FC2ブログ

11 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 01

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第101話 出江戸(その45)】 

 兵庫が志津との話を止めたのは、養育所に戻った時に女たちの笑い声が聞こえて居たからだった。
養育所には京橋の両替商越前屋の内議・絹枝と子息の京介、娘のさくらとてるみの四人を肖像画の客として七日の日に迎え入れていたのだ。四人の肖像画の製作は、養育所の運営を理解する絵師の太白と弟子となった赤松又四郎によって描かれるのだが、評判が良く養育所の収益に貢献し始めて来ていた。肖像画販売は描かれた者がその絵に満足して貰わなければならない。そのためには養育所に滞在中の暮らしの中でも良い表情を持続させることを習慣づける必要があった。そのためには志津の付き添いが必要だったのだ。とくに越前屋の場合は当初内議が描かれることを拒んでいたのを志津が描かれることを受け入れさせた経緯があった。それは内議自身が気が付かない良さを志津が引き出して見せたからだった。髪形を変え、化粧法を教え、立ち振る舞いまで踊りを教えながら女らしさに即製ではあったが磨きを掛けてきたのだ。実際の絵は子供たちの物が先行されて、内議の絵はまだ始められて居なかった。兵庫としてはその邪魔をしたくなかったため、志津との話を途中で打ち切ったのだった。

 兵庫が着替えを済ませると志津は部屋を出て行った。兵庫も部屋を出て十軒店の茶店に近藤を呼び出し、常吉を加えて今日一日のことを話した。
「この一両日が最後の山になりそうですね」と常吉が言った。
ただ、新門は謹慎するでしょうから、一両日に動けるのは御上と云うのが私と矢五郎さんの読みです。
「分かりました。向島にも暫く夜間に浅草に行かない様に伝えておきます」
「お願いします」

 そして夕食後暫くして志津が部屋に戻ると兵庫と志津の長い話が始められた。
一夜が明けた嘉永六年十月十日(1853-11-10)、朝稽古に来る者がめっきり減り、その分、子供たちとの稽古を楽しんだ兵庫は、食後、中之郷に寄り、矢五郎らと駒形へと足を延ばした。
そこで待って居たのは、岡っ引きの勇三だった。
「勇三さん、朝早くから精が出ますね」
「先生、それを言うのなら夕べ遅くからで御座いますよ」
「何か在りましたか」
「昨夜は総出で浅草界隈の無宿人狩りをやったのです。取りあえず吉原や他の岡場所などに出入りする者を更に旅籠などは御用改めを今朝方までしたと思って下さい」
「それは徹底しましたね。ところで、ここの御用改めはされなかったのですか」
「密告が届いて居ますので勿論ここと入谷を致しましたが、ここはもぬけの殻で、入谷は竜三郎さんが朝飯を食いに来る客のため仕込みをしていたそうでおとがめなしでした。さすがですね」
「それは収穫が無くて申し訳ないことを致しました」
「いや、収穫はたんと御座いました。聞いて下さいよ。わざわざ来たのですから」
勇三の話では、取り敢えず捕縛された者の数は数か所の自身番を埋め尽くすほど多かった。ただお店(たな)の者などは直ぐに迎えに来る者が居て解き放たれた。そして残った者たちの中に多くの新門一家や関わり合いの在る者たちが居たと云う事だったが迎えに来る者が居らず大牢に運ばれていったと云う事だった。
兵庫の周りに結果的に集まった無宿者や浪人を狩ろうとしたのに、狩られたのは新門の関係者だったことを勇三は告げにわざわざ来たのだった。
「少し不満が在りますので久坂さんに言っておいて下さい」
「なんと」
「この駒形の家や、入谷の家が御用改めするほど胡散臭(うさんくさ)いのなら、新門の家やそのお仲間の家も胡散臭いでしょう。どうして御用改めをしなかったのですか」
「それは、新門から多額の鼻薬が出て居たからでは在りませんか。ご不満のところは久坂の旦那にお伝えいたしますが、結局貧乏くじを引いたのは最後まで新門だったようですよ」

 勇三が帰った後、矢五郎が
「貧乏くじを引いたのは最後まで新門だったと勇三が言ったが、最後と云う事は、これ以上奉行所は立ち入らないと云う事だな。江戸を出て草加に行った者たちを呼び戻すのか」
「いいえ、一時は名前も覚えられないほど急激に増えました。去ってみると寂しい気もしますが、出て行った者たちは新しい生きがいを見つけてくれると思いますので、このままにします」
「可愛い子には旅をさせよと云うが、江戸では悪党を演じていた者たちでも、草加や越谷に行けば別人になれると云う事か」
兵庫と内藤そして矢五郎は江戸を出て行った者たちの話を、自らが出て行ったかのように話し続けていた。

