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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第十一話 隠密稼業(その23)】 

 翌十八日、兵庫が昼前の代稽古を済ませ、この冬になって開かれた囲炉裏に味噌汁の鍋をかけ、飯を食い始めていると足音がして、佐々木と岡部が問屋場から飯を食いにやってきた。
「兵庫、昨日の話し受けることにしたぞ」
「ありがとう御座います。それではあれは後ほどご新造さんに届けておきます」
「何の、話だ」
「佐々木さんが蕨宿に移られるので‘たつみ’と‘はつね’を交換することにしたのです」
「なるほど、それは佐々木さんにとっても兵庫にとっても都合がいい話だな」
「まだ、他のことも考えているのですが、それはもう少し煮詰まったらお二人に話します」
「楽しみしていて良いのか」
「はい、特に岡部さんには喜んでいただけると思いますよ」
話は、飯を食い終わり二人が問屋場仕事に戻る時まで続けられた。

 兵庫が板橋の道場に戻り暫らくしたある日の午後、小者の佐吉が八丁堀から母の手で洗い張りされ仕立て直された兵庫の袷と、多門の書状を持ってやって来た。
兵庫は小銭を与え帰した。
 書状には壬生藩より過分な付け届けがあったこと、駒形の清次郎の店が打ち壊しに遭い、清次郎の行方が分からなくなったことなどが書かれていた。
それは隠密稼業を締めくくった便りであった。

 兵庫は隠密仕事の中で死んでいった者を思い出していた。
金のため、生きるために侍の道を外れた浪人二人を、湧き上がる怒りを抑えきれずに斬ってしまった。
それは、侍の道を頑なまでに貫き通し、死んでいった大友を閻魔まで道案内させるため二人を斬ったのかもしれない。

 腹を切り死んでいった大友門太夫の形見と成った脇差の納まった刀袋の紐を解き取り出した。
微かな香が流れ出た。
粟田口近江守忠綱一尺八寸五分は門太夫が最後の手入れを終えた時の澄んだ光を兵庫に見せてくれた。
侍の道を捨てきれずに、だが道を外れて歩む者、侍の道を曲げずに歩む者、それらの死が兵庫に侍の道を歩くことの危うさを教えた。
兵庫は武人として生きても、侍としての道を歩くまいと思い始めていた。

第十一話 隠密稼業 完

Posted on 2011/11/04 Fri. 04:51 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十一話 隠密稼業(その22)】 

 十月十七日の朝五つ半、父多門と兄兵馬が奉行所へ行くのを見送った後、兵庫は八丁堀の組み屋敷を出て、板橋に向かった。
 昼前に道場に戻ると竹刀が打ち合わされる音が外に漏れていた。
時折り聞こえてくる気合いから佐々木が代稽古しているのが分かった。
兵庫は旅姿のまま師の相川倉之助が居る母屋の玄関に行き、奥へ声を掛けた。
「先生、只今戻りました」
暫らくして出てきた倉之助が
「戻ってきたか。上がれ」
旅の埃を払い、草鞋を脱ぎ倉之助の待つ奥へ行くと、
「だいぶ働いたようじゃな」
「いえ、立派な侍を一人死に追いやりました」
「その刀袋の脇差が形見か」
「はい」
「そうか、それは辛かったであろう」
「さる方から、板橋宿のために役立てるようにと預かって参りました」
兵庫は奉行から受け取った包みを開けずに倉之助の前置いた
倉之助は包みを見て、
「丸に二つ引き両紋か・・これは兵庫、御主への褒美のようだな。遠慮せずにお主の裁量で役立てなさい」
兵庫は包みを引き寄せてみると、袱紗の端に遠山家の紋、‘丸に二つ引き両紋’が、小さく染め抜かれていた。
兵庫は己の間抜けさに倉之助を見て笑い、倉之助も笑い返した。
「それでは、これは佐々木さんの道場を建てる足しにさせてもらいます」
倉之助はだまって頷いた。

