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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第26話 絆(その21)】 

 家に戻った兵庫が見たことを志津に話し始めた。
「やはり、お店に居た者は兄さんの勘助さんでした」
「なんですか? 分らなかったのですか。私が簪を選んでいる時の勘助さんの様子ですよ」
「私は志津が簪を選ぶたびに懐に入れた手で、掴む小判を増やしていましたから」
兵庫のとぼけた返事に笑いながら
「勘助さんは、私が選ぶたびに栄吉さんの腕の良さが分ったのですよ。店を建て直すには、お金以外に栄吉さんが欠かせないのですよ」
「なるほど。勘助さんの気持ちは分りましたが、栄吉が追い出された家の片付けに手助けするとは思いませんでした」
「私達は良くない話ばかり聞かされましたが、そうでないところも沢山あったのですよ。火事が切れ掛かっていた絆を結び直したのでしょう。良い話ですね」
「火事のおかげですか。盗人にも三分の理と言いますが、捕らえられ又死んだ盗人にも思いつかない道理でしたね」
「旦那様、絆は困った時に生まれるものなのですね」
兵庫は志津との出会いの中で互いに苦難に遭い、その度に絆が強くなっていったことを思い出していた。

 辰五郎が台所口から顔を見せたのは暫らく経ってからだった。
「先生、栄吉さんがいねぇ」
「栄吉さんは、今、西仲町で火事の煽りで壊された兄の店の後片付けを手伝っていますよ」
戸を閉める音が鳴り、辰五郎の姿が消えていた。
「辰五郎さんと栄吉さんの絆がもっと強くなりそうですね」
兵庫は志津の髪に挿してある鉄簪を見ながら頷いた。

 その後、栄吉の義兄勘助とその母は西仲町の裏店の空き家に入り、店の建て直しを始めた。
栄吉は絆を取り戻した兄の小間物仕事の依頼のほかに、亡き父親から仕込まれた金工細工にも取り掛かり、満冶店で弟子となった棒手振りの辰五郎との新しい絆を結ぶ中で一本立ちへの道を歩き始めていた。

第26話 絆 完

Posted on 2012/07/15 Sun. 04:21 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第26話 絆(その20)】 

 静かになった所で、定廻りの久坂啓介が型どおりの調べを行い、終わると引き上げて行った。
そして平九郎が帰ったのはそれから暫らくした後だった。
兵庫は大黒屋に行き太助と浅吉の様子を見に行ったが、まだ戻って来てはいなかった。
捕物の話を聞かされた大黒屋の道太郎が、太助と浅吉の帰りを待っている兵庫に
「後のことは、心配なさらず家にお戻り下さい」
兵庫は大黒屋の言葉に甘え、礼を述べると、一人で兵庫の帰りを待つ志津の元に戻っていった。

 翌朝、月が変わった二月の一日、朝駆けついでに太助と浅吉の無事を確かめ、捕物の話を互いにし、家の前まで戻って来ると、昨夜、捕り方の提灯明かりが照らした水の引いた大川に水が戻り、五本の杭の先を僅かに見せていた。
 兵庫が大戸を上げていると、昨晩の騒ぎが人伝に広まったのか、見知らぬ人がやってきては暫らく血の浸み込んだ辺りに立ち止まり去っていく姿が見られた。

 朝飯を食い一服した兵庫の手持ち無沙汰を感じた志津が
「昨晩の火事、近くだったようですね。見てこられたら如何ですか」
「そうですね」
志津の誘い水を素直に受け、兵庫は着流しに二本差し出て行った。
浅草の広小路を西へ歩いて行くと、焼けた木材を積んだ大八が西仲町の通りから出てきた。
兵庫がその南北に走る通りへ入って行くと、通りの東側の角に焼け落ちた家があり、その家の東に延焼をとめるために町火消しに破壊された家が数軒あり、片付けをする人が見られた。
その中に栄吉が追い出された小間物屋栄富もあり、片付けを助ける栄吉の姿が見られた。
栄吉を追い出した義理の母と兄だったが、三人力を合わせていた。
兵庫の姿を見つけた栄吉が、先日、銀簪を買うとき応対した男になにやら話し、連れてやってきた。
「せ、せんせい。あ・あにの、か・・」
「兄の勘助です。弟の栄吉がお世話いただいたそうで、有難う御座いました。このように家を壊され困っている所を栄吉に助けられております」
「火事の原因は?」
「昨日、賊に押し入られました仏具商からで、倒された行灯の火だと伺っております」
「それは、災難でした。お困りのことがあれば部屋が空いていますのでお越し下さい」
「有難う御座います。先日弟が奥様から頂きました二十両を使ってくれと渡されましたし、あの壊された家の下には未だ、金や売れそうな品物も残っていますので、これからは親子三人で頑張らせて頂きます」
「栄吉殿・・・」
兵庫は「よかったな」と言いたかったのだが災難に遭った勘助を前にしては言葉が出ず、目で語った。
栄吉が頷くのを見て、兵庫は家に戻っていった。

