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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第十六話 噂(その20)】 

 この後、兵庫は五人の手練と竹刀で立ち会ったが、誰も兵庫の早さに竹刀を打ち合わせることも出来ずに悉(ことごと)く打ち負かされてしまった。
この様子を上座で見続けていた今泉正成は、兵庫の剣技に感心させられながらも、若い藩士の不甲斐無さに、改めて兵庫を得がたい剣客として迎えようと思わざるを得なかった。

 中屋敷からの帰り、兵庫は木下と肩を並べて歩いた。
負けた木下が存外に明るいのだ。
「お主には一時とはいえ良い夢を見させてもらった。それに今日も三両も稼げた」
下手をすれば大怪我にもなりかねない勝負の値段が三両では割に合わないのだが、そんなことにはお構いなく喜ぶ木下の姿に、兵庫は木下を仕官させなかったことを内心、良かったと思った。

 木下との立会いから二日たった八日、兵庫の道場経営にとっての吉報がもたらされた。
津軽藩への月に三度ほどの出稽古で月三両の話が黒田に依って持ち込まれたのだ。
兵庫はこの話しを有難く受けることにした。
 数日たって、また入門者がやってきた。
それが川向こうの本所辺りから来る部屋住み者ばかりなのだ。
稽古を終え、二階から大川の流れと土手に咲き始めた桜を見ながら、津軽中屋敷内で起こったことが噂となって流れ始めたのだなと思った。
しかし、この噂を消すため、道場破りにわざと負けようとは思わなかった。
噂も桜が散る頃には消え、くちこみの実を結ぶのは僅かなのだからと思ったからだ。
それと名も知られていない地天流の目録を得ても、立身の役には立たず、そのうえ泥まみれになる道場では・・・
その時、思いが破られた。
「旦那様。お風呂の支度、御願いします」
階下から聞こえてきた幸の呼ぶ声で、我に帰った兵庫は、そうだ稽古日は必ず風呂を沸かそうと思いながら立ち上がり階段を下りていった。

第十六話 噂 完

Posted on 2012/01/28 Sat. 05:22 [edit]

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【鐘巻兵庫 第十六話 噂(その19)】 

 今泉は一つ咳(しわぶき)をすると
「此度の鐘巻兵庫殿、木下佐十郎殿の立会いについては、藩の剣術指南役を決めるため、お二方の技量を検分し指南役を任せるに足りるかを見届けるものである。なお勝負に情実が入らぬように木刀にて御願いする。また勝ちを得たる者は、その後当藩手練(てだれ)の者五人と竹刀勝負致し、全てに勝ちを得て貰わねばならぬ。なお鐘巻殿は先日当藩への仕官を固辞されたゆえ、勝ち残られた折には客分として迎えたい。ご異存は御座らぬか」
「御座らぬ」
「御座いません」
「勝負の検分は江戸詰め小野派一刀流剣術指南役蒲田助右衛門に任せる」
左手上座に控えていた鎌田と呼ばれた壮年を過ぎた武士が立ち、
「お二方、支度をなされ中へ進まれよ」
兵庫は下げ緒で襷を掛けると袴の股立ちを取り、総長三尺三寸程愛用の木刀を持ち道場へと進み出た。
木下も似た姿で有ったが手に持つ得物は、四尺はあろうか櫂型の真新しい木刀であった。
それを見た、蒲田助右衛門
「鐘巻殿、よろしゅう御座るか」
と暗に木下の長すぎる木刀を咎めるかのように聞いてきた。
「些かも構い申しません」
兵庫と木下は検分役の鎌田を挟むように四間離れて立つと、蒲田が
「はじめ」
の声を掛け、身を壁際へ引いていった。
兵庫はゆっくりと正眼に構え木下との間合いを詰めて行った。
先日の駒形での手合わせで木下の間合いは分かっていた。
その時、木下が持った竹刀は三尺八寸、今持つ木刀は四尺程。
二寸違うがその二寸を木下が有効に使えるとは思っていなかった。
兵庫は己の間合いに入る直前に正眼から上段へ素早く構を変えると、木下も遅れて正眼の切っ先をゆっくり上げ始めた。
木下の剣先が兵庫の頭を越えた時、無言だった道場に兵庫の気合いが飛び、床を踏み鳴らす音がして兵庫の体が木下目がけて飛んでいた。
兵庫の足は早い。
予期せぬ速さで迫る兵庫を打とうと、木下は木刀を上げるのを止め振り下ろした。
「がつっ」
「うっ・・」
兵庫の振り下ろした木刀が、木下の櫂型木刀の切り口を見せる先端を激しく叩いたのだ。
木刀を持つ手の締りが利いていない時点で、出る杭は打たれるの喩えではないが、杭のように先を打たれた木刀は、木下の手を痺(しび)れさせながら手の中をすべり柄頭が木下の鳩尾に打ち込まれたのだ。
木刀を落とし、蹲(うずくま)る木下の頭上に兵庫の木刀が振り下ろされ、止まった。
「それまで」
蒲田の声が道場に響き渡った。
兵庫は一礼し下がり、木下が立つのを待った。
己が持つ木刀で己の鳩尾を突くなど思っても居なかった木下は立ち上がると
「参りました」
「有難う御座いました」
二人が挨拶を交わし立会いは終わった。

