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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第四話 かどわかし(その23)】 

「侍は二本差してから、脇差の抜き方を忘れたようじゃ。この世の中に尋常の勝負など数えるほどしかない。みな闇討ち同然。それは相手に刀を抜かせないのを身勝手だが、兵法とするからじゃ」
倉之助の話を聞きながら、岡部が言った
「佐々木さん、いいこと教えてあげます」
「なんだ」
「刀の差し方を大小逆にするのです。そうすれば佐々木さんでも小さい方を抜けると思いますよ」
なるほどと一瞬虚空を睨んでいたが
「馬鹿言え、そんな格好で歩くくらいなら斬られた方がましだ」
そんな佐々木の武意識が戦うたびに身体の何処かに新しい傷をこしらえさせて来たのだが、これは性格、直る事はないであろう。
 三人が腹いっぱいに食べ、一心地つくと倉之助が
「残る切餅の話じゃが」
三人の目が倉之助に向き、次に何が話されるのかを待っている。
「大分、減ってしもうた。加賀の豊田殿に三両、半次の髷の供養料とし政五郎に五両、死んだ浪人の墓石と供養料に五両、半次の支度金として一両、鐘巻の傷治療代が二両、〆て十六両が既に消えたと思ってくれ。残りは九両だが、誰か他に既に立て替えた金はないか」
「わしが、問屋場で一両使いました」
「なに岡部、死体運びに一両も使ったのか」
佐々木がどなった。
「あの時、懐には小判しかなかったですから」
岡部らしい返事であった。
「それでは、岡部に一両。残りの八両だ。岡部と鐘巻の刀の砥ぎ代だが、真に砥ぐのなら二両ずつ渡すが砥がぬのなら山分けに回す。どちらを選ぶかな」
「私は山分けで結構です」と兵庫が答えた
岡部は暫らく考えていた。刃こぼれしていない刀を砥いでも貰う金が二両では懐に残る金がないと思ったのか
「わしも、みんなのために山分けにする」
「残るのは兵庫の脇差だ」
「それでしたら浪人さんに頂いたものが私の物より立派なものでしたから結構です」
「そうか、だが大小の拵えが余りにも違うので、拵えなおしに不足かも知れぬが二両。残りの六両をお主ら三人の山分けでどうじゃ」
二十五両の切餅が諸掛で減っていく度にため息をついていた三人だったが、それでも最後に二両の山分けに満足した。
山分けを懐にしまいながら、佐々木と岡部の目が何かを語り合い、顔が緩んだ。
それを見て下戸(げこ)の兵庫も顔を緩めた。

第四話 かどわかし 完

Posted on 2011/06/12 Sun. 05:02 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第四話 かどわかし(その22)】 

 翌日、形ばかり検視の済んだ浪人は、倉之助に引き取られ、男の大刀と兵庫の脇差を胸に抱え東光寺の半次の墓があった所に埋められた。墓標は半次と書かれたままだった。
また、半次の髷は五両の供養料を付けて政五郎に届けらた。
政五郎も「死んだものには怨みはねぇ」と髷と供養料を快く受け取ってくれた。
事件の大元になった半次は桶屋の升蔵に引き取られ遊び人から桶職人に生まれ変わることになった。
兵庫の首の傷は浅手であったが、傷が開くといけないと稽古を休み、先日太物屋の太平が持ってきてくれた綿入れを着、縁側で日向ぼっこをし、のんびりと過ごしていた。
裏庭では、喜助が古くなった筵や稲藁を燃やしているのを見て、暇をもてあまし気味の兵庫が大声で尋ねた。
「喜助さん。何をしているんですか」
「今日は亥の日です。炉を開きますんで灰を作っておりやす」
そうか、炉開きか、もう半年が過ぎたのだな。兵庫は藁が燃え黒く色を変えていくのを眺めていた。燃える藁が無くなり黒い山になった灰に風が吹いた。一瞬黒い灰の山の中が赤くなり燃え上がった。
「出来た」と声を出さずに叫んだ。
部屋に入ると文机に置かれた紙を綴じて作った冊子を開いていきながら、書付の終わりを探し書き加えた。
嘉永二年十月二十三日 亥の日
炉開きや 今年の灰の 赤く燃え
そして夏の七夕の頃、嫁いで行った菊と、菊の家の近くの大けやきの木陰で逢ったほろ苦い散った恋の思い出を・・・
冬日さす 君が家路の大木立 葉陰も恋し 散りぬと思えば
兵庫は読み直し、小さくため息をつき、冊子を閉じた。

