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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【湯上り碁四郎無頼控え 十五話 舟合戦(その17)】 

 奥の部屋に通された碁四郎は神棚の下に据えられた台に、供え物の他に絹の紅白の帯と白木綿の帯がそれぞれ二組乗せられているのを見、そこから離れた下座にお静、おりょうと共に座った。
 待つことも無く河田屋庄左衛門と妻のお絹、碁四郎の爺婆になる相良屋吉衛門とおかつが衣を正してやってきて、戸惑いを見せた。
「父上様、母上様、本日は宜しくお願いいたします。爺様、婆様わざわざお越しいただき有難う御座います。お静におりょうでございます」
手を付き、まだ席に着いていない四人に口上を述べる碁四郎に、四人は戸惑いながら、空いている上座に座った。
碁四郎はこれまで義父となる河田屋庄左衛門を父上と呼んだこともなく、庄左衛門も碁四郎とは呼ばず山中様と呼んでいた。
何が碁四郎にそうさせたのか分からないが二人の間を長い間隔てていた見えない壁が消え去った一瞬だった。
そのことは碁四郎の母・お絹にとっても嬉しいことだった。
「碁四郎、お前も大人になったね」
「はい、これも皆様やお静、おりょうの御蔭だと思っております」
「それじゃ、お前を大人にしてくれたお静さんとおりょうさんの帯び祝を始めましょう」
これで一瞬ではあるが、格式ばった座に笑いが生じた。
「碁四郎、神様にお礼を言い、帯を頂きなさい」
「はい、母上」
碁四郎が立ち上がり神棚に歩むのに、お静とおりょうが従った。
「神様、我等に子をお授け頂き有難う御座います。この後、育まれた子が健やかに産まれるようお願い致します」
碁四郎が深々と頭を下げるのには周りの皆も従い頭を下げ、拍手が打たれ、再度頭が下げられた。
簡単だが碁四郎は神への礼を述べ終わると、碁四郎はお静とおりょうを脇に来るよう手招いた。
そして台に置かれていた紅白の帯と白木綿の帯の一組を取り、それをお静に与え、更にもう一組をおりょうに与えた。
三人が神棚に向かい礼をするのに合わせ、様子を見ていた者たちも頭をさげた。

 帯を受け取ったお静とおりょうをお絹が隣の部屋へ案内し、襖が閉められた。
その部屋から女達の声が洩れてくる。
腹帯を絞めようというのだから、何をしているのかは容易に分かるのだが、外で待つ男たちにとっては何とも間の持たない時の進みだった。
その間に耐えられなくなったのか、気を利かしたのか爺さんの吉衛門が口を開いた
「碁四郎さんや、庄左衛門さんは囲碁を嗜まれる。打ってみてはどうだ」
「はい、私は構いませんが父上は・・・」
「碁四郎さん、打って貰えますか。お絹から何度も噂を聞かされていてお願いしたかったのです」
「風呂屋の二階で打っているだけですよ」
庄左衛門は床の間から碁盤を持ち出し、中庭の見える廊下に置いた。
年の功で、碁四郎が黒石を持ち始まったが、庄左衛門が碁四郎の石に絡んでいったため、力碁となり、その力の差が現れた。
「全く、碁四郎さんには歯が立たない」
「いや、父上は強いです。なかなか負けないのではありませんか」
「庄左衛門さんは、この伊勢町では東の関脇を張っている。それに勝つとは碁四郎さんお絹の自慢話もまんざら嘘ではなかったようだな」
「爺様。母上は私に甘いですから、話半分でお聞き下さい」
「婆さん、それにしても遅いな。まだ巻けぬのか」
「爺さん。何を言ってるんだい。これからおりょうさんは一人で巻かなきゃならないんだよ。勘所を覚えるまで繰り返しているんだよ」
この声が奥に聞こえたのか
「碁四郎、お前も手伝いなさい」
襖一つを隔てた奥から、母の声が聞こえてきた。
「母上、勘弁して下さい」
奥から女三人の笑い声が返ってきた。

