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洗心湯屋

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【鐘巻兵庫 第十七話 食い詰め浪人(その11)】 

 兵庫が思ったように翌日は雨だった。
紋付袴に足駄履き姿に傘をさし、背中に竹刀と木刀を入れた袋を背負い、駒形から本所の津軽藩中屋敷まで歩いた。
多少早く家を出たこともあり、通された玄関脇の書院で待つことになったが、八つの鐘の音聞く前に黒田数政が部屋に入り、兵庫に一礼し、兵庫に横顔を見せ、入り口近くに座った。
「間も無く、今泉が参ります」
その一言以外に兵庫に話しかけることも無く、厳しい顔つきで前を見たままの姿であった。
「何か御座いましたか」
兵庫の問いかけに
「今泉が参ります」
兵庫は津軽藩への出稽古の話しが消えたことを察した。
黒田と二人で部屋に居たのはほんの僅かの間であったが、長く感じさせられていると、廊下に足音がして今泉正成が入ってきて上座に座った。
今泉は本題を切り出す前にこれまでの兵庫のことを褒め称えた。
笑み一つ浮かべない、褒め称えの後に話されたことは
「鐘巻殿、申し分けないことだが、藩内に談義があり鐘巻殿に教えを請う話しが無くなり申した。お聞き届け願いたい」
「分かりました。今泉様にはお心遣い頂き有難う御座いました。黒田様にもお世話をお掛けいたしました。それでは失礼致します」
あっけなく、兵庫が話を受け入れ帰ろうとするのを見て
「暫らく、これは些少だが」
今泉が用意してきたものを畳の上に置くと、黒田がそれを取り兵庫の前に置いた。
「未だ、一度も稽古を致しておりませんので、これは無用で御座います」
そう言うと兵庫は今泉に頭を下げた。
「済まなかった」
今泉は一言言残すと、頭を下げている兵庫を一瞥し部屋を出て行った。
黒田に従い、上がった玄関までいくと、兵庫は来た時と同じように竹刀と木刀の入った袋を背負い玄関を降りた。
雨が小止みに成っている中を、傘を差さずに黒田と門まで歩き、兵庫は脇の門を開けた。
「黒田様、浅草へお越しの節はお寄り下さい」
黒田は声を出すことはなかったが、それまでの厳しかった顔を少し緩めて兵庫に応えた。

 兵庫は帰りの道を歩きながら、父多門の言葉を思い出していた。
「津軽候は今、国表に居られる。二百石の新規召し抱えの話、藩侯抜きでは決められるものではないが、先代の浪費癖で傾いた藩財政をようやく立て直された藩侯が認めるとも思えん。中屋敷から出た話なら、その中に国の苦労を知らぬものが居るのだろうよ」
父は兵庫が仕官の話を断わったことを、少しも残念な顔を見せずに言ったのだ。
その時、兵庫は世の中の動きに疎かった己を知らされたのだが、今、出稽古の話まで無くなる現実を目(ま)の当たりにして、禄を持たない侍が侍として生きる困難さを改めて感じざるを得なかった。
 部屋住みと浪人の間を歩いている兵庫だが、部屋住みに戻る気はない。
かといって侍として仕官する気もないのである。
食えると思い始めた道場ではないのだが、ひょんなことから大名家への出稽古の口がかかり、当面は何とかなると思っていたのがあっけなく霧散してしまった。
暮らしの糧を女房となった幸の店から届けられるかもしれない二両ほどに戻ってしまった。
食い詰め浪人に一歩近づいた兵庫の気持ちを思ってか再び雨が降り始めた。
兵庫は天空を見上げ大きく一つため息を吐くと傘を広げ、妻・幸が待つ駒形へと足をはやめ帰っていった。

第十七話 食い詰め浪人 完

Posted on 2012/02/08 Wed. 05:31 [edit]

