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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第十二話 門出(その24)】 

 午後、兵庫が妻・幸を伴い八丁堀の父多門の屋敷を訪れたのは夕七つ少し前頃で、父も兄も奉行所より戻ってきていた。
当主夫妻に形どおりの挨拶を済ませた二人は、父多門により一族郎党に披露され、好意を持って迎え入れられ、幸の心の中に潜んでいた危惧を払拭させた。
何よりも兄嫁の玉枝が親しみをもって迎え入れてくれたことが、兵庫には嬉しかった。
こうして、その日が暮れていった。

 次の日から数日の間、家の調度の置き場所を決めるなど、二人で使い勝手の良くなるようにし、持ち込まれたままであった荷物や餞別の品々を仕分け・整理し、また足らない物があると買うなどして過ごした。

 霜月の末、兵庫は南町奉行遠山金四郎に呼び出された。
父多門と出向いていくと
「柳沢のことでは世話を掛けたようだな」
奉行の言葉であった
「御見事な最後で御座いました」
「月番の北町からの話だが、捕らえた浪人二人は死罪となりその日のうちに小伝馬町で斬首され、やくざ者は遠島以下の刑の沙汰となった」
「左様でございましたか」
「小商人(こあきんど)から集めた一分銀以下の銭で満たされていた金であったが、それでも、総額五十両は越えており、源三郎との山分けを約していた浪人の罪が重くしたとのことだ。その五十両に余る金は巣鴨の町名主に渡され、被害を受けたもので分けるようにとの沙汰であったが、町名主が町のものを説得し全額を死んだ柳沢の供養にと残された妻子に届けられたときいておる」
「柳沢様もうかばれることでございましょう」
「ところで此度の事件で何か得るものは在ったのか」
「はい、一つ技を体得できました」
「どのような技か教えてはもらえぬか」
「技はお見せできませんが、有態に申せば目釘外しと申します技で御座います」
「目釘が抜けては白刃が飛ぶな」
「はい、矢のように」
「なるほど、これで矢が突き刺さるように、刀が賊の胸を突き通ったままになっていた訳が分かったよ」
「全て柳沢殿のなしたものでございます」
「何故じゃ」
「さすがに、己の刀は未だ投げられません。柳沢殿の刀があって、成しえたもので御座いました」
「柳沢に名誉ある最後を与えてくれ、遣わせたわしからも礼を申す」
「勿体無いことでございます」
「ところで、江戸市中に戻ったそうではないか。どうだ、わしのため・・いや世のため、民百姓のため働いてはみぬか」
「それが私の新しい門出になるのでしたら、いつでも馳せ参じます」

 奉行所を出た直後、新しい門出を迎えることも出来ずに涙を浮かべ死んでいった柳沢と、苦悶の中で死んでいった源三郎の姿が兵庫の目に浮かんだが、それも直ぐに消え、これから共に歩く妻・幸が待つ駒形へ、わき目も振らず帰って行った。

第十二話 門出 完

Posted on 2011/11/28 Mon. 04:40 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十二話 門出(その23)】 

 表を閉め裏から出た二人は家の脇の路地を抜け川端へ出た。
当時風呂は朝から晩までの日中が営業時間でした。
風呂は遅くなってから行くと湯も汚れており、朝湯が良いのです。
八丁堀で育った兵庫は幼い時から父多門に連れられて、朝風呂それも女湯に入り朝風呂の良さをよく聞かされ育ったのである。
それを知ってか、幸が
「この辺のお風呂屋さん、女湯には刀掛けはないのでしょうね」
「女湯に刀掛けがあるのは八丁堀だけでしょうね」
暢気な話をしながら行くのだが、兵庫の腰には刀は無かった。
「風邪を引くといけませんから、待っていませんよ」
「いいですよ。女の長湯に付き合わずに部屋でも少し温めておいて下さい」

 兵庫が風呂屋から帰った時、やはり幸は戻っていなかった。
火鉢の灰を除け残っていた種火に炭を足し、その炭に火が付くまで軽く吹き続けた。
次に兵庫は火鉢を台所から畳の部屋へ移し、裏庭に出た。
実は、この家の修繕を頼んだのだが、家の中の物で使えそうなものは物置小屋に入れ、修繕で出る木屑などは庭の物置小屋の脇に積んでおいてくれたのだ。
木屑を持ち去らなかったのは薪になり主の兵庫に断わり無しに持ち出すことは出来なかったためであった。
この時代は、燃やした灰から糞尿まで売れる時代で、兵庫の家から出るもので売れないものは浅蜊の貝殻ぐらいだったのだ。
 兵庫は物置の中に炬燵のやぐらが在るのを見ていたので、やぐらを取り出し、壊れていないことを確かめると台所へ運び、雑巾で丁寧に汚れを拭きとった後、火鉢に被せ布団を掛けた。
やぐら炬燵が出来上がり、その具合を確かめようと入って居たのだが、幸が帰ってこない。
女の長風呂加減が分からぬ兵庫、迎えに行こうと炬燵から出て台所へ行くと、下駄の音がして幸が戻ってきた。
髪を洗ってきた幸を見て、出かけるまで先が長いと思った兵庫は
「部屋に炬燵を作っておきました。私は水汲みと庭の片付けをします」
「外は寒いですから、お風呂上りに出ないで下さい」
「それでは・・・」
兵庫は土間に下りると相川道場より贈られた一・三・五貫目の鍛錬棒の中から五貫目を選び振り始めた。
暫らく振っていると、髪を乾かし終えたのか束ねた髪を左肩より前に垂らしやってきて
「髪を結いなおしてきます」
兵庫はその幸の艶っぽい姿に暫し見とれ、目の前を通り表の戸より出て行く幸の後姿を見送っていた。

