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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第五話 無礼打ち(その19)】 

 夕餉も間近かくなった溜り場の囲炉裏廻りに倉之助、佐々木、岡部そして兵庫の四人が座り話をしていた。
「此度の仇討ちを見て、わしは侍の世が終わったと思ったぞ」
「そうですね。でも私は以前より、佐々木さんと岡部さんが楽しそうに問屋場で汗を流しているのを見て感じていましたし、私ももう侍としてのお勤めは出来ません」
「誰も好きでサンピン等と呼ばれている訳ではない。能がないからじゃよ。二本差しがこの世に役に立ったのは元寇の時くらい。近頃では大国の清が紅毛との戦で破れたそうだが、もはや二本差しの出番はない。石ころで倒される侍が大筒に適う筈もないからの」
 そこへ鍋を持った喜助が部屋に入ってきて、囲炉裏の五徳の上に置いた。
「昨日鴨を一羽落としましたので、皆さんにもお裾分けしやす」
「おお、鴨か」
食いしん坊の岡部が叫んだ。
「へい、飯が炊ける頃には鴨も煮えるでしょう」
立ち去ろうとする喜助に
「喜助、お主の投げた石が見えなかったと皆で話をしていたのだが」
「それでしたら、鍋の中の鴨を落としたこれでやす」
懐から三分ほどの玉を出し倉之助に渡した。
それは見た目より重い鉛の玉であった。
このような小さな玉であったか。道理で誰にも見えぬ筈であった。
「いや、一人、巳之吉には気付かれやしたよ。それに巳之吉が四間の間を三間まで近づけてくれたんで、わしも外さずにめん玉に打ち込むことが出来やした」
「そうか、それは良かった。今となれば巳之吉も人殺しにならなかったことを喜んでいるであろう」
 囲炉裏に掛けてあった鍋の蓋が持ち上がり、汁が吹きこぼれた。
辺りに鴨の煮える醤油の香りに包まれた。
「わしも、昼はここで食うぞ」と倉之助が言った。
この後、炊き上がった飯も、鴨鍋も四人の腹に納まったのは言うまでもないであろう。

無礼打ち始末(完)

後日談
 辰之進は駕籠で屋敷に運ばれ、医者が来た時、まだ心の臓は動いていたのだが、医者の診たてでは倒れた時に額を強打したうえ、左眼より何かが入り脳を傷つけたようだと、さじを投げていた。
そしてその晩亡くなった。
西吉五郎左衛門は跡取り辰之進が板橋宿で、それも無礼打ちにした所で事故に遭ったのを聞くと、以前倉之助が言った‘馬鹿息子殿に板橋宿には出ぬように言ってくれ’を思い出した。
たかが道場主の去り口上と思い、辰之進に言うこともしなかった。
鍛え上げた辰之進が、転ぶことも考えられなかったが、手もつかずに顔から倒れるなどあり得ない。
殺されたと思った
あの時、何がしかの金を出すことは出来たのだが、弱みを見せたくない旗本の面子がそうさせなかった。
後悔の念が湧いて出たが、殺されたと訴え出る事も出来ない。

西吉五郎左衛門は跡取り辰之進病死と届出た。
後に縁者より養子を迎え西吉家の跡取りとした。

Posted on 2011/07/01 Fri. 05:22 [edit]

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【鐘巻兵庫 第五話 無礼打ち(その18)】 

 岡部は辰之進の家来が店の前から居なくなると外に出、倉之助から石を受け取ると、東光寺に向かった。
二つ並んだ土饅頭の前で巳之吉が泣いていた。そっと近づくと
「巳之吉、良くやった。見事であった。この石が仇を取った石だ、墓石が出来てきたら備えてあげなさい」
巳之吉は涙で濡れた顔で
「ありがとうございました」
「今のお前なら何をしても身を立てることが出来よう。済んだことは忘れ、丑松の所で修行をするのだ。よいな」
そう言い残し東光寺を後にした。

