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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第31話 屋敷替え(その13)】 

 一刻が過ぎ五つの鐘がなる頃には兵庫の脇に五足ほどの草鞋が出来ていた。
「朝飯前に六十五文稼いだぞ」
これは駒形の番太が道場で作られた草鞋を一足十三文で買い取り、番小屋脇の店で三文の利を乗せ十六文で売っているのだ。
何しろ番小屋の近くは通行人が多い上、値段もこの辺りの相場より数文安いから置けば売れ、番太の駒蔵も三日と空けずに出来上がっている草鞋を取りに来て、その代金を羽目に掛けてある銭函に入れていくのである。

 床に落ちた藁屑を掃き終えた兵庫が、脇の部屋で本を読んでいる弟子に
「朝飯の用意ができたようだ」と声を掛け台所へと席を変えた。
弟子の三人の他、栄吉もやってきて忙しい男の朝飯が始まり暫らくして終わった。
「栄吉さん。普門院の方はどうなっていますか」
「は・はい。き・吉衛門さんが、い・今二軒長屋を、た・建ててくれています」
「そうですか。向こうに移る前に竹刀に押す“地天”の焼印を作ってもらえませんか」
「はい、か・簡単です」
「先生、竹刀に“地天”の印を押すのですか」
兵庫のすることに一々興味を示す、甚八郎の問いだった。
「そうです。刀に銘を入れるようなものです。信用が付けば“地天”の印を押すだけで十文以上高く買い取ってもらえます」
その時、侍の話とはとても思えない会話を途切れさす声が、表から掛かった。
「鐘巻さん。坂牧だ」
「私が出ます」
兵庫が茶を飲み干し、出て行くと昨晩の同心坂牧が、笠を被り柿渋合羽姿で立っていたが笑みをこぼした。
「無事済んだようですね」
兵庫から話を切り出すと
「谷垣家に昨晩の話が届いたようで、用人以下三人が早朝からやってきた。畳、襖などを屋敷にあげるのを手伝わされたが、ことを荒立てないようにと小判を掴まされた」
「それはご苦労の甲斐がありましたね」
「ああ、独り占めしては寝起きが悪くなるのでお裾分けに一枚受け取ってくれ」
「それで寝起きが良くなるのでしたら、頂きますが、あの大八はどうなりましたか」
「ことを荒立てないようにするには、あのような物は無い方が良いのではと思い、本所からは川向こう、こっちの花川戸に捨てたら直ぐに拾われた」
「盗人も、尻を叩かれるぐらいで済みますか」
「他に、悪さをしていなければ、そんなところだろう」
「ところで、ここが道場ですか」
「はい、裏に雨漏りのする道場があります。ご覧下さい」
兵庫が土間の下駄を履き、案内した。
坂牧は裏庭を見せられ
「下手な芝居を見せられるよりは笑えた」
同心は上機嫌で帰っていった。

 台所に戻った兵庫が一両を見せながら
「さて、今回の見張りであったが実際に使ったのは、辻番への心付けだけだった。得たものは、今、坂牧殿から頂いた一両と花川戸の大黒屋に大八三台、それと匕首一振り。お主ら三人は防具を得た。今回は足が出なかったようだな」
「旦那様、余ったお金はお戻し下さい」
「はい、心得ています」
兵庫がたった今、貰ったばかりの一両を妻の志津に渡すと、笑いが台所に起こった。

第三十一話 屋敷替え 完

Posted on 2012/10/10 Wed. 04:58 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第31話 屋敷替え(その12)】 

 兵庫は最初に倒した男に尋ねた
「今晩屋敷が空いているのを良く分かったな」
「屋敷替えがあると聞き、来て見たが昨晩は剣術のつえぇのが居るんで止め、様子を見ていたら、昼過ぎに皆帰っていきやがった。そして残っていた野郎も居なくなったので大八まで引いてやってきたのに、このざまだ。罠を張られているとは気が付かなかったよ」
「上手く行けば今晩の稼ぎはどのくらいになるのですか」
「襖の値次第で、・・・おっと、高いこと言うと首が飛んでしまう」

