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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第109話 肥し(その25)】 

 兵庫が押上の自室に戻ると、志津が文机に向かっていた。
「お帰りなさいませ」と筆を置いた。
「切りの良い所まで進めて下さい」
「それでは、お玉を呼んで来て下さい。明日以降の心構えを話しておきたいのです」
 部屋を出た兵庫は幼い子供たちが集まる、二人の年寄り近藤綾や八木文の居る部屋に行き障子を開けた。
そこには文の孫・佐助の他に源五郎、蟹、鈴、多美そしてお玉が居た。
「お玉、母上が呼んでいます」と部屋の外から一声かけた。
「ちょっと行ってくるからね」と云い、お玉は部屋を出、兵庫が障子を閉めた。

 お玉が志津の待つ部屋に兵庫と入った。
お玉が普段志津が座る前に座ると、文机での仕事を済ませた志津がお玉と向かい合い座った。
「お玉には明日から薬研堀の子供預かり所に行って貰います。お玉は薬研堀ではお姉様に成りますから、皆のお手本に成らねばなりませんよ。お玉なら出来ますからね。お玉は成長したのです」
「まだ、小さいです」
「身体が大きくなることも成長ですが、知識を豊かにすることも、色々なことが出来るようになることも成長の証ですよ。お玉、畑の物が大きくなるには何が必要ですか」
お玉が鼻をつまんで見せた。
「そう、肥しですね。だから太った様子を肥えていると云うでしょう」
「お玉も肥えました」と云い、自分の頬を膨らませ摘まんで見せた」
「お玉、身体が成長したのは滋養の有るものを食べたからです。色々なことを覚え、出来るようになったのは教えて貰ったことを繰り返したからです。薬研堀の子供預かり所に行ったら、ここで習い覚えたことを預かり所の子に教え、猪瀬のお婆様の手助けをしなさい」
「はい」
「それでは、これを持っていき、子供たちと遊びなさい」と云い、カルタを手渡した。

 嘉永六年十一月十六日(1853-12-16)朝食後暫くして表口から兵庫、志津、お玉、鈴、多美そして志乃が姿を見せた。
そして三人の荷を積んだ大八車を常吉が引き出した。
「行って来ます」と兵庫が志津に言い、お玉、鈴、多美が頭を下げ志津に別れを告げた。
兵庫を先頭にお玉、鈴、多美、志乃そして大八を牽く常吉の六人で見送るのは志津一人だった。
この時、他の子供たちは、午前の教育を受けていたのだ。
寂しい門出だったがお玉の顔は明るかった。
暫く歩いていくと多美が、
「お玉お姉様、臭いね」と鼻をつまんだ。
「多美ちゃん。大根やネギを大きく、美味しくする肥しの臭いだよ。だから肥しは臭いけれど大事なんだよ。にがいお薬も飲まなければいけないんだよ」
「多美は苦いお薬は嫌い」
「鈴も」
「お玉も」
子供たちの話は、共に歩く大人たちの顔をほころばせていた。

第109話 肥し 完

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Posted on 2018/05/30 Wed. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第109話 肥し(その24)】 

 帳場での話題が調度屋から急速に増えた養育所で働く者たちに及び始めていた。
その増えた者たちの元の所属が東都組、繁蔵一家、久蔵一家と敵対するやくざ者たちであることは互いに知っている。それらが同じ釜の飯を食い、与えられた役割によっては助け合って居る。
「養育所とは不思議会所だな。誰一人として世の中でまともな者としては扱われない過去がある。ここに居ると人間は本来善人なのだと判るよ」と内藤が云い切った。
そこに、戸が開き冷たい風と共に碁四郎が入って来た。
「お揃いですね。くしゃみが出ませんでしたので私は蚊帳の外でしたか」
「養育所にはまともな者は一人も居ないと云う話でした。そもそも今は冬です。蚊帳など張って居ませんので仲間はずれにはしませんよ。それどころか、碁四郎さんの折り畳み式文机を売ったらの一声が話の発端です」
「それでどう成りましたか」
「具体的なことは碁四郎さんも入れて決めることにし、取り敢えず商いは始めることにし、店はここにすることにしました。かさ張る者が相手なので裏庭に以前在った道場のような多目的な物を建てることも考えることにしました」
「それでは、注文を取って来ましたので頼みます。高田寺の雲海和尚から折り畳み式文机を十台です。白木に椿油拭きの注文です」
「売値も決まって居ないのに、雲海和尚は太っ腹ですね」
「“花八層倍,薬九層倍,お寺の坊主は丸儲け”と云うでしょう。気にせずに吹っ掛けて下さい。和尚の狙いは、寺子屋を始めるようです。それで檀家が増えれば元は取れると云う読みのようです」
「その読み、当たって貰いたいですね。労せずして養育所を増やすのと同じ効果が在りますからね」
「私は浮橋に戻ります。明日はお玉たちを迎い入れるために薬研堀で待って居ます」
最後に来た碁四郎が最初に出て行くことで、兵庫も腰を上げた。

