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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第十話 貧乏侍(その20】 

 兵庫は虎之助から何を教えられたのか直ぐには思い出せなかった
それを見て、
「鐘巻殿、己にとって大切なものと思われる物を投げ捨てることができなければ、己に災いをもたらすことがあるということです」
「あ~・・、あの時の竹刀を投げた技ですね」
虎之助が頷いた。
「医者がさじを投げても己には害を及ぼしませんが、武士が刀を投げるのは覚悟が要ります。それでは刀を投げる技はどのようにして会得されたのですか」
「それは、話せば長いのですが、私の父が訳有って藩の剣術指南役と真剣勝負をせねばならない立場に追い込まれたのです。祐筆で剣術が不得手な父でしたが逃げては禄を失うことになるため、負けるのを覚悟で立ち会ったのです。父は出来れば相打ちと上段に構え相手が出てくるのを待っていたそうです。そして相手が仕掛けるのを感じて刀を振り下ろしたら、刀身が柄(つか)から抜け相手の胸に刺さったそうです。あとは必死で脇差を抜き相手にぶつかっていき勝ちを得たと聞いています。それが技の始まりです」
「なるほど、それで分かりました」
「何がですか」
「あの日、内藤殿に負けて、私も刀を投げる稽古をしたのですが、内藤殿が私に向かって放った竹刀のように切っ先が迫らないのです。柄から抜けたで分かりました」
「流石ですね。お気づきの通り己の両手に柄の役目を与えるように工夫すれば良いのです」
「今日は秘伝をお聞かせいただきありがとうございました」
「目釘外しの捨て身技など、滅多なことで使われぬよう心掛けて下さい」
「胆に命じます。ところで、お父上が立会いに勝たれたのに何故、・・・不躾(ぶしつけ)とは存じますが禄を失われ訳は」
「これが笑えるのです。父は負け、たとえ亡くなっても私が家禄を受け継ぐお許しは頂いていたのですが、間違って勝ちを得たためです」
「分かりませんが」
「立会いの検分をした目付け等が、思わぬ立会いの顛末に評定をされたそうです。それがどのようなものだったかは分かりませんが、殿様から下された御裁断は、刀を投げる等、武士にあるまじき所業となり、禄を召し上げられてしまったのです」
「それは、無思慮なお裁きでしたね」
「はい。剣術指南役が武士にあるまじき者に殺されたことになり、相手の家も武士の面目を失いました。表立った仇討ちは許されて居ませんでしたが、討手が掛かるとの噂を聞き逃げ出したのです。私が十六歳の時でした」
「それは、ご苦労なされましたね。それで剣の秘伝はお父上から手ほどきを受けたのですか」
「先ほども申したように父の剣は全くだめで、父から話を聞き私なりに稽古・工夫したのです」
「ためになるご苦労話をもう少し聞きたいので、後ほど夕飯でも如何ですか」
「いや、苦労話ではなく、もう少し苦労してから夕飯を頂きます。楽は身に着きやすく、また身から離れ難いもののようです。貧乏浪人に楽は禁物ですからな」

 虎之助は兵庫との話を終えると再び街道に並び立つ旅籠、商家の暖簾の中へ
「何か御用は御座いませんか」と声を掛けていた。
兵庫はその虎之助の後ろ姿を見て、貧乏でもその暮らしを卑下することもなく笑みを忘れない虎之助が、この世で一番の幸せ者なのかも知れないなと思った。
それが兵庫も幸せにし、自然と微笑ませていた。

第十話 貧乏侍 完

Posted on 2011/10/12 Wed. 05:14 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十話 貧乏侍(その19)】 

