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洗心湯屋

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【鐘巻兵庫 第八話 請負上意討ち始末(その21)】 

 数日後、須坂藩江戸目付けの山本矢衛門が相川道場を訪れた。
目付けの口上では、兵庫に刺客を送った直虎が詫びているとのことであった。
これは目付けの山本が改めて兵庫の死を見届けたはずの蒲生に問い直し、その真相を知り、ありのままに直虎に事の顛末を報告したのだ。
 藩中の出来事の処置に俄か藩士を使ったことを怒った藩侯舎弟の直虎であったが、己も同じように仮雇いの剣術仲間を藩士とし使い、その者を死に追いやったことを恥じてのことであった。
改めて、兵庫に定直の脇差と金子十両が渡された。
それを快く、受け取る兵庫であった。

 後日談であるが、徒士の用が終えても戻らぬ門弟に男谷精一郎信友は須坂藩にそれとなく問い合わせたが、上尾で戻ったとの返事だけであった。
死んだ二人は、上尾で無縁仏とし葬られていたのだ。
ただ二人の持ち物を整理していた役人が江戸地図の麻布狸穴の辺りに‘男谷’と追記されていたのに目を留めた。
その役人は男谷が剣術で名を知られていた男谷であることに気が付いた。
相打ちで倒れた二人が一太刀で致命傷を受けていたことや、二人の面ずれ、竹刀だこが剣術の手練(てだれ)であることを示していたからだった。
事件から五日後、上尾宿の岡っ引きが麻布狸穴の男谷道場を訪れていた。
男谷は御本丸徒士頭の役目があり上尾まで行けず、門弟の中から二人の事を良く知る者を選び、岡っ引きに同行させた。
遺品と成った刀などから二人が死んだことを使いの者から聞いた男谷だが、事件を取り扱った役人の岩崎が言うように須坂藩の紋所の入った袱紗に包まれていた十両の分け方で二人が切りあって相打ちで果てたとは思わなかった。
何よりも納得いかないのは上尾までの随行で十両が与えられるはずが無い、死んだ訳は他にそれ相応のことがあると思った。
 男谷は御用を休み、上尾まで行き、残されていた二人の刀を見た。
刀の血は拭われていたが刀が打ち合わされた跡は見られなかった。
堅い頭を斬ったはずの刀にも刃こぼれはおろか、潰れもなく寝刃さえ合っていた。
もう一つ合点がいかなかったことがあった。背の高い浪人こと朝比奈幸次郎が頭を割られ、低い浪人こと片桐敏三郎が胴を切られていた検死の記載であった。
得意技が逆だったのだ。
二人は役目を終えての帰路、誰か腕の立つものに斬られたと思った。
しかし、これ以上二人の死の謎を明らかにすることは出来ず、やがて男谷は事件のことを考えなくなった。

 ある時、男谷が酒席にきた芸者と話をしていると、男谷が直新陰流の道場主だと知った芸者が漏らしたのだ。
「上尾でお弟子が二人も斬られたお話を聞きました。その時は大変だったのでしょうね」
男谷はその場では芸者を問い詰める事はせず名前を聞くにとどめた。
数日後、男谷は酒席を開き、名指しでその芸者小梅を呼び、金を使い上尾の話を誰から聞いたか聞き出した。
須坂藩江戸次席家老、高橋信正だった。
酒に酔った高橋が江戸剣術談議のなかで
「直新影流は駄目だ。腕達者を二人使ったが上尾で返り討ちに遭ってしまったわ。十両も無駄金を使ってしまった」
芸者小梅から色々と話を聞かされた男谷は前途ある若い二人を失わせた訳が、つまらぬ藩のもめごとだと知ると直虎を憎んだが、それ以上に若い直虎を諌めず、後悔の念すら持たない次席家老を許せなかった。
 藩侯直武が国に戻り己を縛る目が減り、高橋信正は好きな酒を外で飲むことが多くなった。
そして、秋風が吹く夜、頭を割られ腹を見事に斬られた高橋の死体が堀端に晒された。
懐には‘十両お返しいたす’と書かれた紙に包まれた小判が入っていた。

