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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第115話 始動(その27)】 

 ちょうどその頃、板橋平尾の相川道場では、相川家と鐘巻家そして岡部家と鐘巻家の養子縁組が行われていた。
迎える方も出す方も旧知の仲で、双方が望む縁組のうえ、養女として入るお松もお竹もこの板橋宿で保護され、道場から兵庫の所に昨年届けられ匿われて来た経緯が有る。
改まったのはお松とお竹が、
「父上様、母上様、松(あるいは竹)で御座います。宜しくお願いします」とこれから親に成る両親に頭を下げた時だけだった。
親子の契りが済むと酒が出され、話は修行時代の兵庫の武勇伝から、同席した、斬られ彦四郎の話、兵庫の武勇伝がいまも続いて居ることを荷物を運んできた男たちが、わたしらと同じ、脛に傷を持っている男たちが、何十人も居ると云い、笑いを誘った。
そして、八つの鐘が鳴り、短い祝いの席が閉じられた。
「宿場の者たちへの披露は後日、主だった者たちを道場に招きやる予定だ。今日はこれまでとするが、お竹の荷を届けてくれ」
岡部夫婦に従うお竹が“たつみ”に入るのを宿場の者に見せる役割を済ませた兵庫と志津が神田庵に戻ったのは夕六つを少し過ぎた頃だった。
部屋着に着替えを済まし所に、夕膳が運ばれて来た。
そして食事が終わり、膳が下げられると志乃がやって来た。
「中川矢五郎様からお話が届いています。本日、霊岸島継志館のお披露目が行われ、かなりの客を迎えることが出来たそうです。その中で預かり所に逃げ込んできた母・子を受け入れ母は世話人として雇い入れたとのことです」
「それは結構なことでした」
「はい、しかし母子が逃げて来た料理屋・千川を衰退させた貧乏神五人も雇い入れたうえで、千川の立て直しの手助けをすることにしたそうです。そのために山中様が竜三郎さんご夫婦に打診するよう矢五郎様に依頼し、矢五郎様はその事を竜三郎さんに伝えたとのこと。竜三郎さんは既に動き始めた霊岸島の子供預かり所のためになることでもあり、聖天町とどちらを優先させるかを先生に聞いてからにしたいとの返事だったそうです」
「分かりました。霊岸島に明日行って貰う様に、これから頼んで来ます。お松とお竹の話は志津から聞いて下さい」

 神田庵を出て聖天町の仕舞屋に入ると、男たちが薄明りが灯る帳場で夕膳に酒を一本付けて語らっていた。
その男たちも兵庫の姿を見て、崩していた膝を改め座り直した。
「そのまま飲みながらで結構です。竜三郎さん、矢五郎さんからの話しですが、霊岸島への一次支援をお願いに参りました。明日、案内しますのでお願いします」
「千川は土台は出来ていますのでおときに任せ、私は継志館で勉強させて頂きます」
「それで結構です。では」

 嘉永七年一月十六日(1854-2-13)、昼四つ前に兵庫と竜三郎・おとき夫妻は霊岸島の継志館に入った。
「皆さんで一回りしてから、私の部屋に来て下さい」と出迎えた常吉が言った。
常吉の言葉には何か自信が感じられた。
「変わった店ですね。まるで仲見世の雰囲気です」とおときが云った。
言われてみれば道の両脇に連なる店の様子が、継志館の中に広がっていた。
「そうですね。部屋毎に売り物を変え、暖簾を掛ければ、仲見世ですね」
 店の中を見て回り、途中で山中碁四郎を加え一回りして常吉の部屋に入った。
「客が途切れませんね」と兵庫が見たままを云った。
「はい、引札を配ったのは四日市町だけなのですが、先程来ていた岡っ引きの百吉さんの話では霊岸島の者たちの他に見かけない者も居たそうです。口伝で広がったのだろうと言って居ましたが、売り上げは兎も角、継志館の名は売れているようです」
「今年に成って各養育所も独自の動きを見せ始めています。それも養育所で働く皆さんの御蔭です。千川の立て直しをお願いして竜三郎さん、おときさんをお連れしましたので、常吉さん宜しくお願いします」
「はい、千川の主・仙蔵さんも喜ぶと思います。さっそくお連れしてきます」
「碁四郎さん、私はこれで戻りますが、もう騒ぎも起こらないでしょうから、常吉さんが戻られたら浮橋に戻り、溜まって居る薪割でもしてぅださい」
「悪いことを思い出させないで下さい」
「私も似たようなことをするために戻るのです」
「一日休めば一日分溜まる。特に冬場は」

