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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【湯上り侍無頼控え 九話 霞塵流(その17)】 

 小平太が備中守からお褒めの言葉と脇差を拝領して席に戻ったときには碁四郎の姿は無かった。
碁四郎は小平太が二本目の柄打ちを果たした所で席をたち、加納屋敷を後にしていた。
屋敷の外、葵坂を下っていると小平太の気合いが聞こえてきた。
「勝ったようだな」
そう呟くと、碁四郎の足は番町へと向かう虎ノ門を潜る事無く、東へと新橋まで行き、そこからは京橋、日本橋へと続く町並みを見ながら歩いた。
日本橋を渡り室町の大路に出たところで、魚河岸の道を歩いてくる侍と目が合った。
碁四郎は笑った。
その碁四郎の笑い顔を見て、侍の顔にも笑みが浮かび、一瞬だが何か光るものさえ見えた。
「先生! 見事なものでした」
「そうか・・」
二人の会話はそれだけで口を開かなかった。
服部にすれば開けなかったのかも知れない。
碁四郎は日本橋の大路を中程まで歩いたところで
「先生、私はこれで、浅草に戻ります」
「うむ、世話になったな」
互いに一礼し、服部は西の鎌倉河岸へ、長く伸びた服部の影が碁四郎の足元を離れていくまで見送ると東の浅草へと分かれていった。

 翌朝、碁四郎が朝駆けを終え湯に浸かって戻ると、小平太と中間の平蔵が碁四郎を待っていた。
碁四郎が屋敷に残してきた稽古道具を返しに来たのだ。
「碁四郎様、色々とご教授有難う御座いました」
「兄上も喜ばれたことでしょう」
「はい、お殿様からはお褒めの言葉と剣術師範並みの役を頂くことになりました」
「並でもいくらか扶持はもらえるのか」
「はい、父上の扶持に三両加えて頂けるそうです」
「だいぶ渋いが旗本も楽ではないからな」
「お扶持は兎も角、お役を頂けたのが嬉しいです」
「それは転んだとき、とっさに小石を掴み役立てる霞塵流の心を会得したからです」
「はい、そのことは斉藤先生にも誉められました」
「そうか、それはよかった。私からも褒美を上げます」
「それは、結構です。お礼をする立場ですから」
「遠慮するな。刀と脇差と槍だ。ささやかでも扶持を得て侍稼業を続けるとなると、刀槍いくらあっても足らぬ日が来るとも限らぬからな」
碁四郎が刀箪笥から持ち出したのは、舟追い剥ぎから奪った両刀と、同じく賭場船の浪人から奪った槍だった。
「こんなにですか」
「元手はただ、皆、悪党から奪ったものだが、品物は決して悪くは無いぞ」
「有難う御座います」
「それと平蔵さん。これは私の門限破りを何度も目を瞑ってくれた目こぼし代です」
碁四郎が平蔵に裸の一両を手渡した。
「いや~覚えていてくれましたか、門限破りでは碁四郎様にはだいぶ泣かされました。頂いておきます」
「ところで小平太、舟を漕いだことがあるか」
「いえ、ありません」
「霞塵流は足腰だ。砂利で足を取られるようでは未だ未だだぞ。これから牛込御門辺りまで漕ぎ上げなさい」
「はい、言い訳できませんし、面白そうですね」
「これからの侍は馬より舟を操れねばならなくなるぞ」
「それは父上も申しておりました。四海には異国の大船が来ているそうです。大国の清も戦に破れ、次は日本だと・・・」
「そうだ、異国は既に霞塵流を会得しています。手ごわいですよ」
「はい、四尺の木刀ならそれより長い石礫で間に合いますが、相手が新式大砲ですからね」
「霞塵流の出番ですよ。どうしますか」
「こちらに無いのですから話は簡単です。船・人ごと奪えばよいのではありませんか」
「小平太、頼もしいぞ」
暫らくして、碁四郎の猪牙舟・三途丸が神田川を遡っていった。

