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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【湯上り侍無頼控え 二話 石の下(その23)】 

 碁四郎たちが船宿に戻って来ると、船着場にお静が待っていた。
お静は舟をから丘に上がってきた碁四郎の頭のてっぺんから足の先まで変わりが無いか見ていた。
「皆、怪我をせずに戻れました」
「土産つきですよ」
「捨吉さん、その土産、奥に仕舞っておいて下さい。後で分けますから」
捨吉が分捕り品を持って浮橋に入り、銀太が借りた投網を片付け、安五郎は次に乗る客のため、束の間の争いで濡れ汚れたところを拭き始めた。
「姐さん、少し顔色悪いですよ」
「心配させておいて、全くいい気なもんだよ」
「怒らないで下さい。これも修業ですから」
「都合が悪くなると、これも修業で逃げるんだから」
「清太郎さん出掛けるのかな。足りるかどうか分からないですが返さないと・・・」
「確か、切り餅二つ持ってきて、ここで五両ほど使ったから、あの日取られたのは四十五両だと言っていましたよ」
「そうですか。それなら何とか成るかもしれませんよ」
「追い剥ぎからお金を取り戻して、放免しちゃったの」
「その話は、後で。中に入りましょう」
 奥座敷で、浪人から分捕った胴巻きを開けると、小分けに包まれた小判が七十両出てきた。
また、他の胴巻きからも合わせて六十両が出てきて総額百三十両となり、居合わせた者を驚かせた。
「これから分けますが、この中より四十五両は清太郎さんに戻します。ですから残り八十五両となります。私、女将さん、芸者衆の分として凡そ半分の四十両、事件を上手く収めて頂く方々へ三割の二十五両、
残りの十五両を汚名挽回を果たした船頭衆の取り分と致します」
碁四郎はそう言うと、捨吉の前に三人分の十五両置いた。
「そんなに貰って良いのかね」
「言っておきますが、他言無用でお願いします。この四十五両、二階の清太郎さんに女将から届けて下さい」
「分かった。今、届けてくるよ」
「捨吉さん。皆さんに届けて下さい」
捨吉が十五両を押し頂き、部屋から出て行くと、二階の音曲が止んだ。
碁四郎は先ず、篠塚や三枝に渡す金、二十五両を懐にしまい、次に取り分の四十両を手に持った。
その時、階段を下りる大きな音がして、清太郎が顔を見せた。
「山中様。今日の手柄この四十五両で譲って下さい」
「どう言う事でしょうか」
「これから吉原に出かけるので、舟に乗っていたのは山中様ではなく、私にして下さい」
清太郎は哀願するような目で碁四郎の前に手を付いた。
「そのようなことでしたら、どうぞ。着物が違いますので、濡れたので着替えてきたとでも言って下さい」
「そうします」
「表に、猪牙が待っていますよ」
清太郎は四十五両を碁四郎に手渡すと、表へ飛び出していった。
それを慌てて追いかける、女将と芸者衆だった。

 清太郎を見送り戻った女に碁四郎は囲まれた。
「たった今、清太郎さんから四十五両の心付けを頂き、行き先の決まっていない金が手元に八十五両ありますので分けます」
「八十五両も・・・」
「手渡しで申し訳ありませんが受け取って下さい」
「女将さんに十両・・・、お静姐さんに、お駒さん、お吉さんに八両ずつ・・・、半玉さんのお二人に各三両・・・、箱持ちさん三人に各一両。これは姐さん方から渡してください。それと船頭さんにもあと五両ずつ私が渡しておきます」
「残ったのは何両?」
「待って下さい。・・・・まだ二十七両ありました」
「そんなにもって遊ぶ気」
「いいえ、およしさん、加代殿そして多恵殿に簪を・・・」
「私にも」
「私にも~~」