 台所の隣の居間には四角く囲炉裏が切られ、その中央には五徳が置かれ鍋が乗せられ湯気を立てていた。
その囲炉裏の脇では道場で汗を流し、腹を空かせやって来た佐々木と岡部、傷養生でのんびりと過ごしたが腹を空かせた兵庫の三人が思い思いに膳を置き昼飯を食べていた。
そこへ道場主の倉之助が現れ、囲炉裏の前に座り三人の食いっぷりを眺めていた。
「兵庫、あの時よく刀を抜けたな。刃のぶつかる音を聞いたとき、わしの刀は抜き終わっていなかった。わしが襲われていたらと思うとぞっとするよ」
佐々木の言葉に兵庫は箸を置き
「私は不意打ちには脇差で受ける事だけしか考えていませし、変な話ですが刀を抜く鍛錬は脇差の方を多くしましたから。その為鞘の返し角もしっかりと帯に噛ませる癖も付いていました。でもあの時皆さんが居なければ私の負けでしたね」
と答え、また食べ始めた。

Posted on 2011/06/11 Sat. 05:16 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第四話 かどわかし(その21)】 

 先頭を倉之助、その後に半次、半次の両脇を佐々木と岡部、後ろを兵庫が固めていた。
暫らくして
「半次立って一緒に歩け」
その声で半次は立ち上がり、四人の影に隠れながら歩いていた。
「これからは暫らく街道を歩くぞ」
倉之助は寺の山門を抜け街道に出た。
そして道場への脇道入ることが出来た。
街道から二町ほど入り、あと道場まで一町まで来た時、兵庫は黒い影が向かってくるのを感じ抜刀した。
横殴りに振られた刃に兵庫の刃が当たる高い音がし暗闇に火花が散った。
首筋を僅かに傷つけた刃を兵庫は刀の錬に左手を当て刃が食い込むのを防いだ。
それも束の間、嫌な音がして男の力が抜けて兵庫の膝元に沈んで行った。
「兵庫、大丈夫か」岡部が叫んだ。
岡部に斬られ、兵庫の足元に沈んだ男が
「脇差で受けたか。わしの負だ。その刀はもう使えぬ。わしのを使え」と言い事切れた。
男はあの薄気味悪い浪人だったが死に顔にはその影は無く、穏やかなものだった。
血刀を鞘に納め渋っている岡部に兵庫は袂から出した手拭いを渡しながら、己の脇差を夜空に空かしてみた。
鍔元近くに浪人の刃が食い込んだ跡が大きく刃こぼれとして残っていた。
浪人の言うように、もう使えないと思いながら鞘に納めた。
「先生、半次を連れて先にお戻り下さい」
「兵庫は順庵先生に傷を見てもらって来い。我等は役人を呼びここの後始末をしておく」
佐々木の言葉に促され、兵庫は以前行ったことのある町医者田中順庵の家に向かった。
首から血を流して来た兵庫を見た順庵は急いで手当てをしながら言った。
「傷は大したことにはならぬが、こんな物騒な所を斬られる男に娘をやる親は居らんぞ。もっとも菊は微禄だが全うな御家人に嫁いで行ってしまったがな」
兵庫は気晴らしに宿場町を歩くとき、知らず知らずのうちに、なんどか順庵の家の近くまで来たことがあった。
そんな折、用事に出かけた菊に逢ったこともあったが互いに会釈を交わし短い話をしただけだった。それだけで良かった。
そんなことを思い出しながら
「そうでしたか。おめでとう御座います」
「お陰でわしは忙しくなった」
やや、やけっぱち気味な返事が返ってきた。
順庵も兵庫と同じように寂しかったのだ。

Posted on 2011/06/10 Fri. 05:16 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第四話 かどわかし(その20)】 

道場を出ると直ぐに
「岡部、問屋場に行け。東光寺脇で会おう」
早足で問屋場に向かった岡部の姿を見ながら、
「この芝居の幕引きを見ているものが他に居るのじゃろうか」
「私は居ると思います」
「あの浪人か」
「はい、あの浪人は話がついた後も私の隙を狙っていました。あの人にとって、もはや半次はどうでもいい様な気がしています。私を斬りたいのです。ですから今日以後も狙われるような気がしています」
「そうだとすると、嫌な相手に見込まれたな」
「先生が今日、枯れ尾花を見たと。私も見ているのかも知れませんがね」
「枯れ尾花なら良いが、気をつけねばいかんな」
「はい、気をつけます」

