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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第28話 春の淡雪(その21)】 

 そして兵庫と志津にとって思いがけなかったことも教えてくれた。
それは、三崎屋の三男海老三郎が板前の修業を梅川でしていたことだった。
確かなことではないがと、篠塚は断りながら、あの日、助五郎は梅川の板前達に玄人はだしの河豚の捌きぶり見せたということだった。
ただ、それらの板前は店の出す料理を作り終えると調理場から姿を決したそうだ。
しかし、林象二郎が助五郎の思っていた時より早く来たため、天婦羅を揚げるのを手伝うよう頼み、修行中の海老三郎がその役を買って出たらしい。
残された天ぷらを検分した医者の話しと照らし合わせると、もしかすると助五郎が除いておいた物が天婦羅にされたことも考えられたのだが、奉行所もこれ以上は動かないことにしたということだった。
「助五郎さんの最後の言葉は“あのやろう”でした。気がついたのですね」
兵庫は吸い込んでいた息を吐き出し
「それを聞いては今更ながら、志津が天婦羅に手をつけなかった幸運に礼を言わねばなりませんね」
「旦那様、幸運が私に天婦羅を食べさせなかったのではありませんよ」
「えっ、天婦羅に毒が入っていることを知っていたのですか」
「いいえ、はっきりとは知りませんでした」
「それでは、何故、美味しい天婦羅を食べなかったのですか」
「旦那様、私はこれまでにずいぶんと贅沢なものを数知れず食べてまいりました。河豚もです。助五郎が盥に入れ持参しました河豚は何尾いたと思いますか」
「私が見たのは三尾でした」
「そうです、一人一尾宛でした。先ほど申したように私はこれまでなんども河豚をたべてまいりました。一尾の河豚からどれほどの料理が出来るかは分るのです。あの日はそれを超えたものが出されました。もしかすると食べてはいけない所まで・・・と思ったのです」
「なるほど」
と感心する兵庫、篠塚も首を縦に振って見せた。
「ところで篠塚さん、お奉行は此度の件で何かご褒美の話などしませんでしたか」
「そうそう、思い出しました。お奉行からですが、“吾が家来を殴った無礼は、妻の働きに免じ許す”とのことでした」
「旦那様、お奉行様にただ働きの口実を与えてしまいましたね」
「思いつきとは言え申し訳ないことをしました。ところで、篠塚さん顔の腫れあまり引いていませんね。医者に行かれたのですか」
「よく聞いてくれました。顔の怪我と頂いた医者代のことを話したら女房殿に我慢しろといわれ金は取り上げられてしまいました」
「此度のことを思い出しますと大奥の女で始まり、そして志津、止めは篠塚殿の御妻女と、要所要所に強い女が出てきましたね」
「そうだが、最後のは余計だったな」
「は、は、は、は~・」
裏の庭で稽古をしていた三人の門弟が首をもたげ、二階を見上げていた。

第28話 春の淡雪 完

Posted on 2012/08/18 Sat. 04:32 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第28話 春の淡雪(その20)】 

 助五郎の呼吸が覚束(おぼつか)なくなって、やっと兵庫が医者を連れ、戻ってきた。
医者は助五郎に食ったものを吐かせるなどしていたが、半ばさじを投げていた。
そして、三人の膳を検分し、多くを残していた志津の膳の天婦羅の中身を調べ始めた。
「助五郎は吸い物を殆ど残しているから吸い物ではありません。天婦羅の中に色々とおかしな物が入っていましたので、おそらく天婦羅でしょうな」
そういうと、その医者、志津がまだ食べ残していた刺身と吸い物を食い帰って行った。
そして瀕死の助五郎も迎えの駕籠に乗せられ帰った。
 困惑の中に落とされていたのは梅川の亭主春吉だった。
その亭主に志津が
「今度のことは助五郎さんの一人芝居で落ち着きますよ。誰も訴える者は居ませんし、私達も芸者衆も店を出たら忘れますからね」
「私も早く忘れたいです」
そう言って、春吉は目をそのままで、口元だけ笑って見せた。

 店を出た志津が
「あの丸薬、お吸い物に落としたのですが効かなかったようですね。篠塚様」
「おかしいな、猫には効いたと言っていたのですが」
「猫ですか。もう少し大きな犬には」
「犬は、匂いを嗅ぎ食べなかったそうで、分らんと言っていました」
「篠塚さん、効能が定かで無い物に大金を払ったんですか」
「いや、払ってません。医者に効果を知らせることで貰いました」
「それでは、あの金は」
「へ~さん、あんたに殴られたこの顔を治す、医者代に使いますよ」
「それでしたら、もう少し強く殴るのでした」
「は、は、は~~」
宵の口の通りに三人の笑い声が流れていた
 暫らく三つ並んでいた影から一つが抜けた。
残った二つの影が並んで歩いていたが、暫らくして一つになった。
それは少し酔った志津を背負った兵庫の姿だった。

