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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第36話 因縁(その10)】 

 道場の外の通りに出ると、背後から聞き取れない声が聞こえてきたが、後を追ってくる者は居なかった。
「兵庫、目釘外しを見せてもらったぞ」
「岡部さん、それだけですか」
「なんだ、他にも何かあったのか」
「岡部、あの榊原の倒れ方おかしいと思わぬか」
「・・・・」
「岡部さん。目釘外しは二の太刀の方が大切なのです。止(とど)めはこの石でした」
兵庫は懐から石を出し、その石で己のこめかみを打って見せた。
「木刀と竹刀では相打ちも出来ぬから致し方なかろう。わしらの喧嘩剣術に勝ちたいのなら木刀などといわずに、竹刀のお座敷剣術にすれば勝つ手立てもあるというものだが見誤ったようだな」
「これで簡単には悪さを仕掛けることは無いだろう」
「そう願いたいものです」
「兵庫、わしらはこれから四ツ谷へ行くがどうする」
「皆さんは清麿殿に刀を打って貰うのですか。私は先日お伺いし、この小柄の小刀を頂きました」
兵庫が刀の柄を叩いて見せた。
「見せろ」
兵庫は大小の刀に納まっている二本の小柄を抜き見せた
「何だ、この図柄は・・・」
「浅蜊と鰯です。こちらの笄には蕪を」
「全く、鰯とは・・・」
三人で兵庫の小柄と笄を見終わったところで、倉之助が持っている荷物を持ち上げ
「ところで兵庫、重い物を持って帰るなら返すが、いかが致す」
「どうぞそのままお持ち下さい。折角肩の荷が下りたところです。重荷は結構ですが石は返して下さい」
「売り物より、河原の石のほうが大事か」
「皆さんが石を拾って店に来ても、それでは防具と交換はしませんよ」
先ほどまで緊張の真っ只中に居た者とは思えぬ笑いが起こり、暫らくして兵庫は駒形へ三人は四ツ谷へと分かれた。

 駒形に戻ると、出迎えた志津は兵庫の無事な姿と笑顔を見て安堵した。
「皆様方も皆、ご無事で戻られた様ですね」
「はい」
「あちら様にとっても無事だったのですね」
「・・・・・」
「何か御座いましたか」
「立会いをし相手を倒しました」
「怪我をさせたのですか」
「木刀試合を申し込まれましたので、止むを得ず。手加減しましたので瘤が出来たぐらいで済んだと思います」
「古い因縁を晴らしても新しい因縁が生まれたようですね」
「仕方在りません。私を助けるために二人も斬った佐々木さんや岡部さんへの因縁を忘れさせるには、その矛先を私に戻さねばならなかったのです」
「それは、良いことをなされました」
「えっ?」
「旦那様に、木刀勝負を挑むお方ですから、腕には自信がお在りだったのでしょう。負けたことを死んだつもりとして精進なされると思います」
「それに負けぬよう精進しろと、言いたいのですね」
志津は応えず笑って返した。

 その日、稽古着に着替えた兵庫が具足を磨きながら店番する様子を、志津は隣の部屋で見ながら、離れる事無く古びた物を新しく蘇らせる仕事をしていた。
お道とお琴は二人の邪魔をしないようにと思ったのか、奥座敷に移り針仕事をした。
また、兵庫が帰ってからは誰一人店を訪れる客はなく、片時の間も二人の間が裂かれることもなくその日は暮れていった。

第36話 因縁 完

Posted on 2012/12/08 Sat. 04:30 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第36話 因縁(その9)】 

「されば、先日駒形での続きで御座る。あのような無作法をされたまま帰られたのでは我慢がならぬ」
「何が無作法だ」
「男谷先生。先年の事件はそちらに非があるのだ。謝りに来たのなら許しも致すが、名も名乗らず脅しをかけたようなものではないか。無礼にも程がある」

 この理屈は男谷には分かったのだが、事情を知らない回りの門人が憤った。
しかし、男谷はそれを制した。
喧嘩支度をし、たった四人で道場に乗り込んできた者の中には、闇討ちを仕掛けた腕の立つ弟子を一刀のもとに斬った者が二人居るのだ。
鐘巻兵庫の名も浅草・本所では腕達者に知られており、相川倉之助はその三人の師となると容易には喧嘩は出来なかった。
「済まなかった。謝る」
男谷はいとも容易く床に平伏した。
押しかけた四人も拍子抜けだったが、多数の門人の中には驚きと憤懣が渦巻いた。
「分かって頂き礼を申します。ただ門人衆の納まりがつかぬ様子。何方か一人お相手いたすゆえ、勝ち負けに関わらず、双方過ぎたことを蒸し返さぬよう願いたい」
「男谷先生。私が」
憤りを隠せぬ若いが屈強な侍が申し出た。
男谷が頷いた。
「兵庫、年頃も同じようだ相手をしてはどうだ」
「分かりました」

