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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第十三話 怨念(その18)】 

 昼前に武州屋から兵庫が帰って来ると、表の板の間に若林平九郎が神妙に座り待っていた。
「平九郎殿。急用で出かけておりました。待たせたようですが用は何でしょうか」
向かい合った兵庫が尋ねた。
「先生、短い間では御座いましたがご指導有難うございました」
平九郎は手をつき、頭を深々と下げた。
「剣術の修業を止められるのですか」
「いいえ。私は桶町の千葉道場に参りたいと思います」
兵庫もあまりにも早く弟子に見放されたのには驚きを隠せなかったが
「そうですか。良い先生が見つかりましたね。よろしければ使っていた防具と竹刀をさし上げましょう」
「有難う御座います」

 平九郎が道具一式を担いで帰っていくのを見送る兵庫の耳に、奥座敷から幸の忍び笑いが聞こえてきた。
たった一人の弟子に出て行かれた兵庫が奥に行き、繕い物をしている幸を見ると、笑い声こそ出さないが顔が笑っていた。
「面白いですか」
「御免なさい。面白い噂が流れていましたので、つい・・」
「どのような噂ですか」
「井戸端での話ですけど、昨晩千葉定吉とかいうお武家が、元鳥越町であっという間に賊三人を斬り倒したとかです」
「そうだったのですか。その噂を流させたのは、きっとお奉行の遠山様でしょう。これで私も狙われずに済みます」
「それにしても清次郎さんが斬られた話でやって来た平九郎さんが、清次郎さんを斬ったお侍が斬られた話で去って行ってしまいましたね」
幸のおどけた言い方に兵庫も頷き笑った。
「これで山倉屋五郎右衛門殿の怨みも去って行ったようです」
「この家の厄も払われた訳ですね」
兵庫の返事の変わりに腹が鳴って応えた。
「おやまあ、まだ鐘が鳴っていないのに・・・」
幸が立ち上がり台所へ行くのを炬燵に足を入れ寝そべった兵庫が眺めていた。

第十三話 怨念 完

Posted on 2011/12/16 Fri. 04:40 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十三話 怨念(その17)】 

 一夜明け朝飯を食った兵庫は刀箱から以前使っていた刀を取り出し腰に差し、その代わりに昨晩、血塗られてしまった刀を納めた。
その様子を、気持ち悪そうに見ている幸に
「刀を直しに日本橋の大和屋まで行ってまいります」
「早く帰ってきて下さいね」
兵庫は笑みを浮かべ頷くと家を出た。

 刀剣商大和屋に着いた兵庫は出てきた手代に
「鐘巻兵庫と申しますが喜平殿にお頼みしたいことがあり参りました」
手代は以前兵庫が来たことを覚えていたのか直ぐに喜平を呼び出してくれた。
奥から腰をかがめ出てきた喜平は兵庫と持っている刀箱を見て更に顔を緩めた。
「これは鐘巻様。わざわざ板橋からどのようなお宝をお持ち下さいましたか。さ~、お上がり下さい」
「申し送れました。先月、駒形に引越しを致しました。今後とも宜しくお願いします」
「左様でしたか。こちらこそお願いいたします。さ~、お上がりください」
「済みませんが、奥のほうでお願いしたいのですが」
「ようございます。どうぞこちらへ」
通された部屋で兵庫は単刀直入に話を始めた。
「昨晩、故あって人を斬りました。お上には届け出ておりますのでご迷惑はお掛けいたしません。持参しました、この刀の砥ぎと拵えを直して欲しいのです」
「左様で御座いますか。拝見させて頂いてもよろしいでしょうか」
兵庫が脇においてあった刀箱を喜平の前へ押し出した。
 喜平はゆっくりと蓋を開け、刀の柄が血で洗われ黒ずんでいるのを見て口をゆがめた
「鐘巻様が来られる時はいつも驚かされますな。柄は作り直しになりますがよろしいでしょうか」
「結構です。ただ、私の名は伏せてお願いします」
「武勇伝はお嫌いですか」
「はい、無用の争いを呼びますので」
 喜平は兵庫の言葉に頷きながら、刀箱から刀を取り出し恐る恐る鞘を抜き取った。
暫らく刀身を見ていた喜平がうなった。
「以前、これに似た刀を虎徹として売ったことがありましたが、清麿ですな」
「いや、源三で御座います」
「何ですか。げんぞうなどと言われる刀鍛冶は聞いたことがありません」
「どうぞ改めて下さい」
始めは手が汚れるのを嫌がる様子を見せていた喜平だったが一旦刀を鞘に納めると、目釘を抜き、柄を外した。
中子を濡らした血が刻まれた源三の二文字を埋めているのを見た喜平が頷いた。
「間違いありません。この刀は清麿。四ツ谷の源清麿です。源の刻み方がそっくりです」
「そう言えば源三さんは板橋から四ツ谷に移ったと武州屋惣衛門殿が申していましたが話が合いますね」
「それにしてもお若いのによく手に入れられましたな」
「おそらくは清麿殿が身体をこわし、板橋で養生をなされていた時にたまたま打たれたもので安かったのです。おかげで脇差も源三です」
「分りました。面白い話を聞かせてもらいました。このお刀お預かり致します」