 翌九日、羽織袴に本多髷姿の碁四郎が遠山金四郎を尋ねた。
先日来た時と同じように、金四郎は加代と碁を打っていた。
「首尾は上々だったようじゃな」
碁四郎が声を掛ける前に、話を聞いていたのか金四郎が顔を緩め話しかけてきた。
「はい、これもお力添え頂いた御蔭です。有難う御座いました」
「それにしても御主は悪党だな。そのような髷まで結うとは」
「はい。ご隠居ももう少し悪党に成られれば、この碁を勝てますよ」
「碁四郎様、これは賭け碁ですから教えないで下さい」
「そうでしたね。ところで今日は何を賭けているのですか」
「今日はあん摩と簪です」
「ご隠居、負けられませんね」
「全くだ。碁四郎のような悪党にならねば勝てぬか・・・」
「はい、その通りです」
「盗人に銭を取らせておいて・・・その銭を取り返し、・・その後、相手を仕留めたか・・・これは石の下だな・・・そうか、解けた。石の下だ」
加代の顔が紅潮し、目は碁四郎を睨んだ。
「それでは、篠塚殿と話が在りますので失礼致します」
「うむ」
碁四郎は加代の悔しがる顔を見る前に、庭木の葉に付いた虫を捕っている篠塚に歩み寄った。
「篠塚殿。お手当てです。少ないですが三枝殿、それと定廻りの坂牧殿とお分け下さい」
「そうか、すまぬな」
碁四郎は袂から手ずから切餅に仕立てて持って来た二十五両を手渡した。
「こんなにか」
「もっと差し上げても良いのですが、使い方知らない方には毒ですから・・・」
「言えておる。言えておる」
「それでは、何かの時はまたお願いします」
碁四郎が篠塚と分かれ、戻って来ると、加代が金四郎の腰を揉んでいた。
「碁四郎、石の下、礼を言うぞ」
「いいえ。ご隠居が勝ってくれたので出しやすくなりました」
「何だ。出すとは」
「加代殿。ご隠居の代わりに簪をお持ちしました。お受け取り下さい」
碁四郎は加代の喜ぶ顔を見て、遠山家の門を出た。その足は多恵の居る津軽藩中屋敷へと向かっていた。

石の下(完)

Posted on 2011/03/20 Sun. 20:24 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 二話 石の下(その22)】 

 碁四郎の乗った勘当舟が浅草の山谷掘りを目指し大川を滑るように遡り始めた。
「捨吉さん。襲われたのはどの辺ですか」
「それは、先に見える首尾の松の手前ですよ」
首尾の松は蔵前の蔵が建ち並ぶ四番堀と五番堀の間にあった。
「それではもう直ぐですね」
「へい、もう直ぐあの浪人の乗っている舟を追い抜きますから、支度して下さい」
「なるほど、あの前を行くのがそうですか。抜かないことには芝居の幕が開きませんね」
浪人の乗った舟は大川の右岸で碁四郎の乗った勘当舟が来るのを待っていた。
神田川から出てきた勘当舟が川を上り始めたのを見て、浪人の船も川上に向かって漕ぎ出し追い抜かれるのを待っていたのだ。
三挺立ての勘当舟は早く、浪人の乗る舟に追いつき、五間ほど離れた右側を抜いていった。
それを見計らったように首尾の松辺りに停まっていたもう一艘の舟が下流に向かって漕ぎ出され、舟の間合いが詰まったところで向きを変え勘当舟の前を横切るように塞いだのだ。
漕ぐのを辞めた勘当舟は流れに減速されながらも惰性で進み、碁四郎は竿を握り銀太が投網を投げる瞬間を待っていた。
先日は不意を衝かれたが、今度は相手が不意を衝かれる番になる。
そうとは知らず近づいてきた舟。
銀太が足元に置かれていた投網を持つと残りの二人は身を伏せた。
同時に大きく振られた投網が一旦戻り、弾みを付けて浪人向かって投げられた。
大きく花開いた投網を舟に乗ったまま避けることは出来ない。
狙い違わず投網は浪人を包み込んだ。
それと同時に、水音が舳先の方でドボン・ドボンと二つした。
碁四郎の突き出した竿が、前を塞いだ舟の男二人を突き落としたのだ。
この後浪人は捨吉と安五郎から竿で叩かれ突かれたが、銀太に投網を引き寄せられ抵抗も出来ず、最後は碁四郎の突きを喉もとにくらい、動かなくなった。
ただ一人無事だった船頭は浪人の有様を見て観念したようで抵抗を諦め座り込んでいた。
前方を塞いでいた人の乗らない猪牙舟が漂うのを長柄の鳶口で引き寄せ、これには安五郎と捨吉が飛び移り、船縁に掴まっていた賊の二人を引き上げ始めた。
「賊の持ち物は全て頂きなさい」碁四郎の声が飛んだ。
引き寄せられた浪人の舟に乗り移った碁四郎は浪人を覆った投網を外し、先ず両刀を奪うと、浪人の腹をさぐった。
「やはり持っていましたね」
碁四郎は動き始めた浪人を殴りつけ昏倒させ、帯を解き胴巻きを奪い取った。
「おい、そこの人・・持っていてももう使えませんよ。出して下さい」
観念していた賊の船頭も巻いていた胴巻きを外し、碁四郎に投げてよこした。
碁四郎は胴巻き二つと浪人の大小を持ち、勘当舟に戻り、捨吉も胴巻き二つ持ち戻り、それを碁四郎に渡すと、浪人の乗った舟に乗り込んだ。
艪は三つあるが漕ぎ手は銀太一人となった碁四郎の乗った舟を挟むように、漕ぎ手を捨吉と安五郎に奪われた賊の舟がゆっくりと川を下り始めた。
暫らくして、その三艘を目指し漕ぎあがってくる舟が近づくと、
「役人が来たようです。戻って下さい」
碁四郎は脇を行く猪牙舟の船縁を掴み引き寄せた。
捨吉と安五郎が次々に舟に戻り、漕ぎ手を失った舟が漂い、やってきた役人の手に渡った。
「山中殿。本所の坂牧だ。手柄は貰ったぞ」
「どうぞ」
坂牧は本所・深川地区の定廻り同心で、以前両国橋の一件でも碁四郎の働きで旨い汁を吸わせて貰っていた。
阿吽の呼吸を心得た坂牧は、碁四郎の仕事ぶりを見終わった後近づき、舟を受け取ると本所側へと遠ざかっていった。