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【鐘巻兵庫 第十七話 食い詰め浪人(その10)】 

 八つを過ぎた頃、御用を早抜けしたのか中庭に小沢睦五郎が防具に竹刀を通し担いだ子ども二人を連れてやってきた。
元服前の十歳の龍之介と八歳の虎之助を入門させにやってきたのだ。
そして、兵庫が帰り支度を済ませ、佐々木夫妻、岡部夫妻、仲居のお福に別れを告げ、佐々木家の門を出、街道に向かって一町ほど歩いた時、本陣の加兵衛が子どもを連れて来るのとすれ違った。
ただ挨拶だけの言葉を交わしただけであったが、兵庫は入門させるために連れてきたのだろうと思った。
 当時の蕨宿内の戸数は五百、人口二千五百程度であるから、道場を開いても容易には暮らしが成り立たない。
そんなことは佐々木も宿場の者も分かっていた。
ただ、蕨宿は天領であり武家に留まらず、いざという時の為に百姓・町人の中にも武術を習うものが多くいた。
それは武を教える者への畏敬の念となり、道場を支えていく力になっていた。
兵庫は浪人佐々木平助が武士として暮らしていけると思った。

 兵庫が駒形の家に戻ったのは七つ半であった。
出迎えた幸が
「御帰りなさいませ」
「変わりはありませんでしたか」
「はい、先ほど津軽様のお使いの方が来られ、明日の昼八つに中屋敷まで参るようにとのことです」
「今日来て明日ですか。分かりました」
埃を払い部屋に上がった兵庫が脱いだ紋服を衣桁に掛けながら幸が
「蕨のほうは如何でしたか」と土産話を聞きたがった。
「皆さん変わりなく元気でした。店の方は‘たつみ’も‘はつね’も繁盛していました。それと立派な道場で地元の方々も盛り立ててくれそうな様子でした」
「お絹姉さんも安心したことでしょうね」
「一つ安心すれば、また新しい心配が出てくるものです」
「新しい心配事ですか」
「断骨流ですから、私の地天流より目立ちます」
「道場破りですか」
「はい、道場開きの日から5人も来ました」
「それは、良い道場開きになりましたね」
「分かりますか」
「はい、旦那様のお顔にそう書いてあります」
「また、顔を読まれましたか」
「はい、それでは私の顔を読んで下さい」
「・・・深川鍋でしょう」
「はい、もうすぐ出来ますから、水汲み御願いします」
「その顔は水汲みの顔だったのですか」
「はい、深川鍋は目でなく鼻で読んだのでしょ」
「はい、表から入ってきた時分かりました」

 兵庫は水瓶の蓋を開け少なくなった中の様子を見ると手桶を持って、勝手口から外に出た。
数日続いた晴れの日が終わる兆しを見せる空模様を眺め、呟いた。
「明日は雨か・・」

Posted on 2012/02/07 Tue. 05:32 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第十七話 食い詰め浪人(その9)】 

「悪事千里を走ると申すが、断骨流の名を知らしめてくれた五人の人柱に感謝せねばならぬな」
倉之助の言葉に本陣・問屋の岡田加兵衛が
「佐々木先生、如何でしょうか。私どもがお刀を全て買い取り、道場に刀掛と共に寄進させて頂けませんか」
「有難い話しですがお気持ちだけで結構です。刀を売った代金は宿場で迷惑を受けた者へお戻し願いたい。その為に、吹っ掛けた一人五両の稽古料ですから」
「そのお気持ちをあの五人に少しでも届けたいものですが、悪事と違いなかなか千里は走りませんな」
「今、拙者らのように禄を食めぬ侍が六十余州にどれほど居るのか知らぬが、刀を捨てられぬからといって‘切り取り強盗は武士の習い’と戦国の世の如き振る舞いなどせぬことだ。道場で竹刀を振るう、気ままな暮らしも捨てたものではないからの」
倉之助の気ままな道場暮らしを聞いて、脇本陣の新蔵が
「そういえば噂ですが、江戸では二百石剣術指南の口を断わられたお武家が居られたとか。気ままな暮らしは仕官に勝るのでしょうな」
「兵庫、お主の話しだ。少し語って聞かせてやれ」
「岡部さん、苛めないで下さい」
「鐘巻殿はお若いが、金で動かぬ人ですよ。食うのに困った拙者を連れて行ったのがなんと札差の家。その札差は拙者が修行をしたがっているのを知ると、路銀にと封の付いた小判をくれたよ。鐘巻殿を信頼しきっておった。十万石でも落とせぬ花魁がおるそうだが、いくら積んでも落とせぬ侍が居るとすればそれは鐘巻殿かもしれぬ」
「あまり私を、苛めたり、おだてたりしないで下さい。今日は佐々木道場のお祝いですから」
兵庫が話題を佐々木に戻したところで、佐々木が
「今日ここにお集まり頂いた方々には、これまで物心合わせて一方ならぬご支援を賜りましたこと、改めて御礼申し上げます。これからも変わらぬご教授、ご支援を賜りたく御願い致します」

