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洗心湯屋

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【鐘巻兵庫 第七話 兵庫三番勝負(その26)】 

 後日談であるが、先ず事件の顛末から話せば、時蔵は江戸で裁かれ、蔵前札差泉州屋助左衛門宅押し込みの咎で獄門となり小塚原に晒された。銀次は遠島、浪人は斬首となった。
時蔵は裁きで全てを語りその往生際の良さを感心させた。吟味役与力鐘巻多聞の言い残す事はないかの問いに、
「あっしは、旦那と同じ鐘巻姓の若い兵庫という侍と将棋を指し負け、ここに来やした。あの時指した八・九飛車をどう指すべきだったか、首が飛ぶ前まで考えてぇと存知やす」
「あい分かった。そのこと兵庫とやらに伝えておくぞ」
「強かったな~」
とつぶやく時蔵の顔から悪党の影が消えていた。
これは後日、兵庫が父多門から聞かされたことである。

 兵庫に左足の筋を切られた日向和田之助は半次に伴われ、下野(しもつけ)の板室湯治場へ養生に行き、その地で落ち着く事になった。

蕨宿だが、獄門首の時蔵とは知らずに、鼻薬を効かされ女郎宿を黙認した宿場役人の小沢睦五郎を板橋宿の役人糟谷隆三郎が密かに訪ね、道中奉行の検分が入る前に戸田屋の張(はり)見(み)世(せ)を撤去させ、女郎達には時蔵から奪った金から幾分かを与え国に帰させた。
この辺は、あまり咎人を作りたくない倉之助と同僚を思いやる糟谷の清濁を飲み干す現実的な始末といえそうである。

時蔵が残した屋敷は、元々蕨の名主が次男の息子のために建てた家だったのだが、その息子が賭博に誘われ大損をし、借金の方に取られたのを時蔵が買ったものだった。
主を失った屋敷の処分は名主や宿場の年寄りの話の中で売る事になったのだが、死人が出た屋敷でもあり買い手がつかずにいた。 
その話を聞いた板橋宿問屋の平沼作衛門が道場を開きたがっていた佐々木に良い出物があると教え、佐々木が買うことになった。
買うに際しては倉之助や板橋宿年寄りらの助言もあり、破格の安値で佐々木のものとなった。
しかし、佐々木には新しく道場まで建てる持ち合わせが無く、その金を稼ぐ為佐々木は問屋場で、妻となったお絹は料理屋で今も働いている。

 兵庫が蕨から担いできて、倉之助に預けられた将棋道具と棋書だが、上宿脇本陣の名主板橋市左衛門宅に持ち込まれた。
盤も駒も逗留する大名に使わせても恥ずかしくない物だと市左衛門が二十両で買い取ってくれた。 
棋書は、歴代名人の本が多数含まれていたが全て写本であるので五両となり、兵庫の担いできた物は二十五両で売れた。
この金は道場の余禄となったが、佐々木が屋敷を買う金に使われることで皆の話がついた。
 
 さて兵庫だが物の弾みで蕨宿の幸と切れぬ仲になったのだが、羽ばたいている兵庫を幸は籠に入れようとは願わず、戸田の渡しを挟んで気ままな逢瀬を楽しむことになっていた。

第七話 兵庫三番勝負 完

Posted on 2011/08/22 Mon. 05:05 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第七話 兵庫三番勝負(その25)】 

 兵庫が風呂敷包みを背負い、重い将棋盤を抱え幸の店に戻ったのは店を出てから一刻ほど経った、暁八つ頃だった。
眠られずに居たのか、戸を叩く音を聞きつけた幸は直ぐに出てきて、兵庫を迎え入れた。
そして、二人の眠れぬ夜が明けた。