第101話 出江戸 完

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2017/10/29 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第101話 出江戸(その44)】 

 道場から連れ出した浪人四人の働き口を決めた兵庫は矢田部と浜中に、
「相手が誰であろうと、心身を必要以上に傷つけない様に、人前で咎めるようなことは極力避けて下さい。ここは人間修行の場になりそうです。出来心の者、常習の者、盗みを生業とする者など人を見る目を養って下さい」
「分かりました」
「それでは、江戸に戻りますが、仙吉さん、北の守りも似たような条件で仕事を決めて下さい」
「はい、今ここまで付いて来た者の中にも、日々の糧を自力で得ていない者たちが居ます。合わせて仕事を探すことに致します」
「その方々には、坂崎先生に頼み、仕事よりもつらい稽古をさせなさい。稽古に楽しみが生まれれば仕事にも楽しみを見つけられるようになりますから」
「先生のお言葉ですから、きっと信じて頑張ってくれるでしょう」
「仙吉さんも乙次郎さんも逃げ出しそうになりましたがよく我慢してくれました」
「お蔭で、嫁も来ました」

 草加宿から引き返した兵庫、碁四郎、甚八郎の三人が駒形の経師屋の暖簾を潜ると帳場には内藤の他に中川矢五郎と弥一が居た。
「あれ、三人だけですか。何かありましたか」
「何か不安を感じましたので、連れていった者たちは、大二郎さんと小助さんは向島に移し棒手振りをさせることにし、残りの者たちは全員、道場に預けてきました」
それを聞いて、矢五郎が安堵の息を吐いた。
「何か在りましたか」
「まだ、不確かなことが多いのですが、奉行所が動きそうだ。もしその事を鐘巻さんが感じ取ったのなら、さすがだがどうして判った」と矢五郎が尋ね返した。
「それは今朝方ここに立ち寄った時に内藤さんから、久坂さんからの言伝として勇三さんが持って来た話を聞いたからです。たしか新門がお偉いさんに手を回してもみ消しを図っていると云う話しでした。もみ消しと云っても十四人も死んでは事件が無かった事には行きませんので、罪を押し付ける悪者を探さないといけないわけです。その悪党役を演じさせられるのは無宿人になるのではないかと思い、草加の道場開きに連れて行った者たちの多くが無宿人、浪人でしたので江戸に戻すのを控えたのです」
「取り越し苦労かも知れぬが、わしも感じたことだから取り敢えずほっとしたよ」
「と云う事で、内藤さん、矢五郎さん、私はどこにも寄らずに押上に戻りますので、暫くは他の者にも出歩かない様にさせてください」

 中之郷で甚八郎と別れ、押上に戻った兵庫を志津が待って居た。
「明日もまた行かれますか」
「いいえ、連れて行った人を置いて来ましたので、もう連れて行く必要はなくなりました」
「何か訳でもあったのですか」
「それはあとでゆっくり話しましょう」

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2017/10/28 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第101話 出江戸(その43)】 

 稽古休みで兵庫が
「宿場の皆さんにお願いです。この道場の存在意義ですが町の平穏に役立つことです。そうするのは弱い者たちに寛容な町を作るためです。それは子供たちの声が聞こえる成長する町づくりです。このことに異を唱える方は少ないでしょう。そのためには道場を存続させねばなりません。存続させるために宿場の要所で働かせ糧を得て貰いながら治安に目を配らせたいのです。場所としては問屋場、町の北と南の三か所に少なくても一人ずつ。私は問屋場で一人もしくは二人が働けるように相談しますので、北と南で働き口が在るか探して貰えませんか」
「北は私が探しますので、南は誰か頼めませんか」と仙吉が応じた。
「南でしたら、先生が助けた爺さんの所では如何ですか」と桶屋の長吉が言った。
「それ交渉して貰えますか」
「それが、あの爺さんは私のような者が嫌いなのです。先生の評判は良いので・・・」
「分かりました。やってみます」