第八話 請負上意討ち始末 完

Posted on 2011/09/12 Mon. 04:45 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第八話 請負上意討ち始末(その20)】 

 上尾から走った兵庫ら三人が蕨宿の幸の店‘はつね’に着いたのは五つ半であった。
店はまだ開いていて客も何人か居たが薄汚れた侍三人が入ってきたのを見て、何かを感じたのかすれ違うように、勘定を払い帰ってしまった。
調理場から出てきた幸は三人の中に兵庫が居るのを見て笑顔を見せたが、直ぐにその顔は恐怖の顔に変わり、足早に店の外に出て暖簾をしまってしまった。
幸の第一声は
「人を斬られたのですか」
暗い中、走ってきて気にしなかったのだが、佐々木と岡部の衣服には乾ききらない血が着いていたのだ。
佐々木にいたっては顔にまで返り血を浴びていた。
幸は兵庫の衣服にも目を向け、黒ずんだ染みを見つけ、
「兵庫さんまで・・・」
口をつぐんだままの兵庫に背を向けた幸は一端調理場に戻ると、通いの板前と仲居のお福を帰した。

 そして第二声
「食事にしますか、着替えにしますか」
「めし」
三人の声が店に共鳴した。
調理場に入っていく幸を手伝おうとして兵庫が後を追うと
「そんな格好で入らないで下さい」
これが幸の第三声であった。
叱られて、すごすごと戻ってくる兵庫だった。
だが幸の料理は旨かった。
客が早く帰ったこともあり、食材も残っていて腹を空かせた三人を十分満足させた。
三人の腹が張ったころ、緊張していた幸の気持ちは緩み始めた。
土間にたらいを出し、兵庫に水を汲ませ入れさせると
三人の血の付いた袴を脱がせ、血の跡に白糸で目印を付けたあと洗い出した。
何も言わずに、血の汚れを洗い流している幸に
「悪いことはしていません。私は褒美を頂いたくらいですから。佐々木さんと岡部さんは私が斬られるのを助けてくれたのです」
幸は兵庫の顔を見て
「分かっています。でも・・・」
幸の心配が分からぬ兵庫でもなく、また佐々木は長い間同じような思いをさせてきたお絹のことを思っていた。

 蕨宿の幸の店に泊まり、翌日の朝飯を食った三人は鏝(こて)が当てられ皺を伸ばされ折り目の付いた袴姿で一番の渡し舟に乗り板橋に戻った。
無事戻った三人はことの顛末を道場主の倉之助に話しを済ませ、着替え直すと問屋場に向かった。
前日、佐々木と岡部の二人が抜けたために滞った仕事を片付けるため、張本人の兵庫も駆り出されて働くことになったのだ。

 その日の午後、数名の侍がやってきて、応対に出た問屋の平沼作衛門に
「須坂藩の者だが、屋敷まで挟み箱をかつぐ人足一人頼みたい」
須坂藩と聞き兵庫は背を向け小さくなっていたのだが、事情を知らない作衛門は
「そこの若いの、こちらのお武家様の挟み箱をお屋敷まで頼みますよ」
兵庫を指差して言った。
兵庫が振り返り立ち上がると、目付けの山本矢衛門の顔があった。
顔を見合わせた二人。
兵庫が笑みを見せた。
目付けも笑った。しかしその目には涙が浮かび始めた。
それは兵庫が生きていたことを喜んで流した涙だった。

Posted on 2011/09/11 Sun. 05:34 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第八話 請負上意討ち始末(その19)】 