 心地よい笑いが碁四郎の目を瞑らせた。
碁四郎が育った番町の屋敷内で近しい者たちの笑い声を聞いたことは無かった。
その笑いが昨日、舟合戦であった笑いの消えた侍たちを思い出させた。
侍の世は終わっているなと思った。
舟合戦で得たこの思いが、碁四郎に町人の義父を父上と呼ばせたのかもしれない。

十五話 舟合戦 完

都合により湯上り侍シリーズは十五話をもって休載とします。
今後は別連載の鐘巻兵庫が現在(嘉永二年)の板橋の修業を終え、嘉永五年に碁四郎と会う駒形にやってくるまでの長話を綴って行きたいと思っています

Posted on 2011/06/22 Wed. 05:21 [edit]

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janre 小説・文学

【湯上り碁四郎無頼控え 十五話 舟合戦(その16)】 

「次は賠償です。先ず、過日分としては医者代、釣客への弁償、当日の船賃などで二両、
今日の分としては庄内竿一本が折られたゆえ、これが三両。私の竿に掛かっていた鯛に逃げられたので、これが一両、三日間御主等を待った船賃が三両、それとこちらのお方に用心棒を頼んだその用心棒代が三日で三両・・・〆て・・・」
「十二両です」
「お~、栄次郎相変わらず早いな」
「皆さん、十二両お持ちですか
「高すぎる。とても払えん」
「払えないことは分かっています。ただ、払って貰えなければここに集まった船頭衆や船宿で雇われている者は日銭が入らないのです。本来なら腰のものを戴かねばならないのですが、それでは主持ちの皆さん生きていけないでしょうから、赦します」
「すまん」
落とされた船頭が船に上がり棹が返され帰って行くのを集まった船宿の船頭達が見送った。

 あっさりと悪さをした侍たちを帰してしまった碁四郎を見て、兵庫が
「山中さんは優しすぎるぞ」
「はい、今、私はもっと優しくなりたいのです」
「それはまた、何故ですか」
「明日は妻と・・帯び祝ですから」
「妻と・・何だ」
「いや、妻と一緒に帯び祝に母のところへ参るのです」
さすがに妻の他にもう一人、わが子を宿したおりょうが居るとは言えなかった。
「それで、これからどうする」
「仕事が終わったので、今日はこれで引き上げます」
「そんなに早く奥方の所へ帰りたいのか」
「そうではありません。私はこれでも坊主修業を三年近くしたのですよ。それがハゼとは言え、日に何百も殺すのは嫌です。今日は供養日にします。」
「やはり、船宿の駄目主だな」

 八日、浮橋の前の船着場から裃姿の碁四郎とお静が乗った屋根舟が出て行った。
それを、あとを頼まれた大女将のお蔦が見送っていた。
深川・六間掘りに着くと碁四郎が降り、浦島で待って居たおりょうを連れて戻ってきた。
お静とおりょうが並び、その二人向かい合うように碁四郎が座っていた。
船は六間掘りを更に進み、暫らくして小名木川へと出た。
大川に出、そこを横切りながら下り、永代橋を潜り日本橋への掘割へと入っていった。
「深川とは違うわね」
そこは川の両側に立派な倉が建ち並んでいた。
「もう直ぐです」
船は江戸橋の手前を右に折れ、塩河岸そして米河岸へと進んでいった。
 碁四郎らが来ることは分かっており、上陸する階段が用意されていた。
お静、おりょう、碁四郎と上がり、目の前の米問屋河田屋へと姿を消した。

Posted on 2011/06/21 Tue. 05:32 [edit]

