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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第三話 門限破り(その16)】 

「袴田殿、村石殿、お手前方の危惧が分かりこうしてお待ち申した。少しばかり手荒い出迎えをさせてもらったが、そのご懸念は無用とお分かり願いたい。この様なことで怪我でもしては、国許で今宵の十三夜を眺めながらお主等のことを思うて居られる親御殿に申し訳なかろうが。時にはお主等も国許の親御殿のことを思うことじゃ。そうすればこの様な軽挙に走ることも無くなるからの」
「・・・・」
先手を取られ襲われた二人は、竹刀を杖に敵意を見せず笑みをたたえている四人を見て、相手の心の広さが分かったのであろうか
「申し訳ないことを致しました。みな拙者らの思慮が足らなかった故の事。ご厚情一々身に沁みまして御座います」
「左様か、分かってもらえたか。それでは既にお主等の門限も過ぎていることであろうから、井戸で血刀を洗い、道場にてその返り血の付いた衣服を着替え、身繕いされてから戻られるがよかろう。兵庫、井戸までお連れ致せ。わしは着替えの袴を出しておく」
二人の刺客は倉之助の言葉に抗(あらが)うことも無く、兵庫に従い奥の井戸へ向かった。
暫らくして、道場で身繕いを終えた二人は倉之助が朝まで待って戻ることを勧めるのを辞して道場をあとにした。
やや西に傾いた十三夜が去っていく二人を照らしていた。
「先生、あの二人にお咎めはありましょうか」
「あるとすれば、斬られて死んだ渋谷と同じ門限破りによる不行き届きであろうよ」
「門限の無い吾ら、浪人やったら止められませんね、佐々木さん」
「暮れるまでに屋敷に戻る藩邸暮らしでは夜な夜な居酒屋へも出かけられんからな」
一人会話から外れていた兵庫が叫んだ。
「先生、出来ました」
「なんじゃ、できたとは」
「歌が、詠めました」
「ほ~、聞かせてもらおうか」
「子を思う 母が見る月 十三夜 吾も眺めん 母を思いて」
佐々木も岡部も頷いていたが、暫らくして
「なんだ兵庫、お主の歌は先程先生が奴等に申されたことではないか」
「道理で、すらりと出来たのですね」
兵庫は頭を掻きながら、母を思っていた。

第三話 門限破り 完

Posted on 2011/05/20 Fri. 05:21 [edit]

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【鐘巻兵庫 第三話 門限破り(その15)】 

 相川家といっても百姓家を買い、その庭に道場を建てたもので、武家の門と呼べるようなものは無く、周囲を生垣で囲まれており、表と裏に生垣が切れた所があり、そこに半ば朽ちかけた木戸があるのだ。
入ろうと思えば生垣の隙間からでも入れるのだが、大きく開いていて見張りも居ない表から入るのが勝手を知らない者にとって一番容易(たやす)い方法で、袴田等もそうするだろうと倉之助は思ったのだ。
「それでは持ち場を確かめてきます」
佐々木が立ち上がったのに連れて岡部、兵庫が道場を出て行った。
 夕餉後三人は離れに戻り身支度を終えると、四本の竹刀を潜む場所に置き、表庭を通り、母屋の倉之助の部屋の前に集まった。
縁側には秋の花が生けられ、団子、栗、豆などが供えられていた。
「そうか、今日は十三夜なんですね。 先月の十五夜の月見、今夜は十三夜の月見、これで片月見になりませんので災いは来ないのでは」
その兵庫の声で、月とは縁の無い佐々木や岡部が空を見上げた。少し欠けている月が東の空に昇っていた。
「奴らも何処かでこの月を眺めているのでしょうね」
また兵庫が呟いた。
「そうだな、奴らにも片月見にならぬよう月を見させて何とか無事に帰させてやらぬとな」
「先生、そうは言っても酒抜きで月を見させやがって、あのやろう、来たら思いっきり打ち据えてやる」
岡部が声を荒げた。
「そう気を荒げるな。折角の月見じゃ、お主等も歌でも詠んでみてはどうじゃ。四つ過ぎて宿場の灯が消えるまでは来ぬであろうから」
三人が本気で歌を詠もうと思ったかは定かではないが、月を見てはぶつぶつ言いながら指を折る岡部。
それを見て笑う佐々木と兵庫。
静かになった庭先に秋の虫の音が戻ってきていた。

