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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第99話 標的(その45)】 

 十兵衛は思った以上に素直だった。
「先ほど類が及んでは申し訳ないので、その名は言えないとのことですが、聞くまでも無くこの道場の四本柱に名を連ねた方々ではないかと察しがつきます。察しがついてもその方々に今回の一件でこちらから会う事は致しません。それは信じて下さい」
「信じましょう」
「ただ心配事が在るのです」
「どのような?」
「失礼ながら、十兵衛殿が思いついたことを、他の三人の誰かが思いつくのではないかと云う事です。このこと考えられますか」
「わしが思いついたのだからな・・・」
「私としては何度も狙われるのは嬉しくは有りませんので、狙われないようにしなければなりません。お判りいただけますか」
「それは分かりますが・・・」
「そのためには、十兵衛殿の咎を明らかにして、考えられる最もきつい仕置きをして見せ、真似をすることを思い留めさせなければならないでしょう。しかし、私は先ほど五人の方々は放免すると云ったので、今日のことは事件にはいたしません。公に仕置が出来ないとなると十兵衛殿を闇奉行が仕置きすることになります。例えばあなたの首に斬奸状を付けて草加宿に晒すとかですが。やりたくはないのです」
「私も出来れば、遠慮したいですね」
「それでは、どのような話から此度の知恵を借りたのか名前は仮の名にして話して頂けませんか」
「四人の内の一人が鐘巻様の支配する人・物・金について尋ねたことが発端でした。話が
どう進展したのかは思い出せませんが、鐘巻様を恐れなければならないのは悪党だということになり、そうしたら“善人ではない”と言う者が居て、その言葉をどう理解したらよいのかと考えて居たら、別の者が“馬鹿なことは考えない方がいい”とその時の私には分からぬことを云ったのです。これが全てなのです」
「それではその後、例えば草加に戻ってから、草加宿で埋もれたくはない。そして東都組のように浅草に一家を開きたいと思ったとします。しかし、私に斬られて死んだ、東都組の頭・半蔵と同じ轍は踏みたくはない。そこで四人で話したことを思い出し、悪党にとって怖い私を除こうと云う馬鹿なことを思い付き行動を起こしたのですね」
「そう云うことに成ります」
「碁四郎さん、聞いて居て納得出来ましたか」
「やったことの良し悪しは別として、噓は云って居ない様に思えます。斬杆状付き晒首の代わりに、いつもの様に話を付けたら如何ですか」
「それでは、十兵衛殿の欲から出た悪事に対しての仕置は十兵衛殿に損をして頂くことにします。それで宜しいですね」
「それが鐘巻様のやり方だと伺っていますので構いません」
「これまでの事例で久蔵一家や繁蔵一家からは家屋敷を頂きましたが、草加の家屋を頂くことに成りますが宜しいですね」
「それが家屋は私の持ち物ですから良さそうなものなのですが、ご存知だと思うのですが草加の縄張りを取り戻す折には越谷の勝五郎さんのお世話になって居ます」
「そのようなことが在りましたね。それで何か差支えが在る訳ですか」
「はい、越谷宿と草加宿の縄張りを別々に仕切って居ては又、成りあがり者が出て来て追い出される恐れが在る。今は助け合えるから良いが、平穏が続けば乗っ取られた過去を忘れるだろう。そうならない様に勝手な行動はしないこと、もし勝手なことをして死ぬとか、縄張りを維持できなくなった時は互いに縄張り、全財産を引き継ぐ念書を交わしたのです。ですから、こうなった以上草加の財産、縄張りは私のものだと、勝五郎さんは云うでしょうね」
「と云う事は無一文ですか」
「はい、そうなります」
これを聞いて、兵庫、碁四郎、虎之助が顔を見合わせ、矢五郎と彦四郎も十兵衛と勝五郎の関係に驚きを隠さなかった。
「参りました」と兵庫は十兵衛に頭を下げた。
「上手の手から水が漏れましたな」と虎之助が言った。
「どう云う事でしょうか」と十兵衛が怪訝な顔をした。
「実は、私を標的として狙う者が居るだろうと罠を張って居たのです。そしてまんまと罠に掛かったのが知り合いだとは夢にも思って居ませんでした。それも無一文では、掛かった罠代の元が取れないからです」
「それは申し訳ありません。私も無一文に成るとは思っても居なかったのです」
「十兵衛さん、私はあなたを許しますので無一文には成りませんよ。その代わり百両の借用書を書いてください。何年かかっても良いので返して下さい」
「有り難うございます。必ずお返しいたします」
「それでは五人の方々はお引き取り下さい。刀は門を出る時受け取って下さい。お見送りをして下さい」

