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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【湯上り侍無頼控え 十話 遺恨(その20)】 

 碁四郎が源兵衛店(だな)を出、また堀沿いの道へ出ようと少し歩き始めると、道の角から小平太が姿を見せた。
小平太も碁四郎の姿と長い竹竿を見て、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「やはり、来たか」
「はい、何かありましたか」
「いや、有ったのはこれと槍の穂鞘だけでした」
碁四郎は腹掛のどんぶりから、竹の削りかすを取り出し手渡した。
「あの、青竹のものですね」
碁四郎は頷いた。
「どうして西吉殿は野村様を襲ったのでしょうか」
己等が襲われると思っていた、いや、思わされていた小平太の素直な問い掛けだった。
「武芸者は完全に負かされた者には恨みなど抱かずに、むしろ尊敬するものですよ。小平太への恨みなど無かったのでしょう。先ほど西吉殿が借りた家の中に何も無いのを見て思いました。西吉殿は仕官話で全ての持ち物を売るかあげるか処分して、槍一本持って野村様の屋敷に移ったのでしょう。それが、負けたことで雇い止めに会い屋敷を追い出されたのです。当ても無く再び戻った源兵衛店の何も無い部屋で悔しさが湧いてきた事でしょう。小平太から受けた傷の痛さは失せても、野村様から受けた仕打ち、それが約束とは言え身勝手なものですからね、恨みが膨らんだのでしょう」
「その野村様ですがどうなるのでしょうか」
「刺された傷は足で命の心配はなさそうでしたが、城を守るお役目の大番組頭が賊に襲われ怪我したとなると、何もお咎めなしということにはならないでしょうね。賊に逃げられずに仕留められたのが不幸中の幸いでしょう」
「それで、父上から此度の事で褒められました。私に碁四郎様の所で今しばらく修業をさせてもらうようお願いしろと申されたのですが」
「そうか、追い出されましたか」
「えっ、追い出されたのですか。何故」
「此度のことで目付けが動きます。山中の家にもお調べが入るかもしれません。全ては隠せませんし、口裏を合わせた嘘もつくことになるでしょう。その様な事に慣れていない小平太に居られては何かと不味いのですよ」
「私だって、嘘の一つぐらいつけますよ」
「駄目です。調べに来る小人目付けの目は節穴では有りません。およしの前で顔が赤くなるようでは修業が足りません。船宿は暫らく忙しいですから、色々と修業をしなさい」
「はい、三食旨い飯を食い、嘘が巧くなる修業をします」
「それでは御主人様、浮橋までお供します。お先にどうぞ」
「碁四郎様、からかわないで下さい」
「仕方ないでしょう。この姿で、侍の前は歩けませんからね」
二人が堀沿いの道に出ると、町役人の検分が終わったのか戸板に乗せられ筵を被せられた西吉の遺骸が運ばれて行き、集まった野次馬も散り始めていた。
出仕(しゅっし)の侍で賑わう道を、何かしっくりしない侍と町人の俄か主従の二人連れが、その人の流れに乗りながら歩いていった。

十話 遺恨(完)

Posted on 2011/04/13 Wed. 17:36 [edit]