 兵庫は鉢金と籠手の喧嘩支度を外し、壁にかけてある竹刀を取りに行くと後ろから
「木刀に致さぬか」
兵庫は振り向き、目が血走った侍に向かい
「お好きなように。拙者は竹刀でよい」
この木刀試合を躊躇うことなく受け入れたうえに、竹刀で相手をすると聞かされた門弟たちから驚きの声が上がった。
平常心の兵庫と怒りを抑えきれない若侍が向かい合った。
「鐘巻兵庫お相手いたす」
「榊原健吉参る」
道場の下座から上段に構えた兵庫が健吉に向かい進んだ。
木刀と竹刀、相打ちなら兵庫が死ぬか大怪我をすることになる。
そのことを知ってか榊原は怖れる事無く兵庫に迫り、間合いが二間まで詰まった瞬間、兵庫が突進するように打ち掛かった。
走る兵庫が振り下ろした竹刀が手を離れ一直線に飛び、健吉の喉を突くと同時に飛び込んだ兵庫の右手が鈍い音を立て榊原のこめかみを打っていた。
この間、健吉の持った木刀は兵庫の額を力なく打っただけだった。
足元に崩れ落ちた榊原に一礼し、竹刀を拾うと後ずさりしながら戻った。
榊原はこの時すでに皆伝の印可を受けていたのだが、兵庫に手も無く倒され起き上がらなかった。
他の門人は唖然としたまま静まり返った。
「それでは、引き上げさせて貰います」

倉之助、佐々木、岡部が席を立ち、道場の上がり口で草鞋を履いている間兵庫は刀を引き付け道場に座ったまま外から声が掛かるのを待った。
「兵庫」
岡部の声が掛かった。
兵庫は男谷に頭を下げ、三人が守る道場の入り口で草鞋を履いた。

Posted on 2012/12/07 Fri. 05:02 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第36話 因縁(その8)】 

「そうか、兵庫の書状に驚かされ、具足屋に驚き、奥に来てまた驚かされた。もうないだろうな」
「申し訳御座いません。道場があのように草生(くさむ)しております」
「それは構わぬ。中程に草の生えていないところがある。それで充分だ」
「おそれいります」
「ところで兵庫、これから男谷道場に参ろうと思うておる。首が分からぬので案内頼めぬか」
「やはり、気持ち悪いですか」
「当たり前だ。このまま待つわけにはいかん」
「穏やかに済まぬことも考えておありですか」
「馬鹿どもにも分かる力ずくだ」
「分かりました。相手の道場は草生しておりませんので戦支度をしたほうが宜しいでしょう。皆さんも好きな物を使って下さい」
「そうだな、用心に越したことはない」
かくして無骨な四人が鎖を着込み、懐には兵庫が持ち帰った石を数個入れ、手には籠手・鉢金の入った風呂敷を持ち駒形を出て行った。
喧嘩支度をしたとは言え、たった四人で、武家なら誰でもが知っている大道場へ出かけていくのを、志津は止めることも出来ず姿が見えなくなるまで見送った。

 兵庫は歩きながら考えていた。
四人揃って無事戻らねばならない。刀を抜かずに済ませたいと思い思案していたのだ。
どちらかといえば饒舌な兵庫が一言もしゃべらず歩くのを、倉之助がいぶかった。
「兵庫。何を考えている」
「男谷をどう斬ればよいかです。立ち会いましたが守りが堅かったのです。それと道場内では地の利がありません」
「男谷は幕臣、その場で斬ってはあとが面倒。男谷の意志さえ判れば一旦逃げ、後日始末する。それが雲風流だ」

 麻布狸穴の道場は直ぐに見付かり、四人は道場外で風呂敷包みを解くと籠手を着け、鉢金を締め、竹刀の音がする道場に訪ないを入れた。
出てきた若侍に
「拙者、板橋より参った相川倉之助と申す。これなる三人は吾が弟子の佐々木、岡部、鐘巻でござる。男谷先生に申したき儀あり、まかり越した。御取り継ぎ願いたい」
四人の出で立ちに驚いた侍が奥に引っ込み、暫らくして竹刀の音が消え、男谷が押っ取り刀の侍を引き連れ出てきた。
男谷は四人の中に先日会った兵庫が居るのを見て、合点したようで、いきり立つ侍を制した。
「お上がり下さい」
「それでは邪魔を致す」
四人は草鞋を脱ぎ広い道場の下座へと進み、奥に座る男谷とかなりの間をとり、多くの門弟の見守る中に座った。
「相川殿と申されたが、どのような御用で御座ろうか」

Posted on 2012/12/06 Thu. 04:35 [edit]

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【鐘巻兵庫 第36話 因縁(その7)】 

 表に戻った兵庫に、志津が心配そうに寄って来て
「先ほどのお方は」
「麻布の狸穴で道場を開く男谷先生です」
「その御名は存じております」
「悪い冗談です」
「しかし、あのような方に狙われたら大変ですね」
「暫らく用心します」
男谷がわざわざ因縁の緒を辿って来たのは何のためだったのか、確かなことは男谷自身にも分からなかったかも知れないが、忘れていたことを思い出さされた兵庫にとっては“冗談”とは言ってみたが、冗談ではなかった。
兵庫を襲った刺客を斬った佐々木や岡部にまで探し当てるつもりかもしれない。
そう思うと兵庫は筆を取った。

