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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第32話 内職(その14)】 

 儀式めいた立会いが終わると、場は庭から座敷となり会食が催された。
これまでとは打って変わり半ば無礼講の気楽さが許され、暫らくして座が崩れ、客人である兵庫等に色々と問いかけが出始めた。
大方は武勇譚をせがむ声だが、それに兵庫は応えなかった。

 ただ、武芸の工夫について問われた時兵庫は答えた
「わが師、雲風流の相川先生は武芸を助けるのは事の理だと申されました。工夫は身の回りに起こるごく当たり前の中にあるということです。ですからその当たり前の中から見つけ出すことです。逆を言いますと武芸の工夫は当たり前の中で生かすことが出来ます。
例えば、私の刀は武芸に秀でたものが打ったものです。どのように刀が使われるか知った刀鍛冶はその武芸の工夫を生かす刀が打てるのです。御当主殿が先ほど武門に恥じぬ内職と申されました。内職においても武芸を生かす道は多いと存じますゆえ、励まれますよう」

「先生。武芸に励ませますので、出稽古お願い出来ませぬか」
「稽古は自らが行うものゆえ、日頃の稽古こそが何よりも大切で、屋敷内から竹刀の音を絶やさぬよう心掛ければ、その音はやがて上にも聞こえます。出稽古の時だけの稽古ならお断わりします」

平九郎は兵庫の話を受け、居並ぶ者たちに覚悟を問い、改めて出稽古を願い、兵庫もこれを受け入れた。

 翌四日、金子家から稽古に使う竹刀二十、草鞋百の依頼が届いた。
兵庫は急遽器用な辰五郎に依頼の品の作り方を改めて伝授する一方、門弟三人には草鞋作りの藁を、竹刀では竹、契、拵えの弦、柄革、先革、中紐等の必要な材料を手当てさせた。
節句が終った六日、辰五郎は荷を積んだ大八を引き、金子家の門を叩き、出てきた門番に兵庫から預かった書状を渡した。
兵庫から届けられた頼りには辰五郎を師として家来衆に少しでも物作りの技を覚えさせろと書かれていた。
それを読んだ平九郎は外で待たされていた辰五郎を屋敷に入れ、家来に辰五郎から草鞋作り、竹刀作りの教えを受け入れるよう諭した。
家来もこれが行く行く内職の一つになることを認め、自分達が使うことになる竹刀や草鞋作りを辰五郎から学んだ。

 七日は雨だった。
道場の表、板の間では兵庫以下門弟が竹刀作りに励んでいた。
そんな中、甚八郎が不思議そうに手を休め尋ねてきた。
「何故、折角の内職を受けずに、頼んできた金子家に内職の材料を師匠付きで渡したのですか。羽目に引き取り手のない草鞋があれほどあるのに、何故納めなかったのですか」
「言われてみればそうかもしれませんが、私は内職をこのような雨の日の楽しみにしているのです。もし一度でもあのような内職を引き受けたら、以後、晴れた剣術日和に注文が来た時断われなくなります。内職は道場を営むために必要です。内職のために道場を休むのでは本末転倒となりかねません。何のために内職をするのか忘れてはいけません」
甚八郎は頷き、再び竹刀作りの手を動かし始めた。

第三十二話 内職 完

Posted on 2012/10/24 Wed. 04:40 [edit]

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【鐘巻兵庫 第32話 内職(その13)】 

 兵庫は金子親子の話を聞きながら、呼ばれた訳は家来衆の引き締めに在ると感じていた。
何世代も続いた無役の小普請組で家来衆の士気は緩んでいた。
それは隠居した宗太夫自身にも言え、家来は隠居を見てきたのだ。
小十人組の座を勝ち得た新しい当主に託されたのは沈滞する意識の改革だった。

「今、父上が申されたこと、私からも頼みます。本日鐘巻先生をお招きしたのはこれ以後も我らが師としてお願いするためです。今日、お供頂いた御三方は皆、私の婚礼の折参られた方々の倅殿で、私同様のはみ出し者でした。それがこの三月ほどで、どれほどの者になったかを見せたい。それで鐘巻先生のお力が分かると思います」
「お言葉を返させて頂きます。この三人何れも未熟で御座います。先月十日には桶町の千葉道場に出稽古に参り、大痣を作って帰りました。あれから二十日経ち、どれほど腕が上がったか、身近に居ると分らぬものです。後ほどお試し下さい」
金子家では前もってこの日のために一族郎党の身寄りから若い手練(てだれ)を揃えていた。
直ぐに、三人の腕前が試された。
防具をつけての三本勝負が兵庫の判定で始まった。
そして然程の時が掛からず三人は一勝二敗で負けてしまった。
「皆様方の腕前拝見出来、安堵いたしました。これで三人も足らぬを知り修業に励むことが出来ます」
兵庫がそう述べ引き下がろうとすると、
「先生! 折角参られたのですから、ここに集まった者どもに一手で結構ですのでお教え願います」
兵庫は、当主である平九郎に一礼すると面を被った。
地天流の一番弟子であった若い平九郎のためにも強さを見せ付ける必要があった。
支度して集まった者は五名居た。
形どおり主に挨拶した後、向かい合い、その間合いを詰め会うのだが、誰一人として兵庫とまともに竹刀を合わせる事も出来ずに、二箇所ほど強打され引き下がった。
まったく、足、手の早さが違っていたのだ。
これも一人だけの立会いなら勝負は時の運などと言えるのだが、五人揃っての負けとなると、負けたほうも素直になれる。
少なくともその道を目指す者にとって完敗は悔しさより相手への尊敬につながることが多い。
そのことが分かっている平九郎が、兵庫の強さを実感させるために腕自慢の者を選び手合わせさせたのだ。