 倉之助は西吉を乗せた駕籠を見送ると加賀藩下屋敷に足を運んだ。
留守居役篠原帯刀は西吉辰之進の家来からの口上で、西吉が急病で倒れた事を聞かされ、倉之助らが仕組んだ仇討ちが成ったと思っていた。
暫らくして倉之助が訪れたとき、留守居役は西吉の演武を検分する用がなくり、他の御用も無かったため、倉之助を直ぐに部屋に呼び入れた。
留守居役のほうから口を開いた
「首尾は如何であった」
「はっ、まことにもって見事な仇討ちで御座いました」
「どのように見事であったのか」
「それは、西吉の家来と拙者等しか仇討ちと分からぬように討てたということです。家来衆にもおそらくは事故と報告されるでしょう。主人が殺されて己等が無傷では言い訳できませぬからな」
「どのように討ったのだ」
「それは申せませぬが、西吉の刀が役に立たなかったと申しておきましょう」
暫らく考えていた留守居役だったが
「剣の演武を見せようとするほどの者の刀が役に立たないとは、弓鉄砲しか思いつかぬ」
「兎にも角にも、御留守居役殿にはお世話になりました。この御礼いつかお返しできます日が来ることを願っております」
「それには及ばぬ。お主が来る折は物騒な話しが多いのでな」
これには倉之助も一本取られたようで、苦笑いをして返した。

Posted on 2011/06/30 Thu. 05:19 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第五話 無礼打ち(その17)】 

「父の仇、西吉辰之進。覚悟しろ」
甲高い声が朝の街道に響いた。
辰之進は歩みを止めた。
そして辰之進には己の名を仇呼ばわりした者が、ひと月ほど前に無礼打ちにした男の倅であることが分かった。
しかし己が歩む道の中央には素手の子どもと、その子どもの後ろへ近づく腰の曲がった爺しか見えなかったため、身構えていた供侍を制止し、巳之吉に向かって、また歩み始めた。巳之吉と辰之進の間が詰まり石を投げつける四間まで辰之進が踏み込んできた。
飯屋の中から引き戸を少し開け見ていた岡部は
「何をしている。早く投げろ」
巳之吉は歩み寄る仇を睨みつけていたが、仇が三間までに迫った時
「えい」
気合いとともに握り締めていた石を仇の顔面目がけて投げつけた。
同時に風を切る音が巳之吉の頭上に走り、鈍い音がして石が一つ辰之進の前に落ちた。
辰之進の膝が緩み前に倒れていく姿が見ると、巳之吉は踵を返した。
腰が曲がり巳之吉と同じ背丈になった爺さんの顔をじっと見た後、駆け出し脇道へ姿を消し去った。
 岡部と飯屋の中で様子を見ていた相川道場主の倉之助は辰之進が沈んでいくのを見ると、己の出番が来たと店の外に出た。
「お供の方々、ご主人が転ばれて怪我をなされたようじゃ。おお、空駕籠が来る。駕籠屋、こっちじゃ」
供の侍は一瞬の出来事になす術も無く、額を腫らし、左目を潰されている主人を抱き起こすと駕籠に押し込んだ。
倉之助はそれを手伝いながら、侍らの耳元で
「御主らに落ち度は無い。主人が転ばれその石に顔を打ちつけたのじゃ。分かったな」
そして落ちていた石を拾い懐に入れた。
供の侍の一人が
「駕籠屋、根津までだ」
他の侍が
「わしは加賀様の屋敷まで」と言い駆け出した。
 それより早く飯屋近くに潜んで見ていた佐々木と兵庫は辰之進が倒れるのを見届けると、いち早く加賀下屋敷の門前に行き、辰之進らが来るのを待つ振りをしていた。
一人の侍が急ぎ足でやってくると門を叩き、門番と何かを話していた。
暫らくして出てきた侍にまた話をすると一礼して去って言った。
門外で待っていた佐々木や兵庫には何も知らされることは無かった。
「終わったな」
佐々木が小声で言った。

Posted on 2011/06/29 Wed. 05:08 [edit]

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【鐘巻兵庫 第五話 無礼打ち(その16)】 

 嘉永二年十二月十四日の朝が来た。
眠れぬ夜を過ごした巳之吉が父と母の墓前に岡部と居た。
「巳之吉、お前には仇を討つ力が充分備わっている。仇が父の斬られた所に近づいたら飛び出し“父の仇、西吉辰之進。覚悟しろ”と言い仇の顔をお前に向けさせるのだ。己を信じ恐れることなく、仇がお前の間に入るまで待ち投げるのだ。あとは何も見ずにその場を去り、ここに戻りなさい」
「はい」
「では、行くか」
巳之吉は懐から石を取り出した。今日まで何度も投げ最も手に馴染んだ石を見、確かめると懐に戻した。
 二人は東光寺の境内を抜け、巳之吉ら家族が働いていた飯屋‘ごぜん’に行き、借りておいた部屋に入った。
暫らくして、倉之助がやってきた。
「寒いの~。巳之吉、この火鉢でよく手と身体を温めておけ」
遠慮している巳之吉を呼び寄せた。
「先生、佐々木さんと兵庫は?」
一緒に来ると思っていた二人がいないので、岡部が聞いた。
「五町ほど先で奴等が来るのを待っている。その内、ここに知らせを持ってくる」

