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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【湯上り侍無頼控え 四話 打ち惜しみ(その19)】 

 月が五月と替わった翌朝、碁四郎は本所の直心影流団野道場の道場主、団野源之進を尋ね、山崎の書き残した物を見せた上、見聞きした一部始終を話して聞かせた。
「色々とこの老体に代わりやっていただいたこと、お礼の言葉もない。早速、毛利藩邸に赴き山崎の刀を取り戻し、妙善寺にて山崎の回向をして参る」

 次に碁四郎は塩河岸の祖父の家、相良屋に居た。
「爺様、悪党退治はほぼ終わりました」
「ほぼかい」
「はい、悪党は居なくなりましたが、悪党の芽を育てた温床を壊して参ります」
「孫よ。出来の悪い商人でも居なくなると塩河岸が寂れる。分かっているな」
「はい。無茶はしません」

 碁四郎を奥座敷の上座に迎えた長門屋の主人磯衛門は額を畳みにつけていた。
碁四郎から山崎の書き残した物を見せられた上、店と関係深い塩番方の二人が斬られたことを告げられたからだ。
「二つお願いがあります。ひとつは備前屋の喪中に奪った卸し先を返すこと。二つ目は、以後商いに武家を巻き込むような言動は致さぬこと」
「それだけですか」
「私からはそれだけですが長州藩からどのような沙汰が出るかは分かりません。実直な商いで応えることです」
「ありがとうございます」

 用を済ませ湯屋に戻った碁四郎が湯屋の二階の部屋でくつろいでいると、戸を叩く音がした。
閂を抜くと、月代を綺麗に剃り、さっぱりとした久坂が居た。
「お入り下さい」
「お主、長門屋に行ったようだな」
「はい、注意してまいりました」
「それで、長門屋は・・・」
「反省しておりました」
「それだけか」
「それだけです」
「しょうがねぇな~。少しは貰ってくるもんだ」
「それは、気の毒ですよ」
「何故だ」
「長門屋の荷を仕切っていた毛利の二人が斬られたのですよ。暫らくは荷の動きに乱れが出るでしょう。そうなれば、その損害は莫大になります。いまはそっとしておきましょう」
「となると、今回の事件で得をしたのは、お主から小判を貰った寺男だけか」
「あ~・・・忘れていました」
碁四郎は懐から財布を出した。
「これは、亡き山崎卓三郎さんから頂いた物です。中身が入っていましたのでお分けします」
「お主、辻斬りから金を貰ったのか」
「そうではありません。辻斬りをさせた悪党を斬りに行く山崎さんから頂いたのです。まだ残っていますのでお分けします」
碁四郎が財布を逆さまにすると、小判が四枚落ちた
「二枚お取りください。私も諸掛があったのと、道場の仕事が無くなりましたので残りを貰います」
「何とか、帳尻があったようだな」

午後、碁四郎は二階で爺さんと碁を打ち始めた。
「先日は、打ち惜しみをして寝つきが悪かったので、今日は決めていきますよ」
「私も本所で打ち惜しみをしたことが思いだされ、昨晩は眠れませんでした」
「ほ~・・・どんな」
「剣術なのですが、相手の上段の構の中で胴に隙を見つけたのですが、その胴を打ち惜しんで負けました」
「そうでしたか。次は胴を打って下さい」
「次ですか・・・」
碁四郎はため息をついた。

四話 打ち惜しみ 完

Posted on 2011/03/27 Sun. 08:23 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 四話 打ち惜しみ(その18)】 