Posted on 2011/03/20 Sun. 20:14 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 二話 石の下(その21)】 

碁四郎、篠塚、三枝の三人が賊の家に忍び込んでいった。
家の中は裏から土間、台所の板の間、座敷、表土間となっていたが、男の四人住まいで雑然としていた。
三人は手分けをしてお宝が仕舞われていそうなところを漁ったが、山吹色に輝く物は出てこなかった。
「何も無いぞ。山中さん、そっちはどうだ」
「同じですよ」
「全部使い切ったとも思えねぇから、奴等、お宝を持ち歩いているな」
「そうとなったら、長居は無用だ」
「ちょっと待って下さい。船頭に払う手間代を持ち帰りますので」
碁四郎が懐から風呂敷を出すと広げたのだ。
「山中さんよ。御主、ここに金が無いのを知っていたのか」
「そうではありませんが、あの四人は互いに信用しあっていたとは思えませんのでこんなこともあるかと思っていました。すいませんが金目の物を探してください」
こうして、風呂敷の上に置いて行った脇差三振り、根付、印籠、煙管などから、春画の絵草子、使われていない百目ローソクまで置かれ包まれた。
その重い荷を下げ、碁四郎が台所の床を踏むと大きく撓った。
「何だ? 根太が外されていますよ。床下を見て下さい」
「床下?」
「なるほど、床を剥がした跡がある」
また、三人は山吹色を夢見て、床を剥がすと、そこには土饅頭があった。
「篠塚、ここに居た漁師は殺されたようだな」
「そうだな。山中さんよ、わしらはこれから定廻りに手配するから、四人を逃さぬよう、たのむ」
「分かりました。しかし、四人が仕掛けて来るまで手は出さないで下さいよ」
「ああ、遠くで見物させてもらうよ」
 小判を掘り当てる代わりに仏を掘り当てた二人を残し、碁四郎は外に出、ぶら下げていた大荷物を待っていた捨吉に渡し、舟に乗り込んだ。
「家の床下に土饅頭が見付かりました。お二方は役人に届ける手配をしますので、私たちは戻りましょう」
こうして碁四郎は賊から奪ったガラクタを持って、三味線の音が漏れ出す船宿の浮橋に戻ってきた。

