09 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第37話 縁は異なもの(その11)】 

 帳場に座った兵庫に志津が麦湯を持ってきて、座った。
「旦那様、怪我が治るまで外回りは出来ませんね」
「そうですね・・・・・」
兵庫は何を思ったのか麦湯を飲み干すと、土間に下り、外の出格子に掛かっていた剣術指南の看板を外した。
「道場をお止めになるのですか」
「いいえ。道場の前に掛け直します」
兵庫は看板を小脇に抱え家に入り、通り庭を通り台所の出口前で止まり、看板を掛けるところを物色し、結局出口の柱に掛けてあった草鞋を取り、代わりに掛けた。
「これでは武芸者との縁が切れてしまいますね」
兵庫のすることを見届けようとついてきた志津が残念そうに言った。
「その心配は無いでしょう。具足を見に来る侍が居ますので、気になる人が現れたらこちらから声を掛けてみます」
「そうでしたね。ここに参られる方々は、己に振り下ろされる刃を防がねばならぬ思いを感じている者でしょうから、思わぬ縁が生まれるかもしれませんね」
兵庫は志津の言葉に頷きながら、部屋に上がり帯を解き、言った。
「この佐十郎殿の袷、洗い繕っておいて下さい。次に出かける時にも着て行きたいので」
兵庫は貧しい者ほど生きていくのに懸命になり、その中で豊かな縁に恵まれる機会があることに気付き、当初は着るのを嫌がっていた佐十郎の残していった袷にも愛着を感じていたのだ。

 暫らくして、稽古着に着替えた兵庫が表の帳場に座わり、仕入れた具足の錆落としていると、申し合わせていたのか大村源次郎と根津甚八郎が連れ立ってやってきた。
「先生、店を始められたのですか」
「御主等が来なくなったので、暇つぶしに始めたら、なんとか食っていけそうな気配がしてきました。手伝えば、草鞋作りより良い手間賃を出しますよ」
「そうですか。お願いします」
「ところで、富三郎も来るはずなのですが、遅いな」
「富三郎か、ほんの少し前ここで娘に会って、千住まで送って行きました。先を越された様だぞ」
「それは良かった」
「何で良いのだ」
「三人では分けられないものがあるのです」
「三人では分けられぬもの・・・・?? そうか、お道とお琴だな。だが食わせるには働かねばならぬぞ」
「先生が出来たことです。あと数年の修業でわし等も食わせられるようになれると思います」
「そうか、その意気だ」
そんな話が表でされていることを知ってか知らずか、お道とお琴は昼飯の支度をしていた。
「お二人さん。昼飯頼んできなさい」
門弟が目の前から消えると兵庫はさっきまで錆落とししていた具足を手に取った。
しかし、手は動かず、八丁堀の屋敷を飛び出してからの多くの出会いと縁を辿り始めていた。

第三十七話 縁は異なもの 完

Posted on 2012/12/19 Wed. 04:35 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第37話 縁は異なもの(その10)】 

「ところで富三郎、御主侍をやめる気はないか。脇に居られるのが娘御の・・・」
「さえで御座います」
娘が頭を下げながら名乗った。
「先生。藪から棒ではありませんか」
「縁という物は突然やってくるものです。それを捉えるか否かで先が変わります。今決める必要は無いとは思うが、明日はまた互いに別の縁と巡り会い今日の縁が消えるかもしれぬ」
「しかし、父上が・・」
「それなら。親父殿の説得には私が頼んでやる。足らぬなら隠居の遠山様にお願いしてみる」
「まあまあ旦那様。互いに育ちが違うのですから急かせない様に」
「分かっています。富三郎もさえ殿も急がれることはないでしょうが、私の肩に傷をつけた賊は滅多には出ては来ませんよ」
「全く、あの賊が来なければ鐘巻さまとお知り合いにはなれませんでした。縁とは異なもので御座いますな」
「味なものになれば尚よいのですが」
富三郎もさえも下を見たままであったが、己の行く末を少しずつ考え始めていた。
「いや、どうも長居をしました。引き上げさせてもらいます」
「どうもお世話を掛けてしまいました。富三郎、頼みがあります。聞いて下さい」
「何でしょうか」
「以前富三郎に泉州屋厳衛門殿を京橋まで送って貰い、今具足商いを始められた。その御蔭で今度は籐衛門殿と会えた。この先、何があるか見たいので千住まで送って下さい」
「はい、分かりました」
富三郎が籐衛門と並び、その後をさえが付いて行くのを見送る兵庫に志津が尋ねた。
「私と八丁堀で始めて会った時は縁を感じなかったのですか」
「母から少し聞いていましたので感じましたが、志津の様子を見て無理だと思い板橋に戻りました。それから少したって別の縁が生じました」
「幸さんとですね」
「はい、あの二人、最初に志津に会った時のようになるのか、幸に会った時のようになるのか分るのは先のようですね」
「いいえ、それほど先ではありませんよ」
「どうしてですか」
「さえさんは、旦那様と縁付けられそうになったのです。しかし、私が居て駄目。次に現れたのが若くて、見栄えのする富三郎殿でした」
「分りました。縁にも見栄えの関所があるわけですか」
「仕方ないことです。知らぬ仲、今日の今日では目しか頼りになりませんからね」
「富三郎も今の家からは抜け出したいと思う心が後押しするでしょう」
三人の姿が駒形堂の向こうへ消えていった。