 暫くして十兵衛も百両の借用書を書き終わると帰っていった。
見送る兵庫からは、
「もう私を標的にするのは止めて下さいね」と別れの言葉が送られていた。

第九十九話 標的 完

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Posted on 2017/08/12 Sat. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第99話 標的(その44)】 

 兵庫の声を聞きつけた常吉が茶店から出てみると、駆けて来る兵庫の後ろに白刃をきらめかせ追って来る侍たちを見て、女房のお仙に「根津様を」と告げ己は木刀を持って乙次郎と十軒店から飛び出して来た。
「先生!」と逃げて来る兵庫に声を掛けた。
「川向こうの男を捕らえに行って下さ」と言いつつ、追って来た先頭の男に懐からとりだした石を投げつけた。この石は玉三郎から“狙われている”と教えられた時、酔った振りをしてわざと転び拾ったものだった。小さな石だったが頬を掠ったため侍は勢いを減じてとまった。その間に兵庫は抜刀し、更に斬りつけた。
男の額から血が流れ出た。
そして、一番後ろの男が悲鳴を上げた。
坂崎に後頭部を棟打ちされ、振り返った所を今度は額を斬りつけられ血を流したのだ。
「手加減したのはお判りでしょう。このまま続ければ大事な筋を斬られ不自由な体に成ってしまいますよ」
そこに足を引きずりやって来たのが中川彦四郎と矢五郎で、兵庫の後ろには押っ取り刀で出て来た根津甚八郎と近藤小六が立った。
「もうこれ以上争うのは止めましょう」と云い、兵庫は刀を手拭いで拭い鞘に納めた。坂崎もこれに倣った。
これで浪人たちも刀を納めた。
「傷の手当てを致しますので茶店に入って下さい」
二人の傷は兵庫と坂崎により縫い合わされ、薬を塗られ、包帯をされ終わった。
その手際の良さが、二人の厳しい戦歴でもあった。
そして常吉と乙次郎そして弥一が追っていた男が連れて来られた。
その男は草加宿の千疋屋十兵衛だった。
「五人のお方は、こちらのお方に私を襲った訳を聞いたうえで解き放ちます。それまで両刀を預からせて頂きます。尚調べは移築が終わった中之郷元町の道場で行いますので、そこで待って居て下さい。私は遅れて居る夕ご飯を食べてから出向きます。皆さん方も食事が未だでしたら、飯屋で食べてから行って下さい。私のおごりです」

 広間では、女の子たちが待って居た。男の子たちはこの日の夕食から向島で食べることに成り、その姿は無かった。女の子の数も千夏とかえでが賄いで向島に移ったため少なく成って居た。
「待たせてすみませんでした。道場の移築が終わったので見て来て遅れました。それでは頂きます」

 食事を済ませ、部屋に戻った兵庫の顔は優れなかった。
「表で何か在ったようですが・・・」
「五人の浪人に私が襲われました。頼んだのは草加宿の千疋屋十兵衛さんのようです」
「分かりませんね。何の得が有るのでしょうか」
「私も、興味が在りますので、これから中之郷まで行って来ます」

 中之郷の屋敷内に移築された道場には明かりが灯され、その灯りは周囲の障子を照らし、北側に南向きに座らされた六人の影を薄くしていた。
その道場東側と西側には中川矢五郎、坂崎新之丞、根津甚八郎、近藤小六、常吉、乙次郎が分かれて座って居た。
そこに兵庫、急遽呼ばれた山中碁四郎、内藤虎之助、そして中川彦四郎が入って来て空いて居る南側に座った。
「草加宿の千疋屋十兵衛殿とお見受けいたしますが、ご本人に相違ございませんか」
「間違い御座いません」
「それではこれから色々とお尋ねしますが、隠さずにお話しいただきたい。黙秘は出来ません。脅すわけではありませんがここには元奉行所勤めの者が居ると云う事を忘れずに正直に話して頂きたい」
「分かりました」
「それでは、人を頼み私を襲わせた、その狙いは何でしょうか」
「草加宿で埋もれたくはなく、浅草に一家を開こうと思ったためです。他に何千両あるかもわからない養育所の隠し金を奪えれば、そのためには邪魔なのが鐘巻様だからです」
「どうしてそのようなことを思いついたのですか。誰かの知恵ですか」
「知恵を借りたと言えば借りましたが、その者たちとは一切の相談をしていません。類が及んでは申し訳ないのでその者の名は申し上げられません」
「分かりました。無理には伺いませんが此度のことを子分衆は知って居ますか」
「鐘巻様の名は出してはいませんが、人を殺めるための人集めをさせましたので、物騒なことをすることは知って居ます」

