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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第38話 十三弦(その16)】 

 それから数日がたった七月二日の昼四つ過ぎ、供に荷を担がせやって来た侍が、店番の富三郎に尋ねた
「安達重兵衛と申すが鐘巻先生はご在宅か」
「はい、暫らくお待ち下さい」
富三郎に安達姓の武家が来たことを知らされた兵庫は稽古着姿で通り庭伝いに迎えに出た。
「お上がりください」
 重兵衛は供に持たせた荷から一振りの刀を取り出すと上がり、兵庫に案内され奥座敷に入った。
兵庫は座敷の境の襖を全て閉め切った。
「狭い家で耳目に戸が立てられませんが・・御用の赴きお話下さい」
「お気遣いには及びません。昨日倅の初七日を終えましてな、倅の頼みを果たしに参りました」
「どのようなことでしょうか」
「残された書付に、もし刀が戻るようなら鐘巻先生にご覧頂きたいと。幸い戻りましたので持参致した」
「それでは拝見させて戴きます」
兵庫は手渡された刀を頭上に上げ一礼してから、鞘を払った。
刀身は不十分に血糊を拭き取っただけで洗われてはおらず曇りが残っていた。
兵庫は佐間之助の刀に残された小さな刃こぼれ、鎬や棟に残った打ち傷、切込みを見ながら、佐間之助の戦いぶりを思い浮かべていた。
見終わった兵庫は鞘を取り、静に刀を納めて行くと鯉口から僅かに香の匂いが押し出されてきた。
兵庫は再び刀を抜き払い、鞘の鯉口に鼻を寄せた。
「刀の刃こぼれの具合、位置申し分御座いません。相手に充分打たせた鎬の誉れ傷は胆力の証でしょう。鞘に残った香は覚悟の現われ。武人として見事な御最後と拝察いたしました」
「その言葉を聞き倅も喜んでいると存ずる」
三男の死の悲しみを堪える重兵衛が目を赤くした。
「いま暫らくこの刀をお貸し下さい」

 兵庫は店を閉めさせ、家中の者を奥座敷と表座敷に集めた。
「短い間でしたが共に稽古し飯を食った安達佐間之助殿の刀が届けられました。皆で線香を上げて下さい」
仏壇前に置かれた刀掛けに掛けられた佐間之助の刀に、安達重兵衛が線香をあげ、兵庫以下門弟の侍、そして志津、千葉佐那と続き、居た町人の娘達も線香をあげた。
「佐間之助殿がこの道場を去るとき十三弦を聞きたいと申していました。志津、一年前に亀戸で弾いたとかいう曲を、聞かせてあげて下さい」
刀の前に筝が置かれ、志津が筝を弾き始めた。
流れ出したのは、志津自作の離別の曲だった。
十三弦の響きが部屋に満ち、志津の歌う離別の和歌が涙を誘っていた。

第三十八話 十三弦 完

Posted on 2013/01/04 Fri. 04:30 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第38話 十三弦(その15)】 

 その日の四つ、兵庫が裏庭の草を抜いていると、表に年老いた、しかし立派な侍が供を一人連れやってきた。
店に入り、辺りを見回していたが店番をしていた富三郎に尋ねた。
「鐘巻殿の屋敷はこちらではなかったかな」
「はい、先生は只今、道場の方に居られます。呼びますので御尊名をお聞かせ願います」
「知り合いの村野善左衛門だ。こちらから行くので呼ぶには及ばぬ。忠助、ここで待っていなさい」

 供を待たせると善左衛門は奥へと入り台所口から裏庭に出、草を抜き終えた庭を突き固めている兵庫を見、兵庫も村野を見た。
「これは、ご隠居。わざわざお越しいただかれずに、お呼び下されば参りますのに」
「いや、謝りに来たのだ。呼び出すわけにはいかぬ」
村野の来た訳を察した兵庫は老人に歩み寄った
「道場の事でしたら、二日前安達佐間之助殿から伺いました」
「なに。安達から・・・それも二日前か」
「はい。今思えば、別れに来られたようにさえ思えます。惜しい方を亡くしました」
兵庫がことの次第を全て知っていると思った善左衛門は言葉を失った。
その善左衛門に二階から漏れ出す筝の調べが話の種を与えた。
「御主の妻女殿は筝も巧みじゃな」
「今、弾いている者はおそらく、千葉佐那殿でしょう」
「??、千葉佐那・・あの千葉の娘か」
「はい、志津が教えております」
「・・・とすると、干してある女物の道着は千葉の娘のか」
「はい、筝だけでは太ると申しますので、四半時九文頂き稽古をつけております」
「どうやら、この道場は高山の修業場、それなりの者しか分からぬ、また通えぬ所の様だな。道場を建てるのを止めると決めたわしを佐間之助が、斬ろうとした気持ちが今、分かったよ」
庭に流れる出てくる筝の音が変わった。
「これが、志津の弾く筝です。やっと私にも分かるようになりました」
善左衛門は志津の筝の調べに暫らく耳を傾けていたが、
「すまなかった」
と一言詫び、道場にやってきた目的を果たしたのか帰っていった。