 長い沈黙を破ったのは四つを告げる鐘の音であった。
「そろそろ、やつらもお御輿(みこし)を上げるであろう。皆、持ち場に着いてもらおうか」
三人が持ち場についた頃部屋の明かりが消され庭を照らすのは雲間に光る十三夜だけとなった。月は何度も雲間に消えては現れることを繰り返していた。
そして、月が雲間に消えた時、表入り口から庭の中をうかがう影が、背をかがめて入ってきた。
その影を生垣の影に潜んだ四人が見ていた。
兵庫は二つの影が二間ほど庭内に入ったとき、無言で後ろの影に向かって走ると、影が兵庫へ向いた。
その瞬間を捉え岡部が飛び出し、影の動きが乱れ、佐々木が飛び出した。
最初に飛び出した兵庫は影の籠手を激しく打ち、岡部も他の影の籠手を打った。後ろからは肘を打たれ、刀を抜く間もないままに二人は籠手、肘、拳、二の腕と激しく打たれてしまっていた。
「それまで」
倉之助の声がかかり四人が引くと、呆然と立ち尽くしている二人の姿が、雲間より顔を出した十三夜に照らされ浮かび上がった。

Posted on 2011/05/19 Thu. 05:23 [edit]

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【鐘巻兵庫 第三話 門限破り(その14)】 

 朝食後、稽古着に着替えた兵庫は佐々木、岡部と師である道場主相川倉之助に朝見た事の次第を伝えた。
話を聞いた倉之助は暫らく考えていたが、
「確かなことではないが、渋谷を襲った者共は加賀藩の者かもしれんな。渋谷が今朝、旅発つことを知って居たと思われるからだが。ただ他の二人を軽傷で済ませて逃げたところをみると、暗くて顔を見られなかったのか顔見知りではなかったのか、それとも軽傷を負った二人も仲間だったかだが」
「奸族と呼び、止めまで刺したのは根が深そうですね」
「佐々木、お主もそう思うか。奸族と叫んだ訳は分からぬが、兵庫の思うように渋谷の謎の蓄財と関わりがあるのかもしれぬな。それにしても弱ったのぅ」
「何がですか。先生」
岡部が訝(いぶか)しげに尋ねた。
「いや、奴らの訳の分からぬ痴話喧嘩に巻き込まれたような気がしたものじゃからな」
「巻き込まれたと言う事は、兵庫が奴らに狙われるということですか」
佐々木が念を押した。
「そう、鐘巻とわしが狙われような。わしがお留守居の篠原殿に渋谷を斬った男は袴田らしいと言われては困るからの。その様なことは言うつもりは無いのだが」
「となると、奴らが仕掛けるとすれば、先生が下屋敷に行く前、今日明日にでもですね」
「そうだな、岡部。お主ならわしを襲うとすれば何処かな」
暫らく考えていた岡部だったが
「下屋敷への御用となれば、日中になります。人通りが少なく身を隠せる所と言えば、道場から街道までの三町の道の何処かと」
「わしも同意見じゃ。だが、二人の侍に待ち伏せされるのは嫌じゃから、わしは外には出ぬ。となれば夜、寝込みを襲うことになるな。わしは待たれるのより待つ方を選びたい」
「今夜来てくれるといいですね。佐々木さんや岡部さんの喉が渇き、稽古が荒れては門弟が迷惑しますからね」
相変わらず暢気なことを言う兵庫だった。
「兎に角今よりは、見知らぬ侍には決して後ろを見せてはならぬ。常に二人以上でその様な相手には当たるように」

 その日の昼八つ半を過ぎ、稽古を終えた門弟達が道場を去り始める頃になって、一人の若侍が入門したいとやってきた。村石正三郎と名乗った侍は、道場主倉之助に挨拶を終えると、今は御用の途中なので、非番の日に中仙道、染井の屋敷から稽古に通いたいと言い帰って行った。
その若侍が道場から外に出たのを見届けた後、
「村石の袴に血の飛んだ黒ずんだ跡があったわ。様子を見に来たようだな。今宵は眠れぬぞ」
倉之助がぽつりともらした。
「と言うと、先生、あの私よりも若い村石を斬るのですか。気乗りがしません」
兵庫が敵前逃亡にも似たことを言った。
「そうだな、木刀も使えんな。となると竹刀で懲(こ)らしめるよりしかたがないの。じゃが、若いからといって人を斬った男だ。剣が未熟とは思えん。気は抜くなよ」
「どの様な段取りに致しましょうか」
佐々木が尋ねた。
「おそらく表より入って来ようから、我らは入口の左右二手に分かれる。最初に打ちかかる鐘巻、続いて岡部。抜き打ちを喰らわぬように奴らの左側に身を潜(ひそ)め。わしと佐々木は反対側から奴らの背後をつくことに致す」

