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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第十四話 夜とんび(その12)】 

「ここにこうして居られるのも皆さんのお陰ですからね」
「そうだ、忘れる前に渡しておかぬと、およしに叱られる」
岡部は懐から財布を出し、二両を兵庫の前に置いた
「少ないが、わしらも所帯を持つと入用があって、これで勘弁してくれ」
「岡部さん、これは頂いておきますが、もうお金は要りません」
「どうしてだ」
「なんとか、暮らしの目処が立ちましたので」
「そうか、そんなに金が有るようには見えぬが」
さっき見たばかりの部屋を見回して言った。
茶を入れてきた幸が
「心配しないで下さい。無いようでも、ほら、あそこに一斗の御餅だってありますから」
「餅か、ご新造さん、昼は餅を焼いて下さい」
「岡部さん、その前にもう少し腹を空かせませんか」
「やるか!」
「はい。その一張羅(いっちょうら)は脱いで下さい。泥まみれになりますから」

 兵庫の道着を借り、新しい防具をつけ、草鞋を履いた岡部と地天流道場主鐘巻兵庫が裏庭で向かい合った。
「やぁ~」
兵庫の気合いが裏庭から、裏店に響いき、それに呼応するように岡部も
「とぅぉ~」
その後は、竹刀が打ち合わされる音、気合いが入り乱れ、地天流道場が初めてといってよい活気で満たされた。
互角の打ち合いが続き、なかなか満足した一本が互いに取れなかった。
しかし、一瞬だが岡部に隙が出来た。
兵庫の面が決まった。
「まいった」
「どうしたのですか。岡部さんらしくもない」
「日が目に入った」
「岡部さん、今日は曇りだと言ったばかりではないですか」
「いや、お主に後光が射している」
兵庫が振り返ると、何時着たのか座敷に志津が怪我をした卯之吉と座って見ていた。

 稽古を終わらせ手足を洗い、兵庫と岡部が部屋に入り、座ると卯之吉が
「鐘巻様、お蔭様で傷も癒えました。遅くなりましたがご挨拶に参りました」
「いや、助けたのは私ではありません。志津殿の金切り声でした」
「まぁ~。そんな大きな声を出しましたか」
「幸に叱られるときより、すごかったです」
兵庫の返事で座が和んだ。
「おい、紹介しろ」
岡部が兵庫を突いた。
「こちらは、旦那様のお母様が、旦那様のお嫁さんにと思われた、志津様ですよ」
幸が兵庫に代わって応えた。
「あら、そうだったのですか。夜鳶の名を頂き、お客を攫っていた私としたことが、大切な旦那様を攫われてしまったのですね」
志津が本心かどうか分からぬが残念そうに言った。
部屋が笑いに満たされ、話しが弾む中で兵庫の嘉永三年は過ぎて行った。

第十四話 夜とんび 完

Posted on 2011/12/28 Wed. 05:25 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十四話 夜とんび(その11)】 

 結局医者代と侘びということで、志津は松葉屋から二十五両と卯之吉の面倒を見るとの詫び証文を貰い、会所を出、中を見ることもなく吉原を引き上げた。
途中、見返り柳で兵庫が振り返ったのを、幸と志津は笑って見ていた。
 志津は待乳山で舟を仕立て、供の者と帰って行った。
家に戻った兵庫は、遅くなった昼飯を作る幸が見えるように襖を開け、炬燵にもぐり込んだ。
「何故、お昼を一緒に食べなかったのですか」
幸が聞いた。
「私は鰌(どじょう)屋しか知りませんから」
「どじょうですか、嫌われたくなかったのですね」
「はい・・おそらく」
「何故、もっと話さなかったのですか」
「話して、聞いても志津殿の昔を、私には変えることは出来ませんし・・」
「嫌われたくなかったからですね」
「はい、おそらく」
「なぜ、お嫁さんにしなかったのですか」
「私に似合うと思いますか」
「私は似合うのですか」
「はい、おそらく」
「おそらく・・ですか」
「それでは私は、幸に似合いますか」
「わたしは鰌が好きです」
「それでは先ほど言った‘おそらく’は無しにします」

