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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第十五話 はやり風邪(その11)】 

 入船の船着場に猪牙舟が着くと、出向かえた若い者に
「この方が、酔ったのか、あの屋形船から川に落ちました」
男が屋形船の船頭・卯之吉を見ると
「頼む、お客人だ。面倒見てやってくれ」

 若い者に担がれ、入船に戻った鎌太郎は少しばかりの水を吐かされて意識を取り戻した。
服を脱がされ風呂に入れられ、人心地がつき船宿で出された着物を着て皆が話している部屋に現われた。
兵庫は笑いながら
「酔われて、屋形船の鴨居に額をぶつけられたようですね。こちらの方の悲鳴で舟を寄せ、釣竿で川の中を探ったら御仁が釣れましたよ」
「いや、助けていただきお礼の申しようもない」
鎌太郎は額の腫れ上がった瘤を撫でていた。
「今晩は泊まっていかれたら如何ですか」
「そういうわけにも行かぬ。女将、駕籠を頼む」
そうですか、それでは濡れたものは乾かし後ほどお届けします
「すまぬ、そうしてくれ」
鎌太郎は醜態を長く曝したくなかったのであろう、駕籠に乗り寒空の道を帰って行った。
「女将さん、済みませんでした。後で何も無ければ良いのですが」
「心配無用ですよ。門限破りした客から表立った文句が来た先例(ためし)は聞いたことないからね」

 駕籠を見送って、再び部屋に戻ると
「志津殿、あまり無茶しないで下さい。誰も喜びませんよ」
「あら、お志津さん、こちらの方とやはりお知り合いだったのですね」
「はい、あの鐘巻様です」
「なるほどね。このお方が・・じゃ~、私はじゃまですね」
女将は気をきかしたのだろう、部屋から出て行ってしまった。
 
 座りなおした兵庫の前に志津も座った。
兵庫は今日のことで鎌太郎が二度と志津の前に姿を見せることは無くなるだろうと思っていた。
これで志津が抱く恨みに近いものが消えるわけではないが、昔のことを忘れ去って欲しいと思い、力なく目を伏せている志津を励まそうとした。
「志津殿、元気を出して下さい」
顔を上げた志津の目に、今度は兵庫が目を伏せた。
「お返しするものが御座います」
「何をですか」
お志津はにじる寄ると、兵庫が印地打ちした石を手渡しながら兵庫の胸に飛び込んでいった。
兵庫は渡された石に残る志津の温もり握り締め、何も出来ず志津が離れるのを、ただ待つだけだった。
 
 兵庫が自身番の駒蔵に借りた袖搦みを返し、駒形の家に戻ったのは夜五つ半頃だった。
迎えに出た幸に、
「私、良い匂いしますか」
「はい、しますよ。良かったですね」
「怒らないのですか」
「私が志津さんでも同じ事をしたと思いますから」
「それだったら、幸にするようにすればよかったのですね」
「それは、だめです」
「冗談です」
「冗談でもだめですよ。瓢箪から駒、冗談から・・なんてことも有りますからね」

 月が如月(きさらぎ)と替わって数日たった三日、稽古にやって来た健次郎が道着に着替えながら
「先生、姉上が‘鰻殿が風邪をこじらせ亡くなった’と申しておりました。何のことですか?」
「そうでしたか。今年のはやり風邪では、身体の弱い年寄りや子どもが大川沿いで亡くなっているそうですが鰻殿も亡くなりましたか。鰻は風邪には効かないのですかね。気をつけねばいけませんね」
「それで、毎日昼は深川鍋を出してくれるのですね」
「なるほどそうかもしれませんね。私は浅蜊が安いからだと思っていました」
「実は、私の家でも今朝は浅蜊でした」
「はやり風邪が治まっても浅蜊が出るようでしたら、懐が風邪を引いているからでしょうね」
兵庫は健次郎とどうでも良い話をしながら、鎌太郎の死を聞かされて、山中家と大野家の間で起きた刃傷沙汰に遅まきながら両成敗が叶ったと感じた。
 表の部屋から、三味線の音がしてきた。
防具をつけ終わった健次郎から
「先生、稽古御願いします」
「よし、こっちもやるか」
幸は裏庭で竹刀を打ち合う音が鳴り始めたのを聞くと顔をほころばせた。