Posted on 2012/12/18 Tue. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第37話 縁は異なもの(その9)】 

 こうして、葛籠(つづら)に納まった具足類を兵庫が担ぎ上げると、肩に痛みが走った。
「済みません。傷が開きました。問屋場に行って人を借りてきます」
「お待ち下さい。手前どもでお届けします。駒形の鐘巻様でしたな」
「はい、お言葉に甘えお願いします。こちらから参りますと駒形堂を過ぎ一町足らずの大川沿いです」
 葛籠を質屋の主人に頼んだ兵庫が駒形に戻ると、志村富三郎がやってきていた。
「先生。お久し振りです」
「お~。富三郎。禁足が解けたか」
「いいえ、ひと月も屋敷に居ては退屈なので、飛び出してきました」
「私も退屈なので商売を始めたところだ」
「旦那様荷はどうなされました」
「それそれ、荷は後から来ます。肩を怪我したので、見て下さい」
兵庫が左の片袖を脱ぎ、肩を出すと薄い皮膚が切れ、骨が見えていた。
「刃物傷ですね。私が縫うより山倉屋の抱え医者のところへ行かれた方がよさそうですよ」
「分かった。行って来ます。富三郎暫らく店番を頼む」

 兵庫が出かけたのは札差山倉屋が雇っている医者で、過去には志津が乗った舟の船頭が竹やりで突かれ怪我をした時、診て貰ったことがある程度であるが、兵庫と山倉屋とは因縁あって身内同然の付き合いをしていた。
山倉屋の手代晴四郎に連れられ、鳥越町の山倉屋屋敷内に住む医者に行き、肩の傷を縫い手当てを終え駒形に戻った。

 葛籠の荷が届き裏座敷では堰屋籐衛門と着飾った娘が、志津と話をしていた。
「葛籠運んでいただき有難う御座います」
「あの葛籠を担げる小僧が見付からず、駕籠に乗せて参りました」
「それはまた散在をさせてしまいました」
「そんなことより鐘巻様のお話しに嘘があると思い、娘を連れてきたのですが本当に奥様が、それも飛びっきりの奥様が居られました」
「私の話に嘘はありますが、妻の話は本当でした」
「貧乏な御浪人と思っていたのですが、通りに面して五間の間口とは嘘がお上手ですな」
「方便ですから許してください。折角ですから先ほど店で話したことが嘘か真か確かめましょう」
そう言うと、兵庫は表で店番をしていた富三郎を連れてきた。
訳の分からぬまま、兵庫に連れて来られた富三郎が座ると
「弟子の志村富三郎です」
「千住宿で質屋を商います堰屋籐衛門でございます」

Posted on 2012/12/17 Mon. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第37話 縁は異なもの(その8)】 

 兵庫に手を払われ、嫌味を言われた医者は顔面を腫らしている賊に見向きもせずに帰っていった。
「お武家様。変な医者を呼んで済みませんでした」
申し訳なそうに質屋の女房が謝った。
「いいえ、血も止まったようですから、もう大丈夫です

 質屋の主から事の次第を聞き終わった宿場役人が兵庫の元にやってきた。
「拙者山下健吾と申すが調べゆえ、お聞かせ願いたい」
「はい」
「身分、姓名、住まいを先ずお聞かせ願いたい」
「御家人鐘巻多門の三男、兵庫と申します。住まいは駒形町です」
「鐘巻・・・。鐘巻という凄腕の侍が駒形にいると久坂から聞かされたが、あんたかい」
「定回りの久坂殿でしたら何度かお世話になっております」
「あんたの被害は」
「かすり傷とその治療代というか一分取られましたが届出は致しません」
「どうしてだい」
「その賊、元は侍ですよ」
「どうして分かる」
「なんの躊躇いも無い良い突きでした」
「元、侍か、盗人などしては罪が重くなるな」
「着ているものを良く見てください。古い血の黒ずみが在りますよ。既に人を殺めているでしょうから私の届出など不要でしょう。よく調べて下さい」
「分かった。福三、二人をしょっ引け」
「へい」