 明けて二十六日、兵庫が大あくびをしながら水を汲みに行くと、かかあ連中が
「旦那、よく精が出ますね」
「いえ、もう出ません」
大あくびをしながら水を汲む兵庫を見て、今日も裏店の朝は笑い声で始まった。
 そしてそれ以後、兵庫を走らせるようなことは起こらず嘉永三年が暮れる大晦日がやってきた。
その日朝四つに、表の戸を開けて珍客が訪れた。
大声で
「兵庫、俺だ~」
居間で炬燵に入っていた兵庫はその声に飛び出し表に出ると、懐かしい岡部の顔が笑っていた。
「どうぞ、上がって下さい」
岡部が埃を払い、草鞋を脱いでいる所に幸が桶に湯を入れ、手ぬぐいを添え床に置き、
「よく、いらっしゃいました」
岡部は、幸の腹を見ながら
「少し、出てきたようですね」
幸が恥ずかしそうに奥へ行くと、
「良い家だな。少し見せてもらうぞ」
上がると、二階への階段を上り、各部屋とそこからの見晴らしを見て、下に下り、奥の部屋へと行き
「兵庫、道場は何処にあるのだ」
兵庫は笑って、
「岡部さん、道場名を見ませんでしたか」
「地天流、墨西館と書いてあったぞ」
「それでは道場をお見せします」
兵庫は居間の障子を開け、裏庭を見せた。
「道場です」
「お~~・・まさに地天流。曇っているから今日は地雲流だな」
「道場と言えば、佐々木さんの方はどうなっていますか」
「地固めを始めたから桜の頃には出来ると思うが」
「それは、良かったです」
「兵庫がだいぶ稼いでくれたと喜んでいたぞ」

Posted on 2011/12/27 Tue. 05:11 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十四話 夜とんび(その10)】 

 先頭に兵庫、その後に幸と志津が並び、志津の供の者が従って歩いた。
途中、駒形では
「あの、乾物屋の隣で地天流の看板を掛けているのが鐘巻様のお家ですね」
「はい、たった一人の弟子にも逃げられちゃいましたけどね」
幸の返事に
「うっう~ん」
兵庫が喉を詰まらせ
「千葉道場の定吉先生に攫(さら)われました」
「私、小太刀でも習いましょうか」
志津が本気でそう思ったかは定かではないが
「お断りします」
これは幸の本気であった。
「じゃ~、三味線を習いに」
「それも、だめです。私より器量の良い方はお断りします」
兵庫と供の者が堪(こら)えきれずに笑っても二人の話は尽きなかった。

 花川戸の大黒屋では、美しい志津が道太郎や船頭に礼を言うのを、店の若い者が羨ましそうに眺めていた。
花川戸を過ぎ、待乳山下から山谷堀沿いの日本堤を進んで行った。
もっとも、この辺りまでくると、志津の供の者が先頭で案内をし、兵庫は殿(しんがり)を歩いていた。
土手を吉原に向かう男たちの視線が集まるのは志津にとっては気にならないのだが、幸は恐怖を覚えたのか兵庫の脇まで来て歩いた。

 大門までくると、志津こと若菜が来ることが分かっていたのか、会所前に居た男がいち早く志津を見てやって来た。
「若菜さん、お待ちしていました。会所へどうぞ」
「こちらのお武家様の奥様も一緒ですが構いませんね」
「はい、会所まででしたら」
志津を先頭に四人が会所に入った。
「四郎兵衛さん。ひどいじゃありませんか」
志津の第一声であった。
「申し訳ないことをしました。まさか怪我をさせるとは思っても居ませんでした」
「こちらのお武家様が来られなかったら、怪我ですまずに死んでいましたよ」
困った四郎兵衛が
「松葉屋さん。謝ってください」
「若菜さん。申し訳ありませんでした。償いは如何様にもしますので許して下さい」
「分かりました。私もこれからは舟を出すのは止めますから、怪我をした卯之吉の面倒は御願いしますよ」
「穏やかに納めて貰いお礼を言いますよ。お武家様、お世話をお掛けしたお詫びと申しては何ですが、上がられるのでしたら揚げ代ほか係りを全て持ちますから、遊んでいって下さい」
「そうですか」
兵庫は素直に応えた
「駄目です」
誘いに、いともたやすく乗った兵庫だが、幸が兵庫の袖を引いた。
「ご新造さまでしたか。これは失礼しました」
「やはり、付いてきて良かったです」
吉原に女房を連れてくる男は居ない。
笑いが会所内に起こった。

Posted on 2011/12/26 Mon. 05:16 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十四話 夜とんび(その9)】 

「幸、どうしますか。中で使いましょうか」
「中へ行かれるのですか。若菜さんの一件で?・・」
「はい、そのつもりです」
「それで、お二人で来られたのが分かりました」
清太郎が顔を緩ませ言った。
「はい、心配ですから」
幸が応えた。
「御気持ちはよ~く分かりますよ。心配は無いのでしょうが間違いは誰でもしますからな」
「はい、間違いは一度だけで十分ですから」
「何を話すのですか。あれは間違いだったのですか」
あれとは、兵庫が始めて蕨宿の幸の家に泊まった夜、幸により男にされたことを言ったのだ。 
「言葉の綾です。間違いになるか否かは微妙ですからね」
「まあまあ、その話しは後ほどごゆっくりして下さい。それより怪我をされた卯之吉さんの話では松葉屋の牛太郎に竹やりで刺されたと申して居りました」
「そうでしたか。卯之吉さんは今何処に?」
「元鳥越町の屋敷で養生させております」