暫らくして、中間の後を早桶を担いだ桶屋が店の前を通り、毛利藩邸の裏門から中に入っていった。
「てぇした読みだ。碁を打っていると憂き世のことも読めるようになるのかい」
「これは読むというより、討ち取った石を碁笥皿の上に置く流れです」
「なるほど。今のがポン抜き分か」
「はい、あと幾つ死んでいるかは、出てきた桶屋に聞いてください。四人だと思うのですが賭けますか」
「なるほど、外で殺したのが四人、中で四人か。大した悪党だ」
「しかし、その悪党を裁けない。死んでは自白も、毛利の証言も得られませんからね」
「こんな終わり方でいいのかい」
「仕方ないでしょう。幕府が決めた法なのですから」
「おい桶屋が出てきたぞ。ここに呼べ」
先ほど早桶を担ぎ通り過ぎた桶屋が鼻歌を歌いながら上機嫌で茶店の前を通りかかった。
勇三、半次、八五郎の三人が飛び出し、桶屋を茶店に引きずり込んだ。
「お上の御用だ。正直に言え。桶の注文は幾つだった」
「言うなと言われたんで」
「もう一度言う、お上の御用だ。言わなくてもいいから指で出せ」
「へいそれなら、これで」
桶屋は広げた手のひらの親指を折った。
「ありがとうよ。団子食っていきな」
「すいませんね。親父、おれにも茶をくれ」
「鬼吉さん、いい仕事が入ったようだね」
「親父、中で侍の斬り合いがあったようだ。一つ収めて、残りが四つだ」
言うなと言われたと言っておきながら、ぺらぺら喋り始めた鬼吉に呆れた久坂が
「鬼吉さんよ。そろそろ収めた一つがこの前を通るよ。早く戻って桶作りに精を出しな」
「へい、いい葬式日和だね~」
鬼吉は上機嫌で団子の櫛を両手に持って小雨の中を帰っていた。

 その後、裏門からの数人の出入りがあったが、棺桶が運び出されたのは夕七つの鐘が鳴った後だった。
二人の小者に担がれた棺桶の前後を武士が護衛し通り過ぎていった。
「それでは私は、物見遊山に出かけます」
傘を差した碁四郎が棺桶を追うように茶店を後にした。
棺桶は屋敷近くの妙善寺へ入っていった。
境内に入ったところで、待ち構えていた寺男に棺桶が引き継がれ、侍達は戻ってきた。
どうやら、碁四郎らが茶店で棺桶が出てくるのを待っている間に、裏門から出た者が寺と話を付けていたようだった。
嫌なお役を言いつけられた下級侍の仏頂面とすれ違った碁四郎はそのまま境内に入り棺桶を追った。
棺桶は既に掘られていた穴に下ろされようとしていた。
「恐れ入ります。その者の知り合いの者でございます。ひと目別れをさせて下さい」
そう言い、寺男の一人に山崎から貰った財布の小判を一枚出し渡した。
「手早く、おねげぇします」
碁四郎は頷き棺桶に歩み寄ると、十字に縛ってあった縄の一つを解き、蓋をずらした。
中には膾(なます)に斬られたうえ、己の首を膝の上に乗せ、座らされた山崎の姿があった。
碁四郎は合掌し蓋を閉め、縄を結びなおし、遠くで見ている寺男と久坂等に一礼した。
碁四郎が棺桶から離れると、寺男達が棺桶に進みすれ違った。
待っていた久坂が
「どうだった」
「ことの理非は別として、武士として思う存分働いて居られました」
「そうかい。これでわしの辻番暮らしも終わりになったようだな」

Posted on 2011/03/27 Sun. 08:12 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 四話 打ち惜しみ(その17)】 

