て誘いましょう。今日ほど良い機会は滅多に来ないでしょう」と常吉が乗り気を見せた。
「それでは、やりますか」
「やるのなら、垂駕籠を用意させましょう。二挺でどうだ」
「二挺ですか」
「一挺には餌の竜三郎が乗り、もう一挺にはわしが乗る。もし賊が出ぬ時は駕籠代はわしが持ってもよい」と矢五郎が自信ありげに言った。

 駕籠が手配されている間に捕縛用の縄、目隠し、木刀などが用意され、押上に向かう者、見送る者が玄関先に集まり、ことさらにこれから動きが在ることを見せるために門が開けられていた。
駕籠が着くと、前の駕籠に竜三郎が乗り込み、後ろの駕籠に矢五郎が乗り、用意した物が積み込まれた。
垂が下ろされると、駕籠の前を兵庫が歩き始め、二挺の駕籠も地を離れた。
見送っていた男たちが門内に入り、ゆっくりと門が閉められていくと、門前を柄の良くない男、しかも長どす一本を腰に差した二人が通り過ぎていった。それを少し開けた脇門から常吉が見ていた。
「二人のようです」と彦四郎に告げ、常吉は門外に出、駕籠を付けて行く男と間を測りながら落ちようとする陽が作る己の長い影を踏む追跡劇が始められた。

 業平橋を渡り、暫く北十間川沿いを東に進んでいた兵庫が、もう少しで押上の養育所まで来た所で南への道に入って行った。
この道の先、左側に最教寺と大雲寺が道を挟んで並んでいる。
そしてその狭間の道に兵庫、駕籠二挺が消えると、後を付けていた男たちは足を速め、曲がり口まで行き、止まり、兵庫等が消えた道の奥を見ていた。

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Posted on 2017/05/22 Mon. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第98話 残月(その19)】 

 番頭がどのように言いくるめたかは分からないが、一見して主(あるじ)と思える身なりの良い男が顔を出し、兵庫等三人を見、覚悟を決めたのか作り笑いを浮かべ腰を低く歩み寄り、帳場の板の間に座った。
「主(あるじ)の庄左衛門で御座います。番頭が申すにはお渡しした軒賃を返しにお越しいただいたとのことですが・・・」と云い、兵庫を見上げた。
「その通りです。先日、東都組の頭・半蔵が死にました。その時点で東都組は解散したことに致しました。手違いによりそれ以後集められた軒賃をお返しに参りました」
「半蔵が亡くなったこと、東都組が解散したこと、知りませんでした」
「そう云う事で、先日集めてしまったこちらの軒賃二分をお返ししますので、私宛に受取証を認(したた)めて頂きたいのです」
「返して頂けるのなら書きますが、何故、鐘巻様宛てなのですか」
「お返しする金は、私が開いている養育所の金だからです。それと、良し悪しは別として半蔵を斬り東都組を解散に追いやったのは私です。元東都組の者は養育所で働かせ、用立てた金の返済をさせます。なお、真面目に働けば返済後は養育所で雇い二度と悪の道を歩かなくても済むように処遇する予定です」
「そのお言葉を信じて書くことにします」
 出来合った受領書は
亀甲屋庄左衛門が元東都組竜三郎に貸した二分の金を鐘巻兵庫が代わりに返済したことが、今日の日付を入れ書かれており、庄左衛門の署名の他、竜三郎も爪印を押し、間違いないことを認めるものだった。
 受領書と二分の金を交換した兵庫が頭を下げると後ろに居た竜三郎や常吉もそれに倣った。
「鐘巻様」と戻ろうとする兵庫を止めた。
「何でしょうか」
「半蔵が亡くなったことは伺いましたが、手前どもが取られた金はどうなったのでしょうか、何か起きた時には了源寺の茶店に来いと言われておりましたが、他の手下が持ち去ったのでしょうか」
「一銭も戻っておりませんか」
「はい」
「私が聞いているのは、金と借入帳が残されていたと聞いています。皆さんから東都組に対して訴えが無かったため、面倒くさい奉行所扱いにせずに返却されるよう、町役に頼んだと聞いています。事実、私の所に町役がそのことで挨拶に来ました」
「鐘巻様のお住まいは?」
「今は押上ですが、養育所が所有する、経師屋多吉と薬屋の継志堂が駒形に在り、またそこでは子供預かり所を細々と営んでいますので、よく立ち寄ります。その時、町役と会ったのです」
「分かりました、町役に確かめることにします」
「私も気がかりなので確かめておきます」

 この後、兵庫、竜三郎、常吉の三人は新旅籠町・代地町の玉城屋、福富町の千足屋と廻り、竜三郎が集めた軒賃を返し、その証として受領書を得た。
こうして当初の用は果たしたのだが、新しい問題が起き始めていた。
それは、最初に寄った亀甲屋と同じで、 東都組によって取られた軒賃は、その借入帳を元に町役の手により戻されるはずだったが、玉城屋にも千足屋にも一銭も戻されて居なかったことだった。
 いつもの兵庫なら、帰り道に駒形の自身番に寄り、暫く姿を見せていない定廻り同心の久坂啓介が居るか確かめ、居れば金が戻されて居ない事実を伝えるのだが、どこにも寄らずに中之郷養育所に戻った。