九話 霞塵流 完

Posted on 2011/04/08 Fri. 17:16 [edit]

thread: 幕末物語

janre 小説・文学

【湯上り侍無頼控え 九話 霞塵流(その16)】 

 間合いを詰めていく小平太、西吉の癖が指、手、腕と流れ足先に伝わる動きを見せた時、小平太の気合いが飛び、西吉の差し出す木刀の切っ先目がけて飛び込んでいた。
その小平太の仕掛けよりほんのわずか遅れて誘われるように西吉の長い木刀が小平太の喉元があると思っていた所へ突き出された。
十六歳の小平太の首は同じ年頃の者に比べれば太いがそれでも五寸は無い。
その五寸幅の半分ほど小平太の体は右にずれていた。
西吉の突き出した木刀が小平太の左肩をかすりながら突き抜けると同時に小平太は右に飛び、西吉の持つ木刀の柄を打った。
「まだまだ~」
西吉の負けを認めぬ声が上がり、木刀を上段に構えなおしていた。
それは小平太が打とうとする柄を一番遠くする構えに他ならなかった。
空いた胴を打つのなら出来ぬこともなかったが、小平太はもう一本柄を打ちたかった。
だが西吉にしてみれば、もう一本柄を打たせまいとしている。
それだけなら、まだ策も在り辛抱すれば打つ機会に恵まれるのだが、西吉は胴の守りを等閑(なおざり)にして詰め寄ってきた。
小平太の後退が始まった。
追い詰めらないようにと庭を巡っているうちに小平太は池近く、傾斜の玉砂利の中へ足を踏み入れ、足を滑らせ手をついてしまったのだ。
西吉にすれば願っても無い好機と捉え、急ぎ詰めより打ち込んで来た。
それを小平太が両手で支えた木刀で受けると、あろうことか西吉も玉砂利に足を滑らせたのだ。
危うく難を逃れた小平太は足場の悪い砂利場を離れ、身を最初の立ち位置近くに戻し西吉が来るのを待った。
試合が振り出しに戻り、西吉が三間先で木刀を上段に構えると、小平太は右手に持った木刀を斜上段に構え、左手を振り上げた。
その小平太の振り上げた手から何かが己の頭上に上がり、それを右手の木刀が激しく打ったのだ。
こ~ん・・と音を立て弾かれた黒い影は西吉の左小鬢をかすり、後ろの池に落ち水音を立てた。
これが一瞬西吉に木刀から左手を離させ小鬢を触れさせ、その間に飛び込んできた小平太に右片手上段の柄を打たれてしまった。
「浅い・・・」
またしても西吉の声だった。
また、斉藤弥九郎も試合を止める声を上げなかった。

小平太にすれば次は三本目だが、今度はどこを打っても良い。そうは言っても籠手打ちと決めてあるのだが、勝負は早かった。
同じように上段に構えた西吉に小平太は正眼で歩み寄り、西吉の打ち下ろす木刀を己の木刀で右に払い落とし、西吉の右籠手をしたたか打ったのだ。
鈍い音と同時に西吉の木刀が地に落ちた。
「それまで」
斉藤弥九郎の手が小平太に上がっていた。

Posted on 2011/04/08 Fri. 14:47 [edit]

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janre 小説・文学

【湯上り侍無頼控え 九話 霞塵流(その15)】 

小平太は西吉の初太刀は許せても、次の北野のあばらを折った打ち込みは許せなかった。
寸止めが出来ぬ体制ではなかったと思ったからだ。
その様子が顔に現れたのを見て、碁四郎が押し殺した声で
「小平太。怒ってはいかん」
「すみません」
言葉とは裏腹に小平太の怒りは高まる様子を見せていた。
「小平太、打つのなら三本目にしなさい」
「はい」
碁四郎から三本目は打っても良いと言われ、小平太の高まりは落ち着いてきた。
 休息は西吉が口を漱ぎ、汗を拭き、草鞋を交換する程度の短いものだった。
出てきた用人は備中守の頷くのを見ると声をあげた。
「大石神影流・西吉左之助殿、霞塵流・服部小平太殿」
呼び出された二人は手順の挨拶を済ませると三間ほどの間合いを取り向かい合った。
西吉は長い木刀を正眼に構え、その切っ先を小平太の喉元につけた。
小平太も正眼に構え、突かせようと間合いを詰めていった。
出ることで相手の詰めよる足を押さえ、いくらかでも突きの鋭さを押さえ、かわす間を測っていた。
二人の木刀の先が近づき、すでに西吉の一足一刀の内に入っていたが西吉の木刀は動かなかった。
無理は出来ない。
小平太は素早く退き足を使い、西吉の間合いの外に出た。
それに釣られるように、西吉が出ると、今度は小平太が押し返すように出ていった。
このような一進一退が数度繰り返さるなかで、小平太は西吉の突きに出る時の癖を読んでいた。