 東光寺脇で岡部と問屋場の四人と合流した倉之助等は、加賀下屋敷表門の番士に丑寅門外で待っていると豊田元蔵に伝えるように頼んだ。
丑寅門で待っていると門が鈍い音を立て開き、中で豊田が手招いていた。倉之助等は問屋場の四人を残し戸板と筵を持って中に入った。
豊田は倉之助らを長屋の影に導いた。
そこには首がついたまま目を開け横たわっている半次が居た。
戸板を置くと、半次が転がり板の上に乗り、岡部がその上に筵をかけた。
倉之助、佐々木、岡部、兵庫の四人で戸板を持ち上げ門の外まで運び、問屋場の四人と代わった。
倉之助が門に向かい一礼すると、門が鈍い音を立て閉まった。
戸板に乗った半次は東光寺に運ばれ、新しく掘られた墓穴の側に下ろされた。
岡部が問屋場の四人に言った。
「ご苦労、戻っていいぞ」
暮れ六つの鐘が鳴り、木立に囲まれた墓地は暗くなっていた。
「半次、戸板を斜にするから戸板から上手く転がり出ろ」
倉之助の言葉に半次が頷いたのか筵が少し動いた。
岡部と兵庫が戸板の両側に立ち、戸板を傾けると半次は転がりながら筵を残して墓石の影に潜んだ。
岡部と兵庫は軽くなった戸板を持ち上げると墓穴へ筵を落とした。
兵庫が墓に土を掛けていると佐々木が若い坊主と墓標持った寺男を連れてやって来た。
若い坊主が経を唱え、寺男が土をかけた。
盛り土が出来上がると寺男は墓標を立てて、若い坊主と寺男は去っていった。
墓標の表には半次、裏には嘉永二年己酉十月二十二日と書かれていた。
「半次、わしの後を伏せたまま付いてこい」

Posted on 2011/06/09 Thu. 04:50 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第四話 かどわかし(その19)】 

 半次は一度縄を解かれると、着ている物を一枚脱がされまた縛り上げられた。
その上から脱いだ着物を羽織、帯を締められ縄を隠したのだ。
半次を連れた倉之助、岡部、兵庫が加賀下屋敷に着くと、倉之助が脇の門を叩き豊田元蔵を呼んで貰った。
暫らくして豊田が現れ、この門からの不浄の者の出入りは出来ぬから、一町ほど北にある丑寅門で待つようにと倉之助に告げ姿を消した。
 丑寅門で待っていると、寺に穴掘りを頼んだ佐々木もやってきた。
そして鈍いきしみ音と伴に豊田ともう一人のやはり人相の良くない若侍が顔を出し辺りを見回し出てきた。
「こいつか、半次とか申す男は」
豊田は半次を睨み震え上がらせた。
その震えている半次をもう一人が押さえ込むと、豊田は脇差を抜き半次の髷を掴み
「覚悟せい」
叫ぶと同時に半次の髷を根元から切り落としてしまった。
髷を倉之助に手渡すと強面(こわもて)の二人は半次を立たせ、門に向かせると半次の尻を蹴飛ばした。半次はつんのめる様に門を潜り邸内で転がり入った。
門が再び鈍い音をきしませ閉じられるのを見て、倉之助が
 「どうじゃ、今の芝居は」
「芝居とは思えませんでした」
兵庫が感心した様子で答えた
「そうか、三両使った甲斐があったようじゃな」
倉之助は己の書いた筋書きに満足した様子を見せた。
「岡部、問屋場に戸板と筵を用意させてくれ。それと半次を運ぶ四人だ。口の堅いのを選べ」
「分かりました」
「岡部、金を弾むのは良いが、残りの切餅をあまり減らさんでくれ」
佐々木が釘を刺した
「屋敷の門は暮れ六つに閉まる。その前に半次を引き取り、東光寺に埋めればこの芝居も幕引きじゃな」
「佐々木さん、まだ一刻(いっとき)ありますね」
「駄目じゃ、幕引きまでは飲んではならん。道場で待つのだ」
倉之助の言葉に岡部がぺろっと舌を出した。

冬の一刻は短い。道場に戻り離れの部屋で三人が一休みしていると、倉之助が縁側に顔をみせた。
「出かけるぞ」
倉之助の一声で思い思いに寝そべっていた三人は起き上がり、刀を差すと外に出た。

Posted on 2011/06/08 Wed. 05:27 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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