 数日たって、篠塚が道場にやってきた。
門弟との剣術稽古から抜け出した兵庫と志津は二階に上がりその後の動きを聞いた。
篠塚の話はこうだった。
助五郎の他、林も駕籠の中で苦しみ出し屋敷で死んだこと。
ただし、林象二郎の死は普通の病死として届けられた。
まさか河豚にあったて死んだと知られてはお家存続も危ぶまれたのだから仕方がなかった。
そのことにより、林の突然の死で賄方(まかないかた)の勢力が代わり、房州屋の出入りをとめ再び三崎屋に戻す話が進められていることだった。
助五郎と林が悪事を働いてまで得たものは、先日降った春の淡雪のように氷解しようとしていた。

Posted on 2012/08/17 Fri. 04:34 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第28話 春の淡雪(その19)】 

「助五郎、縁起でもない話はするな」
「お殿様、江戸っ子の洒落ですよ」
「馬鹿を申すな。助五郎は安房の生まれだ」
「ああ、それで房州屋さんなのですか」
それにしても今日は梅川を貸し切るなんて、お魚は儲かるのですね」
「これも、林様の御蔭で・・・」
その助五郎の話に分け入るように、林象二郎がやや大きな声で
「若菜、そんなつまらぬ話をせずに、何か舞いでも見せてもらえぬか」
「いけませんよ。芸者衆が来られている席ですよ」
遠慮する志津に幇間が進み出てきた。
「梅助でございます。皆分っておりますのでご遠慮なさらずに殿様のご機嫌を・・・」
「分りました。それでは都鳥でも」

 志津が広間の中程、林の前三間ほどに前に座り深々と頭を下げ、立ち上がると、長唄「都鳥」をかなでる三味線が弾かれ、幇間の梅助が謡い始めた。
志津のよどみなく流れる舞いは踊りを所望した林より、呼ばれていた芸者衆の方が見入った。
そして、その志津の踊りも間も無く終わろうとしていた時、助五郎に変化が起こった。
「あ、あたったらしい。い、医者を呼んでくれ」
といい、後ろへ倒れた。
踊りをやめた志津が襖を開け、帳場に向かって
「へ~さん!、しのさん! 」
志津の声で帳場を抜け出し部屋に入ってきた兵庫と篠塚に
「早く、医者を連れてきて。河豚に中(あた)ったらしいのです」
「姉さん、分りました」
二人が飛び出していった。

「お殿様のご機嫌は如何ですか。このような席に長居は無用で御座います。後のことはこちらで何とかしますので・・・」
林は志津の言葉に促され、席を立ち辻駕籠に乗り、待たせていた小者の先導で屋敷に帰っていった。
 宴が開かれてから四半刻ほどしか経たずの内に客が倒れ、帰ってしまい、芸者衆もまだ花代を計る線香が燃え尽きていないのだが、志津に挨拶して帰っていった。

 そして、暫らくして篠塚が顔を腫(は)らして戻ってきた。
「しのさん。如何(どう)したの。そんなに顔を腫らして」
「姉さん、面目ねえ。医者を連れてそこまで来たら襲われ、ここに入るのを何故か邪魔されました」
これを横になっていた助五郎が聞き
「そ・それは、み・み・みさきやの、し・しけえしだ」
「みさきや?」
「姐さん、お城の御用を下(おろ)された三崎屋ですよ。房州屋が船荷の邪魔をした噂は本当だったんですね」
「い・いしゃは、ま・まだか」
「助五郎さん、悪い噂が本当になったら生き延びてもお裁きが待っていますよ。それでも構わないかい」
「そ・そうか。せ・倅も同罪にな・なるか。い・いしゃはもういらねえ」
「何に中(あた)ったんだい」
「て・て・天婦羅に混ぜられた・・・あのやろう~」
「あのやろう?」

Posted on 2012/08/16 Thu. 04:10 [edit]

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【鐘巻兵庫 第28話 春の淡雪(その18)】 

「世には一目惚れということがあるそうな。それだ」
「一目惚れは有りがたいのですが、立派なお殿様に奥様が居ないわけが御座いません。私は今まで充分苦労してきたのですから、これからまた奥様に怨まれるような苦労はしたくありませんよ」
「そうか、その辺はどうにもなるのだが」

 志津と林の話が盛り上がっているところで、襖が開き助五郎が入ってきた。
「林様、旨いものを作りましたんで、たらふく食べてやってくだせえ」
「助五郎、もう少し気を利かせろ。口説いて居ったのだぞ」
「これは申し訳ありやせん。口説きの席は別に設(しつら)えますんで御勘弁を」