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Posted on 2017/08/11 Fri. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第99話 標的(その43)】 

 そして嘉永六年九月二十七日(1853-10-29)も夕七つ半過ぎ兵庫は浅草巡りから戻り、お決まりの様に中之郷元町の養育所に立ち寄った。
いつもなら矢五郎と話し、帰るのがお決まりだったが、この日は道場の移築が終わったため、道場に皆が集まり、労いの酒が少ないながら振る舞われていた。
兵庫も養育所の主として飲めない酒を付き合った。
少しばかり飲んだところで、
「私が戻らないと娘たちが食事を摂れないので」と断り、屋敷の脇門から外に出た。
この時。前の履物屋の暖簾を分けて主の玉三郎が出て来た。
「先生、ご機嫌のようですね」
「はい、道場が出来たので、祝いに少々頂きました」
「そうでしたか」と寄って来た玉三郎が小声で
「狙われていますよ」
「分かりました。気を付けます。道場に居る彦四郎さんにも知らせ、助っ人を頼みますと伝えて下さい」
と兵庫は云い、よろけると転んで見せた。
「平気ですか、先生」
「大丈夫です」と云いながら立ち上がると千鳥足で押上に向かって歩き始めた。
「先生、私も酒を頂いて来ます」と云いながら玉三郎は兵庫が出て来た脇門から中へ消えて行った。
兵庫は然程酔って居ないつもりだったが、門を出た途端、玉三郎に「ご機嫌のようですね」と声を掛けられたことに不覚を恥じ、正気を取り戻そうと辺りに気を配った。
だが、兵庫の足取りは相変わらず心もとなくのんびりとしたものだった。
これは、彦四郎ら助っ人がやってくる間を稼ぐ芝居だった。
その芝居を見ている者がどこに居るのか、兵庫はその気配を感じ取れないまま歩いて居る内に後方に間を保ちながら歩く者が居ることが分かって来た。
それは敵ではなく味方であることは直ぐに分かった。その中に彦四郎が居ることが分かったのは斬られた左足を少し引きずるようになっていたからだ。
後方の気配が分かっても、見える前方には気配を感じられない。
兵庫はこのことは、敵が兵庫を襲う場所を既に決め、そこで待ち伏せしているためと理解した。これは兵庫にとっては一人一殺で狙われるより安心できるのだった。集団で襲われるのは怖いのだが、先頭の一人を倒すと集団の勢いが一気に落ちることを之までの経験から知って居たからだった。集団ではどうしても他力本願的行動が生じてしまうのだ。
 兵庫が横川に架かる業平橋の見える通りまでやって来た。この橋の近辺では兵庫自身、また兵庫の弟子らが襲われたことがある所で、橋を渡る直前に兵庫は背筋を伸ばし、そして渡り始めた。背後を己の助っ人で固めている兵庫は恐れることなく進み向こう岸の様子を改めて見まわした。川向こうには西尾隠岐守の下屋敷が在りその塀沿いに潜む場所は無い。
間もなく暮れ六つの鐘が鳴る時刻だが、まだ明るい。多人数を伏せて置く場所は限りがある。橋を渡る兵庫を挟撃することを選ばなかった賊が次に選ぶ襲撃場所は北十間川と西尾屋敷に挟まれた場所だと兵庫は思った。そこは少し先に西尾屋敷が終わり、屋敷を囲む見えない道が在ることと、背後には隅田川の水が大水の折りに北十軒川に流れ込まない様に幅広の堰が作られ百姓地に成って居て、雑木も生え潜む場所もあり、挟撃できるからだった。
 この読みは兵庫の後を追って来た中川矢五郎も同じで、
「彦四郎、止まれ。魚が針に掛るまで待て」と兵庫との間合いを詰め過ぎるのを止めた。