西吉と北野の試合が終わった後、碁四郎がさりげなく言ったのだ。
「西吉殿の癖は手よりも足に出るようだな」
どんな使い手にも癖がある。
それを癖と呼ばずに型などと済ましていてはいけない。
型そのものは流派の癖で、それを知られるだけで得にはならないからだ。
大石神影流は天下に知られていた。
長い得物を持つこと。
それを使った突き技、払い技の攻めがあることはだれでも知っていた。
だが霞塵流は知られていなかった。
見せたのは柄打ちという常人では出来ない技だけだった。
それが中西を用心させ、攻めに踏み切れない様子見をさせていたのだった。

 碁四郎が呟いたように西吉の足使いには、攻め、守りを知らせる明らかな癖があった。
しかし、それは遠くから見ても分かるもので、小平太が三間、二間と間合いを詰めてみれば、腕、手そして指にまで、西吉の気持ちが滲み出ていた。
何よりも近くに対峙して分かったことは、その癖が指、手、腕と伝わり、膝へと流れていくのが小平太には見えてきていた。

Posted on 2011/04/08 Fri. 11:26 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 九話 霞塵流(その14)】 

その声と同時に小平太が木刀を片手八双に構え、東龍之介に向かって走った。
真直ぐ迫る小平太は隙だらけだが、東にすれば籠手は遠く、打てるところは面か、突きの二者択一なのである。
確立は五割なのだが、歯引き稽古で鍛えた小平太の目は東が正眼の木刀の切っ先を僅かに下げ待つのを感じ、突きと読んでいた。
突きにしても、面打ちしても縦の攻撃であり、避けるためには半身、体を左右いずれかにずらさねばならない。
木刀試合は竹刀とは異なり、不完全な打ち込みでも受けてしまうとその後の戦闘力を損なう。
このずらすのは相手が仕掛けると同時か、そのほんの少し前でなければならない。
迫る小平太を前に東が目を瞑った。
試合に於いて瞬きは禁物である。
何が東の目を閉じさせたのか、それが小平太を右へ僅かに飛ばせた。
東の気合と共に突き出された木刀が空を突いている間に、小平太の木刀が東の柄を打ち、固い音を立てた。
驚き目を見張った東はとっさに木刀を引き付けるように振り上げる所を、小平太の木刀が横に払われ、再び東の柄を打った。
唖然と立ち尽くす東に対し、小平太は木刀を上段に構え直していた。
「それまで」
斉藤弥九郎の声が庭に飛んだ。
これには、備中守から声が掛かった。
「斉藤先生、ご説明願いたい」
「先に申しましたが、流派により打突は異なります。今のは霞塵流の柄打ちの技と認めました。一度目の柄打ちで止める所ですが、合点がいかぬかと思い、二度打たせました」
「おそれながら、斉藤先生の申されるとおり、私の敵う相手では御座いませんでした」
負けた、東が片膝をつき言上した。
それを補うように主の落合博文が
「備中守様、当家では一番、北辰一刀流免許の東が申すのです」
「分かった。負けたほうが納得いたすのなら、それでよい」
小平太と東が再度、備中守に挨拶し下がっていった。
入れ替わりに用人が進み出て
「野村様御家来・大石神影流西吉左之助殿、星野様御家来・甲源一刀流北野武四郎殿」
呼ばれて進み出た北野は常人と変わらぬ井出達だったが西吉は奇異であった。
振る舞いに何か横柄さを感じさせるのに加え、はっきりとわかる長い木刀を下げていたのだ。
斉藤は西吉の相手となる北野に歩み寄り
「異存御座らぬか」
「大石流は長いと聞き及んでいます。かまい申しませぬ」
文句があっても、こうした試合ではもの言わぬのが侍の常だった。
試合が始まり、二人が構えた木刀の長さには一尺程の差があった。
この差が北野の攻めの気持ちを阻み、守りに転じさせていた。
西吉が上段に構えると、北野は西吉の周りを回りはじめた。
しかし西吉気迫に負けた北野は己の間合いに入れぬままに時が流れ、次第に追い込まれて縄張りを背にしてしまった。
武士として縄より出ることは逃げたことになり、主人の面目まで潰すことになりかねない。
それだけは避けねばならない。
北野は振り下ろされる初太刀だけを受けきろうと、西吉目がけて飛び込み振り下ろされてきた長い木刀の下に己の木刀を入れ受け流そうとした。
しかし、豪腕で打ち込まれた勢いを支えきれず、己の木刀が額を打ち、よろめいた所を西吉に胴を払われてしまった。
鈍い音がして北野は膝をついた。
「それまで」
歯を食いしばり、備中守に挨拶をして自席に戻る北野の姿が痛々しかった。
「暫時、休憩いたす」
用人の声だった。