 役人が手数を揃えやってくるまで一刻近く掛かった。
御用提灯で照らし出された兵庫の顔を見て、
「あんた鐘巻様の・・・」
「はい、鐘巻兵庫です。いつぞやはお手数をお掛けしました」
来たのは以前、竪川に架かる新辻橋で浪人二人を斬った時、取調べを受けた同心の坂牧だった。
坂牧は事の顛末を兵庫より聞き取り、賊の八人を数珠繋ぎにしょっぴかせたが残された大八の荷をどうするか迷っていた。
盗まれた所は分かっているが、空家でも旗本の屋敷に断り無く町役人が入る訳にも行かず、兵庫が屋敷の主の姓を教えたが川向こうは己の支配違い、明日、番町の定廻りに行かせることにすると応えたのだ。
その間、荷の保管が悩みで下手(へた)に動かして傷をつけてはまた後々問題なると、結局、その同心は荷を屋敷の門前まで戻し、寝ずの番をさせ、屋敷の者が来るのを待つことにした。
「雨が降らねば良いのですがね~」兵庫は空を見ながら呟いた。
「鐘巻さん。嫌なことをいわねぇでくれ。第一、大八に掛ける合羽など何処にあるんだい」
「私が知っているのは川向こうにはあるんですよ」
「分かった。教えてくれ。濡れたぐらいで咎められては堪らんからな」
「太助さん、浅吉さん。お客ですよ」
「へい、毎度。旦那ついてきてくだせえ」
「なんだい、御主等の商売かい」

 兵庫の持つ提灯の明かりを先頭にして、川向こうに向かって歩いて行くなかで、太助が話し始めた。
「旦那、合羽の貸し代は只にしますんで、あの荷を降ろしたら大八を頂けませんか」
「はっきりとは申せぬが、何とかしてみる」
盗人の上前を撥ねるのは兵庫の常套手段だったが、何度も兵庫の手助けをしてきた太助にも伝授されたようで、声こそ出さなかったが兵庫は笑っていた。

 道場に戻った者はその夜、軽い飯を食い道場に泊まった。
翌朝は細かい雨が降っていた。
「先生、このまま五月雨になるのでしょね」
「そうだな。未だ四月だが閏二月が入ったからな・・・」
「本を読む日が続くことになるのですね」
「御主等はすることがあるだけいい。わたしは草鞋作りの日々だ」
「ところで先生、昨晩着込みました鎖、鉢金は如何致しましょうか」
「おぬし等の身体に合わせたのだろう」
「はい、少し大きめの物を」
「先を読んだな。よい心掛けです。昨晩の駄賃代わりに差し上げます」
気をよくした三人の弟子、甚八郎、源次郎、富三郎は表座敷で本を読み始め、その師である兵庫は板の間に綯ってあった縄を持ち出し、草鞋を作り始めた。

Posted on 2012/10/09 Tue. 04:52 [edit]

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【鐘巻兵庫 第31話 屋敷替え(その11)】 

 狭く蒸し暑くなった番屋の中で皆が堪えていると
「先生・・」
外で見張りをしていた太助の小さな声だった。
「来たようだな。皆はそのまま静にしていなさい」
兵庫は辻番小屋の出入り口に寄り
「来たか」
「へい。堂々と提灯を付け大八を引いてきます」
「やりすごせ」
「分かってます」
大八車のきしむ音をさせ、一行は太助が立つ前を通り過ぎて行った。
「先生。八人で大八三台を引いています。長いものを持っている者は居ません」
 兵庫は番小屋から首だけを出し、通り過ぎて行った者を眺めた。
月も無く、番小屋の篝火も届かなくなり、先頭を歩く者が持つ提灯の火が揺れていたが、空き屋敷の前あたりで停まり、火が屋敷の影に消え、暫らくして大八も屋敷の中へ入っていった。

