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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第27話 瓦版(その13)】 

 七人が井戸端で手足を洗っていると、裏木戸から辰五郎と栄吉の二人がやってきた。
「辰五郎に栄吉さん」
「平九郎さん」
「先日、戴いた天地人を配(あしら)った小柄に笄、気に入っています。ところで棒手振りは止めたのか」
「朝方だけやっています。あとは栄吉さんに金工の細工を習っています」
「わしも旗本修業を始めたぞ」
「さ~、皆で飯だ」
兵庫の声で、皆が台所口へと急いだ。

 家の中では志津が多恵に深川鍋の作り方を伝授していたようで、その匂いが腹を空かせていた九人を喜ばせた。
旨い飯を食っている間、寡黙だった九人だったが、男たちは次々と食い終わり、また話を始めた。
「先生は平九郎殿より強いのですね。驚きました」
稽古を見ていた甚八郎の素直な言葉だった。
それに頷く富三郎と源次郎を見て、古参の三人が噴出した。
「甚八郎、わしは鐘巻道場の最古参の弟子で、出来の悪さも一番だった」
「旦那様、今度は平九郎殿に引き立て役を演じてもらったのですね」
「瓦版のお返しをしてもらったようだ。そこの三人、早く引き立て役になれるよう励みなさい」
「はい」

 遠山金四郎の粋な計らいで出た瓦版により若林平九郎に日が当たり、平九郎は旗本の婿に無事納まった。
評判を聞いて門弟だった加藤と名取までがやってきてくれた。
兵庫にとって何よりも嬉しかったのは、古い門弟たちに刺激され、若い三人の門弟の目に生気が更に増したことだ。
瓦版の効能は大したものだと思いながらも、これだけがわざわざ瓦版を書かせた奉行遠山金四郎の狙いとは思えなかった。
色々と思いを巡らす兵庫だったが、それも久しぶりにそろった門弟たちの笑い声に、いつしか賑やかな話の輪の中に身を投じて入った。

第27話 瓦版 完

Posted on 2012/07/28 Sat. 05:09 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第27話 瓦版(その12)】 

 その時、表から声が掛かった。
「今の声は・・・」
「平九郎だ」
栄次郎と隆三郎が表へと飛んでいった。 
ざわめく声と笑い声が近づき、平九郎が多恵を伴い奥の部屋に姿を見せた。
「先生。先日は有難う御座いました。近々、お城に上がりお目見え致すことになりました」
「それはよかったです。多恵殿ともどもお家を盛り立てるよう励んで下さい」
「有難う御座います」
「平九郎、固い話はそのへんにして、久し振りにやらぬか」
栄次郎が竹刀を持つ素振りを見せた。
「先生、道着を貸していただけませんか」
「志津、出してあげて下さい。それと久し振りに皆で昼を食べましょう」

 三人が表部屋で支度を済ませ、裏庭に出てくると、それを待っていた兵庫が
「ここに居る三人は入門したての者たちだ。筋伸ばしの気持ちで、四半刻教えて下さい。その後、四人でやりましょう」
久し振りにやってきた門弟と新しく加わった門弟の稽古が始まった。
風格を増してきた古参の三人に挑みかかっては弾かれ、また甲高い気合いと共に挑みかかる若い門弟の姿を兵庫は飽きる事無く庭に置かれた縁台に座り眺めていた。
やがて竹刀の音が途切れがちになり
「どうした」
若い門弟を叱咤する言葉が飛び、それに呼応するように打ち掛かる竹刀の音が蘇ると、兵庫は立ち上がり、座っていて固まった筋を伸ばし始めた。
それを見て、古参の三人、今までの受けから攻めへと変え、若い門弟を打ち始めた。
暫らくして兵庫の声が飛んだ。
「よし、それまで」
へとへとにされた若い三人が退き、兵庫が加わり四人での稽古が始まった。
四人の気合いが庭に飛び、裏店へと流れていった。
先ほどまで六人の稽古で発した竹刀の音をはるかに上回る音が連続して立ち、そして気合いが飛び交った。
長い打ち合いが続き
「参りました」
兵庫と立ち会っていた栄次郎が叫び、相手が隆三郎に変わり打ち合いが再開された。
先ほどより短い時が流れ
「参りました」
隆三郎が兵庫の前から退き平九郎が立った。
栄次郎と隆三郎は兵庫と平九郎の立会いを見ようと、縁台に座り面を外していた。
「とぅぁ~」
「ぃえ~」
平九郎が打ちかかるのを外し籠手・面と打ちすれ違った兵庫が、素早く向きを変えると、振り向く平九郎の籠手を打った。
「参りました」
兵庫は平九郎や縁台に座って居る二人を見てから
「皆、腕が落ちているぞ。よいか、腕で勝ち得たものは腕の衰えで失うことになりかねぬ。稽古を怠り後悔せぬように」