 幸に無事な姿を見せ、つかの間の朝を共に過ごした兵庫は、また訪れる事を約して幸の店を出、道場に戻った。
倉之助と岡部は、あまりにも早く戻ってきた兵庫に呆れ、また大荷物を担いできたのには驚いてみせた。
「何だ、その荷物は」
「それは後ほど、その前に時蔵等はどうなりました」
「時蔵とつなぎの銀次、浪人は役人に渡した。だが仲間に斬られた浪人は死んだと岡っ引きの佐平が知らせてくれた」
「そうでしたか」
「他の雑魚どもは、人別を調べた後にどうするか決めるために、住処にしていた百姓家に押し込んである。 多くは今日中に親、身内のものが引き取りに来るであろう」

「もう一つ、時蔵から得た金子は幾らでしたか」
「それが、五百には五十ほど足りぬ四百五拾両であった。他に金になりそうな物があったがたいした額にはなるまい」
「そうでしたか。それでは私が持って来た荷物ですが、時蔵の将棋盤と駒、そして棋書です」
「重い思いをしてわざわざ蕨から持って来たから、さぞやお宝だと思ったら、将棋の道具と本。兵庫、しっかりしろ」
岡部が呆れて言った。
「岡部さんが言われるとおりになるかもしれませんが、思わぬお宝になるかもしれません」
「どういうことだ」
「岡部さん、鉄も刀にすれば大金を払う大名がいますよね。岡部さんにとって、これらは、木と紙でしょうが、時蔵にとっては宝だったのですよ。私はこれを見て時蔵の弱みが分かり勝負を挑んだのです」
「なるほど、あの部屋の床の間に鎮座していた将棋の道具と本を見ただけで分るとは・・・」
倉之助が感心する一方、金欠の岡部の関心は別だった。
「それでは、いくらになるのだ」
「分かりません。気長に将棋好きのお大尽を探します」
「兵庫はそれを独り占めする気か」
「いえ、買い手を見つけて頂ければお礼は差し上げます」
兵庫と岡部のやり取りを聞いていた倉之助
「分かった。わしが将棋好きのお大尽を存じておるので、まとめて預かることに致そう。兵庫、よいな」
「はい、お願いします」
「それにしても此度の兵庫は真剣勝負で日向に、将棋では時蔵と全てに勝ちを納めたのは、あっぱれであった」
「先生、実は全てに勝ちを納められませんでした。私にとって、此度は三番勝負で二勝一敗でした」
「そうか、兵庫にも勝てぬ相手がいるか。わしにも勝てぬ者が居る」
「先生にも居ますか」
そこへ、倉之助の若妻、千代が顔を見せ
「楽しそうに何のお話をなさっていたのですか」
兵庫と倉之助は目を合わせ、笑いを堪えていた。

Posted on 2011/08/21 Sun. 05:20 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第七話 兵庫三番勝負(その24)】 

「時蔵殿、聞こえますね。私は今朝中仙道で将棋を指していた者です。お約束どおり、少し遅れましたが手合わせに参りました。手合わせして時蔵殿が勝てば今回は見逃すよう仲間を説得します。勝負は時の運。勝負をしないで獄門台に乗っては浮かばれませんよ」
兵庫の声が止み、静かになった部屋の床の間でかすかな音がした。
「そこでしたか。すみませんが有り金全てを持って出てきて下さい」
床の間の違い棚がするすると上がり、その後ろに時蔵が立っていた。
岡部が近づこうとすと
「岡部さん、約束ですから」
兵庫が制した。
「時蔵殿、勝負ですが時間がありませんので四半時で指し終えたいのですが、御異存ありますか」
「構わん。いつもその程度で勝っているからな」
時蔵の返事であった。
二人が駒を並べ終わると兵庫の先手番で将棋を指し始めた。
慎重な時蔵に比べ、兵庫の指しては軽く早かった。
指し進むにつれ、時蔵の手は遅くなり
「強い」
時蔵がつぶやいた
「時蔵殿も」
時間の無いなか、攻めに偏した兵庫をなんとか指し切らそうと、時蔵は辛抱強く守る将棋の展開だった。
そして時は今と時蔵が八・九飛車と打ち込んできたのを兵庫は守らず、七・七の桂馬を五・五と跳び、時蔵の五・三の銀に当てたのだ。
時蔵は指す手を止め、
「まだ、攻めが早すぎたようだな。この続きは閻魔と指すよ」
駒を投げた。
「ありがとう御座いました」
「誰に将棋を習ったね」
「剣術を習う前、近くの寺の和尚さんにです。 その和尚さんのところには時折り大橋某とかいう将棋指しが来ていました」
「そうかい、わしは名人の弟子のまたその弟子に負けた訳かい」
穏やかな笑いを浮かべる兵庫に脇に置いてあった金箱を渡すと、立ち上がり将棋を見ていた伝衛門に
「いい仲間を持ったな」
「ありがとうよ」
伝衛門は頷きながら応えた。