 押上に戻る兵庫は、その途中、中之郷元町の養育所に寄った。
門内に入ると、案の定彦次郎の姿が出来損ないの侍長屋に在った。
この屋敷はさる旗本の抱え屋敷だったが、異国船来航で怠っていた戦備えを急遽するために金貸しから金を借りたが、返済に行きつまり手放したものだった。屋敷のいたるところに手抜きが在った。
「先生、御用ですか」
「はい、折り畳み式文机の注文が高田寺の和尚から十台、仕立ては白木に椿油拭きだそうです。同じものを販売見本にするためにもう一台お願いします」
「分かりました」

 この後、兵庫は屋敷の留守居役・中川彦四郎を訪ねていた。
この数日間の動きを伝えるためだった。
「新しく来た子供たち、飢えていたのは食だけではなかったことがよく分かりました。今は文字をむさぼるように読んでいます。押上の奥様から届けられたカルタの読み札が子供たちに一枚ずつ渡され、読めるようになると新しい札と交換してもらうために婆さんの所に来る。婆さんも読み方を教えたり、意味を教えたりできて、喜んでいます」
「飢えていることを吸収しようとしている子供たちは成長を望んでいるからです。その望みが途切れないように成長を助ける肥しとなる声を掛けてあげて下さい」
「私もここに来ることで、成長させて頂きました。お陰で死に損なったことに対して人を恨むことは無くなりました。そりゃそうでしょう。鐘巻先生は自分を襲った者まで面倒を見ているのを見せられたんですからね」
「言われてみると確かに人を斬らなくなりました。これは子供たちのお陰ですね。子供たちを育てて居ると思って居たら、育てられた反面も有ったと云う事ですね」
「子供たちの目で見られたら、悪党に対しても優しい目で向き合わねばならなくなりますからね」
兵庫も彦四郎も奉行所側に立って悪党と向き合ってきたが、弱い子供たちと暮らすことで、目の前に現れる悪党の中にも弱い子供たちと共通するものが有ることを感じた。
兵庫は悪党に向かい立つ時に敵意を持たずにし、屈服させた後に雇う話までして迎い入れた。
今、元悪党は頼もしい助っ人に成ろうとしていた。

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Posted on 2018/05/29 Tue. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第109話 肥し(その23)】 

 昼食後、兵庫は志津に調度屋の件をどこまで進めるか、内藤と話し合うため駒形に出かけることを告げた。
「また、内藤さんとですか」
「実は今朝駒形に行きましたが、その時、内藤さんは講義に入っており話すどころか会っても居ません。そうした中、折り畳み文机を大八に積んだ碁四郎さんが来て、その評判が良いので売ったらどうだと云ったのです。先ほど彦次郎さんから、かさ張る調度品の売り場について尋ねられました。いま考えられるのは駒形しかないのですが、そのためには駒形の主の意見は欠かせませんので・・」
「前回は貧乏侍相手の余り値の張らない軽装具足でした。今は金持ち相手の経師屋でしょうか。次は幅広く九尺二間も相手に加えて下さい。例えば折り畳み式、引き出し付き文机を丈夫に作り踏み台にも、調理台にもなる役立つ物にした十徳台というのは如何ですか。実はその様な物が欲しかった昔を思い出しました」
「十徳台は別に考えるとして、金持ち相手の華美な物は注文として、より実用的な物を安く売れば、客が増えると思います。何を作って売るかは大事なので別途考えたいと思います」

 思い付きで始められた調度屋の商い話だが、思い付きを話す相手が変わるたびに新しい返事が兵庫に帰って来た。もとはと云えば碁四郎が見つけた種だが、兵庫が蒔き人の知恵を肥しにして芽を出そうとしている。
兵庫は調度品自体には然程の関心はないが、色々な知恵が盛り込まれる余地が多々あることを知り、駒形へ向かう足取りは軽かった。