 鯉口を斬り用心深く進む兵庫の目が、北十軒川の向こう岸に光る物が振られたのを見た。
同時に兵庫は前に向かって走り、賊が潜み飛び出してくるだろうと思われた西尾屋敷の塀の終わりを駆け抜けた。
 そして一呼吸おいて三人の浪人者が飛び出てきたが、兵庫を挟撃することに失敗した。それどころではない、兵庫の背後から飛び出した同じく浪人二人と合わせて五人が兵庫と兵庫の助っ人の間に挟まれてしまったのだ。
「鐘巻兵庫です。怪我をしたくなかったら刀を捨てなさい」
だが、五人は切り抜けようとしたのか、あくまでも兵庫を倒そうと思ったのか、兵庫に向かって突進した。
これに対し兵庫は逃げた。と云うより養育所に向かって走りながら
「助けて~」と何度も叫んだ。

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Posted on 2017/08/10 Thu. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第99話 標的(その42)】 

 この日の午前中、兵庫は駒形の内藤虎之助に顔を見せ、
「すこし浅草を歩いて来ます」と云い出て行った。
実際にひょうごが回った所は、元東都組が軒賃を集め、その後返却しに回った店だった。そこでは、その後悪党にせびられるようなことが起きているか確かめ、
「お陰様で何も起きて居ません」の返事を貰うと
「何か、起きましたら、駒形の経師屋為吉で帳場番をしています内藤虎之助殿に知らせて下さい」と言伝して次の店に向かう事を繰り返した。
そして、昼前には押上に戻った。そこには朝、向島に移ることになり、私物などを置きに行った子供たちや、商い修行を始めることに成った四人も戻って居て、二人は雑貨屋に入り向島からやって来た村上縫から、教えというか、もう少し人当りを良くしなさいと商売以前の教えを受けていた。
 残りの二人は天秤棒を担ぐ修行をさせられていた。担ぐ荷は一人は何と子供たち、もう一人は水桶をぶら下げさせられていた。それを指導するのは常吉だった。

 昼食後、兵庫はまた浅草に出て行き、午前に回り損ねた店を巡った。何事も無く回り終ると足は了源寺門前町の茶店に向かった。
茶店は寺領に建って居て、町奉行所が許可なく手出しがしづらいことを見越し、東都組の半蔵が悪事の拠点としていた所だった。事実、東都組の存在を知って居た定廻りの久坂だったが忙しい町奉行所としては敢えて寺社領にまで動くことはしなかった。代わりに動いたのが兵庫が率いる者たちだった。東都組を追い払った礼として茶店の使用権を了源寺より得て、それを兵庫を頼って新発田から出て来た山内家の者たちにかしたのだった。

 了源寺の参道に入って行くと
「鐘巻先生」茶店から声が掛かった。
看板娘となった八重だった。
茶店に入った兵庫が「変わった事は起きて居ませんか」
「特にありませんが、お爺様がまたカラ寿司を売りに浅草の広小路に屋台を担いで出かけています。父上は蕎麦を打ち、母上は天婦羅を揚げ、婆様と私が店番です」
そこに婆様の田鶴が茶を持ってやって来た。
「鐘巻様、今日は何で御座いましょうか」
「婆様のお顔を拝見したくなり参りました」
「お美しい奥様には無い皺を見にわざわざ・・何の御用ですか、遠慮なさらずおっしゃってください」
「実は今日、男の子たちを押上の養育所から向島に建てた家に移したのですが、これから寒い冬を迎えるので、少しでも暖かくしてやりたいので、婆様の知恵をお借りしたいのです」
「百聞は一見に如かずですから、拝見にこれから参りましょう」
 茶店を出た兵庫と田鶴は、歩みは遅いが休むことなく歩き通し、向島の村上屋敷に着いた。
「北側の家の五部屋に子供が十四人、大人が四人寝泊まりします」
家に上がり部屋を見ていた田鶴が
「江戸の寒さは知りませんが、越後でしたら凍えてしまいます。屋根が薄いので天井を張りましょう。それと寝部屋を分けずに出来るだけ一部屋に寝かせる工夫が必要です。例えば床に寝るのではなく、何段かの棚を壁側作れば・・例えば二列二段の棚を両壁に造れば一部屋八人が眠れ、部屋を暖められます。それと子供は体が冷えやすいので、冬の間は床に莚を敷き、出来れば足袋を履かせることも」
「なるほど、幼い時に押入れに隠れたまま眠ったことが在りました。あの要領ですね」
「はい、それと縁の下に風が吹き込まない様にしてあげて下さい」
「有り難うございます。あとは子供たちと考えてみます。戻りましょう」

