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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第40話 秘策(その22)】 

 兵庫は残っていた四郎兵衛にばらで貰った十両を懐から出し渡した。
「鐘巻の旦那。最初の競り分だけでいいので、三両頂いておきます」
「遠慮なさらず、持っていって下さい」
「あまり貰うと、次に危ない仕事で断りきれなくなりますんで、遠慮しておきますよ」
「いや、今回は知恵を頂きましたので、そう言わずに持っていって下さい」
「分かりました。有り難く頂戴しておきます。それにしても太郎丸の競りは凄かったですよ。それも鐘巻様の申されたとおり、太郎丸に加賀様のお墨付きが付いたからだと忠実屋が申しておりました」
「もう少し吹っ掛けるのでしたか」
「負けました」
四郎兵衛も笑みを浮かべ帰って行った。

 懐に三つもの切り餅を納めた兵庫は家に居る者を奥座敷に集めた。
「今日、皆の御蔭で、恩賞として頂いた太郎丸が二十四両で売れました。これで皆にいくらか歩合が渡せます。門弟三人には各三両。佐那殿には筝と剣術の手助けで三両、さえは具足商いで儲けてくれたので三両、お道、お琴は毎日旨い飯を作ってくれたので各三両、残りの三両は秘策の売り先を見つけてくれた志津に渡します。あすからお盆です。盆明けまで、店も道場も休みますので使って下さい」
「先生の分は・・・」
「小遣いは志津から貰いますから心配しないで下さい」
「ところで先生。秘策が何だったのか教えて下さい」
「秘策は凡策でした。語るのは恥ずかしいです」
「それで、今回は分け前を取らなかったのですね」
「そんなところです」
「ところで、あの柴犬も連れて行かれてしまったようですが」
「夫婦(めおと)を引き離すのも気の毒ですから」
「えっ・・・」
「夫婦・・・」
「先生、もしかして・・・」
「秘策も叶ったのではありませんか」
兵庫は‘夫婦’の失言に気づいた時は遅く、門弟から矢継ぎ早に問い掛けの打ち込みを受けた。
「皆の狙いは当初は一両でしたね。それを知恵を出し合い二両まで狙いを高めました。しかし、これから渡す金は、一人三両ですから、もしかすると秘策が叶った御蔭かもしれませんよ」
兵庫は懐から切り餅を一つ出すと、捩じり包みを破り三両ずつ手渡した。
最後に残った一枚を素早く懐におさめたが、これも迂闊だった。
「二十四両の売値なのに、何故切餅なのだ。もう一つ持っているでしょう」
勘の良い甚八郎が兵庫を見ていた。
「見破られたか。実はもう二つです」
兵庫は切り餅を二つ出し
「この金は、約束どおり町の者が、また、ここに居る者が生きるために何かを始める時の元手にします。その時が来るまで預かっておきますよ」
「やはり、先生に抜かりは無かった」
その後、賑やかに秘策の顛末が語り続けられた。
志津は門弟達と兵庫のやり取りを聞きながら、久し振り訪れるてくる兵庫との束の間の盆の二人暮らしを思い、笑みを浮かべ聞いていた。

第四十話 秘策 完

Posted on 2013/02/11 Mon. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第40話 秘策(その21)】 

 出された茶を袴田は飲み干した。
「鐘巻殿。これでお役を果たせました」
「ご苦労様でした」
「それでは」
尻拭いをさせられた袴田が立ち上がるのを見て、兵庫と志津がいち早く台所から下り、袴田と菊が下りるのを待った。
「お~。ここは道場ですか」
台所の出口に掛けてある看板を見た袴田から今までとは違った明るい声が出た。
「お目に止まりましたか」
「一手お願いできますか」
「分かりました。裏庭が道場ですから、そこに掛けてある竹刀を持って出て下さい」

 裏庭に出た兵庫は丸に並び矢、方や袴田は井桁に桔梗の紋の肩衣を付けたまま対峙した。
縁台で具足の錆取りをしていた門弟三人が手を休め、部屋に座っていた佐那は太郎丸を抱き廊下に出て、勝負の成り行きを見届けようと目を見張った。
兵庫の甲高い気合いが袴田を突き刺すように飛び、袴田も負けずに気合を返した。
兵庫は袴田の拍子を読んでいた。
袴田の竹刀の先が僅かに下がろうとした瞬間、兵庫の足が走り、袴田の籠手を打っていた。
「やはり、全く敵いません」
「勘が鈍っているようですよ。近いですから、遊びに来て下さい」
「今日で、御方様付きのお役御免ですので、喜んで参ります」
「そうなりましたか。道具は揃っていますから、稽古着だけ持って来て下さい」