thread: 幕末物語

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【湯上り侍無頼控え 十話 遺恨(その19)】 

 突然の嬌声に、野村も護衛の徒士(かち)も西吉に目を向けた。
槍の穂先が迫るのを見た護衛の侍、抜き合わせる間もなかったのか、本能的に槍先をかわすように身を避けてしまった。
護衛は主人を守ることが本分だが、それより己を守る道を選択させたのは迫る恐怖だった。
脇の護衛が後ずさったため馬上の野村は裸同然となり、西吉のくりだす槍を受ける事になてしまった。
だが、驚いたのは野村主従だけではなく、馬も驚き、後足立ちしたのだ。
そのため、騎乗していた野村が大きく揺れ動き、脇腹を狙った西吉の手元が狂い、野村は太腿を突き抜かれ、向こう側へ落ち土ぼこりをあげた。
その瞬間、西吉の奇襲に遅れを取った馬の右側を守っていた侍二人が抜刀して西吉に襲い掛かっていった。
初太刀こそ西吉に傷を負わせたが、腕に開きがあった。
西吉の槍を一度はかわした徒士侍だったが、二度目は腹を突き抜かれると、左手でその槍柄を掴み、右手で最後の刀を振り上げ地に倒れていった。
槍を離し二尺五寸もある豪刀を抜く間に、西吉はもう一人の徒士から薄手を数箇所加えられたが、迎え打ち、これも切り伏せてしまった。
それを見て、傷を負わされ馬から落ちた主人の世話をしていた二人徒士のうち一人が西吉に向かっていった 。
しかし、その侍も傷を負わされ、ひるむのを見た西吉が逃げようとした時、その前に小平太が立ちはだかったのだ。
「お・お主、服部か。良い所に来てくれた。参る」
最後の言葉を発した西吉が、上段に振りかぶり小平太目がけて突っ込んできた。
だが、小平太の後ろに居た碁四郎の持つ竿が鋭く伸び西吉の喉を突き上げ、西吉は首を支点に下半身を前に歩かせ、後ろへひっくり返った。
そして西吉の最後は無残だった。
傷を負わされたが、追って来た侍に滅多切りにされたのだ。

 この堀沿いの道には辻番が多い。
ことが終わるとやってきて、死んだ野村に筵を被せ、道に散らかった槍・刀を片付け、野次馬を追い払ったのだ。
怪我を負わされた野村主従は一旦、近くの定火消し屋敷に収容されていった。

切り合いが始まり終わるまで、それはほんの僅かな時が流れただけだった。
やってきた、山中武左衛門の列が碁四郎と小平太の前を通り過ぎていった。
「小平太、先生に見たことを話してきなさい。わたしは浮橋に帰ります」
小平太が去り、碁四郎は莚の掛かった西吉の骸に手を合わせた。
そして「何故?」と思った。
その思いが碁四郎の足を西吉の最後の住処となった平川町二丁目へと向かわせた。
堀沿いの道から平川町へと続く道に入ろうとした時、二つに裂かれた青竹が目に入った。
その時、その青竹は、夏の水売りで雨を集めるために碁四郎が作った樋を思い出させただけだった。
平川天神裏の源兵衛店に来ると、碁四郎は迷う事無く木戸を潜り、入り口を入って右から三番目の家の前で止まり、中へ向けて
「西吉様、碁四郎です。入りますよ」
と声を掛け、戸を開け家に足を踏み入れた。
そこには何も無いように思えた。
見たのは足元の土間に散らかる白い木屑が目に入っただけだった。
拾い上げ、それが竹の節を削り取ったものだと直ぐに分かると、先ほど見た道脇に転がっていた青竹のことも分かってきた。
碁四郎の目が再び部屋の板の間へ注がれると、薄暗い部屋の隅に、床の色と然程変わらない槍の穂鞘が転がっていた。
碁四郎が外に出て戸を閉めると
「西吉の先生なら、西国へ旅に出ると言っていましたよ」
隣の家のかみさんが出てきて教えてくれた。
「そうでしたか、西国へ・・」

Posted on 2011/04/13 Wed. 14:26 [edit]

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janre 小説・文学

【湯上り侍無頼控え 十話 遺恨(その18)】 

 六月二十五日、大番組頭・山中武左衛門が出仕する番が回ってきた。
この日、西吉左之助は平川町源兵衛店の板の間で身支度をしていた。
その部屋には夜具さえ無く、有る物と言えば、部屋の角に立てかけられた大刀と隅に寝かされた六・七尺程の槍と、それより少し長い青竹が置かれているだけだった。
物が無いだけに、散らかりようが無いのだが、何故か土間には白い削りかすが無数落ちていた。
西吉は己の身づくろいが終わると、部屋の隅へ行き、寝かせてあった槍をとり、その穂鞘を抜くと一尺程の鈍い光を見せた穂先に見入り、呟いた。
「頼むぞ」
そう言うと抜いた穂鞘を部屋の暗い隅へ放り投げ、その空になった手を青竹に伸ばし触ると、竹が二つに割れた。
よく見ると、その竹の中節は全て削り取られていて、西吉はその中に槍を納めると、もう半分の竹を被せた。
そして槍を納めた竹の両端と中程を紐で括り、一本の青竹に戻したのだ。