 お開きとなった道場開き、蕨宿の客人を送り出した後、板橋宿から来た倉之助らも帰って行った。
兵庫と岡部、そして佐々木の三人は紋服から道着に着替えると、祭りの後の片づけをし、道場に上がった。
この日のために喜助が作り続けてきた防具、竹刀を使っての、道場初稽古が三人の負けぬけ稽古で始まった。
竹刀が打ち合わされる音、三人の気合いが道場の外へ漏れると、母屋で遅い昼を食べ始めたお絹、平尾の‘たつみ’を休みにして手伝いに来たおよし、‘はつね’の仲居お福らが箸を休め見ていた。

Posted on 2012/02/06 Mon. 05:31 [edit]

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【鐘巻兵庫 第十七話 食い詰め浪人(その8)】 

 たった今、腕前を見せつけられた坂崎、兵庫、岡部の三人が前に、後ろには怒りを露にした佐々木が居る。
ここにきってやっと諦めたのか頭分の浪人が大刀を鞘ごと抜き岡部に渡すと、五人は衆目の前で両刀を奪われてしまった。
刀を失った侍ほど惨めなものはない。
この浪人たちの悪さを知っていた宿場の者たちから罵声が飛んだ。
それでも居丈高な態度は崩さずに、入ってきた門の方へ歩き始めたとき、囲んでいた人垣が外から崩れた。
役人が刺股、六尺棒を手にした捕り手をつれて入ってきて五人を取り囲んだ。
捕り方を差配する役人が
「浦和代官所の小沢睦五郎である。大泉純太郎、松中半蔵、安倍伸介、冨久田安兵衛、麻生巳蔵、不埒を働きし訴えあるにより召し捕る。神妙に致せ」
その声が終わるやいなや、捕り手が寄ってたかった縄を掛けようとした。
それを避けようと大泉が捕り方の一人を殴りつけた。
怒った小沢が大泉の額を十手打つと、後は捕り方に殴る蹴るされ、元結も切れ獅子のように髪を振り乱して取り押さえられてしまった。
小沢が衣を直した佐々木の所へ歩み寄り、
「世話を掛けた。役目上、手柄は貰うが浪人の腰の物には目を瞑る」
それは浪人たちが刀を取り上げられたのを知ってから、召し取りに入って来た要領の良い小沢睦五郎として出来る目こぼしだった。