Posted on 2013/01/03 Thu. 04:30 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第38話 十三弦(その14)】 

 次の日、安達佐間之助は道場にやって来ないまま時が流れた。
そして皆が昼飯を食っているところに定廻りの久坂と岡っ引きの勇三がやって来た。
持参した弁当を食い終わり、井戸水で冷やされた麦湯を旨そうに飲みながら久坂が話し始めた。
「奥さんの勘が当たったようだ。先日、鐘巻さんがつけろといって勇三が調べた安達という侍が、夕べ深川の木場で斬り死にしたよ」
唐突な久坂の語りだった。
居合わせた皆が驚き、久坂を見た。
「相手は」
「甲州屋栄五郎の、雇われ浪人達だ」
「相手は無傷か」
「いや死んだ浪人が二人、深手を受けた者が二人、未だ居たらしいが逃げたようだ」
「甲州屋は」
「溺れ死んでいたそうだ。空になった財布が落ちていたので、逃げた浪人に突き落とされたのだろうと聞かされたよ」
「それで裁きはどうなりそうですか」
「確かなことは言えねえが旗本の三男と浪人の喧嘩となりそうだ」
兵庫の矢継ぎ早の問い掛けに応える久坂だった。

 昨日の朝、稽古し、昼飯まで供にした安達の壮絶な死に様が、供にした皆の前でその後も久坂から語られたが、言葉を無くした皆だった。
安達は己が修業した剣術が少しでも役に立つ間にと、楽しみにしていた道場建設を結果的に邪魔した甲州屋に刃を向けたと兵庫は思った。

 翌二十六日の朝、駒形は大川沿いの商家が建ち並ぶ、その一軒の家から竹刀を打ち合う音が通りに聞こえていた。
ただその音には何時もとは違う激しさがあった。
たった半日だったが共に稽古をした安達佐間之助が斬り死にした話を昨日の昼に聞かされ、その余韻が消えないのか竹刀を振る手や発せられる気合いに現れていた。
 稽古をしているのは、道場主の鐘巻兵庫と、桶町から筝を習いに来ている千葉佐那と兵庫の三人の弟子、根津甚八郎・大村源次郎・志村富三郎である。
五人の稽古で休める者は兵庫に散々に打たれ疲れきった後、休息を与えられるが、その席も束の間で、次の疲れ果てた者に譲る巡り稽古が繰り返されたが音を上げる者は居なかった。
 この稽古は朝五つ頃終わるのだが、その稽古が終わらぬうちに娘が表の入り口から入ってきた。
千住から志津に筝の稽古を受けにやって来た、質屋堰屋籐衛門の娘・さえだった。
挨拶もほどほどに、志津から渡された前掛けをし、朝の飯の支度をする一人に加わったのだ。
それは武家の娘の佐那が針仕事をしているのを見せられ、供に食事し佐間之助の死を聞き、乳母(おんば)日傘(ひがさ)で育った我が身の弱さ知り、生きることの危うさを感じさせられたからだった。
まさに、ここは武家にとっても町人にとっても生きるための道場に成りつつあった

Posted on 2013/01/02 Wed. 04:30 [edit]

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【鐘巻兵庫 第38話 十三弦(その13)】 

 兵庫は安達の合点のいかぬ様子を見て、思いを話し始めた。
「私は道場を建てる神事の折、連れて行った、木下佐十郎殿に代稽古を任そうと思っていました。木下殿は短筒の類を持ってはおらず、直心影流を脅かすようなものではなかったのです」
「そうでしたか。それにしても、材木さえ値上がらねば地元の大工で建てられたのですが、残念です」
「私にはこの草の生えた道場で充分です」
「あの千葉の娘さんまで来られるのですから、私には分からぬ何か良いものがあるのでしょうね」
「この道場に来て、尋常の剣術が役に立たないことを感じ興味を持ったのでしょう」
「女にはですか」
「男も同じです。そう思いたくないでしょうが・・・」
「そうですね。役に立たないとは、今は思いたくありません」
「草むしり代払いましょうか、それとも私とその分稽古しますか」
「いいえ、草むしり代は佐那殿に上げて下さい。私は稽古して剣術が役に立たないことを知りたくありませんので」
「それでは、もう草むしりは結構です。御用は済んだでしょうからお引取り下さい」
「私のために十三弦の音を聞かせてくれる女子は何処にも居ないしな・・・」
安達佐間之助は稽古道具を担いで帰って行った。