 兵庫が道場の離れで旅支度を解き、稽古着に着替えていると昼前の代稽古を終えた佐々木が戻ってきた。
「佐々木さん」
「お~兵庫、帰ってきたか」
「半月もなしの礫で、もう帰らぬのかと心配していたのだ」
「それは、済みませんでした。これ土産です。道場を建てる足しにして下さい」
兵庫は遠山家の紋が入った袱紗から中に入っていた二十五両の切餅を取り出し手渡そうとした。
「兵庫、幾等なんでもこんな大金は貰えぬ」
「失礼ですが今の佐々木さんの稼ぎでは道場が立つのは遠い先になってしまいます。それでは私が困るのです」
「何故、困るのだ」
「佐々木さんが川向こうの蕨に移ればたつみの女将、いや佐々木さんの御新造様も移られることになります。その折出来れば‘たつみ’と蕨で幸が営んでいる‘はつね’と交換したいのです。ですから未だ、この金子でも足らないのです」
「なるほど、だが店のことはお絹に聞かねば何ともいえぬので、一晩待ってくれ」
「分かりました。良い返事を待っていますよ」

Posted on 2011/11/03 Thu. 05:11 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十一話 隠密稼業(その21)】 

 兵庫が八丁堀の屋敷に戻ると、その日の夕方に奉行遠山金四郎に呼び出された。
通された部屋で、父多門と待っていると、上機嫌の様子で奉行が入ってきた。
「兵庫、お主どのような灸を据えた。丹波守様消沈の趣であったぞ」
「それなら大友門太夫様も浮かばれましょう」
「腹を切らせたのか」
「大黒屋又五郎殿から聞きましたが、お奉行の若い時のようには灸を上手に据えられませんでした」
「あれは、怪我の功名だ。札差の山倉屋はいかが致した」
「もはや、私が灸を据える必要もなさそうでした。私に代わって天が灸を据えているようでした」
「そうか、いずれにしても良くやった。約束の見物料だがどのぐらい払えばよいか」
「本日、世話になりました花川戸の大黒屋と亀戸の元町名主吉衛門殿に別れを告げてきましたが、私からは何もお支払いしておりませんので、それだけでもお願いできれば有難いのですが」
「欲がないな」
「二人を斬り、一人を死に追いやったのです。町奉行の手の届かない所へ早く戻りとう御座います」
「お主が斬ったあの二人は北辰一刀流で素行が悪く破門されてはいたが大目録皆伝の域に達していたそうだ。それをよくも一刀で倒せたな。」
「簡単なことです。橋のたもとで長い間立っていた侍など、歩けぬ達磨を斬るようなものでした」
「凄腕のお主にかかっては北辰一刀流の大目録も歩けぬ達磨か。その凄腕が豪商の用心棒を狙っているという噂が流れてな、夜逃げをする用心棒が出ているそうだ」
「お奉行が流させたのでしょう」
「分かるか」
「はい、私も狙われぬうちに板橋へ戻っても構わぬでしょうか」
「此度のことでは辛い思いをさせたことはすまなかった。間も無く年の暮れだ、僅かだがこれを持って帰り板橋で役立ててくれ」
兵庫は貰って良いものか暫らく迷っていたが、深々と頭を下げ置かれた金包みを受け取った。

 その夜、兵庫は父に呼ばれた
「兵庫、お前の此度の隠密での働きは父として誉れに思って居る。このまま無頼の日を送るのを止めはせぬが、お前も来年には二十二になる。そろそろ嫁を貰い落ち着いたらどうだ。お前なら何をやってでも生きて行けよう。家ならお前の望む辺りに買うぐらいの蓄えはあるぞ」
「父上、母上ありがとう御座います。嫁は決めておりますので、世話は無用にして下さい。家は近々探しますので、決まりましたらお願いいたします」
「あら、お嫁さんが決まっているのですか。剣術の修行ばかりしているのかと思っていたのに」
「母上、私の学ぶ雲風流の剣は万物が教えを請う師なのです。その師の中にたまたま女子(おなご)もいたのです」
「女子からどのような剣を修行したかは知らぬが、わしもしたいものだな」
「あなた」
「冗談だ。兵庫、この話の続きは邪魔の入らぬ時に致そう」

Posted on 2011/11/02 Wed. 05:00 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十一話 隠密稼業(その20)】 

 浜中磯兵衛が帰った後、兵庫は半月世話になった吉衛門に別れの挨拶をしていた。
「こんなに早く店子(たなこ)に出て行かれるとは思っても居ませんでした」
「あまりにも居心地が良すぎました。私のような者には板の間の道場の方が性に合っているようです」
「左様ですか、またいらっしゃって下さい。部屋は空け、退屈させぬよう薪も用意して待っておりますので」
「ありがとう御座います。色々お世話になりました」