 駒形の養育所、その帳場では経師屋の為吉と建具師の建吉が話をしていた。
「先生、和歌を散らした衝立の件ですが、如何でしょうか」
「今日の午前中に見たのは古今和歌集・春の巻から十首を選び、長紙に書いてありました。残りの夏、秋、冬も用が無ければ今日中には出来ると思いますが、衝立よりは額に仕立てた方が良さそうです。近日中に持参しますのでその時決めましょう」
 兵庫の話声が聞こえたのか、奥から内藤が出て来た。
「内藤さん良い所に、皆さんに話が有って参りました」と兵庫が言った。
「何でしょうか。立ち話もなんですから上がって下さい」
土間に立って話をしていた兵庫が帳場に上がり四人が車座に向かい合った。
「今朝、山中さんから、子供たちのために作った折り畳み式文机の使い勝手が良いので売ったらどうだと云われ、これまでに文机をお願いしました彦次郎さんや志津と調度屋開業について話し、ここに相談に参りました」
「調度屋というと、仏壇屋の様に、出来上がった箪笥などを並べて売ろうと云うのですか」と建吉が確かめてきた。
「それも一つのやり方ですが、海の物とも山の物とも定かではない調度屋稼業に大金は使えません。並べる物はそれぞれ一品とし、無駄に成らぬように養育所や関係者が必要な物にします。また新しい店は持てませんので・・・」
「ここ養育所を調度屋にしようと云う訳ですね」と内藤が続けた。
「言い辛いことを言って頂き感謝します。お礼に帳場格子、帳場机を新品と交換させて貰います」
笑いが起きた
話は続けられた。
調度屋稼業を始めることに誰も異を唱えなかった。
それどころか積極的な話が建吉から出た。
「もう一度、道場を建てたらどうでしょうか。そうすれば展示場も作業場が確保できますよ」
「それは先の話に成りますが多目的に使えそうですね」
話は続けられた。

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Posted on 2018/05/28 Mon. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第109話 肥し(その22)】 

 駒形の養育所、薬研堀の子供預かり所、深川の子供預かり所、本所柳原町のやなぎやと巡り兵庫は押上に戻って来た。
 部屋に入ると志津が長紙に書きあげたものを広げ見ていた。
「何を書きましたか」
「はい、古今和歌集、春の巻から選んだ和歌を十首ですが、子供たちには教えていない漢字の他に万葉の仮名、加えて連綿ですから、歌を知らないと読めないかも知れませんね」
「謎の多いのが良いのです。好奇心が読めるようにしてくれますよ」
「それでは夏・秋・冬を書き上げておきます」
「恋は書かないのですか」
「書くのはよいのですが、好奇心旺盛な子に説明して頂けるのでしたら」
「勉強が足らないので私には無理です。調度屋の件で彦次郎さんに話があるので行って来ます」
「何ですか、調度屋とは」が「入谷に入った二十三人の子供たち用に彦次郎さんにお願いして作って貰った折り畳み式文机の評判が良いので、売ったらどうだと碁四郎さに今日言われたのです。それと深川では一枝殿から冷えた子供たちを温めるため炬燵櫓を頼まれました。更に、志津の書が衝立に仕立てられます。養育所の持つ建具、経師に書画の技能を生かした商いとして調度屋はどうか、何か問題が在るのか聞いて来ます」

 裏の長屋に彦次郎を尋ね、出て来た彦次郎にたった今、妻の志津に話した調度屋開業について、何か感じることは在るか尋ねた。
「調度となるとかさ張るので作った物を納めるまでの仕事場と置き場が必要です。これは中之郷元町に門脇の出来損ないの侍長屋が在るので良いのですが、品物を置く店をどうしますか」
「確かに、店を出すとなると人通りの多い駒形になりますね。今使って居る調度を売り物に置き換え見本として注文を取ると云のは如何でしょうか」
「内藤さんは売り物見本の中で暮らすわけですね」
「そう成りますが、使う事で品物の改善につながればですが、店が調度屋として知られるように成るには時を要すでしょうね。それまでは、車に見本を乗せて注文取りに回る考えですが」
「分かりました。造る方は売値を決めるための材料費と手間代を出すようにします」
「宜しくお願いします。ただ、思い付きの一面も在りますので、内藤さん、山中さんとこの思い付きをどこまで進めるか談合し、決めることにします」
「私の方は、先程伺いました炬燵櫓と預かり所の子供たちにも折り畳み文机が行き渡るよう作ることにします。これにはお預かりいたしました大工方修行を始めました総三郎と浜吉も手伝わせることに致します」
「二人が薪切りを卒業すると、そのお役をまた私が担うことに成りますが、私にも出来る仕事が在ることを楽しむことにします」