 倉之助が言ったように佐々木と兵庫は、街道沿いの茶店に腰を下ろし、熱い茶を飲みながらぼやいていた。
「遅いな、この寒い中いつまで待たせる気だ」
「佐々木さん、私達が早く来すぎたのですよ。でも、もう直ぐ来ますよ。・・・ほら噂をすれば何とやらですね、来たみたいですよ」
佐々木は残っていた茶を飲み干すと、
「兵庫、先に行っている。茶代は頼む」
急ぎ足で巳之吉が待つ飯屋へと行ってしまった。
兵庫は茶代を払うと茶店の影に入り近づく辰之進の一行が過ぎていくのを見ていた。
 裃姿の辰之進は二人の供侍と小者一人に今日の演武に使う袋入りの木刀と挟み箱を持たせ中仙道の中央をゆっくり歩いてきた。
その顔は自身に満ち、堂々と歩く姿に行き交う誰もが辰之進が近づく前に道を譲るように道脇に避けていた。
兵庫が辰之進の一行を見送っていた頃、佐々木の連絡で店の外に出た巳之吉も、忘れようにも忘れられない仇の姿が近づくのを見ていた。
辰之進は悠然と歩いて来たが、己が町人を無礼打ちにした飯屋に近づいた時、一瞬止まりかけたが、直ぐに又元の歩みに戻り数歩進んだ、その時一人の前髪の子どもが飛び出して来た。

Posted on 2011/06/28 Tue. 05:22 [edit]

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【鐘巻兵庫 第五話 無礼打ち(その15)】 

 巳之吉が手を温めて戻って来ると、岡部は巳之吉を己の正面に向き合って立たせた後、立つ位置を体半分左に立つようにさせた。そして巳之吉の右手を真っ直ぐ前に伸ばさせた。
背をかがめた岡部の鼻の前に巳之吉の握りこぶしがあった。
「腕と身体の中心は体半分ずれている。仇の正面に立ってから体半分左に立てば、自ずから腕は仇の中心に来る。あとは腕を真っ直ぐ縦に振るだけだ。手を振り終わったあと手が大腿に触れる加減を覚えれば五寸の幅を外す事は無くなる。分かったか」
「はい」
「よし、それでは、八つの石のうち六つが五寸幅に打ち込めたら、半間後ろに下がり六つ当たるまで繰り返しなさい。慌てる必要はない。身体の筋に動きを覚えさせるには休むことも大事だからな。わしはこれで道場に戻るが、先程選んだ二つの石を貸してくれ」
巳之吉は首に掛けた袋から二つの石を取り出すと岡部に手渡した。
「この石をお前の手に馴染むようにして二三日経ったらまた来るのでそれまで修行をしていなさい」
そう言うと岡部は植木屋を後にした。
 岡部は道場に帰る途中、米屋の伝衛門が巳之吉の両親の墓を頼んでおいた東光寺近くの石工の五平の所に行き、墓に備える石にすると言い、持って来た石を一寸五分程度の玉にするように頼んだ。

 そして三日が経って巳之吉の様子を見に行くと、稽古で手が冷えたのか焚き火で手を温めていた。
「手が温まったら、見せてもらおうか」
岡部の声で促され、巳之吉は的の前に立った。
その位置は的から三間であった。足元に置いてあった石を拾うと的に向かい、半歩ほど左足を外に送り右足を引き付け的と半身ほど立つ位置をずらし、猫招きの構えから石を投げた。
石は五寸幅の的より少し外れて落ちた。八つ投げて的に当たったのは三つであった。だが岡部を驚かせたのは外れた石も、上下左右さほど大きくは外れず、もし一尺四方の的なら全て当たっているように思えたからだ。
石を拾い集めてきた巳之吉に
「もう、わしが教えられる事は少ない。あとは己の工夫と修行しかない。今よりはあの仇の顔に似せて作った草鞋目がけて投げてみることだ。ただ、手を離れてから的に当たるまでの石の通る姿を頭に描いてから投げる事だ。投げた石の半分が草鞋の的に当たったら半間後ろに下がりなさい。そして四間で半分当たるようになったら、これを使うのだ」
岡部は懐から二つの石を出すと巳之吉に両手を出させ、その上に一つずつ丸い石を乗せた。
巳之吉は手のひらに乗った、まだ鑿(のみ)の跡も新しい石を眺めていた。

Posted on 2011/06/27 Mon. 05:14 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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