04 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 06

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第43話 江戸の水(その17)】 

 部屋の三人は黙って頷いた。
「島田殿は剣術修業で私の所へ参られたのですが、私の修業話などを聞かせたところ関心を示され、私の辿った道を歩むことになり、昨夜の内に旅立ちました。こちらに御迷惑をお掛けした件につきましては詫びており、お預かりした十両を私より戻して欲しいと言われ参った次第です。どうぞ、お確かめ下さい」
兵庫は持参した小判で十両を六左衛門の前方に置いた。
「ご丁寧に有難う御座います。確かにお受け取り致します。尚、手前どもから鐘巻様へ用意したものが御座いますのでお受け取り下さい」
今度は六左衛門が小判を取り出し、置かれている小判の脇に置いた。
「何ですか。分かりません」
「昨日申しましたように、手前どもは吉原へ八朔の白無垢を納めに遅くまで参って居たのです。騒ぎの顛末はこの眼で見ております」
「あ~・・・」
兵庫と島田を知る数少ない者が吉原に居たとは、兵庫は言葉を失っていた。
「鐘巻様には、お弟子を斬るという、辛い思いをさせてしまいました。回向院の墓は手前どもで建て、罪滅ぼしをさせて貰います」
「宜しくお願いします。また島田殿の国許にはこちらより、修業の旅に出たとの書状を送りますので、これまでのことお忘れください」

 昼前に駒形に戻った兵庫を久し振りに帳場に出ていた志津が迎えた。
着替えのため二階に上がった兵庫が懐から己の手拭いで包んだ小判を出した。
志津が広げ、持参した十両が二十両に増えているのを見て、頷いた。
「やはり野州屋さんはご存知だったのですね」
「えっ、分かっていたのですか」
「恐らくとは思っていました」
「・・・」
「旦那様。魚河岸、芝居町、吉原では日に千両動く所と言われています。町人がそれを見逃すようでは、お店は構えられないのですよ。野州屋さんの商いは呉服ですから吉原は大のお得意先なのです。その紋日である八朔の前、花魁は外には出られませんので納めに・・・」
「なるほど。よく分かりました」
「本当に分かりましたか。明日から千住のさえの店が忙しくなるのは分かりますか」
謎を掛けられた兵庫は考えていたが、分かったのか笑った。
「なるほど、気が付きませんでした。質屋が忙しくなるとすれば、用が済んだ白無垢が質に出されるのですね」
「はい、そうです」

 着替え直した兵庫が志津と二階から下りてきた。
志津が帳場の番をしていたさえの脇に座った。
「さえ、明日から千住の店は忙しくなるのか」
兵庫はたった今仕入れたばかりの話を確かめてみた。
「はい、八朔明けから暫らくは、良くご存知ですね」
「いや、具足屋にも決まった紋日が出来ればと考えているのだ」
「駄目ですよ。この様な物は売れぬ世の方が女子には嬉しいのですよ」
「そうでした」
兵庫は首をすくめる素振りを見せ、奥の部屋に姿を消した。
ひとり湯沸しの湯を茶碗に注ぎ味わった。
島田が少し塩辛いと言った水が、兵庫には旨かった。

第四十三話 江戸の水 完

Posted on 2013/04/05 Fri. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第43話 江戸の水(その16)】 

 兵庫は出来ることなら己の手で葬りたかったのだが、それで島田の身元が露見し累(るい)が他に及ぶことを避けたのだ。
「とんでもねぇ。それより旦那が二刀流を使うとは知りませんでした」
「内緒にしておいて下さい」
「内緒も何も、旦那が納めたことを知っているのは会所の者と楼主ぐらいですよ」
「えっ、楼主もですか」
「安心して下さい。楼主から洩れることは在りませんから」
「それは良かった。わざわざ知らせに来ていただき申し訳ありませんでした」
「礼を言うのは手前どもで、いつものことですが金でしか物が言えませんが、お納め下さい」
四郎兵衛が懐のものを出し、兵庫の前に置いた。
「それは、怪我をされた方々のために使って下さい」
「それは、それでやっております。これは怪我人を増やさなかった御礼です」
「そうですか。それでは頂きます」
「今日は紋日で何かと忙しいので、戻らせてもらいます」
四郎兵衛を見送った兵庫に志津が
「島田様にはやはり江戸の水が合わなかったようですね」
「そのようですね」
「それで、島田様のことは如何するのですか」
「表ざたにはならずに済むようですから、朝の話のように武者修行の旅に出たことにしましょう」
「それではそう云う事にして、旦那様は野州屋さんに四郎兵衛さんから頂いた十両をお返ししその事を知らせて下さい。私は島田様の家にその旨を書き、剣術道具とともに、大黒屋に届けさせます」
「島田殿の文字でなくて大丈夫ですか」
「お名前だけは、当人の手で書かせますよ」
「その様なことが出来るのですか」
「島田様が残された物には皆、名が入っておりますので、真似てみます」
「しかし、名前だけ真似ても・・・」
「中身は女文字で書けばよいのです。武者修行を口実にして、江戸の何処かに好いた女子と住み着いていると思わせれば、親御様も二度と戻らぬものと諦めるでしょう」
「そうですね。それが望だったかも知れませんね」

