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洗心湯屋

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【鐘巻兵庫 第十九話 親善試合(その17)】 

 試合の当日、二十三日の朝、いつもと同じように朝駆け、朝稽古をこなし、気張って買った初鰹を刺身にして皆で食い、一服すると稽古着姿のまま兵庫ら六人は桶町の千葉道場へ向かった。
 定刻の朝四つ(10時頃)に遅れることも無く竹刀の音の鳴り止まぬ道場に着くと、道場主千葉定吉に迎えられた。
定吉の案内で道場に進み入ると、稽古をしていた門弟たちが退き、兵庫ら六人は用意されていた席に着いた。
前もって千葉道場でも今日の試合があることは話されていたようで、定吉の挨拶は簡単であった。
娘、佐那子の修行先道場との親善試合ということで紹介されただけだったのだ。
試合は五人で、防具無し竹刀での三本勝負で行い、定吉が勝負の判定をすることで始まった。
 先鋒は千葉道場から山口晋、鐘巻道場から若林平九郎が呼び出され、相正眼で始まった。
山口は相手が先日痛めつけた男と知り、容易(たやす)いと思ったか少々攻めに侮りを見せた。
平九郎は相手の間合いに入り山口の動きを見ると退くことを繰り返すと、こんどは山口が平九郎の間合いに入り込み打ちかかってきた。
打ちかかる山口の竹刀を払い、攻めをかわしながら平九郎は感じた。
‘何故。こんな男にあれほど負けたのだろうか。打ちたい’
兵庫の振るう早い竹刀捌きを見慣れた平九郎にとって山口の竹刀を受けるのは難しいことではなかった。
そのことを悟らせるためか、師の兵庫からは“負けても良いから一本目は受けに受けて、相手に大きな隙がなければ見逃し打つな”と言われていたのだ。
山口は己の竹刀が平九郎に届かないのをあせり始め、更に踏み込みを強くし襲い掛かった。
平九郎は腕力では山口に負けては居ない。
平九郎の重い竹刀で竹刀を払われるたびに山口のあせりは増し、最後の力を振り絞るように連続技を仕掛けてきた。
平九郎はこれを受け切れたら攻めようと、繰り出されてくる山口の竹刀を受けていたが受けきれず籠手を打たれた。
「一本」

 定吉の声に両者は下がり一礼し、定吉の「始め」で二本目が始まった。
また相正眼で始まったが山口は仕掛けてこなかった。
一本取るのにかなりの時を使い攻めたため多少呼吸が上がっていたこともあるが、一本先取した余裕も少し休む道を選ばせたようだった。

 それは突然であった。
少なくとも山口にとっては・・
退き守ることしかしなかった平九郎が床を蹴り己に向かって迫ってきたのだ
刹那の油断が守りを遅らせた。
その刹那は平九郎の竹刀が振り下ろされるには十分すぎた。
竹刀が山口の額を激しく打ち、よろめかせた。
「一本」
三本目は山口が竹刀を構えた瞬間に終わっていた。
平九郎はこれほどまで己の腕が進んでいるとは思っても居なかった。
「一本」
定吉の声の向こうに兵庫が笑っているのを涙で霞む目で見る平九郎だった。

 この日の五人の勝負は鐘巻道場の一勝四敗で終わったが、負けても皆相手から一本は取れた。相手が皆千葉の中目録を持っている者、中には皆伝へ進もうとするものも居たことを思えばなんら恥じることも無かった。
むしろ四人は己の剣術が世に通じるまで上達したことを知らされたのだ。
試合が終わり、兵庫も交え千葉の門弟と防具を着けて昼まで打ち合った。
千葉の門弟が休む中、誰も休むことなく稽古を続け、試合で負けた相手にも互角以上の打ち合いをしてこの日の親善試合は幕を閉じた。

 昼を誘われた兵庫らは、負けたら今日は昼抜きとの約束でしたのでと断わり、佐那子を置いて千葉道場を後にした。
「わしらの一勝四敗であったな」
定吉には勝負を譲られたことが分かっていた。
定吉の言葉に佐那子が
「私が向こうに居て良かったですね。一つ勝てましたから」
「そうだった。それより佐那が留守中は静かで良かったが、腕を上げた佐那が戻ってはまた姦しくなるな」
その後、佐那が駒形の道場にくることは無かったが、駒形から送られて来た荷物に入っていた地天の半纏を稽古着の上に羽織った佐那が、若い門弟たちに指導する姿が見られたという。
 