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【湯上り碁四郎無頼控え 十五話 舟合戦(その15)】 

 船頭が受け取った棹をさし、前棹を持つ船頭と呼吸を合わせて居たが、艫の船頭の掛け声と同時に船を前方に立っている竹棹向け進めていった。
「捨吉さん船頭を突き落とす。棹を貸して下さい」
碁四郎の声に捨吉が笑い棹を手渡した。
「落としたら船を追います」
「分かりました」
相手の船がすれ違い船頭が碁四郎の棹の間合いに入った時、棹が突き出され伸びきった船頭の腰に当たり、さらに力を込め押しこんだ。
揺れる船の上で全力を棹に掛けていた船頭、体勢を崩し海に落ち、しぶきをあげた。
同時に「銀太、船を回せ」
捨吉の声で銀太が棹を外にさし、舳先を内側へ向けようとすれば、棹を引き取った捨吉が内に棹をさし、艫を外へ押し出し、その場で一気に船の向きを変えていった。
相手の船は肝心の艫の漕ぎ手を失い進みはのろい。
一方碁四郎の船は相手の船頭が落とした棹を拾い上げ、それが兵庫の手に渡っていた。
一人の漕ぎ手に対し三人の漕ぎ手では速さが違いすぎた。
相手の舳先に乗る船頭が最後の棹をさし、惰性で進む船から立つ竹棹に片手を出し掴んだ。
しかし、竹棹は深く差し込まれており、容易には抜けなかった。
結局、船頭は追いついた碁四郎の船の舳先側に乗って居た兵庫に突かれ海に落とされてしまった。
漂った船に乗る侍五人が出来ることは、ただ身構えることだけだった。
間を空け船を並べ終えると、碁四郎がなす術の無い侍たちに向かい
「この舟合戦は、どうやこちらの勝ち。降参し、謝罪をし、我らがこれまでに被った損を払えばこれ以上のことはせず赦してあげます」
相手は悔しさを隠せない様子を見せていたが、もうどうすることも出来ない。
「分かった。降参する」
「それでは、過日三日、お主らが怪我をさせた船頭があの幟近くに泊めてある船に乗っている。手を付き頭を下げて貰いたい」
碁四郎たち侍に謝罪をすれば済むと考えていた相手は、町人に頭を下げるのを渋った。
「作次、謝りたくはないそうだ。お主に怪我をさせた者を棹で叩きなさい」
磯吉と作次が船を棹の届く所まで寄せてきて、叩く相手を見据えると棹を高く振りかぶり、躊躇う様子を見せずに振り下ろした。
除けることをしなかった侍の額が割れ血を噴出し顔を伝い滴り落ちるのを見、作次の船は満足したのか退いていった。

Posted on 2011/06/20 Mon. 05:27 [edit]

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【湯上り碁四郎無頼控え 十五話 舟合戦(その14)】 

 次の日も舟合戦相手は来ず、似たような日を送った。
違う所は五人の様子が堅苦しい武家姿から町人まがいの姿に変わっていたことと、釣の方は潮の引きが悪くなり潮干狩りが出来ずに、大漁のハゼを持ち帰り、碁四郎の仕事を増やして終わった。
そして、翌日は小雨が降り、出掛けるのを止めた。

 雨が上がった七日、三度目の船が船宿・浮橋前の船着場から出て行った。
そして佃島沖に船を泊め、釣を始め暫らくすると、笛が吹かれた。
道具類を運ぶ船に乗って居た作次がいち早く、己を叩き傷を負わせた侍の乗る船を見つけたのだ。
幟旗の一番近くで釣り糸を垂れている碁四郎たちの乗る船に、かなりの速さで船が漕ぎ寄せてきていた。
そして、船を三間ほど離れた所にすれ違う形で並べて止めたのだ。
五人の侍が乗った船で、その真ん中の侍が船頭の捨吉に向かい口を開いた
「ここはわしらの釣り場だ。退いてもらおうか」
さらに、退けとばかりに顎をしゃくって見せた。
「冗談言うな、この田舎侍。ここは御江戸の内海だ。とっとと国へ帰りやがれ」と啖呵を切って返した。
その返事に苦笑いを見せた侍が手を船縁に出すと、段取りが決めて在ったのか船頭の持つ棹が横になり侍の手のひらに乗った。
侍は棹を握り締めると、勢いよく水面上をなぎ払った。
侍の乗る船側に糸を垂らしていた、兵庫、甚八郎、碁四郎らの釣竿から垂れる釣り糸が引っ張られ、切れたり竿先を折ったりした。
更にしぶきが五人に掛かったのだ。
「無礼者」
中程に座って居た甚八郎が怒鳴った。
この怒鳴り声は予期していなかったと見え、一瞬侍に戸惑いの色が見えた。
が、しかし
「無礼なら、何とする」
「昼の最中かから、船で釣りをするのも憚られ、この様な形で参ったが、こうみえてもわしらは侍だ。御主等も暇ゆえの悪態とみた。その暇つぶし買ってやる。合戦を致そうではないか」
「合戦?」
「近頃、この内海に臭い屁をたれる芋侍が居ると聞き退治に来たのだ。合戦に使う槍代わりに棹は用意してある。双方五人に船頭二人だ。断われば侍の面目を無くして帰る事になるぞ」
「よし、舟合戦受けた」
甚八郎が相手の侍から舟合戦の合意を得ると、つぎに碁四郎が叫んだ。
「よいか、お主らの船の先五間に竹棹が五本刺してある。わしらの船の先にも同じように刺してある。合戦はおぬし等の船が一間ほど動いたら始まる。いつでもよいぞ」
碁四郎たちにも、合戦の段取りが出来ていたのか、いつの間にかそれぞれの船の先に竹棹が立っていた。
相手の侍たちは海に突き立った竹棹を見て納得したのか、中央の侍は持っていた棹を艫の船頭に返した。