 役人と賊が居なくなると、質屋の主人は女房のおせんが預かった兵庫の脇差を手に取り 
「手前、堰屋籐衛門と申します。只今、お役人との話を聞いていて、命拾いさせられたことに気が付きました。お刀はお返しいたします。有難う御座いました。」
「いいえ、危うかった己の命を助けたついでのことです」
「そのついでへの御礼ですが、葛籠一杯の安物の具足でしたな。捜してみます」
「済みません。お願いします」
兵庫が待っている間、主人が何度か蔵と帳場を往復して品物を並べていった。
具足が山となっていくのを見た兵庫が
「いくらなんでももう結構です。とても払いきれません」
「いや言いのです。今日は命の他に五百両もの大損をせずに済みました。せめて五百両の利息の一ケ月分ぐらいのお礼はしないと、後々質屋仲間から除け者にされてしまいます」
「利息とはどれほどのものですか」
「高額ですから年二割の利息です。利息が年百両、月あたり八両と少しです」
「先ほどの医者ほどではありませんが、その話を聞かされると盗人に入りたくなる気持ちも分かります」
「鐘巻様。これでも他の金貸しに比べて高いわけではありません」
「冗談です。しかしこれでは無用心ですから、帳場は吉原のように格子で囲った方が宜しいのではありませんか」
「なるほど。具足を買われるお武家だけあって、良い守りになりそうな話です。一考させて貰います」

Posted on 2012/12/16 Sun. 04:35 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第37話 縁は異なもの(その7)】 

「それには及びません。私は貧乏侍が着ける具足を捜しているのですが、お持ちでしたら御譲り願いたいのですが」
「は~・・・、今、床に散らかっているのがその代金ですか」
「はい、もう少し懐に入っていますが」
「それで葛籠一杯の具足を買うのですか」
「出来れば、そうしたいのですが上等な物は要りません。買い手の付かず眠っている物があれば譲って頂きたいのです」
そうこうしている内に、出て行った質屋の女房と娘が戻ってきた。
「足の早い小僧さんに頼みました」

 役人と医者を待っている間、茶菓子が出され、暫らくすると着飾った娘までが婦人に付き添われ出て来た。
これには兵庫も戸惑った。
「未だですか。あまり遅くなると女房が心配しますので・・・」
「これは奥様が居られましたか。そうでしょうな。どなたか娘の婿になってくれそうな方をご存知ではないでしょうか」
「知り合いに御家人の倅が居ますが、まだ侍を捨てきれておりませんので・・・」
「左様ですか。そのお方がその気になられたら声を掛けて下さい」
「覚えておきます」

 小僧に連れられた岡っ引きと役人がやって来たのは、兵庫が賊を倒してから四半刻ほど経った後だった。
土間に縛られ寝かされている賊の潰され、腫れ上がった顔を見て
「ひでぇ~面だ。ここまでやらなくても」
と言いながら兵庫を見た。
「刃物を振り回すので致し方なかった」
「そうですよ。私は殺されそうになったのですから」
と質屋の主人が兵庫をかばった。
「それにしてもまめな盗人だな朝から出張ってくるとは」
つまらぬ冗談を言うと、役人は質屋の主人の聞き取りを始めた。
 暫らくして、やって来た医者、怪我人が質屋通いの侍と知り、不機嫌な顔をした。
兵庫は懐から銭差の残りを出し、
「これしかないが傷を見て下さい」
「これでは、ここに来る手間にもなりませんよ」
「それは申し訳ありませんでした。ここに来る手間賃は御幾等でしょうか」
「一分かな」
これには兵庫もいささか腹が立ったが、呼んで貰った者に迷惑はかけられない。
「ご主人、脇差を形に今すぐ一分貸して頂けませぬか」
役人の調べを受けている質屋の主人に問いかけた。
兵庫と医者の間にどのような話があったのか知らない主人が頷きながら、女房のおせんに
「おせん、御用立てして下さい」
おせんから一分を借りた兵庫がそれを医者に手渡した。
医者はその金を悪びれずに受け取り、懐の財布に収めると兵庫の傷を見ようと、兵庫の着物に手を掛けた。
「止めて下さい。傷を治していただいても大枚取られては飢え死にしてしまいます」

Posted on 2012/12/15 Sat. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学