 兵庫は、養育所が、養育所の者たちの手で始動はじめたことを感じながら神田庵に戻っていった。

第115話 始動 完

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Posted on 2018/12/07 Fri. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第115話 始動(その26)】 

 矢五郎が出て行くと入れ替わるように山中碁四郎が入って来た。
「こちらは山中先生です。皆さんにとっては一番怖い方です。今は腰に鉄扇ですが長いのは抜かさない方が身のためです」
「常吉さん、脅してはいけません。皆さんがいまの暮らしから抜け出し生きる道を探して下さい」
「五人もですか」
「この方々は根っからのやくざ者でないことはお判りでしょう。と云う事はこれまでにやって来た仕事が在る筈です。私の剣術と坊主修行よりは世の中に役に立つはずですよ」
「分かりました。しかし、このまま千川を放っておいてはつぶれてしまいますよ。気立ての良さそうな老夫婦でした。人と金をいれてあげないと・・・首を吊っちゃいますよ。そんなことされたらこの五人だって居づらくなるでしょう」
「そこまで深刻ですか。困りましたね。鐘巻さんが留守中ですが竜三郎さん夫妻に建て直しをお願いしますか」
「その前に、こちらの皆さんが千川の立て直しについて、協力する、無関心、邪魔をする、のどれかにより、こちらの手間、やり方が変わりますので、確かめさせてもらいましょう」
「それもそうだな」
「それでは、こちらの考えを皆さんにお伝えします。私たちは美穂さんを客商売のために戻すことはしません。ただ美穂さんが受け入れられる働く場が戻ればもどします。いずれにしても美穂さんの意志を尊重します」
「それでは、呼んできます」
「呼ばなくて結構です。あまり台場でこき使われたのが他人様に、始めのうちは良い思いをしている者に対してだったんですが、見境なくなってしまって居たようです。しかし、台場には戻りたくはありません。きつい仕事でも構いません、良い汗がかけるのなら」
「これなら何とかなりそうですが、他の皆さんも同意して頂けますか」
男たちは頷いた。
「今から皆さんを継志館で雇う事にします、手当は、日当たり台場と同じ一朱を渡します。働く場所は主に千川にしたいのですが、受け入れて貰えるか判りません。いずれにしても客商売ですから床屋に行きここに戻って来て下さい。常吉さんは千川に行き、このことを主の仙蔵さんに話し、意向を聞いてきてください」

 床屋に行った男たち五人が揃って継志館に戻って来たのは昼過ぎだった。
その五人に昼飯を食わせながら、千川の主・仙蔵と話し合って来た常吉が話をした。
「千川は皆さんを受け入れてくれるそうです。ただ歓迎された訳では在りません。今は口入屋に頼めないほど信用を落として居るからだそうです。建て直すには手助けが必要なため、藁にでもすがろうとしているのです。この汚名は時間を掛けて返上して下さい」
「分かりました。しかし、皆さんは、どうしてそこまでしてくれるのですか」
「私は親の名前を知らない。皆さんのことは聞きませんが、親のぬくもりを感じたことは殆どないでしょう。そうした者たちを一人でも減らそうとしているのが、ここ子供預かり所です。皆さんがして来たことは貧しいものを増やす行動でしたが、これからは良い汗を掻く仕事をしてくれると云ったからです。良い汗だけで我慢してくれる人は少ないのです」
 昼食が終わると常吉は五人の名前、これまでの職歴を聞き出し始めた。

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Posted on 2018/12/06 Thu. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第115話 始動(その25)】 