 その様子を門前の履物屋の中から中川矢五郎が見ていた。
「中川様、鐘巻様が戻られましたよ」と履物屋の主・玉三郎が迷惑そうに言った。
どうやら矢五郎が長居していたようだ。
「鐘巻さんを待つのなら屋敷の中で待つよ。もう少しだ、金魚の糞が付いてくるか待って居るのだ。ほうらやって来たぞ。二人ではなく六人も・・」
その六人は閉め切られた門の柱に掛けられていた継志館中之郷養育所の看板を確かめると戻って行った。
「柄の悪いのが六人も居ましたよ」
「吹聴したいだろうが、屋敷を窺っていた者が六人もいたことを話すと、その事が六人にも知られる。誰が言いふらしたかとなり、最初に疑われるのは門前の店だ。奴らは殺しを生業にしている。口は災いの元に成らぬように覚悟して話すことだ」と矢五郎がお喋りの玉三郎を脅し、店の外に出、向かいの屋敷内へ入って行った。

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Posted on 2017/05/21 Sun. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第98話 残月(その18)】 

 兵庫は根津甚八郎と常吉に、東都組の頭・半蔵亡き後に手下が集めた軒賃を返却するため出かけるので護衛を頼むと告げ、部屋に戻った。
 押上を出て行く兵庫は風呂敷をぶら下げていた。
「先生、それは鎖ですね。着させるのですか」
「今日は刺客の的になった竜三郎が集めた軒賃を返すことにしますので用心のためです」
 程なく兵庫等は竜三郎ら東都組の手下十人が匿われている中之郷養育所に入った。
ここは旗本の抱え屋敷だったのが、手放され、巡り巡って養育所の物になった。町人町に囲まれた広い屋敷は通行の邪魔であることの他、将来屋敷を町人町に戻すことを考えている兵庫は朝の五つ(8時)から夕七つ(4時)まで、表門と裏門を開け通行を許した。
しかし、刺客に狙われた十人を匿ったため、開けられていた屋敷の門は保安上の問題から閉じられるように成って居た。

 広間に多くの者が集められた。
「今から、明るい内だけ浅草に行き軒賃を返してきます。警護の都合で出かける東都組の者は一人にし、その一人目は刺客に狙われた竜三郎さんにします。護衛は私、甚八郎、常吉さん、あと何人か・・・」
「私が」「拙者が」「私が」・・とその中には東都組の仲間までいた。
「今日はお披露目で竜三郎さんを見つけて貰うためです。相手は昼間から護衛の付いている者を襲わず、住処を確かめるために付いてくる者が居るかもしれません。その者を逆に付けて、相手の住処を突き止めて欲しいのです。運が良ければ浅草の依頼側と浅草以外の所から来た刺客側の双方を突き止めることが出来るかもしれません」
「そう云う事なら、足の良い庭番方から二人と尾行者を見つける目を持つわしが行く」
と、矢五郎が仕切った。
「そうと決まったら、竜三郎さん、この鎖を着込んでください」と持参した鎖帷子を渡した。そして
「竜三郎さん、返しに回る店は何軒で、軒賃の総額は幾らに成りますか」
「亀甲屋、玉城屋、千足屋の三軒で、間口はそれぞれ二間、二間、二間半ですから、六分二朱です」
「彦四郎さん、その金をこちらで用意して頂けませんが」
「構いませんが、駒形に何故いかないのですか」
「刺客側の動きが早ければ、吾妻橋を渡る者を見張る用意が出来ているかもしれません。駒形に寄るとそこにも目を付けられる恐れが在ります。守備隊を分散させたくないのです」
「分かりました・六分二朱、用意いたします」
用意が出来た兵庫に、矢五郎が兵庫に
「辻などの要所で歩みを暫く止めて下さい。その動きに合わせる者が居ないか確かめますので」
「分かりました」

 こうして兵庫を先頭に竜三郎、常吉が一列に成って最初の店三間町の亀甲屋に、矢五郎に言われたように辻辻で足を止めた兵庫は、振り返り竜三郎に道を尋ねながら向かった。
そしてその動きに反応を繰り返す男二人が現れた。
「三五郎、お前は縦縞の男を、万吉はもう一人を頼む」
「分かりました、旦那」と二人が応じた。
「それでは、わしは駒形に行き六分二朱を取り戻しに行ってくる」と云い、その場を去って行った。