 毛利藩邸の裏門、桜田上町の茶店に場所を変えた碁四郎は食えもしない団子をまた頼んだ。
「親父さん。この辺り寺が多いね」
「へい、御蔭で蚊もおお御座います」
碁四郎の足元近くに置かれた素焼きの蚊いぶしに藁をくべ足しながらの返事であった。
「ところで棺桶屋は何処にありますか」
「棺桶屋ですか。それでしたら桶屋の鬼吉さんが明善寺近くで作っていますよ」
「あの立派な裏門は何処のお屋敷ですか」
「毛利様ですよ」
「それにしては人の出入りが見えませんね」
「そう言われると、何時もとは違い門が開きませんね」
「親父さん。暇つぶしに賭けをしませんか」
「どんな」
「あの門から最初に出てきた者が何処へ行くか私が当てます。当たったら夕方までここに居させて下さい。外れたら、五十文分の団子を頼みます」
「それでしたら損はしませんので、その賭けに乗りますよ」
碁四郎が茶店の親父と暇つぶしの賭けをして、裏門が開くのを待っていると、雨具を着た久坂が勇三と下っ引きの二人を連れやって来るのが見えた。
「親父さん、客が来る。五十文分の団子と茶を出して下さい」
「あれは、お役人ですよ」
笠に合羽姿だが、八町掘り同心姿を隠すまでにはなっていないのか、見破られていた。
「知り合いですから、心配しないで下さい」
「わかりました」
親父が店の奥に引っ込むと、久坂が店の中に入ってきた。
「山中さんよ。あんたの読みどおり進んでいるようだな」
「いえ、山崎の筋書きですよ。団子と茶は頼んでおきましたよ」
「すまん」
「捕り方は?」
「返したよ」
「今日中に山崎はどこかの寺に運び込まれるでしょうから、そこで私が顔を確認します」
「たのむ」
団子が出され、久坂らが食っていると、毛利藩邸の裏門から人が出てきた。
「中間のようだな」
「親父さん。あの中元は早桶を頼みに行くはずです」
「分かりました。当たらなかったらお願いしますよ」
「はい、外れたらもう五十文分頼みますよ」
「なに、あそんでるんですか」
「いや、親父さんと裏門から最初に出てくる者の行き先を当てる賭けをしていたのです」
「それじゃ。八、ちょいと後をつけてこい」
「へい」
その八は茶店を出ると直ぐ戻ってきた。
「早いな。見失ったのか」
「いえ、もう直ぐこの前を通ります」

Posted on 2011/03/27 Sun. 08:06 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 四話 打ち惜しみ(その16)】 

一人残された碁四郎は、部屋を見回した。
狭い部屋で目立つ物と言えば隅に衝立に囲われた夜具と畳まれた衣類、壁際に文机が置かれている程度だった。
その文机に書き損じた紙が置かれていた。
そこには山崎が言った二人の名と仕官を餌に山崎が辻斬りに陥れられたいきさつ、そして最後には覚悟の意志が書かれていた。
塩の販路を広げようとした塩番方の浅知恵とそれに乗ってしまった浪人の哀れを感じながら紙を折りたたみ懐へ収めた。
 主が戻らぬとはっきりすれば、この家で待つ意味が無くなり、碁四郎は北日ケ窪の裏店を出ると雨が降り出していた。
山崎の形見となるようなものは持って帰るつもりは無かったが、降り始めた雨が碁四郎の気を変えさせた。
土間に戻った碁四郎は立てかけてあった傘を取り、小雨降る表に出ていった。
 碁四郎に出来ることは、ただ待つことだけだった。
何を待つのか、それは藩邸の中で事件が起きた証を見る事だった。
その気持ちが碁四郎を毛利藩邸表門の見える茶店に導き入れた。
碁四郎が食いたくも無い団子の五櫛目を食っていると、見慣れた男がやってきた。
「やっぱりここでしたか」
「勇三さん。山崎は四半刻前に屋敷に入っていますよ」
「そうですかい。団子いいですかい」
「ここに長居するために食べていたのです。もう、食えませんのでどうぞ」
「しかし、ここで山崎が出てくるのを待っていても無駄ですよ。奉行所が出張りましたから」
「それは無駄足になると思いますよ」
「どうしてですか」
「山崎があの門から出てくることはありませんから」
「何故、そんなことを知っているんですかい」
「本人から聞きました」
「会ってたんですかい」
「はい」
「それなら、出てこねぇのを何故待っているんですかい」
じっと毛利の表門を見ていた碁四郎が
「あれですよ」
「なんですかい」
「何人かが飛び出して来たでしょう」
「確かに。それが?・・」
「大名屋敷に殿様以外の家臣の怪我を診る医者は何人居ますかね。おそらく外の医者を呼びに行ったのですよ」
「ほんとですかい?」
「見ていれば分かりますよ」
勇三が追加の団子を食い終わり、茶を飲んでると、侍に先導された駕籠が箱を持たせた男を引き連れやってきた。
門前で駕籠から下りた者の様子はまさに医者風体の男だった。
「親父さん、茶代は幾等ですか。・・・一緒でよいです」
「へい、有難う御座います。四十文です」
碁四郎は銭差から十枚引き抜くと、盆の上に置き立ち上がった。
「旦那どちらへ」
「裏門です」
「えっ・・・」
山崎が邸内で刃傷し怪我人を多数だしたことは間違いない。
当然、山崎も闘死したであろう。
家臣の遺骸は手厚く葬られるだろうが、山崎の遺骸はその日の内に寺に運ばれる。
これが碁四郎の読みであった。

