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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第25話 師走の足音(その33)】 

 最後に残った辰五郎には兵庫より三両が与えられた。
「こんなに貰っていいんですか」
「七輪と炭を買わないと餅を持ち帰っても焼けないからな」
「有難う御座います。餅は二升分貰って帰ります」
「餅ばかりでは脚気になるから他のものも食べなさい」
「それは心配ないです。道場に浅利汁を食べに来ますから」
「辰五郎は我が家の台所事情はよく知っているからな」
「分からねえこともある」
「何だ」
「いつも、安いものしか買えないのに、何故、小判が出てくるのかわからねえ」
「それは、あの悪党から奪い取ったからですよ」
正直に答えた兵庫に辰五郎は
「まさか、あの悪党は奉行所の役人が捕まえて行ったのは皆が見ている」
「そうだったか、しかし辰五郎。訳のわからない金はおおむね悪銭です。ですから、良い使い方をしなさい」
兵庫の言うことが分かったのかどうか、定かではないが辰五郎も二升の餅を抱えて帰って行った。
 兵庫は皆が帰った後、庭の通路に敷かれた古い筵を取り除き、先ほどで餅を広げて乗せる役目を終えた新しい筵で敷き直した。
風のない陽だまりの中で、汚れた古い筵を焼き終えると、その灰を灰入れに入れ、庭を掃き清めた。
志津は出かける支度をしながら、庭が少しずつ正月を迎える景色に変わっていくのを眺めていた。

 八つになって兵庫と志津は駒形の家を出た。
一斗、五貫目を越える餅が入った櫃を背負った兵庫の足は師走の足音に急かされるかのように早くなり、早く八丁堀の父母に志津を合わせようとさせていた。
その足に三歩と遅れず、並ぶように歩く志津の顔は晴れていた。

第25話 師走の足音 完

Posted on 2012/06/24 Sun. 04:49 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第25話 師走の足音(その32)】 

 志津が兵庫の元に押しかけるようにやってきたのが七月末、今日まで、まる五ヶ月が過ぎていたが、その間兵庫は妻として父・母の元へ志津を連れて行ったことは無かった。
志津とすれば兵庫と共に暮らすことで充分であったが、それがいつ破綻するかが一つの心配事であった。
 実家から兵庫へ嫁取りの話が持ち込まれたらなどと考えることもあったのだ。
そんな志津の心を知ってか、餅を切る手を止め、兵庫も正直に言った。
「直ぐに逃げられても仕方ないと思っていたのですが、逃がしたくなっていたようです」
兵庫が正月の餅を持ってくるのを八丁堀の両親が待っていることは分かっていた。
はやく志津を妻にしたことを言わねばならないと思っていた兵庫、その思いが師走の足音を聞き早々に餅搗きの支度をしてしまったのだった。
言葉に出すと涙が止まらなくなると思ったのか、志津は頷き台所へ戻っていった。

 十俵もの米を餅や赤飯にしてきた長屋の連中の息は合っていた。
二つの臼に空(あき)を与えることなく、米を蒸上げ、朝から搗き始めた一俵の米も昼ごろには搗き終え、伸し作業も終わった。
大黒屋から借りた臼・杵を洗い、それを借りた大八車に乗せ、道場分から餅、一斗を土産に返し終えた。
残った小豆を使い作った赤飯に鯊の甘露煮と昆布巻きの昼飯を食べ終わる頃、長屋の者へ兵庫は挨拶をした。
「皆さんの御蔭で、十俵の米を無事餅や赤飯にすることが出来ました。売り上げは五十六貫文程になりました。これは私の計算以上の売り上げでした」
「旦那様、それは新門の方から切り餅と、赤飯の値を十文から十二文にして欲しいと言ってきたからですよ」
「どうしてですか」
「それは浅草寺の役店の団子と値を合わせるためのようでした」
 これは志津が田原町で売る焼餅を食べながら団子屋の店先を行き交う参拝客が増え、店の売り上げが減った主が安い餅の値を上げてもらうように新門辰五郎に泣きついたのだ。
「そうでしたか。結構な誤算でした。皆さんには米代とし十六貫文を差引いた四十貫文を先ほど搗き終わりました餅一俵分に添えお渡しします。分け方は大家の弥兵衛殿にお任せします」
「それでは一番骨を折った辰五郎の分が無くなってしまうじゃねえか」
「心配しないで下さい。辰五郎と若林平九郎殿には賊を懲らしめた礼を道場から渡しますので」
これで納得したのか、はやく手間賃の分け前を貰いたいのか、長屋の連中が揃って、搗き終った餅と四十貫文もの銭差を手分けして、兵庫の家から長屋へと運び出していった。
お道とお琴には、二人が店で着ていた志津の着物が改めて与えられ、大事そうに持って長屋へ戻っていった。