 家捜しを終え金目(かねめ)の物を集めさせた倉之助が
「兵庫、お主は戻り無事な姿を見せてあげなさい」
「そうさせて頂きます」
「やはり、そうだったのか」
岡部が言えば
「わし等に掛けてくれた布団は一人分だったからな」
伝衛門が兵庫の止めを刺した。
照れる兵庫に
「兵庫、火の始末は任せたぞ」
「気をつけてお戻りください」
七人を屋敷から送り出した兵庫は将棋の駒を仕舞い、盤の上に乗せた後、床の間に束ねて置かれている本を手にとって見た。
「時蔵さん、頂きますよ」とつぶやいた。

Posted on 2011/08/20 Sat. 04:50 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第七話 兵庫三番勝負(その23)】 

 時蔵が潜む家まで来ると、半次の持つ火縄の火が、三人の持つがん灯のローソクに移された。
表から大八を入れ、勝手口から逃げ出すのを押さえるように置き、そこを木刀を持った升蔵と半次が守り、中庭には脇差を抜いた伝衛門と石を握った喜助が雨戸を破って出てくる者に備えた。
頃合を見た倉之助が、兵庫に向かい小さく首を縦に振ると、兵庫は表の戸に手を掛け引くと開いた。
「盗人のくせに無用心な野郎だ」
がん灯の火が暗い土間や部屋の配置を照らし出し、兵庫、岡部、倉之助と入り、暫らくして丑松が続いた。
入り口脇の部屋の板戸を静かに引くと酒の臭いが兵庫と岡部の鼻をついた。
中をがん灯で照らすと二人の男が寝ていた。
「やくざだな」
岡部が言った
 二人の始末を倉之助に任せた兵庫と岡部は次の部屋へと廊下を進むと、やくざの悲鳴が上がった。
もう、猶予は出来ない。兵庫は廊下沿いの障子を開け、中を照らした。
枕もとの刀に手を伸ばす浪人に、兵庫は脇差を抜き背後から棟打ちを加えた。
それでも振り向き刀を抜こうとするのを小手打ち、浪人の鼻面に切っ先を押し付けると抵抗を諦めた。
岡部は浪人を立たせ、隣部屋に向けて浪人の尻を蹴飛ばすと、襖が外れ兵庫が照らすがん灯に浪人が仲間に斬られ倒れるのが見えた。
間を置かず、岡部が飛び込み、斬った浪人の腕に気合い鋭く棟打ちを加えると、嫌な音がして刀を落とした。
そこへ、丑松が来てその浪人を縛り上げてしまった。
四人を戦闘不能にしたところで、岡部は雨戸を蹴破り、外の伝衛門と喜助を中に入れ、後を任せると兵庫と二人でさらに奥へと進んでいった。
空部屋が二つ続き、奥まった部屋の襖を開けると布団の抜け殻が見えた。
兵庫は隅に置かれた行灯にがん灯の火を移し部屋の様子を見たが時蔵が見つからない。
各部屋に灯が点(とも)され、表庭に升蔵、裏の勝手口に半次を残し、倉之助が捕らえた三人を見張り、喜助が怪我した浪人の手当てをし、残った四人で家捜しを始めた。
暫らく探した後、伝衛門が
「やはり、この寝部屋のどこかに隠れて居るはずだ」
「分かりました。それでは私が出てきてくれるように頼みましょう」
兵庫が言うと、岡部が
「おい、兵庫、頼めば出てくる時蔵だと思っているのか」
「はい、人には誰も弱みがあるものですからね」
「時蔵の弱みが分かるのか」
「何となくですが」