 奥の部屋には老人と呼べる男と、それを挟むように座る男たちが居た。
常吉が老人と向かい合う様に座ると、案内して来た者たちも入口を塞ぐように座り、老人と合わせ六人に囲まれていた。
 常吉は畳に手を付き、
「元白子屋改め継志館を預かる常吉と申します。先ほど表口にてお話いたしましたことですが、こちらで働いて居た美穂さんとその幼い娘・稲の親子が参りました。手前どもが、ここの町内だけに配った引札を持参し、子供を預かって欲しいというので、色々と事情などを聞き、受け入れることにしました。その際、子供の世話をする者として、美穂さんを雇い入れることにしました。こちらには、受け入れたことをお知らせに来たのですが、何かさし障りが御座いますか」
「ある。爺さんは喉を傷め声が出ないのでわしが代わりに話すがいいな」
老人の脇に座って居る男が睨み付けるように言って来た。
「いやと云うほど、度胸は御座いません」
「物分かりが良いな。最後までその調子でたのむよ」
「お手柔らかに頼みます」
「そちらで受け入れた美穂だが連れて行かれては困るのでこちらに戻して貰いたい」
「それは、私一人では決められませんので、お越し頂き本人に話して下さい。賃金はこちらの倍、日当たり二百文と飯付きの条件を喜んでいましたので、無理だと思いますが、ものは試しですから来て下さい」
「口の減らねえ野郎だ、案内しろ」

 無事千川を出た常吉に従う者は老人を除いた五人の男たちだった。
「失礼を申しますが、皆様が顔を出しては千川に客が来なくなるのではありませんか」
「それで、わしらの顔の代わりに女の顔を見せることにしたのだ」
「それは上手くは行きませんよ」
「何故だ」
「分らない方にいくら説明しても判りませんよ。早めに諦めて国に帰ることですね」
「馬鹿にするな、こう見えても江戸子だ」
「それだったら爺様の墓参りに行き、江戸子らしく詫びを入れることだな」
「何だと・・・」
「兄さん方、あそこ、人が出入りして居る所が元白子屋だ。中で皆さんのような半端者が十人以上殺し合い死んだところだ。その跡は残ってはいないが、明日は我が身成りそうなので拝んでおくことだ」
 男たちの勢いがなくなって行くのを感じながら、
「本日は客が多いと思い、一々下足を脱がなくても済むように莚を敷いてある。客のことを考えない商いは流行らないよ」

 こうして常吉を先頭に継志館に入って行った。
「いらっしゃい」と薬屋の藤吉に迎えられ、部屋暖簾の仕切りを抜けると青天井の明るい空間が開け客や遊ぶ子供の姿が見えた。
逆に常吉とその後に続く五人の男の姿は継志館や養育所の者たち目に入った。
「立ち話もなんです。部屋に入りましょう」と常吉は云い、五人を己の部屋の招き入れた。
待つことなく、女が茶を運んで来た。
「かすみさん。美穂さんを呼んで下さい」
「分かりました」
待つこともなくやって来たのは、いかつい中川矢五郎だった。
「怖いから嫌だと云うので、取り敢えずわしが来た」
「みなさんこちらは元南町の同心だった中川矢五郎さんです。後を継いだのが斬られの彦四郎と呼ばれた息子さんです。先生は昨年の暮れにたまたまここに居まして虫の息の男たちを見ています。そういうお方から聞く方が私から聞くよりも納得いくと思いますので皆さんが千川で始めようとしている女を使った客商売が駄目だと云う事を話して貰いますので聞いて下さい」
「御法度の稼業は利も大きいが、それだけにやるには勉強が必要だ。先ず、場所だが大川の西は避けた方が無難だ。特に霊岸島は全く駄目だ。八丁堀の裏でその様な店を開かれては奉行所の立場が無くなるから、もし捕まると並の仕置より厳しくなることを覚悟することだ。それでもやりたいのなら、店には女を置かずに、置屋から呼ぶようにして、下品な客はお断りすることだ。それと今の美穂では上品な客からお呼びは掛からぬ」
「如何ですか、皆さんの考えていることは駄目だと云う事です。それでも美穂にここより高い手当てで雇いますか・・・」
「それだけではない。ご法度をやるには鼻薬が効く者へ付け届けを欠かせない。お前たちが女に集(たか)れば、お前たちに集(たか)る者も居るのだ。辞めておいた方が身のためだ。それでは山中さんと代わるか」

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Posted on 2018/12/05 Wed. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第115話 始動(その24)】 