Posted on 2011/03/27 Sun. 07:10 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 四話 打ち惜しみ(その15)】 

 片手に握り飯の包みを持った碁四郎が北日ケ窪町の裏店(うらだな)の木戸をくぐり井戸端まで行くと、忙しい朝の支度をしていたかみさん達の手が止まり、碁四郎を見上げた。
「山崎殿の住まいを教えて下さい」
「先生なら、入り口から三番目だよ」
「どうも、ありがとうございます」
碁四郎はかみさん連中に丁寧に頭を下げ、向きを変え戻っていった。
言われたように棟割長屋の三番目の入り口に立ち、碁四郎がかみさん達を見ると頷いた。
戸口に進んだ碁四郎が中に声をかけた。
「先日、お手合わせ頂いた山中碁四郎です。朝飯を持って参りました」
中で微かな音がして、聞き覚えのある山崎の声が返ってきた。
「入れ」
碁四郎が戸を開け入るのを山崎は刀を引き付け、碁四郎を睨んでいた。
「お出かけのご様子。申し訳御座いませんが、お頼みしたき儀が在り罷り越しました」
「誰に聞き、ここに来た」
「その話は長くなりますので、この握り飯を食べながら聞いて下さい」
「分かった。まぁ上がれ」
碁四郎はむすびを山崎に手渡すと、空いた手で草鞋の紐を解き始めた。
「うまい。しかも温かい」
「表の飯屋の物ですよ」
「そうか。頼みたいこととは何だ」
「出来れば、山崎殿の今日一日が終わりましたら真剣勝負をお願いしたく参りました」
五勺の握り飯を食い終わった山崎が、残りの握り飯に手を伸ばしながら
「何もかも分かっているようだな。先日の勝負、わしも心残り。立ち会いたいが帰ってこられるか分からぬ」
「それは残念です。一つお聞かせ下さい。心置きなく参られるには誰と誰を供にさせたいのですか」
「それは塩番方の佐藤作次郎と同じく伊藤太郎の二人だが、供を四人にしないと勘定が合わない」
「分かりました。もし仕損じて、その両名の者を町で見かけましたら、私が送り届けましょう」
「それはすまぬな。そうとなればその礼をしておこう」
山崎が懐から財布を出した。
「大して入っておらんが、戻らなかったら好きなように使ってくれ」
「それでは、お預かりします。私からも・・・」
碁四郎は山崎の財布を懐にしまうと、銭差を出した。
「供が四人の五人旅ですから・・・渡し賃は一人六文。三十文で渡れますが四文銭しか持ち合わせが無いので三十二文持っていって下さい」
「有難い。残った二文は地獄の沙汰を聞く前に閻魔に払うよ」
碁四郎と山崎は互いに渡された物を懐と袖に仕舞い込んだ。
「もう一つお尋ねしたいのですが」
「なんだい」
「あれほど見事に切り下ろしながら、なぜ隠し止めをなされたのですか」
「あれか、あれはわしの腕を信用できない者が居てな、止めを刺せと念をおされたのだ」
「そうでしたか。あの止めが無ければ私はただの辻斬りと思い調べなかったのですがね」
「それを奴等に聞かせてやりたいが、話すより身をもって教えてやる」
「御武運を祈っております」
「昨日、別れの挨拶をするので門弟等全員、道場に顔を見せるように頼んでおいた。そろそろ出かける。わしは一人身だ。この家の物は処分してくれ」
「分かりました」
碁四郎が来た為に少しばかり出遅れたのか、握り飯を食い終わった山崎は土間の水瓶の水を柄杓で汲み飲むと長屋を出て行った。

Posted on 2011/03/27 Sun. 06:57 [edit]

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