 そこへ、若い者を伴い駕籠でやってきたのが志津だった。
当然のことだが、兵庫に寄り添うように立つ幸と志津の目が会い、見えない火花が飛び散った。
「昨晩はお助けいただき、お礼も出来ぬまま立ち去り失礼致しました」
「とんだ災難でした。卯之吉さんの傷も大したことにはならないと医者が申しておりましたので、いま暫らくこちらで養生させてあげて下さい」
「有難う御座います。御迷惑をお掛けした当座の費用です」
志津が袱紗に包まれた重いものを山倉屋の前に差し出した。
「これはこれは、参りました。鐘巻様のお知り合いは金離れが良すぎます。卯之吉さんの治療には抱え医者を使いましたので一文も掛かってはおりませんので、これはお受け取り出来ません」
志津は押し返された袱紗を仕舞い
「それでは行かねばならない所が在りますので・・」
たたみに額をつけるほどに頭を下げると、幸を見ながら立ち上がった
「志津様、中でしたらこれから私どもも行きますが・・」
幸と志津の目が合い再び見えない火花が飛んだ。
「奥様ですか。旦那様を信用できないのですか」
「はい」
志津の挑発とも聞こえる言葉に、幸がさらりと応えたので、志津の顔が緩んだ。
「女ですものね。当然ですね」
志津の言葉に幸の顔も緩み、
「特に、この人はね」
「分かります、分かります」
別に兵庫が女にだらしが無い分けではないのだが、兵庫を放って置けないと思う女が近づくことを、幸と志津の過去が感じさせたのだ。
お互いに同じ匂いを嗅いてきた二人は直ぐに打ち解けたようだった。

 山倉屋を出る時、新しい上物の下げ緒を渡された兵庫は、くり型に通すと兵庫好みの一束に結び、着流しから出た鞘に掛け垂らした。
「なかなか、粋で御座いますよ。行ってらっしゃいませ」
山倉屋の言葉を後に吉原に向かって歩き始めた

Posted on 2011/12/25 Sun. 05:26 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十四話 夜とんび(その8)】 

 兵庫は朝飯を食いながら、
「あの切餅一つ出しておいて下さい。医者代に使いますから」
「そんな大怪我でしたか」
「怪我は然程ではないのですが、血が出ましたから、暫らく養生が必要でしょう」
「それにしても二十五両は高いのではありませんか」
「札差が呼んだ駕籠医者で往診ですから・・」
「なんでそんな高いお医者を使ったのですか」
「いっときを急ぐ怪我人でしたからですよ。のんびり来られては困りますからね」
「それもそうね。でも、どうしてそんな大怪我をしたのかしら」
「よく分からないのですが、怪我をした船頭が志津殿に中の牛太郎とか言っていました」
幸が箸を置いて、兵庫を睨んだ。
「何ですか。そんな怖い顔をして」
「まったく、唐(とう)変(へん)木(ぼく)なんだから。牛太郎に狙われた志津さんとかいうとびっきりの方に聞いて下さい」
「そう言えば、山倉屋の晴四郎さんが志津殿ことを“有名な若菜”さんではないかと・・」
「あ~・・それは・・」
「何ですか。教えて下さい」
「旦那様は以前、染吉姉さんに“君は今、戸田のあたりか・・”と高尾太夫の歌をもじって言ったと聞いていますよ」
「はい、有名な話ですから知っていました」
「お絹さんが染吉さんで、志津さんが若菜さんです。中は吉原。牛太郎は・・・・」
「分かりました」
「ほんとかしら」
「はい、今日は吉原に行ってきます」
「駄目です」
「どうしてですか」
「・・・私は唐変木のままの旦那様でいて欲しいのです」
「しかし、怪我をさせた者に謝らせないといけませんから」
「それでしたら、私もついていきます」
「吉原は男しか入れないのでは」
「箱根の関所と同じです。女手形を貰えばいいのですから」

 兵庫は幸から切餅一つ(二十五両)を出してもらうと、幸を伴い札差の山倉屋へ行った。
暫らくして、座敷で待たされていた二人の前に、以前山倉屋の本宅で会った清太郎が出てきた
「山倉屋清太郎でございます。先代が賜りました御恩には感謝しております」
兵庫はこの挨拶で山倉屋の跡を継いだのが清太郎と知らされた。
「それより、急ぐあまりに怪我人を預けたままで申し訳ありませんでした。これは取り敢えずの費用です」
兵庫が懐から二十五両出し、清太郎の前に置いた。
「これはお受け取りで来ません。先代の遺言でございますので」
兵庫はため息を付いた。
札差は一度言ったら、容易にその言を変えないことを何度も知らされたからだった。

Posted on 2011/12/24 Sat. 05:23 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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