 五人の浪人を捕らえた役人が引き上げた後、本来なら道場主の演武がなされる筈であったが、実戦を見た後では、真打の後に前座が出るようなものと佐々木が思ったのかは定かではないが、演武は取りやめとなり、集まった宿場の者たちに餅の入った汁粉が出された。
食べ終わると切餅の土産を貰い、庭に何重にも群がった者たちも、三々五々帰って行った。
 残った呼ばれた客人たちは、座を道場から母屋の座敷に変え、昼飯が振舞われた。
その席上、客人の蕨宿本陣・問屋の岡田加兵衛が
「相川先生の御門弟の皆様が強いとは、ここ蕨の宿にも届いておりましたが、これほどとは失礼ながら思っても居ませんでした。この道場開きで蕨の宿で悪さをするものが減ることでしょう」
「左様かも知れぬが、中仙道を江戸へ向かう厄介者をここで全て取り除かれては、板橋にいる拙者の顎が干上がってしまうので、ほどほどにしてもらわぬとな」
武家を前にしては呼ばれた町方の者は、なかなか座を崩すことはおろか、声を出すことすら出来ないものである。
倉之助のおどけた語らいで、座にも笑い声や互いに話し合う声も出始めた。
その笑いを途切れぬようにと、同じく本陣を預かる五郎兵衛が
「今日の話は、もう浦和辺りで語られていることでしょう。明日には高崎でしょうか」

Posted on 2012/02/05 Sun. 05:33 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第十七話 食い詰め浪人(その7)】 

 兵庫は向かい合った冨久田に一礼すると、坂崎と同じように八双の構を取った。
対する冨久田は倒された麻生と同じく正眼に構えた。
兵庫は冨久田の構を待って、突進した。
その速さは坂崎に増していた。
冨久田は麻生の突きがかわされたのを見たばかりに、打つ手に迷いが生じ、なす術も無く下がってしまった。
兵庫に面、籠手を打たれ、さらに下がる所を横殴りに首筋を打たれ目まいを起こし、これまた倒れてしまった。
立つことができない冨久田に一礼した兵庫は竹刀を岡部へ手渡した。
「岡部八郎。お相手いたす」
二人が手も無く打ち負かされた後とあっては、我が物顔に振舞っていた浪人にも動揺の色が現われ始めた。
五人の浪人の中にも序列があるのだろう。
目と首を振り、「お前が行け」という仕草を見せていた。
三人目の浪人は渋々出てきたが、落ちている竹刀を拾うやいなや、礼もせずに岡部向かって突進してきた。
岡部も前に出て諸手突きを入れた。
全てにおいて劣っていた浪人は岡部の竹刀の先で首を突かれ、突進を止められたのだが、勢いが残っており、己の首を支点にして腰・足を前へ放り出すようにして、背中から地に落ちた。
三人がいとも容易(たやす)く倒されたのを見て、佐々木と最後の勝負をするはずの浪人が、
「御主らの強いのはよく分かった。わしらの負けだ」
と言い立ち去ろうとした。
それを、坂崎、岡部そして兵庫が遮った。
それでも強気を崩さない浪人の頭分が
「どけっ」とどなった。
「忘れ物して帰られては困ります」
兵庫が言った。
「何も、忘れてはおらぬ」
「いいや、忘れておる」
今度は浪人の背後から佐々木が声を掛けた。
振り返る浪人が見たものは、佐々木の隣に刀を抱き立っているお絹であった。
一度会えば簡単には忘れられない美人のお絹を見て浪人も置かれている身に気がついた。
「おお、昨晩の代金払うのを忘れておった。確か・・二分二朱であったな」
「違う、稽古料付きで二十五両と二分二朱だ。だがお主がわしに勝てば看板を持って帰ってもいいぞ。ただし真剣勝負だ」
そう言うと、佐々木は肩衣を外し、両肩を脱ぎ上半身を見せると、絹から刀を受け取った。
毛深い佐々木の体には怒りで赤みを増し、毛が生えなくなった刀傷が幾つも走っていた。
それを見て浪人の戦意が全く消え、代わりに戸惑いを見せた。
「二十五両など持っておらぬ」
と言うのがやっとであった。
「それでは、借金の方に刀を頂く。岡部、鐘巻、五人の刀を頂け」
岡部と兵庫が戦わなかった浪人の刀に手を伸ばした。
取られまいと後ずさりする浪人との間に殺気が生じた。
「抜いてみな」
脇差を差しただけの岡部が言いながら迫った。

Posted on 2012/02/04 Sat. 05:35 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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