 助五郎が拍手(かしわで)を打つと、料理が運びこまれてきた。
それは河豚尽くしで、林象二郎、助五郎、志津の前に置かれた。
中居たちが部屋から出て行くと志津は立ち上がり、助五郎の前に座り
「殿様にはだいぶ飲んでいただきました。呼んでいただきました助五郎様にも飲んでいただかないと罰が当たります」
「おい、その助五郎様はやめてくれ」
「それでは何とお呼びすれば良いのですか」
「さん付けで呼んでくれ」
「分りました。助五郎さん」
こんな調子で助五郎の杯に酒を満たし、助五郎が一気に飲み干すと、また注ぎ、林に向きを変えた。
「殿様も、杯が干上がっていますよ」
その声で飲もうとしていた河豚の吸い物を膳に戻し杯に手を伸ばした。
林の杯になみなみと酒を注いだのだが、既に酒をだいぶ飲んでいた林はほんの少しか酒を口にしないのを見て、志津はゆっくりと首を左右に振り、杯と林を交互に何度かみて飲み干すのを催促した。
誰しも、美人の酌と目には抗し難いもので、林も杯の酒を一気に飲み干そうと天を仰ぐように首を後ろに倒した。
「あっ、袖が」
志津は林の膳の上に手を伸ばし羽織の袖のたもとが河豚の吸い物に触れないようにした。
志津はこうして二人の酒飲みが上を向いた瞬間に河豚毒の丸薬を二人の吸い物の沈めたのだ。

「それでは芸者衆を入れますよ」
志津は襖に向かって
「お姉さん方、お願いします」
その声が掛かるのを襖の外で待っていた芸者たちが襖を開け中に入ってきた。
静だった座に三味線、笛、鼓の音が響き始めた。
林と助五郎の脇には酌婦が座り、酒をすすめるのを見て、志津は膳の河豚に手を付け始めた。
「おいしい」
志津のその一言が河豚の天婦羅を食べていた助五郎を喜ばせた。
「そうだろう。こんな旨いものを食わずに死ぬ奴も居るが、どうせ死ぬならたらふく食って死んだ方がいいっていうもんだ」

Posted on 2012/08/15 Wed. 04:42 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第28話 春の淡雪(その17)】 

 いち早く若菜に歩み寄った助五郎
「若菜さん。お望みどおり旨い河豚を食わせてやるぞ」
「冗談で言った我が侭を、聞いていただき有難う御座います」
「房州屋さん。河豚を捌くのですか?」
不安げな様子を見せる梅川の亭主春吉だった。
「亭主、心配するな。今日は貸切のはずだ。それも前払いしてある。調理場も借り河豚はおれが捌く」
「分かりました」
春吉の先導で調理場へ向かう河豚行列が出迎えた皆の前を通り過ぎていった。
兵庫も土間で頭を下げ、盥の中で元気に動く三匹の河豚を見送った。

 助五郎がその腕を発揮始め、しばらくして暮れ六つの鐘が鳴り、やっと篠塚がやってきた。
「すまん。薬がなかなか手に入らなくて・・・気が利く医者の方は近くの番屋につれてきてある」
「それで、薬は何とかなったのでしょうか」
志津が不安げに聞いた。
「懐から紙に包んだ丸薬を見せ、水につけると直ぐに形が崩れるそうだ。吸い物か酒の入った銚子に入れるといいらしい。痺れさせるには一粒で良いそうだ」
「分りました」
志津は丸薬を受け取り懐に収めた。
「篠塚さん、助五郎は今、調理場で河豚を料理中で、林象二郎は未だ来ていません」
「それでは、お二人の持ち場で世間話などしてお待ち下さい」
志津が笑いながら二人に言った。
「あ~、またあの狭い帳場の隅か」
「早い出番が来ることを祈りましょう」
二人は上がると脱いだ草履を後ろの帯に挟み、帳場の奥に消えていった。

 二人が帳場の隅に身を置いて暫らくして、助五郎が招いた林象二郎がやってきた。
出迎えた亭主の春吉と志津が林を部屋に案内し、志津が残った。
「助五郎は如何した」
「お殿様、助五郎様は今、殿様のために腕を振るっておられますので今しばらくお待ち下さい。来られるまで私がお相手いたします」
梅川で用意した料理と酒が出され、志津の酌で宴が始まった。
林の機嫌は良く、志津の酌で杯を三度重ねると
「助五郎の目は確かだな」
「何を申されますか。助五郎様はまだお若いのですよ」
「そうではない。人を見る目が確かだと言ったのだ」
「何方を見られたのでしょうか」
とあくまでもとぼけた返事をしている志津に
「若菜と申したの。この月にも年季が明けるそうだが行く宛は決まっているのか」
「あれ、その様な話まで。・・・何処かに小料理屋でも開こうかと思っているのですが、帯びに短し襷に長しで悩んでいます」
「そうか、若菜、お主さえよければ面倒を見てやってもよいぞ」
「お殿様がですか。待ってください。私は未だお殿様のことを存じ上げていないのですよ。他所でも何方かに申されているのではありませんか」

Posted on 2012/08/14 Tue. 04:48 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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