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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【湯上り碁四郎無頼控え 十四話 打って返し(その17)】 

「実は、菊次郎がどうされるのか聞いて知っていたのです。男としては耐えらぬことだと思い、いっそ殺そうと思ったのです」
「何故、そうなさらなかったのですか」
「実は、女の匂いを嗅いたからです」
「あの時の船頭は山中様だったのですね。私も首を絞められた時、良い香を聞かせて貰いました。船頭の身形(みなり)にまで香を炊き込めるとは、ただのお方ではないとは思っていました」
「それでしたら、妻に代わり礼を申し上げます。それで命を奪わなかったのはやはり間違いでしたか」
「礼を言わねばならないのは私の方です。菊次郎は死に、こうして願っていた女の菊爾に生まれ変われました。恨んでは居りませんよ」
「それを聞き安堵いたしました」
碁四郎は菊爾の眼を見、数衛門夫妻の頷くのを見、己も頷き返していた。

「言い忘れておりました。今日は菊爾のため結構なものをお持ちいただき有難う御座いました。手前どもから娘を授けて頂いたお礼です。お受け取り下さい」
数衛門が小判の包を碁四郎の前に置いた。
「既に充分戴いております。菊爾殿、その金を菊次郎が冥土に行けるように使って下さい。四郎兵衛さんにはお願いしてあります」
「分かりました。そのように使わせて貰います」
どのような思いであったのか菊爾は込み上げた涙を隠さず流し始めた。

暫らくして浮橋に戻った碁四郎は着替えを手伝うお静に、
「腹掛け、股引きまで香を炊き込まなくてもよいぞ」
「あれは特別ですよ。あの日、旦那様は戦場(いくさば)に向かう日でしたから。菊次郎に言われたのですね」
「分かりますか」
「香は自分のためだけではなく戦う敵に対するものではありませんか」
「そういう考えもあるでしょうね。香では在りませんが菊次郎を殺させなかったのは女の匂いでしたからね。殺生せずに済みました」
「それは、ようございました」
「ところで、おたみはどうですか」
「はい、物覚えがよく、素直だとお末も感心していましたよ」
「腹の子はどうですか」
「元気ですよ」
見合わせた碁四郎、お静の顔に笑みが浮かんだ。

 後日の話になるが、菊爾という女が、菊次郎が吉原に売った女達を身請けし、国に返したり、身の立つように世話をした話を清衛門から碁四郎は聞かされた。

十四話 打って返し 完

Posted on 2011/06/05 Sun. 05:43 [edit]

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【湯上り碁四郎無頼控え 十四話 打って返し(その16)】 

 碁四郎が浮橋に戻って来ると真新しい長持ち二棹が表に置かれ、形(なり)の良い男と四人の担ぎ手とお静が待って居た。
「旦那様、四郎兵衛さんの所から参られた染五郎さんですよ」
「わざわざ済みません。菊次郎は平癒致しましたか」
「へい、これからご案内致します」
「静、荷は?」
「私と仲居で納めておきました。名残惜しゅう御座いました」
「それでは、刀を」
静はその場を立つと奥に姿を消し、碁四郎の愛刀を抱えるように持ってきた。

 浮橋を出た碁四郎は神田川沿いの道を昌平橋近くまで行き、そこからは明神下の道を北へ進み幾つか辻を曲がると正面に湯島天神が見えてきた。
その門前近くまで行き左へ入ると茶屋が並んでいた。
「山中様。あそこが忍楼で御座います。楼主の数衛門さんには話は通してありますので、手前どもは荷を預けたらお先に引き取らせて貰います」
「分かりました。色々と世話を頂き有難く思っています。四郎兵衛殿によろしくお伝えください」
茶屋の暖簾を潜ると二人の女が出てきた。
「女将さん。山中様をお連れしました」
「これは山中様、お待ちしておりました。お上がりください。染五郎さん、ご苦労様でした」
碁四郎が奥座敷に通され待っていると五十絡みの男が先ほどの碁四郎を案内した女と部屋に入ってきた。
「山中様。わざわざお越し戴き有難う御座います。数衛門と申します。これは女房のちかで御座います」
「ちかで御座います」
「山中碁四郎と申します。無理な願いをお聞き戴き感謝しております」
「何も無理なことは御座いません。変わった願とは言えますが」
「それで、菊次郎さんは平癒したとお聞きしましたが会えますか」
数衛門は頷くと拍手を二つ打った。
廊下に衣擦れの音がして、座敷前まできた女が跪いた。
「菊爾で御座います」
碁四郎は目を疑った。そこには振袖姿の菊次郎が居たのだ。
「さ~入りなさい。山中様が合いに来てくれましたよ」
菊爾が数衛門夫妻の間に座わるのを碁四郎は信じられない思いで見ていた。
「山中様、如何ですか」
「どう詫びたら良いのか言葉を失っております」
「何故、詫びに来られたのですか」
菊爾が女声で聞いてきた。