第十九話 親善試合 完

Posted on 2012/03/13 Tue. 05:19 [edit]

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【鐘巻兵庫 第十九話 親善試合(その16)】 

 こうして早朝から佐那子を加えた厳しい稽古が始まり四月も七日、八日と過ぎ、九日は雨だった。
雨の日、朝駆けは無い。
走れない分けではないが、乾かない洗濯物が増えてはあとあと面倒なのでしないのだ。
だが、稽古が休みなることも無かった。
兵庫は先ず、思い思いの場所で体の筋伸ばしをさせ、しなやかさを出す準備稽古をさせた。
それが終わると腕力に欠ける佐那には台所の土間で一貫目、三貫目、五貫目と揃えてある鍛錬棒の一貫目を使わせ降らせた。
隆三郎には階段の上がり降りをさせ持久力を、平九郎と健次郎は表と台所の土間から一尺五寸程の板の間へ飛び上がり、飛び降りさせ瞬発力つけさせる稽古をさせた。
栄次郎には表の土間と板の間を使い、真剣を正確に早く振る稽古をさせた。
それは天井の梁から下ろされた紐に吊るした葦の先と床に置いた燭台に立てられた葦の茎との隙間を刀の厚の数倍になるようにしたものを、高さを変え三方に作らせたのだ。
燭台を紐の真下に置くことで水平切りの隙間が出来、少しずらして置くことで左右の袈裟切りが出来るのだ。
用意できると、兵庫は五人を呼び控えさせると正面の隙間に向かって立ち、居合い抜くと左から横に払い隙間を通し返す刀を横に払い右から通し、左に向きを変え、すすっと進むと左から袈裟に切り通し、返す刀で袈裟に切り上げ、向きを変えると右に置かれていた隙間へ進み右から袈裟に落とし、切り上げた。
六度刀を振るい静かに刃を納めるまでよどみなく行われた。
「始めのうち、相手は一人と思いその相手に専念しなさい。これは教える事はありません。ただただ稽古あるのみです。四半刻毎に変わり皆でしなさい」
そう言うと兵庫は奥の部屋に戻っていった。
その兵庫を追うように佐那が
「先生、私もやりたいのですが・・」
兵庫は佐那が脇差を持参しなかったことを知り、
「斬られて亡くなった方から頂いた長脇差がありますので貸します」
「誰に斬られたのですか」
「私の兄弟子にです。私はその方にここを斬られました」
兵庫は薄うらと残る首の傷を見せて言った。
佐那は兵庫の傷を見て身震い感じさせられた。
 こうして過ごす雨の日が二日続き十日は晴れた。
しかし、この日から佐那は道場に来なかった。
訳を佐那から聞かされ知っていた幸が兵庫に
「女ですから仕方のないことです」
その言葉に兵庫は改めて女の存在を感じ、幸の腹を見、生んでくれた母に感謝した。

 次に佐那がやって来たのは十五日であった。
遅れを少しでも取り戻そうとする佐那に皆が付き合い、佐那もこの日から髷を結い直すことはせず、その分遅くまで稽古をし続けた。

Posted on 2012/03/12 Mon. 05:16 [edit]