 その頃、浮橋の印半纏を羽織った船頭姿の碁四郎と侍姿の小平太の二人は武家屋敷の建ち並ぶ番町の通りを歩いていた。
いつもと違う所は碁四郎が小平太の後ろを歩き、手には舟竿を持っていたことである。
二人は山中家の屋敷に着くと、何時もとは違い躊躇うことなく小平太が門を叩き、中へ声をかけた
「服部小平太です」
脇門が開き中間の平蔵が顔を出し、小平太そして碁四郎を見て笑った。
二人が門内に消えた頃、西吉は太い青竹を抱え、源兵衛店を後にしていた。
そして、朝の江戸の町に五つの鐘が響き渡った。
当時、武家の出仕の遅れは憚られ、多くは時の鐘が鳴るのを合図に然程の間を置かずに屋敷を出るものが多かった。
山中家もその例にもれず、五つの鐘で屋敷内の者は主人の出仕を知り、馬が引き出され供揃え、そして見送りの者が玄関先に集まり主人が出てくるのを待った。
玄関奥の人影が動くのを見て、小平太と碁四郎が一足早く脇門を潜り外に出、暫らくして大門が開き、武左衛門ら一行が姿を見せ、歩み始めた。
その五間ほど先を小平太と碁四郎の俄か主従が馬の蹄に歩を合わせるように、間を保ちながら進んでいた。
番町の武家町を抜けた小平太と碁四郎が麹町の通りに出ると、そこは一定の間を保ちながら城へと向かう武家で賑わう様子を見せていた。
そして、一行が半蔵門前まで来て、向きを南へ堀沿いの道を進み始めた時、前方・一町程先で悲鳴とも怒号ともつかぬ声が上がった。
それを馬上で見ていた武左衛門が声をあげた。
「碁四郎、野村殿の列が襲われたようだ。助太刀致せ」

 源兵衛店を出た西吉左之助は隼町と定火消し屋敷に挟まれた道で、一行が通りかかるのを待っていたのだ。
ただ、その一行は襲われることを用心していた山中武左衛門主従ではなく、己を一時雇い入れ、そして雇い止めにした武左衛門と同じ大番組頭の野村克五郎だったのだ。
野村主従がやってくるのをいち早く見届けた西吉は堀沿いの通りに背を向け待っていた。
そして、野村の乗る馬の蹄の音が真後ろに来た時、用意していた槍を青竹の中から取り出し,雄叫(おたけ)びを上げ野村に向かって突き掛かっていった。

Posted on 2011/04/13 Wed. 12:56 [edit]

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janre 小説・文学

【湯上り侍無頼控え 十話 遺恨(その17)】 

「旦那、遅くなって済みません」
「それで、分かりましたか」
「はい、平川天神裏の平川町二丁目の源兵衛店、木戸を入って右手三軒目の九尺二間の一人住まいでした」
碁四郎は勇三から聞かされたことを口に出し一度言い、
「分かりました。ご苦労様でした」
「それと、西吉と云う侍、だいぶ暮らしが荒(すさ)んでいるそうで、槍を振り回すこともあるそうです。気をつけて下さい」
勇三は碁四郎からの何か分けありの頼みに、頼んだ以上のことを調べてきたのだ
「槍ですか。良い事を聞かせてもらいました。早速帰って、槍相手の稽古をしますよ」
「それじゃ、あっしは引き上げます」
碁四郎は勇三が帰ると、打っていた碁を打掛にして浮橋に引き返した。