Posted on 2012/01/27 Fri. 05:33 [edit]

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【鐘巻兵庫 第十六話 噂(その18)】 

 次の日の昼八つ半、稽古が終わり竹刀の音が消えた道場に、津軽藩の中間が黒田からの書状を持ってやって来た。
兵庫はその場で読み、小遣い銭を渡しながら
「お受けいたしますとお伝え下さい」
「分かりました。当日はお迎えに参ります」
中間が帰えると幸が表に出てきて、
「どのような御用でしたか」
兵庫は受け取った書状を見ながら
「六日の昼七つ、三つ目橋北の中屋敷で木下殿との立会いをして欲しいという、断われない願い文です」
「今度はお屋敷内の出来事になりますから、勝っても負けても噂になりませんね」
「鯛も鰹も毎日では飽きます。同じような噂では流れても直ぐに消えますよ」
「あら、今晩は朝の残り物、それも・・・」
「幸の、深川鍋は飽きが来ませんから、大盛りにして下さい」
「はい、まだ春です。秋(飽き)が来る頃にはサンマをお出ししますよ」
「上手いことを言いますね。でもその頃には子が生まれて居ますから、私の腹のことなど面倒見て貰えるとは思っていませんよ」
二人は木下との立会いなど忘れ、話しを続けた。

 五日、六日と、いつもと変わらぬようにやってきた門弟に稽古をつけ終えた兵庫は、羽織袴の身支度を済ませ迎えを待っていた。

 中間がやってきたのは先日と同じ八つ半ごろだった。
用意した木刀・竹刀を納めた袋荷を抱え、兵庫は中間の案内に従い、蔵前の大通りを南へ、浅草御門を通り両国橋へと陸路を歩いた。
長さ九十六間と称される両国橋からの眺めは良く、大川を上り下りする舟の多さに改めて気づかされた。
中間は橋を渡りきると右に折れ、竪川沿いを一つ目、二つ目と進み、三つ目通りの一本前の道を左に曲がった。
旗本、御家人の家並みを過ぎると一際大きな津軽越中守中屋敷があった。
門外より中間が声を掛けると、脇門が鈍い音をたて開けられた。
門をくぐり、若い武家の案内で一旦控えの間に通されたが、直ぐに呼び出され向かったのは立会場である屋敷内の道場であった。

 一礼して入ると、道場の左右の壁際に控えている武士の視線が兵庫に注がれた。
その中に、正面に向かって左の下座に既に木下佐十郎が来ていた。
兵庫は木下に一礼し、向かい合うように右手の下座に座った。
立会う者が揃い、暫らくすると上手(かみて)入り口より、先日駒形の道場に訪れた今泉正成を先頭に黒田を殿(しんがり)に五人の武士が入ってきた。
今泉が上座正面に座り、左右の上座に二人ずつ分かれて席に着いた。

Posted on 2012/01/26 Thu. 05:24 [edit]

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【鐘巻兵庫 第十六話 噂(その17)】 

 この木下佐十郎は先月、剣術指南役二百石の仕官を断わった兵庫と立ち会い、勝ったことをいたる所で吹聴していたのだ。
本人だけが言うのなら、その信憑性を疑うものも居たであろうが、勝負を見たものから流れた噂もあり、長屋の連中も先生と呼ぶようになっていた。
その先生、兵庫からせしめた一両の金は五日ほども仕事をせずに、ほらを吹きながら飲み食いしていたら無くなり、付けまでこしらえてしまった。
水腹を抱えた木下が、隣のかみさんに言われるままに近くの口入屋・半五郎の店へ行き仕事を頼んだ。
「旦那、その日の仕事はお天道様が上がる前から始まるもんですよ。こんなに日が高くなってからきても分の良い仕事は御座いませんよ」
「そう申さず、わしの千石の腕を生かすような仕事はないか」
「何ですか。千石の腕とは」
「知らぬのか。お主勉強不足だぞ。このわしは先日駒形で五百石の声が掛かった鐘巻とか申す剣術使いを打ち負かしたのだぞ」
「五百石を打ち負かしたから千石でございますか。今どき剣術だけで千石もの禄を頂けると思っておられるのですか。そもそも五百石も二百石と私は聞いていますよ」
「千石はともかく、わしの腕はその二百石に勝っておるのだ」
「如何ですか、中間のお世話ならできますが。二両ですが」
「日に二両も貰えるのか」
「勘違いなされてはいけません。年二両です。それも一度には頂けませんが食べるのと寝る所は先様持ちです」
日に二両と勘違いし、一度は乗り気になったのだが年二両と聴いて
「中間は侍ではない。刀が差せぬのでは腕が泣くわ」
 仕方なく帳場格子の中で帳面を調べていた半五郎
「ありましたよ。ご自慢の腕を振るう仕事が、ただお手当ては2百文ですが、如何ですか」
「千石の腕が2百文とは、だが、この腕が使えるのなら止むを得まい。その仕事請けたぞ」
「それでは浅草稲荷町の唯(ゆい)念寺(ねんじ)に行って、薪割りを御願いします」
薪割りと聞いて渋い顔をした木下だったが、食わないわけにはいかないので、その仕事を引き受け、口入屋を出て行った。

