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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第35話 闇の花(その13)】 

 兵庫が立ち上がると女三人も後片付けを始めた。
用を終えた兵庫のすることは風呂に入ることぐらいだった。
長湯に浸かり出てくると、お道とお琴は既に居なかった。
「二人は花火に出かけましたか」
「はい、少しお小遣いを渡しましたので、お父様とお出かけでしょう」
「親子水入らずですね」
「はい、こちらも水入らずの支度を二階に致しますので、お上がりください」

 兵庫は手燭に火を点すと、二階に上がり、行灯に火を入れ、蚊遣りを焚いた。
開け放たれた窓からは通りの雑踏が聞こえ、夕闇迫る大川には所狭しと舟が浮かび、花火が打ち上げられるのを待って居た。
 志津は宗和膳に酒肴を乗せやって来て、窓際に座り花火が上がるであろう向島の空を見ている兵庫の脇にやってきて座った。
「まだ、音が聞こえませんね」
「暗くなりました。もうすぐ上がるでしょう」
志津が兵庫に杯を持たせ銚子の酒を注いだ。
その酒を飲み干す兵庫の横顔を志津が見ていた。
「飲みますか」兵庫が問いかけた
「頂きます」
杯が志津に渡り、兵庫が銚子の酒を注ぎ、こんどは志津が飲む様子を兵庫が見ていた。
三々九度をしていない二人にとって、交わす杯は儀式めいたものだった。

 鈍い音に続きしゅるしゅると昇る音に二人は夜空に目を移すと花が開き、空気を震わせる破裂音が届いた。
これを待って居たのか、“たまや~”の声が処々から聞こえてきた。
花火が上がるたびに歓声があがり、“たまや~”の声
「鍵屋の声が聞こえませんね」
「そうですね。玉屋は名を取っていますが実を取ったのは鍵屋なのです」
「どういうことですか?」
「父から聞かされた話ですが、玉屋は火事を出し江戸処払いを命じられているそうです」
「そうでしたか。競う相手が居なくなったのは寂しいですね」
「それで江戸っ子が早く戻ってこいと呼んでいるのでしょう」
二人がたわいも無い話を続けていると、一際大きな花火が上がり地上を照らした。
それを見ていた志津が「闇の中にも 花の咲くらん」と呟いた。
「えっ、花火のことを・・・あっ、上の句は」
志津は兵庫を見た。
「君と行く 行方も見えぬ 道なれど 闇の中にも 花の咲くらん・・・」
兵庫は暫らく志津の詠んだ歌を繰り返していた。
「確かに、私にも暮らしの先が見えません。花火に負けない花を咲かせねばなりませんね」
「旦那様。貧しくとも花が見られる暮らしが出来れば良いのですよ。私は今、花を見て暮らしています」
 兵庫が志津を引き寄せ崩れていくのを夏の夜の花火が照らしていた。

第三十五話 闇の花 完

Posted on 2012/11/28 Wed. 04:35 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第35話 闇の花(その12)】 

 明けて五月二十八日、この日は花火の日である。
大川の花火は飢饉とコレラの死者を弔うため幕府のお声掛りで享保十八年五月二十八日始められて以来、日を違う事無く続けられてきていた。
兵庫は表畳部屋の書棚に置かれていた具足類を、土間に入れば見える表の板の間に書棚ごと移した。
そして自らは稽古着に鉢金を締めたのである。
それを見ていた志津がやってきて
「店の勉強なされてきましたね」
「はい、売られるものが買うものを呼び込むのですね。ですから呼び込んで貰うため、客が見えるところに置きました」
「はい、昨日の今日ですからこれで良いのですが、呼び込まれた客は買うものを選びます。客が迷わないように並べて置く工夫も考えて下さい」
「あそこも、その工夫がされていたのですか」
「はい、座る場所、着ている物を見れば、懐と相談できるようになっているのですよ。でも旦那様は知らないままで居て下さい」
「分かりました。並べ方の工夫は追々することにします」

 この日、夜の花火を目当てに昼前から人が出始めた。
金がある者たちは屋根舟を大川に浮かべたり、川沿いの料亭に宴を張ったが、多くの江戸町民は川岸や、見通しの良い場所を探し陣取る動きをした。
兵庫の家は大川に面しており、その人波に襲われた。
大方は花火までの暇つぶしのひやかし客だが、中には武家の姿もあり、品物を見比べていた。
「京橋、具足町よりは安くしてあります」
兵庫は興味を示した武家を見ると、売らんかなの声を掛けていた。
その甲斐あってか、買う者が出始めた。
また買わないまでも、後ろ髪引かれる思いで店を出て行く者もいて、兵庫は具足売りに手ごたえを覚えた。