 笑みを浮かべた使者を見送った兵庫が帳場となっている板の間に腰掛けると、四郎兵衛が畳み部屋から出てきて
「太郎丸を五十両で忠実屋が買いたいそうですが如何しますか」
隣の部屋で太郎丸が恩賞として下賜されたことを聞いた安房屋と忠実屋が太郎丸の値を競り合い、今度は忠実屋八五郎が勝ったのだ。
「五十両ですか・・・」
兵庫がわざとらしく渋る様子で部屋から顔を出している忠実屋に見せると、忠実屋が笑いながら
「分かりました。あと十両乗せますので、お願いします」
「いいでしょう。六十両で手を打ちます」
忠実屋は持参した五十両に安房屋から十両借り、兵庫に手渡した。
無造作に金を懐に納めた兵庫は
「待っていて下さい。太郎丸をつれて参ります」
太郎丸の入る奥座敷で兵庫は佐那に
「太郎丸が売れました」
「えっ、先生。何方に売られたのですか」
「昨日、加賀屋敷に出向いた時、御方様が太郎丸の代わりの犬を既に膝に乗せていると聞かされたのです。太郎丸は引き取られないと思い、犬屋を呼んでおいたのです」
兵庫は少し違った筋書きを佐那に言い、太郎丸を金襴緞子の座布団に乗せたまま忠実屋に引き渡した。
安房屋は桔梗姫を、忠実屋は太郎丸を箱に入れ担ぐと、それぞれ顔に笑みを湛え帰って行った。

Posted on 2013/02/10 Sun. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第40話 秘策(その20)】 

 四つの鐘が駒形の空に鳴り、兵庫と志津が店の外で待っていると、暫らくして加賀の使いがやって来るのが見えた。
使いは、袴田与一と腰元、それに供の小者だけだった。
その様子を見て、兵庫が志津に呟いた。
「袴田殿自らが使者になり参りました。貧乏くじを引かされたようですね」
「それがお役でしたら仕方ありませんね」
「そうなりますね」
兵庫たちがその様な話をしているとは知らず、頭を下げて待つ兵庫と志津の前まで使者達がやって来た。
「これは、袴田様、わざわざお運び頂き申し訳御座いません。むさ苦しい所ですがお入り下さい」
「こちらこそご苦労をお掛けしました」
袴田は表に小者を待たせると、駕籠を一瞥し、兵庫と志津の案内で腰元と共に奥へと入って行った。
 台所から座敷に上がった袴田が見たものは、上座に敷かれた金襴緞子の座布団に座らされた太郎丸を診る医者の姿だった。
「仲明先生。加賀様の御使者が参られました。太郎丸は如何でしたか」
「九日の様態を思うと嘘のように生気が戻りましたな。私の出番はもうありませんので失礼します」
「有難う御座いました。志津、お礼とお見送りを」
志津は懐から切餅を出すと、手渡しながら
「仲明先生、有難う御座いました」
仲明も心得た者で無造作に貰った二十五両の切餅を懐に納め部屋から出、志津も見送りに出て行った。
「大分、散財をお掛けしたようですね」
「それは構いません。どうぞ太郎丸の検分をお願いします」
兵庫に促がされ、袴田と腰元は太郎丸を挟むように上座に座った。
仲明を見送った志津が戻り兵庫のやや後ろに佐那と共に座った
太郎丸の様子を見ている腰元に袴田が
「菊殿、間違いないですか」
「はい、太郎丸で御座います」
袴田は菊に確かめると、兵庫に向き直った。
「鐘巻殿。太郎丸、確かに受け取り申しました」
「無事、お渡しでき安堵致しました」
「鐘巻殿。此度の働きに、御方様より御礼のお言葉を賜って参りましたことを先ずもってお伝えいたします」
兵庫、志津、佐那が平伏し
「もったいないことで御座います」
「なお、御方様より恩賞が与えられました。ありがたくお受けするように」
「はっ」
「下されものは、いま引き取りました太郎丸で御座います」
「はっ、ありがたき幸せに存知奉ります」
袴田は兵庫が描いていたように使者の役割を果たした。
「御使者にお茶を・・」

Posted on 2013/02/09 Sat. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第40話 秘策(その19)】 

 各自がそれぞれの持ち場に着くと、兵庫は裏庭に行き、繋がれていた柴犬を連れ出した。
「先生は。どうするのですか」
「秘策ですから、後で話します」
兵庫は柴犬を表まで連れて行き、表部屋の中に隠すように繋いだ。