「小平太」
碁四郎の大声が浮橋の表から裏庭へと飛んでいくと、小平太が何事かと、急ぎ足でやってきた。
「屋敷まで使いに行く支度をしなさい」
「はい」
普段の温和な碁四郎とは違った様子に緊張感が店の中に伝わり、無口になった店の者が奥へと行く碁四郎を見送った。
「旦那様。何かありましたか」
「何も未だ起きては居らぬが・・・」
碁四郎の中途半端な返事に、お静はそれ以上聞けなくなった様子で、ただその場に居続け、小平太が来るのを待った。
足音がして、やってきた小平太が部屋の前の廊下に座った。
「よく聞け。勇三の知らせでは、西吉は今、平川天神裏、平川町二丁目の源兵衛店にいる。問題は西吉が槍を使う恐れがあることだ。このことを先生に知らせなさい」
「槍ですか・・・」
小平太の顔が曇った。
「小平太、心配するな。もし西吉が長柄物を持って兄上の列に近づけば、私と小平太が西吉の懐に入り槍などを使わせなければよいのだ。ただ、どこから飛び出してくるかは分からない。用心するように伝えるのだ」
「分かりました」
「それに、私と小平太は列の前方五間ほど先の町側を歩きます。天気にもよりますが笠、柄袋などで遅れを取らぬよう、伝えて下さい」
小平太が頷いた。
「小平太。平川町に行ってはいかんぞ。何もしていない西吉を斬りでもしたら、お家の恥になるぞ」
それには返事をせずに小平太は浮橋を出て行った。

その小平太が浮橋に戻ったのはその日の夕刻だった。
部屋にやってきた小平太に
「ご苦労でした」
「父からで御座います。明日の供揃えの内、役に立つのは徒士四人、父は碁四郎様と同じ町側を歩くと申しておりました」

Posted on 2011/04/13 Wed. 11:36 [edit]

thread: 幕末物語

janre 小説・文学

【湯上り侍無頼控え 十話 遺恨(その16)】 

 二十二日、朝駆け、風呂と手順を踏んだ碁四郎と小平太だったが、
「およしさん。少し小銭を借りますよ」
「はい、どうぞ」
碁四郎は番台に上がり金箱の中から何枚か取り出し、およしに見せ
「二十四文だ」
およしが頷くのを見て、碁四郎は富士の湯を出た。
「道が違いますが、何処へ行くのですか」
「自身番だ」
「訳を聞いてもいいですか」
「西吉を探して貰うためだよ」
「そのようなことが出来るのですか」
「それは分からぬが、探しものはわしらより心得ている者が居るからな」
碁四郎が茅町の自身番を覗くとさすがに早すぎたか岡っ引きの勇三は居らず、雇われ番太三人が朝飯の支度をしていた。
「すいませんが、勇三さんが来たら、浮橋まで来るように言ってもらえませんか」
「お安い御用だ」
碁四郎は湯屋で借りた二十四文を渡し、自身番を出た。

 そして、勇三が浮橋に来たのはその日の朝四つ過ぎ、裏で碁四郎が薪を切り、小平太が薪を割っている時だった。
「旦那~。何か」
「人探しを頼みたい」
「分かりました。聞かせてください」
「名は西吉左之助。三十がらみのがたいの大きな浪人で麹町方面の平川町に住んでいるらしい」
「そこまで分かっているんですかい」
「わしらは顔を合わせたくないのだ。代わりに何丁目のどの裏店(うらだな)で、入り口から何番目の家か調べて欲しい」
「西吉左之助、平川町でしたね。分かりやした」
「あっ、言い忘れました。二十四日夕刻までに知らせて下さい。これが諸掛です」
碁四郎は勇三に一分を手渡した。
勇三の後姿が見えなくなって、小平太が呟いた。
「三日で一分もですか」
「一見高そうだが、これまでに私が勇三や他の人に払った金以上のものを得ている。そうでなければ、私がここの主で居られるはずが無いでしょう」
「しかし、今回は持ち出しでしょうね」
「それは仕方が無い。兄上が襲われただけでも知行を減らされるかも知れぬ。そうなれば路頭に迷う家臣も出るかも知れぬ。損を減らすのも価値のある仕事ですよ」
「考えてみれば、私の飯付き風呂付寝床付きで日に二百文は、今の相場で年十二両です。これも価値ある仕事ですよ」
こうして小平太の価値ある仕事が何日か続き、日も二十四日となった午後、碁四郎が湯屋の二階で碁を打っていると、勇三が姿を現した。

Posted on 2011/04/13 Wed. 09:17 [edit]

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