 兵庫が懐に十両を懐に入れ室町の野州屋を訪れると、昨日六左衛門が言ったように店に客の姿はまばらだった。
主の六左衛門、長男の仙太郎、次男の惣吉に出迎えられ、奥の部屋に招き入れられた。
出され茶を一口飲み、唇を濡らした兵庫が口を開いた。
「早速ですが昨夜、島田殿と会うことが出来、少しばかり先々の話を致しましたので、その辺りのことを、掻い摘んでお話いたします」

Posted on 2013/04/04 Thu. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第43話 江戸の水(その15)】 

 兵庫が帳場で店番をしながら草鞋(わらじ)を作っていると四郎兵衛がやってきた。
若い弟子たちに聞かせたくない話であり、二階を指差し
「上がっていて下さい」
その言葉に何の躊躇いも無く四郎兵衛は頷き上がっていった。
この静かな表の様子に何かを感じたのか志津が顔を見せた。
「四郎兵衛さんです」
そう言うと兵庫は二階に上がっていった。
そして志津も店番を任せると兵庫の後を追うように上がっていった。

 四郎兵衛は二人が揃ったところで昨晩の話が語り始めた。
「あの侍身元は分かりませんが、二十九日が初会で、昨日早々と裏を返しに来たようです。金の使い方も悪くなく、あの通りの男前でしたから花魁もまんざらではなかったようです。しかし、侍に対し花魁は、もう一度通い馴染みにならねば駄目だと、それが仕来りだと男に教えた分けです」
「そのような仕来りが在るのですか」
「その辺の話は後ほどあちら様にお聞き下さい」
四郎兵衛は二人の話を聞きに来ていた志津に目を向けた。
「仕来りは仕来りで、どうにもなることなんですが、花魁にすれば今日の八朔に来てもらい、白無垢で出迎えようと思う気持ちがあったようです。事実、用意されていた白無垢を見せたそうです」
「白無垢ですか」
「旦那様。それも中の仕来りで、八朔にはどの花魁も白無垢で迎えるのですよ」
兵庫は何故そのような仕来りのが出来たのか、知りたくもあったが、四郎兵衛の話を聞くのが先と、気になっていたことを問うことにした。
「それで、どうして刀を抜くようなことになったのですか」
「白無垢が若い侍を抑えきれなくさせたようです。逃げる花魁に迫ったものですから、遣り手が間に入ったのですが手に負えず、床回しの若い者が止めに入り大騒ぎなったわけです。素手でしたら、止めに入った若いのも腕っ節は強いので、侍は諦めたのか帰ると言い部屋を出たそうですが、暫らくして刀を持って戻ってきて抜いたようです。後は酔っ払いに刃物ですから、皆逃げ回った分けです」
「それで面番所に残っていた同心が、仕事がら立ち向かったわけですか」
「同心の神山様は腕が立つお方で、十手では無理と思ったのでしょうか、刃引きを持ち出し立ち向かったんですが、全く駄目で切りたてられ、助っ人に加わった侍二人も良い所を見せられずに大怪我を負わされて仕舞いました。
「死人は出なかったのですね」
「皆、急所は外され斬られた様で、大怪我ですが命に別状はないそうです」
「それで、私が斬った男はどうなりましたか」
「調べましたが身元が分からず、持っていた金も小粒ていどでした。もう八朔に来る金は尽きていたようでした。気の毒ですが手前どもで引き取り回向院に埋めさせました」
「それは、お手数をかけました」

Posted on 2013/04/03 Wed. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第43話 江戸の水(その14)】 