 開店後暫くすると人の流れに落ち着きが感じられ始めた。
常吉は部屋に山中碁四郎と中川矢五郎を招き、今朝、子供預かり所にやって来た美穂・稲親子の話をした。
そして美穂が恐れている千川の主に、継志堂が美穂を雇ったことを告げに行くことの意見を求めた。
「行こうと行くまいと、悪党は知れば何かを言って来るものだ。それまで待つのは継志館の体制では心もとない。 今後のことを決めるためにも様子見に行ってはどうだ」
「矢五郎さんに異論は在りませんが、千川については全く分かりませんので、矢五郎さん、千川の主について、霊岸島浜町の自身番に居る岡っ引きの百吉さんに聞いて貰えませんか」
「用心するのに越したことはない。行くか」

 常吉は出掛けることを継志館の者たちに告げ、用心のため碁四郎は残こし、矢五郎と自身番に向かった。

 百吉の話では、
「千川も白子屋と似たようなものです。なんとか商いを続けているが内情は火の車で、店の使用人を酷使したため料理屋とは名ばかりです。知らずに入った客を待たせる、不味い、高い、脅すしまつ。もう晦日払いの仕入れも出来ない有様です。出来るのは抱えている女を使うだけです」
「商売の方は分かった。それで主はどのような男だ」
「仙蔵さんはどちらかと言えば人の良い、気弱な人ですが、悪い男たちに住みこまれたのが運の尽きだったようです」
「何人ぐらい悪は居ますか」
「確か五人居たと思いますよ」
「その悪党退治をするので、止めないでくれ」
「上手くやって下さい」

 自身番を出た矢五郎が
「喧嘩のやり方はあんたの方が上手いから任せるよ」
「任せて下さい。喧嘩なら私より上手な方が居ますので・・・」
「確かに、養育所は喧嘩太りしてきているからな。千川も手に入れるつもりに成るかもしれぬな」
「人の良い主を追い出すことはしないでしょう。久蔵親分や繁蔵親分も赦し家を帰したのですからね」
「そうか、やはり付き合いの長いお主の方が、分かって居るな」
「分かっているのなら真似が出来そうですが、これがなかなか欲が顔を出して出来ない。先生も無欲では無いのでしょうが、貯まった金の使い方が他人には欲には見えないのです」
「束の間の喜びを感じるために大盤振る舞いするのも欲なら、周りに居る者に見えないぬくもりを与え、それで帰って来る笑顔を見るのも欲なのかもしれぬな」

 継志館に戻った常吉は山中碁四郎に岡っ引きの百吉から聞き出した話をしたうえで
「先生、これから千川に行き穏やかに話しあってきますが、先生、暫くこちらに居て頂けますか」
「押し込むのではなく、来てもらうと云う事ですか」
「はい、押し込むより押し込まれて止むを得ずと云う方が・・」
「出来るだけ主の仙蔵さんとか云う方と話し、荒らげない様に、穏やかにたのみます。けりが着くまで厄介に成ります」
「それでは、行って来ます」

 料理屋千川は同じ四日市町だが、継志堂とは別区画の対極にある。この他にも料理屋が在る。昼の客を狙って出された暖簾を潜る者の姿は見られなかった。
千川の暖簾を潜った常吉を迎えたのは白髪の混じった女だった。
「いらっしゃいませ。お上がりください」
「いや、お忙しい最中失礼しました。手前は元白子屋あとに継志館を本日開いた常吉と申す者です。実は今朝方こちらにお世話に成って居ました美穂・稲親子が参りまして、子供を預かってくれとの頼みでした。事情を聞き二人を受け入れることしました。お知らせが遅れご迷惑をおかけしたことをお詫び申します」と、少し大きめの声で言った。
「美穂さんが来ない訳が分かったので安心しました。わざわざお知らせ頂き有り難うございます」
女は常吉の話を聞き美穂が居なくなったことをむしろ喜んで見せた。
「それでは失礼します」と常吉は帰る仕草を見せた。
「ちょっと待ってくれ。主の仙蔵さんが話しが在るそうだ。上がって貰えませんか」
案の定、悪党面を隠さない男が現れた。
「これは失礼いたしました」
常吉は案内に従い、奥へと入って行った。

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Posted on 2018/12/04 Tue. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第115話 始動(その23)】 