 一方、兵庫等は三軒町に足を踏み入れていた。
「鐘巻様、あの醤油問屋です」と指さした。
そして店の前まで来たが竜三郎は暖簾を潜ろうとはしなかった・
「どうしたのですか」
「もう来ないと云って前回店を出たのです。入りづらいのです」
「足を洗うつもりだったのですか」
「はい、私は。他の者のことは知りません
「そう云う事でしたら、私の後から来て下さい」
 二本差しの兵庫の姿に番頭は怪訝な顔で「いらっしゃいませ」と迎えたが、次に入った竜三郎を見て、露骨に嫌な顔をし、最後に入った常吉を見て凍り付いた。
この三人はそれぞれ怖い顔をしているのだ。
「お借りしましたものをお返しに参りましたので、主殿をお呼びください」
「何かお貸ししましたものが在りましたか」
「この竜三郎がお借りした軒賃で御座います。お返ししますので主(あるじ)殿の受け取りの証を頂きたいのです」
「本当ですか」
「私は鐘巻兵庫と申し、養育所を開いて居るものです。悪い嘘はつきませんのでお呼びください」
番頭の役割を果たしたと思ったのか、それ以上抵抗することなく、主を呼びに姿を消した。

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Posted on 2017/05/20 Sat. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第98話 残月(その17)】 

 広間に戻ってきた兵庫に彦四郎が、
「今朝がたからの動きは根津さんから伺いました」
「それでは船宿・浦島で起きた事件のその後を聞かせて下さい」
「事件について宇野殿の証言は押し入った三人の賊をたまたま小用で起きた主の宇野殿が見つけ、一人を斬り倒し、二人に手傷を与えたが取り逃がした。逃げた者の風体は分からず、特に奪われた物はない。と云うより、何を目当てに貧乏船宿に押し入ったのか不明という証言です。他に泊まって居た十人の男たちについては知らぬ間に姿を消していたと云う事です」
これに対し定廻り同心の坂巻殿は
「死んだ者の身元を割りだそうとしても手掛かりに乏しく、難渋しそうだと調書を上げるそうです」
「養育所関係者の名は出ない分けですね」
「はい、奉行所には報告されませんが、いきさつは全て話してあります。勿論、逃げた二人のこと、姿を消した十人のこと、今どこに居るかも、どうするかも伝えて在ります」
「それで結構です。浦島に彦四郎さんがどうして居たのか、正直に言うのが一番です。それとこの事件は本所・深川で起きたものですが、火元は川向こうの浅草側です。忙しい坂巻殿は飛び火がこれ以上来ない様に、浅草側で火元の後始末をつけて欲しいと思って居るはずです。今日の午後から浅草側で動くことにします」
「身体の傷も癒えましたので、斬られ彦四郎の出番も用意して下さい」
「えっ 斬られ彦四郎 まさか」と少し離れて同席していた勘三郎が呟き、富五郎と顔を見合わせて、そして改めて彦四郎を注視した。
彦四郎も反応し二人を見た。
「お二人さん。私もこの養育所で傷の養生をして来ました。早く良く成って下さい」
二人はただ小さく頷くだけだったが、なぜか目の光は増していた。

 暫くして、板木が打たれ広間は昼食の席に変わっていった。
東都組の者十人がの代わりに、その数を上回る男の子たちが座った。
「今、椅子に座りターフルを膳がわりにしている方が居ます。勘三郎さんと富五郎さんですがご覧の様に片足を折り、もう片方も痛めていて一人では動けません。片足がしっかりしていれば、杖とケンケンで動けますが、両足の悪いとそれも出来ません。今日より、お二人が一人で動けるようになるまで、九歳以上の男の子は押上でお二人と暮らしのお世話をするように。九歳以上の者、手を上げなさい」
佐助、観太、虎次郎、熊五郎、富三郎、秋四郎の六人が手を上げた。
その六人を勘三郎と富五郎が見ていると、志津が老女に向かって
「綾様、文様、子供たちを宜しくお願いします」
「分かりました、奥様。お任せください」

 食事が始まり、そして終ると、兵庫が
「片付けが済んだら六人は広間に集まりなさい」と告げた。
 子供たちが戻るまでに兵庫は竹刀や六尺棒を用意し、その使い方を勘三郎や富五郎と話しながら待った。
そして男の子がやって来たが六人ではなく全員だった。
それは何かわからぬが母・志津の傍に居られるような世話とはどのようなものか興味があったのかもしれない。
 集まった子供たちは兵庫が話し始めるのを待った。
「私はこれから外出しなければなりませんので、皆にお願いしてから出かけますので、勘三郎さんや富五郎さんと相談しながら良い方法を探して下さい。それではお願いを言います。一つ目は、子供でも移動の手伝いが出来る方法を決めて下さい。二つ目はオシッコの取り方。三つめは・・」
「うんち」と男の子に混ざって見ていたお玉が言った。
「そう、その三つです。方法を決めるには先ず子供たちだけでやってみて確かめてから、実際にお二人にも試し、直す所があれば直し、少しでも良くしてください。どうしても良い方法が見付からな時は綾様や文様の知恵を借りて下さい。考えて貰えますか」
「はい」と云う返事が六人以上から出た。
「あの、棒と竹刀は何に使うのですか」
「私が勘三郎さんを移動させるのなら、負んぶでも、抱っこでも、肩車でも出来ます。しかし子供一人では重すぎて出来ません。みんなで力を合わせれば重い物を運べます。例えばお神輿です。考えて下さい」
と云い、兵庫は広間から出て行った。

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Posted on 2017/05/19 Fri. 04:01 [edit]

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