 昼前に兵庫は髪を蔵前風の丸髷に結い直した幸を世話になった花川戸の大黒屋へ連れて行き、隠居の又五郎、当主の道太郎とその妻おしまに会わせ、礼を述べると共にこれからのことも頼んだ。

Posted on 2011/11/27 Sun. 05:12 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十二話 門出(その22)】 

「割れ物を米の中に入れ運ぶなんて考えてもみませんでした」
「私は、石ころをあんなに沢山、旦那様が運ぶとは思っても見ませんでした」
土間の隅に竹かごに入れられた石を指差して言った。
「あれは私の修行の証なのです。百日、道場と戸田の渡しまでを駆けたのです」
「ふ~ん」
兵庫は徳利に残っていた角樽の酒を注ぎ、湯沸しの蓋を取り浸けた。
幸が蕨から持って来た沢庵を切り、小皿に盛り持ってくると、兵庫は受け取り膳に乗せた。
暮れ六つの鐘がなり始めた。
幸は徳利を取り出し垂れる雫を布巾で押さえ
「はい、旦那様」
兵庫が猪口を取り徳利の前へ出すと幸が注ぎ、飲み干すのを待っている
「酔っ払うと、何かよい事があるのかな」
「駄目ですよ。びっくりしますからね」
幸は腹に手を当て、笑った。
兵庫が徳利一本を飲み干したところで、少し遅くなった夕食が出された。
暖かい飯に、蕨から持って来た具を入れたのか湯気を立てた大根と青菜の味噌汁、皿には御浸し、佃煮などが少しずつ乗せられていた。
「明日からは朝に一度だけ炊けば良いからな。身の丈で暮らそう」
「そのようにさせて頂きます」
「幸、お前の膳も用意しなさい。一緒に食べましょう」
幸は自分が食べるものが無くなるのを心配して大喰の兵庫が言ったのが分かり、お鉢の蓋を開け見せながら、
「味噌汁もまだ有りますから」
「分かりました。でも一緒に食べましょう」
幸にしても兵庫と切れぬ仲になってから半年以上が過ぎていたが、膳を並べて食べたことは唯の一度も無かった。
兵庫と一緒になった実感を、暮らしの中の一つ一つの営みの中で感じ始められたのが嬉しかった。

 一夜明けて、幸は棒(ぼ)手振(てぶ)りが売り歩いていた浅利・納豆・大根・葱などを買い、朝飯を作った。
「やはり江戸は物が豊富ね」
浅利汁を啜(すす)っていた兵庫が、
「豊富に獲れる魚は鰯ですが侍は食べないのは勿体無いです。でも私は侍の尻尾が取れていますから、鰯でも鮗(このしろ)でも食べられますよ」
「大羽鰯が獲れる頃には鰯三昧になりますからね」
朝飯を食べ終わり、幸はその後片付けを済ませると兵庫の所にやってきて
「今日は何をしますか」
「はい、お世話になった大黒屋へ行ったあと、午後は八丁堀に挨拶に行きましょう」
「分かりました。それではその前にお風呂に行ってきます。何処に在りますか」
「川沿いを下った諏訪町に在りますよ。私も行きますから」
「糠袋持って行きますか」
「在るのでしたら持って行きます」

Posted on 2011/11/26 Sat. 04:46 [edit]

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【鐘巻兵庫 第十二話 門出(その21)】 

 一階は向かって右側が廊下に続き六畳の表部屋、その奥に八畳の裏座敷、廊下となっており、左側には入り口の土間に続き以前善三や清次郎が帳場としていた八畳ほどの板の間、その奥に台所と続いていた。
変わった所と言えば、打ち壊しの被害を受けた床、羽目板、板戸などが新しい板で張り直されているのが、この家の訳有りを物語っていた。
 裏庭の北西の角には物置小屋が建っており、そこにはこの家の前の主、清次郎が使っていたものなどが入れられていた。
そして、裏庭には裏木戸があり、そこからは裏店や、隣の商家との間に出来た半間ほどの廂間(ひあわい)を通り表に出ることが出来た。

