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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第39話 七夕心中(その16)】 

 兵庫は竹刀の音、気合いを聞きながら、水を汲み注ぎ風呂に満たし、釜に火を入れた。
そして四半時が過ぎ
「相川先生。風呂が沸きました。稽古は私が代わります」
こうして、時を置きながら板橋の客が風呂に入り終わり、門弟は井戸で汗を拭き、佐那は風呂場で汗を流し、朝飯となった。
「やはり、海が近い江戸は魚が毎日食えよいな」
「それもそうですが、板橋と違い、油断しても飯も汁も御数も無くならないのがいいです」
「そのようなこともあったな」
「今日は江戸見物をなされますか」
「そうしたいが、土産物を買って帰えらぬといかんのでな」
「それは良い心掛けですね。何方かに聞かせたいものですわ」
「何方とは、あの癖のある字の持ち主でしょう」
「岡部様。ご名答です」
「趣向があると聞かされていたが、芝居を見せてもらった」
「これで喜助や宿場の知り合いに話せる銭のかからぬ土産話も出来た」
客の話が盛り上がる中、合点のいかなかった甚八郎が・・
「あの晒は先生がしたのですか」
「少し、やりすぎたかな」
兵庫が、首をすくめ舌を出した。
「それにしても志津さまは、橋まで見に行かずにどうして先生がなされたことを知ったのですか」
「佐那様、それは竈に癖のある字の書き損じが入っていたからですよ」
「兵庫、抜かったな」
子どものように頭を掻く兵庫であった。

 板橋から助っ人にやって来た四人が帰ると、兵庫と門弟三人は寝不足と満腹から筝の音を聞きながら奥座敷に集まり居眠りを始めた。
事情を聞かされたお道とお琴が交代で店番し半刻少し経った昼四つ、定廻りの久坂と岡っ引きの勇三がやってきた。
お琴に起こされた兵庫が大あくびしながら表に出て行った。
「何でしょうか。まだ昼飯には早すぎますよ」
「それは分かっている。それよりあの晒し者を置いたのは、あんただろう。上に知られたらわしがお咎めを受けかねねぇのを知ってるだろう」
「朝駆けしていた時、橋のたもとで見かけたものですか」
「とぼけやがって」
「そんなに怒らないで下さい」
「二人は分かったが、残りの八人の姿が浅草の何処にも見えねぇ。まさか殺してはいねぇだろうな」
「悪党の親玉が生きているのですよ。その手下は諭して所払いにしました」
「まあ、いいだろう。ところで、今戸の奴等の家だが行ってみたら町の者に荒らされた後だった。だが、町の者はあまり良い顔はしていなかったぞ。何か渡すものがあるのではないか」
「はい、日頃お世話になっていますので用意しておきました」
兵庫は懐から紙に包んだ物を出し、二人にそっと手渡した。
町人から巡り巡った金を懐に納め、気分を直した久坂が・・
「それにしても、あんたの前じゃ冗談も言えねぇ。まったく、絵にもならねぇ七夕心中を見せられたよ」
「目の方のお詫びは、後ほど昼に舌の方で償いますので、来て下さい」
「そう、させてもらうよ」
兵庫は店番をお琴に任せると部屋に戻り、眠りに落ちていった。

第三十九話 七夕心中 完

Posted on 2013/01/20 Sun. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第39話 七夕心中(その15)】 

 その後、門弟三人が佐那に稽古だと起こされ顔を洗いにやって来た。
「先生。朝駆けするのですか」
「誰か、雨を降らせられるか」
「駄目ですよ。この空では雷に頼んでも直ぐには降りません」
「仕方が在りません。着替えましょう」
 明け六つ少し前、股引き・腹掛けに地天の印半纏を羽織た男四人と、稽古着姿の佐那が駒形の道場を飛び出した。
「先生。いやに人が出ていますね」
「そうだな」
程なく五人は吾妻橋の見える所までやって来た。
「何ですか。あの人込みは」
門弟達の足が速まり兵庫を後ろから急(せ)かし始めた。
人込みの中にはずぶ濡れの一組の男女が晒され、ご丁寧に二人の草履が並べられていた。その後ろの橋柱には“晒奸状”と書かれた紙が貼り付けられていたのだ。
「誰か読んでくれ」
字を読めない者が叫び声をあげていた。
進み出た朝の早い老人が読み始めた