 そこに五平を捕らえ、ひと調べを終えた宿場役人糟谷隆三郎と佐平がやってきた。
「なんですか。鐘巻の旦那、もう戻ってきたんですかい」
「まだ、用が済んでいませんでしたので」
「良い話だ。井筒屋が十両よこしたぞ」
倉之助は井筒屋利兵衛から貰った十両を分けたことを言い、二人にも一両ずつ手渡した。
「こっちにも良い話が在る。留吉が自身番にやってきて娘は質に取られて居らず、高崎の預け先に居るという返事を例の虎之助さんが持ち帰ったそうだ」
「それは良かったですね。五平が申したとおりでしたか。心配していたのです」
「どうして留吉は五平に弱みを握られたのだ」
倉之助が合点がいかぬ様子で尋ねた。
「そのことは、話せば長いのだが・・・」と宿場役人の糟谷が語り始めた
「留吉は今の手代になる前は外働きで中仙道をよく往復していた。その仕事の行き来の中で、五平の茶屋にも何度か立ち寄り、顔馴染となり身の上話もしたのだ。それが今年の春に手代に引き上げられることになった。留吉は最後の外回りの時、高崎の奉公先に居る娘への土産に櫛を買い出かけた。その途中、長年茶を飲んだ五平の茶店にも寄り、もう来られないと挨拶をするなかで櫛も見せたのだ。娘から届いた返事でも割符に使った櫛は無理やり奪われたものだそうだ。捕まえたやくざ者の一人がやったんだろうよ。これが留吉から聞かされた話だが、押し込みまで企てた経緯(いきさつ)については、これから五平に聞くのだ。勝手に想像してくれ」
「そうか、五平は兎も角、留吉は賊が入る前に主人に詫びたそうだ。利兵衛も赦すつもりなので、穏便に治めて貰いたい」
「それは分かっている。だが預かって貰っている四人は駄目だ」
「千両もの大金を奪った後、五平の待つ茶屋まで素直に戻るとなると昨日今日の付き合いではなさそうだな」
「そういうことになるな」
「兵庫、四人を連れて来させろ」

 暫らくして、袋叩きにされた四人の賊が喜助によって引き出されてきた。
いたる所が腫れ上がった四人を見ていた糟谷と佐平、
「お尋ね者ではないようだが、押し込みの罪は重いぞ」
四人は、ふてくれた様子や後悔の表情を見せた。
兵庫、自身番まで手をかしてやれ。

 兵庫が賊の四人を自身番まで送った帰り道、宿場の道を歩いていると、虎之助が一軒一軒に立ち寄りながら
「何か御用は御座いませんか」
と声をかけ街道を歩いて来た。
「内藤さん」
兵庫の声に振り向いた虎之助に
「あのお預かり致しました金は宿場の役に立てることになりました。ところで何故、あの大金を持って逃げなかったのですか」
「それは、以前あなたに教えたはずですよ」

Posted on 2011/10/11 Tue. 05:16 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十話 貧乏侍(その18)】 

 頷いた糟谷が、五平の前に座ると、こめかみに出来た瘤を十手で叩きながら
「かどわかした留吉の娘はどこに居る。素直に話せ」
「かどわかしてはいねぇ。櫛だけ貰っただけだ。留吉にはそれで十分だったよ」
「よく聞け。押し込みは未遂だ。これまでに他の罪科が無ければお目こぼしも在る。正直に言え」
「嘘じゃねぇ」
五平の目を見、小さく頷き立ち上がった糟谷が
「小沢さん、わしは五平を頂いていく。あとは頼むよ」
脇で様子を見ていた浦和代官所役人の小沢に言った。

 この年の春、小沢は悪党の赤羽の時蔵に多少の鼻薬を貰い、蕨宿の女郎宿に目こぼしをしたのだ。その後、時蔵が獄門首と糟谷に教えられなんとか役目上の落ち度をせずに済んだ。糟谷には借りがあったのだ。
管轄違いの糟谷が大宮宿で賊を捕らえていくのを素直に聞き入れたのは、そんな事情が働いたのかもしれない。

「分かっている。戸田の渡しまではわしが見送る。友蔵、店を閉め代官所の者が来るまで店番を頼む」
「へい。旦那」

 五平を捕らえた糟谷一行が幸の店の前までやって来たのは虎之助が去って一刻ほど過ぎた頃だった。
「少し用がありますので、私はここで」
兵庫の言葉に訳知りの岡っ引きの佐平が
「道場の先生には明日戻ると言っときやすよ」
兵庫は照れながら、店に入っていった。