 本日、仔細あって駒形屋敷にて立会い申し候者、名を問えば応えず、上尾にて斬死したる弟子のこと問い返し候也
これにて男谷と知り申し候
無事別れ申し候なれど皆々様御用心願いたく一筆参らせ候也
          嘉永子年六月三日
          鐘巻兵庫
相川倉之助殿
佐々木平助殿
岡部八郎殿

 これは遡ること二年程前、兵庫が板橋で修行中、須坂藩主が江戸お暇の徒歩侍として雇われたのだ。
出立の数日前、腕を買われ不祥事を起こした藩士の上意討ちに手を貸し、功在って恩賞を与えられた。
そのことに不満の者が、上尾までの徒歩仕事を終え帰る兵庫を、急遽雇い入れられた同じ徒歩仕事を終えた直新影流の二人の使い手に襲わせたのだ。
ただ、このことが起こることを事前に知らされた兵庫が苦心の末、兄弟子だった佐々木と岡部に知らせ、仕事を終え帰る兵庫を上尾宿外れで襲う二人を佐々木と岡部が斬ったのだった。

 男谷が訪れてから数日経つと、駒形の兵庫の店は具足屋として並ぶ品物が増え、それが皆といってよいほど、小奇麗に仕立て直され、当初の古着屋の趣から抜け出していた。
それに伴ない素見(ひやかし)客も増えたが買う客も増え二日続けて商いが無い日が無くなった。
 そして男谷のことも忘れかけた六月十日、朝四つ前に三人の侍が店に入ってきた。
「先生。佐々木さん、岡部さん」
店番をしながら売り物に磨きを掛けていた兵庫が叫んだ。
「兵庫、久し振りだな」
「先生、ご無沙汰しております。どうぞお上がり下さい」
「具足屋を始めたのか。良さそうな物が並んでいるではないか」
「御蔭さまで、なんとか食っていけそうです」
奥座敷に通された三人を迎えたのが志津だった。
驚く三人
「申し遅れました。妻の志津です」
「志津で御座います」
「お~、志津殿を貰ったのか」
「岡部、御主会ったことがあるのか」
「はい、嘉永三年の暮れに参ったおり、幸殿に紹介されましたから」

Posted on 2012/12/05 Wed. 04:35 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第36話 因縁(その6)】 

 兵庫は相手の竹刀を持つ手の拍子を読みながら間合いを詰めていったが、拍子に変化が現れないまま、兵庫の間合いに入った。
正眼に構えた相手の竹刀が兵庫の喉元を狙う位置から動こうとしない。
兵庫は滅多なことでは見知らぬ相手に対し竹刀同士が触れ合う間合いまで詰め、様子を見ることはしないのだが、相手が動かず様子を見ているので、更に詰めより竹刀の先を弾いた。
それで相手の切っ先が思った以上に動き、兵庫の喉もとより外れた為、兵庫はそのまま飛び込み籠手を打った。
「強いな。次は面を打ってくれ」
「分かりました」
しかし、今度は相手の切っ先を弾いても負けずに兵庫の喉元から狙いを外さないのだ。
一本目はわざと打たせたせる余裕を見せた武士に尋ねた。
「宜しければお名前をお聞かせ下さい」
「御主、上尾でわしの弟子を斬ったか」
名前を言わずに問いかけで、立ち会っている者が誰であるかを知らせてきた。
兵庫は瞬時に飛び退いた。
「男谷先生でしたか。あの夜は二人に斬られそうになりましたが、私は斬って居ません。」
「斬った者は誰だ」
少し荒くなった語気でさらに問いかけてきた。
「先生。お止めなさい。死人が増えるだけですよ」
「そうか。それほどのものか」
「はい。でも、よく私のところまで辿り着きましたね」
「先年、訳在って縁が切れていたさる藩に和解の話があり出向いた。そこで縁切れの元凶を作ったお主の名を聞く事になった。お主を探したのだが見付からず忘れかけていたのだが、用があって、この近くに来たら御主の名が出たのだ」
「本所の亀沢町ですか」
男谷は道場を開く前、亀沢町の直心影流団野道場で修業していたのは知られていた。
「そんなところだ」
「団野先生はご健勝ですか」
「いや、だいぶ弱られた。今日はその見舞いの帰りに寄らせてもらった」
「それでは、御用は済んだでしょうから、あまり遅くならないうちにお帰り下さい。無用な物は買われなくて結構です」
「そうか」
「どうぞお先に」
「心配するな。怨んでは居らぬ」
「怨んでおらぬは、私の台詞(せりふ)で御座いますよ」
「分かった。世話を掛けたな」
「もう、来ないで下さい」
「どうしてだ」
「斬りたくはないからです」
「わしを斬れるか」
「簡単です。試してみますか」
尋常でない気配が伝わったのか、奥座敷まで来ていた志津が兵庫の大刀を持って現われ手渡した。
「御妻女か。これでは適わぬな」
兵庫が命を掛け守ろうとしているものを見た男谷は、背を向けると勝手口から家に入り、着けていた物を表板の間に居たお道に渡し帰って行った。

Posted on 2012/12/04 Tue. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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