 この男、今戸の三次と申し、界隈の用心棒を気取り、善民より脅をもって貴銭を取り立て放蕩に明け暮れ致す悪党なり。
女はおえんと申し、三次の情婦なり。
この者、昨夜賊徒を差し向け善民を襲わせるに及び、駒形馬頭観世音の怒りに触れ、賊悉くその威に蹴散らされるなり。
これを見て己が悪事の命運尽きたるを知り、三次・おえん共に己が命を断たんと吾妻橋より身を投げ七夕心中を致すに及ぶなり。
しかれども、この戒殺の地、観世音の慈悲をもってその命を救えとの声あり。
よって善民がこれを救い、晒に留めるものなり

 老人が読み終わったところで、兵庫が走り出した。
それに気づき門弟達も後を追った。
亀戸まで行き戻って来ると橋のたもとは更に込んでいた。
その人込みを抜け道場まで戻り走るのを止めた。
「朝駆けはこれまでにして、先生方に稽古をお願いしなさい」
四人は頷き、家に入り、裏庭の道場に出たが姿は無かった。
門弟立ちが稽古着に着替える中、佐那は台所に戻り志津に尋ねた。
「皆様は」
「会いませんでしたか。橋の方へ行かれましたよ」
「あれは何方の仕業ですか」
「分からないのですか。私は未だ見に行ってはいませんが分かりましたよ」
「奥様が分かるということは、嘘の下手なお方ですね」
「佐那様。内緒ですよ」
佐那は笑った。

その佐那の脇を通り、嘘が下手な兵庫が裏庭へ出て行った。
兵庫は、風呂の水を流し、風呂桶を洗いだした。
橋から戻ってきた倉之助以下四人に、門弟と佐那が稽古を頼むと客人達も志津が出した稽古着に着替え防具をつけて次々に朝稽古を始めた。

Posted on 2013/01/19 Sat. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第39話 七夕心中(その14)】 


 戻ってきた兵庫が
「あとの事は門弟と私が寝ずの番を致しますので、皆さん方はお休み下さい」
「済まぬが、そうさせてもらうぞ」
倉之助が皆を促がし、表板の間から奥座敷へ、志津が佐那を二階へと導いた。
医者を送った二人が戻ると
「まだ、やらねばならぬことがある。すぐ戻るから見張りを頼む」
三人は、兵庫に何をするのか問いただすこともなく、頷いて返した。
兵庫は大黒屋に行き、紙と筆を借り書き出し、書き上がったところで読み直し、書き損じたのかそれを懐に仕舞い、また書き始めた。
書き上がったものを再度読み直し
「これで良いだろう」
と言い、道太郎と船頭の二人に見せた。
「何ですか。晒奸状(さらしかんじょう)とは」
「いや、斬奸状と書いてから気がついたのです。斬って居ませんので斬を晒に変えたのです」
「なるほど。二人を晒す分けですか」
「はい、橋の柱に貼るので米粒を下さい。三次とおえんそれに草履を吾妻橋までお願いします」
二人を晒し、駒形に戻ると兵庫は見張っていた三人を休ませ、懐に入っていた書き損じを台所の竈の中に入れた。