 賊と確信した兵庫は表に出ると、中に声をかけた。
「皆、出番が着たぞ。おそらく賊はまたこの小屋の前を通る。それを前後、脇から襲うことにする。先頭を私が倒す。後ろは門弟三人。脇は太助と浅吉。辰五郎と栄吉は用心して倒れた者を二人で一人ずつ引っ括(くく)れ。匕首(あいくち)ぐらいは持っているかも知れぬから、倒しても不用意には近づくな。金衛門殿は騒ぎが始まったら役人を呼んで頂きたい」
表に出てきて大きく背筋を伸ばした甚八郎
「先生、後ろはどの辺に潜めばよろしいでしょうか」
「剣術稽古した空地のどこかに身を低くしていれば、暗くて分からんだろう。太助と浅吉は石原新町の路地に潜みなさい。私が確かめ賊なら気合いを掛ける。それが飛び出す合図だ。逃げそうな相手は脛を打て」
辰五郎と栄吉は縄を六尺ほどに切ってくれ。
三人は縄を一本もらい空地に行きなさい。
兵庫はそういうと篝火に薪を足し始めた。

 そのような手筈されているとは知らず、四半刻経って門がきしみ音をたて開けられ、先頭に提灯を持った男が出てきて辺りを伺っていたが辻番に向かってゆっくりと歩き始めた。
それが合図か、大八が次々と出てきて門が閉まる音がし、来た道を引き返してきた。
辻番を装い立っていた兵庫は向かってくる提灯の火を引きつけてから、進み出て
「元金子家の屋敷から出て参ったが、何を持ち出された」
この問いかけに先頭の男は応えず、提灯を投げ捨て懐の匕首を抜いた。
「とぉぁ~」
兵庫の木刀が不用意に伸びた男の腕を叩き、続いて脛を打った。
先頭の車を引く男を殴り倒すと、押し役の男は踵(きびす)を返したが足を木刀で払われ倒れた。
逃げ道である三方から襲われ、何がしかの一撃を受け全員が地に倒されてしまった。
 短い時の流れだったが、その間気合いが飛び交い通りの両側で眠りに落ちていた町人・侍の目を覚まさせた。
提灯を持って出てきた者達が見たのは地天の印半纏を着た者が、地に倒れ座り込んでいる者を縛り上げている姿だった。

Posted on 2012/10/08 Mon. 04:58 [edit]

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【鐘巻兵庫 第31話 屋敷替え(その10)】 

 その日の夕方、兵庫の家の台所と表板の間との境の戸が外され、いつもより多くの者が飯を食っていた。
甚八郎、源次郎、富三郎の弟子、大黒屋からはこんな時役に立つ太助と浅吉、棒手振りの辰五郎、それに長屋から栄吉が加わっていた。

 男達の夕飯が終わるのを見て、兵庫が話し始めた。
「良いか、無理をしてはいかん。それと一人で相手をしてはならぬ。また、不必要に大怪我をさせてもいかん。得物は木刀。皆は侍を相手にするな」
「旦那様、今晩は暗う御座います。目印に半纏を出しましょうか」
「そうだな。同士討ちになってはいかんので用心しましょう」

 かくして飯を食い終わった兵庫以下八人衆は身支度を整えた。
特に、初陣となる若い三人は武具商泉州屋から引き取った鎖帷子、籠手、鉢巻で身を固めていた。
他の者も木刀等の得物の他、荒縄を持って道場を出た。
提灯を持つ兵庫に吾妻橋の橋番がひゃかし気味に
「捕物にでもいくんですか」と問いかけた。
「分かりますか」の相槌に橋番が笑い一行を見送った。
 地天の半纏は疫病神とは見られておらず、本所の夕暮れの中を咎められる事も無く明渡され、門が閉じられている屋敷の前を過ぎ、その先にある辻番所へ兵庫は入った。
「また、旦那ですかい」
「すみません。何か変わったことは有りませんか」
「変わったことね~。そう言えば金子様の後に入る谷垣様の御家来、たしか大島様が参られ、“今晩一晩宜しく頼む”と申されたぐらいです」
「そうですか。やはりあの屋敷の中には留守番一人ですか」
「えっ?・・一人も居ませんよ」
「大島様は」
「反対方向へ歩いて行きましたので帰られたのではありませんか」
「留守居を置かぬとは、なんとも無用心な話ですね」
「はい。ところで御用は?」
「気にかかることがあり、一晩お世話になりたいのです」
兵庫は一朱渡しながら頼んだ。
「ようございます」
兵庫が合図をすると外に居た者が入ってきた。
「二三人かと思ったら、ひ~ふ~み~・・・」
「八人です」
 皆が思い思いのところに腰を下ろした所で兵庫が
「悪いが侍を除いて四人で四半刻交代で、目立たぬよう半纏を脱ぎ表の番に立って下さい。それと篝(かがり)の火は絶やさぬように」
こうして、番に立つものが代わるだけで何事も無く時が過ぎていった。
四つが過ぎ、兵庫が懐から残っていたするめ束を出し
「甚八郎、焼いて皆に配って下さい」
鼻をくすぐるような香ばしい匂いは退屈な目を覚まさせ、静だった辻番の小屋に
話し声が蘇った。
しかし、これも気休め程度で昼間の疲れもあり、門弟の三人は眠気と戦っていた。
 貧乏人にとって夜の楽しみが少なかった幕末、普通の者が眠気を誘われる時刻は五つ過ぎ、それより既に一刻(二時間)遅い四つを過ぎていた。

