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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第30話 渡世(その23)】 

 一方、清麿は板橋で源三として酒毒抜きしていた時に打った刀に見入っていた。
その顔からは今までの穏やかな表情が消えていた。
そして目を瞑り何かを思い、また眼を開け見入り、目を閉じ思うことを繰り返していた。
弟子達が打つ鎚音が聞こえ、暫らくして栄吉と辰五郎が戻るのを見て、清麿はようやく刀を鞘に納め、兵庫に戻した。
「どのようにこの刀を打ったのか思い出そうとしたのですが・・・もう私にはこのような刀は打てないのかもしれませんな」
源三の声は何故か落胆に満ちていた。
「今、清麿殿が打たれている刀が私の持つ、この源三に劣っているとは思えません。ただ私はこの刀を見ると源三さんとの数日を思い出すことが出来ます」
清麿は兵庫の言葉に何かを感じたようで厳しかった顔を緩めた。
「私はここ四ツ谷に参ってより頼まれ多くの刀を打ちましたが、何故か刀を渡した方の顔が浮かんできません。名声は得ましたが何か大切なことを見失っていたようです」
「私には清麿殿が失ったものより得られたものの方がはるかに大きいと思われます。お弟子の打つ鎚音をお聞き下さい」
「なるほど、また教えられましたな。これからは刀を鍛えるより弟子を鍛えることにします」
「本日はいろいろと無理な願いを聞いていただき有難う御座いました。これ以上邪魔をしてはいけませんので引き上げさせて頂きます」
穏やかな表情に戻った清麿に兵庫も笑顔で応え、清麿の鍛冶場を後にした。

 「先生、清麿殿とのお話を伺っておりましたが、名声を得てもまだ満足できないのですね」
「名声は人を満足させるものだと私は思います。ただ名声を高めようと多くの刀を打たれ過ぎたようです。その名声が富をもたらしたでしょう。しかし、それは渡世を超えた行為だったようです。渡世を超えてしまったことで、清麿殿は名声を己が打った刀に奪われてしまわれたのです」
「名声を刀に奪われたとはどういうことですか」
「私は今の清麿殿を知らずにこの刀を得て喜び、この刀を打ってくれた源三殿に感謝しました。それはきっと源三殿に伝わったからこそ清麿殿となった今、また私は高価な小刀を頂けたのだと思います。しかし、名高い清麿殿の刀を得た方々の多くは名高い刀を持つことで満足し、大金を払うことで清麿殿への感謝を済ませているのです」
「先生。渡世で満足し続けるにはどうしたらよいのでしょうか」
「甚八郎忘れたのか。お道とお琴が言ったでしょう。親子に三食食べさせてくれる人がいいと」
「強くなければとも言いました」
「源次郎、それは親子が食べていけるだけの貧しさにも耐え、喜べる強さを言ったのです。
鰯で満足できる者は鯛でやっと満足する者より強いのです」
「私は毎日、浅蜊や鰯でも耐える強さは養えました。後は食い物を得る渡世の術を得るだけです」
「皆、今の草鞋作りに竹刀直しだけでは足りそうもないが、焦ることはない。私も似たようなものですから」
こうした渡世修業に片足を入れた兵庫以下四人の二本差しの歩く背を、既に渡世を二本の足で歩き始めた栄吉と辰五郎が押していた。

第30話 渡世 完

Posted on 2012/09/27 Thu. 04:24 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第30話 渡世(その22)】 