碁四郎が戻るのを待っていた女将のお蔦が
「早くおし」
碁四郎は急かされ奥に行くと髪結いの籐吉が待っていた。
「結い直す前に湯に浸かっておいでなさい。着替えは置いてありますよ」
半ば無理やり風呂場に行かされ着替えを見ると緋の下帯に浴衣が置かれていた。
風呂の入れさせられたのは褌を変えるためと知って、碁四郎のカラスの行水はなお更早くなり、浴衣を来て部屋に戻ってきた。
直ぐに髪結いの籐吉が碁四郎の本多髷のもっといを解き、結い直しを始めた。
この結い直しも直ぐに終わり、その後は五十年前お蔦が碁四郎の父、源太夫に着せたのを思い出すように、その倅に着せていった。
 船宿の前に三挺立ての猪牙舟が用意されると、賑やかだった三味・鼓の音が止んだ。
船宿の前に、女将や芸者衆が出て、見送る中折編み笠を目深に被った男が出てきた。
先日見た、清太郎の派手好みとは違って、着ている物は煤竹色に霰小紋の渋いものだった。
舟に向かう碁四郎に付き従う、女将の満足そうな顔とは別に、お静の顔には変わりすぎた碁四郎の姿に手元から逃げていくものを見るような寂しそうな影が見えた。
舟が漕ぎ出され、本当に吉原へ出かけ、戻らぬような錯覚がお静を襲った。
「碁四郎さん」
声にはならぬ声だったが、お蔦には聞こえた。
「大丈夫だよ。私の旦那は、あれを着て吉原には行かなかったよ」
「女将さんの旦那様?」
「その話は長くなる。縁があったら、碁四郎さんから寝物語に聞きなさい」
お静とお蔦は碁四郎の乗った勘当舟が大川へと消えていくのを見送っていた。

Posted on 2011/03/20 Sun. 16:51 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 二話 石の下(その20)】 

 嘉永五年四月八日(1852-5-26)、舟追い剥ぎ退治の日がやって来た。
この日は灌仏会で信心深かい江戸の町人の多くは、お参りに出かける日であった。
当然のことながら、お参りの行き帰りに舟を使う者も多く、船宿の船頭衆は忙しいのであるが、浮橋の女将、お蔦はこの日の午後、船頭の捨吉、銀太、安五郎の三人を碁四郎に預けた。
それは、店の舟に乗った客が舟追い剥ぎに遭ったままでは沽券に関わるとの思いと、五十年前好いた男に生き写しの碁四郎が思うように働けるようにしたかったからだった。
 
 その日の昼八つ半を少し過ぎた頃、小名木川に架かる高橋と新高橋の間に二艘の猪牙舟が寄り添うように浮いていた。
一艘には菅笠を被り町人姿の碁四郎と同じく町人姿の篠塚佐門それに船頭の捨吉が乗り、他方には武家姿の三枝源吾と船頭の銀太と安五郎が乗っていた。
「奴等、今日も釣りをしながら、吉原通いのお大尽が通るのを見張っていますぜ」
それは二艘の舟より東、横川と交差する辺りに賊の二人が猪牙舟を浮かばせ、数日前見た光景と同じように釣をしていた。
「銀太さん、筋書き通り行けば、あの姿も今日で見納めですよ」
「そう、願いてぇ」
「山中さん。その筋書きだが清太郎の餌に賊が掛かり、四人が出払ったら踏み込み中を漁るぞ」
「はい、ただ、私は長いことお付き合いは出来ませんよ。餌の身代わりになる身ですから」
「分かっています。狭い家だ。手間は取らないでしょう」
「それではあと半刻足らずで清太郎さんが通るでしょうから、それまで釣りをしながら、見張りましょう」
碁四郎と篠塚が舟に置かれていた釣竿を取り出すと、三枝を乗せた舟は小名木川を進み、横川を過ぎたところで、賊と反対岸に停まり釣り糸を垂らし始めた。
こうして暫しの釣を楽しむことに成った。
船宿で用意した竿に餌のゴカイを付け放り込み、浮の深さを測りながらやっていると、当たりが来始めた。
大した手ごたえは無いが、竿を上げると小振りの鯊が掛かっており、魚篭に投げ込まれていった。
ほんの一時だが、釣が浮世のことを忘れさせてくれたが、それも長続きはしなかった。
「旦那方、どうやらやって来たようですぜ。浪人が竿を仕舞い込んでいます」
この捨吉の声が釣り人となっていた碁四郎と篠塚の二人を浮世に引き戻した。
「来た」
篠塚の短い言葉の向こう側に、横川から舳先を出し始めた舟が見え、二人の竿が仕舞いこまれると、捨吉が舟をゆっくりと漕ぎ始めた。
「あれは能代屋の舟ですぜ。乗っているのは清太郎さんに間違いないでしょう」
その清太郎の乗った舟が小名木川を横切り横川をさらに竪川方面へと行くのを、舟で釣をしていた浪人が見届け、その舟の船頭が口笛を吹いた。
この口笛が合図だったのだろう、賊の家から二人が出てきて横川につながれていた舟に乗り込んでいくのが見えた。
その舟と浪人の乗った舟が、清太郎の舟を追うように出て行くのを見て、碁四郎の乗った舟が速度を増した。
賊の乗った舟が遠く竪川に消えるのを待って、碁四郎の乗った舟ともう一艘が賊の家の下に横付けされたのだ。