Posted on 2011/05/18 Wed. 05:21 [edit]

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【鐘巻兵庫 第三話 門限破り(その13)】 

 そろそろ夜四つの鐘が鳴る頃、兵庫ら三人は‘たつみ’を出た。
店に入る時に出ていた月は雲間に隠れ、街道を照らす灯は少なく暗かった。
佐々木と岡部が肩を並べ、時折ぶつかっては離れながら歩いているのを、後ろから見ながら兵庫はついて行った。
酔いと暗闇が目の知覚を鈍らせたのか、前方の暗闇の中を歩いてくる人影に兵庫が気付いたのは五間ほどに近づいた時であった。
更に近づき黒い人影が二人の武士であることがわかると、兵庫の本能が目覚め暗い街道に耳目の感を放った。
その二人の武士と兵庫らがすれ違ったとき
「・・みょうちょう・・・・・・・・・・・・・」
話し声が聞こえたが、何事もなくすれ違った後は、相変わらずの調子で前を歩く二人を見て、兵庫も緊張の糸が緩みそのことは気にすることもなく忘れてしまった。

 翌十三日の朝、兵庫が食客となった次のひから始め、雨が降らなければ続けてきた戸田の渡しまでの朝駆けの帰り道、東光寺門前を過ぎた時、悲鳴に続き
「奸族め、思い知ったか」
駆けるのを止め、振り返ると寺の脇道から二人の武士が飛び出してきた。
すれ違うとき兵庫は二人の武士を見、武士も兵庫を見たが、そのまま街道を江戸の方へ足早に去っていった。
何処かで見た顔とは思ったが思い出せなかった。
兵庫が悲鳴の上がった脇道に入ると、二人の武士が倒れ、もう一人が何処かを斬られた様子で加賀藩下屋敷の方へ急いでいるのが見えた。
近づき見ると、動かない侍は脇腹を深く斬られたうえに止めも刺されて居たようだが、もう一人の武士は足に傷を負った様子で、止血(しけつ)を終えると刀を杖に立ち上がり、死体の側にいる兵庫に近寄りながら追い払う仕草を見せた。
兵庫はその場を離れ、集まり始めた野次馬の中に紛れ込み様子を窺っていた。
斬られて死んだ侍は旅姿の渋谷だったのだ。
さっき聞いた「奸族」の言葉が蘇ってきた。
やはり渋谷は只飲みしながら奸族と呼ばれる何かをしていたのだと思えてきた。
それにはきっと他藩の者との関わりもあったのだろう。
吝嗇(りんしょく)の渋谷にとっても分不相応な蓄財は奸族と呼ばれる代償だったのだろう。
兵庫の思考は目まぐるしく動いていた。
次に兵庫は先ほど逃げ去っていった武士の一人が、誰だったか思い出そうとしていた。
兵庫の頭の中では時が遡(さかのぼ)り始め、昨日の夜、‘たつみ’からの帰りにすれ違った二人の武士が思い出され、その時聞いた「みょうちょう」で思考の遡りが止まった。
それは昨晩すれ違った二人が今朝すれ違った二人に思えてきたからだった。
 暫らくして駆けつけた加賀藩の侍、小者が死体を戸板に乗せ、傷ついた武士に肩をかし、引き上げていくと、何事もなかった元の夜明け前の静寂が戻ってきた。
兵庫が道場に向かって暫らく駆けていると、頭に引っ掛かっていた渋谷を斬った男の顔が以前道場破りにきて師の倉之助に敗れた袴田某であったことに気がついた。
しかし、道場へ入っていく兵庫の姿を、小陰に潜んだ袴田が見ているとは気がつかなかった。
兵庫が喜助の小屋に戻ると、時を告げる線香は燃え尽き、新しく立てた線香が半分ほど燃えていた。
「鐘巻様、何かありましたか」
勘の鋭い喜助が聞いた。
「はい、東光寺脇であの只飲み食いの渋谷が斬られて死にました。それも旅姿で」
「左様でしたか。今、燃えている線香は鐘巻様が、その侍の死出の旅を弔うために立てたわけでしたか」
喜助は兵庫が足腰の鍛錬のため駆け始めると四半刻(しはんとき)で燃え尽きる線香を一本十文で立ててくれていたのだ。
「そういうことにして下さい。今日で木斛(もっこく)の根元の石も九十九、使った石を加えれば百になります。お百度参りしたのですからね。朝駆け修行は今日で終わりにします」
「そうしてくだせぇ、わしも線香代だけで日に二本、二貫文も稼がせてもらいやした。これ以上稼いでは坊主に叱られやすんで」