 兵庫の言葉を待つこともなく、三人は兵庫との巡り稽古が始まり暫らくして、息の上がりが早く訪れることや思うように体が動かなくなっていたことに気が付いていた。
面を外した平九郎が栄次郎、隆三郎とやってきて
「精進を怠り申し訳ありません」
三人が兵庫に頭を下げた。
「忙しいのは分る。それ以上目方を増やさぬようにな」
兵庫の説教染みた話を止めさせるように
「ご~ん」
昼の鐘がなった。

Posted on 2012/07/27 Fri. 04:33 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第27話 瓦版(その11)】 

 兵庫はいち早く打ち込みをかわし、益田の面を打ち妻・志津へのお返しをした。
暫らくして、額、小手を腫らした益田は勝負を諦め
「参りました」
と言い、腰の両刀を鞘ごと自ら抜き取り地面に置き、軽く兵庫に会釈し、兵庫に背を向けた。
腕の差を知らされた益田の潔(いさぎよ)さに兵庫は何か感じさせられた。
「益田殿、有難う御座いました。刀はお持ち帰り下さい」
振り向いた益田が
「よいのか」
「妻、志津は剣術を知らぬ女で御座います。その女に貴方ほどのお方が遅れを取りました。良いものを弟子に見させてくれたお礼です」
益田は刀を拾い上げると、
「勉強させられたのは拙者の方だった。御妻女殿に礼を言っておいてくれ」
そう言い残すと益田は再び兵庫に背を向け、道場を後にした。

 穏やかな表情に戻った兵庫が振り返った。
「栄次郎殿に隆三郎殿よく来てくれました。そこの三人も手足を洗い上がりなさい」
 兵庫が親しく名前を呼んだ二人は昨年の初夏、この道場に住み込み修行した加藤栄次郎と名取隆三郎だった。
二人が先年亡くなった先妻幸の位牌に線香を上げ終わったところに、着替え直した志津が垂髪のまま下りてきた。
「加藤様、名取様、先年は弟健次郎がお世話になりました。御蔭さまで帰参が適い国の伊勢亀山に戻ることができました」
「そうでしたか。それはよう御座いました。お一人残られ先生の所に身を置かれるようになられたのですね」
「最初は押しかけ女房でしたが、昨年暮れにお父様、お母様のお許しを頂きました」
二人は頷いていたが、また尋ねた。
「先生、ところで平九郎は如何しておりますか。瓦版で元気なことを知り、会いにやって来たのですが」
「平九郎は先日、旗本金子宗太夫殿の娘御と祝言をあげ、養子となりました」
「そうでしたか、ここで久し振りに平九郎と稽古が出来ると思い稽古着を持参し来たのです。なあ、隆三郎」
隆三郎は頷きながら
「それにしても、ほんの一年足らずのうちに、ここに寝泊りして修行した四人が皆部屋住み、浪人から抜け出せたのですね」
「どうだ聞いたか、そこの三人。いま話に出た四人は皆、部屋住みの身だったのだぞ。己を磨いていれば、その輝きがいつかは誰かの目に入る。若いのだから焦らず修行しなさい」
話の輪に入れない三人が、頷いて応えた。
「修行と言えば、先ほどの奥様の突きは先生そっくりでした。驚きました」
「栄次郎もそう感じたか」
「まあまあ、門前の小僧の類ですから、怪我の功名ですよ」
と志津は赤くなっている額を押さえた。

Posted on 2012/07/26 Thu. 04:28 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第27話 瓦版(その10)】 