 一方、黒田を見送った兵庫は、支度を終えた幸と連れ立って家を出、幸の歩に合わせながら、浅草寺へと向かった。
途中駒形堂下の船着場からは浅草寺への参詣客も加わり人の流れが多くなっていった。
幸は辺りにあまり目もくれず雷門、仁王門と抜けると、本堂左手にある淡島明神に詣でた。
安産祈願のためであった。
お目当てのお参りを済ませると、
「次は旦那様、閻魔堂にお参りしますか」
「苛めないで下さい。嘘が下手なのが分かりましたから」
「それで、どうなるのでしょうか」
「木下殿が再度立会いを受け入れてくれるかどうかですが、成り行きに任せるしかありませんね」
兵庫と幸は、ようやく桜の花が咲き始めた浅草寺界隈を巡り駒形に戻り、二人だけの平穏な日を過ごした。

Posted on 2012/01/25 Wed. 05:29 [edit]

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【鐘巻兵庫 第十六話 噂(その16)】 

 幸は兵庫の手を感じながら、大戸の外を行き交う人を見ていた。
「旦那様。陽気も良さそうですね。今日は、お休みですから何処かへ行かれてはいかがですか」
そう云うと幸は、じっとしては居られない兵庫の返事を待って居た。
兵庫とすれば外に出たいのは山々だが、身重の幸一人を残して遊びには行けない。
兵庫の口が開いた。
「どうですか。近くの浅草寺さんへ行きませんか」
「はい」
兵庫の誘いに幸が一つ返事をして、台所へ戻ると兵庫の朝飯作りの追い込みにかかった。
この後、飯を食い、その片付け、そして幸がめかして出かける支度が整うまで、何もすることがない兵庫は裏庭に出て抜き身を振るっていた。
 そこへ表から訪ないを入れる声がかかった。
身繕いをしていた幸は出るに出られず、座敷の障子を開け外の兵庫に
「旦那様、お客様です」
兵庫は急いで帯を締めている幸を見て、
「分かりました。私が出ます」

 兵庫が表の部屋に行くと、土間に津軽家家臣の黒田数政が立っていた。
「黒田様、なんの御用でしょうか」
「鐘巻殿にお尋ねしたき儀があり罷り越しました」
「左様ですか、それではお上がり下さい」
「いや、お答えいただければよいのでこの場でお尋ね致す」
「それで、何を」
「実は、鐘巻殿が立会いで負けたという噂が流れておりますが、その真偽をお尋ねしたい」
「そのことでしたか。わざわざお越し頂いたのは何か御迷惑をお掛けしましたか」
「いや、まだだが。鐘巻殿を打ち負かす者がおるなら、その者を指南役にの声が出始めております。誠の武辺者であれば、鐘巻殿を推挙した我等のめがね違いだけで済みます」
 黒田の話を聞かされた兵庫、幸の「毒に中(あた)らないで下さい」の言葉が思い出された。
「申し訳ないことを致しました。じつは・・・」
兵庫は隠すことなく、わざと負けたことを話した。
「左様でしたか。拙者は鐘巻殿のお言葉信じますが、他の者たちが信じるとは限りません。信じさせるためには今一度立会いなされて、打ち負かすより他に手立ては御座いますまい」
「浅知恵とはいえ、相手の木下佐十郎殿にも御迷惑をお掛け致すことになりました」
  
 その木下佐十郎は浅草八名川町の源兵衛店に住む浪人だった。
兵庫が黒田と話していた時も、することも無く寝ていたのだが、表がかみさんたちの声で賑やかになったことで目覚め、空腹を満たすため土間に下り水を飲んだ。
表へ出ると、隣のかみさんから
「先生、なかなかお大名からお迎えが来ませんね」
「そのうち参る。それより何か食わせてもらえぬか。出世払い致すぞ」
「駄目だよ。それより口入屋に行って何か仕事貰わないと、お大名のお迎えが来る前に別のお迎えが来ちゃうよ」
「縁起でもないことを言うな」

Posted on 2012/01/24 Tue. 05:08 [edit]

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