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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【湯上り侍無頼控え 十一話 七夕の願い(その19)】 

浮橋に戻った碁四郎たちを向かえたのはやはり鰻の焼ける匂いだった。
そしてその匂いに誘われて、定廻りの久坂啓介と岡っ引きの勇三もやって来た。
表の客座敷に裃姿で居る碁四郎を見た久坂が
「なんだいその格好は」
「祝い事です」
「確かに祝ってもいいだろう。例の件、噂だが御沙汰があるのは野村様だけのようだ。山中家は安泰だよ」
「そうですか。朗報です」
このことを案じていた小平太が顔をほころばせた。
「皆さんも昼を一緒にどうぞ。上がって下さい」

賑やかな昼飯を食い終わり、久坂と勇三が出て行くと小平太が
「私は今日お屋敷に戻ります」
「そうか、それでは寅次郎の家を見てから番町へ戻り、兄上に十四日は本妙寺へ留守参りに行くと伝えて下さい」
「はい、そう致します」
こうして浮橋から、稽古道具を担ぎ、空だった巾着を膨らませた小平太と、浮橋に来てから着た物や、自分で作った藁草履、そして稼いだ小銭を風呂敷に包み背負った寅次郎が去っていった。
その小平太と寅次郎だが日本橋北の室町の通りを歩いていて顔を見合わせ、足を止めた。
「小平太様。西海屋があのように・・・」
寅次郎が七夕の竹を届けに行き、断わられた西海屋の表戸は青竹で締め切られていたのだ
「どうやらお咎めを受けたようだな」
「服部さま、あの西海屋でしたら奢侈のお咎めを受けたのですよ。派手でしたからね」
喜平の言葉だった。
「西の丸が燃えてまだふた月も経っていません。時節柄をわきまえず不届きと云うことですね」
寅次郎は竹売りで束の間に見、目に焼きつけた娘とその母が着ていた眩い姿を思い出していた。
それは寅次郎が願っても得られないものだった。
そう思うと、あの娘は短冊に何の願いを書き、あの大竹に吊るしたのだろうか。
しかし、娘の大きな願いを吊るしたであろう七夕飾りは無かった。
「寅次郎! 大工町はあの日本橋を渡った、少し先だ。行こう」
筋違いに青竹を打ち付けられた西海屋の前で立ち尽くしていた寅次郎を小平太の声が吾に引き戻した。
寅次郎は新しく父となった富吉と母・いねを見上げ、そして二人の間に入り手を握り歩き始めた。
七夕の願いを叶えた寅次郎一家の後を歩く小平太と大家の嘉平の顔にも笑みがこぼれていた。

十一話 七夕の願い(完)

Posted on 2011/04/18 Mon. 06:46 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 十一話 七夕の願い(その18)】 

翌九日と十日は浅草寺の四万六千日に出かける老若男女で船宿・浮橋は猫の手も借りたいほどの繁忙に見舞われた。
その猫の手の代わりに、碁四郎も屋根舟の船頭となり小平太、寅次郎も手伝うことになった。
年寄りが揺れる船に乗り降りするのは楽ではなく、手を貸したり船を押さえたりしなければならない。
勿論、船着場にはその手助けをする者も雇われているのだが、どちらかと云うと年寄りより若い娘の方に手を貸したがる者が多かったのだ。
「寅次郎、そちらのお年寄に手を貸してあげなさい」
碁四郎の大声が飛んだ。
こうして寅次郎は一日中、乗船・下船の時、年寄に手を貸したのだった。

尤も忙しい四万六千日が終わった十一日の朝、唯念寺から碁四郎に使いが来た。
「四つ(午前十時)過ぎに山中様、奥様、寅次郎殿のお三方でお越し下さい。縁組が整いました」
「分かりました。お使いご苦労様でした」
使いの者は番頭の幸吉から小銭を貰い帰って行った。