Posted on 2011/05/17 Tue. 05:35 [edit]

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【鐘巻兵庫 第三話 門限破り(その12)】 

 思惑の外れた食客の三人だったが、時が経つにつれ渋谷の事など忘れ、佐々木と岡部は飲み代が欲しくなると問屋場で働き、兵庫は専ら道場で代稽古の日々を送っていた。
そして渋谷が返済に回った日から一月が過ぎた長月の十一日になって、相川倉之助が加賀下屋敷の御留守居役篠原帯刀に呼ばれた。
 倉之助が下屋敷に出向くと、篠原帯刀から事件での働きの褒美として反物と十両を賜った。
留守居役は事件後始末が遅れ、今日まで何の挨拶も倉之助らに出来なかったことを詫びた。
そして、これは他言無用だがと、倉之助が聞かされた話は何とも意外な話だった。
只酒を飲んだ渋谷がなんと借金の全額を払っても、まだ余る金を持っていたというのだ。
渋谷は分不相応な蓄財についての調べに対し最後まで倹約と言い通した。
また渋谷の言を覆すような証言も無く、結局渋谷の処分については、お役不行き届きとし俸禄を半減のうえ国許に返される事になり、他にも連座で罰を言い渡された者が数人居たとのことであった。
倉之助が持ち帰った十両は、翌日佐々木、岡部、兵庫の三人に三両ずつ渡され、残りの一両も皆で分けろと言い、佐々木に渡された。
これで、皮算用になったと思われた金が月遅れであるが三人の懐に入り、二月振り(ふたつきぶり)に、三人でこの事件の発端になった料理屋‘たつみ’に出かけたのである。
女将のお絹も喜んで三人を出迎え、渋谷が金を支払いに来た時の様子や、客も減らずに繁盛しているなど、二月(ふたつき)前に見せた兵庫好みの沈んだ顔など一切見せずに終始笑みをたたえて歓待してくれた。
懐に心配ない佐々木と岡部の呑みっぷりもよく、普段無口な佐々木はよく喋り、兵庫を驚かせた。
「女将、出来たぞ三味線頼む」
「おや、珍しい佐々木の旦那」
女将が三味の調子を合わせると佐々木が、お世辞も上手とは言えない都々逸をうなりはじめた。
「うまいりょうりに びじんのおしゃく さんにんづれとは なさけない」
「お上手、お上手」
女将の声に乗せられて
「八郎、お主もやれ」
酔眼の佐々木が叫んだ
暫らく考えていた岡部だったが、考えても出てくるとは思えなかったのだろう、唄いだした。
「みやこのいぬい いたばしじゅくで たつみのおかみ ちんとんしゃん」
「なんだ、それは。兵庫、お主もだ。出来たら一節ずつ語ってみろ」
「佐々木さんのようには行きませんけど。待って下さい」
これまた暫らく考えたようだが、元々この三人、野暮が取り得で、考える時間が勿体無いのである。
「出来ました」
「出だしをきかせろ」
「それでは・・・秋の夜長に」
「いいねぇ、秋の夜長にとはお主心得ているな。次は」
「恋する虫も」
「秋の夜長に 恋する虫もか、これはいいね。続けて聞かせろ」
「秋の夜長に 恋する虫も 二人の声で 鳴くのやめ」
「兵庫、もう唄わんでも言い。都々逸はやめじゃ。飲もう飲もう」
宴は続いた。

Posted on 2011/05/16 Mon. 05:20 [edit]

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