Posted on 2011/03/20 Sun. 16:33 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 二話 石の下(その19)】 

嘉永五年四月七日(1852-5-25)、雨は上がったが、空にはまだ降り足りないと思うのか無彩色の厚い雲が垂れ込めていた。
雨で二日休んでいた朝駆けで両国橋を渡り本所を巡り、上流に架かる吾妻橋を渡り浅草の町を通り柳橋の平右衛門町の湯屋、富士の湯まで駆け戻ると碁四郎は、更に重い鍛錬棒を振り身体を目覚めさた。
 この後、碁四郎を待っているのが朝の女湯一番風呂、そして朝飯の至福の時なのだが、それもカラスの行水と早食いで終わり、二階の部屋に戻り三助の仕事着、と言ってもふんどし一本になり、その上から半纏を着て横になり客が来るのを待っていた。
雨の日とは違い歩くのも軽快で、下駄を鳴らしてやってくる、その音と方向そして調子で客が来たと碁四郎は起き上がった。
 程なくして、いつものようにお静、お駒、お吉の売れっ子芸者が顔を見せた。
「都鳥の手拭いを持って来たよ。これを使いなさい」
「ほんとに三助を頬被り姿でやらせる気ですか」
「そうですよ。女湯の喧嘩はみっともないからね」
「背中を流すだけですよ。後ろを向いていて見えないのですか頬かむりの必用はないでしょう」
「そうじゃないわよ。他の女が三助している碁四郎さんを見るんだよ。そうなると、群がり忙しくなるよ。下手に断わってみなさい。あの子の背中は流して私のは流さないとか、必ず何か揉め事が出るよ。それでもいいの」
「分かりました。頬被りします」
本当に芸者衆の言うようになるのかは定かではないが、仕事が増え、それに追われては気に入っている居候ではなくなってしまうので、頬被りして三助仕事を終わらせた。

 昼前に船宿に行くと、さほど天気は良くないのだが釣り客や浅草までの短い船旅を楽しもうとする客を運ぶため、顔見知りの船頭は出払っていた。
また、昼を食べてから舟で出かける客も居て、忙しかったのだが、碁四郎が店に姿を見せると直ぐに番頭が女将のお蔦に知らせた。
嬉しそうに顔を見せたお蔦が碁四郎を奥に招き入れた。
「これ見てください。碁四郎さんが源さんの息子さんと知って、出しておきました」
「なんですか」
「これは五十年ほど前に碁四郎さんのお父上が着ていた物ですよ」
「わざわざ出されたと言うことは・・・」
「はい、明日此処から出て行くときに着てもらうつもりです」
「その方が、今着ている物より、私の髷には合うのでしょうね」
「それはそうだよ。私がコロッといったんだから」
その話は今は忙しそうなのでまた雨の降る日に来ますので、その時聞かせて下さい
碁四郎は、忙しい昼時の浮橋を出、湯屋に戻った。

夕方になって篠塚が町人姿でやってきた。
「能代屋の使いの小僧は何処にも寄らずに浮橋に入り、能代屋に戻ったよ」
「そうでしたか。これで明日、賊が出ても能代屋から咎人を出さずにすみますね」
「そうだが、その頭・・・町人姿にはなれるが、とても真似ができん。たいしたもんだよ、あんたは」
篠塚は呆れ顔も真顔の入り交じった顔をし、帰って行った。

Posted on 2011/03/20 Sun. 16:22 [edit]

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