 稽古が再開し、相手を自由に変えながら汗を掻き、道場開きの稽古が終わった。
「私と山中さんと根津さんは、問屋場と爺さんの家に寄り江戸に戻ります。 金子殿、反町殿、矢田部殿、浜中殿御同道ください。顔を見せた方が、仕事が決まりやすいので」
「今日来た方々にも仕事をして貰います」と坂崎がいった。
「何か当てでもあるのですか」と仕事の当てのない者の一人が尋ねた。
「それが潰しの利かない侍でも出来るものが在ります」
「たとえば」
「鐘巻殿もやられている、草鞋作りや薪割。宿場町ですから作った草鞋は品さえ良ければ売れます。また旅籠を回って薪割仕事。実は私が板橋でやっていたことです」

 笑いを後に兵庫等は道場を後にした。それには仙吉一家も従った。
まず、問屋場に入った。
兵庫や仙吉の顔は先日の騒動を鎮めた貢献者であり、皆が覚えていた。
「鐘巻様、お揃いで何事ですか」
「本日脇本陣近くの坂崎道場が道場開きを致しました。修行に来て居る者たちに剣術ばかりでなく世の中の修行をさせたいので出来れば仕事をさせて頂ければとお願いに参ったのです。街道の治安にも目を向けさせ、起きた騒動が大きくならない様に納めることにお使いください」
「それは有り難い話ですが、こちらの四人のお武家様ですか」
「はい、そうですが、お仕着せが在れば着替え働きます。じつは私は修行時代に板橋宿の問屋場で働いたことが御座います」
「そうですか、四人は少し多いのですが・・・」
「出来れば常に一人は置いておきたいので、二人で交代では如何でしょうか。ただ仕事を覚えるまでは二人でお願いしたいのです」
「それなら、それでお手当は・・・」
「力仕事の他に書き仕事や問屋場内のもめ事の抑えなども出来ますので・・・」
「日に二百五十文では如何でしょうか」
「公定相場の一朱ですか・・・」
「周りの者との兼ね合いが御座いますので、働きを見て周りの者たちが認めれば相場の一朱まで引き揚げさせていただきます」
「それで結構です。誰がこの仕事受けますか」
「私が」「私が」と、金子と反町が名乗り出た。
「それでは、置いていきますので宜しくお願い致します。何か生じましたらこちらの千疋屋仙吉さん、もしくは道場の坂崎殿に知らせて下さい。それでは残った二人の売り込みに行って来ます」

 問屋場を出た兵庫等は宿場街道を南へと歩き宿場の外れ近くまでやって来ると、あの時の年寄りが兵庫を見たのか店から出て来た。
「鐘巻様、お揃いで、先日はありがとうございました」
「覚えて居て下さいましたか。それなら話が早いです。実はご老人にお願いがあって参りました」
「藤次郎と申します。何なりと」
「実はこちらに参る前にも問屋場にも寄りお願いして来たのですがと云い、問屋場で話したことと同じことを話して聞かせた」
「それは結構なことですね。ご覧の様にこちらの商いは萬古物(よろずこぶつ)雑貨で御座いますが、これだけ揃えている所はこの宿場にはありませんので結構繁盛して居ます。先日私が災難に遭った時、街外れなのに野次馬が私を囲んでいたでしょう。あの野次馬の多くは私の店から表に出た人だったのですよ。冗談ですが」と笑った。
「確かに萬古物雑貨ですね。冗談まで売るとは。それで雇って頂けますか」
「勿論です、外の見張りの他に内の見張りもお願いします」
「内の見張りとは」
「万引きが多いので、捕まえて小言を言って下さい。お武家様の目が在ると知ればいたずらをする者も減るでしょう」
「それで何人をいくらで雇って頂けますか」
「問屋場と同じで結構ですよ」
「暫くは日に二百五十文、働きを認めて頂ければ日に一朱と云う事でした。矢田部殿と浜中殿の二人をお願いいたします」
「分かりました」

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2017/10/27 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第101話 出江戸(その42)】 

 昼飯は賄いを任されたお松とお竹にとって、予想していた以上に人が集まっていた。煮物と焼き物の両方は無理だと稲に告げたのだ。稲はそれなら刺身にしましょうと焼き物を止めたのだ。そして大鍋での煮物、アサリの汁と海の香りを客たちの目、鼻、舌に届けたのだ。その評判は良かった。特にその食事が子供のお松とお竹が造ったと聞かされ驚き、子供たちが紹介される時に付けられた鐘巻の名字を思い出す者も少なくなかった。