 兵庫が店に入ってきたのを見た、仲居のお福は調理場の幸に知らせた。
出てきた幸は待ち焦がれていたように、兵庫を奥の部屋に招き入れようとした。
お福が笑うのを見て、兵庫はまた照れながら奥の部屋に入っていった。
奥の部屋では岡っ引きの佐平や仲居のお福が思ったようなことは何も起こらず、
「これを虎さんと言う方から預かりました」
幸は荷を解かずにいた物を兵庫の前に置き、虎之助が言い残した言葉を伝えた。
 兵庫が荷を解くと握り飯を詰めて虎之助に渡した二つの弁当行李が出てきた。
その一つには切餅が六つ、百五十両が入っていた。
これに二人が驚き、顔を見合わせた。
「これを届けてくれたのは内藤虎之助殿というお方です。貧乏生活をしていても百五十両の大金に転ばない不思議な人ですね」
「お侍だったのですか。お疲れのようでしたが掛け蕎麦一杯で帰られました」
「これを受け取ると、私も長居が出来なくなりました。私は掛け蕎麦ではなく、うなぎを食べて戻ることにします」
少しばかり残念そうな素振りをお互いに見せあったが、
「そうして下さい。こんなものを何時まで持っていては物騒ですから。うなぎ直ぐに支度します」

 兵庫が百五十両もの大金を持って道場に戻ったのには流石の倉之助も驚いた。
「内藤殿がこれを‘役立てください’と言い残した以上、宿場の役に立てねばなるまいな」
「今年は不作で、助郷負担も大変だったと聞いております」
「先ずは、百姓が年を越せるようにせねばならぬな」
倉之助は切餅を懐に納めた。

Posted on 2011/10/10 Mon. 05:10 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十話 貧乏侍(その17)】 

 それを見た五平の様子が尋常ではなくなってきた。
「思い出した。むかし隠した所があった」
五平が叫んだ。
虎之助はその言葉を意に介せず床板を剥がし、
「掘った跡があるのはこの辺だな」
「十両、いや二十両渡す」
五平の声がむなしく虎之助の耳を通り抜けた。
 虎之助が床下に降り、手で土を退けると壷の蓋が現われた。
「見つけたぞ」
虎之助は蓋を開け中身を取り出し、懐の中へ入れた。
「切餅(25両)が六つも有ったぞ。他にもあるかも知れぬが、拙者は欲深くないゆえこの辺で引き上げる」
虎之助は空になった壷に蓋をし、はがした床板を元に戻すと
「立つ鳥跡を濁さず」
と言いながら出て、五平が開けた茶店を閉めた。

 そして、茶店の裏に行き、風呂敷を解き、石を捨てると、置いてあった弁当行李を取り、その中に懐の切餅を並べ、蓋をした。
風呂敷に小判の詰まった弁当行李ともう一つ空の弁当行李を入れ、包むと、裏参道を中仙道に向かって歩き始めた。
 途中の浦和宿近くで、虎之助は朝一番の渡しでやって来た兵庫や役人の糟谷とすれ違った。
「虎之助さん、もう高崎まで行き戻られたのですか」
「はい、井筒屋の留吉さんから未だ使いの半金を頂いておりませんので・・」
「そうですか。井筒屋さんは喜んでいましたよ」
「どうやら、皆捕まえたようですね」
「いえ、賊の中に茶店の五平が居なかったので、これから捕まえに行く所です」
「ほ~、そうでしたか。早く行って捕まえて下さい」
兵庫らは大宮へ、虎之助は板橋へと別れていった。