 時が流れ七つの鐘が鳴った。
兵庫は三人を起こすと、眠ることが出来なかった賊八人に告げた。
「これから、皆を解き放ちます。また悪事を働いてはいけないので少ないですが当座の金を渡します。これは皆さんの刀と具足の引き取り代金から傷の手当をしてくれた医者への支払いを差し引いたものと思ってください。侍に二両と四百文、町人には一両と四百文渡します。この地を離れ何処かの町の口入屋で仕事を探して下さい。尚、今戸へ行くと皆さんの顔を知っている役人や町のものに見付かり、私の情けが無になりますので別の道を選んで下さい」
兵庫は表のくぐり戸を開けると
「源次郎、一人ずつ縄を解きなさい」
縄目を解かれた男に笑みが生じ、昨晩は刃まで向けた男達が、兵庫から路銀を与えられる度に僅かながらも謝意を示し受け取り、戸口を出ると今戸とは反対の川下の方へと去って行った。
八人全員が出て行くと兵庫は戸を閉め、閂を通した。
「皆、寝ても良いぞ」と言い、己も横になった。

 夜明け前、台所口より娘二人が入ってきて、朝飯の支度を始めた。
男達が八人が思い思いに雑魚寝している姿を見、鼻を何度か細かく吸い・・
「お琴、大戸を開けて来て頂戴。男臭い魚の臭いがする」
「そうね、おねぇちゃん」
大戸が開けられ、僅かだが朝の風が入り、淀んでいた空気を押し出していった。
志津と稽古着姿の佐那が二階から下りてきた。
「あら、賊が居ないは」
「ほんと」
表の板の間に大の字なっていた兵庫も周りに女の声がし始めると、寝ているわけにもいかなくなり、板の間に起き上がった。
「旦那様。賊は?」
「今朝の七つに解き放ちました」
「どうして」
「転寝(うたたね)していたら観音様が夢枕に立ち、慈悲を施せと申されましたので」
「何か嘘をついている顔ですね」
「ほんと、先生の嘘は良く分かりますね」
「顔を洗ってきます」
兵庫が逃げ出して行くのを二人が見送った。

Posted on 2013/01/18 Fri. 05:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第39話 七夕心中(その13)】 


 二階に吊るされた提灯の火が恐怖に怯える三人の影が震えた。
「私はこれで飯を食っているのは分かっているな。刃向かうのは勝手だが遠慮はしませんよ。刀を捨て腹ばいになって貰いたい」
兵庫が持っている木刀を風切音を立て振って見せた
「早くしろ!」
岡部が怒鳴った。
しかし、三次を守る侍の意地が刀を振り上げさせた。
刃の向けられた兵庫と岡部の木刀が賊の刀を払い、佐々木に肘、脛と痛いところを打たれ辛うじて立っている浪人に岡部がどなった。
「捨てろ。今度は手加減せぬぞ」
それでも刀をすてかねている浪人に兵庫と岡部が木刀を振り上げると浪人二人は顔を見合わせ、諦めたのか刀を捨てた。
それを見て三次も脇差を投げ捨て地に伏してしまった。
瞬く間に終わってしまった、この様子を、佐那は二階から見ていた。

 全ての武器を奪い、つけていた防具を剥ぎ取り九人を縛り上げた。
「甚八郎、源次郎。頼んでおいた医者を呼んできてくれ」
「なんだよ、悪党のために医者まで用意しておいたのか」
「岡部さん。悪党が居ないと困るのは役人ばかりではないでしょう」
これまで悪党退治をしながら飲み代を稼いできた岡部と佐々木が苦笑いをした。

 倉之助と坂崎が兵庫の家に戻ってくると、入り口近くに籠が置かれ、戸口から中の灯りが漏れていた
中に入ると、医者が怪我人を一人一人手当てしていた。
「先生。遅いご帰還で、あちらの首尾は如何でしたか」
「上首尾だったぞ」
「それは良かったですね」