Posted on 2011/06/19 Sun. 05:21 [edit]

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【湯上り碁四郎無頼控え 十五話 舟合戦(その13)】 

 昼飯を食い終わり、また釣が始まった。
ハゼのあたりは変わることなく良く、飽きさせることは無かったのだが狭い所に永らく居座っているのが辛くなってきていた。
「山中さん、もう今日は来ぬだろう」
兵庫の問い掛けに碁四郎は脇で棹を持つ捨吉の顔を見ると、捨吉が頷いた。
「釣を止めて戻りますか」
「いや、汐が引いて干潟が出来ている。腰伸ばしに浅蜊でも獲らぬか」
確かに、此処にきたとき立てた幟の様子から三尺以上、潮が引いて深川から沖に向かって干潟が出来ていた。
「磯吉さん。潮干狩りの道具は乗せて在りますか」
「こんなことも在るだろうと思い、まだ下ろして居ませんよ」
釣竿などが返され変わりに熊手と貝を入れる網と大笊そして用心のため藁草履(わらぞうり)が渡された。
「旦那、もし奴等が来たら、笛を吹きますんで戻って下さい」
「分かっています。干潟に上がったら両手を振りますので、笛を吹いて下さい。聞こえたら潮干狩りを始めます」
いざと言うときの段取りが出来、碁四郎たちの船は深川の干潟に向かって漕ぎ出されていった。
船に乗って居た侍達は着ている物を脱ぎ始め、船が二町ほど進んで浅瀬に乗り上げた時には脱いだものはきちんと畳まれ、その上には両刀が乗せられていた。

「旦那方、船を沖に向けるのを手伝って下さい」
まるで子どものように熊手を持って船から飛び降りたフンドシ一本の男たちの背に捨吉の声が追いかけた。
「はははは~・・そうであった」
五人は一瞬であったが、何のためにやって来たのを忘れて飛び出した己の照れを隠せぬまま、振り返り船に戻り、言われたように船を沖に向けるのを手伝った。
そして、思い出したように碁四郎は、沖の幟に向かって両手を挙げ振った。
ほんの少しの間を置いて、笛の甲高い音が聞こえてきた。
「よし、貝獲りだ」
こうしてハゼ釣後の潮干狩りが始まった。
五人は獲れた貝で手持ちの網が一杯になると大笊へと運び、少しずつ大笊を満たしていったのだが、再び潮が満ち始めても、笛の音が聞こえてくることは無かった。

 浮橋に戻った兵庫らは明日の段取りを決めた後、日当の他にハゼと浅蜊の買い取り代を合わせ一人一朱と二百文を懐に、そして土産として獲れた貝から分けてあった蛤を持ち、帰っていった。

Posted on 2011/06/18 Sat. 05:24 [edit]

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