裃姿の武家となった碁四郎に妻のお静、それに碁四郎が幼い時着ていたものを着せられた寅次郎、そして供の小平太が四つの鐘が鳴るのを待って浮橋を出て行った。
寺の本堂に上った三人を向かえたのは、大工夫妻と家主だった。
「遅れて申し訳御座いません。山中碁四郎と申します。これなるは寅次郎、あれなるは妻静で御座います」
「ご丁寧に。私は日本橋大工町の大家喜平で御座います。これなるは大工富吉とその妻・いねで御座います」
そこに住職が入ってきて座った。
「どうだ、堅苦しい挨拶は済んだか」
「はい、只今」
「富吉、いね。ここに居る寅次郎は先月二十六日に山中殿に拾われた子だ。お主の子、寅吉が亡くなった日のことだ。世に生まれ変わりと云う言葉があるが、わしにはそのように思える。この寅次郎をお主の子として迎え入れることを阿弥陀如来に誓えるか」
「はい、誓います。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「寅次郎、お主は富吉といねの子になること、阿弥陀如来に誓えるか」
「はい、誓います。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「よし、これで縁が結ばれた。喜平殿、人別の方はうまく頼むぞ」
「御住職様にお旗本が請人のようなものです。お任せ下さい」
「富吉殿、おいね殿。寅次郎のこと宜しくお願いいたします」
碁四郎とお静が頭を下げた。
「もったいねぇ。お願いどころか、こっちが願っていたことです。この齢になって七夕様への願いが叶うとは思っても居ませんでした。昨日は浮橋の前をうろついて倅になる寅次郎のことを、一日中かかあ~と見ていたので御座います」
「そうでしたか。それではその浮橋で昼でも食べましょう。寺に居ては食えない鰻が今朝はだいぶ獲れました」
「碁四郎、鰻の話はするな。腹が鳴る」
「はははは~~・・」

Posted on 2011/04/17 Sun. 11:38 [edit]

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janre 小説・文学

【湯上り侍無頼控え 十一話 七夕の願い(その17)】 

七夕の夜が明けた翌朝、竹に短冊を吊るした者は竹が舟に乗せられ流されに行くのを見送り七夕は終わった。
この日、碁四郎は唯念寺を訪れていた。
「碁四郎、お前は測れぬ男だな」
「御老師様、生きている者の願いを叶えるためです」
「そうかも知れぬが・・・最近十歳ぐらいの男子を亡くし、気落ちしている家か・・・無くはないが」
「お願いします。寅次郎は人別を欲しがっています」
寅次郎が人別に名を連ねたがっていることは、昨晩、お静が竹飾りを見て知り、寝物語されたのだ。
「仕方がない。先ず、寅次郎の気が変わっては困る、大工になる気があるか確かめなさい。話がまとまれば、家主と名主にはお上に届ける人別のこと、うまくやってもらう」
「職は大工ですか。分かりました」

浮橋に戻った碁四郎は着替えることも無く、部屋に寅次郎を呼んだ。
武家姿の碁四郎とその脇に座るお静を見た寅次郎が畏まって座った。
「寅次郎。唯念寺に七夕の竹のことでお礼に行ったら、御住職様からお前に話をしてくれと頼まれた」
「どんな事でしょうか」
「先日、子どもを亡くした者が居て、出来ればお前をそこに世話したいと仰るのだ。大工職人だそうだが、親子の縁を結ぶ気はあるか。もしその気があるのなら、先方に話をしてくれるそうだ」
「親子?」
「そうだ。子を失った者、親の居ない子、共に先々助け合うことが出来ると思うが・・・」
「・・・・」
「急な話だったな。今日一日考え、明日にでも返事をしてくれ」
「旦那様や小平太さん、それに捨吉さんとも分かれるのですか」
「その様なことを考えていたのか。分かれるといっても、私と捨吉さんは此処に居る。小平太は屋敷に戻るだろうが同じ江戸だ。その気になれば、いつでも会える」
「大工さんの家は何処ですか」
「それは聞いていないが、唯念寺の檀家ならここからそう遠い所ではないだろう」
暫らく考える様子を見せた寅次郎だったが
「この話、お願いします」
「そうか、相手のある話だが御住職様の仲立ちなら、上手く行くでしょう。早速、頼んで来る」
部屋から寅次郎が去っていくと、お静が笑みを浮かべ
「昨日の今日で寅次郎の願い事を叶えさせるとは、旦那様もせっかちですね」
「寅はもう十一歳です。上手く行くかどうか分かりませんが、亡くなった者と入れ替わるには前髪のあるうちが良いでしょう」
「人別の方は・・・」
「それは御住職様が先方の人別から亡くなった者の名を外さぬように家主か名主に頼むのでしょう」
「あっ・・」
「どうした」
「お腹が動きました」
「そうか。私の安産祈願の短冊も聞き届けてもらえそうですね」
「そうすると・・御家安泰の短冊がありましたが、それは・・・」
「小平太のだな」
「明日から観音様の四万六千日です。忙しくなりますからね」
「分かっています。その前に行ってきますよ」
お静に、早く唯念寺に出かけ、頼んで来るように催促された碁四郎が腰を上げた。

Posted on 2011/04/17 Sun. 08:27 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 十一話 七夕の願い(その16)】 