Posted on 2012/06/23 Sat. 04:34 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第25話 師走の足音(その31)】 

 二日経った十九日の八つ過ぎ定廻り同心の久坂啓介と岡っ引きの勇三が表にやってきた。
「鐘巻さん、お手柄でした」
「何か出ましたか」
「頭目の名は浅吉という野郎で、部屋の中から色んな証文が出てきました。それをひとつひとつ洗い始めたところ、証文相手が死んでいるか、行方知れずが異常に多い。本人は未だ白を切っているが、田原町の兄・妹を殺ったことは子分が白状したので、他もそのうち明白になるでしょう」
「それは、誠にお手柄でした。それで、殺された兄・妹は何処に葬られていますか」
「可哀相だが、引き取るものが居らず心中者として回向院の何処かに埋められたとしか云えねえ」
「墓は見つかりませんかね」
「それは無理だ。あの後、仕置きを受けた者もかなり埋められている。元々まっとうな者が埋められる所じゃねえ。素っ裸にされているだろうから掘り起こし一々顔を見せられる者の身にもならねえと」
「分かりました。お二人にお渡しするものがありますので待っていて下さい」

 兵庫は一旦奥に行き五両と三両を包むと戻ってきた
「皆さんの働きで死んで迷っていた二人も間も無く成仏できるでしょう。これはその二人に成り代わってのお礼です。受け取って下さい」
「鐘巻さんも薬代など出たようだな。これはありがたく貰っておくよ」
久坂も勇三も足取り軽く帰って行った。

 兵庫が餅搗きの音がする裏庭の見える奥座敷に行くと
「旦那、あと二臼で予定の七俵が終わりますよ」
「十四日から搗き始め、今日が十九日ですから、丸六日で七俵ですか。店も明日売り切れば終わりですね」
「ただ正月まであと十日ありますから、頼まれた餅は、三・四日待ってから搗いた方がよくありませんか」
「そうですね。そうしましょう」

 兵庫の家の裏庭では、二十四日、山倉屋へ納める分の餅を搗き終え、二十五日には道場分を搗き始めた。
兵庫は前日搗いた山倉屋の餅、一俵分・二升伸し餅二十枚と、笊に入れた米代の十六貫文の銭差を大八車に積み蔵前、森田町の札差山倉屋に出かけ、納めた。

 二十六日には最後の一俵、満冶店(みつやだな)分の餅搗きが始まった。
兵庫は道場分の餅から実家の八丁堀へ持っていく餅を表の板の間で切りながら、気がついた。
この月の初め早々に何故餅搗きの支度を始めた訳がなんであったか。
兵庫はその訳がはっきりと分かると
「志津、今日八つ、八丁堀まで一緒に行って貰えますか」
台所で蒸篭の掛かった釜の火を見ていた志津がやってきて、兵庫を見て涙ぐんだ。

Posted on 2012/06/22 Fri. 05:00 [edit]

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【鐘巻兵庫 第25話 師走の足音(その30)】 

 吉原の灯りを後にして兵庫は元吉町の頭目が居る家の前まで来た。
大戸の潜り戸は何の抵抗もなく開いてしまった。
提灯を先に兵庫は入り中を見回わした。
表の土間が家の壁伝いに裏までつながっている様子は兵庫の家と同じであった。
兵庫が裏に続く土間を静に奥へと進むと、障子の閉まった部屋の中から有明行灯のかすかな光が見え、寝息が聞こえてきた。
提灯を置き、静に障子を開け、再び提灯を取り部屋を見回した。
少し伸び白髪の混じった坊主頭の男がだらしなく横になっていた。
届けられた夕飯にはほとんど手が付けられておらず、燗徳利が転がっていた。

 兵庫は草履を脱ぎ部屋に上がると、部屋に置かれている長火鉢、箪笥などの引き出しを開け閉めしながら物色し、部屋の隅に置かれていた小箱を開けた。
無造作に入れられた小判が提灯の灯りに照らされた。
兵庫は小判五枚を懐に入れてから、あらためて手ぬぐいを出し広げた。
その上に小判を掴み出し積み上げ、崩れないように手ぬぐいで包み、手ぬぐいの端を結び懐へ入れた。
空になった箱を元に戻し、何ごともなかった様に部屋を出、障子を閉めて兵庫は家の外に出、戸を閉めた。