Posted on 2012/10/23 Tue. 04:49 [edit]

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【鐘巻兵庫 第32話 内職(その12)】 

 木下が重い足取りで駒形の道場に戻ったのは夕飯時だった。
「持ち慣れぬものを持つと疲れる」
と言いながら見せ金の一両を兵庫に返してきた。
「それでは、お返しに本日十本売れましたので歩合の二百文です。酒は控えて下さい」
「分かっている。大家に払いが溜まっている」
「熱い湯が沸いていますが風呂に入られ、体の疲れをとられたら如何ですか」
「そうさせてもらうか」
木下の長湯で少々晩飯が遅れたが皆が揃い、疲れが取れたのか木下の饒舌を聞きながら晩飯を終えた。
「明日は雨のようだが、飯は何時だ」
「夕飯を食ったばかりで明日の朝飯ですか。変わらずに五つです」
木下の問いに甚八郎が応えた。
「そうか、若いのは明け六つに来るのか」
「はい、ここで草鞋、竹刀作りの内職をしますので」
「そうか、わしも目が覚めたら来ることにするか」

 翌五月二日は木下の占い通り雨だった。
木下も明け六つを少し過ぎやって来た。
「木下さん。気のせいかご機嫌がよろしく見えますが」
「分かるか。機嫌が良いのだ」
「どうしてですか」
「聞いてくれ。いつもわしのことを飲んだくれだとか言う嬶(かかあ)連中が何故か優しいのだ。どうしてかな」
「志津、鏡を貸して上げて下さい」
「なに、そんなに男ぶりが上がったか」
「いや、前が悪すぎたのではないですか」
「なに!」
「怒らないで下さい」
この日一日雨で、出かけたのは木下だけで、道場に訪れる者は居なかった

 三日、木下を送り出した後、お道とお琴を留守番にして、兵庫夫妻と門弟三人は稽古道具持参で、迎えに来た金子家の亀井の案内で番町は裏二番町の屋敷を訪れた。
本所より広さが増した庭が通された部屋から見えた。
一族郎党が集められた屋敷内で、兵庫は改めて当主・平九郎の剣術の師として家来衆に紹介された。
さらに平九郎から言い渡されたのだ。
「小十人となり上様の御傍近くの御役を致すことになり、武門の道に些かも怠りあっては申し訳ない。よって日々武術に励むように。よって屋敷内に今ある畑地は道場に替える。このことにより暮らし向き苦しき者は武門に恥じぬ内職を許します。あくまでも武門の家を養う為にです」
これを受けて隠居の宗太夫が
「倅はこの金子の家を盛り立てようとしておる。それには皆の助けがなければ出来ぬ。力を合わせて励んでもらいたい。本日招いた鐘巻殿はわしの命の恩人でもある。あの折わしが討たれていたら御主等の今はない。そのこと忘れぬように」
控えていた家来衆が兵庫に頭を下げた。

Posted on 2012/10/22 Mon. 04:40 [edit]

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【鐘巻兵庫 第32話 内職(その11)】 

 この日、梅雨の晴れ間で外稽古したかったのだが、辛の日で儒者の川北山海がやって来て、若い門弟は学問に専念。
兵庫は、竹刀作りに励み、お道とお琴は木下の脱いだ着物の洗い張りをしていると、人がやって来た。
道場を開いた兵庫が初めて鹿島屋から防具などを買った時、それを運ぶ為に付いてきた小僧だった。
「鹿島屋から参りました。出来ている竹刀が有りましたらお引取り致します」
「わざわざ取りに来てくれたのか。と言うことは置かせてもらった竹刀が売れたのだな」
「はい、お武家様が参られ、良い物だと買われて行かれました」
「そうか。十本できているから二貫文だな」
「本日の相場は一両が銭六千五百文です。一朱が四百六文程ですが、主人が竹刀二本あたり一朱で引き取って良いと言われておりますので、十本ですから五朱となります」
「分かった。徳兵衛殿によろしくな」
小僧は受け取った竹刀を運ぶ為に作られた特性の竹刀袋に入れ、担いで帰って行った。
この様子を板戸を隔てた隣の部屋で聞いていたのか、学問の講義を受けていた三人の誰かが笑う声が漏れてきた。
講義の邪魔をしてはならぬと、竹刀作りを止め兵庫は奥に移った。
「どうやら竹刀の内職が動き出したようですね」
「はい、木下殿が戻られたら歩合の二百文忘れずに上げて下さい」