 四月十七日の昼を過ぎた頃、兵庫と幼さが残る若侍三人そして職人姿の二人が四谷伊賀町にある清麿の鍛冶場に着いた。
そこは兵庫が昔訪れた板橋の百姓鍛冶場とは違い、格式ある門まで備わっていた。
開け放れていた門をくぐり屋敷内に入ると、昼を済ませ一服している数人の男が茅葺き家の廊下と庭に置かれた石に座り兵庫が入って来るのを見ていた。
「お~。鐘巻様」
声を掛けたのは廊下に座っていた源三こと源清麿だった。
兵庫が歩み寄ることで別れてから流れた二年三ヶ月の歳月の隔たりが消え去っていた。
「清麿殿。お久し振りです。お願いがあり駒形から参りました」
「駒形に移られましたか。それでまた、相鎚をするおつもりですか」
「それで叶うのでしたら致します」
「冗談です。願いとはどのようなことでしょうか」
「ここに連れてまいりました者が百姓相手の鍛冶仕事をしたいと申しまして、鍛冶場を開くための知恵をお借りしたいのです」
「そうですか。鍛冶仕事をしたことはあるのですか」
「私が頼み、小柄をこちらの栄吉が、笄は栄吉の弟子辰五郎が作った物です」
兵庫が手渡した小柄と笄を見ていた清麿が
「もしかして栄吉さんは栄五郎さんの倅かい」
「は・はい」
「栄五郎さんには彫りを教えて頂いたことがあります。私のところへわざわざくると言うことは、栄五郎さんは・・・」
「い・一年前の、は・春先に、は・流行り、か・風邪で、な・亡くなりました」
「そうでしたか。鍛冶仕事はどちらで」
「は・はい。か・亀戸でします」
 あらましを聞いた清麿は近くで話を聞いていた男を手招いた。
「清人(きよんど)、こちらの栄吉さんに火床、鞴(ふいご)、鍛冶道具、炭、鋼など神田、日本橋辺りの仕入先を書き出し、他に分からないことがおありなら、教えてあげなさい」
「分かりました。栄吉さん、辰五郎さん、こちらへどうぞ」
清人と呼ばれた男の後に二人がついて行き、裏のほうへ消えた。
「鐘巻様。他にも御用があるのでしょ」
清麿は手に持っていた小刀が嵌まっていない小柄を見ながら言った。
「はい、此度は大鎚ではなく小鎚でお手伝いしたいのですが」
「はははは~、そのような気遣いには及びません。手慰みにですが作った物がありますので差し上げます。お待ち下さい」
清麿は板橋を思い出させるような兵庫の言葉に、笑みを浮かべ廊下から座敷に入り、手文庫を開け小箱二つを取り出し持って来た。
「鐘巻様、私からもお願いがあるのですが・・・」
「なんなりと」
「もう一度、お腰の刀を拝見したいのですが」
「容易(たやす)いことです」
兵庫が銘源三・二尺二寸五分を鞘ごと抜き、清麿に渡し、清麿から小箱を受け取った。
小箱の蓋を開け、中を見ると銘、清麿の小刀が入っていた。
兵庫は蓋を閉め押し頂き懐に納めた。

Posted on 2012/09/26 Wed. 05:05 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第30話 渡世(その21)】 

 ここ駒形の道場に通い始め、周りから武家の堅苦しさが消えた中で日を過ごすこと三ヶ月近くも経つと、三人は“朱に染まれば赤くなる”の喩えではないが、百姓仕事の草鞋作りも嫌がらず出来るようになっていた。
しかし、やはり武家なのである。
その日の午後、竹刀作りに三人は草鞋の時とは比べられないほど気を入れ、兵庫から教えられた竹刀のばらし・組み立てを繰り返し行った。
それが出来るようになると兵庫は稽古で痛んだ竹刀の束と鉋と小刀を持ってきた。
「節目の近い竹刀を二本若しくは三本選び、痛んだ部位を直すか取替え、使える様に仕立て直しなさい。あくまでも竹刀で叩かれ突かれる相手に怪我などさせぬために直すのです。細かなささくれなども取り除くようにしなさい」
三人が竹刀修理に取り掛かり、各々が一本直し兵庫の検分を受けた。
「良い出来です。任せますので続けて下さい」

 誉められ気をよくした三人が何本かの竹刀を直し終え、さらに没頭していると、勝手口から辰五郎と栄吉が嬉しそうにやってきた。
「せ・せんせいできました」
兵庫が頼んでおいた小柄と笄を持って来たのだ。
赤銅地に笊目を彫り、一つには鰯、もう一つには浅蜊を高彫りし金の色絵を施こした小柄二本、そして鉄地に同じように蕪を高彫りし金の色絵を施した笄を兵庫に見せた。
「志津!」
その出来のよさに兵庫が二階に向けて大声を上げた。
何事かと志津、お道、お琴が階段を下りてきた。
「この品物を見て上げて下さい」
兵庫から三品を受け取り志津は暫らく見ていた
「本当に良い出来ですね。それと・・・」
「それと、何ですか」
「この図柄。旦那様にぴったりです」
「そうですか。そう言ってくれると嬉しいです」
「ところで小柄に嵌める小刀は如何するのですか」
「はい、明日の午後、皆と四ツ谷の清麿殿に会いに行き、栄吉と辰五郎は鍛冶屋の話を、私は小刀を頼もうかと思っています」
「先生。明日行ってもらえるのですか」
「辰五郎。それが約束だったからな」
「先生、有難う御座います。これで大きな物を打てるようになります」
「明日、四つに此処を出ます。志津は弁当の用意を、肝心の二人はもう少し身奇麗にな」

Posted on 2012/09/25 Tue. 05:00 [edit]

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【鐘巻兵庫 第30話 渡世(その20)】 

 三人が兵庫との修業に明け暮れていた時、志津もお道とお琴に生きる手立てを教えていた。
まずは日々の衣食と立ち振る舞いとそれに見合った言葉遣いなどだが、二人の娘にすれば、今までやりたくても出来なかったことだけに、教えられることを貪欲に吸収していた。
あわせて、着ていた物を変え、髪なども整え、質素ながら飾り物を付けると、数日前に来た時とは様相が変わってきた。
その娘二人を庭で稽古をしている三人が眩しそうに見始めたのを志津は感じていた。
三人は生まれてから今まで、殆どを屋敷の中で過ごし、一人で外出することは滅多に無かった。
それが、兵庫の道場に通うようになってからは、屋敷はただ寝に帰る所に変わってしまった。
巣離れは出来ては居ないが広い世間を羽ばたき始めている。
やがては兵庫がそうであったように、止まり木であるこの道場からも飛び立っていく日が来るのだろうが、そのためには先ずは生き抜く力が必要なのだ。
武家育ちの若者にはまだその力はないと、志津は弟の健次郎が三人の年頃の時の頼りなさを思い出し感じていたのだ。
志津は娘二人の存在が三人の修業の妨げになってはと、飯の給仕を除き娘の姿を遠のけようかと考えていた。