Posted on 2011/04/08 Fri. 10:16 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 九話 霞塵流(その13)】 

 山中武左衛門が躑躅(つつじ)間の控え勤務を終え屋敷に戻ってきたのは八つ半過ぎであった。
屋敷内で一服すると、供揃えを代え、今度は徒歩で大番頭、加納備中守の中屋敷へと向かっていた。
「兄上、前評判で強そうな組は何処でしょうか」
「それが此度の試合には乗り気ではなかった野村殿が家来の自慢しておった」
「それで、弱いのは何処でしょうか」
「これまた野村殿の言だが我が家の服部が出ぬのなら、我が家だと申しておるが・・・」
「それは結構で御座いました」
「それも、今夕分かる。小平太、勝ち負けは名誉でも恥でもない。堂々と立会いなさい」
「はい、そのように致します」
 一行は内堀沿いを半蔵門、桜田門へと歩き、そこからは南へと大名屋敷に挟まれた通りを歩き虎ノ門外へと抜け出た。
右手堀り向こうには延々と続く内藤能登守上屋敷の長屋を見ながら金比羅宮の賑わいへと近づくと、鉤形曲がった堀の石垣の陰から水の落ちる音が聞こえてきた。
金比羅宮の門前まで来て、目を向けると音は溜池から落ちる滝の音だった。
「先の葵坂を上ったところが備中守様の屋敷だ」
武左衛門の指差す西には夕日と呼ぶにはまだ早すぎる日が輝き、大きく枝を伸ばした榎が影を落としていた。
 山中武左衛門以下が加納備中守の門を潜ったのは集まりの定刻夕七つ少し前だったが、その時には他の組頭三家に審判役の斉藤弥九郎も既に着いていた。
主の武左衛門は備中守に挨拶するため一旦屋敷に上がり、碁四郎ら家来衆は用人に導かれ、屋敷の南へ回ると、屋敷と池に挟まれた中庭へと案内された。
既に到着して控えていた他家の侍集に一礼し、用意された控えに着いた。
加納家の侍衆も多く控える庭だったが、静まり聞こえてくるのは蝉の声に先ほど見た滝の音だけだった。
やがて四家の組頭が案内され、廊下下に用意された四つの床机に着くと、暫らくして小姓を従えた備中守が廊下に座った。
一同が備中守に頭を下げた。
「皆の者、大儀である。日頃の鍛錬の程見せてもらうぞ。なお勝負は時の運とも申す、勝ち負け、何れも誉れと思うように」
暫らく間があって、用人が口を開いた。
「此度の試合は、野村克五郎様御家来・西吉左之助殿、落合博文様御家来・東龍之介殿、星野仙衛門様御家来・北野武四郎殿、山中武左衛門様御家来・服部小平太殿、以上御四方にて行います。試合場は縄張りの内側、得物は木刀と致す。尚、審判はこちらにお控え下さった、神道無念流練兵館道場の斉藤弥九郎先生にお願い致した」
用人が斉藤弥九郎に一礼して下がると、代わりに斉藤が進み出た。
「試合に先立ち、一・二申す。勝負は一本勝負。また流派も異なれば打突の判定は拙者の一存にて行う」
斉藤が一歩引き、用人が進み出た。
「それでは、呼ばれた者はお出まし下さい。落合様御家来・北辰一刀流東龍之介殿、山中様御家来・霞塵流服部小平太殿」
呼ばれた二人が試合場に進み出て、備中守に一礼し、更に斉藤に一礼し最後に相手に対し一礼しかなりの間をとって蹲踞した。
二人の姿は似たようなもので、白襷に白鉢巻だったが若い小平太に対し東は働き盛りの三十代だった。
「はじめ」
斉藤の声がかかった。

Posted on 2011/04/08 Fri. 09:26 [edit]

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