 食事が終わり、後片付けを手伝わされても、よどみなく進んだのは何か新しいものに触れる期待がまだ残って居たからだ。
それは道場開きと呼ぶに相応しい出来事を早く見たかったからだろう。
その証ではないが、片付けを終え道場に戻った者が、誰云うでもなく防具を身に付け始めたのだ。
 そうした中、兵庫は台所から戻ると向こう正面の伊佐次の所に行き、食材を運んできた者たちを集めた。
「これから伊佐次さんには戻って頂きます。ところで相棒の忠治さんはどう成って居ますか」
「脇本陣からの注文をこなすために、二往復して汗を流しています」
「と云う事はもう一人増やしてもいいですね」
「はい、今、二人で回れているのはここ、千疋屋、福寿屋そして脇本陣だけです。それもここの人数が増えると二人では大変です」
「皆さん、聞いての通りですが、明日からでも伊佐次さんと忠治さんについて棒手振りをやってみませんか。皆さんの顔は浅草の者たちに知れて居ますが、商いをしていれば奉行所の者に目を付けられることはありませんから」
これには五人が手を上げた。
「それでは、あまり顔を知られていない大二郎さんと小助さんにします。ただ残りの三人には草加に運ばれて来た荷の販売に立ち会って頂きます。また担ぐより多く荷を運べる大八車の改造も進めていますので、仕事はもう少し早くできるようになると思いますが担ぐのが基本ですので頑張って下さい。それでは伊佐次さん、大二郎さん。小助さんは裏街道を通り向島に入って下さい。伊佐次さん、留守居の村上さんに事情を話して下さい」
「分かりました」
三人は道場を出て行った。

 兵庫があわてて防具を着け終わると、道場主の坂崎が、
「私はいつでも居ますので、今日は出来るだけ鐘巻殿、山中殿、根津殿と稽古をして下さい」
道場に気合と竹刀の音が響き始めた。
多くの者が三組の立ち合いに見入った。
兵庫、碁四郎、甚八郎に立ち向かう相手が次々と変わっていった。
しかし、変わらないものがあった。それは誰の目にも実力の差がかけ離れていると認識させられたことだった。
そして、子供の気合が聞こえ始めた。観太と北辰一刀流にこだわった平田の稽古だった。
稽古の勝負では平田が勝って居たが、そこには何故か実力の差が感じられなかった。
そのことをだれよりも感じたのは、観太を打っていた平田本人だった。
「参った。勝った気がしない」と漏らしたのだ。
「稽古止め」と坂崎が声を上げた。
そして全員が座に着いた。
「鐘巻殿、平田殿の北辰一刀流について感じられたことが在ればお話しください」
「平田殿の北辰一刀流は私が千葉佐那殿から体得したものに酷似して居ますので正統なものだと云えます。しかし、また、言いたくはありませんが道場剣術でも在ります」
「どう云う事ですか」と平田が尋ねた。
「観太、竹刀を平田殿にお見せしなさい」
観太から渡された竹刀に平田は驚愕した。
「重い」と一言漏らした。そして
「私の負けだ。たしかに私の剣術は道場剣術です」
「どう云う事だ」と他の侍たちが尋ねた。
「私の竹刀は道場の用意した物ですが、観太殿の物より長くそしてなぜか軽いのです。観太殿の竹刀は脇差の長さで、重さも真剣のように重いのです」と云い、観太の竹刀が侍たちに回された。
「皆さん、鉛入りの竹刀を持って居る者は子供たち全てでは在りません。力が付き正確に竹刀を振れるようになった者に限られています。道場剣術で終わらない様に、力、技が身に付いた者に限り許しています」
「私は、未だです」と幼い大助が言った。
道場内に笑いが起きた。

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2017/10/26 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第101話 出江戸(その41)】 

 冗談交じりの話が一段落したところで、坂崎が
「それでは客人の紹介を致します。先ず、先日、越谷宿で知り合いました五人の方々を名前だけですが紹介いたします。平田実深(さねみ)殿、熊吉殿、弥三郎殿、勝太殿、夏吉殿です。暫くこの道場で修行して頂きます。続いて、残りの御四方は駒形で知り合いになった方々で、
本所中之郷元町の屋敷に軟禁されていましたが、苦労のかいあり江戸所払いされた、金子殿、反町殿、矢田部殿、浜中殿です。それでは、外から稽古に通われる方々の紹介を仙吉さん頼みます」