 佐間之助が帰ってから暫らくして堰屋の娘さえと母のせんが筝三面を乗せた大八を引く男とやって来た。
富三郎は二人を奥座敷に迎え入れ、筝を受け取り、兵庫が用意した駄賃を大八の男に渡し、返した。

 さえとせんが千住から駒形まで一里足らずだが歩いてきた汗を納めていると、四つの鐘が鳴った。
聞こえていた筝の音が止み、暫らくして半刻ほど筝の稽古をしていた佐那が稽古着に着替え、志津と下りて来た。
「さえ様、お母様ですね。いらっしゃいませ。それでは早速お稽古をしましょう。さえ様のお筝はどれですか、上に運ばせます」
さえが指差さした。
「分りました。それではさえ様、お母様二階へお上がり下さい。富三郎殿、筝をお願いします」
こうしてさえの稽古が始まり、そして半刻ほど時が流れたのだが、その間佐那はお琴に鉢巻作りを手ほどきされていた。
「お琴さん。安達様は帰られたのですか」
「はい、ここに来られてから一番よい笑い顔を見せて戻られました」
「そう、明日来たら今朝の仇を討たないと・・・」
「安達様はそんなに強いのですか」
「私よりね」
「それじゃ、鉢巻作り頑張って先生にお稽古をお願いするとよいですね」
「はい、そのつもりですよ」
そして昼を食べ、その後鉢巻作りに精を出した佐那は裏の道場に影が出来始めた夕七つ、少し前から半刻ほど、庭に流れてくるお道とお琴の十三弦の音を打ち消すように必用に兵庫に挑んだ。

Posted on 2013/01/01 Tue. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第38話 十三弦(その12)】 

 兵庫は裏庭に出て風通しが良く、日陰の場所を探して莚を敷き、綯った縄を持ってきて草鞋作りを始めた。
二階からは筝の音が流れては途絶えを繰り返すのが聞こえて来ていた。
草鞋が半足出来たところで、草をむしっていた安達が声をかけてきた。
「鐘巻先生。空地の道場は出来そうもありません」
兵庫はこの投げ掛けで、安達がここにやってきた訳が見え始めた。
「仕方ないでしょう。御城が燃えては大工も木も足らないでしょう」
「そうなんですが・・・」
何か尾を引くような安達の返事であった。
「安達殿は直心影流を修業なされたのではありませんか」
「はい、あの辺りの者は皆、亀沢町の団野道場へ通い修業するのが常ですから」
「それなら、新しい道場を建てることも無いのではありませんか」
「そうなんですが・・・」
やはり尾を引く返事であった。
「団野先生のお体の具合が良くないと聞いておりますが、何方が代わりに稽古をされて居られるのですか」
「このところお見舞いに出かけるだけで分りませんが、男谷道場から何方かが来ていると聞いたことがあります」
「そうですか。この月の・・・確か三日、男谷先生がここに参られましたよ」
「男谷先生がわざわざここまで・・・。ご無事で何よりでした」
「無事とは男谷先生のことですね」
「自身がおありなのですね」
「刀が短筒に勝てると思いますか」
「短筒をお持ちですか」
「持っては居ませんが、その類(たぐい)のものは・・・」
「例えば刀を投げるとか」
「ほ~、よくご存知ですね」
「はい、先日団野先生の所にお見舞いがてら参りました折、伺いました」
「そうでしたか。額に出来た瘤(こぶ)の話は出ませんでしたか」
「出ましたが、訳が分からなかったそうです」
「それが、類のものなのです」
「実は、道場を建てる話は城の火事で、木材が値上がりし止まっていましたが、消えた訳ではなかったのです。それが、男谷先生が参られてから取りやめに決まりました。分からぬ瘤に恐ろしさを感じ、発起人に止めさせたのでしょうね」

 瘤とは訳のわからない話だが、これは訳在って兵庫が麻布の男谷道場へ出向き、榊原健吉に申し込まれた木刀試合に竹刀で立ち会った。
この時、兵庫は目釘外しの秘剣に続き、飛び込み印地打ちで使う石で健吉のこめかみを打ち昏倒させたのだ。
この立会いを見ていた者たちに見えたものは兵庫の手を離れ飛び健吉の喉を突いた竹刀だけで、兵庫が右手に握る石がこめかみを打つのは見逃していたのだ。
息を吹き返した健吉の額の大きな瘤がどうして出来たのか分からなかった。

「勝手に瘤に驚かれたようですね」
「勝手にですか」

Posted on 2012/12/31 Mon. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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