 吉衛門の屋敷を出ると兵庫の足は花川戸に向かった。
出てきた大黒屋又五郎が嬉しそうに
「鐘巻様やりましたな」
「何がですか」
「山倉屋が壬生藩に、お出入り禁止になったそうですよ。もっぱらの噂です」
「そうですか」
「あまり、嬉しそうには見えませんが」
「大友門太夫様が腹を切りましたので」
「そうでしたか。お侍とはつらいもので御座いますな」
「山倉屋にも灸が据えられたわけですね」
「山倉屋の用心棒二人が何者かに斬られたうえに出入り禁止ですから、他の豪商も灸を据えられぬよう首をすくめて居るそうです」
「これで少しでも買占めなどが減れば良いのですが」
「米も出回り始め、手前どもの大八も動き始めましたので、これ以上の値上がりはなくなるでしょう」
「それは良かった。私は先ほど亀戸を引き払いました。板橋に戻りますのでご挨拶に参りました。色々とお世話になりました」
「そうですか。お奉行にお会いになることが御座いましたら、年寄りに短い間でしたが夢を見させてもらい喜んでいたとお伝え下さい」
 挨拶を終えると兵庫は蔵前・森田町の札差山倉屋に向かった。
店は以前来たときとは違い、店の外に壊された痕が残って居たが商いはされていた。
店の中に居た揃いの印半纏を着た用心棒らしき者の姿は消えていた。
雇い人にも見放されたなと兵庫は感じた。

Posted on 2011/11/01 Tue. 04:49 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十一話 隠密稼業(その19)】 

 その夜、城から戻った丹波守に家老から言上された。
山倉屋との縁を切ることに否を唱える重役は居なかったが、大友門太夫に死を与えることには多くの重役が否を唱えた。
私利私欲からでなく、あくまでも藩のためにやったことは、日頃の大友の行いから全ての者が知っていたのだ。
生きておればこれからも藩の役に立つ男だと惜しまれた。
重役の話がつかぬまま、丹波守が言った。
「此度のことは、余の欲に対する戒めであろう。大友門太夫にはこの脇差をつかわす。後日縁者を持って家を再興させるように」
家老はうっすらと涙を浮かべ丹波守から脇差を受け取った。

 十三日には下屋敷に山倉屋が呼び出され、以後の出入りを禁じられた。
その日の夕方、大友門太夫は丹波守から拝領した脇差を使い見事に腹を切った。

 その間兵庫がすることも分からず、また割る薪もなく、吉衛門の家の離れで長い禁足の日を過ごすのかと思っていたら、事件から二日たった十三日の昼前、吉衛門に連れられ本所定廻り同心の坂牧がやってきた。
「預かり物を返しにきた。錆びるといけねぇから早く手入れをしてやんな。それと禁足は解けたよ」
「わざわざどうも。お役目ご苦労様です」
坂牧を見送った吉衛門がおそるおそる
「鐘巻様、人をお斬りになられたのですか」
「十一日新辻橋で」
隠すことも出来ない兵庫が申し訳なさそうに応えた。
「ああ、あの事件は鐘巻様が・・・お刀の手入れ道具お持ちですか」
「いいえ」
「私も以前は名字帯刀を許されておりましたので、半端な物ですが持ってきますのでお使い下さい」
「有難う御座います」
この日、兵庫は刀の手入れをしながら、吉衛門から町名主の跡を継いだ倅が病で死に、その若い妻も里に帰した話を聞かされた。

 そして十六日、大友門太夫に仕えていた浜中磯兵衛がやってきた。
兵庫は浜中を離れの部屋に向かい入れ、話を聞いた。
「わが主(あるじ)、大友門太夫は十三日下屋敷にて切腹なされました」
「丹波守様も惜しい家臣を失いましたな。大友家はどうなるのでしょうか」
「はい、家禄はそのままに御舎弟の久太夫様が継がれると聞いております」
「それはようございました」
「これは主人の脇差、粟田口近江守忠綱一尺八寸五分で御座います。鐘巻様へとの遺言で御座いました」
「有難く頂戴いたします」

Posted on 2011/10/31 Mon. 05:14 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学