Posted on 2011/08/19 Fri. 04:56 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第七話 兵庫三番勝負(その22)】 

 夕飯を食べ終わったのがまだ五つ(おおよそ午後八時)前、押し込む子(ね)の下刻まではまだだいぶ時があった。
「皆、子の刻まで寝る事に致そう。兵庫、女将にそう伝えてくれ」
倉之助が畳みの上に横になると、それに習うように他の者も思い思いに横になったり壁に寄りかっかたりして目を閉じた。
兵庫は調理場に行き、その事を伝えようとすると
「大きな声ですから聞こえましたよ。私は火鉢の炭火を用意しますから、部屋の火鉢を部屋の外に出しておいて下さい。それと布団を出してかけてあげて下さい」
暫らくして幸が熾(おこ)した炭を十能(じゅうのう)に乗せ火鉢に移すと、兵庫は火鉢を部屋の中に入れた。
幸は板前と仲居のお福を帰らせると、土間と部屋境の縁に腰を下ろしている兵庫の隣に座った。
「赤穂のお侍も、討ち入りの夜は寝たのかしら」
「それは分かりませんが、大将の大石内蔵助は昼行灯(ひるあんどん)と呼ばれていますから、普段は寝不足だったのでしょう」
「と言うことは、夜寝ていない。それなのに、皆さんは寝てしまって大丈夫なのかしら」
「平気ですよ。私の師は昼行灯ではありませんから」
「昼行灯の大石様は夜寝ないで、昼行灯でない相川様は夜寝るわけですか」
「道理が合っているでしょ」
二人が始めた禅問答はこの後も続き、話が途切れると兵庫と幸の身の上話になったり、話は色々と飛びながら続け、二人は夜が更けていくのを待った。

 調理場に戻った幸が湯を沸かし、蕎麦のだし汁を作り始めると、その香ばしい匂いが流れ出した。
腹の虫が騒いだのか岡部、半次が目覚め、話を始めると他の者たちも次々に目を覚ました。
それを見た兵庫が片付けられていた膳を出し、部屋に並べると半次も手伝い、湯飲み茶碗に土瓶の茶を注いで回った。
 幸が出てきて
「これからお蕎麦を出しますが、一度に出来ませんので伸びないうちに食べてください。半次さんちょっと手伝ってね」
幸が調理場で茹で上げた蕎麦を丼にいれ、だし汁をかけ、夕食で残った天婦羅を乗せ盆に置くと、半次が部屋に運ぶのを繰り返し、倉之助以下順に蕎麦を食べ、腹ごしらえを済ませた。

 「兵庫、これはお主のだ」
岡部が、鎖帷子と鉢金を渡した。
「岡部さんは」
「安心しろ、持って来ている」
幸は兵庫らが防具を着ければ着けるほど、逆に不安の気持ちに襲われるのだが、ただ見守るだけしかなかった。
皆が新しい草鞋に履き替え、身支度が済むと、がん灯が押し込む倉之助、岡部、兵庫に渡され、捕縄が全員に配られた。
残った品々は籠に戻され、半次が背負った。
「仕度が出来たようだな。半次、火縄に火を点け先導しろ。兵庫、お主は殿(しんがり)だ」
倉之助の指示が終えると、
「女将、世話になった。礼を申す」
幸は倉之助の言葉に声も出さず、ただ頭を下げた。
「半次、出立だ」の声が飛んだ
店を七人が出て行くと、幸は残った兵庫の袖を掴んだ
「大丈夫です。戻って来ます」
店を出て遠ざかっていく兵庫。
幸には半次が回す火縄も見えず、きしむ大八の音も聞こえず、ただ十六夜(いざよい)の月に照らされ街道を行く兵庫の後姿しか目に入らなかった。

Posted on 2011/08/18 Thu. 04:31 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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