「旦那様、お食事の仕度が出来ました」
「えっ、もう・・・」
「それはよう御座いました。時の経つのを忘れられたのですね」
「そのようです」
「今日はこれで看板を仕舞いましょう」
「分かりました。看板を入れてから行きます」
兵庫は外の看板を外し仕舞うと、一旦大戸を下ろした。

 夕飯を食い終わった兵庫に志津がたずねた。
「商いの方は如何でしたか」
「買ってくれたのは二人でしたが存外に客は多かった気がします。人の出る良い日に店開き出来たお陰でしょうか」
「それで、どれほどうれたのですか」
「鎖帷子・鉢金・籠手を揃いで買う客が一人、鎖帷子だけ買うものが一人居て四両二分の売り上げでした。仕入れ値一両二分ですから三両の儲けでしょうか」
「すご~い」
お道とお琴が同時に声をあげた。
「お道、お琴、毎日その様に売れるわけがありませんよ。日に三両も儲けたら年で千両を超えてしまいますからね。でも出鼻を挫かれず良かったですね」
「暫らく、具足商いを頑張ってみます」
「お願いします」

Posted on 2012/11/27 Tue. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第35話 闇の花(その11)】 

一度も行ったことはないのだが吉原の廓内にある町名ぐらいは兵庫の年になれば誰でも知っていた。
一本目の江戸町の大路、二本目の大路と人を掻き分けるようわき目も振らずに歩き、三本目の京町の大路までやってきた。
左か右か、分からぬまま左に曲がり、今度は一軒一軒看板確かめながら道の真ん中辺りを歩き町の外れまで来て引き返した。
中ノ町の通りまで戻り、さらに歩いて行くと三軒目に松葉屋の看板が見えた
ここに来て初めて、兵庫の目が下がり格子の中に居る女へ目が移った。
なるほど、店とはこうあるべきものかと知らされた。

 兵庫は戻り四郎兵衛会所に寄った。
「何ですか。素見(ひやかし)だってもう少し長く見て歩くものですよ」
「混んでいなければもう少し早く戻れたのですが、それにしても人が多いですね」
「冗談言ってはこまります。これで客が減っているのです。御城の火事でお武家の足が更に遠のきました」
「侍は金を持って居ません。今日の私が六十四文ですから。それより木場のお大尽がそのうちやって来るのではありませんか」
「私共はそれを待っているのです。鐘巻様もそろそろお待ちの方の元へお戻り下さい。叱られますので」

 兵庫が駒形に戻ったのは家を出てから一刻ほど経った夕五つごろで手伝いの二人は既に家に帰っていた。
「まあ、早いお帰りですね」
「やはり早かったですか。これでも四郎兵衛さんのところで油を売って来たのですが」
「みなさん元気でしたか」
「はい、しかし御城が燃えてから武家の客が減ったそうで、店の方は元気がないそうです」
「それで旦那様は何か勉強なさいましたか」
「それは明朝見てください」
「分かりました。どうぞお休み下さい」
兵庫が二階に上がると、蚊帳の中に夜具が敷かれているのを有明行灯の火がぼんやりと照らしていた。
兵庫のぬいた物を衣桁に駆け蚊帳の中に入った。
暫らくして志津が上がってきて、兵庫が明日着る、物を用意しながら蚊帳の中の兵庫に話しかけた。
「旦那様。庭に草が生えてきていますよ」
「知っています。暫らくすれば“夏草や兵どもが夢の跡”です」
「それでしたら、新しい夢を見ていただかないといけませんね」
「そうですね」
灯りが落とされ、志津が蚊帳の中へ入り時が流れた。
目を閉じていた兵庫に張見世の中から己を眼で追う女達の顔が浮かんでいた。
兵庫の目が開き隣に向かって動いた。
風のない夏の夜に暫らく蚊帳が揺れていたが、それも治まった。
乱れを直していた志津が薄明かりの中、兵庫の寝顔を見て、呟いた。
「夏草や兵どもは夢の中」

Posted on 2012/11/26 Mon. 04:30 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第35話 闇の花(その10)】 

 この日の客は一人であったが、表の大戸口から中を覗き、入る事をしなかった武家が何人か居たのを、台所に居たお道とお琴が見ていた。
夕飯を食べている兵庫に
「先生。客が来て中を覗き入らないのは店になっていないからだと思います」
「そうか・・・」
「旦那様、今から吉原を回ってきては如何ですか」
「えっ、良いのですか」
「店とはどの様なものか見て来てもらうためです」
「それではお言葉に甘えて、後学のために見て参ります」
兵庫の喜ぶ様子に志津は改めて兵庫をしげしげと見た。
「旦那様。支度をしておきますので二階に上がってください」
「何ですか。支度とは」
「客として見に行くのですから、客と思われるよう背一杯、お粧(めか)しなされた方が得るものが多いかと存じます。ただし巾着の中は今日稼いでいただいた六十四文だけですよ」
「見掛け倒しの餡抜(あんぬ)き饅頭(まんじゅう)ということですね」
「それでも食べようとする者は居るのですからお気をつけて下さい」
この二人の話をお道とお琴は笑いを堪えて見、聞いていた。