Posted on 2012/10/07 Sun. 04:43 [edit]

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【鐘巻兵庫 第31話 屋敷替え(その9)】 

 兵庫の言うことを神妙に聞いていた三人だったが、富三郎が
「先生。それは戻らぬ時は無事屋敷を引き取れたという約束で出てきたのではありませんか」と在りそうな話をした。
「なるほど。そうかも知れぬが、無用心な話だな」
「何が無用心なのですか」
「先日、私がほんの僅か飯を食っている間に盗人が入ったのを覚えていよう。盗人も食うためには隙を狙っているのです」
「そうですが、空家ですから目ぼしい物はないでしょうし、一人でも留守居が居るのですから」
「それは吾等常人の考え方だ。むかし赤穂藩が取り潰しの沙汰が出た途端、上屋敷に賊が押し寄せたそうだ。親戚筋の侍まで借り屋敷を守ったと聞いています。賊とは言うが普段はまっとうな町人なのです。何も無いと思われる空き家の旗本屋敷と言いましたが、庭木もあるし、屋根には瓦も乗っていました。家の中に欲しいものがあるかもしれませんよ」
そう言うと、兵庫は目を瞑りまた考え始めた。
「旦那様、心残りでしたらあと一晩見張られたら如何ですか」
「構いませんか」
「そうなされたいのでしたら、お留めはしません。一両もあれば足りるでしょう」
「すまん。細かいもので用意して下さい」
「先生。一両も使って見張り、何の得があるのですか」
「甚八郎。何の得も無いように思うだろうが、これが結構あるのです。何も起こらなければ吾等の見張りが役立ったと思えばいいし、起これば取り押さえ被害を出さなかったことを喜べばいいのです」
「・・・・」
「甚八郎。先生は吾等に文武を教えて何の得があるのか考えろ。私は今日の見張りに加わり、誠の文武を学びます」
「私も加わります」
「それは許しません」
「もう、子どもではありません」
「分かっています。だが未熟です」
「確かに未熟ですが、何かお役に立てます」
「それが未熟なのです。役に立とうとすれば必ず無理が出、怪我をします。地天流は何度も言いますが逃げることが出来て免許皆伝です」
「先生。それでしたら後ろに控えるだけで結構です。連れて行って下さい」
「旦那様。いつかは通らねばならない道かもしれません。先導役になられては如何ですか」
志津に口を挟まれ兵庫は諦めた。
「分かりました。今夜見張りに出たいものは今から泉州屋に行き、先日、頼んでおいた物の中から身体に合うものを貰ってきなさい」
三人は顔を見合わせ、頷くと飛び出していった。
「志津、また大黒屋に行ってきます」
兵庫が大黒屋の暖簾をくぐると出てきた主の道太郎が
「鐘巻様。太助が何も起こらずがっかりしていましたよ」
「そのがっかりついでなのですが、もう一晩助っ人をお願いしたいのです」
「それはまたどうしてですか。受け渡しは済んだと聞いていますが」
「はい。ですが留守番が一人しか居ないようなので心配なのです」
「分かりました。暮れる前に、太助と浅吉を行かせます」
「有難う御座います」

Posted on 2012/10/06 Sat. 05:12 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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