Posted on 2011/12/15 Thu. 05:02 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十三話 怨念(その16)】 

 物陰で勝負の顛末を伺っていたのであろう、晴四郎が姿を現し、恐る恐る歩み寄ってきた。
「お怪我は?」
「清次郎殿の仇は取れたと、五郎右衛門殿に知らせて下さい。それと役人を呼んで下さい」
「それには及びません」
兵庫の後方の物陰から声がし、姿を見せた。
岡っ引きの勇三だった。
「押上から三人の後をつけてきたら、この辺りに潜んだので何かあるなと見張っていたら、この始末でした」
「もう直ぐ、久坂の旦那もやってきますので、いま暫らく待って下せえ」
勇三の言葉通り待つというほどのことも無く、定廻り同心の久坂がやってきて二つの骸(むくろ)を検視し、更に兵庫の足元に転がっている浪人を見、
「こいつ、額にすごい瘤だ、棟打ちかね、だが息をしていねえ」
と言い、立ち上がると兵庫を見た。
「噂には聞いていたが、一度に三人も相手にするとはすごい腕だね」
「刀を抜いたのは相手が先ですから」
「ところで、どうしてこんな所を歩いてるんだね」
「夕方、山倉屋に呼ばれ見舞った帰りです」
 そこへ、晴四郎が戻ってきて、兵庫の前に立つ同心に頭を下げた。
「鐘巻様、只今主人五郎右衛門が身罷(みまか)りました」
「そうでしたか。ここが済みましたら線香をあげさせてもらいに参ります」
「勇三、お前の見たことと、鐘巻さんの言っていることに齟齬(そご)はないか」
「へい、三人が待ち伏せしていて襲ったことは間違いありません。どう三人を倒したのかはよく分かりませんでした」
「そうかい。鐘巻さん、山倉屋へ行ってやってくれ」

 兵庫は再び山倉屋の本宅に入った。
五郎右衛門は兵庫が三人を討ち取った話を聞かされると、気力が萎えたのか息を引き取ったとのことであった。
安らかな死に顔を見せている五郎右衛門に、袖口から血油を拭(ぬぐ)い取った手ぬぐいを出し、五郎右衛門に握らせた。
「これを持って閻魔の裁きを受けて下さい」
兵庫を死地に追い込んだ五郎右衛門へ線香をあげ、幸が待つ駒形の家に戻ったのは夜五つ半を回ったころだった。

 座敷で兵庫の汗の浸み込んだ道着に刺し針を通していた幸は、表の戸を叩く音に手燭を持って出て行った。
戸の音は以前、蕨の幸の店に兵庫が無事戻ってきた時と同じ音だった。
裸足のまま土間に下り、戸を開け兵庫を迎え入れた。
「全てが終わりましたよ」
幸は兵庫の無事の姿を見て、笑みを浮かべ涙を流した。

Posted on 2011/12/14 Wed. 05:22 [edit]

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【鐘巻兵庫 第十三話 怨念(その15)】 

「なぜ、その様なことをなされたのですか」
「以前、ここに居た浪人二人を本所の新辻橋で斬ったのが鐘巻様であることを知っています。金さえ使えば役人の口を開けるのは容易なことなのです。あの二人は今夜の三人より腕がたったのです。鐘巻様なら三人を斬っていただけると思ったからです。鐘巻様の身に刃が向けられれば、三人を斬った申し訳がたつと、以前おっしゃいましたよね」
「私が斬られたら如何致しますか」
「奉行所に名乗り出ますよ。それであの三人と刺し違えられますから。でも勝って下さい」
死期が迫った五郎右衛門の最後の賭けと言うべきであろうか、清次郎の仇の三人に金を使い兵庫に挑ませたのだ。
兵庫は五郎右衛門の手段を選ばぬやり方に測り知れない怨みの深さを感じさせられた。

 今更、文句を言っても始まらなかった。
寝込みを襲われるよりは良かったと思うと、兵庫は立ち上がった。
「五郎右衛門殿、後のことは頼みます」
無言の五郎右衛門に背を向け兵庫は寝間を出た。
「旦那、何か出来ることは御座いますか」
晴四郎が申し訳なさそうに玄関を出て行く兵庫に言った。
「草鞋があれば頂きたい三途の川への旅に履きたいので」