 朝稽古が終わり、栄吉も加わり皆がそろった台所で、娘二人が飯と汁と盛っていると、甚八郎が二人に向かって唐突に
「どのような者に嫁に行きたいか教えてくれ」
お道とお琴は盛っている手を休め、顔を見合わせたが、双子の姉であるお道が
「親子に三食食べさせられる人」
「それと強い人」お琴が続けて言った
二人の応えを聞いた甚八郎が己の顔を押さえ、
「ここはどうだ」
それを見た娘二人が、同時に兵庫の美男とは言いがたい顔をしげしげと見、そして美貌の兵庫の妻志津の満足そうな顔を見、最後に甚八郎に顔を向け、男は顔じゃないと言いたそうに首を横に振って見せた。
「源次郎、富三郎、わし等にはまだ二つ肝心なものが足らないようだな」
お道とお琴に醜男と目で言い渡された格好になった兵庫が己と三人を慰めるように
「その肝心なものが修業すれば何とかなるもので良かったではないか」と言った。
志津は先ほどまで心配していた娘の受け応えに安堵し、憮然とした顔のまま飯を食べ始めた兵庫を見て笑いを堪(こら)えていた。

Posted on 2012/09/22 Sat. 04:19 [edit]

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【鐘巻兵庫 第30話 渡世(その19)】 

 それから二日経った四月十六日の朝、朝駆けから戻って来ると駒蔵が待っていた。
「全部売れましたので百四十文持ってきました。売り物は出来ていますか」
「出来ていますが、先払いなら十三文で卸しますがどうしますか」
兵庫は金を受け取りながら提案した。
駒蔵は考えていたが売れると分かれば仕入れ値は安い先払いが良いと思ったようで、懐から巾着を引っ張り出し、慎重に数えながら床に置いた。
「とりあえず百三十文、十足分頂けますか」
兵庫は羽目に掛けてある草鞋を十足数え手渡した。
「駒蔵さん。今後はこの辺りの羽目に出来た草鞋と銭箱を掛けておきますから、必要なだけ取り、その代金を入れて下さい」
駒蔵は頷き帰って行くのを見送りながら、甚八郎が
「本当に売れるのですね」
「良い物を安く売れば、この御時勢ですから売れないわけがないでしょう。今日の午後は竹刀作りを伝授しましょう」
「竹刀は番小屋では売れないでしょう」
「売るのは皆が先日まで使っていた竹刀を買った神田三島町の鹿島屋に頼みます」
「材料はどうするのですか」
「どの竹刀屋も何がしかは他の材料屋から仕入れています。私たちでどうにもならない物は仕入れます。今は柄皮や弦です」
「竹は?」
「今年の分は台所の屋根裏に用意してあります。来年の分は皆だったらどうしますか」
兵庫の返事は半分で、逆に問いかけてきた。
「日頃から気を配り世間を見て居たら、安く手に入る算段が思い浮かぶはずなのですが」
暫らく三人は考えていたが、諦めた様子で兵庫を見た。
「竹の生えている所で、皆が思い当たるのは何処ですか」
「分かりました。普門院の空き地に生えていました」
富三郎が応えた。
「はい、そうです。これも交渉ごとですが、相手は吉衛門殿と辰五郎たちですから、高いことは言わないでしょう」
「何か分かったような気がしてきました」
「何がですか」
「人のつながりが大切なことです」
「それが分かれば、今後どうすればよいか分かります」
「先生の申されることは難しいです」
「甚八郎。つながりを大切にしたい人と思う人を先ず一人探すのです。そしてその人が甚八郎にするように周りの人に出来ることからやるのです」
「先生、それは兵法ですね」
「富三郎、分かりましたか。そうです兵法です。良しにつけ悪しきにつけ、与えただけ返ってくるのです。良いことが返ることを望むなら、先ず、良いことを与えるのです」
「私にも与えて喜ばれるものがあるのでしょうか」
「誰にもあります。たとえば何も出来ない幼子が笑うだけでその母は満たされるそうです。源次郎には幼子以上に与えられるものが多いはずですよ」
兵庫が言いたいことが何となく分かり始めたのか三人が頷くのを見た兵庫が草鞋から始まった問答に終止符を打つように
「さ~、朝稽古だ」

Posted on 2012/09/21 Fri. 04:43 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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