 仙吉が声を掛け招いた客は元十兵衛一家の七人と仙吉の子飼いとなった三人だった。
「私が先日、亡き十兵衛さんの跡を継ぐことに成りました、千疋屋の仙吉と申します。それまでは鐘巻先生の所で、地天流と思い込み北辰一刀流を学んで参りました。それでは先ず千疋屋に同居して居ます、猪之吉、昇太、弥次郎です」
三人が頭を下げた。
「次に先代に引き続き御助力を頂くことになりました、桶屋の直吉さん、伊草の千恵蔵さん、石工の長次さん、孫吉さん、舩吉さん、辰三さん、八十吉さんです」
七人が頭を下げた。
「数日前、ここ草加宿で騒動を起こしました十人が、九人が新門の家で闘死、一人が千住の鉄五郎の家で焼死した模様です。皆、新門が草加宿に差し向けた者に間違いないと思って居ます。ほとぼりが冷めるまで、草加宿の保安にお力を貸して頂きたくお願いする次第で御座います」
仙吉が頭を下げると、仙吉一家に名を連ねた者たちが改めて頭を下げた。

「最後に向こう正面の総勢十八人を私が紹介いたします」と兵庫に紹介の番が回った。
先ほど仙吉さんから話が有りましたが新門の家に押し込む者が居て双方合わせて十四人が亡くなったことを奉行所の者から聞いて居ます。他に怪我人も出ていますが新門は無傷の様です。この事件で大損をしたのは新門です。これまで新門と私とは助け合う関係でしたが、黒船以降世の中で何が大事か、考えが変わり、今まで怠って来たことに手を付け始めました、例えば台場造りです。幕府の目が外に向いたのは良いのですが、幕府への思い入れの強い新門が台場造りに手を貸したため、内向きがおろそかになり、結果として浅草の町へ目が行き渡らなくなり、私は多くの方々と出会うことに成りました。今日お連れしたのはそうした方々です。紹介いたします。前列の十二人のかたから、加瀬了殿、新藤栄二殿、本庄一殿、西沢三郎殿、天道象二郎殿、総三郎さん、浜吉さん、岩五郎さん、卯吉さん、喜重さん、島吉さん、圭次さんです。後列の方々はこれから食べる食材も運んで来てもらいました。実際に仕入れをしてくれた棒手振りの伊佐次さん、それを駒形から交代で担ぎ運んでくれた久八さん、鎌之助さん、六助さん、大二郎さん、小助さんです」

 これで、上座の四人、道場住まいが十四人、通いの者が十一人、向こう正面に十八人、総数四十七人の紹介が終わった。
「もう少し時間をください」と兵庫は云い座を見回した。
「道場開きを口実に多くの方々を連れてきましたが、狙いは他に在りました」
これで道場に座っている者、上座の者も含めた耳目が兵庫一点に集まった。
「実は多くの方々をここに連れて来たのは、無体なお上の手が及ぶことを恐れたからです。私の勘ですから外れて欲しいのですが、用心に越したことは無いので」
「兵さん、何か悪いことをしたのか」
「いいえ、ただ、新門の事件は大きすぎます。お上としては幕府への協力者の新門を悪者にせずに、誰か悪者を探す必要がある訳です。その時狙われる者が無宿人、浪人などです。ですから早逃げさせた訳です。運の悪い無宿者や浪人が狩られるでしょう」
「ありそうな話ですね」
「それで、棒手振りの伊佐次さんを除いた十七人の皆さんは確かな仕事がないため暫く戻れませんので寝床をお願いしたいのです」
「道場で良ければ、だが布団が足らない。それと飯が・・・」と坂崎が応じた。
そこに、坂崎の妻・稲が姿を見せた。
「皆さん、お話が終わったようですね。十七人増えても構いませんが配膳は自分でお願い致します。先ずはお昼からお願い致します」と云い奥に姿を消した。
「昼飯だ、取りに行って下さい」と坂崎が言い、男たちが立ちあがった。
 養育所から来た者たちは自己配膳に慣れており奥へと入っていった。
道場に四十七人目の稲が折敷を手に戻って来て座に着いた。そして
「皆様、足の達者な方々のお陰で、河岸からお魚が直送されてきました。草加でも温かいご飯をお刺身で食べられますよ」
「待たせました。頂きます」と坂崎が発生すると
「頂きます」の声が道場内に響いた。

 ←ボタンを押して頂ければ励みになります。

Posted on 2017/10/25 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学