 使者を迎える裃姿に改め待って居ると五つ半を過ぎた頃、四郎兵衛に連れられた二人の男が箱を担いで駒形の道場にやってきた。
迎えに出た兵庫に、四郎兵衛が
「具足屋を始められたんですか」
「はい、俄か商いですが剣術より儲かります」
「それはよう御座いました。早速ですが、こちらの安房屋徳兵衛さんと忠実屋八五郎さんに桔梗姫を見せて頂きたいのですが」
「隣の部屋に繋いでありますので、箱を土間の隅に置かれ、上がってゆっくり見て下さい」
言われるままに三人は上がり座敷へと入っていった。
徳兵衛と八五郎は柴犬の様子を丹念に見ていた。
「形が良いですな」
「何よりも、丈夫なのがいいですね」
「何匹腹に入っていますかね」
「安房屋さん。その手には乗りません」
「それより、鐘巻様がいくらの値をお考えかですが、これは分かりませんな」
犬屋の二人が値踏みを始めた。
 暫らくして、店番をしている兵庫のところに四郎兵衛が折られた二枚の紙を持って来た。
「鐘巻様。値が付きましたんで、お持ちしました。ご期待に添えたか否か確かめて下さい」
兵庫は手渡された紙を開き、頷いた。
安房屋の紙には二十四両、忠実屋の紙には十八両と書かれていた。
「安房屋さんに決まりました」
「それでは早速ですがお支払い致します」
安房屋は懐から切餅を出し、兵庫に渡し
「鐘巻様一両お釣りを下さい」
それを聞いた忠実屋が
「四匹の読みでしたか」
 兵庫は今もらったばかりの切餅はそのまま懐に納め、己の財布から一両の釣を出し渡した。
「それでは桔梗姫を頂いて帰ります」
「皆さん、もう直ぐ、最後の幕が上がりますが見て行きませんか」
「宜しいのですか」
「そのまま座敷の中で成り行きを聞いて居て下さい」

 四つ少し前、表に駕籠が着いた。
下りたのは医者の仲明だった。
「先生。奥に上がっていて下さい」兵庫が帳場から、頭を下げ申し訳なさそうに言うと
「鐘巻様、これ一度ですよ」と笑い顔で応えた。
「申し訳御座いません」
仲明が奥座敷に入り、加賀の使いを迎える支度が出来た。

Posted on 2013/02/08 Fri. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第40話 秘策(その18)】 


 袴田は兵庫を見て言い渋っていた。
「他言は致しません」
「既に、太郎丸の代わりの犬が奥方様の膝に乗って居ます。戻せる膝が無いのです」
 奥方は己の膝から逃げた太郎丸を一度は捜させたが、見捨てて、ほんの数日の間に新しい犬を膝に乗せてしまったのだ。
「事情は分かりました。犬はこちらで一旦預かり、後に犬好きの者に引き取らせることに致します」
「そうして頂ければ助かります」
「そこで、袴田殿にもう一つお願いがございます」
「何でしょうか」
「先ほど申した様に、町の者は恩賞が頂けるものと信じています。私がこのまま戻っては恩賞を反古にし、犬を捨てたとの噂を抑え切れません。恩賞は金ばかりでは御座いませんので、何方かお越し戴きお言葉で結構です。それと太郎丸は一度お受け取り戴き、恩賞として、お下げ渡しの栄誉をお与え下さい」
「これはお心遣い、それで済むことでしたら、上役と相談して使者を伺わせます」
「有難う御座います。それでは明日四つから昼までの間でお待ちしております」

 駒形に戻った兵庫は、昼飯後茶を飲みながら
「今日、加賀屋敷に出向き届出をしてきましたが、高額の恩賞は期待できなくなりました。明日、御使者が参りますが、そのお役を果たさせ返してあげましょう」
「あ~。先生が五十両などと言うので、目の前に小判がちらついていたのですよ」
「それは一時とは言え良い夢を見せてしまったようですね」
「源次郎は夢だから良い。わしは財布を買い求めてしまったのだぞ」
「甚八郎、小判の変わりに天保銭でも入れておけ」
「なに、富三郎。御主悔しくないのか」
「悔しがるのはまだ早いのでは。先生には秘策があると、それも駄目なのかは未だ伺って居ませんから」
「秘策は未だ消えては居ませんよ。ただ明日のことは成り行きに任せることにします」

 翌十二日の五つ過ぎ、兵庫はこの日の持ち場を決め、朝飯を食い終わった皆に告げた。
「門弟三人は道場で稽古、具足の手入れをしていなさい。ただし、加賀様のお使いがこられたら静かに控えるように」
「少し行儀を良くするだけで何時もとたいして変わりませんね」
「わしらはそれで良いが、甚八郎は少しでは無く親父殿の前に居るようにせねば駄目だ」
「源次郎の言うとおり。そのこころがけです。佐那殿は奥の座敷で太郎丸の世話をし、部屋に留まり共に御使者のお言葉を受けるようにして下さい」
「分かりました」
「さえさん、お道、お琴は台所に控え茶を入れ、運んで下さい」
「分かりました」
「志津と私はお使いのお迎えから送りだしまでします。堅苦しいのは、ほんの四半刻足らずの間だけです」
「そうですよ。それまでは何時ものようにしていて下さい」

Posted on 2013/02/07 Thu. 04:33 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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