 大戸から入り通り庭を一気に駆け抜け裏庭に飛び出した三人が見たものは、まさに志津の頭に振り下ろされた竹刀と志津の突きが繰り出された一瞬で、喉に食い込む鈍い音と額を叩く高い音が起こった。
喉を突かれよろめく浪人の姿と額を押さえている志津の姿を見て
「どうした、志津!」
駆け寄った兵庫に
「もう少し早く帰って来て下さい」
志津は持っていた竹刀と兵庫の持っている風呂敷包みを交換し、台所口から入り姿を消してしまった。
「先生。道場破りです」
「先生が戻られるまで待つようにお願いしたのですが・・・」
「分った、甚八郎。怪我をしているようだな。手当てをしてもらいなさい」
「それより、この益田とか申す道場破りの始末が先です」
土に塗(まみ)れていた甚八郎が訴えた。
「先生、この方の相手は私が致します」
兵庫の後から入ってきた二人の武士の一人が言った。
「いや、栄次郎殿も隆三郎殿も今は仕える身、私が始末をつけます」
兵庫は状況を把握すると、益田に向かい
「お待たせしました。それでは私・鐘巻兵庫がお相手いたします。そちらが無体を申されたようですので、こちらも無体を言わせていただきます。勝った者が負けた者の腰の物を頂くということに致します。ぜひ勝ってこの刀をお持ち帰り下さい」
「嫌、勝負には及ばぬ。帰らせてもらう」
と言い、竹刀を投げ出した。
「それでしたら、刀を置いてお帰り下さい。私は間違いを犯すとどのようなことになるか弟子に教えねばならないのです」
栄次郎と隆三郎が益田の出口を塞いだ。
緊張が走った。
「勝負は時の運、闘わずして両刀を置いて帰られるより、私の両刀を持って帰ることをお考え下さい。そうなっても弟子への教えになりますから」
納得したのか益田は投げ捨てた竹刀を拾った。
「勝負はいずれかが参ったというまでよろしいですか」
益田は黙って頷いた。
兵庫が静に竹刀を中段に構えた。
その姿は先ほど志津が構えた姿と寸分違わぬものだった。
益田は志津の面を打ち、志津の突きを返されたのを思い、面打ちを諦め兵庫の籠手を狙っていた。
兵庫は自ら間合いを詰めることはせず、先ほど妻の志津が益田の喉元に突きを入れ終わった時の姿を思い浮かべていたのだ。
その姿はまさに己の剣の姿に似ていると感じていた。
竹刀一つ握った姿を見せたことは無い志津にどうしてあのようなことが、それも、いま己の前に立っている、かなりの使い手と感じる相手に出来たのだろうか・・・
「ィヤァ~」
益田が気合いと同時に打ち掛かって来た。

Posted on 2012/07/25 Wed. 04:36 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第27話 瓦版(その9)】 

 兵庫は志津にあらましを告げ、五両ほどを受け取り駒形の道場を出た。
そのひょうごの留守中に、思わぬことが起こった。
道場の表を通った浪人が、弱い竹刀の打ち合いと掛け声を聞き、寄って来て出格子に掛けてある地天流剣術指南の看板を見たのだ。
大戸から入った浪人が
「たのもう~」
と大声で訪ないを中にかけたた。
応対に出た志津が板の間に手を着き
「どのような御用でしょうか」
「地天流とは珍しき流派ゆえ一手、手合わせをお願いしたい」
「わかりました。今、主は留守をしております。すぐに戻りますので、ここにてお待ち願いとう御座います」
「待つのは良いが、手合わせが所望ゆえ竹刀の音が致した道場にてお待ちしたい」
と言いながら、止める志津の声に耳を貸さずに、大戸から裏庭に通じる通り庭を抜け裏庭へ行ってしまった。

 始めの内は、三人の稽古振りをおとなしく縁台に腰を下し見ていた浪人だったが、我慢できなくなったのだろうか、立ち上がり声を掛けた。
「御主らの先生が来るまで、わしが教えてやろう」
「なりません」
廊下で様子を見ていた志津の強い口調に浪人が苦笑いした。
「怪我はさせぬ。防具を着けたままでよい。教えるだけだ」
「なりません。その者たちはご覧のように入門間もない者たちです。お預かりしている以上、主の留守中にかすり傷一つ負わせるわけには参りません」
美しすぎる志津の強い口調が浪人の心を乱した。
「どうしてもと申したら如何致す」
「致し方ありません。主人が戻るまで私がお相手いたします。ご尊名をお聞かせ願いとう御座います」
浪人は志津を改めて見、その美しさにそそられたのか猛々しさを露(あらわ)にした。
「面白い。益田数衛門だ。相手になってもらおうか」
「支度をしますので、お待ち下さい」
志津は二階に上がり、仕舞いこんであった己の稽古着、稽古袴を出し身支度し、襷をかけると櫛簪を外し、元結を切り髪を解き改めて一つに束ね結び直した。
その時、気合いが飛び竹刀の打ち合わされる音に混じり、やや鈍い打撃音が聞こえてきた。
志津は急いで階下に下りると草鞋を履くこともせず白足袋のまま兵庫の竹刀を持ち裏庭へ出た。
益田が根津甚八郎を打ち据えていた。防具で守られていない所も容赦していなかった。
「益田様。用意が出来ました」
これ以上地味になれない稽古着姿だけに、志津の凛とした容姿が際立ち、益田を一瞬たじろがせた。
さらに志津が静に竹刀を中断に構え向き合った姿があまりにも堂々としていたため、益田は不用意に打ち込むのを控えたのだ。
「きぃえ~」
志津の甲高い気合いが静まり返っている庭に響いた。
この志津の気合いが家の近くまで戻ってきた兵庫と道場を訪れてきた二人の武士の耳に聞こえたのだ。
「志津に・・・」
兵庫が走り、二人の武士もその後を追った。

Posted on 2012/07/24 Tue. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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