第十五話 はやり風邪 完

Posted on 2012/01/08 Sun. 05:28 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十五話 はやり風邪(その10)】 

 鎌太郎は美人の志津の酌を拒むことなく受け続けかなり酔った
「姉(あね)さん。舟の用意が出来ました」
卯之吉の声だった。
ふらつく足取りで志津に従いながら、提灯の灯りが照らす船着場まで下りた鎌太郎は、若い者に手を取られ屋形舟に乗り込む志津に続き乗り込んだ。
「旦那、出てきましたぜ」
寒空の下、長いこと待たされていた太助が言った。
暗くなった川面に、ゆれる灯が川の中ほどへ向かって動き出した。
兵庫の乗った猪牙舟も屋形船を追うように進んだ。
屋形の中では鎌太郎が待たされ続けたこともあり志津に迫り始めた。
「大野様。暫らくお待ち下さい。言っておかねばならぬことが御座いますので」
「何を言いたいのだ。早く申せ」
「それでは、私は元伊勢亀山藩馬廻り役山中矢兵衛の娘志津で御座います」
口調は静かだが志津の冷たい目と話しに鎌太郎の緩んでいた顔が引き締まっていった。
「大野様に取りましては、私は仇の娘、私にとって大野様は片手落ちのお裁きで、のうのうと生きておられる方なのです」
「おのれ、いままで謀(たばか)っておったのか」
「私を呼び出されたのは大野様、大野様が来られたため忘れようとしていたことを思い出させたのです。もう一度忘れるためにお戻り願いとうございます」
「このまま戻れるか」
鎌太郎の語気が高くなり、聞き取れぬが声が外に流れ始めた。
流れに棹を差していた屋形船の船頭・卯之吉が棹を引き上げるのを見た兵庫が釣竿で水面を叩いた。
その音で卯之吉は並んで川を進んでいる猪牙舟に兵庫が乗っているのを見、安堵したのか棹を持つ手から力が抜ける様子を見せた。
屋形の中の影が大きく動き、漏れてくる声と悲鳴が高くなった。
兵庫は右手で懐の石を掴み、障子に映し出される影を見ながら印地打ちの機会が訪れるのを待って居た。
そして志津は迫る鎌太郎から外へ逃げようと、障子を開け放った。
兵庫は志津の背後からふらつきながら迫る鎌太郎を見ていた。
逃げ場の無い志津に鎌太郎が覆いかぶさろうとした時、兵庫の手が勢いよく振られた。
鈍い音がして中腰で迫っていた鎌太郎が志津を飛び越えるように川に落ちたのだ。
兵庫は川に落ちていく鎌太郎目がけて釣り竿を振った。
「釣れたぞ。大鰻が」
その声で、屋形船の中の志津が声の主を見た。
「鐘巻様」
己にも聞こえぬ声を発し、そして膝近くに落ちてきていた、兵庫のぬくもりのある石を拾い、袂に入れた。

 兵庫は糸が切れぬよう
「太助殿、もう少し近寄って下さい」
舟が水中の大鰻に近づき寝ていた釣り竿が立ってきた。
兵庫は棹を左手に、持ち込んだ袖搦みを右手で持つと、水中を探り始めた
「掛かった」
兵庫は水中に差し込んだ袖搦みをゆっくりと引き上げ始めた。
浮いてきた男を掴むと、袖搦みを外し、鎌太郎の襟首と帯を掴み、一気に引き上げた。
猪牙舟が大きく揺れた。
「太助殿、入船へ向かって下さい」
「何も助けなくともいいのに」
「そう楽をさせてはいけません。時には生きるほうが辛いものですからね」

Posted on 2012/01/07 Sat. 05:31 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十五話 はやり風邪(その9)】 

 一月の晦日の暮れ六つ前、兵庫は
「夜釣りに行ってきます」
幸はそれを聞いて、夫が志津のために何かをやりにいくことが分かったが、ただ頷くことしか出来なかった。
兵庫は厚い綿入れを着込むと、懐に石を一つ入れ、釣竿を持って出かけて行った。
途中自身番に寄り、番太の駒蔵に
「鐘巻兵庫です。すいませんが、今晩、袖搦(そでから)みを貸して頂けませんか」
番太は兵庫が南町与力の倅と知っていたが、役目柄か渋る素振りを見せた。
「迷惑はお掛けしません」
さらに兵庫が少しばかり掴ませると、それ以上は詮索することも無く貸してくれた。