 その木下は鹿島屋で竹刀を買うと近くの千葉道場玄武館に入った。
弱った身体を鍛えなおす為、一日稽古させて欲しいと頼み、その時居た若い千葉道三郎から許された。
木下の稽古振りは鐘巻道場の朝の稽古と同じで、始めは良いのだが息の上がりが早く、そうなると技も出し切れず一方的に叩かれて終わった。

 休んでは稽古を休んでは稽古を繰り返していると、その直(ひた)向(むき)さが伝わるのか休んでいると隣に座る者が話し掛けてきた。
「御主、頑張るな~」
「酒ばかり飲み、遊んでいたらこの様(ざま)です」
「その様だが、一本勝負なら、ここの中目録以上だな」
「腕よりこの長い竹刀の御蔭だよ」
「見せてくれ」
竹刀を見ていた男が
「四尺か。新しいが何処で買った」
「ここに来る時、三島町の鹿島屋に一本有ったので四百文も出して買ったが、中目録以上ならこの地天の竹刀も捨てた物ではないな」
こうして午前の稽古を終え、持参した握り飯を食い、午後も午前と同様な稽古を繰り返した。
この日、千葉道場に一番永く居たのはおそらく木下だったかもしれない。
道場を引き上げる時、道三郎に挨拶に行った
「頑張られましたね。いつでも御越し下さい」
木下は道三郎の労いと、励ましの言葉を貰い千葉道場を後にした。
途中、鹿島屋の前を通ると、千葉道場で話した侍が入っていくのが見えた。

Posted on 2012/10/21 Sun. 04:30 [edit]

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【鐘巻兵庫 第32話 内職(その10)】 

 ほんの亀戸までの片道二十五町の間に、木下は呼吸が上がり数え切れないほど休みを取った。
走っては休みを繰り返し、それでも何とか一往復一里十四町を、大汗をかきながら走った。
その間に三往復を終えた三人に迎えられた木下は我が身の不甲斐無さを嘆くように呟いた。
「これほど衰えていたとは気が付かなかった」

 若い者は稽古を始めます。木下殿は防具を着け鍛錬棒をゆっくり振っていて下さい。
「分かった。今度は腕の衰えを確かめるのだな」
「元はしっかりしているのですから直ぐに戻り始めます」
「そう願いたいものだ」
木下は兵庫等の竹刀稽古を見ながら鍛錬棒を振り己の力の衰えを測り始めた。
兵庫は三人と稽古を続けながら、木下の仕上がりを眺め、頃合いを見て言った。
「木下殿、富三郎の相手をお願いします」
三人は兵庫から木下が腕の立つ剣術使いと聞かされていた。
ただ、今朝の木下の走りや鍛錬棒を振る様子からはその様にはとても思えなかった。
また木下は自分の衰えを感じる中で、三人の稽古を見て、なんとかなりそうだと思っていた。
それは木下の頭の中に以前の手足の捌きが浮かんできて、応じられると感じたのだ。
呼吸を整えた木下が富三郎と向き合い、稽古が始まった。
富三郎が正眼、木下は得意の上段に構え威圧した。
稽古の気軽さから富三郎が飛び込もうとする動きを捉え、木下が前に踏み出し竹刀を振り下ろした。
綺麗に面が決まった。
しかし、これ以降の稽古では富三郎の動きが少しずつ木下の技を上回り始め、息の上がった木下がたまらず叫んだ。
「参った」
木下が抜け兵庫が加わり、一瞬途切れた稽古がまた始まった。
木下の息が収まると兵庫が抜け、木下が相手を変え稽古をする、この繰り返しが五つの鐘が鳴るまで続けられた。

 汗を拭き終わった侍と、長屋から来た金工職人の栄吉を交え朝飯を食い終わると、木下は道場の朝風呂に入れられ、数日早いが全てを単(ひとえ)の太物に着替えさせられ髪結いに行かされ、そして人が変わった様子になり戻ってきた。
身支度を整えた木下に志津が組み上げたばかりの下げ緒を渡した。
「よいのか。申し訳ない」
木下は下げ緒など遠の昔に失っていたのだが、貰ったばかりの真新しい下げ緒を栗型に通し「今風の作法は」などと言いながら、鞘に掛け垂らした。
それから間も無くして、木下は懐に竹刀代と見せ金の一両、腰に握り飯の入った弁当行李を巻き、志津特製の防具袋を背負い出て行った。

Posted on 2012/10/20 Sat. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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