 暫らくして兵庫が二階から鉄色地に唐桟稿(とうざんしま)の江戸小紋を染め抜いた物に白禄(びゃくろく)色の帯を目立たせ下りてきた。
髷も結いなおされ、さっきまで夕飯を食っていた兵庫とはだいぶ違った様子を見せていた。
 雪駄に落とし差しの兵庫が花川戸の大黒屋の前にくると、店番の主人道太郎が目ざとく兵庫を見つけ出てきた。
「先生。どちらまで」
「吉原までです」
「お一人で?」
「そう言えば、あそこに行く時はいつも誰かがついてきましたが、今日は一人で行ってこいと、半ば追い出されました」
「奥様も宗旨替えなされたのですか。その粧(めか)し様では大分お持ちで行かれるのでしょうな」
「はい、〆て六十四文です」
「なんですか。やはり宗旨替えはしてはいないようですね」
「そのようです」

 山谷掘りから堤を通り大門まで行き、門をくぐるとまた声が掛かった。
「鐘巻の旦那。どちらまで」
会所の中は暑いのか、表に出ていた四郎兵衛だった。
「四郎兵衛さん。志津に店とはどういうものか勉強に見てこいと言われたので、気の変わらないうちにやってきました」
「見るだけですか」
「はい、見るだけです」
「それでは帰りに寄ってください」
兵庫は四郎兵衛の言葉を背に茶屋の建ち並ぶ仲の町の通りを歩き始めた。
兵庫の行く先は決まっていた。
志津が居たと聞かされていた京町の松葉屋だった。

Posted on 2012/11/25 Sun. 04:30 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第35話 闇の花(その9)】 

 長く座り続けた兵庫は立ち上がると出来上がった竹刀をまとめ、棚に乗せると女たちの居る奥へといった。
「少し、身体をほぐします」
「店番は?」
「客は来ないでしょう。来たら呼んでください」

 鍛錬棒を持った兵庫が裏庭に出て見回わすと、芽吹きだしていた雑草が、天の恵みを吸い、色を濃くし、庭の隅には先妻の幸と蒔いたエノキが腰の高さまで伸び、若緑の葉を日に向けていた。
 兵庫は固まっていた体の筋を入念に伸ばし終えると、鍛錬棒を振り始めた。
時が流れ、兵庫の体が悲鳴を上げ始めた頃、開け放された奥座敷の中に動きが生じた。

 表に客が来、その用件を聞いたお道が戻り、志津に伝えていた。
廊下に出てきた志津が
「旦那様、お武家が参られ具足を見せて欲しいとのことで御座います」
「分かった」

 兵庫が汗を掻いたまま表に行くと武家が板の間に腰を下ろしていた。
「お待たせいたしました。今朝から始めた具足商いで、お見せ出来る物は鎖帷子・鉢金・籠手しか、今は御座いません。それでよければお上がり下さい」
「わかった。上がらせてもらうぞ」
「亭主、物は確かか」
兵庫は一応侍の気で居るのだが、亭主と呼ばれ苦笑(にがわら)いをした。
「矛と盾の問題にはお応えしかねます。着け具合を確かめるのでしたら十六文でお相手いたします」
「そう言えば剣術道場の看板も掛けてあったな。十六文頼むことに致す」
「それでは、お選び下さい」
鎖帷子の選択に多少時を要したが、鉢金と籠手を着けた姿で裏庭に出てきた。
兵庫は相手に竹刀を手渡すと、防具をつけずに相手に対した。
「私に少し打ちかかり、それで着心地を確かめて下さい。確かさは竹刀で面・籠手・胴を打ちますので、それで推測願います」
「面白いな」
そういうと、かなりの速さで打ちかかってきた。
兵庫はかろうじて、その竹刀打ち払いながら横に飛び、すれ違った相手の胴を払った
「やるな」
「こちらが本業ですから」
相手は着心地などより勝負の方に関心が向き、兵庫の隙を伺う様子を見せたが、その前に兵庫が飛び込み籠手・鉢金を続けて打った。
「これで十六文はお仕舞いです」
「分かった。あと十六文頼む」
結果は同じだが、諦めきれないのか、その武家は十六文を四回分の着け具合を堪能させられた。
部屋に戻り着ていた鎖帷子を脱ぎ羽織を着ると
「ところでこれは幾等だ」
「三点で三両ほどです」
「三両はとても払えぬ」
「今日は六十四文で結構です」
「そうだったな。それではこれで頼む」
「申し訳ありませんが、天保百文銭は八十文でしか通用しないのですが構いませんか」
「分かっておる」
兵庫は巾着から四文銭四枚を出し渡すと、その武家は帰って行った。

Posted on 2012/11/24 Sat. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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