 兵庫は刀を納めると、一部始終を少し離れて見ていた男に近づき
「蒲生殿、ご覧のとおりです。お願いですが、私は浪人と相打ちで、ここで死んだことにして下さい。その証に頂いたこの定直の脇差を持って帰って下さい」
兵庫の相打ちの声が聞こえたのか、岡部は二人の侍の刀に血のりを付け握らせた。
「確かに、これで相打ちになったな。ところでどっちが兵庫だ」
「額を割られて顔が分かりづらくなった人にしましょう」
兵庫は懐から袱紗(ふくさ)に包まれた金子を取り出すと、侍の懐に押し込んだ。
「それは何だ」
岡部が尋ねた。
「災いの種です」
「勿体無いがしかたがないか」
「参ろうか」
佐々木が兵庫と岡部をうながした。

 歩きながら岡部が
「あの袱紗には何両入っていた」
「十両でした」
「そうか、五両損をしたな」
「何ですか? 五両損とは」
岡部は懐に手を入れ五両取り出して見せた。
すると、佐々木も懐から五両出して見せ
「損はしてねえよ」
「何ですか、お二人ともそんなことをしたら追い剥ぎではないですか」
「いや、兵庫が相打ちにしろと言うから、あの二人をそれらしくしていたら、懐からこぼれ落ちたので拾ってきたのだ」
「分かりました。それより此度は心配をおかけし申し訳ありませんでした」
「その通りだ」
「ぐ~・・」
佐々木の声に続き岡部の腹が鳴った。
「私の知っている料理屋がここから五里の蕨宿にありますから遠駆けしませんか」
「お主の幸殿が待つ店か。一刻(いっとき)はかからぬだろう。佐々木さん駆けましょう」
岡部が走り出し、兵庫、佐々木が後を追った。
月明かりの街道に三人の姿が消えるまで、蒲生はその場に立ち尽くしたまま見送っていた。

 蒲生は兵庫に言われたように定直の脇差を目付けに渡し、相打ちで倒れたことを報告した。
そして、その夜、宿場役人の岩崎新八が、堀淡路之守が泊まっている本陣を訪れていた。
出てきた目付けの山本矢衛門に
「宿場外れで斬り合いがあり、相打ちで倒れたと思われる浪人風の男がこの様なものを持っていましたので、放っておくわけにもいかず夜分お訪ねしました」
役人が手にしていたのは亀甲に卍の紋が入った袱紗に包まれた十両の金子であった。
「これは、主、淡路之守様の御紋と同じだが、浪人など心当たりは御座らぬ。お役目ご苦労であった」
取り合うことはなかった。
岩崎も目付けの返事さえ聞けば役目は済むうえに面倒なことにならなかったのを、むしろ喜んだのであろう、それ以上聞かずに素直に帰っていった。
目付けの山本矢衛門は兵庫が死んだことを確信した。

Posted on 2011/09/10 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第八話 請負上意討ち始末(その18)】 

 兵庫は佐々木と、蒲生を探しながら来た道を板橋に向けて戻っていった。
突然、暗い家の影から
「兵庫そのまま歩け」
聞きなれた岡部の声がした。
そして十間も歩かないうちに
「三人が出てきたぞ」
今度は佐々木の声がした。
三人、二人ではないのかと兵庫は思ったが、振り返り確かめる事も無く歩いた。
後ろから足音が近づき、
「兵庫、もっと早く歩いてみろ」
今度は岡部の声がして、兵庫を追い抜いて行った。
兵庫が遠のいて行くのを気がついた三人の足が早まった。
物陰に居た佐々木の前を急ぎ足で行く三人、二人は浪人風で、もう一人は昼間見続けた徒士姿の侍だった。
間違いない、兵庫は狙われていると佐々木は確信した。
佐々木は物陰から出ると、さらに急ぎ足で兵庫を追う三人を抜き兵庫に迫り、
「後ろから来るのは、二人は浪人もう一人は須坂藩士だ。わしと岡部は宿場外れに伏して待っている」と言いながら兵庫を追い抜いていった。
少しずつ宿場の灯が減り、そして昇って間もない十六夜の月明かりだけの街道になった。
「兵庫、この辺りで良いだろう」
岡部の声が街道沿いの茂み中から聞こえた。
兵庫は歩を緩め、声が聞こえた辺りを数間進んで止まり振り返った。
追って来た三人を確認し、その一人が蒲生だと思った。
「藩士は切らないで下さい。世話になりましたので」
兵庫は潜んでいる二人に言った。
三人は兵庫が歩くのをやめ振り返って見ているのに気がつき一瞬足を止めたが、意を決したのか歩み寄り、抜刀した。
「待っていました。江戸剣法さん」
兵庫の刀も鞘走った。
浪人は兵庫が逃げることもなく、臆することもなく静かに構えているのを見て、用心したのか正面からかかるのをやめ、兵庫を挟撃するように街道の左右に分かれていった。
二人が少しずつ潜んでいる佐々木と岡部に背を向けるように道端に寄っていくのを見て、兵庫はその二人へ
「そっちへ行くと危ないですよ」
二人は兵庫の言葉に動じることもなく、更に道端へと回り込んでいった。
兵庫が正眼から八双へ構えを変えたのを合図にしたように、がさっと、浪人の後ろで音がした。
驚いた二人が振り返ると黒い影が目の前に立っていた。
佐々木の一刀が振り下ろされ、一人の浪人の額を割った。
同時にもう一人の浪人は岡部に腹を深々と裂かれていた。