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【鐘巻兵庫 第十九話 親善試合(その15)】 

 翌六日、七つ半に起床した門弟の四人は駒形の道場から亀戸までの二十五町を二往復、述べ百町、二里二十八町を駆けさせられた。
栄次郎と隆三郎は剣術稽古とは勝手が違うのかかなりの疲れを見せた。
屋敷では剣術以外汗をかくことが少なかった部屋住み暮らしのためだった。
剣術では健次郎や平九郎に勝り、稽古で楽が出来たのだが、決まった距離を駆けるとなると楽は出来ず、以前から駆けさせられていた健次郎や平九郎に及ばなかったのだ。
四人が戻り、栄次郎と隆三郎の荒い息がまだ治まらないうちに、表から佐那子がやってきた。
「加藤様、名取様、もう稽古をなされたのですか」
「あ~、昨日から朝に三里ほど駆けることになったのです。佐那さん、未だ夜明け前ですよ早いですね」
佐那はやや不満そうに
「私も朝稽古からしようと参ったのです。明日からは朝駆けも一緒にします」
負けず嫌いの佐那の一面が朝から飛び出した。
浅草寺の六つの鐘を合図に朝稽古が始まった。
しかし、佐那子は試合稽古には入れてもらえず、体の筋を伸ばすのを四半刻ほどさせられ、やっと巡り稽古に加えられた。
 昼前の中稽古は兵庫の細かい指導や、稽古相手に気がついたことなどを互いに教え合い稽古事態は然程きつくは無いのだが、朝稽古と昼稽古は遠慮無しで打ち合うのでかなり大変で、剣術の腕の差が出、下手なほど疲れ一刻の間に疲労困憊(こんぱい)に陥る。
一番初めに兵庫の門弟となった若林平九郎がそうだった。
その疲れを吹き飛ばすのが、
「そんなことでは山口様に・・・」
時折り佐那が掛ける声だった。
平九郎は悔しいのだが、この住み込み稽古が始まったのは元はといえば己の不甲斐無さがもたらしたもの。
歯を食いしばって頑張った。

 朝稽古が終わると、待望の朝飯が待っていた。
今朝は穴子が付いた飯で、予定外の佐那が来た分、少しずつ減らされたが旨い、暖かい飯を食える喜びを噛みしめた。
食事をしながら佐那が
「どうして、他の門弟さんが来ないのでしょうね」
「一時は二十人ほど居たのですが、どうしてですかね」
兵庫もわざと不思議そうな顔をし、佐那に相槌を打った。
「夏場は良いのでしょうが、冬場は洗濯物が乾きませんからね。以前は三日に一度が限度でした。特に弱い私は転びますので・・」
と、平九郎が言えば、後から入門した健次郎が
「その点、今は井戸も風呂も出来、稽古着の替え着も用意してもらいましたから助かりました」
 恵まれた環境で生まれたときから稽古をしてきた佐那にとっては不思議なことが、尋ねるたびに一つずつ解き明かされていく。
「皆様を住み込ませておられる先生は、お金持ちなのですね」
これには兵庫も吹き出しそうになったが
「金持ちではありませんが、今月は何とかなりそうです」

Posted on 2012/03/11 Sun. 05:15 [edit]

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【鐘巻兵庫 第十九話 親善試合(その14)】 

 餅二枚の昼を食べ終わり、腹が落ち着くと
「佐那の物干しを作ろう」
栄次郎の声がかかり四人が兵庫の同意を求めるように見た。
「それでしたら丸太と竿は、この家を直した花川戸の大工の助蔵さんに頼みなさい」
稽古袴に半纏姿の四人が花川戸に向かって駆け出していった。
兵庫も立ち上がると外に出て、物置から穴掘り道具を持ち出し、日当たりを見ながら井戸に近い庭の隅に穴を掘り始めた。
一つ穴を掘り終え、暫らく待っていると、駕籠かきよろしく二人一組でそれぞれが丸太一本と竿を担ぎ、家の中の通り庭を抜け裏庭に帰ってきた。
丸太には既に竿を掛ける木が、釘で打ち付けられ更にシュロ縄で固定されていた。
一本の丸太が立てられ埋め込まれている傍らでは、竿の長さに合わせた所にもう一つ穴が掘られ始めていた。
佐那は井戸で昼前の稽古で汗を含んだ稽古着を洗っていた。
兵庫は風呂の水を少し足した後、風呂釜に火を入れた。