 押上の養育所にしばらくぶりに入った田鶴は志津や子供たちに会い、そして新発田から苦労して出て来た中西一家と話、山の様に用意された土産物を兵庫に持たせ帰っていった。
田鶴を家まで見送った兵庫は帰り道に中之郷により中川矢五郎に在ったが特に変わったことは起きていないことを確かめ押上に戻った。
 こうして兵庫の日が暮れ、また明ける日が繰り返され、二十四日、二十五日、二十六日と日ばかりが過ぎていった。

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Posted on 2017/08/09 Wed. 05:43 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第99話 標的(その41)】 

 嘉永六年九月二十三日(1853-10-25)が明け、押上の養育所は目覚めた。
兵庫はいつもの様に己に課せられた仕事を済ませる前に、常吉に大八車を広間前の庭に用意させ、男の子には使った布団を大八車に積むように言い、己の仕事を始めた。
 千丸の出した汚れ物を洗い、干していると、大八車に畳まないまま布団が乗せられていった。
一寸にも満たない敷布団と搔巻が十四人分平積みされても山にはならない。兵庫の頭に、やってくる冬の寒さを畳の無い板の間に子供たちを寝かせねばならない、何か罪悪感めいたものがよぎった。

 大八車に更に山口家の布団が乗せられ始めると、子供たちは稽古道具を着けて兵庫等剣術方が居る道場へと集まって来た。子供たちの日常が始まり、終わろうとしていた。
稽古着を来た大人たちがやって来た。その中には私物が入った行李を担ぐ空太、金吉、伊佐次、忠治が居た。他に四人の布団を担いで来た者たちも混じって居たがその布団を大八車の上に下ろすと、廊下に行き置いてある剣術道具を身に付け始めた。
逆に子供たちは、道場口の部屋に行き道具を外していった。
 向島に移る者たちの布団が乗せられたのを常吉が確かめ、縄を掛けた。
暫くして子供たちが私物を納めた行李を担ぎ庭に集まった。
兵庫も剣術指導を止め、道具を外しに自室前の廊下に行った。
部屋から志津が出て来た、道具を外した兵庫に桐の箱を手渡した。箱の中には志津の肖像画が入っている。志津と寝起きする場所が変わることに成った子供たちのために、子供たちの母である志津の肖像画が向島に送られることになったのだ。

 兵庫は受け取った桐箱を大八車の上、掛けられていた縄の間に挟んだ。
そして大八車の取っ手を握り、牽いた。
押上の養育所を出て向島に向かえなかったのは賄いを手伝って居る千夏とかえでだったが、
「直ぐに行くからね」と表口に出て見送った。

 向島の家の留守居役・村上茂三郎が出迎え、一行と大八車を新築した家へと案内した。
「山口家のご家族は南の家族棟の一番奥を割り当てますのでお使いください。残りの者は北の家の部屋に分かれて入って貰います。先ず、背負っている物を置いてきてください」
これで兵庫の周りから人が消えた。
兵庫は大八車の荷を固定していた縄を解ぎ、桐箱を抱えて子供たちが戻って来るのを待った。
戻り始めると、大八車に積まれていた布団は、瞬く間に無くなった。
そして、また集まった。
「この絵は、子供たちが病気に成るとか、訳が在って押上に来られない時に見せて貰って下さい。村上さんに預けておきます」と桐箱を預けた。そして
「わたしはこれで戻りますが、皆さんは風呂などを見せて貰い、決まり事を聞いてから、昼ご飯を食べに戻って下さい」
 こうして兵庫は押上に戻り、着替え直すと
「浅草に行って来ます」と出かけて行った。

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Posted on 2017/08/08 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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