 常吉は女が手を繋ぐ子供のもう片方に握られている白い物を見て話しかけた。
「私が常吉ですが何か御用ですか」
「はい、大家さんからこちらで子供を預かって頂けると聞き参りました」
「はい、お預かりしますが、お名前、住まいなど少し伺う事が御座います。人さらいと思われると困るのです。時間は取らせませんので少しお話を聞かせて頂けますか」
「女は頷いた」
「それではお上がりください」

 全開された表口から入ると
間口二間・奥行一間の土間が在るが、入った左半分は土間のままだが右半分は二段の上がり框ある。本来なら下足は脱ぐのだが、客の便を計ったのだろう、上がった床の上には真新しい莚が敷かれ、奥までつながっていた。
 莚は廊下も含め、新しく作った床の上にも敷かれていた、さすがに調度品が置かれている畳み敷の部屋に入る時には脱いで貰うようにしたようだ。

 奥に入って行った常吉が
「岩五郎さん、二人分追加して下さい」と叫んだ。
その声で、妻のお仙が顔を見せた。
「こちらが引札を見て来られました。これから聞き取るので飯の用意が出来たら呼んでくれ」 
 常吉は女と子供を己の部屋に通し、用意してあった聞き取り用の紙を文机の上に広げた。
子の名前が稲・五月生まれの三歳、母の名が美穂、父・不明、住まいが四日市町庄右衛門店、仕事場が料理屋・千川と記載されていった。
「稲ちゃんを預かる時間は」
「夜、五つ過ぎまでお願いできませんか」
「構いませんが、それでは子供と過ごす時間が在りませんね。手当ては幾ら貰って居ますか」
「毎日百文です」
「店賃は」
「七百です」
「聞いた話だけでのそうぞうですが、それでは稲ちゃんを育てられませんよ。倍払いますからここで働いてみませんか」
「怖いです」
「千川に借金でも在るのですか」
「いいえ」
「何が、怖いのですか」
「乱暴者が居て、すぐに叩くのです」
「分かりました。怖いのは、こちらで何とかしますので、今日からここで働きなさい」
「千川には怖い人が沢山居ますよ」
「弱い者を脅す者に強い者は居ませんから心配しないで下さい」
「お願いします」
「それでは台所へ」
 台所でおおよその話をする中で、美穂は預かり所の所員として子供の稲は美穂の子だが預かり所で預かる子としても継志館の皆に紹介された。
「それと、山中先生が来られたら千川に行き美穂さんを雇ったことを告げてきます」

 食後、美穂はお仙に預けられた。
そして、美穂は子供と近くの銭湯に行かされた。同時に薬屋の岩五郎が母親と三歳の女の子が着る物を買いに本所柳原町の古着屋に使いに出された。
こうして店の開店時間五つ半までに、着替え直し化粧をした美穂とこざっぱりした幼児・稲が出来上がり、山中碁四郎、建具屋の建吉、肖像画販売の御用聞きをしている北村徳三郎、そしてこの店に興味を持って居る中川矢五郎も継志館に入り開店を迎えた。

 一旦閉められていた格子戸が常吉とお仙の手で開けられた。
「いらっしゃいませ」の声が外に向けて投げかけられた。
その声か、暖簾が掛けられるのを待って居た者たちが居た。
引札で知らせただけでは集まらないほどの人数が待って居たのだ。
それは継志堂の前身の白子屋では十人を超える者たちが死んだことは隠せない事実としてこの界隈に知れ渡って居たからだ。
怖いもの見たさか、引札を配らなかった町外からも冷やかし客だろうがやって来ていた。
 客が最初に驚かされたのが、座敷は除き家の中まで土足で上がることができる、これまでに見たこともない店だったことだ。
雑貨屋は押上の者たちを相手に値決めされた者が多く、の本橋に住む者たちにとっては安い値付けだった。
そして座敷内に展示されて居る調度品のうち、人気を集めた物が折り畳み式の物だった。
畳んだ状態と開いた状態を並べて展示したからだ。
大きな折り畳み式机を見て
「これなら女房と指し迎えで飯を食うにも使えるな」と惚気るやつが居れば、
「家には餓鬼が三人の五人だ、これ五角形に成りませんか」と店番の建吉に尋ねる者も居た。
「丸では如何ですか。数多く作れれば安くもなりますよ」
「いいね~」
こうして展示品のいくつかの注文が取れた。

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Posted on 2018/12/03 Mon. 04:27 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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