Posted on 2011/09/09 Fri. 04:57 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第八話 請負上意討ち始末(その17)】 

 行列が戸田の渡しを渡った後、両岸で待たされていた旅人が次々に舟に乗り込み川を渡った。
佐々木も岡部も渡り、行列に付かず離れずの間をとりながら歩いた。
 一行は浦和宿で昼餉をとるため本陣に入った。
兵庫等後ろ徒仕も一部屋を割り当てられ、出された昼飯を食った。
昼飯を食い終わり、茶を飲んでいる兵庫に、向かいに座っている侍が声をかけてきた。
「お主も今日限りのお勤めらしいな。わしらも同じだよ」
隣で茶を飲んでいた男も兵庫を見て小さく頷く仕草を見せた。
「左様でしたか。不慣れなものですのでよろしくお願いします」
「お主、聞く所によるとかなりやるらしいな」
腕を叩いて見せた。
「いいえ、まだ免許には程遠い所に居ます」
「流派は」
「今は雲風流の修行をしています」
「聞かぬな、田舎剣法か」
「はい、お手前方は何流を」
「わし等は直心影流だ」
「聞かぬな、江戸剣法ですか」
兵庫のしっぺ返しに一人が逆上したが、もう一人がそれを押さえ
「わし等が悪かったのだ。無礼を申してすまなかった」
「無礼などとは思っていません。剣術は皆田舎育ち、江戸に出るとふやけてしまいます。雲風流を田舎剣法と言われたのは、私にとっては誉め言葉に聞こえました」
「ははは、これはわし等の負けだな。どこかで仇を取らねばならぬな」
三人のやり取りを聞いていた蒲生はいつ斬り合いが始まるかと気が気ではなかった。
しかし、この二人は切りあうなら今宵と決めてあったのか、その場は何事も無く収まった。

 浦和宿で休みを取った堀淡路之守の行列は途中休むことも無く、上尾宿の本陣に着いたのは、日没まであと半時の七つ半ごろであった。
兵庫は上尾宿に着く少し前に、脇を歩いていた蒲生に
「私は上尾に着きましたら、お役目が終わります。宿場には泊まらずに直ぐに戻ることにしますので、よろしくお願いします」
蒲生は兵庫が抱いている懸念が分かっていたが、
「夜道を歩くより泊まられた方が・・」
しかし兵庫の決意が変わらないことを知ると
「分かりました」
蒲生は応えた。
 しかし、上尾宿に着いたばかりの蒲生には色々と用があったのであろう、兵庫が目付けに挨拶を済ませ、着替えて本陣を出たのは日が沈んで暫らく経った頃であった。

Posted on 2011/09/08 Thu. 04:42 [edit]

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