 兵庫は会所の者たちの先導で、人込みを抜け仲ノ町の通りの端に出、二町ほど先で燃える常灯明の火に向かい歩き始めた。
通りに出ている人はおらず、戸を閉め切った両側の茶屋の二階から多くの眼が通り過ぎていく兵庫を見ていた。
進むにつれて、常灯明の灯りが侍を照らし、下げた刀を光らせていた。
近づく兵庫を見て侍も灯明を背にし、兵庫に向かって歩き始めた。
間合いが五間ほどに詰まり互いに相手を確かめた。
「やはり島田殿でしたか」
「鐘巻さんか。どうやらわしの最後が来たようだな」
「その前に、佐那殿の書いた物をお持ちなら、足元に置いて下さい」
「分かった。もうこれには用は無い」
島田は袂から白い書付を出すと、その表書きを暫らく見ていたが、その手を下ろすと足元に落とした。
島田は刀を振り上げると「参る」の掛け声が飛び、足は地を蹴り、大刀を抜き上段に構える兵庫に向かってきた。
兵庫に死地を見つけた島田の剣には何等の躊躇いも無く、兵庫の額に振り下ろされようとした。
それより早く、兵庫の刀が気合いと共に振り下ろされ、島田に向かって飛び、胸に突き刺さった。
力を失った島田の打ち込みは、逆手で抜いた兵庫の脇差で受けられ、手から離れ地に突き立った。
兵庫は己にもたれかかる島田を抱えると、足元に寝かしながらその胸から、秘剣目釘外しで投げ打った大刀を引き抜いた。
 島田が落とした書状に歩み寄り拾うと、それで血振りした刀を拭い、書状を袂に納めた。
引き返す兵庫の周りに会所の者たちが駆け寄ってきたが、涙を流す兵庫を見て、声を掛けることが出来なかった。
 家に戻った兵庫は返り血浴びた姿で落胆した様子見せていた。
出迎えた妻の志津は血を拭った書状を手渡され、何が起きたのか全てを悟った。

 月が八月に替わった一日の朝、何事もなかったように朝稽古、朝飯を終え、皆がいつものように語らい始めたところで、兵庫が口を開いた。
「昨夜、島田殿が、思うことがあり修業の旅に出ると別れを告げに参られました。皆に宜しくとのことでした」
「どちらへ行かれたのですか」
「中仙道を行くのなら板橋にある私が修業した道場と蕨にある兄弟子の道場を教えましたが、何処へ行かれたかは定かではありません」
「まだ、強くなりたいのですね」
「はい、私もですよ」
「先生。それは貪りですよ。金持ちは貧者に施し、強者は弱者に教えるものですよ」
「有難い。少し遠慮していたが、もっと叩いても良いと云う事だな」
「栄三郎。詰まらぬことを言うな。島田殿が居なくなり少し楽が出来ると思って居ったのだぞ」
「そうか。すまん」

Posted on 2013/04/02 Tue. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第43話 江戸の水(その13)】 

 兵庫が六左衛門と共に野州屋まで行くと、店は先日訪れた時とは比べようも無い活気を見せていた。
「すごい繁盛ですね」
「明日の八朔(はっさく)は吉原の特別な紋日(もんび)でして、今日は花魁(おいらん)を着飾る物を納める締め日なんですよ。ですから明日は閑古鳥が鳴きます」
「それでは、お邪魔はしません」

島田が置いていった剣術道具を引き取った兵庫は駒形まで戻る道で考え込んでいた。
剣術修業に来て、名もない道場主の兵庫にたった五日間の稽古料として一両もの金を払った真意は、それに見合う稽古が出来ると思ってのことだと兵庫は思いたかった。
しかし、兵庫が担いでいる島田の道具がその思いを乱し、いつまで経っても島田の行動を計りかねていた。

 その日、夕方になって雨は上がったが、島田は戻って来なかった。
日が暮れ後片付けを済ませた双子の姉妹のお道とお琴も帰り、二階に上がった兵庫と志津は寝苦しい夜を迎えていた。
 寝苦しさを解き放った兵庫が眠りに落ち始めた時、表の戸が叩かれた。
「鐘巻様、鐘巻様」の声が聞こえてきた。
まだ寝入っていなかった志津が兵庫を揺すり起こした。
「旦那様、表にお客のようです」
薄物一枚で蚊帳から抜け出した兵庫が、二階から見下ろし
「何方でしょうか」
その声で廂の下から男が飛び出し兵庫を見上げた。
「夜分済みません。四郎兵衛の旦那の使いで参りました。中で腕の立つ侍が刀を振り回しております。お力をお借りしたいとのことです」
「分かりました。すぐに参ります」
下帯を締めなおし、志津が広げる単に手を通し、帯を締めると志津の差し出す脇差を腰に、大刀を掴み、更に行灯を手に階段を駆け降りていった。
後に続く志津に「戸締りを」と言い残し、足駄をつっかけ外に飛び出していった。

 使いの者の提灯の明かりを頼りに急ぎ足で、月の無い暗い街中を進み、土手八町の日本堤から衣紋坂を下り、茶屋の灯りの照らす五十間道では駆けていた。
 大門は閉じられ、その外には逃げ出した遊び客が帰らずたむろしていた。
使いの案内で人を分け進み脇門から中へと入って行った。
その兵庫を今や遅しと待って居た四郎兵衛が出迎えた。
「呼び立てて申し訳ありません。滅法腕の立つ侍なもんで」
「だいぶ、怪我人が出ているのですか」
「はい。面番所の同心と客の侍が取り押さえようとして斬られました」
「その怪我の具合はいかがですか」
「皆、大怪我であぶねぇ者もいます」
「分かりました、それで何処に居ますか」
「通りのどん詰まりの秋葉常灯明の辺りに旦那と年回りが同じ侍がいます」

Posted on 2013/04/01 Mon. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学