 兵庫が彦次郎との話を終えて母屋へ向かうと、広間の障子が開き女の子が出て来た。
広間では三十人ほど居る女の子に対する講義が行われていたのだ、
そして、兵庫からは見えないが別の部屋では向島から来ていた男の子たちへの講義が終わり、部屋からは向島から来ている男の子たちが姿を見せ、表へ出て行った。
そこには保安方の平田が控えていて、子供の人数を数えると、向島に向かって駆け去っていった。
そして、昼飯を告げる板木が打たれた。

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Posted on 2018/05/27 Sun. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第109話 肥し(その21)】 

 涛屋の戸が開き、男の子が首を出し、そして引っ込めた。
入れ替わるように戸が大きく開き、網吉が姿を見せ、その後ろに隠れるように幼い子供たちが、やって来た兵庫たちを見た。
「音吉、お前が来てくれたか、頼むぞ。先生、今日来られると思い待って居ました」
「色々あって、放って置いたからな。その前に、子供たちに音吉を引き合わせましょう」
 預かり所の子供たちは皆、音吉より明らかに幼く、男の子が三人、女の子は二人の五人が網吉の前に並び、音吉が対面する形で立った。
「私の名は音吉です。私はここ涛屋に住み込みます。皆が朝、ここに来てから家に戻る時まで一緒に暮らします。私はまだ勉強中ですが、易しい字は読み書きが出来ます。他に品物の売り買いの時に必要な計算も出来ます。一緒に勉強をやりに来ました」と自己紹介をした。
それに続いて、兵庫が
「浜中さん、こちらがここの保安方をお願いしている網吉さんです」
「網吉です。宜しくお願いします」
「浜中です。昇龍院で保安方を任されています」
「わざわざご苦労様です」
「それでは荷物を下ろすので置き場所を頼みます」
「米俵は奥の台所、音吉の私物は二階、その他は、取り敢えず帳場に置いて下さい」
 暫くして大八車の荷が無くなったところで
「皆様、お茶が入りました」と湯飲み茶わんを乗せたお盆を持って一枝が出て来た。
兵庫は湯飲みを取りながら
「浜中さん、こちらはここの主・重吉さんの奥様です」
「浜中様、一枝で御座います。宜しくお願い致します」
「こちらこそ、お世話になると思いますので宜しくお願いします」
「忘れる所でした。今日、こちらにも一つ土産を持って来ました。これを使い文字に馴染ませるようにして下さい」と云い、持参したかるたを渡した。
「一枝殿が忙しい時は音吉に渡し使わせて下さい。それと折り畳みの文机を四台持って来ましたので手習いなどに使わせて下さい」
「有り難うございます。子供たちはご覧の様に粗末なものを着ているだけで、外で遊ばせても陽が出ていないと直ぐに体が冷えてしまいます。子供は風の子とは申しますが、温めてやらねばなりませんが、火鉢で手を温める程度しか出来ません。足も温めてやりたいので、あの文机を四つ合わせた大きさの炬燵櫓を造って頂けませんか」
「分かりました。それと子供たちに着せる綿入れと足袋を用意しますので、与えて下さい」
「有り難うございます。皆喜ぶと思います」

 兵庫は深川の子供預かり所を出る時、
「網吉さん、子供たちの綿入れと足袋を用意しますので、やなぎやまで付き合って下さい」
「ありがてぇ、音吉が来てくれたお陰で出歩ける。音吉、すぐ戻って来るから後を頼むよ」
「はい、カルタをしながら待って居ます」

 涛屋を出た兵庫、浜中、網吉の三人は堅川沿いの柳原町に在る古着屋・やなぎやに入り子供たちの綿入れと足袋を買い求めた。
この時、帳場に居たのは久美だった。
「少し大きいかも知れませんが・・」と云い、久美は五着用意した。
「いつものように、内藤さんにお願いします」
やなぎやを出た三人はそこで、押上、深川そして昇龍院へと分かれていった。

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Posted on 2018/05/26 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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