Posted on 2011/06/04 Sat. 05:24 [edit]

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janre 小説・文学

【湯上り碁四郎無頼控え 十四話 打って返し(その15)】 

 そして更に四半刻が経った浮橋の奥座敷で、静が持ち込まれた長持ちの中身を見ていた。
同時に静は女衒の菊次郎の隠れた一面も見ていた。
「こんな高価な物を買うために間違ったのですね・・・しかしこれも売ろうとすれば安く買い叩かれますよ」
「今、菊次郎がどうなっているのか分かりませんが、時を見て菊次郎に返してあげれば生きるのかも知れませんね」
「えっ、菊次郎に返す?」
「今、詳しいことは言えませんが菊次郎は生きているのです。この打ち掛けなどがより似合う身体になってです」
「そうでしたか。それは菊次郎も心のどこかで願っていたことかもしれませんね」
「その辺りのことは菊次郎に聞かねば分かりませんが、この荷物使えるのはやはり菊次郎のような気がしているのです」
「いずれにしても、これは目に毒ですから早く手の届かないところへ運んで下さいよ」
「はい、折角木綿が似合ってきたのですからね」
「旦那様のその腹掛けに股引き姿ほどではありませんよ」

 この日、碁四郎は清衛門と共に吉原の四郎兵衛を尋ねていた。
そして、今朝方菊次郎の住家から持ち帰った女物の高価な呉服を菊次郎に返す話をしていた。
「山中様は、どこまでお人よしなんですかい」
「出来れば菊次郎に人の喜ぶ罪滅ぼしをさせたいのです」
「人の喜ぶ罪滅ぼしとは何ですか」
「それは菊次郎が売った女を買い戻させることです。そこで四郎兵衛さんにも骨を折って頂きたいのです」
「骨を折るとは、どんなことですかい」
「先ずは菊次郎の様子を聞いて貰い、荷を返す段取りだけでもお願いします。その後のことは菊次郎次第ですが、菊次郎から娘たちの買戻しの話が持ち込まれたときは追い払わず、力になって頂きたいのです」
「山中様には負けました。娘を買った楼主には欲をかかねぇよう、頼んでみますよ」
「有難う御座います」

 数日が経ち月も八月に改まった二日の午後、碁四郎は湯屋・富士の湯の二階で碁を打っていた。
「今日は井目でお願いしたので、いくらか余りそうですな」
「そうですね。石が込んできましたから間違えないようにして下さい」
「分かっています。幾ら何でも井目の碁は負けたくありませんからね」
「私も負けたくはありませんので・・」
「あっ・・・放り込まれちゃった。あ~打って返しに引っ掛かけるとは、先生も意地が悪いですね」
「はい、ご老人。でもだいぶ強くなられました。この碁は私の負けでした。次からは八子に致しましょう」
「そうですか。負けたのに石を減らしてくれるなんて先生は良い人だ」
「先ほどは“意地が悪い”と言い、今度は“良い人”ですか」
「はい、打って返しのお返しです」

Posted on 2011/06/03 Fri. 06:34 [edit]

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【湯上り碁四郎無頼控え 十四話 打って返し(その14)】 

 七月二十七日の朝が開け、浮橋から揃いの印半纏姿の六人、碁四郎を先頭に二棹の長持ちを担ぐ四人、その後に大八を引くものが連なり出て行った。
その中には何故か、店を持ち、浮橋から独立したばかりの捨吉の姿もあった。
この手の仕事には過去に何度も関わってきた捨吉を除け者にしては気の毒とでも思ったのか、銀太が誘ったのだ。
 一行が花川戸の道に差し掛かり、清衛門の米屋の前まで来ると、やはり清衛門が出てきた。
「旦那、昨晩はどうも。で朝っぱらからどちらへ」
「頼まれ仕事で荷を受け取りに行くのです」
「それはご苦労さんです」
花川戸、聖天町を通り、山谷橋を渡りそして新鳥越町の町並み抜け一行は浅草山谷町までやってきた。
碁四郎の目は右手にあるはずの味噌・醤油を売る野田屋を探していた。
そして暖簾を出し終えた町並みの半町もない先の軒に碁四郎は野田屋の看板を見つけた。
「もう直ぐだ」
そして、その野田屋の隣には菊次郎が言ったように仕舞屋(しもたや)があった。
仕舞屋の前に大八や長持ちを担いだ者が止まると、野田屋の主人と思われる男が出てきた。
碁四郎はその男に歩み寄り
「菊次郎さんから頼まれ荷を運び出しに参りました。暫らく騒がせますがお許し下さい」
「あ~そうかい。引越しは晦日かと思っていたが早まったのかい」
「はい、思わぬ良い家が見付かったとかで、昨晩急に頼まれました」
「そうかい。若くていい男だったから、どこかの後家の家にでも入り込んだのかな」
「その辺のことは・・それではお騒がせします」