Posted on 2012/07/14 Sat. 04:42 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第26話 絆(その19)】 

 二人の仲間が倒されれたのを見て、舟に残ったままで待っていた賊の片割れは舫(もや)いを解き、岸を離れ逃げ始めた。
そこへ、やっと定廻りの久坂啓介が捕り方を連れてやってきたのだ。
暗い中で白刃を下げていた兵庫と平九郎は御用提灯に囲まれた。
「久坂さん、鐘巻です。賊は倒しましたよ。一人は未だ生きているはずです」
聞きなれた兵庫の声で近づいてきた久坂に、
「舟が逃げていきます。あそこに太助の舟が来て居ますので誰かに追わせて下さい。そこから下りられます」
「そうか、勇三、何人か連れて追いかけろ」
数人が賊の残した梯子を下り、何かを踏み鳴らした。
戸板が水の引いた砂地に何枚か敷かれていたのだ。
それを見た久坂の声が飛んだ。
「おい、誰か仏を運ぶ戸板を二枚川から上げろ」

 捕り方たちに動きが生じる中、一人平九郎が立ち尽くしていた。
「平九郎、刀を井戸で洗って来なさい」
初めて人を切り呆然としている平九郎に、兵庫が言った。
「久坂殿、私も中に入りますので後はお願いします。湯茶の用意はしておきますからお寄り下さい」
「すまぬ」

 兵庫の家の一階に有るだけの灯りが灯された。
表の騒ぎを聞きつけ、店の者や長屋の者が寒い川端に集まり提灯に照らされた動かぬものを見ていた。
そして兵庫の家の裏庭にもやってきた。
返り血を浴びた羽織を脱いだ平九郎に衆目が集まっていた。
「平九郎、何故駒形にやってきた」
「それは、吾妻橋で篠塚さんに会い、教えられたのです」
「そうか、助かったぞ」
「私が来なくてもあの賊にとって結果は同じようなものだったでしょうけど」
平九郎には賊の手ごたえから分っていた。

 暫らくして表の検視を終えた久坂がやってきて、改めて事の次第の調べが行われ始めた。
その時、近くの半鐘が成り始めた。
「忙しいこった。火事は何処だ」
久坂が長屋の連中に声をかけた。
「西の方だ」
「田原町辺りか」
「いや、もうちっと近いぞ」
「風は」
「たいした風じゃねぇが、こっちに吹いている」
風向きを聞いた長屋の連中が騒ぎ始め、裏庭や土間にまで入り込んでいた者が潮を引くように居なくなってしまった。

 この正月四日には浅草御門の南、米沢町三丁目の蕎麦屋より出火し薬研堀埋立地、両国橋手前、広小路の西側、横山町三丁目、馬喰町四丁目と焼失した大火があったばかりだったのだ。
火事は江戸庶民のなけなしの財を奪う災害だった。

Posted on 2012/07/13 Fri. 04:37 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第26話 絆(その18)】 

 火縄の回るのが終わり、舟は川の中程をゆっくりと上ったり、下に流されたりしながら、行ったりきたりし始めたが、兵庫は動かなかった。
肝心の賊を乗せた船がまだやってきていなかったからだ。
兵庫は運ばれてきた熱い粥をすすりながら、外の様子を見ていた。
二艘の舟がやってきたのは四つ半を回った頃だった。
舟から何かが下されているように見えた。
暫らくして舟から黒い影が飛び護岸下に見えなくなり、そして一人、二人と上がってきた。
梯子でも掛けたのだなと兵庫は思った。
上がった影は五人だった。
「志津、行ってくる。戸締りをしておいて下さい」
兵庫が階段を下りるのを志津が追った。
大戸のくぐり戸を静に開け兵庫が出て行くと、志津は閂(かんぬき)を通した。