 佐那の白い稽古着が干された初夏の庭に、甲高い気合いが飛び昼の稽古が始まった。
中稽古と同じ六人での巡り稽古だが、中稽古とは違い兵庫も遠慮なく叩く、兵庫に巡り会った門弟は早く終わるのを願うほど激しいのである。
今の時間直して五分打ち合い、一分休む巡りで、一時間で十人、すなわち二巡する。
休みには風呂の火や湯加減が見られ、一刻(約2時間)ほど経った八つ半(午後三時頃)に四巡して昼稽古が終わった。
その後、男の門弟は汗を含んだ稽古着のまま、朝走った道をまた駆けさせられた。
佐那を風呂に入れさせるためである。
「陽気が良く乾きますから稽古着も中で洗いなさい」
幸は佐那に浴衣を渡しながら言った。
女の風呂は長いことを知っているのか、亀戸まで駆けていった四人は吉衛門の家で、出された茶菓子を食べていた。
「勝てるかな」
平九郎の言葉に四人の中では一番強い栄次郎が
「相手は千葉の目録者だ。今のままでは到底及ばないだろう」
「こっちの方が若いし稽古量も多い。二十日間もこの稽古を続ければ差も少しは縮まるはずだ」
「先生が試合まで二十日の猶予を貰ったのは、それなりに考えられて居られる筈だ」
「そろそろ戻りましょう」
吉衛門に礼を言い、四人は駒形に向かって駆け出した。
 
 佐那は風呂に入った後、座敷でやってきた髪結いに髷を結われていた。
四人は稽古着を脱ぎ、井戸で手足を洗い、体を拭き終わると、役割が決まっていたのか健次郎が台所へ、平九郎が風呂へ、残りの二人が四人の稽古着等の洗濯を始めた
髪を結い終え、朝来たときに着てきた振袖姿でそれぞれ仕事をしている四人に挨拶をし、佐那子は迎えに来た従者と世話になる旗本中西文右衛門の屋敷へ帰って行った。

Posted on 2012/03/10 Sat. 05:23 [edit]

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【鐘巻兵庫 第十九話 親善試合(その13)】 

 佐那子は立ち尽くしてその様子を見ていたが、吾に帰り己の縁台へ来ると、その上に半纏・手拭いに女下駄が乗せられていた。
佐那子は部屋の中で針仕事をしている幸に、縁台の上に乗せられている物を指差し、
「頂いてよろしいのですか」
「はい、入門祝ですよ」
「佐那子殿、井戸空きましたよ」
声の来た方へ振り向くと半纏姿の健次郎が台所口に立ち、井戸を指差していた。
残りの三人も同じような格好で縁台から台所へ向かうもの、縁台に稽古着を広げている者、また井戸から縁台へ向かう者と僅かな時の差を見せて動いていた。

 遅ればせながら佐那子が井戸へ行くと使われた桶がきちんと縁台の上に山形に乗せられ、使われるのを待っていた。
桶を洗い場に下ろし、釣瓶を落とし、水を汲み上げ桶に注いだ。
手足の汚れを洗い流し、再度水を汲み顔を洗い貰ったばかりの手拭いを使った。
佐那子はこれまでの道場生活で味会うことが出来なかった新鮮さを感じていた。

 笑みを浮かべて戻ってきた佐那子を、幸は縁側から上がらせ、縁側と部屋の境の障子を閉めてしまった。
髪の崩れを直してもらい、新しい稽古着に着替え、その上から半纏を着た佐那子が、皆が餅を焼いている台所に現れた。
皆の目が注がれるなかで、佐那子はくるっと回り、後姿も見せ微笑んで、兵庫の隣に座った。
揃いの半纏を着、七輪を囲みながら焼かれた餅を食べ、話しをしていると、仲間意識が養われていく。
「私、二十三日の試合にはこちらから出ます」
半分ほど食べ終わった餅を手に持ち、佐那子がそう言い、皆の顔を見回した。
誰も、唖然として声を出さない。
「だって、四(し)人では縁起が悪いでしょ。五人にしましょう。・・して下さい」
「それは、千葉先生がなんと言われるか・・」
「それは何とかします。父は面倒くさい私を鐘巻先生に押し付けたのですから、そのぐらいは許してくれます」
「分かりました。私からお願いしておきます」
この兵庫の返事で、佐那子は仲間として受け入れられたようで、佐那子殿から佐那と呼び捨てで呼ばれるようになった。
佐那子もそれが嬉しかった。

Posted on 2012/03/09 Fri. 05:22 [edit]

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