そして七日七夕の日がやってきた。
と言っても、まだ日が高く、江戸のそこかしこではほぼ年中行事なった井戸浚(さら)いが行われていた。
井戸浚いは井戸の中を洗い清める行事だが、井戸の中に人が入り井戸側の汚れを落とし、水の底に沈んだごみなどを取り除くもので、夏の時期水の汚れから病に罹らないようにと行われるようになったものである。
と云うことで、暫らく井戸が使えなくなるため、浮橋では井戸水の汲み置き用の空き樽が総動員され、力仕事が似合う碁四郎、小平太が活躍したのだ。
その後は、やって来た井戸浚いの職人の一人が井戸の中に吊るされ、井戸側を洗いながら井戸底まで降りるのを碁四郎、小平太の他寅次郎、手空きの船頭衆が職人を吊るす綱を引き踏ん張った。
職人が井戸の底に着くまで、井戸の中を覗く職人の声で、綱を少し緩めては踏ん張ることを何度も繰り返したのだ。
「旦那方、暫らく休んでくだせぇ」
井戸職人達は汲み置きした水を井戸の側に掛け、汚れを流した後、井戸の底に溜まった汚れた水を汲みだした。
暫らくして、井戸が洗い終わったのか
「旦那方、引き上げますんでおねげぇします」
井戸底の職人が引き上げられ、井戸に蓋がされその上に清めの塩、酒が置かれ井戸浚いは終わった。

その日の夕七つ、碁四郎が富士の湯で碁を打ち浮橋に戻って来ると、小平太と寅次郎
を部屋に呼んだ。
かしこまる二人に、
「折角の七夕だ、願い事があればこの短冊に書き、二階に上がり竹に吊るしなさい」
「碁四郎様は・・・」
「もう書いて吊るしたよ。二人が最後だ」
「分かりました。寅、部屋に行き書こう」
「はい」
二人が何を願い書いたかは分からないが、暫らくして二階から下りてくる顔は笑っていた。
夕闇が迫る船宿・浮橋の前に立てられた竹には女達が作った数多くの飾り物に混じり、願い事を書いた短冊が吊るされ、揺れているのを、川辺に置かれた縁台に座り夕涼みする小平太と寅次郎が眺めていた

Posted on 2011/04/17 Sun. 05:57 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 十一話 七夕の願い(その15)】 

 持ち帰った竹を浮橋の女将・お静が二百文で引き取ることになった。
寅次郎は売上の入った袋を持ち帳場の幸吉の脇に座ると、銭枡に四文銭を百枚並べた。
「お手伝い頂いた二十人分の四百文です」
「済まないが、浮橋の取り分は一人分四文頂きますから二十人分八十文を銭函に入れてください。残りは寅次郎から手伝ってくれた人へ払って下さい。それと、御住職様へのお礼も今日中に済ませなさい」
「はい、その様にします」
寅次郎は竹運びを手伝ってくれた小平太や船頭衆へのお礼を言い、約束の支払いを済ませると、今日、何度も行き来した唯念寺に行った。
庭仕事をしていた留吉に
「留吉さん、ありがとうございました。御蔭で竹を届けることが出来ました。少ないですが御礼です」
「こんなに貰っていいのか」
「はい、これからも宜しくお願いします」
「ああ、御住職様なら庫裏に居ますよ」
「はい、行ってきます」
寅次郎が庫裏の縁側に回り奥を見ると、住職は何やら書き物をしていたが、寅次郎に気づき声を掛けてきた。
「寅次郎。上がりなさい」
言われるままに上がり住職の前にすわると
「商売はどうだった」
「何かがおかしいと思いました」
「よく分からぬが、もう少し分かりやすく話しなさい」
「はい、一本二百文の竹を売って半分をお布施、残りの半分を貰えると思っていたら、竹の運び賃に十六文、浮橋に口利き料四文、留吉さんに十文はらい、私のところに七十文残ることになりました。心願成就の短冊を書いただけの御住職一番儲けました。何かおかしとはこのことです」
「なるほど、だが竹はこの寺の物で短冊はおまけだぞ」
「はい。しかし百姓は一生懸命作った米を売っても一番貧しいです。手間をかけずに出来た竹を売って一番儲ける。何故なのか分かりません」
「言われてみれば尤もだ。わしには百姓の経験が無いゆえその差を答えられぬ。答えが知りたければ、寅、坊主の修業をしてみてはどうだ。お主の主(あるじ)、碁四郎もここで三年ほど修業し、侍の殻を破ったのだ」
「はい、分かりました。ただ、いま少し町人の修業をいたします。本日は二貫文のお布施を持ってまいりました」
「ちょっと貰い難いが、ありがたく頂くことにするよ」

Posted on 2011/04/16 Sat. 18:56 [edit]

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