 虎之助は途中、蕨宿で兵庫の思い人、幸が営む小料理屋‘はつね’により、一番安い掛け蕎麦を食った。
勘定を払う時
「幸さんは居られますか」
「女将さんなら中に居ますよ。呼びますか」
「お願いします」
出てきた幸が
「私が幸ですが、何か御用でしょうか」
「これは大宮の五平さんから預かったものです。鐘巻様に、お役立て下さいとのことでした」
「貴方様のお名前は」
「虎と言えば分かります」
そう言い残すと虎之助は店を出て行った。

 丁度その頃、大宮宿氷川参道沿いの茶店‘みたらし’の前に、役人の糟谷、岡っ引きの佐平、他に浦和代官所役人の小沢睦五郎とその岡っ引き、そして兵庫がやってきていた。
「店が開いておらぬ。逃げたか」糟谷が呟いた。
「私が確かめに入りますので、戸を開けて下さい」
岡っ引きの佐平ともう一人が、無理やり戸を外すと兵庫が飛び込み、糟谷、小沢、岡っ引きが続いて入っていった。
 そして見たものは、奥の柱に縛り付けられていた男の姿だった
「五平に間違いありません」
兵庫が糟谷に告げた。
「誰が・・・」
「先程すれ違った内藤さんでしょう」

Posted on 2011/10/09 Sun. 05:32 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第十話 貧乏侍(その16)】 

 虎之助は誰が立てた物音かと、店の裏からそっと音のした方を伺うと、居ないはずの五平の横顔が見えた。
どういう事だ。虎之助は暫らく考えていたが、風呂敷から空になった二つの弁当行李を取り出し、代わりに握りこぶし代の石を拾い包み手にぶら下げた。
「五平さん、朝早くから精が出ますね」
五平は思わぬ所から現われた虎之助の姿を見て一瞬驚いたようだったが、
「開けないと食っていけませんので」
と無難な返事をし、店を開ける支度を続けた。
虎之助はまだ準備が出来て居ない茶店に入り込み、
「五平さん」
と呼んだ
「何でしょうか。まだ湯も沸いていませんので・・」
近づいてきた五平に虎之助は石の入った風呂敷包みを振るった。
とっさのことで避けきれず、五平はこめかみに石の打撃を受け、その場に昏倒してしまった。
虎之助は五平を部屋の中に引きずり込むと、五平の帯などを使い縛り上げ、柱に括(くく)り付けたのだ。

 部屋を物色していた虎之助は五平の発する言葉にならない声に意識が戻ったことを知ると
「五平さん。もう直ぐここに役人が来るはず。取引をせぬか」
「なんですか。乱暴なことをして取引とは」
「板橋の押し込みは皆御用になっていますよ。あんたもその一味でもう直ぐここに役人が来ると言ってるんだが」
「なに? どうしてそれを・・・」
「使いを頼まれた留吉さんの様子がおかしいので、読ませて貰いました」
五平は自分が置かれている立場が分かったようで
「それで取引とは何だね」
「あんたは捕まれば、おそらく命はない。その命を買ってもらおうと思うのだが十両以上頂かないと」
「急に言われても十両は・・」
「幾等なら出せる」
「そこの引き出しの一段目に入っているだけだよ」
虎之助は五平が目で教えた引き出しを開けてみた。
「細かいのが入ってますが、これではとても十両には程遠いようだ。これで全てかい」
「それだけだ」
「しかたがない。それではお主が言う、ここの全てからは一文も盗らぬ。その代わりお主を助けぬ。役人に捕まってくれ」
というと虎之助はまた家捜しを始めた。
それを見ていた五平は
「用が済んだら早く出て行け」
「そうはいかぬ。ここにはお主のでない金の臭いがするゆえ、それを見つけ全部頂く。お主のではないのだから構わんだろう」
虎之助が五平の様子を見ながら、箪笥、物入れなどを開け探し続けた。
虎之助の動きの合間合間に五平の視線が何度か向いた所があった。
「なんだ、盗人にしては能の無い隠し方をしたもんだな。
虎之助は五平の視線が行った辺りの床板を外し始めた。

Posted on 2011/10/08 Sat. 05:18 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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