 花川戸の大黒屋へ行くと、道太郎に
「猪牙舟御願いします」
「どこまで」
「入船の近くで釣りを」
道太郎は兵庫が持っている袖搦みを見て
「そいつで釣るんですかい」
兵庫はただ笑っていた。
「太助、鐘巻の旦那に付き合ってやってくれ。入船辺りで夜釣りだそうだ」
「へい、乗って下さい」
兵庫が乗るとは猪牙舟下流を目指し水面を滑り出した。

 春とは名ばかり、昼間は暖かさも感じられる風も日が暮れ始めると、お世辞にも暖かいとは言えない。
「旦那、餌無しで何を釣るんで」
「餌は既に撒いてあります」
「何か、気乗りのしない釣りのようですな」
「はい、鯛で鰻を釣る、外道釣りですから」
「鯛? あのお方ですか」
「はい、あのお方です」
「鰻は?」
「主持ちの侍です」
「訳ありなんですね」
「訳なくして、あれほどの方が一人で居ますか」
「もっともだ。で何処に止めますか」
「入船から屋形船が出てくると思うので四間ほど離れ並べて舟を漕いで下さい」
「四間も離れていては、飛び移れませんぜ」
「鰻にも鯛を釣る夢を少しぐらい見させてあげないと」
二人で暢気な話しをしている頃、入船の座敷では大野鎌太郎が志津の酌でよい気分になっていた。
だが、風邪を引いたのか
「風邪をおしてまで来られなくともよいのですよ」
「この機会を逃すと、国に戻る手配などで忙しくなり上屋敷に戻らねばならなくなる」
鎌太郎は入船と然程離れていない本所の中屋敷から来ていたのだ。
「次に江戸に来られるのは何時ですか」
「次にお供に加わるか否かは、今は分からん。だからこのように通ったのだ」
「お国にも、奥様以外に居られるのでしょ」
「お志津殿を見たら、それは物の数ではないわ」
「女子は物ではございませんよ」
「いや、口が滑った。それにしても舟の支度はまだ出来ぬのか」
「夜はなごうございますよ。それとも早くお屋敷に戻られたいのですか」
「いや、門番には十分与えてあるゆえ、遅くなっても構わぬ・・」
「おやおや、掟破りして出てこられたのですか」
「掟を破らせたのは誰じゃ・・」

Posted on 2012/01/06 Fri. 05:23 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十五話 はやり風邪(その8)】 

 田鶴は当時を思い出しながら、涙をうかべ
「あれは喧嘩です。お裁きが片手落ちなのは誰もが分かる筈なのに、山中の家だけが取り潰されたのです」
「どうして、そのようなご沙汰になったのですか」
「確かな話しではありませんが、大野様の親戚筋には御重役が居られるのです」
田鶴は山中家が伊勢亀山藩から追われた訳を志津に話し終えた。
「分かりました」

 二十一日、志津は亀山藩からの遊び客を迎えた。
志津の美貌には先日騒いだ侍たちも皆、見入ってしまった。
酒を飲む時、月・花・もみじ・雪などといろいろ肴はあるが、やはり生身の美人が居るだけで、酒がすすむものである。
志津はやってきた客、ひとりひとりに酒を注いで回った。
志津が一通り酒を注ぎ、上座に戻って来ると
「鎌太郎、やはり江戸は良いであろう。御主も桜の頃には国表へ帰らねばならぬ。今日は心行くまで飲んでおけよ」
上座に並んで座った、他の者とは身なりも違う二人の話しが志津の耳に入ってきた。
「こちら様は、鎌太郎様と言われるのですか。よい殿御振りで御座いますね。奥方様もさぞや国で首を長くしてお待ちでございましょう」

 何を考えたのか、志津は因縁の在る‘鎌太郎’の名を聞くと話しかけた。
それに気を良くしたのか
「どうだ、今宵・・」
「まぁ、お手の早いお方ですね。いけませんよ」
「鎌太郎の手の早いのは父(てて)御(ご)譲りだ、こんな女を泣かすやつより拙者ではどうだ」
「駄目でございます。一度や、二度では馴染みにも成れませんよ」
「そんなに度々、屋敷から出る屁理屈は付けられぬ」
「お武家様は御不自由で御座いますね」
そう、言い残すと志津は又、他の酔客へ回って行った。