 兵庫は草履を新しい草鞋に履き替え、屋敷の門を出ると、蔵前の通りに向かって歩き始めた。
前方には十四日の丸い月が空に昇っていた。
門から五間も歩かぬうちに、後ろから草履を引きずる音が聞こえ始めた。
挟まれるなと思ったが、そのまま歩いて行くと道の両側の路地に影が見えた。
兵庫は懐の石を掴みその影との間を詰め四間ほどになり、相手が抜刀した時、振り返りながら後ろから近づいてきた者に石を投じ、その男に向かって駆けた。
石が何処かに当たったのか男の歩は止まり、抜き放った刀を振り上げていた。
しかし、その姿のまま兵庫の源三・二尺二寸五分の抜き打ちに胴を払われていた。
後ろから迫る二人の足音に兵庫は振り返らず逃げ、再び山倉屋の門まで戻ると止まり、二つ目の石を投じた。
堕落した浪人が兵庫の逃げ足に追いつけず間が開いた所で余裕を持って投げた石は先頭を駆ける浪人を激しく打ち、前へのめらした。
後から駆け迫る浪人に対し、上段に構えて待つ兵庫の刀が振り下ろされると刀が手を離れ飛んでいった。
胸を突き抜かれた浪人が
「ばかな・・」
の声を残し惰性でのめり倒れ、突き刺さった刀の柄頭を地に当て鍔元深くまで突き通してしまった。
兵庫は素早く歩み寄り、柄まで血を吸った刀を引き抜くと血振りをし、手ぬぐいで血脂を拭き取り鞘に納めた。
兵庫にとって大事な己の刀を投じる秘剣‘目釘外し’を真に開眼させた戦いであった。

Posted on 2011/12/13 Tue. 05:16 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十三話 怨念(その14)】 

 その後、兵庫は平九郎への剣術指南、幸は三味線・踊りの稽古をつける日を送った。
その間晴四郎は札差山倉屋の妾だった‘おえん’の住む寮を見張っていた。
三人の浪人が出払ったのを見届けると、おえんに近づき金を渡した。
「なんですか、晴四郎さん」
「いや、少しばかり姉さんに頼みがあるんで、来たんですよ」
「頼みってなんだい」
「実は言いにくいんですが、中川か濱多のどちらかを姉さんの色仕掛けで誘って貰いたいんです」
「何のためそんなことを」
「姉さんは外での出来事は分からんのでしょうが、実はあの三人は若旦那の清次郎さんを斬った野郎なんです」
「そんなことがあったのかい。近くで人が斬られたとは聞いて居ましたが清次郎さんだったんですか」
「姉さんも、あんな野郎といつまでも一緒に居てはろくなことは御座いません。出て行けといっても素直に出て行くとも思えませんので、三人を仲違いさせ、この寮から一人でも追い出せれば、金を使って仇も取りやすいんです」
「分かったよ、やってみますよ」

 しかし、この手はうまくいかなかった。
中川とおえんが閨(ねや)に居るところへ、戻るはずも無い宇野が晴四郎の策略で戻ってきたのだ。
中川は驚き刀を掴んだのだが、宇野が
「そろそろ‘おえん’に飽きてきたところだ。‘おえん’はお主にくれてやる」
と言い、喧嘩も起こらず、‘おえん’は面子を潰されただけに終わったのだ。

 師走の十四日の夕方、兵庫は山倉屋に呼ばれた。
「主人、五郎右衛門の容態が思わしくなく、少しでも元気な内に暇乞(いとまご)いをしたい」
との使いの口上であった。
兵庫はそのこと自体を疑うことはなかったのだが、夜間の外出は出来れば控えたかった。
そのことが、兵庫に用心させることになった。
「何ですか。その様な物を着込んで・・」
「杞憂(きゆう)でしょうが、何ごとも用心です」
着物の内側に鎖帷子を着込み、板橋の道場から持ち帰った石を二つ懐に入れ兵庫は出かけた。

 山倉屋は口上通り容態が悪かった。
枕元には二人の男が座っていて、兵庫に挨拶をした
「倅の清太郎でございます」
「私は潔(きよし)と申します」
二人の倅が手を貸し、山倉屋を起こすと
「夜分、無理を言って申し訳ありませんでした。医者も先は長くないと申しておりましたので、逝く前にもう一度お会いしたくて」
「清次郎殿のことではなんの力にもなれず、申し訳なく思っています」
「そのことですが、鐘巻様には申し訳ないのですが、この屋敷から出た後、お気を付け下さい。あの三人が何処かで待っていますので」

Posted on 2011/12/12 Mon. 05:11 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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