 最後の怪我人の手当てを終えた医者に、兵庫が尋ねた。
「仲明先生。怪我の様子は如何ですか」
「骨を折っている者は居らんので、大事無いでしょう」
「どうも、お世話を掛けました。後ほど御挨拶に参ります」
籠に乗り帰る医者に門弟の二人を護衛に着け、見送った兵庫が賊に向き直った。
「皆は町のものに迷惑を掛けた上に、徒党を組みここに押し寄せた。斬り捨てても良かったのですが、町のものに怪我をさせてはいないと聞き、命を助けたのです。この後のことはまだ決めかねていますが、一人許せない者が居ますので、今、成敗します。刀を使うと穢(けが)れますから大川の水を飲んでもらいます」
そう言うと兵庫は縛られた三次を立たせた。
「臆病者で無傷の御主が出来ることは、観音様の慈悲にすがり祈ることだ」
兵庫は嫌がる三次を大川の土手際まで追い立て、子どもが水遊びに作った細道を水際まで下り、待っていた浅吉の舟脇に蹴落とした。
大きな水音が縛られた賊が居る家の中まで聞こえてきた。

Posted on 2013/01/17 Thu. 04:34 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第39話 七夕心中(その12)】 

「兵庫の読みもその辺りであろうな。そう、その兵庫に頼まれたことを忘れてはいかん。三次と女の草履(ぞうり)を持って帰らねば」
「銭函が重いでしょうから草履は私が運びますが、何に使うのでしょうね」
「何か趣向があるとは言っていたが、それは後のお楽しみだ」
行灯の火を消した二人は外に出、少し歩き太助の待っている舟寄せ場に行き乗り込んだ。
大黒屋に着くと二人は舟を下りた。
出迎えた、大黒屋道太郎に
「済まぬが、この銭箱と二人の草履を暫らく預かってくれ」
「おやおや、鐘巻様と似たようなことをなさいますな。草履は初めてですが」
「兵庫もやったか」
「はい、何度か拝見しました」
「そろそろ、兵庫のほうも片付いているだろう。世話をかけました」
「此度のことは、後ほど話を鐘巻様に聞かせてもらいます」

 一方兵庫の方は、子の刻の鐘が鳴るのを聞き線香を立てた。
線香が燃え尽きる四半刻の間に、三次が来なければ逆に三次の家に押し込むためだった。
しかし、出向くには及ばなかった。
 一艘の小舟が兵庫の家の近くまで来て火縄を回したのだ。
二階で大川の様子を見ていた志津が手燭の火を大きく振りこれに応えた。
「旦那様。来ますよ」
志津の声が二階から下りてきた。
その声で岡部を先頭に佐々木、門弟三人が飛び出し、前もって決めてあった持ち場に姿を潜めていった。

 三次等九人はさほどの警戒心も見せずに提灯の灯り先頭に兵庫の家の前までやって来ると立ち止まった。
頭(かしら)の三次が脇差を抜くのを合図に、従う者も抜き放った。
三次が顎で、くぐり戸を開けるように三下に指図すると、一人が進み出て戸を押した。
僅かに軋む音を立て鍵の掛けてない戸が開くと、その男は躊躇(ためら)う事無く提灯を先にして中に足を踏み入れた。
鈍い物が当たる短い音と同時に悲鳴が上がり、その男が戸口の外に尻餅をつくように倒れ、地に落ちた提灯が燃え上がった。
これが合図であった。
物陰に隠れていた五人が飛び出してきた。
襲うことしか考えていなかった賊たちは三方からの奇襲を受け、金縛りに会ったように動きが止まった。
二階の軒下に二つの高梁提灯が吊るされ、賊と賊に襲いかかる五人の半纏姿が映し出された。
川の上手から佐々木に引き連れられた源次郎、下手からは岡部と富三郎、土手からは甚八郎が飛び出し、油断していた者五人の脛(すね)を木刀を振り回し叩き、片足立つ男を蹴飛ばし、あるいは更に一撃を加え一気にその場に倒し戦闘不能にした。
「兵庫出ろ」
岡部は大声を挙げながら出口を守ると、出てきた兵庫が見た者は背中合わせで構える三次と浪人二人だけになっていた。

Posted on 2013/01/16 Wed. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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