 兵庫は賊が戻ってくるのを、己の家の戸口の前で待った。
いや、待つと言うほどの時が掛からずに、黒い影が白刃を下げ走ってきた。
兵庫もその影に向かいながら抜刀し走った。
突然、暗闇から兵庫が現われたのに賊は驚き、走るのを止め身構えたが、兵庫の勢いになす術無く、腰が引け、兵庫の棟打ちを籠手に受けてしまった。
だが、賊も兵庫同様に覚悟の身支度をしていて、固い音を闇に響いただけで、兵庫の籠手打ちに刀を落とさなかったのだ」
そして、兵庫にとって更に悪いことには、もう一人賊が戻ってきたのだ。
少しの救いは、その賊、多少手傷を負っている様子が見えたことだった。
最初の賊は身構え、兵庫に迫る様子を見せた。
それを見て、兵庫は背を向けためらわず逃げた。
賊は兵庫を追うことをせず、仲間に肩を貸そうと後ろを向いた。
兵庫には逃げる賊が追ってこないことは分っていたので、刀を左手に持ち替え、右手で懐の石を掴むと向きを変え再び賊に向かって走った。
その足音に賊が向き直ったが、兵庫の投げた石をこめかみに受け、昏倒した。
「せんせ~」
「平九郎の声だった」
提灯を大きく揺らしながら吾妻橋の方から駆けてきたのだ。
仲間をどうして倒されたのか分らないまま、賊の一人が立ちすくんでいる間に平九郎が迫った。
「平九郎、気をつけろ、着込んで居る」
平九郎が提灯を賊に向かって投げつけ抜刀した。
怪我をした賊は兵庫と平九郎に挟まれ、逃げるのを諦めたのか、平九郎に向かって切りかかった。
傷ついた賊は平九郎の敵ではなかった。
切りかかった刀を弾かれ、喉元を突かれたのだ。

Posted on 2012/07/12 Thu. 04:40 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第26話 絆(その17)】 

「なんでぇ、そんなこってすか。今日は三十日ですから子の刻辺りには随分と引くでしょうね」
「子の刻ですか」
「へい、その頃、岸近くの舟は皆、丘の上に乗っていますよ」
「そうですか、すいませんが舟を出してもらえませんか」
太助が奥に向かって
「旦那、お客ですよ」
寒さに部屋の奥に引っ込んでいた道太郎が障子を開け出てきた。
「鐘巻様でしたか。何処まで」
「駒形の私の家の前まで」
「何ですか。目と鼻の先じゃないですか。しかし、あそこでは下りられませんよ」
「分かっていますが。気になるものがあるので」
主の道太郎は何にでも興味を示す兵庫にそれ以上聞こうとはせず
「気になるものですか。太助、駒形まで頼みます」

 猪牙舟が駒形の兵庫の家の前辺りまで来た時、兵庫が
「あの杭の所まで行って下さい」
「だれでぇ。あんな所に中途半端な杭を打ちやがって。潮が満ちたら隠れてあぶねぇじゃねぇか」
「この杭、何に使うのでしょうか」
「使い道ですか・・・舟を舫(もや)うぐらしか使い道はありませんが、潮の引き具合で五本の杭のどれかを使うのでは・・・」
「分りました。戻ってください」
「抜かねぇんですか」
「抜かない訳は戻ったら話します」」
「そうですかい」

 大黒屋に戻った兵庫は主の道太郎と太助に今宵の捕物の話をした。
「わかりやした。もし舟で逃げる者が居たら後をはあっしがつけやす。旦那は浅吉の船に乗って、あっしを追ってくだせえ」
「今夜は闇夜で寒い。舟には七輪を乗せ、はぐれねえ用に火縄を持って行きな。だが、酒は飲むな」
道太郎が言った。

 段取りを済ませた兵庫が駒形の家に戻ってきた。
出て行くときとは違って兵庫の顔に余裕を感じた志津が
「何か良いことが有ったようですね」
「はい、半分お役目が終わったような気がします」
しかし、それ以上は語らず、志津も少し安心しそれ以上は尋ねなかった。

 いつもと変わりなく、裏店(うらだな)からやってきた辰五郎と栄吉を交え夕飯を食い、片付けを済ますと兵庫と志津の二人は二階に上がった。
志津は兵庫に鎖、籠手、鉢金と手渡しながら支度を手伝った。
懐に石を入れ、新しい草鞋を履き、兵庫の支度は終わった。
だが、四つまでだいぶ間がある。
志津は行灯の灯りを明るくし、針仕事をはじめた。
兵庫は時折り障子を細く開け、杭が打たれたあたりを見ては閉めていた。
重苦しい時が流れ、四つの鐘が打ち鳴らされた。
しかし、兵庫は動かなかった。
暫らくして、大川に火の点(つ)いた火縄を回す舟が二艘現われた。
兵庫も手燭のローソクに火をつけ、障子を開きゆっくりと左右に振った。

Posted on 2012/07/11 Wed. 04:33 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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