 飯屋の反対側の家に入った兵庫は、用心のために寝ている浪人の両刀だけを取り外に出た。
最後に飯屋の戸を叩いた。暫らくして中から聞こえてくる足音に向かって
「昼間の鐘巻です」
戸が開けられ、亭主が顔を出した
兵庫は懐から五両出し
「迷惑を掛けました。これは溜まっているやつらの飯代です。ただこのことは内密にお願いします」
「分かりました。ありがたく頂きます」
「間も無く、役人が参ると思いますので、鍵を掛け役人に呼び出されるまでは外に出ないように」
亭主は頷き、戸を閉めた。

 兵庫が日本堤の道筋を山川町まで来ると、捕り方が二手に別れ一方は兵庫に向かって日本堤を、他方は山谷掘りを渡り浅草新鳥越町へと走って行くのに出くわせた。
捕り方に道を譲り避け見送る兵庫が刀を抱えているのを見て、久坂は笑って通り過ぎて行った。

 兵庫が家に戻ると志津は既に田原町から戻っていた。
志津は兵庫が抱えている刀を見て、
「店の厄落としは上手くいったようですね」
兵庫は頷き、懐から手拭いで包んだ物を出し志津の前に置いた。
「これを仕舞っておいて下さい」
「幾等入っているのですか」
「おそらく五十ほどでは」
志津はため息を吐(つ)きながら
「使い道も考えて下さいね」
「そうですね。剣術だけでは使い切れませんから何か考えるようにします」

Posted on 2012/06/21 Thu. 04:50 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第25話 師走の足音(その29)】 

 日が暮れて浅草寺の鐘が暮れ六つの捨て鐘を打ち鳴らし始めた
「四郎兵衛さん。種蔵さんはまだ居られますか」
「居ますよ。何か?」
「頼みたいことが出来ましたので、呼んでいただけますか」
「はい」
四郎兵衛が声を上げるでもなく、出入り口の男を見ると、その男が出て行った。

 狭い吉原、待つことも無く種蔵がやってきた。
「鐘巻の旦那。ご無沙汰しております。何でしょうか」
「つまらない用で申し訳ないのですが、元吉町の外れの飯屋に行って飯を食ってきてもらいたい」
「それだけですか?」
「はい、食べ終わったら直ぐに戻ってきてください」
「おやすい御用ですが、何か仕掛けがあるんでしょうね」
「はい、戻ってきたら教えます」
種蔵が出て行くと、四郎兵衛が
「何ですか。飯を食うだけの用事でしたら他の者でも出来るのに」
「そうではありません。種蔵さんのように大柄で頑丈な人でないと務まらないのです」
「種蔵が戻ってきたら種を明かしてもらいましょう」

 四郎兵衛と兵庫が世間話をして、時の過ぎるのを待っていると種蔵が戻ってきた。
「鐘巻の旦那。誰も居ませんでした」
「そうでしたか。少しお疲れのようですね。横になられたら如何ですか」
「どうもそのようで、眠くて仕方がありません」
 種蔵は会所に戻れて気が緩んだのか、会所の壁を背にして目を閉じてしまった。
「四郎兵衛さん。種蔵さんには申し訳ないことをしました。眠り薬が効いたようです」
「何ですって」
「ここだけの話ですが今夜、お上が賊を捕らえるため賊の住処に押し込みます。怪我人が出ないように飯屋に頼み夕飯を食いに来る者に眠り薬入りの食事、酒を出させたのです。薬が効いたか否か確かめさせてもらいました。目が覚めましたらお礼に・・・」
言葉を止めた兵庫
「勇三さん薬代のお釣りを出して下さい」
勇三は苦笑いしながら懐に手を突っ込み己の財布に挟まった小判を取り出し、兵庫に返した。
「これを、差し上げて下さい」
これには四郎兵衛以下、会所にいた連中が吹き出して笑った。
「分かりました。種蔵に効く薬でしたら本物です。一両たしかに預かりました」
「勇三さん、久坂殿に支度ができたら、待たずに早めに踏み込むように伝えてください」
「旦那は?」
「使ったお金をこれから取り戻して来ます」
「分かりました。早めに済ませて下さいよ」
勇三が会所を出て行った。
兵庫も四郎兵衛等に礼を述べ、提灯を借り会所を出た。

Posted on 2012/06/20 Wed. 04:43 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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