 その日から、三日と開けずに通うものが居た。
大野鎌太郎を含む亀山藩の者たちだった。
それは志津が亀山藩の席には一度と言った母への言葉を反古にし、宴席に出たからでもあった。
ただ、安くはないのと、屋敷から出る屁理屈が付けられない者が抜け、来る人数は減っていった。
そして三度通ったのは鎌太郎一人だった。
「これで三度だ。今宵どうだ」
「今日はだめですが、三日後の晦日に来られれば舟遊びをしましょう」
これで満足したのか文句も言わず遊び帰って行った。

 次の日の昼八つ、志津が亀戸から駒形までやって来た。
志津は兵庫と、幸を前にして大野鎌太郎とのことを話して聞かせた。
「それで、志津殿は晦日に如何したいのですか」
「本心を言えば、殺したいのです。しかし、私には無理ですし弟にもさせられません」
「断わっておきますが、私にも出来ませんよ」
「旦那様、それは薄情と言うものではありませんか」
「御裁きが片手落ちなのは分かりますが、鎌太郎殿を殺すほどの罪が在るとは思えません」
「私がどうかしていました。人様の手を借りる話しではありませんでした。この話し健次郎にはしないで下さい」
そう言うと、志津は帰って行った。
「旦那様、どうするのですか」
「考えているところです」

Posted on 2012/01/05 Thu. 05:17 [edit]

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【鐘巻兵庫 第十五話 はやり風邪(その7)】 

 そして十日、志津の家族が亀戸へ引越しを済ませた。
志津は引越しを機会に働いていた船宿・入船の女将と話し、入船に取って大事な客が来る時だけ、店に出ることにした。
このことは馴染みの客にも知らされたため、客は前もって入船の女将に話し、志津が呼べるか、客が重ならないかを尋ねやってきたのだ。

 ある時、伊勢亀山藩の家来衆が入船に来て、騒ぎを起こし帰って行った。
「何処で聞いたのか評判の美人が居ないと文句を付けたのだ」
女将は、事情を話し、明後日の二十一日に来るときは志津を呼ぶことで納得させた。
入船からの使いが亀戸の志津の所を訪れ、そのことを話し帰った。
「母上様、如何致しましょうか」
母、田鶴は亀山藩と聞いて
「そのような席に出ては亡き夫に申し訳が出来ません」
「しかし、それではお世話になった入船が困るでしょう。一度だけ出るようにしますので、お許し下さい」
「夫が刃傷に及び罰を受けたのは仕方ないことです。しかし、元はといえば大野仙太夫様の理不尽な申し出と、その後の御振る舞いが夫に刀を抜かせたのです」
「母上、もうそのことを話して頂いても良いのではありませんか。私も大人なのですから」
田鶴が話しを始めた。
「あれは、お前が十五の時でした。上役である馬廻り組頭の大野様に呼ばれお屋敷に出かけたのです」
山中矢兵衛が出かけていくと、当主の仙太夫自らが出てきて
「よく参られた。さ、どうぞこちらへ」
通された部屋には酒の用意がされていた。
いぶかった矢兵衛が
 「大野様何用で御座いましょうか」
そのようなことは、飲みながら話そうと、手ずから銚子を取り、酒をすすめた。
仕方なく、杯を取り数献(すうこん)交わし、再度尋ねた。
「今日の、お呼びの趣お聞かせ下さい」
暫らく、言うのを控えていた仙太夫が
「お主の娘の志津をくれぬか」
「御嫡子鎌太郎殿にでしょうか」
返事を渋る仙太夫に
「この話し、お受けいたしかねますれば、失礼致します」
矢兵衛が話しを断わったのは、大野仙太夫の酒癖、女癖の評判が悪く配下の娘に手を出し、泣き寝入りさせていたのを知っていたからだった。

 このことがあって、暫らくすると妙な噂が矢兵衛や田鶴の耳に入るようになった
それは、矢兵衛が娘の美貌で殿様に取り入ろうとしているというものだった。
矢兵衛は噂の出所を親戚筋などに確かめていくと、大野家から出たものであることがわかった。
矢兵衛は登城すると、大野仙太夫に近づき
「思い知れ」と一言いうと
脇差を抜き仙太夫を刺し、さらに止めを刺し、己も喉を突いたのだった

Posted on 2012/01/04 Wed. 06:06 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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