碁四郎は五人を表に待たせ裏に回り、家の戸口から中に入り込んだ。
隙間から入り込む光を頼りに台所から居間へと進むと、そこは脂粉漂う女の部屋だった。
蔀(しとみ)を開けると、光が入り衣桁に掛けられた豪華な打ち掛けなどが目に入ったが、碁四郎は部屋を見回し、隅に置かれている化粧箱を見つけ歩みより、その引き出しを開けた。
そこには無造作に入れられた小判や小粒の金銀が入っていた。
素早くそれらを持参した巾着に入れると、腹掛けのどんぶりに納めた後、表土間に下り、大戸を上げると仕舞屋の中に光が入った。
それを待って居たように捨吉と銀太が長持ちを担ぎ入ろうとするのを碁四郎は抑えた。
「これから見る事は一切他言無用で頼みます」
「旦那、念には及びません。それは分かってますよ」
いの一番で奥へ入っていった捨吉と銀太が直ぐに戻ってきた。
「旦那。様子が違いますぜ。どうすりゃいいんですかい」
「女物はみな高価な物のようです。丁寧に長持ちに納めて下さい」
この碁四郎の「女物」の一言が安五郎、兼吉、梅吉たちの目を好奇にし、その分口数を減らし、動きを早くさせた。
こうして女物と思われる物が長持ちの中へ、長火鉢や湯沸し、衣桁、布団、蚊帳などは大八車へと積み込まれていった。
 四半刻も経たないうちに荷の持ち出しが終り、碁四郎は大戸を下ろし裏から出、五人が待つ表へやってきた。
碁四郎は大風呂敷を掛けた上から縄で縛った荷を乗せた大八を引いていた。

Posted on 2011/06/02 Thu. 05:22 [edit]

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【湯上り碁四郎無頼控え 十四話 打って返し(その13)】 

 碁四郎は漕ぐことも無く流されていた船の向きを川上に向け直した後、大川を漕ぎ上がり、竹町の渡し近くまで来て船提灯を横に大きく振った。
既に、菊次郎を運ぶ手筈が整っていたのか、渡し場からも提灯が大きく横に振られた。
碁四郎は艪を竿に持ち替え、船を船着場に横付けさせていった。
船に横たわった菊次郎は幾つもの足音を聞いていると、足、頭、腰辺りをつかまれ自分の身体が宙に浮くのを感じていた。
そして、運ばれ狭い所に押し込まれるれと、また浮き上がりその揺れと、足音から駕籠で運ばれていることを知った。
 碁四郎が菊次郎を乗せた駕籠が土手の向こうに消えていくのを船の上で見送っていると、船着場に清衛門が下りてきた。
「旦那。上手く行きましたな」
「はい、これが菊次郎の手土産でした」
碁四郎は船の中に置かれていた袋を手渡した。
「いったい、何ですかい」
清衛門は袋の紐を緩め、中の物を取り出し
「これは火付け道具じゃねぇか。とんでもねぇ野郎だ。一日遅れたらどうなったかわからねぇ、あぶねぇところだった」
「そうでしたね。ところで菊次郎はどこへ」
「四郎兵衛さんの話では、湯島天神門前町の陰間茶屋・忍楼だそうです」
「そうですか。生まれ変われればよいのですが」
「そうですな」
「それでは、確かにおたみを預かりました。父親の為吉さん母親のおよねさん、それと篤右衛門さんにはよしなにお伝え下さい」

 碁四郎が船宿・浮橋に戻るのを船頭の銀太と安五郎が待って居た。
「女衒の方も上手く行ったようですな」
「はい、素直な人でした」
「と云うことは、何か余禄がありそうですな」
「はい、明日の朝、二棹の長持ちと大八を用意して、その男の棲家に参ります。口の固い担ぎ手を選んでおいて下さい」
「男所帯で長持ち二棹とは結構なお宝ですな」
「そうですが、高く売れるものかは分かりませんよ」
「二束三文でも長持ち二棹なら、日銭ぐらいにはなるでしょう」
「荷物の他に口ぶりでは多少の金は有るようでしたから、それは私が最初に頂いておきます」
「ただ働きにはならないようですな」
「そうはなりません。捕らえた時、私に仕事を頼んだ者の名を教え、代わりに五両ほど入った財布を船の上で頂きました」
「旦那、仲間を売ったんですか」
「そんなことはしませんよ。菊次郎が殺したかもしれない、いや殺した藤太と云う者を生き返らせ、その男を頼み人にしましたから」
「死人を売ったんですかい」
「これは吉原の四郎兵衛さんの知恵です」
「吉原に行った話は女将さんから聞いていましたが、そこで女衒退治の話までしてきたんですか」
「はい、退治の仕方は吉原に泥を塗った男として吉原流の仕置きを死んだ藤太にやらせるそうです。でも殺したりはしませんよ」
「どんな仕置きをされるのか、怖えぇ話だ」  
「そうですが、私らにはいくらかでも利をくれた者です。仕置きの後の手助けはしてあげましょう」

Posted on 2011/06/01 Wed. 05:32 [edit]

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