 夕飯の支度を始めた幸が
「あら、火が消されちゃっているわ。旦那様ローソクを出して下さい」
兵庫は幸に頼まれ前もって買っておいたローソクを手燭に刺して持ってくると
「旦那様、お隣に行って火を貰ってきて下さい」
兵庫がローソクに火を点して戻って来ると、こんどは
「水瓶(がめ)に水を汲んで下さい」
井戸は数軒で使うものが裏路地にあるのだが、水汲みは身重の幸には無理なようで、当面は兵庫の仕事になりそうである。
水を何度か汲んで水瓶に満たした。
台所の板の間の上に頑丈な欅製台箱に灰を入れその上に二口の黒い土竈(どへっつい)があり、その上に飯釜と鍋が乗せられていた。
姉さん被りの幸が、薪に火を点けながら、
「旦那様、炭を炭箱に入れ持ってきておいて下さい。火鉢に火を入れますからね」
 兵庫が女房となった幸に言われるままに、手伝いをしているうちに日が暮れてきた。
込み入って建てられた町家では外の光が入り込まず部屋の中はただでさえ薄暗い。
兵庫は油壺から台所に置かれた真新しい行灯の皿に油を注ぎ、手燭の火で行灯の灯心に火を点けた。
行灯の灯りが台所仕事をする幸を照らすのを、兵庫は見ていた。
幸は竈の中で赤くなった炭を十能(じゅうのう)に取り出すと、じっと自分を見ている兵庫の側に置いてある火鉢まで持ってきて入れた。
「旦那様、炭を足して湯沸しを掛けておいて下さい」
兵庫は、炭箱から炭をとり出し火鉢の中で赤く燃えている炭に足すと、土間に下り水瓶の水を柄杓ですくい湯沸しに入れ戻り、五徳の上に乗せた。
幸は、蕨から持って来たのか折りに詰めてあった物を皿に盛っていた。
ゆっくりと二人の時が流れて行くのを感じながら、兵庫は幸に頼まれ買っておいた二人が使う宗和膳を用意した。
「幸、徳利持って来ましたか?」
「はい、そこの木箱に詰めてありますよ」
兵庫は幸が指差した台所の隅に置かれていた箱を開けると、割れ止めに入れたのか米の中に徳利と猪口が入っていた。

Posted on 2011/11/25 Fri. 05:16 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十二話 門出(その20)】 

 修行した雲風流の道場に立ち寄り兵庫の僅かばかりの荷を乗せた後、そろって道場の板場に用意されていた昼食を食べた。
それは二日前に一緒になった岡部とおよしが‘たつみ’から運んできたものだった。
一服した後、兵庫と幸は世話になった相川夫妻や岡部夫妻、喜助に別れを告げ、住みなれた道場をあとにした。
 途中巣鴨の真性寺の門前を通ると、参道入り口では土産物屋が店を出し、客に笑顔を振りまき商いをしているのを見て、柳沢の死が報われていると思いながら店の前を通り過ぎたのである。

 兵庫等が駒形の家に着いたのは八つを少し回った頃だった。
その到着を大黒屋の印半纏を着た若い者が火を熾し、湯を沸かして待っていた。
直ぐに荷下ろしが始まったのだが、僅か大八三台の荷は幸と兵庫の指図で部屋や土間に運び込まれるのに、時を要さず終わってしまった。
 奉行遠山金四郎や大黒屋から届けられた角樽を開け、蕨から荷を引いてきてくれた者や大黒屋の若い者に振る舞い、祝儀を弾み帰したのは夕七つ前であった。
その後、兵庫と幸は着替えてから連れ立って、向こう三軒両隣に末永いお付き合いと縁起物の引越し蕎麦を配って回ったのだ。
信心深い江戸っ子が人殺しや、打ち壊しにあった縁起でもない家を買った兵庫と幸をどのように迎えてくれるのか、心配であったが、それは取り越し苦労のようであった。
どうやら花川戸の大黒屋又五郎から、兵庫らのことは聞かされていたようで、兵庫が挨拶に来るのを楽しみに待っていた様子さえ伺えたのだ。
ご近所へのあいさつ回りも終え、二人の新しい暮らしが始まる家に戻り、兵庫と幸は改めて家を見て回った。

 兵庫が買ったこの家は、大川に面した駒形町にあり、幅六間・奥行き十間ほどの土地に間口五間、奥行き五間半の二階建て瓦葺きの家である。
この辺りの町家にしては珍しく裏庭が付いているが、これは裏店(うらだな)があったところを店の増築のため口入屋の善三が買い取ったものである。
表はおおよそ東南を向いており、家の左手にある大戸をくぐると幅二間ほど土間があり、その土間の左端が羽目伝いに一間幅で奥まで続き裏庭に抜ける通り庭と呼ばれる造りになっていて、表と裏庭との行き来を容易にしていた。
また、家に入って右手を見ると道に沿った出格子の内側に廊下があり、その突き当りが二階に上がる階段になっていた。
ただ、建屋の南西側には二階は無く、そこには屋根の上に乗った物干し台があり、鉤型に曲がった二階には三つの部屋があった。

Posted on 2011/11/24 Thu. 05:00 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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